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2007年7月の35件の記事

2007年7月31日 (火)

マスコミュニケーションが取りこぼすもの。

 参院選の結果が出ましたね。ブログでは『極東ブログ』のfinalventさんが鋭い分析(参照)を書かれていますのでそれに譲るとして、私は広告屋らしく、コミュニケーションの観点から書いてみます。

 私も、finalventさんと同様、この結果を予想できませんでした。私は、あまり政治には詳しくありませんが、なんとなく空気としては、自民微減、民主微増、公明現状維持、共産、社民、諸派、無所属ちょい躍進で、少々自民不利に、という結果を予想していました。

 今回は自民の自滅の他は、基本的には年金問題くらいしか争点はなかったはずです。なので、私は自民は減るけれど、その他はあまり影響は受けないだろうな、と思いました。しかし、この結果です。テレビの選挙特番を見るに一人区での民主圧勝がこの結果の大きな追い風になったようです。 

 小泉さんの時、巧みなマスコミュニケーション戦略が言われましたよね。ワンフレーズ政治とか。「改革を止めるな。」という自民党のコピーは、同業ながら感心しました。いい悪いは別にして、そう言われると「わかりました!」って答えそうになる迫力はあったと思うんですね。

 でも、今回は、そういう感じがありません。大臣の相次ぐ失言にしても、ここまでの結果を予想するには根拠が乏しかったように思います。現実に、テレビ、新聞、雑誌というメディアもこういう結果を予想したものはなかったように思いますし。

 今回、あとからじわじわ実感するのは、小沢一郎党首の選挙活動中の行動です。ほとんどは、地方に出かけて、演説してましたよね。メディアが取りこぼすほど、地味に、そして数多く。選挙結果が出た後も、体調不良でテレビに出なかったですよね。彼は、マスコミュニケーションをはなから信じていないように私には思えます。

 小泉さんは、マスメディアの中でなんかリアルなんですね。しかし、マスメディアの中で逆の意味でリアルなのは、小沢一郎という政治家だと思うのです。彼は、だからこそ、マスコミュニケーションをはなから信じていないのではないか。そんなふうに思えるのですね。でなけりゃ、いくらなんでも民主躍進の時、党首はテレビに出るでしょ、普通。「本当はね、票を動かしてるのは、マスコミュニケーションがつくる雰囲気じゃないんだよ。そんなとこに、本当のニーズもシーズもないんだよ。」そんなふうに言っているよう思えるのです。

 選挙活動最終の土曜日、中野駅北口で民主党の街頭演説を聞きました。菅さんが演説をしていました。テレビでは、独特の鼻にかかった話し方で冴えないなと感じていたのですが、実際生で聞いてみると、すごいんですよね、これが。ものすごい迫力なんです。話の持っていき方、聴衆の乗せ方も見事なもんです。

 マス広告が効かなくなったと言われて久しいですが、今回の選挙は、それを実証してるみたいで、広告屋としては少々こたえました。だからと言って、ネットの力でも、口コミの力でもなさそうだし。私としては、これまでの方法論では、マス広告はリアルじゃないから効かないけど、マス広告が終わったわけじゃないからね、と言いたいところですが、なんか小沢さんから「ホントにそうかい?」と言われているような。なんだか妙な引っかかりがあります。

 なんでしょうね、この感じ。なんか言語化できないモヤモヤが残りますね。単に、私の言語化のスキルがないだけかもしれませんが。私の他にも、同じように感じた方、いらっしゃるのでしょうか。あなたはどうお感じになりましたか。

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2007年7月30日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(7)

■エバンス、ラファロ、モチアンのトリオ誕生まで

 マイルスグループから独立した後、ビルエバンスはピアノトリオを結成させます。いよいよ、ジミーギャリソン、ケニーデニスとのトリオで本格的にライブ活動を開始します。杉田宏樹さんの『ピアノ・トリオ固執の最大成果〜ポートレイト・イン・ジャズを読む』(ジャズ批評別冊「ビル・エヴァンス」所有)によると、ほとんど客が集まらなかったそうです。たった3週間でドラマーが4人、ベーシストが7人も変更されてしまいます。

1961_2 そんな中、ビルエバンスは当時23歳の若きベーシストであるスコットラファロと会うのです。はっきりとした資料はありませんが、たぶんオーディションだと思います。ラファロの演奏は、チェットベイカー・グループで聴いていて(エバンス自身、かつてチェットベイカーのサイドメンでした)、エバンスは喜んで彼を迎え入れたそうです。ドラムは、クラリネット奏者のトニースコットのグループや、ヴァイブ奏者のエディコスタ、ボーカル&トランペット奏者のドンエリオットなどで共演した旧友、ポールモチアン。1959年、エバンス30歳のときのことです。

 3者対等の同時進行的インプロビゼイションの手法は、このラファロとの出会い、そして、旧知の友モチアンとの再会によって始まります。私たちは、ビルエバンスの生涯の音楽を俯瞰できる、リスナーという特権的な立場で見ていますが、実際は、ビレッジバンガードライブ録音の2枚(『Waltz for Debby』(参照・試聴)『Sunday at the Village Vanguard』(参照・試聴)の雰囲気を聴いてみても、それほど注目されていたわけではないようです。

 実際、意気投合したトリオは、チェットベイカーのオーディションに再度出かけたりしてようで、ラファロ同様、エバンス自身もまだ無限の可能性を秘めた若きジャズピアニストにしかすぎなかったのでしょう。(ちなみに、このトリオでの初アルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(参照・試聴)の2年前、ラファロは『THE LEGENDARY OF SCOTT LAFARO』という名のアルバムを録音しています。しかし、それが商業ベースで録音されたものか、彼の死後にその録音に発掘され販売されたものかは今のところ不明です。)

■スコットラファロがなぜ伝説のベーシストになったのか

 このトリオでの録音はわずか4枚しか残されていません。まずはこのトリオのファーストスタジオ録音アルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(1959年)。2枚目のスタジオ録音アルバム、『Explorations』(1962年,参照・試聴)。そして、1961年6月25日のNYビレッジバンガードのライブ録音『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』です。

 そのうち、『Sunday at the Village Vanguard』は、スコットラファロの急死にともない追悼として急遽発売されたものです。ビレッジバンガードのライブが終わってわずか13日後の7月6日に、自動車事故で急死するのですね。両親が住むNY北方ジニーヴァに向かって車を走らせていたとき、途中で方向を誤り、木に激突。即死だったそうです。(参考資料『ビル・エヴァンスージャズ・ピアニストの肖像』(参照)ペーター・ペッティンガー著 相川京子訳)

 この話は、ジャズ界では有名な悲劇ですから、ここではあまり深く論じることはしません。けれども、それが運命だとすれば、あまりにも残酷だと思うのです。エバンスは、その時点で、麻薬に溺れていました。なのに、あの美しい演奏を残せたことに芸術の魔力を感じますが、その彼の唯一のよりどころであったラファロの才能を失い、彼の絶望を思うと言葉を失います。

 エバンスはその2年後、ピアノの一人多重録音による『自己との対話』でグラミー賞を獲得します。ジャズ興行界で彼を名実ともに大スターにしたのは、じつはこの奇怪なソロピアノアルバムなのです。彼が33歳のときのことです。あまりにも皮肉です。彼は、インタビューの中で、こう語っています。
 
 『あのトリオ(ラファロ、モチアンのトリオ=管理人注)の特徴は、共通した目的と可能性を感じていたことだった。われわれが演奏するにつれて音楽は発展し、実際の演奏を通じて形になっていった。信頼のおける形で結果を得るのが目的だった、もちろん、リード楽器だったので、私が演奏を整頓した形になったかもしれないが、独裁者になるつもりはなかった。もし音楽自体が応答を引き出せないのなら、それには興味がない。スコットとポールの両者に出会えたことが、私の経験に一番の影響を与えたと思う、あの日レコーディングした内容に感謝している。
 あれがスコットに会った最後で、一緒に演奏した最後でもあった。ある特定の突出したミュージシャンの演奏に依存する部分が多いコンセプトを発展させてしまったら、その人物がいなくなってしまった時はどうやってふたたび演奏し始めればいいのだろう?』(『ビル・エヴァンスージャズ・ピアニストの肖像』ペーター・ペッティンガー著 相川京子訳)
 
 ここで彼は「ある特定の突出したミュージシャンの演奏に依存する部分が多いコンセプト」と言っています。それは、「3者対等の同時進行的インプロビゼイションの手法」です。そのコンセプトは、ベーシストの突出した才能が必要だった。そこに、ビルエバンスが求め続けた「永遠の三角形」の可能性とその限界を見る鍵があると思うのです。それは、人間という生き物が持つ「関係」の可能性とその限界(ではないかもしれないけれど)を示すものだと、私は思うのです。
 
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(8)に続きます

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2007年7月29日 (日)

誤植の顛末。

 ちょっと昔話です。私が東京の某百貨店の仕事をしていたときのことですから、もう15年前になります。時の流れるのは早いですね。当時は、若手コピーライターでした。大阪から東京にやってきて、とある広告プロダクションで腰を落ち着けて仕事をしていたときの話です。

 その百貨店の仕事は、月2回ある日経新聞夕刊全10段をレギュラーで制作する仕事でした。大阪から貯金100万を取り崩しながら東京でチャンスを伺っていた私にとって、それは自分の実力を示すいい機会だったのです。幸い得意先の担当者にも恵まれ、そこそこのヒット作も出すことができて、順調にキャリアを重ねていたとき、その誤植は起こりました。

 物産展の初日の特別ご奉仕品。乾麺の値段表記が1束ではなく3束になってしまっていたのでした。その誤植が発覚したときには、すでに新聞の輪転機が回っていたのでどうすることもできません。日曜日の夜、緊急会議が始まりました。百貨店担当者、広告代理店、そして私たち制作会社スタッフ。

 まずは原因究明。現在は新聞広告はすべてデータですが、その頃は版下だったのですね。版下というのは、白い紙の台紙にロットリングで線を引き、そこに写植やらを貼り込み、写真やイラストは当たりをペンで書いたりコピーを張り込んだりしたものです。版下はすべてモノクロで、そこに個々の色の指示を入れます。写真やイラストは、プリントで別に用意し、その版下の指示どおりに製版で印刷用のフィルムをつくっていくのです。

 百貨店の仕事は、送稿のぎりぎりまで商品や価格が変わります。その度ごとに修正を繰り返すのです。文字の修正は、写植の上に新しい写植を貼り込むのです。その貼り込んだ写植が何かの拍子に取れてしまったのでした。その写植の脱落を、私が文字校正で見落としてしまったのです。言い訳のしようがありません。私のミスです。

 そして、初日の物産展の対応が話されました。その商品を楽しみに来られた方には、その値段で売ることが決まりました。その商品を扱う方々にはその旨をお話しし、その値段で売ってもらうことになり、それなりの補償も話し合われました。

 若かった私は、この大失敗に、もう世界のどこにも自分の居場所がないように思えるくらいに落ち込みました。しかし、仕事は待ってはくれません。次の新聞広告のオリエンテーションの日が決まりました。百貨店、広告代理店とも、コピーライターは変更しないことに決まり、広告代理店からは、めげずにこれからも頑張ってくれと言われました。

 百貨店の広告部を訪問し、受付でオリエンが始まるのを待っていました。私はずっと下を向きながら、身をひそめていました。百貨店の担当者が私を呼びました。

 「あのね、そんな顔して来られても困るんだよ。私も、ここにいるみんなも、君にこれからも仕事をやってもらうためにいろいろと頑張ったんだ。君がそんな顔してたらね、私たちの顔を潰すことになるんだよ。君の責任の取り方。それはね、いつもと変わらない顔で、いままで以上に明るく一生懸命、仕事をすることなんだよ。わかった?じゃあ、オリエン。」

 私は、この百貨店の担当者の言葉を今も忘れません。なにかトラブルが起こったとき、まずこの宣伝部の担当者を思い出します。これからも、広告の仕事を続ける限り、忘れることはないだろうと思います。

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2007年7月28日 (土)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(6)

■現代ジャズベースの基礎を開いたピアニスト

 ジャズに限らず、ロックでも何でも、ベースを弾く人は、エバンスは好きだろうなと思います。ロック好きで、ジャズなんてたるくて聴いてらんねえ、というベースマンの方、だまされたと思って一度ビルエバンスを聴いてみてください。きっと、えっ、と思いますよ。

 エバンスというピアニストは、現代ジャズピアノの基礎を開いた人になっています。バークリー音楽院(世界的に有名なジャズの大学)のメソッドは、エバンスの奏法が基礎になっているそうです。でも、同時にエバンスは、現代ジャズベースの基礎を開いた人とも言えるのではないでしょうか。ベースという楽器が、リズムセクションを支える楽器という呪縛から自由になったのは、ビルエバンストリオ以降なのですから。

Scottlafaro 当時23歳だった若きベーシスト、スコットラファロ。伝説のベーシストです。なぜ伝説と呼ばれるかは、後述しますが、彼との出会いがなければ、ビルエバンストリオの音楽はもしかするとなかったのかもしれません。

 エバンスは「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」とラファロを評しています。そのあばれ馬のような才能の暴走ぶりは、わかりやすいところでは、『Waltz for Debby』(参照・試聴)の「Miles Tone」で聴くことができます。

■ベーシスト「ラファロ」の等身大の姿

 若さ故の未熟さも含めて、この曲を聴くと等身大のラファロが見えてくるんですが、どうでしょう。指が先に動いて、頭がついていけなくなって、構成力を失って訳がわからなくなってしまう、そんな感じがありありと感じられて、実際にベースを弾いたことがある人なら脂汗がじわっと滲んでくるようなリアルな演奏です。

 もちろん格好いいんですよ。このリズム感覚が1961年にあったということが驚きです。これ、ジャズの4ビートが苦手なロック派の人に聴いてほしいです。すごくモダンなビート感です。(たまたまこれを読んだロック好きの方がいらっしゃいましたら、試聴を聴いた感想をくださいませ。すごく興味あります。)

 でも、この演奏、なんか気持ちが苦しくなるんですね。曲が終わったときにちょっと聞こえる客の嘲笑。なんであんな意地悪な編集するんですかね。あれ、どう考えても消化不良の演奏を聴いたときの客の反応ですよね。ちなみに、ビルエバンスはこのNYビレッジバンガードの演奏は、あまり気に入ってなかったそうです。彼にとっては改善の余地ばかりだったんでしょう。それが、エバンスの代表作になってしまうんですから、歴史はある意味で残酷なもんですよね。

 スコットラファロ(Scott Lafaro)は、1936年生まれで、1957年に初レコーディング。1959年には『ダウン・ビート』誌のクリティック・ポール新人賞。いま、私の持っている文献を調べているのですが、現在、これくらいしかわかりません。ウィキペディアにも載っていないようです。たしか、ラファロの全録音が収録されたトリビュートアルバムが出ているはずですが、現在手元にありません。
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 写真は、彼がニューポートジャズフェスティバルに出演したときのもののようです。カラー写真はめずらしいですね。Ed Dephoureさんが撮影。そのホームページにいろいろと記述されていましたが、英語以外の言語で書かれていたのでわかりませんでした。(この部分はわかり次第、また別の機会に。)

 ラファロのベースの音って、すごく軽いんですよね。よくギターライクと言われたりします。もちろん、当時の録音の限界もあるかと思いますが、それでも、軽快でアコースティックな音です。ベースという楽器が不思議なもので、弾く人でかなり音が変わるんですよね。私の場合は、ちょっと粘り気のある音が出るようで、地を這うようなグーンという感じの音になります。大学のとき、エレベは、フレットレスのフェンダージャズベを持っていたのですが、それを他のベーシストに貸したとき、彼は、アタック音がはっきりした音を出したのでびっくりしました。

 でも、写真を見てもわかるし、ラファロはかなり弦高が高いようですね。弦の硬さはきっとやわらかめだと思います。なので、弦の振幅が激しくなり、あの軽快な音が出ているのでは、と推測するのですがどうなんでしょう。

■ラファロとの出会いでエバンスが確信したもの

 その「あばれ馬」のような才能と出会ったとき、エバンスは当時のスターピアニストであるバドを頂点として形成されるハードバップという大気圏から離脱できると確信したんだろうと思います。たぶんエバンスの頭の中には、リーダーアルバムに『New Jazz Conceotions』と名付けるくらいですから、三者対等のピアノトリオ音楽の手法はあったと思うんですね。

 マイルスとの音楽的実験を経て、ついに、この若き天才ベーシストと出会う。そのとき、エバンスの中には、いける、という頭の中でバチッと火花が走るような感覚があったと思うのです。モチアン、ラファロとのトリオの最初のアルバム『PORTRAIT IN JAZZ』(1959年,参照・試聴)にはその片鱗を聴くことができます。しかし、まだこの時点では新感覚のバップという感じです。

 このトリオはNYを中心に、かなり多くのライブをこなしていたと聞きます。その中で、エバンスの中にあるアイデアはどんどん肉付けされ、具体化していったのだと思います。毎日が、きっと、これはいけるかもしれないという創造的な興奮だったのでしょう。後に、ビレッジバンガードのライブがあった日々のことを、ドラマーのポールモチアンが回想したのですが、そこに興味深いエピソードがあります。

 あの『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』の2枚が録音されたライブ。その直前まで、エバンスとラファロは互いの演奏についてすごい剣幕で口論していたそうです。はたから見ても、すごく険悪な雰囲気だったそうなんですね。そのトリオが、ライブでは、あのリリカルで素晴らしい音楽をつくるのです。芸術というものの本質がここにあるような気がします。

 そして、私には、このエピソードからも、このモチアン、ラファロのトリオが持っている三角形の構造を感じられるのです。それは、モチアンを頂点とし、二等辺のふたつの点がエバンスとラファロで結ばれる、逆立した三角形の構造です。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(7)に続きます

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2007年7月27日 (金)

「近況メモ」のメモ 7/11-23

 この画面の隣の「近況メモ」のメモでございます。ココログのマイリストを利用して、ちょっとした小言欄にしていましたが、これ、延々と表示され続けるんですね。それはなんかやだし、だからと言って消去するのももったいないし、ということで再利用。日記の日記、ポストモダンな感じでよくないですか?よくないですか。そうですか。

