『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(6)
■現代ジャズベースの基礎を開いたピアニスト
ジャズに限らず、ロックでも何でも、ベースを弾く人は、エバンスは好きだろうなと思います。ロック好きで、ジャズなんてたるくて聴いてらんねえ、というベースマンの方、だまされたと思って一度ビルエバンスを聴いてみてください。きっと、えっ、と思いますよ。
エバンスというピアニストは、現代ジャズピアノの基礎を開いた人になっています。バークリー音楽院(世界的に有名なジャズの大学)のメソッドは、エバンスの奏法が基礎になっているそうです。でも、同時にエバンスは、現代ジャズベースの基礎を開いた人とも言えるのではないでしょうか。ベースという楽器が、リズムセクションを支える楽器という呪縛から自由になったのは、ビルエバンストリオ以降なのですから。
当時23歳だった若きベーシスト、スコットラファロ。伝説のベーシストです。なぜ伝説と呼ばれるかは、後述しますが、彼との出会いがなければ、ビルエバンストリオの音楽はもしかするとなかったのかもしれません。
エバンスは「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」とラファロを評しています。そのあばれ馬のような才能の暴走ぶりは、わかりやすいところでは、『Waltz for Debby』(参照・試聴)の「Miles Tone」で聴くことができます。
■ベーシスト「ラファロ」の等身大の姿
若さ故の未熟さも含めて、この曲を聴くと等身大のラファロが見えてくるんですが、どうでしょう。指が先に動いて、頭がついていけなくなって、構成力を失って訳がわからなくなってしまう、そんな感じがありありと感じられて、実際にベースを弾いたことがある人なら脂汗がじわっと滲んでくるようなリアルな演奏です。
もちろん格好いいんですよ。このリズム感覚が1961年にあったということが驚きです。これ、ジャズの4ビートが苦手なロック派の人に聴いてほしいです。すごくモダンなビート感です。(たまたまこれを読んだロック好きの方がいらっしゃいましたら、試聴を聴いた感想をくださいませ。すごく興味あります。)
でも、この演奏、なんか気持ちが苦しくなるんですね。曲が終わったときにちょっと聞こえる客の嘲笑。なんであんな意地悪な編集するんですかね。あれ、どう考えても消化不良の演奏を聴いたときの客の反応ですよね。ちなみに、ビルエバンスはこのNYビレッジバンガードの演奏は、あまり気に入ってなかったそうです。彼にとっては改善の余地ばかりだったんでしょう。それが、エバンスの代表作になってしまうんですから、歴史はある意味で残酷なもんですよね。
スコットラファロ(Scott Lafaro)は、1936年生まれで、1957年に初レコーディング。1959年には『ダウン・ビート』誌のクリティック・ポール新人賞。いま、私の持っている文献を調べているのですが、現在、これくらいしかわかりません。ウィキペディアにも載っていないようです。たしか、ラファロの全録音が収録されたトリビュートアルバムが出ているはずですが、現在手元にありません。
写真は、彼がニューポートジャズフェスティバルに出演したときのもののようです。カラー写真はめずらしいですね。Ed Dephoureさんが撮影。そのホームページにいろいろと記述されていましたが、英語以外の言語で書かれていたのでわかりませんでした。(この部分はわかり次第、また別の機会に。)
ラファロのベースの音って、すごく軽いんですよね。よくギターライクと言われたりします。もちろん、当時の録音の限界もあるかと思いますが、それでも、軽快でアコースティックな音です。ベースという楽器が不思議なもので、弾く人でかなり音が変わるんですよね。私の場合は、ちょっと粘り気のある音が出るようで、地を這うようなグーンという感じの音になります。大学のとき、エレベは、フレットレスのフェンダージャズベを持っていたのですが、それを他のベーシストに貸したとき、彼は、アタック音がはっきりした音を出したのでびっくりしました。
でも、写真を見てもわかるし、ラファロはかなり弦高が高いようですね。弦の硬さはきっとやわらかめだと思います。なので、弦の振幅が激しくなり、あの軽快な音が出ているのでは、と推測するのですがどうなんでしょう。
■ラファロとの出会いでエバンスが確信したもの
その「あばれ馬」のような才能と出会ったとき、エバンスは当時のスターピアニストであるバドを頂点として形成されるハードバップという大気圏から離脱できると確信したんだろうと思います。たぶんエバンスの頭の中には、リーダーアルバムに『New Jazz Conceotions』と名付けるくらいですから、三者対等のピアノトリオ音楽の手法はあったと思うんですね。
マイルスとの音楽的実験を経て、ついに、この若き天才ベーシストと出会う。そのとき、エバンスの中には、いける、という頭の中でバチッと火花が走るような感覚があったと思うのです。モチアン、ラファロとのトリオの最初のアルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(1959年,参照・試聴)にはその片鱗を聴くことができます。しかし、まだこの時点では新感覚のバップという感じです。
このトリオはNYを中心に、かなり多くのライブをこなしていたと聞きます。その中で、エバンスの中にあるアイデアはどんどん肉付けされ、具体化していったのだと思います。毎日が、きっと、これはいけるかもしれないという創造的な興奮だったのでしょう。後に、ビレッジバンガードのライブがあった日々のことを、ドラマーのポールモチアンが回想したのですが、そこに興味深いエピソードがあります。
あの『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』の2枚が録音されたライブ。その直前まで、エバンスとラファロは互いの演奏についてすごい剣幕で口論していたそうです。はたから見ても、すごく険悪な雰囲気だったそうなんですね。そのトリオが、ライブでは、あのリリカルで素晴らしい音楽をつくるのです。芸術というものの本質がここにあるような気がします。
そして、私には、このエピソードからも、このモチアン、ラファロのトリオが持っている三角形の構造を感じられるのです。それは、モチアンを頂点とし、二等辺のふたつの点がエバンスとラファロで結ばれる、逆立した三角形の構造です。
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(7)に続きます
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