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2007年8月28日 (火)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(8)

■ポール・モチアンの『BILL EVANS』

Billebans ポール・モチアンは、1990年に日本のポリドールから、その名も『BILL EVANS』いうビル・エバンス・トリビュートアルバムを出しています。ドラム、ポール・モチアン。ギター、ビル・フリーゼル、テナーサックス、ジョー・ロヴァーノ。これは、当時のポール・モチアン・トリオのメンバー。そして、ベースが、ビル・エバンス・トリオ最後のベーシストである、マーク・ジョンソン。このアルバムは、日本のポリドールが出していることからも、たぶん、企画自体はポリドールのものだと思います。

 この編成に、私はポール・モチアンの複雑な心境を感じ取ります。彼名義のレギュラートリオが、ベースレス、ピアノレスで、ドラム、ギター、サックスという変則的な編成のトリオであり、エバンスに捧げるアルバムがトリオではなく、ベースをプラスしたカルテットなのです。何かで読んだことがあるのですが、ポール・モチアンは「私は、私の率いるグループではピアニストはいらない。なぜなら、私の心の中でビルのピアノが響いているからだ。」と言っていました。しかし、本当は、彼の心の中で響いていた音は、ビル・エバンスとスコット・ラファロなのだと思います。

 彼が率いている「ポール・モチアン・トリオ」そのものが、じつは、ビル・エバンス=ビル・エバンス・トリオのトリビュートなのだと私は思うのです。そして、世界でただひとり、ビル・エバンス・トリオを継承できる音楽家である自負が彼の中にあると私は思います。

 ビル・フリーゼルというギタリストは、ボリュームを使って(ギター特有のアタック音をカットする、もしくは、減音することで、ピアノのようなハーモニーを出せる)、ビル・エバンスの生き写しのようなハーモニーを奏でる個性的なギタリストで、『BILL EVANS』の熊谷美広氏の解説によれば、最後のビル・エバンス・トリオとの共演し、彼はビル・エバンスとのデュオアルバム『アンダーカレント』のギタリスト、ジム・ホールの愛弟子だったそうです。

 日本からビル・エバンス個人のトリビュートアルバムを出す企画を依頼されたとき、彼のレギュラートリオではなく、ベーシストを入れたカルテットである必然があったのだろうと思うのです。なぜなら彼は、ビル・エバンス個人ではなく、ビル・エバンス・トリオの音楽を継承しているのだから。しかも、ベーシストは、ラファロの幻影を排除できるベーシストでなければいけない。それは、逆説的ではあるけれど、マーク・ジョンソン以外にないのではないか、と私は思います。その複雑なねじれ方が、ポール・モチアンの美学なのでしょう。

 このアルバムは、数あるビル・エバンス・トリビュートアルバムの中では、傑作だと言ってもいいと私は思っています。全曲、エバンスの楽曲であり、なのにワルツフォーデビーが入っていなかったり、ピアノトリオではなかったり、親しみにくいところがありますが、エバンスの音楽性の本当の意味でのトリビュートになっています。アルバム最後の「チルドレンズ・プレイ・ソング」は、美しいの一言で、後期のビル・エバンスが失った、優しさと美しさがあります。このアルバムを聴くと、あの、一般的に黄金期と言われるトリオは、その音楽の構造的な関係において、ポール・モチアンが率いていたと、確信してしまうのです。

■逆三角形の頂点としてのポール・モチアン

Motian1  ポール・モチアンのドラミングは、モチアン以降のドラマーのドラミングと比較すると、かなりオーソドックスです。繊細でなめらかなブラシワークを基調とし、モダンにスイングする、いわゆる「気持ちのいい」ドラミングだと言えます。『Waltz for Debby』をドラムだけに集中して聴いてみてください。インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションという言葉とは裏腹に、そこには暴れるベースと試行錯誤するピアノを注意深く聴きながら、絶妙な感覚とテクニックでまとめ上げるひとりの音楽家がいるはずです。

 モチアン以降、ベーシストのみならず、ドラマーもすべて、スコット・ラファロの幻影にとりつかれて、インタープレイであろう、三者対等の同時進行的インプロビゼーションであろうとする、アバンギャルドな指向性が見られます。そして、かなり厳しい見方をすると、その多くが消化不良を感じます。

 スコット・ラファロ、ポール・モチアンとのトリオで、インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションというコンセプトが確立されました。しかし、そのコンセプトが達成したと思われたあの芸術的達成は、じつは、厳密には、二者の同時進行的インプロビゼーションと、それをまとめるドラマーによるものであると言えるのではないかと思います。

 あの黄金期のビル・エバンス・トリオは、エバンス、ラファロの二者関係と、その逆三角形の頂点としてのモチアンという音楽的な構造を持ったトリオであったのだと思うのです。なかば、この音楽的達成は伝説化しているから、そう言う人はあまりいないようですが、私は、エバンスのこだわり続けたピアノトリオの形式を歴史的に俯瞰したとき、どうしてもそういうふうに結論づけざる得ないように感じるのです。

 このトリオによって、できあがったコンセプトは、ラファロ亡きあと、多くのベーシスト、そして、ドラマーまでもを苦しめます。そして何よりも、ピアニストのビル・エバンス自身を苦しめるのです。あの後、エバンスは、麻薬によって精神と身体はボロボロであったといいます。プライベートにおいても、かなり問題があったといいます。この時期のビル・エバンス・トリオは、文字通り、エバンスのリーダーグループだと言えます。そういう意味では、演奏は安定しています。

 そんな中、エバンスは、ラファロではない新しい才能を見つけるのです。それは、ベーシストのエディ・ゴメス。彼のベースに、ラファロの幻影は見えません。そこにあるのは、スコット・ラファロという生身の人間の感性が昇華されたコンセプト化した「インタープレイ」です。そして、そのコンセプトに純粋に魅了されたその若いベーシストは、自らの言葉で饒舌すぎるほど饒舌に語り始めるのです。
 
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(9)に続きます

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