■7月23日(月)「リンパが腫れてる。疲れるてくるといつもそうなんですよね。わかりやすい体だこと。」

 リンパ腺わかりやすい体質なんですね、昔から。疲れてくるでしょ。でも、仕事で倒れられないでしょ。そうすると、リンパが腫れるんですね。体がサインをくれるんですな。で、おもしろいのは、年末の休み前とか、休みになったら倒れてもOKという状態になって、休みに入ると、きっちり熱が出たりかぜをひいたりするんですわ。だから、いつも年末休みは寝込んでます。そういう体質だから、帯状発疹になったときも(参照)(参照)、リンパを疑ったんですね。

 で、その後。腫れたところがオマタ(オタマじゃないよ)。プレゼンなどが多く、暑い中、けっこう街中を歩いてたので、またでずれで炎症。ミミズ腫れになって、大変でした。でも、昨日、撮影で朝の7時から翌朝の6時までスタジオで、ずっと涼しいところで座ってたから、だいぶましになりました。体はjへとへとに疲れたけど、オマタはいい感じ。とりあえずよかったです。

■7月19日(木)「お昼休みに増上寺、芝公園をお散歩。まだまだ知らない東京がたくさんあるなあ。」

 クルマも運転しないのでなおさらです。歩いてぶらぶらしてると、えっ、四谷と赤坂って、すぐ隣だったの?みたいなことがよくあります。東京の地理を電車で理解しているんですよね。それにすごい方向音痴。はじめて行くところは、必ずと言っていいほど道に迷ってしまいます。小説『明日の記憶』に、主人公が渋谷で道に迷ってパニックになるシーンがありますが、あの気分、すごくわかります。とりあえず駅に戻ろうと思っても、いろいろ思い込みで歩いてるから、すでに駅のある方向さえわからなくなってしまっているんですよね。もう、思い出すだけで胃が痛くなります。

■7月18日(水)東新橋「ふぐ省」でふぐちり定食。小鍋とご飯、締めに雑炊。1000円。贅沢気分のお昼でした。

おいしかったですよ。ちょっと分かりにくいところにありますけど。行かれた方が書いたグルメレポート(参照)です。ご参考に。

■7月17日(火)ということは明日はもう水曜日。なんか得したような、損したような。

 まあ、そういうことです。何も書くことなかったけど「近況メモ」を埋めたかったんでしょうな。

■7月13日(金) 朝食。中野駅前の立ち食いそば屋「田舎そば かさい」。山形そば風。最近では貴重な非チェーン系。かき揚げは早朝が美味。

 ここのそばは好きですね。特に朝早く会社に行くときとか、徹夜で朝早く帰ってきたときなどは、かき揚げそばをかならず食べます。七味唐辛子とともに、しょうがのおろしたものが置いてあって、それを多めに入れると、これがまたいいですねえ。安いし。これまたグルメレポート(参照)、ご参考に。

■7月12日(木) バナー広告のバナー(banner)って、横断幕・垂れ幕のことだったんですね。納得&知らんかった。

 なるほど、カタチはそっくりですね。横断幕みたいなもの、あれ、けっこう気をつけないと誤植でやすいんですよ。文字が大きいでしょ。そうすると、逆に文字校正で見逃すんです。コピーライターの方はお気をつけくださいませ。

■7月11日(水) 本日の昼飯。新橋「越後屋」にてマグロトロすじ炙り定食。美味。限定メニューゆえ、12時にはなくなるので11時半までに。

 ここは、わかりやすく旨いなあ。トロは、脂の味ですからねえ。ものすごい贅沢な気分になりますよ。薄口醤油とわさびで食べるんです。上記メニューじゃなくてホッケ定食を食べた方のグルメレポート(参照)です。ご参考に。

 では、みなさまよい週末を。

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2007年7月26日 (木)

「実名匿名論争」雑感

■私なりに「実名匿名論争」をまとめてみました。

 弁護士の小倉秀夫さんとライターの松岡美樹さんを中心に繰り広げられてる「ブログ実名匿名論争」を興味深く読んでいます。「たかがブログじゃないですか。」(参照)では、私なりの実感を書いてみましたが、ちょっと具体的に言いたくなってきたので、今日も書きます。

 私なりにまとめると、小倉さんは、実名には「社会的評価の向上や人脈の豊饒化等の現実社会でのメリット」があり、匿名は「他人を誹謗中傷する人」にさせる「魔力」を持っていると主張されています(参照)。一方、松岡さんは「インターネットは有名・無名にかかわらず、ネットユーザの創造性を育ててきたクリエイティブな世界」であると述べられ、実名制は、匿名者がいくら「能力があっても価値がゼロになる暗黒時代」であると主張されています(参照)。

 この論争は、もともとekkenさんと小倉さんの論争をきっかけに生まれました。ekkenさんは、小倉さんの「ネガティブコメントを批判されるのがいやならば、ネガティブコメントをしなければいい」という問いに対して、「意見を述べるブロガー」としては「NGだなあ」(参照)と述べられています。ちなみに私はekkenさんのブログ(参照)でモヒカンという言葉を知りました。

■私が「実名匿名論争」に興味を持った理由。

 まあ、そんな流れの論争なのですが、私がこの論争を見て、すこし自分の問題として興味をもったのは、別の部分です。私は、ここ最近ブログをはじめた人間ですし、ブログ論壇みたいなものに興味があったわけでもなく、単に自分の興味を文章にして、それだけじゃなんだから、niftyのIDを持ってるんだしココログでもやってみるか、という感じなんですね。

 それは、言ってみれば、おじいちゃんの盆栽ブログみたいなもんかもしれません。それに、私はW-ZERO3[es]というウィルコム端末を愛用していて、この端末を使いこなすにあたって、それこそ匿名のブロガーさんたちにすごくお世話になったりしたポジティブな経験もあって、なんとなく実名主義みたいなマッチョな感じに違和感をもったのです。

 それに、私は外資系広告代理店に勤めているのですが、そういう会社勤めの場合、まあ実名は気分的には使いたくないわけで、前例としても、広告代理店のあの人だなとある程度想定される書き方で、匿名(正しくは顕名)を使われてネットでのびのび書かれているのを楽しんできたんで、この実名主義が徹底されると、それこそ「暗黒時代」だなと思ったのです。

 確かに、匿名の暴力というのはあります。それは、リアルでもありますし、ネットでは顔が見えないことと、24時間発言が残り続けることから、より陰湿になるのもわかります。とりわけ弁護士さんにとっては、相当許せない状況でもあると思います。そういう状況に、危機感や嫌悪感を持っている社会の空気もあります。このまま行くと、「漂泊言論」の福田さんが言うように、匿名が許される状況を「あっさり手放さざる得ない」時(参照)が来るのかもしれません。

■2つの「匿名」。そして「等価交換」。

 でも、ここで疑問です。でもよく考えると、ここで「匿名」という同じ言葉の中身に2つの種類があることに気づくんです。小倉さんが問題にする「匿名」って、コメントにおける匿名ですよね。その人が匿名でブログをやっていても、ほとんどはプロバイダのIDは持っていますよね。

 ですから、実名はってブログをやられているお気持ちはわかりますが、ブログが持つ名もなき人も読んでくれる流通力を享受しているわけだから、ある程度は、ekkenさんがおっしゃる匿名でのネガティブコメントも、メリットとデメリットの「等価交換」であるのが望ましいとすれば、それはしょうがないのではと思います。甘受すべき範囲内なのではないかと思います。けっこうしんどいですが、やっぱり基本は「等価交換」だから。そうじゃないとある特定層が利することになりますよね。

 その流通力を放棄して、会員制にするなりの方法がありますね。SNSを使うのも手ですね。そうすると、メリットとデメリットは「等価交換」になりますよね。つまり、全世界を相手にするような無限の流通性はなくなりますが、誹謗中傷というデメリットは少なくなる。全世界を相手にせざるを得ないネットにはきつさがあったから、あえて閉じるシステムとして、mixiが流行ったんではないでしょうか。私は、mixiから逆にブログに来ましたが。

 松岡さんは、たぶん、そういうブログの流通性や自由との「等価交換」として、ネガティブコメントなどの荒らしはあるというデメリットがあるのがブログというかネットの現実なのだから、きっと、初心者にブログを実名ではじめるのを勧めるというのは無茶だと思われたからこそ、反論を書かれたのだと思います。そして、現実を生きる知恵として、「スルー力」を啓蒙されたのでしょう。

 もうひとつは福田さんの言う「匿名」がありますね。これは、通常のプロバイダのIDを持たず、持っていたとしても身許が絶対にわからないようにした、いってみれば意識的に、かつ、意図的に、積極的に「匿名」であろうとする「匿名」とそのサービスです。これをどうするかは、ちょっと論議の分かれるところですね。それこそ、日本のネット文化は、どのラインで「等価交換」するのか。韓国のように、住民登録番号を必須にするところまでいくのか否か。それこそ高度な「グランドデザイン」が必要なのでしょうね。

■「匿名」の中身の違いをしっかり定義して論議したほうがいい。

 この「匿名」の定義をしっかりしたほうがいいんじゃないかと思うんですよね。この2つの「匿名」は質的にもまったく違います。

 たしかに、コメントスクラムは2つの「匿名」が入り乱れる集団ヒステリーみたいなものだと思いますが、これは「匿名」であることが引き起こす暴力というより、「集団化」という現象が引き起こす暴力の面が大きいと思いますが、こういった集団ヒステリー的なものは、実名制では規制できないと思うんですね。現実社会の、集団ヒステリーとかパニックと同じです。

 そうでないと、始まりは完全匿名のネットワーカーによる無責任な非難中傷を問題にしていた話なのに、いつのまにかそれがすべての匿名の話になり、その話を過激に感じる人が反応し、その反応に対しては、また完全匿名の害悪で返すみたいな悪循環に陥ると思います。あとは、それぞれの論の矛盾や破綻さがしですよね。まあ、それはそれでエキサイティングではありますが。

 私は、こういうことを書くのは例外だし、発言系ブログでもないと思っていますので、単に「匿名(この場合は顕名かな)」を楽しんでいる、私を含めた多くのブロガーさんたちが息苦しくならないようにしてほしいなと思っているだけですが。実名でやってらっしゃる松岡さんが擁護し、啓蒙しようと思う「匿名」さんの多くは、こういう人たちだと思うんですよね。きっと、後者の「匿名」さんたちじゃなく。

■私は、これからもひっそり書きたいです。

 トラックバックとかしなきゃいけないのかな、と思いつつ、OS9で書いているので、リンクもすぐには貼れないので、「等価交換」にならないし。google様を信じて、トラバせずに投稿します。引用させていただいた方、失礼をお許しくださいませ。引用させていただいた記事のリンクは徐々にこつこつ貼っていきます。

 うーん、そうか。私は、「ブログでコミュニケーション」という欲求がきっと少ないんだな。書いたものは、誰かがどこかでひっそりと読んでくれたらいいや、という感じです。ネットワーカーという言葉もぴんときませんし。昔のレンタル日記のメンタリティですね。でも、コメントとかトラバはやっぱりうれしいですけど。では、また明日からは好きなことを「整理もせずに」ぐだぐたと書き綴っていきますので、よろしくお願いします。

 7月27日追記 : リンクを貼ったり、いろいろ修正。それと、松岡美樹さんの『すちゃらかな日常』にトラックバックしました。(どうでもいいですが、人生、初トラックバックです。)私は、こんなふうに思いましたが、どうでしょうか。

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2007年7月25日 (水)

たかがブログじゃないですか。

 私がブログをはじめた動機。

 Bill Evansというジャズピアニストについて、いつかはきちんとしたものを書きたいと思っていた。いろいろ試行錯誤を重ねて書き綴ってもいた。でもなかなかうまく書けないでいた。

 そこに、ブログがあった。

 そこには、金もらってやってるわけじゃないのに、するどいことを書いている匿名の人がたくさんいた。未完成でも、素人でも、とりあえず書いてみようと思った。

 どこかの誰かが読んでくれるかもしれないし、ナイスなアドバイスもくれるかもしれないとも思った。何より、自分自身の整理になるし、何が今足りないのかは、案外、他人に向かって書いてみることでしか分からないもんだしね。

 今書かなければ一生書かないかもしれないと思った。死ぬとき、きっと後悔するだろうな、とも思った。

 私にとってブログは、ひとり同人誌。

 不況の後の、広告の仕事。いろいろきつい現状。愚痴ばかり言っても何も変わらない。キャリアを重ねる中で、いろいろ考えることもある。日々の仕事の中で、新しい考え方もできてくる。だったらブログにぜんぶ書いて残せばいいじゃないか。そう思って、少しずつ、とりあえず書き続けている。

 私にとってブログは、考え方のデータベース。

 たとえばウィルコムのW-ZERO3[es]を使ってて、なるほどなあと思うことがたくさんある。他の人も使えばいいのになとちょっと思うんですよ。大好きなAMラジオのことやオフコースのこと、もっともっとたくさんの人に話したい。よろこんでくれる人がいるかもしれないし、よろこんでくれたら、何より自分が気分がいいしね。

 私にとってブログは、知らない人との談話室。

 実名でやりたい人は実名でやればいいし、匿名でやりたい人は匿名でやればいい。実名を積極的にさらすことで得する人もいるけど、そうじゃない人はなにも積極的になる必要はないじゃない。実生活で起こるトラブルの種を自ら蒔くことないでしょ。

 この文章を書いてる私の実名だって、自分のつくった広告作品とかをブログに載せてるから、その気になればすぐにわかるしね。匿名なんて、今や、そんなもんじゃないかな。

 あえて匿名でブログを書いているのは、実名のメリットが今のところあまりないから。このブログに書いてるものを見て、この人に10億の仕事発注、なんてこと絶対ないしね。もし仮に、私の書いたものを誤解して魅せられて10億の仕事を発注するもの好きな人がいたらさ、その人はメールでアクセスするでしょ。

 そしたら、喫茶店とかで会って、きっと、実名書かれた名刺渡すと思うし。「あっ、どうも、mb101boldです」とか言って。これが、ブログにおける匿名(正しくは、顕名?匿名って、「はてな」における増田みたいなことだとしたら、そもそも匿名でブログやってる人って、あまりいないのでは‥)の実体じゃないかな。

 でもね、世の中には残念ながら悪意の人もいるから。

 そういう悪意の人に対してはね、本人特定のためにちょっとした邪魔くささ、 つまり、「めんどくさいからやめとこ」という名のハードルくらいはもうけておこうと思うんですよ。それだけでも、お気楽で遊び半分の悪意は防げるし、そういうこちらのメッセージも伝わるしね。

 それに、せっかくブログをやるんだし、書き手としての違う名前を持つことは、ちょっと楽しい感じだってあるしね。ブロゴスフィアとか、ブロガーとは何かとか、ブロガーは実名でいくべきだとか、もうそろそろいいんじゃないですか。

 ある匿名のブロガーが、「正義」の人に実名あばかれ、限りない悪意にさらされ、エントリーに死にたいと書いているのを見た。どんな「正義」や「大儀」があったとしても、そこまで追いつめていいわけはない。

 そうした実名が持つ本質的なリスクを分かった上で、それでもブログは実名であるべきというのは実名強者の理論としかどうしても思えないんです。それにシステムとして、匿名を強制排除する方法がほとんどないにもかかわらず、実名にこだわる意味が私にはわからない。それとも、ネットを許可制にでもすればいいのでしょうか。

 でも、実名ブログの人たちも、結局は、名もなき人たちのアクセスによる影響力を前提にブログ書いてると思うんですよね。結局、実名ブログ論は、なんとなく中途半端にマッチョな感じがするんです。ブログを書いていいのは選ばれし俺たちだけだけど、それを見て面白がるのは匿名でも許す、みたいな。

 アルファブロガーの論壇ブログだって、おばあちゃんの園芸日記だって、アキバ系のアニメブログだって、みんなブログなんだしさ。そもそもは、MTとか使って書いてる人をブロガーって言うんでしょ。

 だから、ブログはこうあるべきっていう話は、こうあるべき、からはずれた人を排除する話にしかならないわけですよ。こんな私でもブログはじめる時代なんです。たかがブログじゃないですか。

 高尚な目的でなくてもいいじゃないですか。いろいろあっていいじゃないですか。そこで起きたトラブルは、個別で解決するしかない。それにね、いろいろあっていいという価値観を広げていくことでしかそういうトラブルは減らせないのではないか、とちょっと本気で思ったりもしてるし。リアルであろうとバーチャルであろうと。

 匿名実名論争(参照)を見てそんなことを思った。

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2007年7月22日 (日)

[レビュー] BOSE Companion 2 series II マルチメディアスピーカー

Comp2_image01_b_11  40歳のお祝い(?)にと、BOSEのPC用スピーカー Companion2 IIをある人からいただいたので、さっそく試聴してみました。当方、オーディオマニアではないので印象でしか批評できませんが、ご購入のたしにでもしてくださいな。スピーカーの音の絶対基準など持ち合わせているわけでもありませんし、このスピーカーはPCにつないで気軽に音楽を聴くためのものでもあるので、現在PCにつないで使っているアンプ内蔵のスピーカー「SONY SRS-77G」との比較でレビューします。

Img130 まずは、このSONYのアンプ内蔵スピーカーから。これは、16年前に購入したもの。確か、1万円弱だった気がします。当時、ソニーからはいろいろなアンプ内蔵スピーカーが出ていました。ウォークマンにつないでください、みたいなことで、価格もピンからキリまでいろいろありました。当時はコンピュータは持っていなかったので、ポータブルCDプレーヤに接続して使っていました。6cmくらいのフルレンジスピーカー1個と、その上に平面型スピーカーもどき(音声信号の入力はされていないもの)が付いています。たぶん、これはエンクロージャ内部の空気振動を外部に伝えるためのものなんでしょうね。それか、単なる飾りかも。一応、密閉型です。

 一方、BOSEの方は、5.7cmのフルレンジスピーカーで、バスレフ型。カタログには「独自形状のロングポートを背面に設置」と書いていますね。後ろを見ると、確かに穴が空いています。デスクでのセッティングを考えて、前面が15度傾いた独特の形状をしています。「バウンダリー現象」の影響を排除する目的だそうです。バウンダリー現象は、机の表面に音が反射することで起こる歪みのことらしいです。N.F.S.Eテクノロジーというので、デスクトップに最適化された音の出力をしていて、中にはDSPが内蔵されています。DSPというのは、デジタル処理するための半導体のこと。それで、小音量時でも低音がきちんと出るようにデジタル処理されるとのこと。

 まずは、オフコースの『FAIRWAY』の中から「あなたのすべて」を聴き比べてみました。音源はMP3です。この曲は、とにかく音の種類がたくさんあって、音の解像度を比べるのに最適かな、と。トライアングルやらの小物パーカッションや、ハーブやら、クラビネットやら、いろんな音が重ねてあって、ハーモニーも複雑です。それにしても、この頃のオフコースは芸が細かいです。

