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2007年8月の28件の記事

2007年8月31日 (金)

『戦争を知らない子供たち』のこととか、オフ・コースのこととか。

 隣に座っている若いコピーライターと、前回の『僕らのことをわかってほしい、バブルを知らない大人たちさ。』(参照)の話をしていて、こっちは当然、杉田二郎さん率いるジローズの名曲『戦争を知らない子供たち』のパロディを前提に話していると、なんだか会話に微妙な違和感が。でもって、「もしかすると、その元ネタ知らないの?」と聞くと、そのコピーライターは当然のように知らないと答えました。そうか、もう知らない世代が社会に出てきてるんだなあ、と感慨に耽っていたのですが、それでもなんかまだ違和感は残るので、あれっ、なんか違うかなと思って、ワンコーラス歌ってみると(業務中何してんだか‥)、歌詞が違ってました。なので、タイトルを変更しましたです。

 そうだよなあ、あのタイトルだと、中の文章が重く思えるよなあ。若いコピーライターに「この人、何をわかってほしいと思ってるんだろう、そのわりに「何を」の部分を書いてないし、なんか行間から汲み取れみたいなことか」みたいな感じの表情をされてしまいました。

 ちなみに、『戦争を知らない子供たち』(参照)は作詞、精神科医でミュージシャンの北山修さん。作曲は杉田二郎さん。1970年に発表されました。日本レコード大賞新人賞を受賞しています。私が67年生まれなので、ある意味ではリアルタイムではないのですが、当時の大阪の小学校は日教組の影響力が強く、ことあるごとに歌わされていた思い出があります。平和の歌だから、みたいなことが理由でしょうが、歌詞の中には「髪の毛が長いと、許されないなら」とか出てきて、そのへんは先生的にはOKだったんでしょうかね。

 今の子供たちは、この曲を聴いてもピンとこないかもしれませんね。テレビやゲームで戦争を見ているし、イラク戦争もあったし、確かに日本は戦争はなかったけれど、戦争を知らない子供です、と子供たちは言わないだろうな。北山修さんは、あれは、どちらかというと戦争を体験してきた大人たちの押し付けに対する反抗の歌なんだ、みたいなことを言ってましたが、今の首相がもう現実の戦争を知らないわけで、作詞家の意図みたいなものは、もはや時代的に通じなくなっていますね。そんな今だからこそ、杉田二郎さんはもう一度歌いたくなったとNHKの特番で言っていましたが。

 ちなみに、杉田二郎さんは当時大スターで、自ら音楽出版事務所『サブミュージック』を設立していました。その所属アーチストが、オフコースだったんですよね。正式には、その頃は「オフ・コース」という「・」入りでした。その頃のオフコースは、あまり売れてなくて、杉田二郎さんのリサイタルの前座をやったり、コーラスをやったりしていたそうです。CM音楽の仕事では、結構名の売れたグループだったらしいです。楽譜が初見で読めて、一発でOKが取れるので、仕事が速く、クオリティも抜群だったそうです。それは、とあるCMプロデューサーから聞いたお話です。

 NHK-FMか、FM大阪か忘れてしまいましたが、野外コンサートの録音番組をやっていて、杉田二郎さんが「スペシャルゲストです。最初は苦労をしましたが、今や日本を代表する、いや、世界のオフコースになってしまいました。オフコースの小田和正です。」って言ってました。確か、一緒にPPMの曲を歌ったような気がします。

 メッセージソングを歌う杉田二郎さんと愛とか恋とかを歌うオフコースは、合ってないような気がしますが、東北大から早稲田の大学院を出た小田さんや、東工大でロボット工学をやっていた鈴木さんのような「インテリ」が、二郎さんの人柄に惹かれていくのは、なんかわかるような気がします。

 もうひとつちなみにですが、「ジ・オフ・コース」時代に一緒にやっていた地主さんは、竹中工務店に進み、知る人ぞ知る設計家で、日本建築学界賞を受賞するなど、建築界で活躍されています。そのへんの人たちの今とこれからを、小田和正さんは朝日新聞に「これからは友達と思い出が勝負」というタイトルで書いていましたが、これはasahi.comにも残ってなかったです。小田さんらしいな、と思いながら読んだ記憶があります。あの人は、音楽以外はちょっと変わったとこがあって、プロゴルファーの青木功さんのキャディーをやったり、いろんなことをやってますね。私は、それほど熱心な小田ファンではありませんが。

 鈴木さんは、自身のウェブサイト(参照)でちょくちょくメッセージを書かれています。『ダレか胃グスリクレ。』というような変なタイトルのアルバムを出してましたね。私、買っちゃいましたが、『醍醐桜』という曲がよかったです。最新アルバムは『いいことあるさ』。このページ(参照)にインタビューがあります。私の持論ですが、鈴木さんは、こういうなんということもない題材を力まずに詩にしたとき、すごくいいんですよね。日常に即した題材というか。オフコースでは『ロンド』とか『夢』とか『ひとりよがり』とか。

 本日は、たぶん遅くなりそうなので、夜中の更新はありません。そういうことですので、では、みなさま、少し涼しくなってきましたが、よい週末をお過ごしください。

追記(08年1月17日):YouTubeより「杉田二郎とオフコース

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僕らの名前を覚えてほしい、バブルを知らない大人たちさ。

 私の世代を一言で言うなら、バブルを知らない世代と言えるのではないでしょうかね。同期で言えば、清原、桑田。あのなんとも変な時代である80年代の終わりを貧乏大学生で過ごし、それなりにポストモダンやら、逃走やら、戯れやら、空虚な言葉をもてあそび、将来、何の役にも立たない現代思想本を読みふけり、巷のサラリーマンがベルファーレで踊りまくって、六本木で散財しているのも知らずに、六畳のアパートで朝まで、世界とは何か、存在とは何か、と論議を重ね、なんとか卒業し社会に出たら、バブルは弾けて、もうほとんどなくなっていました。

 私は、若いとき、絵本とかをつくってて、小さな賞などをもらって、その賞を運営していた人の奨めもあって、出版社に原稿を持って売り込みに行ったりしたことがあるんですね。バブルの終わり頃のことです。ある出版社の女性編集者にアポをとって、原稿を見せたんですね。すると、彼女、何原稿持ってきてんのよ、って感じで。

 彼女から言われた言葉、今も忘れません。「今度から企画書を持ってきてね。あとね、小学生向けって言ってたけど、今はね、絵本は女子大学生が読むものなの。そこんとこ、間違えないでね。」間違えてるのは、おまえやろが、って今でこそ思うけど、その頃は、そんな時代だったんですね。

 その出版社は、いい絵本をたくさん出していたんですが、バブル崩壊後、倒産してしまいました。

 広告業界に入ってからも、景気が悪くなる一方で、おいしい思いなんてしたことありませんでした。百貨店の新聞広告を作ったりしてましたが、私がやってるときが流通広告が元気だった最後のほうで、今や三越と伊勢丹が経営統合してしまう時代なんですよね。

 私などは、一般的にオールドメディアに属するマスコミ関係というくくりになるのでしょうが、苦しくなる一方ですね。でも、まあね、そんな「バブルを知らない僕ら」だから、バブルを知ってる幸せな時代を過ごしてきた先輩広告マンたちが考えたこともないようなことを考えてきたわけで、それなりの自負もあるわけなんですが。

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2007年8月30日 (木)

それにしてもすごいものを見たなあ。

 何がって、そりゃもう、今や、すごいと言えば岡田斗司夫さんしかいないでしょ。ココログニフティのインタビュー記事(参照)で写真が出てたけど、えっ、嘘っ、マジっ、まいったなあ、と思いましたですよ。伊集院光さんが、TBSラジオで『いつまでもデブと思うなよ』(参照)を読んだ感想を熱くしゃべってましたね。「なんかさあ、あの本読むとさあ、岡田さんに個人的に長々と怒られてる気がすんだよなあ。」って。
 しかしまあ、あの変わりっぷり、ものすごいなあ。ものすごいなあって、我ながら、表現が安易ですが、ものすごいなあと、しか言いようがないでしょ。『BSマンガ夜話』とか見てなかったから、ココログのインタビュー記事を見たとき、一瞬誰だかわかりませんでした。なんか、逆に、見ちゃいけないもの見たような感じがしたなあ。
 岡田さんと言えば、SPAに連載してた『人生の取扱説明書』(参照)が面白くて、お酒の場で「あいつは、軍人かな。で、あいつは職人で、だからさあ、うまくいかないんだよな」とか言って楽しませてもらったんですが、あの岡田さんがあんな岡田さんになっちゃうなんて、アンビリバボー、リアリー?ですわ(ちょっと古いですね、これ何だか分かります?)。私、ちょっと動揺しちゃってます。
 「極東ブログ」のfinalventさんが、あの本の書評(参照)を書かれてましたけど、あのビジュアルインパクトを前に、私には、あんなふうに冷静に論じる余裕なんてないですわ。あのビジュアルを広告で使うとしたら、どんないいコピーを書いても、コピーは負けるでしょうね。岡田さんのことを知っている人に向けて打つのが前提ですが、あのビジュアルを採用した時点で、これはもうノンキャッチしかないでしょ。いやあ、それにしても、まいったね。

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2007年8月29日 (水)

中央大学モダンジャズ研究会のこと。あるいは、ジャズの愉しみ方。

 今も、白門祭で特設ライブハウス「サテンドール」をやってるのでしょうか。中央大学は、どちらかというとビッグバンドジャズの「スィングクリスタルオーケストラ」の方が有名なんですが、私のいたモダンジャズ研究会はコンボ中心で、他大学に比べると、ハードバップ一辺倒の人が多かった気がします。あと、ニューオリンズとかも。とにかく、モードやフリーさえ邪道だ、という感じがありました。今も、その伝統はあるのかしら。あれから20年経ってるんですよねえ。月日の経つのは早いですね。
 前にも書きましたが、私は新入生の頃、モダンジャズなんて聴いたことがなく、たまたま勧誘されて、なんとなくジャズもいいなかなんて軽い気持ちで入った口で、最初は結構辛かったなあ。カシオペアとかスクエアとかナニワエクスプレスとか、フュージョンと呼ばれるインストルメンタル音楽は聴いていたものの、ビル・エバンスはおろか、ソニー・ロリンズさえ知らなかったんですよね。
 最初はピアノをやろうと頑張ってたんですが、私には無理でした。で、あまりなり手のいなかったベースを始めたんですね。その辺は、ロックでも何でもバンドでよくあるパターンですね。正直、2年くらいは辛いだけでした。どうしてもジャズという音楽に馴染めなかったんです。古典落語を聴いてるようで。そんな私を救ってくれたのが、ビル・エバンスでした。なぜかエバンスは聴けたんです。
 ジャズ研に入るときに、好きなミュージシャンは、と聞かれてナニワエクスプレスと答え、それ以来、私はみんなから「なにわ」と呼ばれてました。いまだにジャズ研の連中からは、「なにわ」って呼ばれます。エバンスが好きになってから、ああいう音楽なら自分でやってみたいな、ということで「なにわバンド」というピアノトリオを結成して、そこから、ジャズという音楽が好きになっていきました。
 ベーシストとしてはまったくの我流で、変なことばかりやってました。音楽理論に疎かったので、なんとなく感覚で、実験っぽことばかりやってました。例えば、Fのブルースだったら、ベースをE♭でガーンとはじめると、ドキドキする感じがするとか、ランニングベースを弾くにしても、2章節分を3と5で分けて弾いて、ポリリズム的に処理するとか、そんなアイデア一発の演奏をしていました。これを意識的にやると、変拍子のわざとらしさや段取り臭さを排除しながら、変拍子の不安定感を表現できるので、いいんですね。2、3、7、5とでたらめな拍子を頭に描きながら、12小節の最後で無理矢理解決するとかね。いまジャズをやっててテクニックに自信がない人、こういうやり方、結構使えるかもよ。すぐに限界が来るけど、2、3回は客は沸きます。

