労働党は働いていない。
Saatchi & Saatchiが1971年につくった、英国保守党のポスターです。日本語で訳すと「労働者はまだ働いていない。」となりますし、Labourという言葉は、Labour's Party、すなわち労働党を表しますので、ダブルミーニングで「労働党は働いていない。」ともなります。この広告は世界中で名作だと言われていて、Saatchi & Saatchiはこの広告キャンペーンで一躍有名広告会社になりました。欧米の広告業界は、こういう一発の成功で、業界地図が一気に変わるんですよね。いいですね、こういう感じ。日本は、基本的には、広告代理店という名前が示すとおり、メディア扱い代理店として業界がつくられていった歴史があるので、なかなかそういうことは難しいですね。
海外広告のお手本として有名なのは、DDBがつくったフォルクスワーゲンの一連の広告ですが、私の場合は、この広告にすごく影響を受けました。この広告のベースになっている考え方として、SMP=Single Minded Propositionというものがあります。簡単に言えば、ある状況があって、その状況を変えたい、つまり、ある目的を果たしたいというときに、広告は究極どんなメッセージを投げかければいいのか、それをとことん追い詰めていこうじゃないか、という考え方なのですね。
この広告の場合、状況としては、労働党政権下で英国経済がボロボロになったということがあります。で、保守党は何を言えばいいのか。それが、この「労働党は、働く政党という名前なのに、名前倒れで、何も働いていないじゃないか。」というものだったのです。DDBのフォルクスワーゲンから脈々と流れるベネフィットをいかにすぐれたアイデアで表現するか、という伝統的な表現手法から自由になって、ベネフィットとかブランドコンセプトではなく、そこから自由になって、もう一度、本当に何を言えばいいのかを考える、という態度が、当時、私が仕事で直面していた問題を解決する鍵を与えてくれたんです。
ビジュアルもいいですよね。当時の英国の状況そのものを、「労働者は働いていない。」というコピーとともに見せてしまったんですね。労働党は労働者のためというけれど、違うじゃないか、と。英国の人たちは、この広告を見て、そうか、その通りだと、目を覚ましたんですね。そして、保守党は大勝利するのです。
左の写真は、たぶんSaatchiがつくったと思うのですが、その広告のパロディです。「労働者は働いていない。」というコピーに、同じ構図のミサイル。そして、左隅に「平和のために。」というコピーがレイアウトされています。いわゆる反戦広告です。これを見ても、あの保守党の広告キャンペーンが、英国の人たちの脳裏に焼きついているかが分かりますよね。
SMPという考え方は、私の広告表現作法のひとつのバックボーンになっています。What to sayとHow to say。その中のWhat to sayを追い詰めて、追い詰めて、追い詰めることで、How to sayに辿り着く。そんな感覚でしょうか。要するに、この状況で究極、何を言えばいいの?とりあえずは、ベネフィットとかコンセプトとか、そういう広告の定石を、一度置いておいて、自由に考えたとき、何があるの?そう考えていくと、もしかすると、それは何でもない平凡な一言かもしれない。競合性も差別性もない、平凡な一言が、世界を大きく変えてしまうかもしれない。
自分なりに、そういう考えでつくった広告を2つばかり。またまたコンピュータ・アソシエイツですが、「マネジメントを変えよう。」です。赤字で「ソフトウェアを」とあります。日経新聞やビジネス誌に出稿しました。また、こういう企業にしては珍しく、地下鉄の車内ステッカーも出したりもしました。マネジメントというのは経営者という意味もありますよね。そんなに時間が経っていないので、状況は変わっていないと思いますが、リストラ、リストラで、業績が悪いといえば、現場でがんばっている人が犠牲になってしまう、いやな世の中ですよね。だからこそ、現場からの声として、「経営者を変えちまおうぜ。」と言おう。それが、ビジネスの様々な領域の業務を支援するマネジメント・ソフトウェアをつくっている会社のメッセージではないか。そんなふうに考えました。
続いては、Windows Server 2003がデビューした日に掲載した広告です。プロポジションは「CAのソフトウェアは、Windows Server 2003での動作テストをすべてクリアしています。」というものです。このタイミングでは、これ以上でも以下でもない。そう考えました。そこにどのような形容も、修飾も、基本的には必要がない。このメッセージが、伝わればいい、そう考えたとき、そのメッセージを伝えるツールは「言葉」ではなかったのです。それは、動作テスト済みを表すステッカーだったのです。この広告は、人によっては、USP=Unipue Salling PropositionとかSalling Pointと見るかもしれませんね。SMPは、私の解釈だと、USPも含む、もっと大きな考え方で、ただひとつのメッセージがUSPだったとしても、それはそれでいいじゃない、みたいな自由な精神がいいなと思っています。もちろん、ベネフィットでも、ブランドコンセプトでもいいわけです。そんな自由な感じ、好きですね。
でも、べつに私、SMP信者ってわけでもなく、SMPも万能ではないと思っています。大雑把には、世界の広告には、その時々の流行思想があって、ちょっと前までは、Brand Attitudeが流行っていましたよね。ブランド特有の態度の表明みたいなことですね。SMPの前は、Benefitの時代でしたし、DDBなんかはDifferent Pointとでも言うのでしょうか。日本の広告マンは、ことあるごとに、コピーもアートもCMプランナーも差別化、差別化っていいますよね。これは、DDBの広告作法が、日本人にすごく浸透している証拠でもありますね。でも、これについては矛盾もありますよね。日本人は差別性のない共感も好きだったりしますから。まあ、私の態度としては、何でもありで、ケースバイケースということで、お願いしたいな、という感じです。
追記:じつは英国保守党のポスター「Labours don't work.」というコピーで記憶していたのですが、ネットには画像の「Labour isn't working.」もしくは「Labour still isn't working.」しかありませんでした。もしかすると、あの画像は、最近、昔の保守党のポスターがリメイクされて出たものである可能性もあるな、なんて思いました。真相がわかり次第、あらためてご報告します。
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