 この曲では、BOSEの圧倒的な勝利ですね。音の解像度が段違いですね。高音域から低音域に至るまで、SONYでは聞こえなかった音がきちんと聴こえてきます。音が細かい、というか。SONYは、まあわりあいいい音ですが、BOSEと比べてしまうと、ソフトフォーカスな感じがどうしてもしてしまいますね。ぼんやりしてるんです。私は、基本的には、オーディオ機器、特にスピーカーは昔のもののほうが品質が高いと思っているんです。巷で売っているPC用スピーカーの音は、有名ブランドのものも含めてどうしようもないですもの。でも、BOSEは例外ですね。PC用でここまでの音は、なかなかないです。目をつぶるとまるで高級オーディオのようです。月並みな言い方ですが。

 次は、ビルエバンストリオの『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』から「いつか王子様が」です。このアルバム、ECMなんかとは違う、明瞭で高音がはっきりしている感じですが、録音がけっこういいのです。BOSEは解像度が高いぶん有利かな、と思いましたが、ひとつひとつの音がはっきりする分、音量を上げないと、なんかこぢんまりした感じに聞こえてしまいます。あれ、これってこんなにちょこまかしてたっけ、というような。やはり、ライブなので、雰囲気で聴いてしまっているのでしょう。その点では、SONYは、PC環境ではごまかしながらも聴けてしまう感じ。ただし、音量を上げると、BOSEはグッと良くなってきます。でも、ここまで音量を上げてしまうと、サイズの大きなスピーカーでじっくり聴きたくなるので、微妙なところです。

 今度はオフコースの『over』から「哀しいくらい」を。音作りが80年代ロックなので、ベース、ドラムの低音が太いんですね。で、音数が少なくシンプル。これは、もうBOSEですね。というよりも、BOSEの独断場ですわ。びっくりですよ。この手の音楽、まあ具体的にはロックになりますかね、ジャズだとサックスが入ってるようなハードなやつとか、ブンブンサテライトなんかもよさそうです。こういう中音から低音がしっかりした音楽を聴く人は、このスピーカーおすすめします。

Sub_img011 PC用には、Micro Music Monitor (M3)という手もありますよね。いまBOSE一押しの超小型のやつ。確か、スウィングジャーナル誌の賞を獲ってましたよね。あれにしようか、それともCompanion 2にしようか迷っている人は、音質と価格のバランスで考えると、Companion 2がおすすめかも。スピーカーのサイズがでかい分、こちらの方は低音を物理的につくれるので有利なはずです。M3はDSPに負う部分がかなり多いはずで、音のことを考えると、もしかするとCompanion 2のほうがいいかもしれません。もちろん、M3は、あの極小ボディでこの音が、というテクノロジーを所有するよろこびはありますけど。ちなみに、Companion 2はM3の3倍くらいの大きさがあります。

 BOSEの低音って、いいですよね。はっきりした低音ていうのか、ブーストした、ブンブン、モンモンした低音ではなくて、ちゃんとした音として低音が聴こえてくるんですね。これはけっこう何を聴くにしても大事なことだと思うんです。アコースティックギターなんかでも、ひとつの音の中に低音はあるわけです。それが明瞭に聞こえてくると、楽器の音がグッとリアルになります。

101mm1  101MMなんて、いまだにあの形で売ってますものねえ。BOSEの製品は、それだけ完成度が高いのでしょう。私も大学のときは101を愛用していました。余談ですが、あれ、他のスピーカーと比較して、質草としての価値がかなり高いんです。質草というのは質屋さんに入れるもののことです。近所の質屋さんに持っていっては、1万円ほど借りていました。でも、流したりせず、結局、大学卒業まで使い続けました。卒業するときにジャズ研の後輩にあげたんじゃなかったっけ。あの頃は、すごくお世話になりました。今の私がいるのは、101のおかげです、というのはちょっと言い過ぎですね。ちなみに、あのスピーカー、単一シリーズとして世界で最も売れているスピーカーだそうですね。

※101は生産終了になり、201シリーズに引き継がれています。101のあのいかにも業務用でございなそっけないデザイン、好きだったんだけどなあ。この記事を書いたのは2007年の7月ですが、2012年の9月現在、Companion2とM3の2つはいまだに現役。これだけ長く売れ続けのは、BOSEの設計や品質のなせる技なんでしょうね。それと、私はあまり好きではないですが、PC用途で高音質を目指すなら、サブウーハー付きのスピーカーという手がありますね。ちなみに、PCはいろいろと変わったけれど、このCompanion2は今も使い続けています。

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「義務と権利」VS「責任と自由」(4)

なぜこんなことを書いたかというと、「責任と自由」で語られるべき話が「義務と権利」の話にすり替えられることで、これまで私たちが大切にしつづけていた「責任と自由」という個人を拡張していく概念が、国家や組織と個人の契約の概念である「義務と権利」に取り込まれてしまいそうな危機感をぼんやりとですが、確かに感じているからです。

それほど深刻な話ではなく、身近なところでも、ごっちゃになった話が多いわけですね。戦後教育とかと関係あるのかもしれませんし、相対主義の行き過ぎの結果なのかもしれませんが。相対主義の行き着く先は、人それぞれという名の主体の消滅ですから。「責任と自由」という個人の個性を尊重し、その個性、あるいは個性ということが甘ければ、個人の差を認め合う概念が「義務と権利」に取り込まれてしまうと、個人の差は理論上なくなり、人間はすべてが等価であるということになってしまうのです。

でも、実際は、人間は等価であるはずありませんよね。生きていれば、そんなこと誰だってわかりますよね。私だって、自分の能力のなさや運のなさを嘆くこともありますし、その戦いで敗者になることもあります。人間が等価であれば、失恋とかもないはずですよね。その現実は、つらいです。でも、つらいからといって、とりあえず、粗雑に「人間は等価で平等」であるとしてしまうと、現実が必要とする差異を出していくために残るものは「利権と談合」しかなくなるのです。心の「偽りの平安」と引き換えに手に入れられるのは、「利権と談合」ですべてが決まる息苦しい世の中です。それは、何も経済だけではなく、すべての日常において。私は、そんな世の中は、醜くていやです。

糸井重里さんがかつてうまいこと言っていたのを覚えています。それは、「人類は平等、という理念は、現実は、人は平等ではないからこそ、少なくとも理不尽なこととか、本人のせいじゃないとこは、なるだけなくしていこうぜ、という人類の知恵であったはず。それを、人類は平等という理念を建前にしてしまうと、その理念が持っていたはずの目的さえ失われてしまう。」という内容でした。

小学校の運動会のかけっこでみんなが1位になるような、こっけいな状況。それと同じようなメンタリティが、「責任と自由」と「義務と権利」の混同の中に潜んでいるような気がするんです。日常のちいさな具体的な事実の重なりの中、なんとなく感覚的に感じる、としか、今はまだ言えませんが。私は、「責任と自由」という考え方を大切だと思っています。でもすべてを「義務と権利」で語ってもよいと考える人にしても、その「権利」という概念は、長い歴史をかけて、市民が勝ち取ってきた大切な概念でもあるのです。その粗雑な混同の中に、「権利」という理念が持っていた目的を失わせる力があるような気がするのです。

まだまだ粗雑な部分がある話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。不完全ですが、とりあえず、現時点で考えたことを記録してみました。考えたことを整理もせずに書き綴るブログでございますので、どうか笑ってお許しくださいませ。この話はもうすこし、というか相当見聞を広げて考えなきゃな、と思っています。では。

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「義務と権利」VS「責任と自由」(3)

「責任と自由」は、人間の、というか個人がどこまでその存在を広げていけるか、という無限の拡張性を持った概念であり、最初の話に戻ると、「責任」を限りなく持てるという個人がいる限り、政府がダメだと言ったとしても、イラクに行く「自由」を人間は本質的に持っているという話で、その「責任」は、この場合、やはり殺されても政府には助けは求めないという重い「責任」であるべきなのでしょう。そういう重い覚悟があって、やっとコインの裏表のイラクに行くという「自由」が成り立つのでしょう。ジャーナリストなんかはそういう覚悟を持っていますよね。

一方、「義務と権利」は、国家もしくは組織と、その国家もしくは組織と関係を持つ個人との「契約」において語られる概念であり、それは法律の基本として最低限度にとどめられることだろうと思うのです。渡航禁止という措置が、渡航したときに国民としての資格を失うと書いていない限り、政府は国民を無条件で守る「義務」があって、それが重いとしても、それが国家の最低限の「義務」だと言えます。その義務は、「私の身になにか合った場合でも、私は政府に助けは求めません」と宣言したジャーナリストにも粛々と果たされるべき国家の「義務」ですよね。法律的にはそうであるべきです。

しかしながらそれは最低限の「義務」であり、「国益」とのバランスで考たうえでの、国民を守る程度だと思います。こういう話は苦手だけど「国益」を損なってまで、その国民を守らなければならない「責任」は政府にはないはずです。それでも、ものすごい緊張感のある判断があるのは理解していますが。政府が「自己責任」といったとき、それは、ボーダーラインを超えてまで自己を拡張していく「自由」を主張する人に対して、政府はそこまでの「責任」は持たないよ、私たちにはそこまでの「責任」はないよ、ということの、単なる国民に向けたエクスキューズだったのでしょうね。でも、やはりその文脈で「責任」という言葉が出てくるのは、「義務と権利」と「責任と自由」の2つの文脈を、あえて混同させた意図はあったように思います。

例えば、薬害エイズに関して言うなら、政府は薬事行政を独占的に行う「自由」を持っている。だから、政府は国民の生命を守る重い「責任」があるのですね。だから、政府は「責任」を問われるわけです。今回の件は、それほどの「責任」はないよ、とまずは言っておきたかった、という感じですね。

でも、間違えてはいけないのは、政府は薬事行政を独占的に行う「権利」を持っているから、政府は国民の生命を守る重い「義務」を持ってる、ではないことです。これは権利・義務の文脈では、政府は国民から税金を徴収する「権利」を持っているから、国民の生命を守る薬事行政を独占的に行う「義務」がある、なのです。薬事行政と国民の生命を守る、というのはセットです。なぜなら国民の生命を守ることが薬事行政の目的として、薬事行政の中に含まれるからです。

同じように、海外における日本人の生命の危機に対処する「義務」が政府にはあるのです。

但し、この件に関して言えば、政府は勧告する禁止するという権限は持っているものの、それをかいくぐって「自由」を行使する国民に対して、自国民のすべての海外渡航をコントロールする「自由」を持ち合わせていない、もしくはその「自由」をある程度制限されているのですから、その「責任」は「自由」に比例する。つまり、「義務」は自明だけど、「責任」はこの場合、その「義務」と比較して、かなり小さいと言えるのです。これは、平時のイラクで生活する自国民の生命を守る「責任」とは明確に分けられるべきです。感情論はともかくとして。

「義務と権利」の問題と「責任と自由」の問題をごっちゃに話すから、あの件は、なんかおかしな話になってしまったのではないでしょうか。あのイラクに行った人たちは、個人としては「責任と自由」のバランスがあまりに悪すぎた。その「自由」に対して、「責任」への覚悟がなさすぎた。もちろん、意義あることだから、という理屈もあるけど、政府の「責任」は小さいと思います。そういう意味では、私はわりあい山形浩生さんの考え方に近いです。ただ、私の場合、その論拠がコスト配分の適正化という観点ではなく、「責任」と「自由」の等価関係においてですが。

でも、だからといって、その人たちの「権利」まで剥奪される話ではない。政府の最低限の「権利」は受けられるし、政府は当然それ相応の守る「義務」がある。そして、守られる義務は、あの人たちは果たしていた。なぜなら、納税義務を果たす日本国民だから。

そして、私たちは、あの人たちが守られる「権利」さえないような言い方は、できないはずなのです。言えるとしたら、あまりに考え方が子供だよ、ホントに迷惑な人たちだ、この時期に、みたいなことだけです。それ以上の、たとえば、あんな人たちに守られる「権利」なんかないと、みたいなことを言ったり、あの人たちの家族に、国民に対して謝罪の言葉を言わせる雰囲気を作った時点で、「責任と自由」という、近代以降の個人が、長い歴史をかけて勝ち得た概念を、自ら捨て去ることになってしまうのです。その時点で、個人の負けなんです。

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「義務と権利」VS「責任と自由」(2)

私は「責任と自由」はコインの裏表だと思っています。「責任」を果たすことができるから「自由」を手にできる。けれども、「責任」を果たすことができるから「権利」を手にできる、ではないと思うのですね。「責任」を果たせるからといって、「権利」は手にできません。「権利」というのは別の概念だと思うのです。ただ、「責任」を果たしていれば「自由」は手にできる。これは、たぶん近代的個人の概念ですね。

同じように「義務と権利」はコインの裏表。「義務」を果たしているから「権利」を手にすることができる。けれども、「義務」を果たしたからといって「自由」は手にはできない。「自由」というのは別の概念だと思うのです。

私が生業にしている広告制作という仕事になぞらえると分かりやすいかもしれません。

例えば、ある仕事があったとして、その仕事のミッションを果たすことができる広告をつくる能力がある、つまり、ある依頼が抱える課題に対して「責任」を負える人には、「自由」な裁量を与えられる。また、その「責任」を果たしさえすれば、たとえば、トイレでうんこしながらでコピーを考えて、喫茶店でお茶を飲みながら、ナプキンにボールペンでデザインをしたとしても、「責任」の名の下には、この仕事に対して、机の上で5時間以上真面目な態度で考えるといった「義務」は問われようがありません。

しかし、もしその「責任」が果たせないとすると、いくら30時間以上時間をかけたとしても、何も働いていないことと同じで、その価値はゼロです。つまり、その広告は売れないので、なかったことと同じになります。そういう人は、クリエーターとしてはいつまでたっても、どれだけ頑張ったとしても、「自由」など手にすることはできないですよね。努力をしたからといって、世間は許してはくれないですよね。がんばったから、気に入らないかもしれないけど、この広告を受け取ってくださいよ、みたいなことはあり得ないですよね。

たとえば、若いコピーライターがいたとして、頑張って真面目に時間をかけてコピーを書いてきた、と。でも、そのコピーを見ると、どれひとついいものがなかった。でも、頑張って書いたんです。この中から選んでください、という「権利」は、その若いコピーライターには絶対にないわけです。

もうひとりの若いコピーライターは、その若いコピーライターより数も少なく、しかも、内緒にしているけど、昨晩飲みに出かけていて、二日酔いで書いた。けれども、そこにはいいコピーがあった。で、これでいこか、と言う。そうすると、僕はあいつより頑張って書いたのだから、不公平じゃないですか。あいつ、この仕事あるのに飲みに行ってるんですよ、僕はデートを断って会社に残って書いたのに、といってもだめなもんはだめなんですね。彼は自分の「責任」を果たせなかったんだから、自分のアイデアが取り上げられることはもとより、その時点で、その仕事について意見する「自由」さえ、奪われてしまうんです。

もちろん、ホントは、酔っぱらってコピーが書けるほど、コピーというものは甘くないし、頑張ってできなかった奴は、まあ、今回は多めに見るということになりますが、頑張らなくてできなかった奴はその時点で、人間として最低で、コピーライター失格なんですけどね。

で「義務と権利」。頑張って書いてできなかった奴。これは、会社という組織が社員に強いる「義務」は果たしているわけだから、彼には最低限のお給料をもらう「権利」がある。しかし、あくまでクリエーターが本質的にはスペシャリスト職であるとの前提ですが(つまり、一般的に言われる労働者の権利のような普遍的で一般論に還元できない話として)、頑張らなくてできなかった奴は、その時点で失格、退場なわけです。

頑張ってできなかった奴は、数回は多めに見てくれるでしょうが、会社には彼を他の職種に異動させる「権利」があります。この場合、そのコピーライターは異を唱える「権利」は持っていますが、それは会社が定める「義務」と「権利」のバランスが決定することです。会社には、社員が最低限の「義務」を果たしている以上、最低限の「給料」を払う「義務」があるのと引き換えに、異動させる、もしくはその最低限の「義務」を果たさない社員(これは、たぶん犯罪とかそれに類するものでしょが)に対して解雇する「権利」が与えられているわけです。

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「義務と権利」VS「責任と自由」(1)

少々重い話題かもしれませんが、書いてみようと思います。私自身、まだ整理されてない問題なので、ちょっと躊躇しますが、「整理もせずに書き綴る」がモットーでもあるブログですので、しばらくお付き合いいただければ幸いです。

少し前に「自己責任」という言葉が流行しましたね。

外務省は危険だからイラクに行くなと言った。しかし、危険を承知でイラクに行った人がいた。危険な目にあった。政府は「自己責任」と言って不快感をあらわにした。その人の家族は国民に謝った。人々は、身勝手で甘いとその人をなじった。それ見たことか、と言った。そんな人のために税金が使われ、政府が微妙な判断を迫られるのは迷惑だ、という文脈の話が世間を賑わした。その一方で、「自己責任」の名の下に政府の「責任」を放棄するような言い草は「無責任」だと批判する人もいた。そんな話でした。

その出来事があって、ライブドア株をたくさん買った人も「自己責任」と言われたりもしました。いくら無知とは言え、「自己責任」で買ったのだから、しゃあないわな、というニュアンスですね。また、昨今の若者に対しては、「義務」も果たさず「自由」に振る舞ってる奴らなど「自己責任」でやっているんだから保護される「権利」などないよという人もいますね。

この話は、その人の立場によっていろいろな見方がある問題なので、錯綜しがちです。戦後民主主義や近代的個人と国家の関係など、様々な要素が入り交じって、わけがわからなくてってきます。円地文子の『食卓のない家』という小説でも、このような話がモチーフになっていたりしました。この小説では学生運動でしたが。

この問題をどう考えるべきなのかは、いろいろな人が話されてます。私にはそれを断定的に語る知識のバックボーンもありませんし、どういう判断であるべきなのかは、自分自身では結論は出ていません。でも、ひとつだけ言えるのは「義務と権利」という概念と、「責任と自由」という概念は、まったく別物のように思われるのですが、その違う概念が、少なくとも感情的にはごっちゃにされてしまっているのは、だめなんじゃないだろうか、ということです。

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2007年7月21日 (土)