 ジャズを聴きだして、よかったなあと思うことは、アメリカのいい時代の音楽を覚えられたことですね。『星影のステラ』とか『マイロマンス』とか『マイファニーバレンタイン』とか。いい曲ですよね、みんな。原曲は、ぜんぶ映画とかミュージカルの主題歌。そういうスタンダード曲を覚えると、人生が少しだけ豊かになりますよ。ジャズの愉しみは、そういう名曲の解釈を愉しむということでもあります。なるほど、エバンスはそう解釈しますか、みたいなね。
 JR東海の「そうだ、京都、いこう」で流れている曲は『マイフェイバレットシングス』という曲で、日本語で言えば「わたしのお気に入り」ですが、例えば、この曲は、ジョン・コルトレーンなんかは、それをむちゃくちゃに崩してハードに演奏しています。変拍子にしてるし。最後の方、なんか変な笑い声聞こえるし。ああいう演奏は、原曲を知っていると、より楽しく聴けると思います。というか、原曲を知らないと、はじめてジャズを聴く人は、「あ、これ難しすぎて、わからない」ってなるんじゃないでしょうか。そうなったら、もったいないなあ、って思います。
 はじめてジャズを聴いてみようかな、という人は、たとえば『枯葉』とか、自分が知っていて、好きだなあと思うスタンダード曲をやっている様々なアーチストの演奏を、手当たり次第にダウンロードして、iPodに入れて聴いてみるとかがいいんじゃないかな、なんて思います。本当に、いろんな解釈があるんだなあ、って感心しますよ。ジャズの愉しみ方は人それそれですが、私は、「解釈」が、ジャズの本質のひとつだという気がします。これを読んでるジャズを一度も聴いたことがないあなた、騙されたと思ってやってみてください。やっぱり、騙されたってなっても、当方は何の補償もしませんので、くれぐれも自己責任でね。まあ、理屈はともかく、ジャズは案外おもろいんよ、というお話でした。

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2007年8月28日 (火)

『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(8)

■ポール・モチアンの『BILL EVANS』

Billebans ポール・モチアンは、1990年に日本のポリドールから、その名も『BILL EVANS』いうビル・エバンス・トリビュートアルバムを出しています。ドラム、ポール・モチアン。ギター、ビル・フリーゼル、テナーサックス、ジョー・ロヴァーノ。これは、当時のポール・モチアン・トリオのメンバー。そして、ベースが、ビル・エバンス・トリオ最後のベーシストである、マーク・ジョンソン。このアルバムは、日本のポリドールが出していることからも、たぶん、企画自体はポリドールのものだと思います。

 この編成に、私はポール・モチアンの複雑な心境を感じ取ります。彼名義のレギュラートリオが、ベースレス、ピアノレスで、ドラム、ギター、サックスという変則的な編成のトリオであり、エバンスに捧げるアルバムがトリオではなく、ベースをプラスしたカルテットなのです。何かで読んだことがあるのですが、ポール・モチアンは「私は、私の率いるグループではピアニストはいらない。なぜなら、私の心の中でビルのピアノが響いているからだ。」と言っていました。しかし、本当は、彼の心の中で響いていた音は、ビル・エバンスとスコット・ラファロなのだと思います。

 彼が率いている「ポール・モチアン・トリオ」そのものが、じつは、ビル・エバンス=ビル・エバンス・トリオのトリビュートなのだと私は思うのです。そして、世界でただひとり、ビル・エバンス・トリオを継承できる音楽家である自負が彼の中にあると私は思います。

 ビル・フリーゼルというギタリストは、ボリュームを使って(ギター特有のアタック音をカットする、もしくは、減音することで、ピアノのようなハーモニーを出せる)、ビル・エバンスの生き写しのようなハーモニーを奏でる個性的なギタリストで、『BILL EVANS』の熊谷美広氏の解説によれば、最後のビル・エバンス・トリオとの共演し、彼はビル・エバンスとのデュオアルバム『アンダーカレント』のギタリスト、ジム・ホールの愛弟子だったそうです。

 日本からビル・エバンス個人のトリビュートアルバムを出す企画を依頼されたとき、彼のレギュラートリオではなく、ベーシストを入れたカルテットである必然があったのだろうと思うのです。なぜなら彼は、ビル・エバンス個人ではなく、ビル・エバンス・トリオの音楽を継承しているのだから。しかも、ベーシストは、ラファロの幻影を排除できるベーシストでなければいけない。それは、逆説的ではあるけれど、マーク・ジョンソン以外にないのではないか、と私は思います。その複雑なねじれ方が、ポール・モチアンの美学なのでしょう。

 このアルバムは、数あるビル・エバンス・トリビュートアルバムの中では、傑作だと言ってもいいと私は思っています。全曲、エバンスの楽曲であり、なのにワルツフォーデビーが入っていなかったり、ピアノトリオではなかったり、親しみにくいところがありますが、エバンスの音楽性の本当の意味でのトリビュートになっています。アルバム最後の「チルドレンズ・プレイ・ソング」は、美しいの一言で、後期のビル・エバンスが失った、優しさと美しさがあります。このアルバムを聴くと、あの、一般的に黄金期と言われるトリオは、その音楽の構造的な関係において、ポール・モチアンが率いていたと、確信してしまうのです。

■逆三角形の頂点としてのポール・モチアン

Motian1  ポール・モチアンのドラミングは、モチアン以降のドラマーのドラミングと比較すると、かなりオーソドックスです。繊細でなめらかなブラシワークを基調とし、モダンにスイングする、いわゆる「気持ちのいい」ドラミングだと言えます。『Waltz for Debby』をドラムだけに集中して聴いてみてください。インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションという言葉とは裏腹に、そこには暴れるベースと試行錯誤するピアノを注意深く聴きながら、絶妙な感覚とテクニックでまとめ上げるひとりの音楽家がいるはずです。

 モチアン以降、ベーシストのみならず、ドラマーもすべて、スコット・ラファロの幻影にとりつかれて、インタープレイであろう、三者対等の同時進行的インプロビゼーションであろうとする、アバンギャルドな指向性が見られます。そして、かなり厳しい見方をすると、その多くが消化不良を感じます。

 スコット・ラファロ、ポール・モチアンとのトリオで、インタープレイ、三者対等の同時進行的インプロビゼーションというコンセプトが確立されました。しかし、そのコンセプトが達成したと思われたあの芸術的達成は、じつは、厳密には、二者の同時進行的インプロビゼーションと、それをまとめるドラマーによるものであると言えるのではないかと思います。

 あの黄金期のビル・エバンス・トリオは、エバンス、ラファロの二者関係と、その逆三角形の頂点としてのモチアンという音楽的な構造を持ったトリオであったのだと思うのです。なかば、この音楽的達成は伝説化しているから、そう言う人はあまりいないようですが、私は、エバンスのこだわり続けたピアノトリオの形式を歴史的に俯瞰したとき、どうしてもそういうふうに結論づけざる得ないように感じるのです。

 このトリオによって、できあがったコンセプトは、ラファロ亡きあと、多くのベーシスト、そして、ドラマーまでもを苦しめます。そして何よりも、ピアニストのビル・エバンス自身を苦しめるのです。あの後、エバンスは、麻薬によって精神と身体はボロボロであったといいます。プライベートにおいても、かなり問題があったといいます。この時期のビル・エバンス・トリオは、文字通り、エバンスのリーダーグループだと言えます。そういう意味では、演奏は安定しています。

 そんな中、エバンスは、ラファロではない新しい才能を見つけるのです。それは、ベーシストのエディ・ゴメス。彼のベースに、ラファロの幻影は見えません。そこにあるのは、スコット・ラファロという生身の人間の感性が昇華されたコンセプト化した「インタープレイ」です。そして、そのコンセプトに純粋に魅了されたその若いベーシストは、自らの言葉で饒舌すぎるほど饒舌に語り始めるのです。
 
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(9)に続きます

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2007年8月27日 (月)

I LOVE OSAKA

 大阪で生まれて大阪で育って、いま東京で仕事をしているけれど、何年経っても東京人にはなれない気がします。べつに、東京が嫌いなわけではありませんし、あんな真っ黒なうどん喰えるかい、なんて不粋なことも言いません。あれはあれで、鰹が効いてておいしいしねえ。大阪のは、昆布出汁だから、汁としてはまったく別物。そばに至っては、こっちのほうがおいしいです。

 だからと言って、私、大阪人ですわ、という感じでもないし、普段話す言葉も、それほど大阪弁が強いほうではありません。関西イントネーションは抜けないですが。仕事場では、関西イントネーションで「だからさあ、それ、そういうことじゃないじゃない」と言ってるわけです。「関西人 in Tokyo」というスティングの曲のパロディがありましたが、ああいう感じかな。そうでもないか。あれ、奈良の人の歌だし。大阪以外の関西の人は、結構、大阪でくくられるのに抵抗があるらしいです。

 大阪と東京の違いは、いっぱいありますが、音楽がまったく違いますね。もう街中が黒いんですね。ブルース&ソウルシティです。ゴールデンウィークに「春一番」という野外コンサートがあるんですが、もう大阪色がめちゃ強いコンサートで、有山じゅんじさんや、木村充輝さん、大塚まさじさん、石田長生さん、清水興さん、藤井裕さん、正木五郎さんなどなど、挙げていったらきりがないくらいの、関西ミュージックシーンの重鎮揃い。そこにキー坊がいたら完璧なんやけど、それはもうないんやろうな、と私の先輩はさびしがっておりますが。

 で、大阪と東京は、どう違うのかって、それはリズムがまったく違いますねえ。圧倒的に生々しいんですわ。ここ最近、ずいぶん大阪も東京ナイズされてきたように思いますが、音楽だけは、いつまでも変わらないなあと思います。はっぴいえんどとサウストゥサウスの違いと言えばいいんでしょうか。これ、ある年代の人しかわからないかな。それ以上の人からは、はっぴいえんどと比較するなら、ディランllやないか、と言いそうですが。フュージョンでは、カシオペアとナニワエクスプレスの違いかな。それも、ある年代以上じゃないとわからんか。そういえば、ナニワは再結成しましたね。

 これが京都になると、ちょっと違ってきて、ジャズとかワールドミュージックの影響が感じられ、ぐっと知的になってきます。私のおすすめの在京都ミュージシャンは「ふちがみとふなと」。ボーカルと音楽小物担当の渕上さんとウッドベース担当の船戸さんのデュオなのですが、これがいいんです。渕上さんの声が抜群で、船戸さんのベースもすごく心地よく、おすすめです。船戸さんのベース、理想のベースだなあ。あんな暖かいベースが弾けたら、いいだろうなあ。

 私は、高校まで大阪で、大学は多摩の山奥にある中央大学でしたので、大学時代は東京なんですね。まあ、東京と言っても、遊んでたのは府中とか聖蹟桜ヶ丘とかでしたが。でもって、卒業後、在阪のCI会社に就職して一度大阪に戻るんですが、そこで苦労したのは、大阪弁の独特の敬語表現ですね。ちょい目上の人に話す言葉を東京で覚えたので、「先輩、これからどこ行かはりますのん?」とか「ボク、そんなこと言うてないですやん!」とかが自然に言えなくて苦労しました。なんか口が気持ち悪いんですね。

 広告の仕事を始めてから、私はわりあいスパッと東京に来てしまったんですが、それは、あのときの、「ああ、もう僕は大阪人ちゃうんやな」っていうさびしい気持ちがあったからかもしれません。カントリーロードの話じゃないですが、なんとなく、「さよならカントリーロード」な気分がありますね。大阪では、大阪育ちの東京人で、東京では、東京在住の大阪人。 I LOVE OSAKA.だけど、なんか複雑な気分があります。

■ご参考

「ふちがみとふなと」オフィシャルサイト『へなweb』
「考えるフチガミ」のコーナーがいい感じ。文章もふちふなの音楽みたいです。

『京都音楽博覧会』オフィシャルサイト
ふちふなさんも出演。9月23日にあるそうです。京都系の音楽シーンがわかるかも。

ライブハウス『ヒポポタマス』ウェブサイト
大阪のミュージックシーンを影であやつる(笑)ヒポポ大王様のお店です。音楽愛に満ちてます。私は先輩に連れられて3回ほどお邪魔させていただきました。

『はっちゃんと春一番コンサート』
春一こと春一番コンサートのことを知りたければ、ここ。来年、春一あるのかな。あるよね、きっと。

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2007年8月26日 (日)

広告屋という立場でCGMについて真剣に考えてみました。

 松岡さんのブログ『すちゃらかな日常』の「CGMは集合知を発信するツールである」(参照)を読んで、CGMおよび集合知について、少しばかり真剣に考えてみたりしたことを書いてみます。まずは、「CGM=Consumer Generated Media」という用語の意味を整理してみました。以下、フリー百科事典「Wikipedia」(参照)からの引用です。

