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2007年7月11日 (水)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(4)

アメリカのジャズライター、マーチンウィリアムスは『HOMAGE TO BILL EVANS』の中で、こう書いています。

 『トリオが結成されつつある頃(管理人注:ラファロ、モチアンとのトリオ)、エバンスはトリオに対する抱負を次のように語っている、「一人が出て吹き終わって、また一人が出て吹くみたいなものよりも、同時進行的な即興の方向が成長していけたら、と思うんだ。例えばベース奏者が、あるアイデアが自分の中に湧いてきた時に、どうして黙って4ビートのバックグラウンドを奏で続けていかなければならないか。僕が一緒に仕事したいと思うような人たちは、すでに普通のプレイは勉強してきているから、僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ。要するに、クラシックの曲だって、ソロになるまでずっと停滞して動かないパートというのはないんだ。ある一声が徐々に大きく聴こえてきて、しまいにワッと全面に出ると言ったような、移行部や展開部があるだろう」。』(小川さち子訳)

このビルエバンスの発言の中に、インタープレイの萌芽が見られるのは言うまでもありません。でも、ビルエバンス以降のジャズを体験している、現代の私たちから見て、なるほどそうか、とあらためて思わせるのは、その着想がクラシックのオーケストレーションがあったこと、そして、「僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ」という発言に見られる、彼のやろうとしている新しい演奏に対するジャズ界の抵抗感の雰囲気です。

こういう新しい潮流は、同時に出現するのが常で、たとえば同時期のピアニストであるドンフリードマンなんかも、エバンスと同じような方法で演奏したトリオの録音を残しています。しかし、当時のスターであったマイルスデイビスのクインテットを経験し、マイルス的なある意味、すべてがマイルスの美学によって統率された音楽を通過した彼にとって、彼がやろうとしていることの大胆さは自覚していたであろうことは想像に難くありません。

けれども、ここで私が注目したいのは、この同時進行的な即興の方向性が、旋律を奏でるもう一つの楽器であるベースに対して語られていることです。ここで、三者対等という概念は出てきません。ここにあるのは、即興芸術であるジャズの芸術の極限化のための各パートの最適化であり、それは彼が「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」と語る、スコットラファロの才能が担保する着想であったことです。

Waltzfodebby『Waltz for Debby』参照・試聴では、その着想の具現化を聴くことができます。その表題曲「Waltz for Debby」では前奏は、クラシックのようにきちんとオーケストレートされたピアノとベースのアンサンブルでテーマが奏でられ、そのテーマが繰り返される瞬間、ポールモチアンのブラシドラムが入ってきます。その2回目のテーマでは、自在な旋律を奏でるのは、ベースのスコットラファロなのです。

そして、エバンスのソロが始まる頃には、ラファロはまさに自由自在に旋律を踊らせます。そのソロの2巡目からは、まるでベースのソロを縫うようにピアノが絡んでいくのです。そのベースラインは非常に不安定で、そのベースの旋律を縫うように展開されるピアノも同じようにとらえどころがありません。そのためか、このライブ録音では、エバンスが後期で多用する、タッタラッタッタ、タッタラタッタという独特シンコペーションがあまり見られません。

この不安定な旋律の絡み合いを見事にまとめきっているのが、ポールモチアンの安定感のあるドラミングです。このアルバムをよく聴くと、意外なほど、モチアンのドラミングは正統派なのです。4ビートに対して、16のビート感を内包する、音が伸びないピアノという楽器の持つ独自性を知り尽くした巧みなドラミングが、トリオの音楽を包み、不安定な二者の緊張感を、トリオによる同時進行的な即興芸術へと見事に昇華しています。

もしモチアンがこのトリオにいなかったら、このアルバムは、世界中の多くの人にこれだけ聴き込まれる名盤になっていたでしょうか。もし、モチアンが、フリーライクな、自由自在なドラミングを主張していたとしたら、この演奏がこれほど芸術的に価値あるもの足り得たでしょうか。

私は、このアルバムを聴いて、思います。じつは、このエバンスの着想をいちばん理解していたのは、エバンス本人ではなく、モチアンだったのではないか、と。そして、モチアンは、同時にわかっていたはずです。エバンスが夢想する、同時進行的な即興の方向性にも、それが現時点で芸術足りうるには、オーケストラに指揮者と楽譜があるように、やはり、ハードバップ期のジャズが求めたものとは性質が違いこそすれ、トリオをまとめるリーダーが必要なこと。

三者対等のインタープレイと言われるビルエバンストリオの音楽。しかし、この『Waltz for Debby』の段階では、厳密に言えば2:1の関係がそこに見られます。しかし、この関係は、ハードバップ期の関係、つまり1:2の関係とは逆立ちした関係なのです。まずは、ハードバップ期の関係を逆立ちさせること。そこから、エバンスの「永遠の三角形」は動き始めるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(5)に続きます

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