続・がんばれAMラジオ。

Joqr浜松町の文化放送にて撮影。けっこう気合の入ったポスターですね。大竹まことと吉田照美。この二人が文化放送の顔というわけですな。吉田照美が『ソコダイジナコト』という朝の番組を、大竹まことが『ゴールデンラジオ』という昼の番組を新しく担当することになり、JOQR文化放送としては、満を持しての新編成です。

「文化放送♪文化放送♪JOQR♪」というジングルが親しまれている文化放送が、「1134」と周波数を大きく打ち出していることからもその気合のほどがよくわかります。

元文化放送アナウンサーだった吉田照美は、テレビでは日本テレビの「らじカル」にDJテルーとして出てらっしゃいますが、本名のほうではラジオパーソナリティーの王道を歩んでらっしゃいますね。文化放送に入社して、まずは当時の人気深夜番組だった「セイ!ヤング」から、セイヤング終了後は「吉田照美のてるてるワイド」、そして、昼に降りてきて、「吉田照美のやる気MANMAN!」。「やるMAN」が終わることなんて考えたことなかったけど、あらゆるものには終わりがあるということで、番組が20年の歴史にピリオドを打ち、今回、ついに朝ワイドの「ソコダイジナコト」。

AMラジオは、こういう王道パターンがあるんですよね。深夜放送を聴いていた若い人たちが大人になって働きはじめて、昼枠のラジオを聴くようになる。やがて、その人たちも年をとり早起きするようになって朝のラジオを聴く。この人生のサイクルにあわせて、人気パーソナリティは深夜から、昼、朝へと足場を変えていくんですね。

ニッポン放送なら笑福亭鶴光。KBS京都ならつボイノリオなんかもそうです。つボイノリオ(これ誤植じゃないですよ)は、深夜のハイヤング京都をやっていて、ちょっとしたカルト的人気を誇っていたのです。もともとは名古屋の人で、名古屋のAMラジオ界では兄貴的存在の人です。発売禁止になった伝説の名曲『金太の大冒険』をつくったシンガーソングライターでもあります。「金太、まいった。金太、まいった。きんたまいった〜♪」という歌です。く、く、くだらねー。それともうひとつ名曲「名古屋はええよ やっとかめ』もあります。「名古屋はええよ〜♪しゃちほこあるでよ〜♪」みたいな感じの歌詞が続き、正確な歌詞が思い出せないですが、「名古屋を馬鹿にすると、新幹線止めるでよ〜」と締めるのです。確かに、新幹線を止められると困りますね。

つボイノリオのハイヤング京都、めちゃめちゃ面白かったんですね。それこそ、当時の関西の深夜のAMラジオは、MBSヤングタウンの独壇場。さんま、鶴瓶、ちんぺい&ばんばひろふみ、鶴光といったすごいラインナップで、サブも石川優子など人気もの揃い。そんな中、ひとりつボイノリオが気を吐いている感じでした。AMラジオならではの自由がこの番組にはありました。もう、やりたい放題でした。といっても下品系とか過激系ではなくね。今だと、TBSラジオの伊集院光みたいな感じですかね。

またまた、話がそれてしまいました。そんな文化放送ですが、あの浜松町本社ビル、放送局のビルにしては小さめなんですが、サテライトスタジオと、そのスタジオの前にちょっとしたライブができるスペースがあるんですね。小さなスペースですが。そこで、お昼や夕方にライブをやるんですね。若いアーチストを呼んで、ギターや電子ピアノの弾き語りで。あれ、いいなあと思うんです。あのスペースがあるだけで、浜松町の街の感じがなんとなく違うんですね。ああいうちょっとした気の利かせ方が、文化放送というラジオ局らしくって。

ブランディングやなんやと理屈をこねるけど、本社ビルを設計するときに、ああいうフリースペースをつくっておこうという気の利かせ方が、愛されるブランドをつくるんだと思うんですね。あのスペースは、効率主義で言えばもったいないスペースですよね。だけど、たったあれだけのスペースだけど、ここで弾き語りでもいいから、小さなライブできたら、街の人と交流ができるよね、みたいな発想があって、それが企業の中を通っていって、きちんとスペースという形で実現することがすばらしいと思うんです。レーティングはともかく、浜松町で働く人は、きっと文化放送にいいイメージを持っていると思います。やっぱりね、ちいさなことだけど、がんばれ文化放送って思いますもの。まあ、個人的には、同時に、朝や昼だけじゃなく、深夜をもっとなんとかしてよ、って思いますけどね。

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2007年7月20日 (金)

そろそろOS9は限界かもね。

さきほど更新した『ストリート生まれのシューズです。』が、なかなかうまくアップできずにすごく手間取ってしまいました。はじめにアップしたときは、改行がなくなっていて、それをココログの管理ページの記事作成画面で修正しても全く駄目で、テキストをコピーして、アップしたエントリーを削除し、コピーしたテキストを、テキストエディタのJditに貼り付けて、改行を一度解いて、もう一度改行し、改めて新規作成画面でテキストを貼り付けて、画像をアップして、やっとこさうまくいきました。

なんとなく気持ちわるくて、寝付きが悪くなりそうだったので、これ書いてます。それにしても、もうそろそろMac OS9は限界かな。インターネット環境では、今や、ウィルコム端末のW-ZERO3[es]の方が優秀なんだよな。OS9のIE5.1では、スタイルシートって言うんですか、文字を太くしたりすることもできないし、文字を選択してリンクを貼ったりといったこともできないんです。[es]は余裕でできるのに。ちなみに、[es]ではOpera8.6を使ってます。IEはほとんど使わなくなってしまいました。

[es]のOperaは起動が遅いけど、使い出すと結構便利ですね。起動さえしてしまえば、あとは結構サクサク動くし。それに、ほとんど片手で操作できるのがグッドです。左右のソフトキーと十字キーでなんとかなるんですね。アドエスはソフトキーがなくなったけど、そのへんどうなってるんでしょうね。あの左右キーは大事なのに。なにかのキーで代用してるのかしら。

Operaは、「画面幅で表示」というモードで見ると、レイアウトは崩れるけど、ほぼ情報が画面の中に網羅されるので便利ですね。最初は、あの崩れたレイアウトに違和感があったけど、慣れるとわりとなんともなくなります。でも、慣れるまでけっこう時間がかかるから、せっかくの定額ですし、意識的にネットを見るようにするといいですよ。そうすると、[es]でネットを見る便利さが実感できます。

ほんと、これから[es]を買う人は、だまされたと思ってネットを無理して見るようにしてみてください。Operaで。[es]の真価は、そういうとこにあると思うから。つまりね、ケータイのように、PCに近い環境を持ち歩くっていう感じの便利さ。PCでいちばんよく使うのって、ウェブブラウザでしょ。だから、[es]でネット、というのに慣れると、[es]が大好きになります。

前に、ランチャ&タスクマネージャの「YTaskMgr」のお話をしましたが、あと日常使いで大事なのが、案外スケジュラーのような気がします。この分野は、人の好みが出る分野だからいろいろ好みが分かれるところですね。この手のCE端末では「ROSE」と「さいすけ」が定番ですが、いろいろなソフト作者さんがツボを得たソフトを作ってらっしゃいます。スケジュラーの話は、また別の機会にさせていただきますね。では、おやすみなさい。

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ストリート生まれのシューズです。

Kissmarkbfs_2写真は雑誌広告ですが、これは30秒CMもつくりました。勘のいい人は、どんなCMかおわかりでしょう。カメラは定点で、アスファルトの表面を写し続ける。そこに如雨露(ジョーロってこんな漢字書くんだ)かなにかで水をかける。すると、アルファルトが盛り上がり、ひび割れ、シューズが生えてくる。そして、画面がブラックアウトして、センターに白いタイポで「Born from Street.」。それだけです。

シューズのコンセプトは、ストリート生まれのシューズ。kissmarkはX系ブランドなので、当たり前といえば当たり前ですよね。じゃあ、それをメッセージしようぜ、ということでこうなりました。ストリート生まれだったらさあ、ストリートから生まれりゃいいじゃん!シューズが生えてきたら、よくねえ?かっこよくねえ?いけてねえ?いけてるっしょ。むしろ、いけるっしょ。オレたち、天才じゃねえ、ジーニアスじゃねえ、みたいな。もちろん、そんなミーティングもプレゼンもしてませんけれどね。実際は、いたって真面目につくりました。

撮影は、CMはセットをつくりました。ベニヤ板の真ん中に丸い穴をあけて、アスファルトをそこに薄くひいて、その下にはシューズがセットしてあって、それがピアノ線で遠隔操作できるようにしてあって。で、演出が「イチッ!」というと、1番の釣り用のリールをアシスタントが巻いて、「ニッ!」というと、2番のリールを巻くといった人力方法。人力だから、間違えるアシスタントもいるし、シューズがコテッてこけたりね。その約20秒のカットを撮るために、セットの設営にかかる時間が約2時間。それを結局10カット撮ったのかな。朝から深夜までかかりました。

ちなみに、Born from Street.というナレーションは、日本語英語っぽく、しかも体温が低めにしたかったのですが、kissmarkの部分は英語っぽく発音するので、英語がネイティブで話せるナレーターさんをに頼んでたんですが、どうしても「ボーンフロムストリート」みたいな感じにいかなかったので、後で私がやりました。あのときのナレーターさん、ごめんなさい。

という私、他にも公共の電波でナレーターをやってまして。ダイキンさんのラジオCMで、涼しげな音とか、じめじめした音とかを、音効でつくってみる企画だったんですが、落ちが、「では、心地のいい空気の音は?」というもので、その音が「いびき」なんですね。その録音は、別のラジオCMも録っていてナレーターさんがたくさんいたのですが、そのひとりひとりに「いびき」をやってもらったんですね。すると、私のイメージする気持ちのいい「いびき」とどうも違うのです。

どうしても「グーグー」っていう声なんですね。「いびき」はじつは鼻や口から声として音が出ているのではなく、鼻から吸い込んだ空気が鼻腔で響く音なんです。だから、鼻腔が振動している音を出さないといけないんです。で、私が、違うんですよね、こうなんです、もうちょっと鼻の奥の空間をふるわせるように、とやっていると、ナレーターさんに、それ、録音してみません、ということで。

ちょっと話が別の方向に行ってしまいましたが、グラフィックは、アートディレクターが知り合いのアスファルト屋さんからアスファルトの破片をたくさんもらってきて、お台場のはずれで屋外の自然光で撮影しました。早朝に、ドリフトやってるとこですね。これがまた大変でしたね。晴れ待ちというのはよくありますが、この場合は、曇り待ちなんですよね。炎天下で、太陽が雲に隠れるのを、2時間3時間と待ちました。

映像が用意できたらアップしますが、このシューズのCMの他にも、Tシャツ篇もつくりました。このTシャツ篇のキャッチは「Born from Sky.」です。今度は、Tシャツが空から降ってくるんですね。

Tシャツを5枚くらい丸めて、空高く投げるんです。そうすると、パラシュートみたいに、Tシャツが開くんですね。それを下からカメラで撮影する。で、前の部分をカットすると、Tシャツが空から降っているようになるんですな。これは、私、カメラを回しました。あえて家庭用ハンディカムで撮って、チープな空気感を出したかったんですよね。まあ、普通のCMではお奨めしませんが、ハンディカムで撮影すると、なかなかいい味が出るもんですよ。

これは、朝の4時に渋谷に集合して、渋谷、裏原宿、代々木公園、江ノ島、羽田とまわりました。寝転がって撮影するから、体中砂だらけになりました。海外ロケや大がかりなスタジオセットの特撮もいいけど、こういう手作りな感じもいいもんですよ。まあ、普通のCMではお奨めしませんがね。

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2007年7月19日 (木)

それは、ずるいよ。

って思うもの。『カントリーロード』試聴という歌。原曲ではなくて、ジブリ映画の『耳をすませば』の主題歌に使われた日本語訳のバージョンです。原曲の題名は『Take me home Country Road』というものだそうです。日本語訳は鈴木麻美子さんです。

あの曲を聴くと、条件反射のように鼻の奥がツーンとしてきて、例えば、仕事の打ち合わせを得意先としているとしても、目がうるうると潤んできて、相手の目が見られなくなってしまって「どうしたんですか?」と言われてもお構いなしに、なんかやぶれかぶれな感じになってきて。あの凛とした美しい声で、こんな歌詞を歌うんですよね。

カントリー・ロード
この道 故郷へ続いても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード

カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード

それは、ずるいよ。泣きそうになるじゃないですか。それと、『椰子の実』という島崎藤村作詞、大中寅二作曲の歌がありますよね。あれも、だめです。「故郷の岸を離れて汝はそも波に幾月」の変拍子のメロディがありますよね。もう、あの部分のメロディを頭の中で想像するだけで、やばいです。

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷の岸を 離れて
汝はそも 波に幾月

旧の木は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる

われもまた 渚を枕
孤身の 浮寝の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新なり 流離の憂

海の日の 沈むを見れば
激り落つ 異郷の涙

思いやる 八重の汐々
いずれの日にか 国に帰らん

こうしてあらためて詞を読んでみると、いい詞ですね。あとね、宮沢和史の『中央線』。私は、矢野顕子がカバーしているバージョンに弱いです。みなさんご存知だと思いますので、多くは語りませんが、三鷹を過ぎたあたりから、街がちょっと寂しくなっていくじゃないですか。夜に、家の灯がポツポツと光ってる、夜のあの風景が頭の中に浮かんで。ずるい曲ですよねえ。あとアッコちゃんでは『ごはんができたよ』。2番の「寂しかったんだ今日も、悲しかったんだ今日も、ちょっぴり笑ったけど、それがなんになるのさ」っていうのがね、駄目です。我慢できません。

あとは、ちょっとベタだけど、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』。悲しいですよね。漫画では少女漫画の『綿の国星』です。もうね、設定がずるいです。ずるすぎます。だって、自分のことを人間だと思って猫が、飼い主に恋をするんですよ。それと『うる星やつら』。ラムちゃんが、電信柱の先にすわって、寂しそうにあたるを見つめてるシーン。私は『うる星やつら』はあまり読んだことがないのですが、あの絵は、前後のストーリーを知らないにもかかわらず、見ているだけで泣きそうになります。

なんでしょうね、こういう感じ。自分のことだけに分析はしないですが、なんか法則性がありそうですね。あと大林宣彦の『さびしんぼう』。参照富田靖子扮するさびしんぼうが、雨に打たれながら尾美としのりを待っているシーン。なんか書いているだけで泣きそうになってきた。

あの映画は、高校時代に、男友達に試写会の券を2枚持ってるけど、恥ずかしいからついてきてくれと言われて、いやいやついていったんですよね。どうせ、アイドル映画だろ、なんて言いながら。で上映が終わったら、泣いているのは私だけで。それにしても、富田靖子、かわいかったなあ。なんか調子に乗って「やってみるけん 富田靖子コンサート」見にいきましたもん。トミヤッコっていうニックネームだったんですよね。『アイコ16歳』参照もよかったですね。でも、あの映画を撮った今関監督は、あんなことなっちゃてねえ。そのままじゃないですか、今関さん。あれは、よくないですよ。

私の場合、「それは、ずるいよ。」は、こんな感じですが、きっと人それぞれなんでしょうね。

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2007年7月17日 (火)

「おにぎり談義」in きらきらアフロ

懐かしいなあ。かつてOBCラジオ大阪で鶴瓶と新野新がやっていた「ぬかるみの世界」で盛り上がっていた「おにぎり談義」をやってますね。オセロ松嶋が「おにぎりをつくったことがない」という話から、「そんなん、私が素手で握ったおにぎり、みんな食べたいか?」という話になりました。

前にもこの話題参照を書きましたが、「おにぎり談義」というのは、「誰がつくったおにぎりは食べらる?」という話で、西城秀樹とか、郷ひろみとか、八代亜紀とか、山口百恵とか、高倉健とか、笑福亭仁鶴とか、笑福亭松鶴とか、いろいろな有名人がリトマス試験紙のように俎上に上げられていました。松鶴さんは大人気で、みんな食べられるし、むしろ食べてみたい、ということになっていたのが、へえ、なるほどねと思ったりしました。

これ、ほんと生理的な感覚なんですよね。別に清潔、不潔みたいなことじゃなくてね。今だと、どうなんでしょうね。小室哲哉あたりは、いいリトマス試験紙になりそうですね。しょこたんのおにぎり、食べられますか。私は、けっこう大丈夫ですね。(なぜか、私はこういうとき、しょこたんが出てくる傾向がありますね。)真鍋かをりも大丈夫です。オセロ松嶋もまあ食べられるかな。オセロ中島は大いに食べられます。アルフィーでは、高見沢さんが微妙で、ほかの二人は多いに食べられます。小田和正は、意外にだめかもです。もちろん、本当は、おいしくいただけますけどね。

オセロ松嶋が「日焼けして色黒のイケメン寿司屋はだめ」と言ってましたね。なるほどねえ、と思いましたです。しかし、オセロ松嶋さん、あのおねえちゃん面白いなあ。吉本じゃ、ああいう自由な感じの子は育たなかったでしょうね。天真爛漫で、いいなあ。ナイティナインのオールナイトニッポンにゲストで出たときはグダグダでしたけどね。典型的なテレビの人なんですね、きっと。

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2007年7月16日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(5)

Conceptionsビルエバンスの初リーダー作は、1956年の『New Jazz Conceptions』参照・試聴です。エバンス27歳の作で、ベースがテディコチック、ドラムがポールモチアン。この演奏を聴くと、当時のほとんどすべてのジャズピアニストがそうであったように、エバンスもまたバドパウエルの影響下にあったことが、はっきりと感じられます。ベースも、4ビートのランニングが多く、モチアンもジャンプ感のあるハードバップ的なドラミングです。

1940年代にチャーリーパーカーを中心に起こされた、新しいジャズスタイルであるビ・バップ。諸説ありますが、ビ・バップとは、当時のジャズの中心スタイルだったビッグバンドのグルーブ感、重厚感を、ライブハウスのような狭い空間の中で成立する少人数のグループで可能にしたスタイルで、ビックバンドの音の重厚感の変わりに、音数が多く疾走感のあるアドリブを持ってくることで、ビッグバンドとは別の音楽的なクオリティを作り出していきました。そして、天才的ソロサックスプレーヤーであるチャーリーパーカーの才能に負ったビ・バップのスタイルは、瞬く間にニューヨークのジャズ界を席巻していったのです。