Consumer Generated Mediaとはインターネットなどを活用して消費者が内容を生成していくメディア。かつての消費者は文字通り企業から提供される商品やサービスを金銭で消費するだけの存在であったが、市場が成熟していくにつれ、消費者でも確かで肥えた目を持つ消費者が生産者並の知識を持ち始めたことに由来する。このようなオピニオンリーダー的な一部の洗練された消費者を生産消費者と呼ぶこともある。 個人の情報発信をデータベース化、メディア化したWebサイトを指す。 商品・サービスに関する情報を交換するものから、単に日常の出来事をつづったものまでさまざまなものがある。

クチコミサイト、Q&Aコミュニティ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、ブログ、BBS、COI(Community Of interest)サイト等がこれにあたる。

Viral的広がり(爆発的な口コミ)を持つ事もある。

現在インターネットにおいて口コミをマーケティングに利用する動きが盛んであるが、CGMの考え方もその一つである。この考え方が登場した背景にはブログ、SNS、BBSの爆発的な普及もあるが、企業の利害関係が生じにくい生の声による判断をする人の増加が考えられる。多くの新サービスが特定カテゴリー+口コミという形で生まれている。

 それが、いわゆる「集合知」と呼ばれるものを発信することは、まさにその通りだと思います。しかも、CGMが成り立つためには、ある一定以上の量を超えなければならないことは、自明でしょうね。じゃあ、どれだけの量であるかというと明示できませんが、それは、どちらにしても匿名というよりは、世間的には無名の人々のメッセージの可視化という条件がなければ成り立たない量と考えるのが妥当でしょう。

 例えば、口コミサイト、価格サイト、アマゾンのレビューなど、これぞCGMと言えるサービスは、みな無名の人々のメッセージの可視化、匿名(これは、厳密に言えば、ネットに表示される際に自発的に匿名を選ぶことで、完全匿名を意味してはいません)による気楽な投稿を前提としたサービスであり、その前提をなくしてしまうと、サービス自体が成り立ちません。

 実名匿名論争で小倉さんから提示されていた、実名(つまり、世間的な有名者を目指す、いわゆるアカデミズム的な「質」を求める人)による精度の高い情報の集積で、「集合知」の精度が高まるというのは、あきらかに間違い。それは、「知」の弁証法的な高まりは意味しても、今日言われている、個による「知」が集まることで生成される弁証法的な「知」とは別の「質」を持つ「集合知」にはなりません。

 だからこそ、私は、学会の活性化なり、バーチャル学会的なSNSを作るなりするのが、小倉さんの目的を解決する唯一の現実的な解であり、仮に、小倉さんが、旧来の弁証法的な「知」のためにブログを使いたいというのなら、「集合知」という価値が現実の社会ですでに経済価値を持ってしまっている世の中に対して徹底的な異議申し立てをすること以外に実現する方法はありません。それは、つまり、ネット的な価値の否定です。

 少々堅くなってしまいましたが、例え話で言えば、純文学を守るために漫画を否定する、みたいなことです。そういう意見を言う人はいてもいいと思し、匿名ゆえにこういい意見を無効化する自体はいいけれど、その意見が粗雑で間違っていることは変わりがありません。

 で、ここからが本題です。広告屋として、いちばん大きなことは、ネットによって、この「集合知」が生成されることなのです。よくマス3媒体と言いますよね。テレビ、ラジオ、新聞です。しかしこのマス3媒体のひとつであるラジオは、すでに売上高でインターネットに抜かれています。

 よく言われるのは、広告屋はネットができないといけないみたいなことですが、それは、本当は、たいした問題ではないと私は考えます。単に、メディアがひとつ増えただけのことです。また、実務的には、ネットはほぼマス媒体と同じと考えてもいい感覚です。実際に、Yahoo! JAPANなんかは、価格的にも、影響的にも、ほぼマス媒体と同様です。表現技術的に言えば、いままでの媒体にインタラクティブ性が加わっただけで(それを活かすのは難しいのですが)、それほど本質的な問題ではないのです。

 私は、このネットから、娯楽やトレンド、気分なんかも含む広義の「集合知」が生成されてしまうことによってできた、新しい社会と生活者のほうが重要だと考えるのです。それが、マスを使って企業や製品のメッセージを発信することを指向する旧来型の広告屋にとって、重要なのです。インターネットという新しいメディアによって、マス媒体が弱くなってきていることが重要なのではなく、インターネットという新しいメディアによって生み出された、新しい社会と生活者が重要なのです。

 具体的な話をします。かつて、広告が文化の華だった時代がありました。広告コピーが時代をつくると言われたりもしました。その時代は、無名の生活者は、無口の生活者でした。実際は、彼らは生活の場では饒舌であったのですが、その言葉を可視化するテクノロジーはありませんでした。そんな環境の中で、広告は時代のメッセージを発信する語り部であったのです。

 しかし、今、それは違います。時代の語り部は、無名の生活者であり、その言葉を可視化し集められ生成された「集合知」なのです。松岡美樹さんも言われていましたが、それが間違うときもあるし、正しいときもあるけれど、しかし、その「集合知」は、本質的に社会を変えてしまうパワーを持った、新しい価値であることは、たぶん間違いがないでしょう。また、それは、歴史的な視点では、グーテンベルクが印刷技術によって情報を一般化したように、インターネットは、情報発信を一般化したという点において、革新や改革を超えて、革命と言えるものだと思うのですね。

 私は、マスメディアは、これからも残り続けると楽観的に見ています。効率において、テレビ、特に全国ネットワークのテレビは優れていますし、衰退はあるでしょうが、完全に淘汰されることはないと見ています。また、その機能は、これからも社会が必要としていくでしょう。しかし、生活者と生活者をとりまく環境が変わった以上、今までのやり方は無効になるだろうな、という感じは切実にするのです。

 なんか、私は、過去のブログのエントリーを読み直してみても、ことあるごとに「リアル」ということを言っていますが、その「リアル」は、自ら情報発信をし、広告やテレビではなく(情報という点でなくメッセージという点。情報という点では、テレビや新聞は一次情報という価値は持ち続けるでしょう)、生活者が発信した情報の集合としての「集合知」を感受する生活者にとっての「リアル」なのです。それは、きっと今までと違うはずです。そして、私が置かれている広告業界にとって不利益になろうと、それは現実であり、生活者としての私にとっては、肯定すべきことであると思うんですね。

 かつて「おいしい生活。」という言葉がリアルに感じられた時代がありました。けれど、今はそうじゃない。それは、このコピーをつくった作者自身が、私なんかよりも、もっともっと見抜いていることだと思うけど、このコピーが今、リアルに感じられないのは、時間的に時代が変わったからではありません。質的に時代が変わったからです。

 もし広告クリエーターで最も影響を受けた人は誰と問われれば、私の場合、やはり「おいしい生活。」をつくった糸井さんです。いま、糸井さんは、ご存知のように『ほぼ日刊イトイ新聞』という場所を自ら作って、広告の現場からは少し距離を置くようになりました。それを楽しみつつ、感心しつつ、嫉妬しつつ、毎日見ていて、私は思うんですね。そして、自分に自問自答するんですね。「おまえは、広告が好きなの、クリエイティブが、つまり、表現が好きなの、どっちなの。」

 うーん、どっちなんだろう、と思うんです。とりあえずは、そんな時代に「広告」がリアルであるために何をしたらいいのかを考えて、この時代に「広告」が新しい価値を持てるように変えていきたいと思うし、そこで私は踏ん張り続けたいと思いますが、本当はどっちなんだろう。ブログをやるようになって、そこらへん、今まで無理矢理に思考停止をしてきたんだなあ、とつくづく思います。ホントは、自分が新しいと思う表現が「広告」でできなければ、「広告」なんてどうでもいいなんて危険なことを思ってるのかもしれないなあ。

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2007年8月25日 (土)

なぜ日本人は『カントリーロード』を聴くと切なくなるのか。

 なんか新書っぽいタイトルですが、前に「耳をすませば」というジブリ映画の主題歌(挿入歌でもありますね)『カントリーロード』のを聴くと泣きそうになるお話(参照)を書いて、あれ以来、原曲の『TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS』が気になって気になって。で、いろいろ調べたり考えたりしたことを書いてみたいと思います。
 まずは、鈴木麻美子さん作詞の「カントリーロード」から。この曲の歌詞は、ずいぶんと意訳されているというか、もうほとんど創作に近いですね。リピート部分は除いていますが、こういう歌詞です。

カントリーロード
作詞:鈴木麻美子

カントリーロード 
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
きがする カントリーロード

ひとりぼっち おそれずに
生きようと 夢みてた
さみしさ 押し込めて
強い自分を 守っていこ

歩き疲れ たたずむと
浮かんで来る 故郷の街
丘をまく 坂の道
そんな僕を 叱っている

カントリーロード 
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
きがする カントリーロード

どんな挫けそうな時だって
決して 涙は見せないで
心なしか 歩調が速くなっていく
思い出 消すため

カントリーロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリーロード

カントリーロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリーロード

 この歌詞に貫かれている世界は、いわゆる個人主義というか、近代的自我みたいなものですね。この映画のプロデューサーが宮崎駿さんであるということを考えると、なるほどね、と思います。評論家で劇作家の山崎正和さんが追求する「個人主義」に近いものがあります。「鴎外 たたかう家長」という本を前に読みましたが、そこに描かれている、近代以前の共同性と、近代的自我という新しい考え方の葛藤に近いものがあります。あの後、山崎正和さんはその現代適応版の「柔らかな個人主義の誕生」という本を書きました。
 こういう主題は、わりあい日本人的だと私は思います。だからこそ、この歌を聴くと、私は切なくなってしまうんだろうと思うんですね。自分の中にも、少しそういう気持ちがありますし。こういう主題は、私が好きなオフコースにもあります。『生まれくる子供たちのために』という曲の中に、「多くの過ちを僕もしたように 愛するこの国も 戻れない もう戻れない あの人が その度に 許してきたように 僕は この国の 明日を また思う」という部分がありますが、ここでは、共同体は「国」や「あの人」と表現され、自立した「僕」はやはり戻れないのです。
 このジブリの『カントリーロード』も同じ考え方です。「帰りたい」けれど「帰れない」ものとして「故郷」を考える「僕」は、「ひとりぼっち恐れずに生きていこう」と「夢」見る人で、それが「強い自分」であると考える人なのです。少し古くなってきた嫌いがありますが、それは、近代的な個人です。学生運動が華やかだった頃、日本の多くの若者は、そのように個人を考えていたはずです。
 小田和正さん、宮崎駿さんも、大ざっぱに言えば、そのように「個人」というものを考える世代だと思います。山崎正和さんもそうですね。そして、彼らに影響を受けてきた私などの世代(67年生まれ)は、そのように「個人」を考えてしまう最後の世代なのかもしれません。

 それは、鈴木さんや宮崎さんが、原曲の『TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS』を聴いて、そう感受してしまったということを意味しますが、必ずしも、それは、このカントリー歌手のジョンデンバーが歌い、そのあと、オリビアニュートンジョンがカバーしたこの原曲がそのようなメッセージの歌であることではないのです。そして、私は、そこが面白いなあ、と思いました。で、原曲の歌詞がどのようなものかを、一度、しっかりと見てみたいと思います。

TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS
作詞:B. Danoff, T. Nivert, J. Denver

Almost heaven, West Virginia
Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
Life is old there, older than the trees
Younger than the mountains, growin' like a breeze

天国のような ウェストバージニア
ブルーリッジ山  シェナンドー川
木々より長く 山々より若く
そよ風のように 人々は暮らしている

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

カントリーロード 僕を連れていってよ
僕が育ったあの場所へ
ウェストバージニアの 母なる山々へ
僕を連れていってよ カントリーロード

All my mem'ries gather' round her
Miner's lady, stranger to blue water
Dark and dusty, painted on the sky
Misty taste the moonshine, teardrop in my eye

思い出すのは あの娘のことばかり
あの青い水をたたえた故郷から いま遠くはなれて
目ににじんだ涙は 大空を暗く塗りこめ
月明かりを かすませる

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

カントリーロード 僕を連れていってよ
僕が育ったあの場所へ
ウェストバージニアの 母なる山々へ
僕を連れていってよ カントリーロード

I hear her voice, in the mornin' hour she calls me
The radio reminds me of my home far away
And drivin' down the road I get a feelin'
That I should have been home yesterday, yesterday

その朝 僕には聴こえたんだ あの娘が僕を呼ぶ声が
ラジオから聴こえる音は 僕の心を あの場所まで運んでくれる
はやる気持ちで 車で飛ばしながら 僕は思った
ああ なぜ僕は いままで帰ろうとしなかったんだろう