そのムーブメントの中で、天才ソロピアニスト、バドパウエルが登場します。彼もまた、当時では超絶的であった疾走感のあるピアノソロでスターになっていきます。今日のモダンジャズの基礎は、この二人の天才によって作られたといっても過言ではありません。グルーブ、スウィング、ファンキー、ジャンプと言った、半ば禅問答のような感覚的な概念は、この二人の演奏が持つ感覚をベースにしています。言ってみれば、この二人が生み出した音楽的な感覚が、これらの言葉の原器になっているのです。

当然ながら、このようなバップ的なグループ編成においては、必然的に、ソリストの超絶的なアドリブソロを引き出すためにすべてが構成されます。ドラム、ベースといったリズム隊は、いわゆるソリストがその音楽的創造性を表出しやすい音楽的環境を生み出すことに専念することになりました。

Topそんな中で、最高の音楽的環境を生み出せる天才ドラマーやベーシストは、その独自の音楽的才能を、ソリストとして表現するために、リーダーアルバムをつくりだしていきます。例えば、ポールチェンバースの『Bass on Top』参照・試聴。このアルバムは、ジャズベースを志す人なら一度は聴くほど面白く、日頃ジャムセッションで延々と4ビートのランニングを弾かされ続けるベーシストにとって、とてつもない爽快感をもたらしてくれます。なにせ、ベースが主役なんですから。もう、全編、ベースソロだらけなんです。ベースが歌う歌う。そこのけ、そこのけ、ベースが通るです。

でも、このバップ期においては、この『Bass on Top』さえも、ソリストとリズム隊というグループ編成の原則の例外ではありません。要は、バドパウエルの変わりに、ベーシストのポールチェンバースがソロを担当しているだけなのです。ピアノ、ベース、ドラムのトリオに限定して論を進めますが、トリオの構図として、やはりこの『Bass on Top』も逆立した1:2なのですね。

エバンスの発のリーダー作『New Jazz Conceptions』においても、それは同じです。1:2のトリオなのですね。新しいジャズのコンセプション、というアルバム名ではありますが、それは、この段階では、彼が生涯固執し続けた3者が対等の関係性は見ることはできません。どちらかと言えば、そこに見られるのは、斬新なヴォイジングだったり、スタンダード曲の新しい解釈だったり、主にピアニストとしての新しいコンセプションなのです。

このアルバムは、発売1年たって約800枚しか売れなかったそうです。その後、彼は前衛的ジャズコンポーザーであり理論家であるジョージ・ラッセルの音楽を吸収し、1958年、マイルスデイビスグループに参加します。マイルスも、エバンスとは別の形で、脱バップの方向性を探っていたジャズプレイヤーでした。しかも、マイルスは当時、当時の若いエバンスとは比べものにならないくらいの大スターでした。しかも、マイルスにとっても、白人の無名に近いピアニストの起用は、白人社会の裏返しとして生まれた黒人中心主義の当時のジャズ界ではすごく勇気のいる行為だったと言います。

しかし、エバンスと同じように前衛的な理論家であったジョージラッセルの影響を受けながら、脱バップの方向を探っていたマイルスにとって、エバンスとの共同作業は必然だったのかもしれません。マイルスは、エバンスと一緒に音楽を作る中で、その後のマイルスの音楽、エバンスの音楽、それ以上に、その後のジャズを語る上で欠かせない「モード手法」を形成していきます。

モード手法は、簡単な説明しかできませんが、これまでの長調、短調といった古典的西洋音階の調性と、その調性が必然的に内包するコード展開に対して、それとは別の調性を持ってくることで、既成の調性とコード展開の持つ権力的とも言える支配を無効化し、もっと音楽を自由にしようという試みです。音楽の理論にはあまり造詣がないので、大ざっぱなことしか言えませんが、ちょと私なりに説明していきます。

例えば、ハ長調はドレミファソラシドですね。その調性は、例外なくコード展開の法則を持っていますよね。音楽が始まるときと終わるときは、かならずドミソだとか。そのドミソは、ドファラに行きたがって、ドファラは、シレソに行きたがって、シレソはドミソに行きたがる、みたいな引力を和音は持ちますよね。トニック、サブドミナント、ドミナントと言いますが、そういう和音の順列を調性そのものが持ってしまいます。これは、その中のコードを分解していっても、この順列構造自体はかわることがありません。

また、長調は元気で明るく、単調は悲しく暗い、という性格を調性は持っています。この2つの調しか選択肢がない限り、どれだけ作曲で感情のバリエーションをつくろうとも、その感情のベースである長調、短調からは絶対に逃れることはできませんよね。そこから別の調性を手にすることで、西洋音楽の感情表現の支配から自由になろう、という取り組みが「モード」なのです。

ジャズでよく使われるのは、ラシドレミフォソラという音階のドリアンという調性です。非常に不安定でとらえどころのない音階で、長調でも短調でもない感覚があります。このドリアンをつかって曲を書くというのが、大ざっぱに言えば、ジャズにおけるモード手法です。しかも、ここに十二音階的な旋律手法が取り込まれて、ほとんど古典的な和音構成は持ち込まれません。

1958Kindこのマイルスとエバンスの共演は、1958年『ジャズ・トラック』(日本版タイトル『1958マイルス』(参照・試聴と1959年『カインド・オブ・ブルー』参照・試聴で聴くことができます。ちなみに、このモード手法を発展させていったのは、エバンスと同時期にマイルスグループに在籍したジョンコルトレーンです。彼は、モードを吸収以降、練習のとき、ラシドレミフォソラをただひたすら吹き続けたといいます。モードを語るとき、西洋音楽の和音中心主義に対する、旋律からの異議申し立てと言われることがありますが、このエピソードは、このことをよく物語っていますね。

少々、話がそれてしまいましたが、エバンスにとって、マイルスとの出会いが、彼の新しいピアノトリオの芸術にとって分岐点になったことは間違いはないでしょう。このマイルス体験があったのち、独立した彼は、自身のトリオのメンバーを変更していくなかで、当時23歳だった若きベーススト、スコットラファロと出会うのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(6)に続きます

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「じゃがポックル…」にアクセスされた方、期待はずれですみません。

なんか@niftyの「旬の話題ブログ」というコーナーに当ブログが紹介されたみたいで、そのため「じゃがポックルと口コミ。」参照というエントリーに多数のアクセスがありました。その紹介見出しが「超品薄☆幻の札幌限定お土産!来札時の入手困難!!!」というものでございました。それを期待してアクセスされた方、ごめんなさいね。こんな見出しだと、どうやったら入手できるのか、みたいな情報が書いてそうですよね。なのに、口コミ広告論みたいな感じで、がっかりですよね。

それにしてもすごいなあ、この見出し。どこをどう読んだらそういうことになるんでしょうね。とはいいつつ、多くの人にアクセスしてもらったことはちょっぴりうれしかったりもして。なんか複雑ですわ。当方、食べたこともないし、そのような情報は皆無でして。

テレビや雑誌なんかで見た限りでは、すごくおいしそうでしたよ。見た目はブライドポテトですわ。居酒屋さんとかでよく見かけるやつ。マクドナルドのやつじゃなく、モスバーガータイプです。で、それが乾燥してて、サクサクしてるらしいです。なのに、ジャガイモの濃厚な旨みや甘みがしっかり残っているらしく、「じゃがりこ」とは比べモノにならないとのこと。これ、札幌出張に行った同僚の発言です。

テレビで見た情報では、カルビーの千歳工場で生産しているらしく、この味を出せる工場の技術者が3人くらいしかいないので、どうしても少量生産になってしまうらしいです。大量生産の予定もないとのこと。このお菓子を開発した人は、ぜったいおいしいので売れると思ったらしく、1年間くらい売れなくても、いつか売れると信じ続けたそうです。

私は、この部分を美談だなあと思って、口コミうんぬんの話を書いたんですね。だってさ、カルビーって大企業ですよね。私、カルビーでプレゼンしたことあるんですが、それはもうしっかりした会社です。そこでね、売れないお菓子を存続させるって、けっこう難しいんですよね。社内でもけっこう反対にもあったでしょう。だけど、しっかり残して、きちんと売れた。いいじゃないですか、この話。

では、取り急ぎ、アクセス御礼と、期待はずれのお詫びでした。では、よい3連休の最後の1日をお過ごしくださいませ。

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2007年7月15日 (日)

「じゃがポックル」と口コミ。

札幌のお土産に「じゃがポックル」というジャガイモのお菓子があるそうです。連日売り切れで、幻のお土産になっているらしい。食べたことないけど、ジャガイモ感がしっかりあって美味とのこと。カルビーが作ってて、最初の1年くらいはまったく売れなかったそうです。

それが口コミで広がって、いまでは超人気。広告費なんてほとんど使ってないでしょう。こういう商品はけっこうありますね。「ブログのことなど」でも触れましたが、ブログなんてのもそうなんでしょう。ニフティのココログが火付け役ということにはなってますが、まあ、それはそういうことにしとくとして、ブログの大キャンペーンをやったわけでもないでしょうし。googleもそうだし。セカンドライフも、mixiもそうですね。

その一方で、CM大量投下を必要とする商品もあって。私はなぜか今までガムを担当することが多くて、これまで3社、4ブランドを担当してきました。なぜCMが必要なのかというと、コンビニのPOSシステムなんですね。売上げ推移がタイムリーに出るわけです。コンビニはタイムリーな売上げで棚の入れ替えをしていく回転の速い商売なので、売上げの瞬間風速が必要なのです。それがないとすぐに「棚落ち」するんです。棚から商品がなくなるんですね。

ビールや発泡酒なんかもそう。口コミを待ってたら、商品の存在を維持できないんですね。だから、一気にノイズを増やす必要がある。ブランディングでさえ難しい感じが、現場にはあります。いま、口コミタイプの商品と、商品サイクルが時間単位のマスプロダクトの2極化しているような気がしますね。

広告業界もそのことを見逃すわけもなく、口コミマーケティングやらウェブやらBuzz(ミツバチのブーンという音のことで、噂のざわざわを英語ではそう言うとのこと)やらホリスティックコミュニケーションやらが叫ばれてて、いろいろ策を打ってますが。このところあまりなくなりましたが、アルファブロガーさんたちにエントリーを書いてもらってBuzzを起こすなんてこと、やったり。自民党や民主党がアルファブロガーを呼んで会合を持ったりしてましたね。なんだかねえ。

続きはウェブで、というCMも多いですよね。コミュニケーションを立体的にしようというわけです。でも、ちょっとしんどくないですか。口コミまでコントロールしようという奴らがいるっていう感覚、なんかやじゃないですか。私はなんかやな感じがします。

「じゃがポックル」が口コミで売れたのは、要は、そのおいしさを信じて、きっと受け入れられると思って、売れなくてもじっくり待った会社と人があったってことでしょ。そういう結論でいいじゃないですか。口コミって結果であって、目的じゃないよね。「信じる」という部分をかっ飛ばして、口コミやらBuzzやらを利用しようなんて、なんかうんざりですね。ましてや個人のブログまでコントロールしようだなんてね、ほんとにねえ、神じゃないんだからさ。


7月16日追記:
@niftyから来られたみなさまへ。なんか期待はずれですみません。
アクセス御礼とお詫びの記事(参照)を書きました。今後とも当ブログをよろしくです。

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2007年7月14日 (土)

30代は、ジャズで締め。

昨晩は、某テレビCM制作会社のプロデューサーと六本木のライブハウス「alfie」へ。ジャズボーカル界の女王、大野えり姉さんのスーパーボイスを堪能しました。久々に、ジャズを生で聴きました。不覚にも(?)、ちょっと感動。いやあ、すごかったです。

大野えり (vo)、大口純一郎 (p)、小杉敏 (b)、原大力 (ds)。えり姉さん曰く「100年ぶりに唄う」というMy Funny Valentineとか、Green Dolphin Street、Miles Toneなどのスタンダードも演奏してくれて大盛り上がりでした。もちろん、えり姉さんオリジナルの「Tokyo Blues」も素晴らしく、不覚にも(?)泣きそうになりました。ええなあ、ジャズ。ジャズ、万歳!

ジャズと言えば、六本木ピットインはもうなくなっていて、なんか寂しい状況になっていますね。てなことを言う私なんかも、ジャズライブは長い間遠ざかっていたりして、巷の音楽シーンを見ても、エイベックス、エイベックスみたいな感じで、ジャズとかブルースとかが好きな音楽ファンは、なんか取り残されたような感じになってますねえ。

もっと、もっと、多様性のある音楽シーンになったらいいと思うんですが、そのためには、私たちがこういう箱で音楽を聴くようにならないといけないんですよね。私も忙しさにかまかけて、なかなか行かけないんですけど。ライブ、いいですよ。カラオケで素人の歌を聴くより、ライブハウスでプロの音楽を聴く方が、豊かな時間だと思うんですが、どうでしょう。チャージは平均5,000円前後、ちょっと高いかな、と思うけど、騒いでなんだかんだすると、けっこうそれくらい使っちゃうでしょ。

暗いと不平を言う前に、すすんでライブに行きましょう。

会社の不平不満を愚痴ってまずい酒を朝まで飲むよりも、こういうライブで本物の「表現」を聴いて、すこしでも明日が前向きにできればいいなと思います。ブログなんかも、やり始めて気づいたんですが、やっぱり書くという行為は、人間をちょっと前向きにしますよね。こんな愚痴ブログでも、まあ、人様に向かって書くというのは、なんらかの表現でしょうし。「表現」は、すこしでも前向きに生きるためには大切。某プロデューサーもデジカメで撮った「表現」をいろいろ見せてくれて、昨晩は、それをつまみに酒を飲んでたりしましたが、楽しかったしね。

まあ、だからといって、現実のいろいろがなくなるわけじゃないんですが、ちょっとだけ前向きに現実のいろいろを解決する力を「表現」はくれるかな、と思います。

で、本日、私事ですが40代の初日でございます。ああ、40かあ。でも、30の時と比べると、まあね、それほどの感慨もないんですがね。30代は、いろいろと年齢が低いことでしんどい思いをたくさんしてきたから。あっ、ちょっと愚痴モードに。やばいですね。このへんでやめます。今日は、前から取り組んでた仕事で、日経新聞に全15段の広告が掲載される日。ちょっぴり意欲的な感じの広告です。よかったら見てくださいませ。いまから、中野駅で日経新聞買ってきます。ではでは。


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2007年7月13日 (金)

外資系広告代理店ブームが去って、いま思うこと。

少し前に広告業界には、外資系広告会社ブームみたいなものがありました。フィー制の導入が叫ばれたり、アカウントプランナーという新しい役職が脚光を浴びたり、ストラテジーという言葉が流行ったり、マーケティング局がストラテジック・プランニング局になったりしました。また、クリエイティブエージェンシーもたくさんできました。フリーでもなく、クリエイティブブティックでもなく、クリエイティブエージェンシーというところが、この時代ならではなんですね。

クリエイティブの世界でも、いわゆるエンドラインという作法で作ったCMやグラフィックが、意識的な制作者たちから生まれてきました。エンドラインというのは、いわゆるキャッチコピー的なものではなくて、その広告の「テーマ」になる短い言葉のことを言います。その多くは、長尺CMの最後に置かれたり、グラフィックだと右隅のロゴの上に置かれたりするので、エンドラインと言われます。テーマラインとも言いますね。

例えば、WOW WOWの「見たい番組がある。」のCM。ご覧になった方も多いでしょうが、裁判のシーンがあって、裁判長が男性の被告に名前を聞くと、被告は「じゅげむ」みたいに長い長い名前を述べると、裁判長は「長すぎる、もっと短く!」みたいなことを言い、被告は「じゃあ、キャンディって呼んで」というと、裁判官はキャンディと呼び、弁護士が無罪を主張するすると、裁判長は「無罪!」とすぐ答え、それに反論した検察が有罪を主張すると「有罪!」みたいな感じで、なにやら裁判長は裁判をすぐに終わらせたい態度をずっととっていて、弁護士、検察官ともに、「裁判長!なぜ、そんなに結論を急ぐのですか!」と詰め寄ると、画面が暗転し、その黒バックの中央に、ちいさく「見たい番組がある。」というコピーが入って、「WOW WOW」というロゴが入る、というようなCMなんですね。

これが、エンドライン、またはテーマラインの作法でつくった典型的なCMです。海外の長尺CMでは定番の、外資系的なクリエイティブの作り方です。この広告、じつは日本の大手広告代理店のクリエーターがつくりました。そのとき、私は、ああやられたな、と思いました。一頃、ファンタもその手の広告をやっていて、これも日本の大手広告代理店の制作なのですね。まいったな、と、ほんと思いました。こういうの僕らがつくらないと駄目なんじゃないの、って。

外資系広告会社ブームがあったとき、某外資系広告会社で働いていた私たちは何をしてたかというと、外資系の大型クライアントのチームで、グルイン(グループインタビュー)とか量的調査とか、へなちょこ営業がつくった甘い甘いクリエイティブブリーフ(広告戦略や守りごとの書かれた紙のこと)とにらめっこして、いかにそれを矛盾なくCMに入れるかに苦心していたんですね。

そんな論理的で理詰めだけど、何の面白みもない広告をつくりながら、やれ俺たちは論理的だの、タレントに頼らないだの、ストラテジックだの、科学的だの言う日本の外資系広告会社の広告屋を見ながら、ああ、このままでは、外資系のいい部分はすべて日本の大手広告代理店が吸収していって、我々外資系の広告会社はブームが去ったら駄目になるんだろうな、と自戒を込めながら、心の中で思っていました。そして、それが半ば当たってしまっているのが、今の状況です。

結局は、外資系だからといっても、同じなんですよね。面白いものは、面白いし、つまらないものは、つまらない。タレント広告は効くし、表現なんてものは、誰もができるわけじゃない。表現は科学じゃないから、学んでも、知識を入れても、できない人にはできない。かつて、「すぐれた落語はみんなが面白がれるけれど、だからといって、みんなが落語をできるわけじゃない。日本の広告は戦後民主主義の犠牲者です。」という言葉を残して会社を去っていった外資系広告会社のCDがいましたが、日本の外資系会社って、そういうとこがあるんですね。

で、私はどう考えるかというと、タレント広告は効くとか、連呼は効くとか、そういうことはまず肯定したいんです。現実だから。でも、それだけじゃ悲しいし、さびしいでしょ。海外には、そして日本にも、タレントパワーじゃなくて、クリエイティブパワーで勝負しているすぐれた広告がいっぱいあるよね。で、その広告は、目から鱗の新しい方法論でつくられてたりするよね。だから、それを吸収したいよね。で、できれば吸収した上で、新しい方法論をつくりたいよね、という感じです。

私にはある体験があります。洗剤AのCM。私のCMアイデアは、家で、お母ちゃんが洗濯物をたたんでいて、かたわらで高校生くらいの娘が白い靴下を履いている。その白い靴下は真っ白なんですね。でも、親指のところに穴があいている。で娘が「お母ちゃん、これ穴あいてるで」と。するとお母ちゃんは「これ、Aで洗ろてるから、真っ白やろ。靴はいたらわかれへんがな」と。それを聞いた娘は「それもそやな。行ってきまーす!」

大型プロジェクトだったから、NYからCDたちが飛行機乗って来るわけですよ。で、私のこのコンテ、日本のスタッフからはボロカスだったわけです。こんなアイデア、NYのCDに見せられないと。で、NYから有名なCDがやってきました。少々ごり押しで見せました。すると、NYのCDたち大笑いなんですね。私、英語はしゃべれないんですが、NYのCDたちは「この台詞のOSAKA'S DIARECTって、アメリカではテキサスなまりみたいな感じかい?」とかなんとか言って、私は私で「YES! YES!」と言ってね、大盛り上がり。まあ、大阪方言はテキサスとはちょっと違うなとは内心思ってたんですがね。

結局、海の向こうも、同じなんです。穴空いた靴下、靴はいたらわからないっていう、貧乏くさい発想もするし、こういう情景、子供の頃のいい思い出の中に絶対あるし。私にとって、あえて「私は外資系広告会社のクリエーターです」という自負心は、そういうところにあります。かっこよく言えば、現実は現実であるけど、拙者は表現を信じる、みたいなね。武士は喰わねど高楊枝、みたいなね。そういう意味では、いろいろ外資系とはこうであるという結論を出したかったけど、書いてみると、本音は、外資系であろうとなかろうと、そんなもんどうでもええがな、ということですな。まあ、いろいろ現実はしんどいけど、明日もがんばっていきましょ。

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2007年7月12日 (木)

ブログのことなど。

ずいぶん前の話です。2001年くらいですかね。

とある老舗インターネット・プロバイダが社名を変えることになり、ロゴやら新聞広告やらポスターやらをつくる仕事をやってたんですね。なんだかんだ1ヶ月くらい作業して、やっとこさ新聞広告も出稿され、JR山手線のトレインジャックも無事終了し、一段落だな、という時に、担当の営業と私が交わした会話です。

「今さあ、アメリカではウェブログというのが流行ってててさあ、なんかそのウェブログを切り口に、企画考えられないかなあ。間髪入れずに自主提案仕掛けたいからさあ。」
「えっ、そのウェブログって何なの?」
「俺もさあ、よくわかんないんだけど、なんか日記形式のウェブページみたいなもんで、簡単に日記が書けて、それに掲示板みたいに他の人が書き込めたりするんだよね。アメリカではみんなやってるみたいよ。」
「ということは、さるさる日記みたいなもん?」
「えっ、俺、それ知らないな。そのさるさる日記って何?」
「さるさる日記っていうのは、要するに、ブラウザ上で日記が簡単に書けるサービスで、まあ、ウェブ上の日記帳みたいな…」
「それって、ウェブログのパクリ?まあそれはともかくさあ、ウェブログで何か企画をさあ…」
「うん、わかった。落ち着いたら考えるからさあ。」
「あっ、その言い方、考える気ないでしょ。」

ウェブログっていう言葉は聞いたこともなく、なんとなく、ウェブログっていう言葉の響きに、胡散臭ささを感じたりもしました。結局、ウェブログの企画は考えることなく、ウェブログも一向にブームになる兆しはありませんでした。ニフティがココログを始める前の話ですね。

しかしまあ、先見の明がまったくないですね。反省です。これだけウェブログ、つまりブログが当たり前の時代が来るなんてね。当時は、いわゆるテキストサイト全盛で、なんとなくレンタル日記というのは、ディア・アングリッフィとか電脳キツネ目組とかに比べるとぬるい感じがしてたんですね。テキスト庵でしたっけ、そこが「段落文体」という変な概念を提唱してた、そんな時代でした。

という話をしたのは、今日、とある営業と話していたら、まるであの頃のデジャビュみたいな感じの会話になったからなんです。

「これからはセカンドライフだよなあ。」
「ああ、ドットシティみたいなやつね。」
「えっ、ドットシティって?」
「アバター使って、バーチャルシティーを歩いたり、他の人と会話したり、街にはいろんな施設があってさあ、そこで遊んだりするやつ。昔、ちょっとだけやったことがあるんだけどさあ…」
「えっ、それってセカンドライフのパクリじゃん。」

ってさあ、セカンドライフが流行るずっと前から、ドットシティはあったんですけどねえ。早すぎたんですかねえ。こういうの、多いですね。iPodとかもそうですよね。シリコンオーディオはアップルが最初ではないですものね。考えてみると、Windowsもそうですよね。マッキントッシュの方が早かったし、日本じゃPC98でしたものね。このあたりの話、青空文庫にある『パソコン創世記』(富田倫生著)が面白いです。よかったら読んでみてください。

そんなこんなで、何年かぶりにドットシティを見てみたら、しょこたんが出てました。これまた時代ですね。

追記:ドットシティは2000年秋にスタート。セカンドライフは、2002年10月30日にベータプログラムのアナウンス。セカンドライフの成功は、仮想通貨と現実通貨の両替と、ビューアのオープンソース化にありそうな感じ。もちろん、基本テクノロジーの圧倒的な差もあるのでしょうが。ドットシティは、SNS方向に行く感じですね。バーチャルシティーの元祖はどこかわかりませんでした。

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2007年7月11日 (水)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(4)

アメリカのジャズライター、マーチンウィリアムスは『HOMAGE TO BILL EVANS』の中で、こう書いています。

 『トリオが結成されつつある頃(管理人注:ラファロ、モチアンとのトリオ)、エバンスはトリオに対する抱負を次のように語っている、「一人が出て吹き終わって、また一人が出て吹くみたいなものよりも、同時進行的な即興の方向が成長していけたら、と思うんだ。例えばベース奏者が、あるアイデアが自分の中に湧いてきた時に、どうして黙って4ビートのバックグラウンドを奏で続けていかなければならないか。僕が一緒に仕事したいと思うような人たちは、すでに普通のプレイは勉強してきているから、僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ。要するに、クラシックの曲だって、ソロになるまでずっと停滞して動かないパートというのはないんだ。ある一声が徐々に大きく聴こえてきて、しまいにワッと全面に出ると言ったような、移行部や展開部があるだろう」。』(小川さち子訳)

このビルエバンスの発言の中に、インタープレイの萌芽が見られるのは言うまでもありません。でも、ビルエバンス以降のジャズを体験している、現代の私たちから見て、なるほどそうか、とあらためて思わせるのは、その着想がクラシックのオーケストレーションがあったこと、そして、「僕たちにはそれを変えられる資格はあると思うんだ」という発言に見られる、彼のやろうとしている新しい演奏に対するジャズ界の抵抗感の雰囲気です。

こういう新しい潮流は、同時に出現するのが常で、たとえば同時期のピアニストであるドンフリードマンなんかも、エバンスと同じような方法で演奏したトリオの録音を残しています。しかし、当時のスターであったマイルスデイビスのクインテットを経験し、マイルス的なある意味、すべてがマイルスの美学によって統率された音楽を通過した彼にとって、彼がやろうとしていることの大胆さは自覚していたであろうことは想像に難くありません。

けれども、ここで私が注目したいのは、この同時進行的な即興の方向性が、旋律を奏でるもう一つの楽器であるベースに対して語られていることです。ここで、三者対等という概念は出てきません。ここにあるのは、即興芸術であるジャズの芸術の極限化のための各パートの最適化であり、それは彼が「彼は素晴らしいベース奏者であり、また才能の持ち主だった。しかもその才能が吹き上げる油井のように湧きこぼれていた。……まるで乗り手を振り落とそうとするあばれ馬だった」と語る、スコットラファロの才能が担保する着想であったことです。

Waltzfodebby『Waltz for Debby』参照・試聴では、その着想の具現化を聴くことができます。その表題曲「Waltz for Debby」では前奏は、クラシックのようにきちんとオーケストレートされたピアノとベースのアンサンブルでテーマが奏でられ、そのテーマが繰り返される瞬間、ポールモチアンのブラシドラムが入ってきます。その2回目のテーマでは、自在な旋律を奏でるのは、ベースのスコットラファロなのです。

そして、エバンスのソロが始まる頃には、ラファロはまさに自由自在に旋律を踊らせます。そのソロの2巡目からは、まるでベースのソロを縫うようにピアノが絡んでいくのです。そのベースラインは非常に不安定で、そのベースの旋律を縫うように展開されるピアノも同じようにとらえどころがありません。そのためか、このライブ録音では、エバンスが後期で多用する、タッタラッタッタ、タッタラタッタという独特シンコペーションがあまり見られません。

この不安定な旋律の絡み合いを見事にまとめきっているのが、ポールモチアンの安定感のあるドラミングです。このアルバムをよく聴くと、意外なほど、モチアンのドラミングは正統派なのです。4ビートに対して、16のビート感を内包する、音が伸びないピアノという楽器の持つ独自性を知り尽くした巧みなドラミングが、トリオの音楽を包み、不安定な二者の緊張感を、トリオによる同時進行的な即興芸術へと見事に昇華しています。

もしモチアンがこのトリオにいなかったら、このアルバムは、世界中の多くの人にこれだけ聴き込まれる名盤になっていたでしょうか。もし、モチアンが、フリーライクな、自由自在なドラミングを主張していたとしたら、この演奏がこれほど芸術的に価値あるもの足り得たでしょうか。

私は、このアルバムを聴いて、思います。じつは、このエバンスの着想をいちばん理解していたのは、エバンス本人ではなく、モチアンだったのではないか、と。そして、モチアンは、同時にわかっていたはずです。エバンスが夢想する、同時進行的な即興の方向性にも、それが現時点で芸術足りうるには、オーケストラに指揮者と楽譜があるように、やはり、ハードバップ期のジャズが求めたものとは性質が違いこそすれ、トリオをまとめるリーダーが必要なこと。

三者対等のインタープレイと言われるビルエバンストリオの音楽。しかし、この『Waltz for Debby』の段階では、厳密に言えば2:1の関係がそこに見られます。しかし、この関係は、ハードバップ期の関係、つまり1:2の関係とは逆立ちした関係なのです。まずは、ハードバップ期の関係を逆立ちさせること。そこから、エバンスの「永遠の三角形」は動き始めるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(5)に続きます

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2007年7月10日 (火)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(3)

まったくビルエバンスの音楽に関係のない話しから始めることにします。仏教で行われる修行のひとつである托鉢(たくはつ)は、禅宗では大抵三人ひと組で行われるそうです。これは、禅宗のとあるお坊さんに聞いた話なので、真偽のほどはわかりませんが、そのお坊さん曰く、二人でも駄目で、四人でも駄目だそうです。一人で托鉢をしているのは、まったくの邪道で、あれは乞食と同じなんですわ、というようなことを言っていました。

関西のお坊さんなので、話し方が落語家みたいでくだけたところがありましたが、一人だと自分の心を律することができず、二人だと連んで怠けるし、四人だと二人と二人のグループに分かれてしまい、結局、二人と同じことになるそうです。だから、托鉢における乞食行(こじつぎょう)は三人で行わなければならないということらしいです。

これをジャズの編成に置き換えると、ソロ、デュオ、トリオ、カルテットになります。ジャズを仏教の行と重ね合わせるのは何ですが、編成におけるトリオの特殊性が見えてくるような気がします。但し、これは編成を構成するミュージシャンがすべて対等であるという条件がつきます。多くは、強力なリーダーのもとに編成されるのが、ハードバップ期のジャズにおけるグループのあり方です。

それは、トリオにおいても例外ではなく、バドパウエルのトリオにしても、モンクのトリオにしても、ピアニストというソリストに対して、ベースとドラムのリズム隊という1:2の関係です。つまりリーダーが率いるグループなのです。

ソロとデュオについては、またの機会に考察しますが、要するに、ミュージシャンがそれぞれ対等であると仮定した場合、その完全に対等な関係を、関係として成立させることができるのは、人間の緊張関係の限界を考えると、ほぼトリオという形式しかない、と言えるかもしれません。

Trioビルエバンスは、ビルエバンストリオというリーダーの名前を関したグループ名ではありますが、音楽表現において三者が完全に対等であるような関係を、その到達すべき理想とした音楽家であったと私は思うのです。ビルエバンスフォロアーであり、彼の目指したインタープレイの理想を追求するピアニスト、キースジャレットが、ゲーリーピーコック、ジャックディジョネットとのトリオに、自身の名を冠せずに「Standards」としたことからも容易に想像できます。この認識は、独創でもなく、なかば常識ですが。

しかし、ビルエバンスの生涯の音楽活動を俯瞰できる、現代のリスナーという特権的な立場でその音楽を聴くと、そこには、三者対等という理想を追求するにもかかわらず、追求し、その手が届きそうな瞬間に、いつも挫折を強いられる、まるで永遠に悟りを開くことを許されない修行僧のような、悲壮な姿をそこに見てしまうのです。

ビルエバンスの音楽の美は、三者対等という理想を追求するものの挫折を強いられ、けれども探求を止めず、動き続けることで三角形であり続ける、その運動の中にあると思うのです。動き続けることによってしか維持できない三角形。それが、ビルエバンスの音楽における「永遠の三角形」であると私は考えるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(4)に続きます

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2007年7月 9日 (月)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(2)

Billevans_1ビルエバンスというジャズマンは、人物的には面白みに欠ける人だったようです。ジャズの世界には、マイルスやバード、コルトレーンのように、個性豊かで、悪く言えばアクが強い人物は数多くいますが、ビルエバンスはキャラクターとしてはいまいちエピソードに欠けるような気がします。

NHKで放送していた「ビルエバンスの奇跡」というドキュメンタリーを見ても、ビデオで出ているライブ(b=マーク・ジョンソン、d=ジョー・ラバーバラ)を見ても、大学のホールにもかかわらず、音響にステージ上で文句をつける、気むずかしいおじさんという感じです。だからといって、エバンスは、ロンカーターやハービーハンコックみたいに、禁欲的で生真面目でもなく、絶えず薬と縁がありましたし、彼が生きた51年を振り返ると、絶えず破滅と再生の繰り返しの人生だったようです。

いわゆる上の写真のような、オールバックでタバコをくわえた繊細な感じは、彼の音楽をよく表していると思いますが、ちょっと生身の彼の本質とは違うような気がします。でも、この写真、かっこいいですね。Piano彼の音楽の一般的な印象は、この写真と、まるでピアノと融合しようとしているかのような、前屈みの演奏の姿が映された写真(左)が決定したような気がします。クラシック好きの女性が好みそうな、内省的で、きれいで、知的で、印象派的な、といった。

でも、彼の音楽を内向的で内省的な、繊細な音楽と捉えると、本質を見失うような気がします。有名なスコットラファロとポールモチアンの『Waltz for Debby』にしても、中期の傑作であるエディゴメスとジャックディジョネットの『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』にしても、晩年期のマークジョンソンとジョーラバーバラの『The Pari Concert』にしても、かなり攻撃的で緊張感にあふれた音楽がそこにあります。

彼はずっとトリオという形式にこだわり続けました。元リバーサイドレーベルのプロデューサーであるオリンキープニュース曰く「マイルス・デイビスのセクステットを、1958年の昔に抜けてからは、トリオ以上のフォーマットで演奏することは、まずほとんどなかった」ピアニストです。しかも、そのメンバーは固定されていて、同じメンバーでトリオを長く続けることが常でした。

それは、いわゆる関係性の音楽という言い方ができるかもしれません。社会的な関係性を構成する最小単位は、三者関係です。二者関係は、いわゆる恋愛などの領域で、吉本隆明が対幻想と呼んだ領域であり、それはやはり区別すべきだと思います。私は、この対幻想を関係性の原初の形だとは考えません。吉本が「関係の絶対性」と呼んだ関係は、明らかに三者関係を念頭に置いていたはずだと、私は考えます。仮にその論を保留するとすれば、三者関係の音楽と言っても差し支えはありませんが。

彼のトリオで言えば、およそ3つの時期に分けられると思います。まずは、初期のスコットラファロとポールモチアンの時代。そして、中期の、エディゴメスとマーティーモレルの時代。そして、晩年まで続く後期の、マークジョンソンとジョーラバーバラの時代です。かなり大ざっぱな分類の仕方かもしれませんが、関係性という軸でトリオの芸術表現の特色を見た場合、この分類でいいのではないかと思います。チャックイスラエルとラリーバンカーの時代をここに加えていなかったりするのは、意図はありませんが、関係性という観点で言えば、過渡期であると考えて良いのではないかと思います。

また、中期において重要な意味合いを持っているのは、前述のジャックディジョネットとエディゴメスのトリオですが、その3人での演奏が残っているのは『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』の1枚のみです。ですから、中期のトリオは、エディゴメスとマーティーモレルのトリオであると規定します。しかし、関係性という軸で言えば、このドラマーのジャックディジョネットとの演奏が非常に重要な意味を持っています。私が「永遠の三角形」と呼ぶのは、このエディゴメスとジャックディジョネットのトリオの演奏であるのです。

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(3)に続きます

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2007年7月 8日 (日)

あれはないんちゃいますか。

FM東京の『放送室』を聴きながら、ちょっと思った。

松本さんが、なにやらすごい書籍の企画を思いついて、話し始めた。それで松本さんが「これ、真似されるから、やばいとこは切っといてね」と前置きして、その話を話した。高須さんが乗り始めて、「松本さん、それすごいなあ」とか言い始めて、さあ話の本題に、というところで、放送を遮るように関係ない音楽が流れるんですな。

で、20秒くらいの音楽が流れて、話の続き。要は、やばい話を音楽で遮ってるんですな。それが、10回くらいブツブツと。正味、話しは半分くらい。あとは、関係ない音楽。いくらなんでも、あれはないんちゃいますか、と思った。

たぶん、パペポから始まったと思うんですが、放送禁止用語を遮る効果音までは、まあええかな、と思うんですわ。文脈でわかるし、フリートークと、テレビの規制との間の緊張感みたいなもんを感じるから。要は、テレビのぎりぎりまで自由にやるよ、という意志みたいなもの。

でも、その話の半分くらいが音楽で遮られるって、いくらなんでもね。だったらラジオで話すな、っちゅう話ですわ。松本ファンなら、その半分くらいの隠された話を想像してワクワクするとでも思ってるんですかね。だって、その音楽入れられる時点で録音でしょ。編集できるんでしょ。面白い番組だけに、なんなんでしょ。もしかすると、前からそんな乗りかもしらんけど。