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

カントリーロード 僕を連れていってよ
僕が育ったあの場所へ
ウェストバージニアの 母なる山々へ
僕を連れていってよ カントリーロード

 日本語訳は、原詞になるだけ忠実に私が訳しました。なので、もしかすると決定的に誤訳している可能性もなきにしもあらずですが。
 簡単に訳せるかなと思ったら、案外、詩的な表現が多く、難しかったです。Life is old there, older than the trees Younger than the mountains, growin' like a breezeは、直訳すると「人生は古く、木々たちより、より古く、山々より若く、そよ風のように育む」という感じになりますが、私は「木々より長く 山々より若く そよ風のように 人々は暮らしている」としました。All my mem'ries gather' round her Miner's ladyは、herは、きっとウェストバージニアとかかっていると思いますが、あえてそう表現しませんでした。Miner's Ladyは「抗夫の娘」という意味だと思うのですが、だとすれば「彼女は、抗夫の娘さんなんだけどね」というくらいの意味だろうと思うので、あえて無視しました。
 そして、最も重要な部分And drivin' down the road I get a feelin' That I should have been home yesterday, yesterdayは、shoud have beenでyesterdayなので、直訳すると「もっと前に故郷に帰るべきだった」となります。私は意味から考えて「ああ、なぜ僕はいままで帰ろうとしなかったんだろう」としましたが、問題はそこではなく、車に乗っていること、shoud have beenであること、upではなくdown the roadであること(まさか、田舎へと行く道を日本とは逆に下りとは言わないでしょう)から、主人公の「僕」は故郷に戻るところで間違いがないと思います。
 ここが誤訳していたら、このエントリーのすべては水の泡なんですが、要するに、この「僕」は故郷に帰っている途中で、しかも「もっと前に帰ればよかったなあ」と言ってるんですね。少なくとも、「僕」は故郷に帰ることに罪悪感は持っていないのです。

 YouTubeで、ジョンデンバーが歌っているところを見ましたが、この部分から、喜びに満ちあふれるんですね。「やっと故郷に帰ることができる。さあ、僕を早く故郷に連れていってよ、カントリーロードよ」という歌なんですよね。はっきり言えば、ここまであのジブリの「カントリーロード」と違うのか、と驚きました。まったく違うと言っても言い過ぎじゃないですよね。逆じゃないですか。
 ということは、ジョンデンバーやオリビアニュートンジョンが歌うこの歌を、この「カントリーロード」という歌をつくった鈴木さんや宮崎さんは、自分と重ね合わせて、原曲が表現するものとは逆の状況を思い浮かべていたことになります。「さよならカントリーロード」ですから。
 原曲も望郷の歌には違いはないのですが、少なくとも原曲の『TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS』は「僕」が走ってはいけない「道」としては設定されていないですよね。でも、ジブリの『カントリーロード』は、自立した大人の「僕」が走ってはいけない「道」と設定されています。そして、そのことに、私がジーンときた。なんなんだろう、これは。この先は、難しそうで、面白そうなので、後にとっておきたいと思います。本日はここまで。

追記:こちらもあわせてどうぞ。
『TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS』の翻訳をめぐって。

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2007年8月24日 (金)

「実名匿名論争」のその後のその後。

※このエントリーは、松岡美樹さんのブログ『すちゃらかな日常』のエントリー『CGMは集合地を発信するツールである(<くどいけど反論)』へのコメントとして書きました。お手数ですが、合わせてお読みいただければ幸いです。

 松岡さま、こんばんは。

 エントリーで取り上げていただいた、mb101boldです。なんかすごく恐縮しております。コメントを書いているうちに、とてつもなく長くなってしまいましたので、エントリーの形でトラックバックします。変則的で、すみません。

 私も、じつは、ひそかに一晃さんと同じように感じておりまして、どうやってお伝えしたらよいのかと悶々としておりました。ですから、ちょっぴりホッとしております。一晃さん、どんな方か存じませんが、ありがとうございます。(って、松岡さんのブログのコメントなのに、この気持ち、ちょっと変ですね)

 私のエントリーも、その部分で、共通する部分がある両者にすれ違いが生まれているのが、ちょっと残念だなあと思っていて、あのエントリー(参照)を書いた部分もあり、「集合知」で言えばそうなんだけど、どうしたものかな、という気分でした。

 なんだか出しゃばっしまっているような感じをお許しいただきたいのですが、Tristarさんの主題は、「集合知」とか「WEB2.0」とかの命題によって、大多数の「娯楽」で楽しむブロガーがばっさりと淘汰されるのはかなわない、という、「集合知」の定義とはまた別のものだと思います。さらに詳しく言うと、その「集合知」の定義に「玉石」の中の大多数である「石」の存在が無視されている、フィルタリングで淘汰されるべきものとして存在している、というものでした。私も、その部分で、Tristarさんにも共感する部分があって、おふたりのエントリーにトラックバックさせていただきました。私も、この論争を見て一番最初に書いたのが『たかがブログじゃないですか。』(参照)というものでしたので。

私は、ネットに自発的に参加するのは最近なので、あまり流儀みたいなものは心得ていないのですが、ネットというメディアって、アカデミズムの世界の、厳密な反論の応酬には向いてなくて、ひとつのエントリーに触発されて、別の問題意識に寄り道して、それこそネットのように広がっていくのが得意なのかな、なんて思っています。ですから、逆説的になってしまいますが、松岡さんの「集合知」論の展開、楽しみにしております。

 私自身は、有名無名の人たちが考えることが、テクノロジー的に可視化されるようになって「集合知」という新しい概念が生まれたと思うし、その意味では、松岡さんの主張通りなんだと思います。ですから、小倉さんが主張されている「集合知」の概念は、要するに「集合知」のデメリットを語っているにすぎず、それは言説としてはネット的な価値の否定でしかないから、そこははっきりさせたほうがいいだろうと思っていますし、松岡さん自身もそこをはっきりさせたいとの意思がおありだと思うのですね。

 だけど、思うのは、ネットによって生まれた知のあり方を「集合知」と呼ぶけれど、ネットが「集合知」を生み出すためにあるという逆立ちはないと思うのですね。ネットは、知を生み出すためにも、商売をするためにも、仲間が集うためにも、だた楽しむためにもあって、人それぞれで、その文字通りネット=網構造でつながることで生み出される価値が「集合知」と呼ばれるだけだと思うんですね。その意味では、「集合知」を生み出すためにネットがあってもいいのですが、それはネットの多様性のひとつであると思うのですね。

 もちろん、松岡さんもその部分は整理されていると思っていますが、主題が小倉さんへの反論エントリーなので、そのコンテクストから言えば、別の問題意識を持っている方に、そういう感じの誤解を生む可能性があるのは仕方がないことだと思うし、私も、直接論争をしているとそうなってしまいそうですしね。

 それと、最後に余談ですが、松岡さんも書かれていましたが、自分が書きたいなあと思っていたエントリーより、この実名匿名論争まわりがよく読まれるのは、なんだかですねえ。(松岡さんは、他のエントリーも読まれているのかもしれませんが、私はまだだめですねえ。)私もエバンス論がもっと読まれるとうれしいんだけど、うまくいかないですね。だけど、それがネットだし、まあ、そういう現実も笑い飛ばして、地道に地道に、楽しみながらやるしかないですね。(あと、さらに余談ですが、私も、とある人の影響で、正木さんのドラムが大好きになって、GWに開催される春一番を毎年見に行ったりするんですよ。)

8月24日午後1時追記:トラックバックを送信したと思っていたら、違う欄にトラックバックURLに入力していたみたいで、送信されていないようでした。(松岡様。もし、二重に送られていたらすみません。)ここ最近、こういうミスが多く、多方面でご迷惑をおかけしてしまっていて、申し訳ないです。今後、気をつけます。

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2007年8月22日 (水)

「近況メモ」のメモ 7/27-8/18

 先日のエントリー(参照)では、メタ論議ってのは楽しいけど、なんか空しいね、みたいなことを言っておきながら、さっそく日記の日記、「メタ日記」です。前回の『「近況メモ」のメモ』(参照)では、「日記の日記。ポストモダンっぽくって、よくないですか?」とか言ってるんだな。一貫性ないですね。まあ、人間なんて、こんなもんかな。

■7月27日(金) 昨日はずっとスタジオ。朝7時から朝6時まで延々と。おかげでオマタが治ってきた。

Img131 リンパのことですね。腫れたおまたが擦れて血だらけになるんですな。いつものことですわ。疲れてくるとそうですね。写真は、そのときのスタジオの光景です。いろいろあるので、上向きアングルで撮影してみました。このとき午前5時です。いつも思いますが、スタジオの天井って、かっこいいですよね。なんかいろいろな機械があって。サイバーパンク(死語かな?)な感じがします。

■7月31日(金) 昼。ペルー料理「荒井商店」(参照)。鶏の白シチュー。まろやかちょい辛。
 おいしかったですよ。なんか今まで味わったことのない辛味があって。なんで、おしゃれなペルー料理屋さんなのに「荒井商店」っていう名前かは知りませんが。でもまあ、「荒井商店」という名前は、1周回っておしゃれという気もしますね。

■8月1日(水) 昼。新橋の「中国チャンピオンの店!」で中華料理。食べ過ぎた。

 書きたかっただけかも。ふーん、食べ過ぎたんだねえ、という以外、特に感想もなし。

■8月4日(土) 俺Tからリプ5連。S俺M突入、一撃16連。4000枚。ありがとう、そして、さよなら4号機。

Orenosora  わかる人には、このよろこび分かるでしょ。もうね、ザザッーンという波の音がして、「ボーナス確定!」という画面が出たとき、第1停止、第2停止で、リプレイテンパイ。第3停止ボタンを押すのが震えましたですよ。5連すると継続率約80%の連荘モードに入るんですが、幸い、20%のハズレを引いてしまったのが、閉店5分前。理想的な感じでした。人生3回目のスーパー俺モードです(うち、3連止まり含む)。まだしばらくはこの台は打てるけど(地区によりますが10月1日まで)、いまやほとんどの4号機は姿を消しましたね。私は、「祭りの達人」や「天下布武」のような山佐の複雑系が展開を考えながら打てるので好きでした。でも逆に、「吉宗」や「押忍!番長」のようなゲーム数管理の台は苦手でした。なんか、できレースを知らずにさせられているようで。パチスロは、これからどうなるんでしょうね。規制の網目をくぐり射幸心を煽りすぎたツケとはいえ、いまの5号機ではつらいでしょうね。そう言えば、コンビ二からパチスロ雑誌がどんどん消えているような気がしますし。

■8月8日(水) 夕食。餃子の王将。ディナーセット870円(天津飯・八宝菜・餃子・マカロニサラダ・スープ)は量がとんでもない。

 これも、単に書きたかっただけ。あれを食べ続けると、確実に太れます。そのうえ、その後しばらくは仕事になりません。

■8月13日(月) テレビをついに購入。AQUOSの20v型。世界の亀山モデル。

 いいですよ。薄くて。ただ、なんとなく色が薄く感じるのですが、気のせいなのかな。液晶テレビって画質がね、みたいな先入観から、そう感じているだけかもしれませんが、本当のところは、どうなんでしょうね。

■8月18日(土) テレビを買ったことを自慢する近況メモを書いたのを忘れてた。やっぱり夏バテ。

 こういうミスが仕事じゃなくてよかった。なんとなく、しばらくは、原則1日1エントリーを書いていきたいという気持ちがあるので、こういうことが起きるんですな。まあ、そのいいかげんな感じもブログらしさだと思うので、どちらも残しておきました。

8月23日午前1時追記 :記事を途中で投稿してしまいました。いま、自宅パワーブックのOS9で修正しようと試みたのですが、htmlがさっぱりわからず。OS9のIEでは、html編集しかできないんですよね。だから、投稿するときは、いったんJeditで改行入りの文章を書いて流し込んでるんです。ネットで見て、見よう見まねで、いいところまではいったんですが、記事の確認をしたところエラーでデータ消失してしまいました。なんだかなあ、もう。アクオスを買う前に、新しいパソコンを買えばよかった。なんか最後のほうがボールドになってますが、まあええわ。もう、寝ます。では、みなさん、毎日暑いですが、お体に気をつけて。