松本さんって、そういう音楽を入れるような編集とかに対して、だったらラジオで話すな、みたいなツッコミを入れるタイプの人なのに。ラジオのフリートークって、なんで面白いかというと、生身の人と生身の人の生な話を、ラジオっていう公器の器で公開するっていう、その緊張感がリアルでおもろいんだと思うんですわ。

この放送も、映画がらみで松本さんが「モノつくるヤツがいっちゃん偉いねん」と本音を言ってしまうような、その感じがおもろいんです。甘い考え方やと思いますけど、それは。でも本音。僕も、仕事の場面で、そういうこと言いたいこといっぱいあるし、でも、モノをつくるヤツは、その偉さと引き換えに、どんな批評も受け入れなければならないという矜持もあるべきで、ということは重々承知だけど、「モノつくるヤツがいっちゃん偉いねん」という、僕の心の中にもある甘い本音が聞けるのがラジオなんです。

だったらさ、やばい話を音楽で遮って、我々はこんな話も、やばいとこだけ音楽で遮って、そのまま流して、ね、これライブ感あるでしょ、というのは違うと思うんです。やばい話をラジオをするなら、ラジオだからということを前提で、ラジオで流せない話を、いろんな比喩とか、ぼかした言い方とかで、ばれないように、その規制の中で、直接的な言葉を使わずに話しきって、やばい内容を伝えきってしまうのが、ラジオのフリートークの面白さではないんでしょうか。規制なんてものは、頭使って乗り越えればええやないですか。

例えば、「ああ、これ言いたいけど、これラジオでしゃべられへんわ」とかね。「でも、しゃべりたいなあ、でもなあ」とか延々やって「もうこの話、やめとこ。」でもいいんです。それも、ラジオの面白さだから。何も、ほんとのフリートークを隠しと録りしてるんじゃないんですから。FM東京のスタジオで話してるんだから、当然、当人たちもラジオってわかってやってるわけでしょ。ディレクターも、その話の半分が流せないな、っていう時点で、もう20分長く録音したらええやんか。「モノつくるヤツがいちばん偉い」なら、ラジオのフリートークというモノで勝負してほしいです。

それを、さも「おもしろい貴重な話だけど、ラジオ局としては限界があるから、半分音楽で隠してお届けする」っていうのは、規制によって、松本さんを無意味に権威化するっていう機能の仕方しかしないと思うんですよね。そういう権威化の方法は、すごく下品なやり方だと思うんです。

だったら聴くなよって言う理屈もあるんですけどね。まあ、こっちもその理屈をわかった上で、だったら聴かへんわ、という理屈で、こういうことを言ってるわけで、こんな感じでやってると、ラジオ、ほんとに駄目になるなと思った次第で。いや、それも違うかな。なんか、単純に、悲しい気分になったから、こういうことを愚痴として言ってみただけなんですが。ホント、FM東京さん、ああいうのどうなんですか。

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2007年7月 7日 (土)

W-ZERO3[es]礼賛(番外編)

Img123ADVANCED[es]の駅貼りポスターです。東京のJR秋葉原駅に掲載されていました。JR山手線のトレインジャックも実施されていたことがブログなんかでも書かれてましたね。私は見てないけど。

The Smart Phone. [es] そして、横画面。やはり、表示領域が広がって、よりPCの表示領域に近づいたことが訴求ポイントのようですね。前の「仕事しろ。」は、明らかに第一弾のW-ZERO3を知らないユーザーに向けて、こんなケータイの選択肢がありますよと訴えるものでしたが、今回は、ある程度W-ZERO3[es]を知る人に向けた人もターゲットにしてるようですね。旧[es]ユーザーに対する買い換え需要ですね。

しかし、私の場合、この[es]の本領発揮は、縦位置でのケータイ使いにあると思っているので、まあおまけ程度にしか感じないのですが。でも、きっとQWERTYキーボード&横画面が、この製品の最大のギミックでしょうし、ADVANCED[es]がブラッシュアップした点はまさにここなので、最大訴求点になるのかな。でも、だったら、思い切ってPC Phoneとか言っちゃえばよかったのに、とか思います。

欧米みたいなSmart Phone市場を日本でつくりたい、というのはウィルコムという企業側の気持ちであって、日本の消費者は、本当にいわゆる「スマートフォン」を欲しいと思っているんでしょうか。それより何より、日本のケータイユーザーは「スマートフォン」という言葉知らないしね。[es]のユーザーだって、あまり知らないと思いますよ。

そう考えると、消費者はそれが「スマートフォン」と呼ばれてようが、欧米では「スマートフォン」が当たり前であろうが、そんなこたあ、So Whatなわけで。これ、やっぱり企画書の言葉な気がしますねえ。日本人の語感では、ケータイにあんなにゴタゴタ機能をぶち込んだもん、スマートでもなんでもないし。ちなみに、Smartというのは、英語では賢い(あるいはずる賢い)という意味合いがある言葉です。そういう点では。このThe Smart Phone.というメッセージは、ちょっと疑問かな。

私自身は、Softbankの「+Windows」でしたっけ、「Windowsケータイ」でしたっけ、何かそういう広告があったと思うんですが、その方がピンと来ました。ただ、Softbankのハードは、縦づかいで、テンキーの代わりにQWERTYキーボードが付いていて、使いづらそうでNGでしたが。広告にはグッと来ましたが、製品はちょっとなあ、という感じです。

Softbankのコミュニケーションはここ最近、いいですねえ。一時、ちょっとトラブルとかがあって、どうかな、と思っていましたが、なんか実が伴ってきたみたいで、あの広告の良さと釣り合いがとれてきましたね。TV-CMも良いですし。

ADVANCED[es]の実機はまだ触ってないですが、新宿のヨドバシでモックアップを手に持ってみましたよ。えっ、っていうくらい、小さく感じました。おっ、細っ、って思いました。もちろん、モックアップなので軽くて、その分は差し引かないと行けないですが、この持ち心地は、すごくいいかもです。ちょっと欲しくなってきました。でも、私はまだまだこの旧[es]を使い倒しますけどね。

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2007年7月 6日 (金)

空を飛んでみませんか。

Kissmarkbird_1 スノーボードブランド「kissmark」の雑誌広告です。ちょっと変り種なので、ご紹介します。

これは、REAL SNOWBORD GEARというキャンペーンが始まる前の、秋ごろに出稿した広告です。TVCMも含めたキャンペーンの前に、一般向けの雑誌にひっそりと出稿しました。

いつもやっているX-GAME系の世界観ではなく、あくまで一般のスノーボードにあまり興味のない人に向けて、メッセージを投げかけてみました。鳥の写真、凛としてていいと思いませんか。僕は、この写真、大好きです。なんか気高いんですよね。こんなふうに生きたいな、という気にさせるんです。空の表情も良くて、デザインもいい感じ。

自分たちで提案して受け入れられたちいさな仕事でしたけど、キャッチの位置をどうするか、とか、ロゴをどう置くかとか、はたから見たら、そんなんどっちでもええやんか、というような細かいことを、アートディレクターと朝まで論議しました。僕らの仕事も当然利潤を生み出すためにやっているのですが、好きだから、いいものをつくりたいからやる、みたいな気持ちは忘れてはだめだなあ、と思います。

だからと言って、おいしい仕事だけがんばるみたいなことも、なんかやだなとも思うんですね。コピーライターにしても、アートディレクターにしても、自分のために表現するのはよくないと思うんですね。広告って、広告としてリアルでなければ、やっぱり広告としてはよくない。広告をつくるために表現を総動員するわけで、表現のために広告を利用するのは、なんだかな、と思います。そういう堅苦しい考えは、損すること多いけどね。でも、この鳥のように気高くありたいなあ。

これをつくったアートディレクターさんとは、いろんな広告を一緒につくって、今は、別の会社ですごく活躍しています。ここ最近、連絡を取ってないけど、元気にしてる?すごく性格がよい人で、まあ、才能があれば性格がいい必要はまったくないんですが、彼の場合は、その性格のよさがデザインに表現されるんですよねえ。これは、アートディレクターにとってはすごく大きなこと。コピーライターもそうです。いい性格でも、それがデザインやコピーに表現されなければ、ただのいい人ですからね。

このアートディレクターとは、一緒に仕事をして、なんとかいい広告をつくって、賞もバンバンとろうぜ、と毎日夜を徹してがんばっていたんですが、一緒にやった仕事では、ひとつも賞が取れなかったんですよね。彼が別の会社に移り、僕は会社に残り、それぞれの方向でやりだしてから、僕にしても、彼にしても、お互い、賞をちょこちょこともらえるようになったんですよね。不思議なもんだなあ、と思います。

いろいろ考えることろがあるけど、まだはっきり言える感ではないので、ちょっと先になるけど、また酒でも飲もう。そのときは、よろしく。じゃ、お互い仕事がんばろうな。

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今夜はちょっと真面目な話を書いてみます。

ちょっとしたきっかけから、ブログを始めてみて、いろんな人のブログを眺めたりする機会も多くなりました。おかげさまで、こんなブログでも覗きに来てくださる人もいらっしゃるようで、本当にありがたいことだと思っています。どんな方かは存じませんが、いつもありがとうございます。あなたに幸ありますように。

私のような、言葉やらをお金をもらって仕事で繰る人間は、どうしても見てくれている人を設定しなければ書けない傾向があります。広告は、企業からのラブレターである、という言い方がよくされます。なるほどよく言ったもので、こういう仕事を続けていくと、他人のラブレターは、まるで本人のように、あるいは、本人以上に上手に書けるようになりますが、それとともに、自分のラブレターは次第に書けなくなっていくようになるのです。なんだか悲しいですが、職業病みたいなものですね。

だから、ブログの書き方が、いまだによく分からないのです。私は普段、一人称を僕というのですが、このブログでは私と書いています。でも、本当は、僕にするほうがいいのかもしれません。ですます、にするか、だである、にするかもよく分かりません。ただなんとなく丁寧かな、みたいな理由で、私と書いて、ですますを使う自分がいます。

世の中には、いい人もいれば、悪い人もいますよね。自分のまわりを見てみてもそうですし、あなたのまわりもそうでしょう。私のまわりはいい人ばっかりと言う人がいれば、その人は確実に嘘をついています。でも、矛盾するようですが、世の中には、本当に悪い人なんてひとりもいません。あいつは悪人だと良心の呵責なく糾弾できる、明白な悪人なんてひとりもいないのです。そんな分かりやすい悪人がいてくれたら、どれだけ楽でしょう。

自分にとって悪い人でも、それは能力に起因することだったり、その人の状況がそうさせていたり、単に自分との利害が違っていたりするだけかもしれませんし。それでもやはり許せないと力んだところで、その許せない人にも、家庭に帰れば心許せる人がいる、そんな当たり前の事実を突きつけられただけで、私は、体から力が抜けて、もう何もできなくなってしまいます。それを壊してまで自分のちっぽけな利害を守る覚悟などありません。それが平気でどんどんできる人はいますけど。そんな人を私は軽蔑しますが、でも、うらやましくも思うのですね、ある意味で。まあ、所詮これは皮肉を込めたレトリックですが。

だからといって、じゃあいいこのままでいいのか、というとそういうわけにもいかないところが、人生の難しいところなんでしょうね。善人みたいな気持ちで振る舞ったところで、悪い人、悪いこと、ずるい人、ずるいこと、だめな人、だめなことは、確実にいまここにあるわけだから。じたばたするわけです。

ブログは、私にとっては、ジャーナリズムでも、コミュニケーションの場でもなく、自分のいやな部分ではなくて、いい部分、素敵な部分を見つけだし、残していって、蓄積していく、きわめて個人的な場所のような気がします。つまり、何の秘密も書かれていない、健全な小市民の日記です。精神科医でSF作家の風野春樹さんが、そんなことをかつて書かれていて、ブログではなく、ブ日記であると宣言されていましたが、その感覚に近いですね。そういう考え方に共感する私は、しかし、その日記にふさわしい文体を持ち合わせていないので、なんとなくとまどうのですね。

そんな私ができることは、広告人として日々考えることをなるだけ文章にすることです。こんな私の経験やノウハウでも、何かの参考になるかもしれない、と信じながら。今まで考えたことは、なるだけ未完成でもカタチにして、とりあえず投げ出してしまうことです。いつの日か、それが私であってほしいけど、誰かが、その考え方を、もっと素敵な考え方にしてくれることを願いながら。世の中の素敵なことは、素敵だと、声を出してしまうことです。昨日よりも、今日。今日より、明日。素敵なことが増えていくことを望みながら。ときどき愚痴るかもしれませんが、できる限り、その愚痴の中にも、スプーンひとさじの希望を込めたいな、と思います。

本当は、もっともっと肩の力が抜けた、自然な日記が書ければいいのですが。こんなことぶつぶつ言わずにね。まあ、コツコツと、ゆっくりとやっていくしかないですね。いろいろ書いて、続けてていけば、いつか、見えてくるのでしょうしね。

ブログもそうですし、コンピュータ、インターネットをはじめとするITのカルチャーから学んだことは、そういう楽観的で開放的な考え方です。知の共有と言うとむずかしく思いますが、要するに、誰かが思いついた素敵な考え方が、誰かに伝わって、新しい素敵な考え方が生まれるかもしれない。そのことをうれしいと思おう、そのことの可能性を信じよう、ということだと思います。ビル・ゲイツを妬む人、ひがむ人は多いけど、リーナス・トーバルズを、そんなの意味ないよ、という人はいても、妬む人、ひがむ人はほとんどいないと思うんですね。

そんな個人的な無数の場所がつながって、その銀河の星みたいな個人個人が豊になっていけばいいなと思います。それより、何より、そんな無数の場所に支えられ、学びながら、自分がもっともっと豊になりたいと思うのです。

最後まで読んでくれた人、ありがとうございます。ブログを長くやっている人なら、ブログって何だろうとか、ここで自分が書く意味ってあるんだろうか、とか思う時期があるんだよねえ、思うかもしれませんね。まあ、こんな夜もあるわさ、と、笑って許してやってくださいませ。今後とも、ゆっくりやっていきますので、よろしくお願いします。

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2007年7月 5日 (木)

餃子の王将は大阪人のソウルフードです。

うーん、眠れん。同時にたくさんの仕事が動いてるときは眠れないことが多いのです。いま、TBSラジオのジャンクを聴いています。水曜は雨上がり決死隊ですね。餃子の王将の話、してはりますね。前にも餃子の王将からラジオやってましたし、この人たち、餃子の王将、好きですねえ。

という私も、子供の頃から大好きなんですよね。大阪の人間にとって、ソウルフードみたいなもんなんです。中学校の頃、友達と、自転車に乗って、よく餃子の王将を食べに行ったたもんです。中学生だから、小遣いなんて1000円くらいしか持ってないから、餃子1人前だけ頼むんですな。店には入って、カウンター席にすわって。1人前、確か120円だったような。こういうことやってるの、あんただけちゃうのって思うでしょ。いえいえ、大阪のガキはみんなそんな感じです。それに、大阪の都島の王将は、メニューが餃子しかなかったですし。ライスもなしです。だけど、店にはテーブルがあるんです。京橋の本店もそうだったような気がします。ちなみに、本店はもうないけどね。

そうそう、ここで言ってる王将は、大阪王将のことです。ちなみに、雨上がりがラジオをやったのは、京都王将。京都王将は、赤と黄色のデザインの看板に「餃子の王将」と書いてあるほう。よく見かける王将は、京都王将です。大阪王将は、大阪城のマークに「大阪王将」と書いてある店のほう。

大阪王将は、今はいろんな餃子が食べられる、いい感じの店ですが、前はもっと普通のお店でした。店のデザインもメニューも、基本的には京都王将と変わらない感じの店で、それほどこだわりのない人なら、京都も大阪もわからなかったんじゃないでしょうか。確か、同じ師匠のもとで修行した別々の人が始めたんでしたっけ。資本関係はまったくありません。

私は大阪王将びいきでした。というか、私の世代は、餃子の王将は、大阪王将のことでしたね。京都の人は違うかもしれませんが。餃子の味は、微妙ですが、確実に違います。

大阪王将の餃子は、皮に腰があり、モチモチした感じです。ただし、巷で腰がありモチモチした皮が自慢の店のあの過剰なモチモチではありません。普通の中華料理の皮と、モチモチ自慢の店の皮の、ちょうど中間と言ったらいいのでしょうか。大阪人にとっては、大阪王将の皮が餃子の皮の理想型という感じだと思います。大きさは、普通の中華料理屋さんの餃子の110%くらい。具は、わりとニラの青みが程良くあって、バランス重視な感じです。焼き色は、こんがりと濃いめの狐色が背にまんべんなく付いています。口に含むと、かなりジューシーで、下手すると肉汁でやけどするくらいです。味は、けっこうしっかりしていて、濃いめです。

大阪人(とは言っても餃子の王将なんて駄目でしょという大阪人もいますから一般化はできないですが)は、大阪王将の餃子はメートル原器みたいなもんですね。餃子の味の基準は、餃子の王将なんですな。

一方、京都王将はどんな感じかというと、大きさは、大阪王将のさらに105%くらい。餃子の皮は、大阪王将に比べて若干薄く、モチモチ感より、しっかり感を重視した感じです。ちょっと水分が少な目の、シャープな感じの食感です、ってシャープな感じって。まあ、皮があっさりしてるんですわ。具は、ニラの青み感があまり感じられない、白菜かキャベツかわかりませんが、要は葉物と挽肉のシンプルなコンビネーション。焼き色は、背の周りと、真ん中に、大阪王将に比べれば格段に薄い狐色、というかあれは金色っていうのかな、まあそんなあっさりめの焼き色がついてるんです。当然、中はいい感じになってるんですが、背の部分の半分くらいはまだ白いままなんですね。ジューシーさは大阪王将より若干少な目で、味も若干あっさり目です。当時は、それをなんとなく東京感がある、って言ってました。要は、都会的っていう意味ですね。

私なんかよりも上の世代は、餃子と言えば王将じゃなくて「みんみん(みんは王へんに民)」でした。うちの親父なんかはもっぱらこっちでした。ここで、餃子と豚足でビールみたいな感じらしいです。みんみんは、10年くらい前に、東京にたくさん出店してきましたね。なんか本格中華みたいなイメージで展開してますが、大阪では、ずいぶん長い間、パッとしない感じでした。なんとなく時代に取り残されて、さびれた感じがあるというか。

餃子の味は、まあ、これは中華料理屋さんの餃子という感じで、可もなく不可もなく、個性もなく、まずくもなく、かといってものすごくうまくもなく、という印象。店の中も、餃子メインでやってま、という感じでもなく、中華メニューも多く、大衆中華な位置づけの店ですね。

いま大阪餃子と言えば、三角形の一口餃子のことを言うみたいですね。大阪おみやげに重宝されているみたいだけど、あれは、まんまりソウルフードって感じじゃないですね。お初天神に一口餃子を出してる店があって、それが流行ったらしいです。まあ、ビールのつまみ。大人の餃子ですな。

そうそう、高校のある駅の前に京都餃子があって、あの頃は、どこの店も30分で10人前食べたら無料というサービスをやってたんですが、柔道部の連中が何度も何度もやって、そのサービスがなくなったんですよね。まあね、30分で10人前なんか、きしゃな女の子でもクリアできるレベルで、ギャル曽根さんが活躍する、大食い時代の今から言えば、甘あまの基準ですよね。それが証拠に、いまじゃどこの王将もそんなサービスやってないですものね。

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2007年7月 4日 (水)

キャラクターは、いいヤツだ。

Img118某お菓子会社の某商品ケータイサイトのキャラクター「ポッキーノ」君です。今も大活躍していますね。じつは、私は生みの親のひとりでもあるんですが、今では親元を離れ、元気にやってるみたいですね。

私は、じつはキャラクターが大好きです。集めるのではなく、つくるほうですが。なにしろ、法外な出演料を要求しないのがいいですねえ。いろいろ細かいマネージャーもいませんし、演技力は抜群だし、どんな役でもNGはないし。

いわゆるタレント広告。私は、それほど否定はしません。外資系広告代理店の人の中には、もう烈火のごとく否定する人もいらっしゃいますけど、私はそうでもないです。しかも、普段はタレント広告を否定している制作者が、撮影のときにうれしそうにしているのをよく見てますから。日本人はタレントが大好きです。

実際に、タレント広告は効きますし、費用対効果の面でも優秀な場合も多々あります。それに、表現やメッセージの観点でも、有名なタレントがそこにいるというだけで、広告が成り立ってしまうだけのパワーがあります。もうひとつは、ブランドのビヘイビア(態度)を表現する際に、生き方に個性があるタレントを起用するという方法は、非常にいい手であることは間違いがありません。

Bon けれども、やっぱり、タレントパワーに全面的に頼りきってしまうのは、ちょっとさびしいな、とは思います。ひとつのブランドでタレントがクールごとにコロコロ変わるのは、コンビ二のPOSですぐ結果が出る時代を考えると、その発想は痛いほどわかるけど、一消費者としては、やっぱりさびしい。タレントを使うなら、かつてのボンカレーみたいにやってほしいな、と思います。いまは松坂慶子に変わったんでしたっけ。

2007y07m04d_231230112Pityonそういう意味では、キャラクターは広告にとって非常に有効な手段だと思います。なによりもまずブランドに近い。そして、愛されていくことで、そのコントロールさえ間違わなければ、大きく成長してくれる。成功したキャラクターは、それこそ企業の財産になってしまうんです。そういう意味では、NOVAの「NOVAうさぎ」やダイキンの「ぴちょんくん」は本当によくできているなあと思います。ダイキンさんは、「ぴちょんくん」ラインではない企業広告の分野でお手伝いはしていますが、もう見事だなあ、と感心します。

どちらも、ブランドや商品にものすごく近いところで個性をつくっているんですね。上記の私の事例もそうですが、ブランドや商品の特徴や差別性からキャラクターをつくることで、他にはないキャラクターのオリジナリティを生み出すことができます。それは、そのほうが商品のメッセージが伝わりやすい、みたいな単純な話ではなくてね。例えば、「NOVAうさぎ」を見て、誰も、いっぱい聞ける「うさぎの耳」と、いっぱいしゃべれる「鳥のくちばし」からきているなんて伝わらないですよね。でも、そういうブランドの差別性からキャラクター設定をしているからこそ、あの愛らしく他にはない「NOVAうさぎ」の魅力的なキャラクターができるんです。

頭の中でつくられたオリジナルは、所詮は頭の中の話なんです。世の中でたら、模倣を生むし、模倣されても、誰かが考えたオリジナリティーなわけで、その模倣の社会的良し悪しは別にして、ほかの誰かが同じオリジナリティーを思いつく可能性はあるわけです。

しかし、ブランドの差別性を根拠にしている限り、そのオリジナリティは、そのキャラクターだけのオリジナリティなわけですから、ずいぶん強いのです。はっきり言ってしまえば、その差別性が説明的にわかるキャラクターをつくる必要など一切ないけれど、オリジナリティの根拠は、絶対に商品やブランドに求めるべき。そう考えます。

Img119

このキャラクターは「ネムレン」君です。某製薬会社の不眠症関連の広告で活躍しました。これも私は生みの親のひとりです。眠り=羊。すごくベタですが、キャラクターはストレートなほうがいいと思うんですよね。この子は、すごく器用に活躍してくれて、きめ細かく動いてくれました。

いろいろな説明を楽しくしてくれたり、ウェブでは不眠症日記で登場したり、新聞広告から、チラシ、パンフにいたるまで、大活躍でした。こういうきめ細かいこと、なかなかタレントさんでは難しいですよね。

Img121新聞広告などでは、こんな登場をしました。これ、いいと思いませんか。思いませんか。そうですか。でも、個人的には、すごく大好きなアイデアです。眠れなくて、羊が一匹、羊が二匹、とやっている羊。私は、この手のシュールな感じがどうも好みみたいですね。作品を見せると、人に、シュールなやつ好きなの、とよく言われますので。

現在も、某企業のキャンペーンでキャラクターの広告を制作していて、展開中ですが、やっぱりキャラクターっていいですよ。広告を見る人だけでなく、お得意の人からも愛されるし、基本的に性格いいし。それになにより、不祥事とか絶対に起こしませんしね。

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ボケーっとした時間 Priceless

昨日は徹夜だったし、今日ははよ帰って寝よ、と思って電車に乗ったら、中央線が止まってました。東京駅は、東京発の特急かいじが新宿始発になったりして、ちょっと混乱気味。改札口には、振り替え券を求める長蛇の列ができてました。目的地が中野だから、東西線に乗り換えることもできるんですが、私、根がイラチの大阪人なので、長蛇の列は当然スルー。

人の流れに逆行して、中央線のホームに上がったら、いつもと違って人はまばら。1番線2番線とも快速電車が止まってて、車内には同じ発想の人たちが、座席にすわって再開を待っていました。なんか、それがいつもと違う雰囲気なんですね。たわいのないおしゃべりに花を咲かせるカップルや、疲れて寝ているサラリーマン。それから、大丸帰りのお母さんと子供たちもいました。子供たちは、電車の中をはしゃいで走っていて、ちょっとはしゃぎすぎて、お母さんにちょっと怒られて、シュンとなったりしてました。

子供の頃は、そんな感じでしたよね。家族旅行の帰りに高速の渋滞でクルマがまったく動かないときなんか、ちょっとうれしかったりしましたしね。サービスエリアでカレーを食べさせてもらったりして。それでもって、そのカレーがすんごいおいしいく感じるんですよねえ。なぜかすごく浮き浮きするんです。デザートにソフトクリームを買ってもらって、それがとてつもなく甘くて、冷たくて、おいしくて。そんなことがあると、家族旅行のいちばんの思い出が、カレーとソフトクリームがおいしかったです、ってことになるんですよね、子供ってやつは。

はよ帰ってもやることないし、まあええか、てな感じで、座席にすわって、なかなか読めなかった本を読んだり、愛用のW-ZERO3[es]でネットを巡回してみたり、ぼんやりあることないこと考えてみたり、ひたすらボケーっとしながら再開を待っていて、ふと腕時計を見たら、あっ、もう40分もたってるやん、と思ったら最後。途端にイライラしてきて、そそくさ電車を降りて、さっさと東西線に乗り換えてしまいました。やっぱり、大阪人はこらえ性がなくて、だめですねえ。

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2007年7月 2日 (月)

W-ZERO3[es]礼賛(6)

私は『YTaskMgr』というソフトウェアの大ファンです。本当に使えば使うほど、よく考えられてあるなあ、と感心しきりです。デザインもクールで、押しつけがましくなく、いい感じです。このソフトがなかったら、W-ZERO3[es]はこんなに使いこなしてなかったと思います。シャープも、このソフトをデフォルトでつけたほうがいいんじゃないか、と思うくらいです。

シャープ製のランチャーソフトに『ホームメニュー』というのがあります。あのソフトは、[es]をケータイのように使いたいというニーズをメーカー側がくみ取ったソフトだと思いますが、私はだんぜん、この『YTaskMgr』をおすすめします。『ホームメニュー』はプログラムへのアクセスのみですが、ソフトランチャー、タスクマネージャー、ボリューム、画面照度、電源オフ・画面オフ・リセットが、ケータイライクにできる『YTaskMgr』のほうが数段上だと思います。あくまで個人的な意見ですが。

Scrn0001まずは、これが私の[es]のtoday画面(何もしていない状態の画面)です。いろいろソフトを入れて、デフォルトとは随分違いますが、たまたま今日はこんな感じ。日によってはシンプルな画面のときもあります。この状態で、右側面にある『YTaskMgr』に割り当てを変更した「画面切り替えボタン」を押します。すると次のようになります。

Scrn0002ね、いい感じでしょ。色もフォルムもセンスいいですよねえ。こういうデザイン、シンプルだけどなかなか難しいと思うんですよね。ランチャーとかタスクマネージャーは、主役になってはいけないソフトですよね。操作補助ソフトですから。そういうとこもきちんと押さえて、この完成度は、デザインの面だけでもすごいなあ、と思います。ほんとに、こういうデザイン難しいんです。

それに、もうひとつ大事な点は、非常に軽量で、動作が軽快なところです。私はプログラムのことがまったくわかりませんが、こんなに軽量で、軽快な動作にするのは大変だろうな、と思います。シャープ製の『ホームメニュー』は、立ち上がるのが遅いし、動作も少しもたついてるように感じますが、この『YTaskMgr』は、そういうもたつきはほとんどありません。こういう基本操作系のソフトは、このサクサク感が大事だと思います。まさに、その軽さが、W-ZERO3[es]をカスタマイズできる「ケータイ」たらしめるのだと思うのです。

ちなみにボタンを押したときに出てくるのはタスク切り替え機能です。これはカスタマイズ可能です。タスク切り替えというのは、ワードをメールを使ってるとすると、ワードからメールに作業を変更しようかな、という時に使います。切り替えは全面の十字キーとセンターボタンでできます。

Scrn0007Scrn0004Scrn0005Scrn0006Scrn0008十字キーの左右で切り替えていくと、画面切り替え、ソフトランチャー、ボリューム、画面照度、電源オ・画面オフ・リセットと変わっていきます。ね、これもいいでしょ。ボリューム画面のデザインなんて、すごくクールだと思います。ウィンドウズっぽくないところが、いいですよね。まわりのアートディレクターもこれいいなあ、と言っています。動作も非常に機敏で、気持ちいいです。

そして、非常に重要なことは、この機能で、ほぼすべての基本操作がケータイライクにできてしまうところなんですね。その部分がシャープ製の『ホームメニュー』との設計思想の違いです。このアイデア、できあがってみると簡単そうに見えますが、なかなかこういう発想はできないものなんです。ランチャーは、実用的にはソフトの登録数は7〜10くらいですが、日常的に使うソフトって、それくらいなんですよね。それに細かいところですが、選択した項目が大きく表示されるんですよね。他の選択肢はちいさくなってて、そんなきめ細かい行き届いたデザインも素晴らしいですね。

Scrn0003で、このカラーリングはメモリの残量によって色が変わる設定です。グリーンは、まだまだいけるよ、というサインです。いろんな重いソフトを複数立ち上げると左の写真のようになります。こうなると、けっこう[es]がしんどい状態なので、タスク切り替え画面で、項目をセンターキーで長押しして終了させます。それでもあまり色が変わらないときもありますが、そのときは、システムメモリを解放させたほうがいいので、リセットをします。

ここも、このソフトの素晴らしいところで、通常リセットをするときには、スタイラスを取り出して、QWERTYキーボードをガシャッと開いて、小さな穴にスタイラスを突っ込まないといけないのです。それが、この『YTaskMgr』は左右キーとセンターキーだけでできてしまいます。

そういうところを見ても、このソフトが持っている機能は、いわゆる多機能ではなく、たがいの機能が有機的につながってるんですね。単なるプラス発想の機能追加ではないんです。

Scrn0009私は、上記のようにメモリ残量で色が変わる設定で使っていますが、色を変えない設定もできるんですよね。それが左の写真です。これ、today画面の色の設定にあわせてあるんです。システムカラーというんでしたっけ、そのカラーリングなんですね。だからtodayをブルー系にしてるときはブルーになります。こういう発想、大好きです。普通、私なんかだと、こんなすばらしいソフトを自分が作ったら、これ俺のソフトだから俺流の色で、みたいなことやっちゃいそうなんです。それを、押さえて、ユーザー視点にはなかなか立てないものなんです。ほんと、感心します。

いま、旧W-ZERO3[es]がかなり安く買えるみたいですね。もし、買ったらぜひ入れてみてください。このブログの管理人の言ってることホントやったなあ、ってきっと思います。めちゃ使いやすいし、使うのが毎日うれしくなりますから。どんな方かは知りませんが、作者のヨシオさん、こんな、あまり読まれてないブログからではありますが、お礼を申し上げます。本当にいつも便利に使わせていただいてます。本当に、すばらしいソフト、ありがとうございます。

W-ZERO3[es]礼賛 (1) (2) (3) (4) (5) (5.1)  (6) (7)

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2007年7月 1日 (日)

どうする、どうなる、FMラジオ。

TOKYO FMの『松本人志の放送室』をいま聞いているんですが、まるでAMですね。以前に書いた『ぬかるみの世界』の雰囲気は、この番組に近いです。パーソナリティも芸人と放送作家ですし。違うのは、放送作家が芸人と同じ年であるというところです。だから、『放送室』は『ぬかるみ』に比べると緊張感とかが少しないかな。松本人志は、笑福亭鶴瓶とは違う才能の持ち主なので、こういう組み合わせがいいのでしょうね。

松本人志という人は、私はすごい才能の持ち主だと思いますが、彼も鶴瓶世代なので、鶴瓶のエピゴーネン的な番組をところどころでやっています。たぶん、あの世代の関西の芸人は、反発であれ賛同であれ、なんらかのカタチで鶴瓶に影響はされると思います。私の業界なら、仲畑貴志、糸井重里、秋山晶の影響を何らかのカタチで受けているように。

『ぬかるみ』に対して『放送室』とか、『パペポ』に対して『ガキの使い』のオープニングトークとか『松本紳助』とか、鶴瓶の影響が感じます。本人は否定しそうですが。でも松本人志らしいな、と思うのは『すべらない話』とか『ガキの使い』の企画の部分とか、ああいう企画性のあるものだと、私は思います。もう一度、『ごっつ』の頃みたいな作り込まれたコント見てみたいです。でも、それをテレビが受け入れなくなった、と松本が言ってましたね。それが松本人志が今回映画を撮った動機だろうと思います。

私の世代(昭和42年生まれ)にとってのFMは、音楽のエアチェックの素材でした。エアチェックという言葉、もう若い人は知らないかも。いまのCDはアナログレコードだった時代、みんなFMで流れてくる新曲をカセットテープに録音していたんですね。どの番組でどういう曲が流れるかは、『FM FAN』とかいくつか雑誌があって、それで知るんです。付録でわざわざアーチスト名とアルバムの入ったカセットケースの中の紙を着けてくれたりしてました。

その頃は、レンタルCDなんてなかったし、お金のない中高生は、エアチェックでお気に入りのアーチストの最新曲を手に入れてたんです。そのカセットを聴き込んで、本当に気に入ったものだけレコード屋さんでレコードを買う。そんな感じです。

AMのようなFMの番組は多いみたいですね。バナナマンの番組もタクシーの中で聞いたことがあります。ネットでかなり音質の高い曲をダウンロードできるようになって、FMの持っている音質でのアドバンテージが薄くなってきて、FMの本質である「高音質」がそれほど世の中で価値のあるものでなくなってきたのが、FMのAM化の原因だと思います。

広告的には、FMラジオというのは、今や完全に、クルマを利用する人にセグメントされたメディアという感じになっています。それと、FMを流しっぱにする、おしゃれな職場で働く人とか。でも、これもあやういですね。クルマは、今、カーオーディオとか、iPodとかに浸食されてるし。音楽をひたすら放送するネットのストリーム放送とかもありますし。

FMラジオ的な番組で思い出すのは、『ジェットストリーム』とか『渡辺貞夫のマイディアライフ』とか、ああいう音楽を中心としながらも、番組自体がひとつの作品としてあるようなものです。たぶん、これからFMラジオがそのメディア特性を活かせるとすれば、原点回帰ですが、その方向しかないと思います。FMは、リッチメディアなんです。お金ではなく、企画という意味で。

あとは、東京ではむずかしいかもしれませんが、AMと同じく地域密着です。ただ違うところは、そのキーコンテンツが音楽である点です。在阪FM局のヘビーローテーションから、当時無名だったaikoや押尾コータローが全国区になりましたよね。無名の曲をヘビーローテーションにした編成やプロデューサーのような、音楽愛のある人たちの努力が、日本の音楽シーンを静かに支えているのです。私は、大阪の名物野外コンサート『春一番』に毎年行くんですが、そのことは本当に思います。マーケティングだけじゃ、だめだと思います。広告屋が言うなって、感じですが。

NHKラジオの『ラジオ深夜便』が人気を回復しているそうですね。タクシーは、ほとんどこの番組が流れています。レーティングと関係がないゆえに、こういう番組が成り立つんでしょうが、すごくFMラジオ的(AMでも流れてますが)だと思います。

私は、ネットと放送の融合とか、テレビ、ラジオなんて旧メディアだとか、なんか威勢がよくていいですが、どちらかというと、そんな時代だからこそ、それぞれのメディアがそれぞれの特性を生かし切るために何かができるチャンスだと考えるんですね。私みたいな普通の人間がブログでこういうことを気軽に書ける時代だからこそ、テレビ、ラジオ、それに、出版や新聞という従来のメディアが、それに、私がやっている広告も、もう一度、浮き足経たずに、地に足つけて考える必要があるんじゃないだろうか、そんなふうに考えるのです。

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