8月23日午前11時追記 : XP環境になったので、いろいろ修正&加筆。しかしまあ何ですねえ(って、桂小枝さんみたいですが)、PCって、まずはウェブの閲覧環境からしんどくなってしまいますね。うちのパワーブックチタニウム君は、イラストレーターもフォトショップもバリバリ動くのに、ウェブがしんどくなってるんですわ。IEだと、ブログも、htmlでしか編集できないし。ネスケでは、いろいろとレイアウトが崩れたり、問題が出てくるし。ちょっと打つ手なし。でも、ある程度は使えるから、買い替えは後手後手になるんですね。まあ、まだ大丈夫かな、なんてね。それと話は飛びますが、本日は、東京は朝から雨が降って、涼しいですね。朝一で、有楽町でオリエンだったのですが、すごく快適でした。では、みなさん、今日も一日がんばりましょう。

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2007年8月21日 (火)

メタ論議はものすごく楽しいんだけど‥

 例えば、広告をつくっている制作者が「広告とはいかにあるべきか」を語るとかね。酒が入ってきて、大きな気持ちになってきて、「オレね、いまの広告って違うと思うねん」とか「広告ってね、やっぱりこうあるべきなんじゃないかとオレはいいたいわけで」とか、そんな感じでおしゃべりするのって、すっごく楽しいんですが、なんだか空しい気もするし、いまこうしていろいろつくられている広告がすなわち「広告」であってね、それは「広告ではない」というはずはないんですよね。

 それは、いつも「オレから見たら」という言葉が隠されてて、その言葉の隠蔽は、いつも「お前が広告か広告でないかを決めるんかい」という突っ込みをうまく隠してしまって、事実とはどんどんかけ離れた絵空事になってしまうんですね。お酒の席では、エンターテイメントとして絵空事は楽しいけどね、やっぱりね、他人の批評を前提としない絵空事は、どんどん浮世離れしていくわけです。よくはわからないけど、これまでのユートピア社会論も全部そうで、現実の世の中とはまったく違う机上の論理になってしまって、その「理想の社会とはかくあるべし」という迷惑な正義が、どんどん現実に生きている人を苦しめていくような気がするんです。

 私自身も、そういうメタ論議大好き人間なんですが、なるだけ「オレがつくるなら」とか「オレはこう考える」とか「オレがこう考えてつくった結果、こうだった」とか、具体的な事実や、日々の行動なんかを入れて、最低限、「お前はそう考えるけど、オレはそう考えないし、オレがお前と違う考えでつくるとこうなるぜ」という批評は前提にしたいなあ、と思っているのです。で、「なるほどねえ、そう考えるのも面白いかもね」というくらいの余裕は自分の中に残しておきたいとも思う。

 そして、私が語ってしまいがちな「広告の未来」はなるだけ「オレがつくる広告の未来」のビジョンでありたいと思うのです。だから、なるだけ自分のつくった広告をからめて広告を考えたいと思うんですね。でも、現実のしがらみから、自作の紹介には限界あるし、ときどき「オレがつくる」なしの「広告の未来」を語ってしまってるかもしれないけど。

 ブログについて語るのも同じで、いまこうして書いているのもブログだし、いま同じ時間に知らない誰かが書いている無数のブログもブログですよね。そこで、ブログとは、みたいな話は、面白いけど、なんだかむなしい。「たかがブログじゃないですか。」(参照)というエントリーを書きましたが、そのときの気分は、なんとなくこういうこと。もっと感情的になってたけど。

 ウェブやブログ界隈のメタ論議って、ブログを書いてる当事者にとって、すっごく面白いんだけど、なんか時々、ちょっとなあ、って思うことがありますね。ブログというメディアから結果的に知的なものとか、新しい考え方とかが出てくるのは、文化としてすごくうれしいこと、よろこばしいことではあるんですが、それが逆になって、ブログとは知的生成の場であるみたいなことになると、「んなもん、知らんがな。」という気分になります。

 LinuxというOS開発のリーダーであるリーナス・トーバルズが著書の題名で言ってますよね。Just for Funって。「それがぼくには楽しかったから」という絶妙な邦訳がついてましたが、なんかそういう感じでいきたいなあ、と思うんです。やっぱり、楽しくないとね。

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2007年8月20日 (月)

中江有里さん、あなたは素晴らしいです。

 NHKの『週刊ブックレビュー』という番組、ご存知ですか。日曜日にやっている、いわゆる書評番組です。前半は、3人のゲストがお気に入りの本を3冊ずつ紹介して、その中の1冊、つまりゲストが3人なので3冊を司会者と中江有里さん、そしてゲスト3人で合評する「おすすめの一冊」。後半は、今話題の作家などの特集があります。歴史のある番組なので、一度くらいは見たことがあるかもしれませんね。

 この番組、少なくとも3冊は毎週しっかり読み込まないといけないわけですから、出演者にとっては結構きつい番組です。ゲストの中には、「この本は面白くなかった。まったくわからない」みたいなことを言う人もいて、そのへんのNHK的な予定調和が崩れるところが見所でもありますが、そんなきつい番組だから、司会者は児玉清さんをはじめ4人いて、月一なんですね。だけど、アシスタント的な立ち位置の中江有里さんは、毎週出演しているのです。

 今日は、司会が児玉清さんですが、やはり中江有里さんは出演しています。すごいなあ、と思うんですよね。私はほぼ毎週、「ガキの使い」の流れでなんとなく見ていますが、合評の時に、目をきらきらさせながら、いちばん熱く語るのが、中江さんなんですよ。ミステリーあり、時代小説あり、評論あり、哲学書あり、なんでもありの本を3冊、1ヶ月に4回あるとして、中江さんは月に12冊を読み込んでいるんですよね。それに特集も含めると、たぶん20冊くらいは読み込んでるのではないでしょうか。

 すごいよなあ。いくら仕事とはいえ。読書家として有名な児玉さんでさえ月一なのに。時には、自分の興味とまったく違う本もあると思うんですよね。いくら本好きの人でも「私、この手の本、受け付けない人だから」とか言いたくなるときもあると思うんですよね。つまらない本も中にはあるだろうし。継続は力なり、なんてことを簡単に言ってしまいがちですが、なかなかできることではないですよね。毎週欠かさず出演している中江有里さんって、本当に素晴らしいなあ。

■ご参考

中江有里さんオフィシャルウェブサイト
大阪出身だそうですね。日記もありますよ。

NHK『週刊ブックレビュー』ウェブサイト

中江有里さんインタビュー(e-honのサイト)
中江有里さんインタビュー(JTのサイト)
中江有里さんインタビュー(エスカーラのサイト)
下記の『結婚写真』や『納豆ウドン』について語ってらっしゃいます。

↓小説も出されているようですね。



知る人ぞ知るJOBK(NHK大阪)主催の
「第23回BKラジオドラマ脚本懸賞募集」1位入選の
『納豆ウドン』の小説版も収録されているそうです。

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2007年8月19日 (日)

ブログ新規参入組として思うこと。

 何度か言ってきましたが、私にとってはブログは「同人誌」みたいな感じです。Movable Typeが標榜するパーソナルパブリッシング(最新のコピーではPublishing Platformとなっていますね)の「パブリッシング」の部分に案外共感を覚えるのも、そういう私の動機からかもしれません。本来は「パブリッシング」はジャーナリズムと言い換えてもいい部分があるのかもしれませんが、私にとっては「パブリッシング」=「出版」なんですね。

 出版と言っても、いわゆる書籍化とかそういうのではなく、何かについて書こうと思って、誰かに伝えたいと思うとき、やはり「出版」というシステムを使わざる得ないわけです。そこで、今までは「同人誌」ということになるわけですね。そうすると同人がいるわけです。なぜ同人がいるかと言えば、はっきり言えばコストと流通の問題ですね。編集とか印刷にはお金がかかるし、同じ興味がある書き手が集まれば、それに付随する読者も確保できる。つまり、かけたお金がある程度回収できる。それで、なんとか「同人誌」は成立しますが、そのバランスが壊れたとき、廃刊ということになるのですね。

 廃刊は、書きたいことを書く場所を失うことを意味します。書きたいことを、世の中のニーズに関係なく書ける場所を持つ人は、ごく少数です。あの吉本隆明だって、書きたいことを書くために「試行」という同人誌をごく最近までやり続けていたくらいです。

 そんなとき、目の前にブログがあったわけです。とりあえず書こうと思える便利さがそこにありました。私は、自分の仕事である広告のことと、ジャズピアニストのビル・エバンスのことを書きたいと思ったのですが、ウェブの世界には、それこそ私と同じような動機で書いている人たちもいて、それは、私が読んでいる範囲では、パチスロやW-ZERO3[es]だったりしたのですが(余談ですが、5号機になってから、読み応えのあるパチスロブログ、めっきり少なくなったなあ)、そういう人に習って私も書き始めようと思ったのです。

 例えば、ビル・エバンスについて今何か書くとすると、あんなに有名なジャズの巨人だったりする人のことでも、想定できる読者は少ないなと予想はつきました。今、ジャズは流行していないですから。それに、これだけ多様化している時代です。しかも、ウェブは、アップトゥデートで情報を消費するメディアになってしまっています。ビル・エバンスに今ものすごく興味のある人なんて、日本広しと言えどもごく少数だろうと。なんとなく、広告屋としての勘からも、そう思いました。

 実際、ビル・エバンスやスコット・ラファロ、三角形などの関連ワードを入れてgoogleで検索すると、私のブログは上位に来るわけですね。だけど、正直、そのエントリーはあまり読まれていません。大手ブロガーの何気ないエントリーの何千分の一くらいです。

 でも、私はそれが当たり前だなと思うし、だからこそ、ブログという同人誌は魅力的だと思うのです。そんな感じでも、廃刊の危機を迎えなくて済むのです、ブログだと。経済原理の洗礼を受けなくて済むのです。それに、お金をもらっているわけではないから、気楽に書けますし、不完全な仮説や思いつきのままでもとりあえずは記してしまえます。それは、Tristarさんの言葉で言えば「娯楽」の領域だから。また、私は「娯楽」の領域から生まれる質もあると思っています。

 それとね、広告の話だって、それほど読まれていないですね。広告業界は広いけど、有名クリエーターでもない私のしがない話などを求める人は少ない。多分、有名クリエーターだって少ないと思うんですね。いま、広告業界は疲弊してるから。それが、今のウェブの現状です。ウェブがある興味のもとにした村の集合として存在したのは、昔の話だと思います。今や、ウェブはマス領域な感じがします。だから、アクセスという点では、先行者利得や競争原理が働いてしまうし、まあ、それはしゃあないなと思うんですね。アクセスがなければ閉鎖しないといけないという規則もないしね。

 でね、私は、そんなブログがいいなあと思うんですね。アクセスが少なくても、私はきっとビル・エバンスについて、広告について、自分のペースでコツコツ書いていくことができるし、それを、ウェブに接続しているすべての人が読める状態にとりあえずは置けるのですから。それに、それがごく少数の人でも、中にはきっとしっかり読んでくださってくれる人がいると思いたいし、信じるしかないなと思うのですね。

 ブログというか、ウェブ新規参入組の私は、すこし寂しい考え方をはじめからしている嫌いがあって、ウェブでコミュニケーションというのに臆病なことろもあります。言ってしまえば、書きたいことを書ければいいや、なんてね。だから、ミクシィなんかも馴染めませんでしたし。でも、最近、コメントをいただいたり、トラバを送ったり、コメントを書き込んだりして、ああ、こういう感じがコミュニケーションなんだな、と思うこともあったりして。

 ニフティサーブやPC-VANから、2ちゃんねるをはじめとする掲示板、はてななど、これまでのウェブのコミュニケーションをまったく知らない新規参入組だからこそ、そんな感じが妙に新鮮だったりもするんですよね。こうしたエントリーを書いているのも、『CONCORDE』のTristarさんからいただいたコメントやエントリー(参照)からだったりしますし。不思議なものですね。

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2007年8月18日 (土)

金曜の密かな楽しみ。

 こういう仕事してると、自分の時間はあってないようなもので、だからといってそれに不満があるわけじゃなく、そんな忙しい自分って、ちょっといい感じなんて思ったりして、労働組合的には困った奴だと言われようと、そんなの関係ねえ、と始発が動くまでああだこうだと、まるでキャッチコピーの位置が1mm違うだけで、これからの日本の未来が変わるかのような、大いなる無駄を楽しめてしまうのが広告制作者という生き物ではありますが、そんな生き物でも、密かな楽しみがあって、私の場合、それは金曜の夜に「タモリ倶楽部」を観ることだったりますが、いまこうして「タモリ倶楽部」を観ていて幸せを感じてるわけですが、これを読んで、「テレビのない日。」というエントリーを読んだ人は、何も言わずに察して欲しいなあなんて思っていてですね、あのエントリーはお盆中ということもあって、あまり読んでる人はいないと思いますが、つまるところ何を言い方かというと、読んでいただいた方に、このブログでテレビを買ったとことをお知らせしたいということで、「テレビのない日。」でテレビなしで過ごしてみるかな、なんて硬派なことを言っておきながら、けっこうすぐに買っちゃったのが少しばかり恥ずかしくもあり、なんて言うかやっぱりテレビなしは毎日さびしいと本気で思っちゃった自分がなんとなく情けなく、いまこうしてなんとなくあいまいに書いているわけで、世界の亀山モデルで有名なシャープのアクオスを買ったのですが、でもって、けっこう個人的にはうれしかったりウキウキしたりもするのですが、それをですね、うれしそうにブログでレビューなんてやっちゃった日には、なんだよ、結局、テレビのない生活なんかできないくせに、それを隠蔽するかのごとく論評なんかしやがって、俺は、あの時、しばらくテレビのない生活を続けてみようかな、とおまえが言ったことを覚えてるからな、なんて声が聞こえてきそうで、レビューはなしでこんなこと書いてるわけで、それにしても「タモリ倶楽部」ってくだらなくていいよなあ、とタイトルどおりまとめてみましたが、まあ、あれですよ、テレビ買っちゃいました、ってことで、これから「爆笑問題の検索ちゃん」を楽しみます。すみません、テレビのない生活は私には無理でした。では、みなさま、よい週末を。

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2007年8月16日 (木)

「実名匿名論争」のその後。

 松岡美樹さんの『すちゃらかな日常』の「みんなの意見(集合知)が正しい場合と、そうでない場合」(参照)を、興味深く読ませていただいています。あまり精緻に読み込んでないので、思っていることをつらつらと。こういう知識がアバウトなままでのエントリーは、反匿名派の方々はいやがるんでしょうけどね。
 実感としては、この「実名匿名論争」自体が、まあ、いろいろとすれ違いはあるものの、論争としてきちんと成り立っていることから見ても、結論は出ているのかな、と。実名の人と、匿名の人が、きちんとコミュニケーションできているように感じるんですね。もしかすると、実名主義の人は、匿名の人の意見を軽視や無視をしているかもしれませんが、それは個人の主義として理解できるかな、と思います。実名張ってブログやってらっしゃるんですから、そんな気分にもなるでしょう。個人がそう思うのは、私はありだと思います。でも、それは損するよ、とは個人的に思いますけどね。
 だけどね、実名主義の人たちが、それを制度化しようという情熱を持たれると、それはちゃうんちゃいますか、って思うんですね。話がちょっとすれ違ってましたが、『CONCORDE』のTristarさんが言うとおり(参照)、ブログは娯楽の領域に入っているんだと思うんですね。そういう人が大多数の場合、より精度や質の高い論議を守るために、実名化を制度化するとなると、少数の利益のために大多数が不利益を被ることになるんですね。だから、匿名の害悪をデフォルメせざるを得ないのかな。そんなこと言うと、お気楽と言われてしまうのかしら。それに、そもそもその制度化自体が非現実的ですし、それにその制度は、実名主義の人たちの目的を達成しないですよね。そういう視点で、『CONCORDE』のTristarさんは、実名さんはその仲間で別の場所を作ったらいいんじゃないですか(参照)、と言ってるように思います。
 で、それが「集合知」の話に出てしまったので、ややこしくなってるのかな。「集合知」的な価値を信じる実名さん(松岡さんもその一人ですよね)は、匿名さんもいるいまの場所でいろいろな人と楽しくやっていくのだろうと思いますし、ウェブはそういう場所であり続けるでしょう。要は、Tristarさんは、匿名さんと一緒にいるのが嫌な人は、じゃあ、自分たちの場所を別に作ったらいいんじゃないですか、ネットの空間は無限だし、SNSとかもあるし、ということだと思うんですね。それよりも、学会の活性化を行えばいいじゃん、と思います。その誤解がちょっと生まれているのが、残念かなあ、と思います。
 googleのフィルタリングとかは、はっきり言うとあまり詳しくは知りませんが、大ざっぱに言えば、よくできた検索システムだなあ、と思います。いま日本で、ある話題についてどれだけ語られているかがよく分かるし、まあ、有力なサイトにリンクされると上位になるシステムは、それこそ「集合知」という意味では、よくできてるなあ、と。よく言われるように、それがデモクラシーという名のgoogle独裁の危険は感じなくはないですが。
 それと、「集合知」というネーミングが誤解を与えるのかなあ。それは、「みんなの意見(集合知)」と書き直されていたので、もしかすると松岡さんは気づかれているのかもしれないですが。集合知、質が高い、専門性、アカデミズム、みたいな連想になりますが、この「実名匿名論争」も「集合知」のひとつですよね。W-ZERO3[es]というウィルコム端末があるのですが、この本質的に不完全なスマートフォンをよってたかって素晴らしい端末に変えてしまったのは、ネットにいる有名無名人たちです。これも立派な「集合知」だと思うんですわ。
 それと、匿名について。実名の人から、おまえら匿名で卑怯だと言われると、まあ、少しばかり後ろめたいとこあるから、うーん、となるんですが、私は本業が広告屋でいま午前4時30分で、一仕事終えてから「実名匿名論争」という仕事に何の関係もないことをつらつら書いているわけで、実名でやってるとおまえ仕事中途半端にして何をしてるんだ、と言われそうですよね。それが匿名だと、気楽に書けると。別に、私個人は別人格でこれを書いてるわけではなくて、匿名が与えてくれるこんな自由は認めてくれてもいいんじゃないですか、と思うのですがねえ。

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2007年8月15日 (水)

掃除機の新しい考え方。ルンバ

2007y08m07d_203441758 久しぶりの自作の紹介の更新です。  ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、いわゆるロボット掃除機ですね。Roomba(ルンバ)っていいます。で、左の写真、これ、製品の説明のための写真ではなく、パンフレットの表紙です。ヨドバシとかビッグカメラに行くかたは、もしかしたら手にした人もいるかも。正方形のパンフです。

 このルンバっていう掃除機、アメリカでは結構売れているのですが、日本ではあまりよくありませんでした。まあ、いかにもアメリカ人が好きそうな感じがしますよね。で、日本でどういう受け止められ方をしていたかというと、要するに 「ロボット」なんです。「おっ、見て、見て!動く、動く!」みたいな感じです。自動で動くことがいちばんの価値で、お掃除性能はあまり期待しない、と。オモチャの流通ルートに乗せられてたこともありました。

2007y08m07d_203951216_3 このプロジェクトでは、まずは「ルンバ」を掃除機に戻してあげないといけないな、と思いました。そこで、「ルンバ」を定義するコピーをつくりました。新しいルンバのスローガンですね。それは、こういうコピーです。

「掃除機の新しい考え方。ルンバ」

 要するに、掃除機であるんだということです。 ターゲットは、いままでのデジタル家電や面白グッズ好きの人たちではなく、お掃除にこだわりのある人です。左の写真は、パンフの裏表紙なのですが、こういう精密なメカニズムはすべてより完璧なお掃除のためにあるのだというメッセージにしていこうと考えました。そこで重要になってくるのが、考え方なんですね。

2007y08m15d_174139097 一般の掃除機の場合、より完璧なお掃除のために必要なものって、パワーなんですね。ほとんどの掃除機がパワーをうたっています。それに対して、ルンバが提示する新しい考え方は、掃除は時間と回数である、ということなんです。

 その理想のお掃除の必要条件である時間と回数を実現するためのロボットテクノロジーである、というコンテクストに変えていきたい。そのためには、やはり広告は必要なのです。広告をやる必然があるのですね。

 前述のパンフには、その考え方をたっぷり語りました。キャッチコピーをご紹介しますと、

 唯一の欠点。それは、あなたからお掃除の楽しさを奪ってしまうことかもしれません。

 時間をかけて丹念に。それは、お掃除のプロの方法にきわめて近い。

 売れているのはロボットだからではありません。きれいになるからです。

 などなど、一貫して「新しい考え方」をコミュニケーションしていきました。もちろん、テレビショッピングにおいても語り口は違いますが、そのコンテクストは同じです。ある事情があって、立ち上げ1年でこの仕事を去ることになりましたが、やはり、ここまで徹底してやれば結果は出るということが実証できた仕事になりました。

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2007年8月14日 (火)

みなさん、広告のお仕事おもしろいですか。

 私はどうも古いタイプの広告マンらしく、仁義や人情をどうしても大切に考えてしまいがちです。これは、しょうがないですね。どうやら今後も変えられそうになさそうです。例えば、見積もり競合。できたら参加したくありませんし、行いたくもありません。社内競合もあんまり好きじゃないです。信じてくれないんだったらいいっす、みたいな感じがあります。まあね、最近は我も通しきれないんですがね。

 チームは少人数のほうが断然好きです。コピーライターやCMプランナーが、どうして2人も3人も必要なの?アートディレクター、そんなにいてどうするの?CDなんて、責任を取るからCDなんじゃないの?一体、誰を信じたらいいんですか?プロジェクトが駄目になってきたら、みんないなくなるんでしょ。あなた方が守りたいのは、広告でも、仕事でもなく、自分でしょ。

 人を利用するのも嫌いだけど、人に利用されるのは、もっと嫌いです。

 最近は業界もドライになってきて、仁義とか言ってられなくなってきました。今までの常識じゃ考えられないことあるしね。えっ、そういうの、ありなん?えっ、えっ、えっ、っていう感じになっても、周りは案外平気な感じだし。そいうふうに感じてるの、もしかして私だけ?

 得意先も、できればタダで手に入れたい、相手のモチベーションや関係性ががどうなっても、1回1回、安く上がればそれでハッピー、みたいな感性が見え隠れして、疲れてしまいます。政治も多いし。その中でうまく立ち回ることを求められるしね。

 でも、できれば、人を、人の力を信じたいなあ。

 人の力を信じるって、簡単じゃないですけどね。人の力というからには、力の強い弱い、ありますからね。人の力を信じるって、能力を信じることですからね。才能と言い換えてもいいかな。人の力を信じたいっていうのは、力のないやつは信じないっていうことでもありますよね。本来、残酷なもんですよ。でも、だからこそ、信じあえる関係でできた仕事って、幸せな気持ちになれるんです。

 なんか嘘付くのも疲れてきたなあ。ドライになれれば楽なんだけどね。力のないやつには、本来は発言権なんてないんや、それ君の考えたことちゃうでしょ、という自分と、みんなで仲良く気持ちよくできたらいいな、そのためにはあたしゃ、なんだってしまっせ、という気持ちが自分の中で葛藤してます。

 ほんと、そこが難しいとこなんだなあ。人の力を信じたい、という情熱は、人をドライにはさせてくれないわけで、自分の中に矛盾を抱え込むことになるんですね。利害とか論理とか、そういう理屈以外で動いてしまうんですよねえ。でもそれは、所詮、自分が悪者になりたくないだけかもしれないけど。こういう矛盾って、人生の永遠の課題かもしれませんよね。こういう矛盾に悩まされるのが、人生というものかもしれません。

 景気が良ければこんな問題吹き飛んじゃうのも、事実ではあるんですけどね。そういう意味では、こんなに時代が進んでも、マルクスが言った下部構造が上部構造を規定する、という定理から一歩も出てないですね。衣食足りて礼節を知るでも何でもいいんですが。

 ブログでは、できる限りポジティブなこと書こうと思うんですが、まあ、世間はお盆だしさ。仕事のことで、ちょっとあってね。さあて、気分を入れ替えて、明日のプレゼンの企画書でも書きますか。ところでみなさん、最近、広告の仕事、おもしろいですか。

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2007年8月12日 (日)

カンニング中島さんのこと。

 テレビが壊れたので、TBSラジオを聴いていたら、カンニングの竹山さんがしゃべっていました。なんかAMラジオだと、地が出て、やさしい感じがしますね。

 カンニングといえば、相方の中島さんが中野サンモールの「わしや」という総菜屋さんでバイトをやっていて、よく見かけました。たしか副店長だったような。シティテレビ中野というケーブルテレビでサンミュージックのお笑い芸人の寄席番組をやっていて、まったく売れていない頃からカンニングはよく知っていました。あの頃のカンニングは切れてばっかりでしたけど、その切れ方が破れかぶれな感じがあって。あ、この人たちおもろいな、と思ったら、あっという間に売れっ子になりました。

 その後、中島さんはしばらくして入院されて、長い闘病生活の末、お亡くなりになりました。雑誌とかテレビのワイドショーとかでも、その秘話みたいなものが報道されていましたね。小学校からの友人としては当然でしょうが、カンニングの芸を見てると、中島さんがいるという安心感で、竹山さんが思う存分切れられるという感じだったので、芸人としての竹山さんにとっても、すごく悔しかっただろうと思います。横山やすしさんにおけるきよしさんみたいな感じでしたから。

 中野の人にとっては、カンニングの中島さんは、「わしや」の中島さんの印象があります。おばちゃんたちに愛されていた感じがありました。私は、中島さんから買ったことはないですが、中島さんと常連客のおばちゃんたちとの微笑ましい交流ぶりはよく覚えています。中野では芸人をよく見かけるのですが、多くは居酒屋だったり、ファミレスだったり、パチンコ屋だったりしますが、総菜屋さんというところが、中島さんのお人柄をよく表していますよね。

 竹山さんが切れまくって、それを中島さんが苦笑いしながら見守る。しまいには、中島さんが怒って、竹山さんが先生にしかられた小学生みたいにシュンとなる。漫才自体は、それほど技巧派でもなく、切れる勢いに任せる感じでしたけど、なんかもう一回見たくなるような独特の空気がありました。それは、きっと中島さんの空気だったんでしょうね。

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2007年8月10日 (金)

テレビのない日。

Television 家に帰って『アメトーク』を見ていたら、突然、ブチッ。テレビが真っ黒になっていまいました。電源のランプも消えてしまったので、ブラウン管の寿命ではない可能性があるものの、いまのところテレビが見られない状態になってしまいました。このところ仕事も、プライベートもトラブル続きです。
 テレビに関しては映ればいいや、という感じなので、いまだブラウン管のアナログテレビでした。父親が入院したときに買った物で、退院後不要になったので譲り受けました。94年製です。俗に言う、なんとかタイマー発動というやつでしょうか。仕事柄、テレビはよく見る方ですので、こういう感じになってあらためて思うと、ここ10年くらい、テレビを見ない日って、ほとんどなかったんですよね。なんらかの形で絶対にテレビを見ていました。
 カナダに出張に行って、1週間ほど、現地の広告代理店に缶詰でテレビCMのプランニングをしていたことがあるんですが、その時も、ホテルに帰ったらテレビを見ていましたから。言葉がわからないのに。フランスに出張したときもそうでした。訳も分からずテレビを見ていました。K1やってたなあ。
 昔、ニッカの広告で「テレビを消して、いっしょに飲もうよ。」というコピーがありましたが、あのコピー、なんとなく好きだったんですよね。田中美佐子さんが出てました。あの頃の広告は、まだこういう感じのコピーがリアリティを持っていたんですよね。昔、サントリーがイメージ広告をやっていたときに、ニッカが文字だらけの新聞広告を出したんですよね。その文章の内容は、ウィスキーの製法についての話。そして、コピーが「ウィスキーは、ノンフィクションで語りたい。」です。いいですねえ。そして、それに対抗してサントリーが出した広告は、今は亡き中上健次のショートショートが掲載された「イメージのない酒は、退屈だ。」なんです。その広告の喧嘩、素敵だなあと思いました。
 今のアップルのCM、それくらいの美しさがあればなあ、と思います。ウィンドウズはこう考えてるでしょうが、私=アップルは、こう考えています。どうですか。というような喧嘩の仕方だったらなあと思うんですね。私なんかは、大阪人で、判官贔屓なところがありますので、俄然アップルを応援したくなります。でもまあ、アップルも企業としては、そういうオンリーワンを誇る時代はとうに卒業してしまったのかもしれませんね。
 ほんの少し前の話ですが、某コンピュータショップの広告で「IT、ITと言うけれど、ITは、私たちの生活を、ビジネスを、どれだけ幸せにしたのだろうか。」というコピーを書きました。「負けるな、SOHO。負けるな、中小企業。本当のIT革命は、これからだ。」と続くんですが、あれからそんなに時間が経っていないのに、もう少し古く感じますね。インパクとかやってた頃です。そのコンピュータショップは、突然、メイド喫茶になってしまいました。
 秋葉原のザ・コンピュータ館がなくなるそうですね。この前、ちょこっと秋葉原に立ち寄ったら、そこら中、メイドだらけでした。ITの世界は、ドックイヤーとよく言われますが、なんとなくリアルな世界もITと合わせて、ドックイヤーになってきているような感じがしますね。
 しばらくテレビなしの生活をしてみようかな、なんて思ってきました。いっそのこと、ネットもしばらくやめてみるかな。そういう生活をしたら、考えることも変わってくるんでしょうかねえ。

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2007年8月 9日 (木)

お知らせです。

 前のエントリー『新しいiMacが出ましたね。』(参照)を大幅に加筆しました。お知らせだけではなんですから、ちょっとお話を。何度もひつこいですが、暑いですね。で、お得意からの帰り、新橋は暑いけど、汐留は風を感じますよね、と営業が言うので、そんなわけないでしょ、と汐留のビル街を通ると、ほんとに風を感じるんですよね。これが、例のヒートアイランド現象?あのビル群は、東京へ吹く風をさえぎっているんだなあと実感。ではでは。

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新しいiMacが出ましたね。

 ようやくMacBookの黒を買おうと決めてたのに、新しいiMac参照)が出てしまいました。これ、いいなあ。ボディがアルミになってるし、ディスプレイ周りもスッキリしまりましたね。キーボードもよさげ。これのほうがいいかな。XP用に、Parallesにするか、BootCampにするかは、Parallesにしようかと思いました。ネットを巡回してると、『マックブックで行くぞ!』参照)というブログに辿り着き、このエントリー(参照)が決め手になりました。分かりやすくて、大いに参考にさせていただきました。それに比べると、商業ウェブのレビューはことごとく知りたいことが書いてなくて、なんとなくいまいちな感じでした。
 「今のアップルのCMは嫌いです。」(参照)というエントリーは、私も激しく同意です。前にも書きましたが、あのCMには嘘があるんですよね。「mac以外も使う人」さんがおっしゃるとおり、美学がないんです。美しくないんですよ。アップルの広告は、広告のひとつの理想形であると思っていただけに、非常に残念。iPhoneもソフトがインストールできませんし、なんだか最近のマックって、少し変。大雑把な言い方ですが、日本では比較広告は嫌われる傾向にあり、私も前に比較広告にチャレンジしえらい目にあってる経験もありますが(ちなみに、私は比較広告自体はありだと思ってます)、それを踏まえても、やっぱり欧米でもあの広告はいやがられると思うんですよね。アメリカのバージョンも、日本版も演出はうまいなあとは思いますが。何度も言いますが、嘘はだめですよねえ。
 昔は、こんな↓すばらしい広告をつくっていたのになあ。  

 鳥肌立ちますよね。ただ、この頃の敵はMicrosoft Windowsではなくて、IBMのスパコンでした。それに対する、パーソナルコンピュータの反乱ですね。この時点では、マッキントッシュ=パーソナルコンピュータだったんですね。
 で、今のMacのCMの話。あれなら、まだ、Microsoftの「We see your potential.私たちには見えます。あなたの中にある無限の可能性が。」のほうが素敵だなあ。地味だけど。実際、かつてマックが体現してるように見えた「自由」は、もはやウィンドウズのほうがあるように思えるし。少なくとも、ハードを自由化してない時点で、マックはもはや「自由」を体現しているとは言えないですよね。
 まあでも、それはともかくとして、私自身、さんざん悩んでマックを買おうとしているわけだし、ということは、私自身の消費行動自体が、CMがあまり効かなくなってきたという実証だったりして、なんか複雑です。

※大幅に加筆しました。(8月9日午後10時) 

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2007年8月 8日 (水)

編集後記みたいな(1)

 しかし、暑いですねえ。もう外に出るだけでバテバテですね。暑くて、バテバテのときは、冷たいビールをキューッとと思ってビールを飲んだんですが、バテてるときって、あんまりビールもおいしくないものなんですね。食べ物もあんまりおいしく感じないし。では、ぼちぼち本題にまいります。

 Movable Type(補足。ブログツールの名前。このツールをPCにインストールして、対応サーバを構築すると、レンタルしなくても個人でブログができる。ちなみに、このココログはMovable Typeではなく、TypePadというツールを利用しているらしい。ウェブの世界はそんなの当たり前じゃんという雰囲気ですが、私は最近知りました。)のロゴの下に、「Publishing Platform」というコピーが入っていますよね。この言葉、アメリカでは、ブログは、個人が発信する「オンライン・ジャーナリズム」という位置づけで始まっているので、しっくりくるらしいですね。ちなみに、2001年の9.11同時多発テロのときに、ブログが大活躍したとう話が巷では流通していますが、MTが始めて公開されたのは同年の10月らしいので、どうもそれは違うらしいですね。

 この「Publishing Platform」という言葉は、「さるさる日記」や「はてなダイアリー」といったレンタル日記のカルチャーが先行していた日本ではなんとなくピンとこないものがありますね。事実、日本での使われ方の多くは日記的ですよね。もちろん、オンライン・ジャーナリズム的なブログも数多くありますし、大手ブログはそんな感じですが。

 でも、私は「Publishing Platform」というコピーは、なるほどなあ、と思うんですね。というのは、私にとってブログが魅力的だなあと思うところは、パブリッシングなところなんですね。つまり、簡単に言うと「同人誌」ですね。私は読者ではありませんが吉本隆明さんが発行していた「試行」とか、そういう感じです。それが、簡単にできてしまうことがいいなあって思うんですね。アニメのサイトとかはそういう使い方している人が多いみたいですね。

 私は元来、日記をつける習慣はありませんし、ブログを「ひとり同人誌」ととらえるとしっくりくるんですね。なので、まあ、このへんで第1回目の編集後記でも書いてみようかな、とそんな感じです。

■『「永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽」ノート』はじっくりゆっくり書いていきます。

 じつは、これ書きたかったからブログ始めたみたいなところもあって、私的には当ブログのメインコンテンツのつもりです。だったらタイトルをジャズ関係にしろよっていう話もありますが、まあ、なんとなくそれも違うなという感じもあり、こういうブログのタイトルの付け方って、マーケティング的には間違ってるんでしょうが、そんなの関係ねえ(流行を入れてみました)ということで。

 で、いまいよいよラファロ、モチアン時代の核心部分を書こうと思っているところですが、ちょっと時間がかかっています。もう一度、文献や資料に当たりなおしているんですね。じっくり聴き込んで、読み込んだつもりが書いていくと、あ、これ思いこみで事実と違うなというところがあったり、いろいろ今更ながら発見があったり。別にノートだからいいと言えばいいんですが、なんとなく気持ちがわるいんで。

 基本はノートだと思っているんで結論めいたこと言いますが、私は、エバンスではやはりラファロ、モチアンのトリオがいちばん好きです。スリリングなのにトゲトゲしてなくて。でも、「永遠の三角形」では、やはり不完全な三角形かな、と思うんですね。で、私的に完全な正三角形が緊張感をもって感じられるのは、ゴメス、ディジョネットのトリオなんですね。それ以外のゴメス時代は、やはり不完全な三角形です。で、最後のトリオである、ジョンソン、ラ・バーバラのトリオは、ラファロ、モチアンとは逆の三角形ですね。そういう視点で、「パリコンサート」とかを聴くと、泣きそうになるんです。実際、エバンスの最期のライブは、若いジョンソン、ラ・バーバラは弾きながら涙を流していたそうです。若い彼らが病院に行ってくださいと頼んでも、エバンスは行かずにライブを行ったそうで、そのときのエバンスの指は肝臓の病気で腫れあがっていたそうです。 

■W-ZERO3[es]はこれからも使い続けるつもり。つまりアドエス買い換えは見合わせました。

 という訳なので、W-ZERO3[es]礼賛は、アドエスのことではなく旧[es]のことになりそうです。それとですね、私事ですが、イーモバイルのモデムを購入しようかなと思っています。今は、エアエッジのモデムをネット25で使っているのですが、そろそろ速度が。それにコストパフォーマンスもイーモバイルのほうがいいし、基本は、東京と大阪なので問題ないかな、と。それと、近々、パソコンも買い換えようと思っています。ほぼ、マックブックの黒に決めました。で、XPも入れようかと。パラレルズにするのか、ブートキャンプにするのかは迷ってます。アドバイスいただけたら、うれしいです。

■オフコースとか、松田聖子とか、そのほかのアーチストのこととか。

 オフコースは、いろいろ今後も書きたいなあ。あと、テレビ見て思ったのが、松田聖子。しょこたんが松田聖子ファンなんですね。彼女の聖子ちゃん好きさ加減、いいですねえ。『続・赤いスイトピー』以前の聖子ちゃんファンなんでしょうね。しかし、彼女、リアルタイムではないですよね。そこも、好ましいですねえ。というか、なんかうれしいですね。ギザウレシスなあ、とか言うんでしょうか。合ってるかな。

 他には、最近よく聴く音楽は、大阪のコピーライターの師匠であるBRUCEさんの影響で、友部正人さんや、大塚まさじさん、ふちがみとふなとさん、有山じゅんじさん、リクオさんなどです。前に大阪出張で新幹線に乗ったとき、偶然、大塚まさじさんの隣の席になって、話をさせていただいたことがあり、うれしかったなあ。その話は、また書きますね。いい感じの大人だなあ、と思いました。ああいう年の取り方をしたいなあ、と思いました。

■そんなこんなで、これからも当ブログをよろしくです。

 ぼちぼちやっていきます。コツコツ書いていきます。それと、「広告人の告白」というわりに、広告の話が少ないですが、リアルタイムで動いているものはやはり書きにくいから、しょうがないかな。別に、広告の話があまりないわけではないのですが、どうしてもアクティブなものに思考が向いてしまうので。それをブログに書くわけにもいかないですしね。まあ、こちらもぼちぼち、という感じです。

 あと、おまけです。はじめてブログを始めた人って、PV、気になりますよね。私はどうでもいいやって思うんですが、でも、ホントはちょっと気になったりします。気になってもいいじゃないか。人間だもの。ということで、googleで調べてみると、普通のブログがどれくらいのPVかはあまり書いてないんですね。わかるのは、大手ブログが日に3万PVだとか、そんなんばっか。始めたての人は、すごく落ち込みますよね。で、私が安心材料をご提供。

 現在、始めて2ヶ月程度です。最初は30PVでしたが、いまは日平均100PV前後です。更新をしないときは、100PVいかないです。で総数が現在、ほぼ5000PV。いちばん多かったのが、日に400PVというのがありました。要因は、「はてな」のとあるアンテナサイトさんに取り上げられたから。あとは「はてなブックマーク」ですね。@niftyのトップページの「話題ブログ」で取り上げられたときは、200PV弱。確かに、そういうのがあるとそれ以降は、すこし平均が上がるようですね。

 今まで「はてな」の実体がいまいちわかりませんでしたが、こうしてブログをやると、へえ「はてな」って影響力あるんやなあ、と気付きますね。感覚で言うと、続ければそれなりの上昇はする感じがありますね。検索システムの仕組みを考えると当たり前ですが。あとね、なんか多いなあ、と思うと、文章の本題に関係ない芸能人の名前が原因だったりするんですね。その芸能人がたまたまこけて怪我をしたとかで、当ブログがヒットしたみたいです。とほほ。

 そんな感じです。始めたてのブロガーのみなさん、めげずに更新しましょうね。別にPV低くってもいいじゃないですか。好きなこと書いて、楽しかったら。でも、やっぱり気になるんですよねえ。では、これからも当ブログをよろしくお願いします。

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2007年8月 6日 (月)

62年前は昔ではない。

62年前。それは、昔ではありません。
私はいま40歳です。
そのわずか22年前のことなのです。
あなたが31歳だとすると、
その生きてきた歳月をちょうど倍にしただけなのです。
広島の生口島出身である私の親父は、
子供の頃、遠くに閃光を見たと言います。
少なくとも、62年前を昔だと思わない
想像力だけは持っていたい、と思います。

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2007年8月 5日 (日)

「民主化」の裏側。

 バブル経済がピークを迎えていた1980年代後半、吉本隆明と埴谷雄高との間にちょっとした論争がありました。「吉本埴谷論争」と言われているその論争は、吉本隆明が雑誌『an an』にコムデギャルソンの服を着てファッションモデルとして登場し、それを見た埴谷雄高がいちゃもんをつけたのがきっかけに起こりました。

 埴谷さんが「吉本さんよ、あんた戦後ずっと大衆の味方だと言ってきたのに、資本主義の象徴であるファッションブランドを身に包んでにやけた顔して、俺は情けないよ。あんたの着てるその服、アジアの国々の労働者が低賃金でつくってる国際的搾取の産物なんやで。」と苦言を呈し、それに対して「埴谷さんよ、あんた古いね。日本の階級的に普通の女の子がこういう雑誌を見て、ファッションを楽しむなんていう状況は、世界史的な認識で言えばええことなんちゃいまっか。君たち戦後左翼が求めてきたものって、こういうことちゃうんですか。そうじゃなけりゃ、あんたら左翼は結局スターリンと変わらんやないか。本当の意味で、大衆の解放なんて求めちゃいないじゃないか。」みたいな反論をした。もちろん、二人とも大阪弁じゃありませんが。私の頭の中での整理はこんな感じです。

 あの頃、吉本隆明は『マス・イメージ論』なんかで、広告やサブカルチャーの表現をすごく高く評価していて、日本は高度資本主義の段階にあるという認識がありました。彼の生涯の敵である、既存左翼、彼がソフトスターリニズムと呼ぶものに対する勝利を、日本のバブル経済が後押しする形であったのでしょう。

 私は、バブルの後に社会に出たので、少しばかり醒めた認識は持っていますが、基本的に吉本隆明の認識に賛同する部分があります。その後、ITの進化によって、吉本のその認識を裏付けるようになりました。例えば、PCの普及とインターネットの整備によって、普通の人の言葉が、こうしてWebを通して流通に乗るようになりました。私の業界なんかでも、デザイナーは三角定規、デバイダー、烏口、ロットリングといったデザインツールを捨て、Macにインストールされたイラストレーターとフォトショップで仕事をするようになりました。

 例えば、平行・垂直の1mm線を引くというのは、デザイナーの特権だったのです。しかし、今やPCがあれば誰もが簡単にできてしまいます。しかも、手でやるより正確にです。文字にしても、Macが普及する前は写植だったんですね。しかし、写植屋さんはほぼ絶滅してしまいました。

 これは、いいこともあれば悪いこともあって、いいことは、これまで威張っていた下手くそなデザイナーたちのゴリ押しが無力化されたことですね。デザインの専門家の俺たちがやるのだから口出しするな、という根拠のない言葉が意味を持たなくなりました。そのゴリ押しは、だったらおまえが線を引いてみろよ、という言葉が担保していたのですが、それに対しては、「じゃあ俺がやるから、おまえええよ」と言えるようになってしまったんですね。基礎的な専門性は、テクノロジーの進化によって無意味になりました。

 コピーも同じです。コピーライターには、俺は言葉の専門家だから、専門外の奴ががたがた言うなというゴリ押しがありました。でも、これだけの人が日本語でブログやってる時代です。そういう基礎的な専門性は、なんの意味もないですよね。基本的には、言葉は誰でも書けます、と言ってしまえる時代になってしまいました。

 映像も少し遅れてではありますが、近い将来、きっと同じことが起こります。ファイナルカットのようなソフトウェアがもっと普及するようになれば、CMプランナーやディレクターの持つ基礎的な専門性は、日本の大衆が手にするようになってしまいます。今でも、YouTubeなどの映像を見ても、すでにその兆候がありますしね。

 また、これだけコミュニケーションや表現が大衆化したとき、我々プロの表現も相対化されて価値が下がります。また、その大衆化によって、表現の空間が変質してしまったので、これまでの表現の方法が意味を持てなくなってしまいます。悪いことは、これかな。少々、昔に比べてやりにくくなった、というようなことですね。それに、基礎的な専門性の上の専門性は、ちょっとばかりわかりにくいということでしょうか。 

 写植の頃はよかったなあ、なんてこと、お酒を飲むと愚痴ってしまう私ですが、その前の世代では、烏口の頃は、フィルムを切って編集してた頃は、ポスターカラーを練ってた頃は、などきりがありませんしね。確かに写植で言えば、PCのフォントが少なかった頃は、キャッチと言えば、私の顕名にさせてもらっているMB101とか、明朝ではリュウミン、本文では新ゴシックや中ゴシックしか選択肢がなく、文字詰めも甘かったけど、それはほぼ解消されてしまいましたからね。ノスタルジーでしかありません。

 基本的には、これはよかったことじゃないか、と私は受け止めています。気分的には、そりゃ寂しいものがありますけど、酒で流してがんばるしかないやんか、と思いますね。この状況を是としないみたいなことで主張を展開すると、かの「実名匿名論争」みたいなことになるんでしょうね。吉本隆明が嫌悪するソフトスターリニズムですね。厳しい時代だけど、受け止めなしゃあない、みたいな感じです。

 私としては、そういう一億総表現者みたいな状況で、でも俺はプロよ、と言えるような専門性を身につけるしかないな、と思います。平行・垂直の線が引ける、言葉が書ける、みたいな、テクノロジーが進歩したり、表現行為が大衆化すれば消えてしまうような基礎的な専門性は、はじめから誰かの既得権益でもなんでもなかったんですから。

 考え方を変えれば、プロと名乗るためには、あの頃と比べて、一段レベルが上がったところでものを考えざるを得ない状況は、職業クリエーターにとっては厳しい時代だけど、それはとても幸福な時代でもあると思うのです。広告や出版、放送などにたずさわる職業クリエーターのみなさん、どう思いますか。

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2007年8月 4日 (土)

TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』

 ラジオをつけっぱなしで寝てしまって、流れでずっとTBSラジオを聴いています。いまやっているのが『久米宏 ラジオなんですけど』。感想。早口だなあ。テレビで見ているより、ラジオの方がずっとずっと早口に聴こえますねえ。テレビの参議院選挙特番を振り返るという、ちょい自虐的な特集をやっていて、その電話ゲストが田丸美寿々さん。これまた早口ですなあ。

 典型的な頭の回転の速い者同士。AMらしくないめまぐるしい話の展開で、まあ、確かにAMラジオのニューウエーブなんでしょう。悪くはないです。久米さん独特の、自虐ぎみの皮肉も、テレビほどいやらしくもなく、いい感じですね。

 私的には、今回の選挙特番のいちばんの話題は、日テレの島田紳助なんですけど、その話題はまったく出ないですね。久米さん的には、あれはなかったことなんでしょうかね。

 久米さんが面白いことを言ってますね。「小泉さんが自民党の最後の首相だったんでしょうね。そんな感じしませんでした?自民党をぶっ壊すって言ってましたものねえ。」なるほどねえ。そんな印象はありますね。小泉さんを久米さんに、自民党をテレビに、首相をニュースキャスターに変えるとわかりやすいですね。ちょっと久米さんっぽいこと言ってみました。

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2007年8月 3日 (金)

夢の話。

 よく見る夢。

 その一。

 大学在学中なのに、なぜか働いている。事務所に戻ったら、ミーティングが行われていて、参加。くだらない話が延々と続いている。まわりはすごく真剣なのに、自分はいまひとつ真剣になれない。それよりも、単位のことが気になる。授業に出なくちゃ行けないのに、なぜ自分はここにいるのか。夕方の授業に出席できないと確実に卒業できないのに。

 その二。

 マンションの屋上。上がると強風。コンクリートの床が若干斜めになっている。匍匐(ほふく)前進しながら、端までたどり着く。梅田のビル街が見える。空は赤く染まっている。音はない。ビル街の背景に巨大な波が突然現れる。あっ、津波。梅田が飲み込まれる。大変なことになってしまった。

 その一は、大学卒業以降に見るようになった夢です。起床後、大学を卒業をして働いている現実を思い出して、ほっとします。その二は、これは子供の頃からよく見る夢ですね。うなされる訳でもなく、冷静に「ああ、大変なことになったなあ」と思っているんですよね。この夢の場合は、起床後も、少しぼーっとしています。

 私はフロイディアンではないので、意味はどうでもいいんですが。

 それにしても、見たい夢は見られないもんですね。もっと、Smapの一員になってテレビで大活躍とか、そんな夢を見たいんですが、いままで一回もないなあ。もしその状況設定の夢でも、私の場合は、夕方の授業に出ないと卒業できないのに、なんでスマスマのリハーサルやってるんだろう、とかなんでしょうね。

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2007年8月 2日 (木)

NHK『松田聖子 女性の時代の物語』を見て思う。

Canary 松田聖子さんは、大学のとき結構聴き込みました。リアルタイムで彼女はアイドルではあったんですが、私はそれほどこの人のファンではなく、単なるアイドルの一人でした。聴き始めたきっかけは『瞳はダイアモンド』ですね。「私はもっと強いはずよ でもあふれて 止まらぬ涙は ダイアモンド」という部分の「私は」というところ、歌声がすごいなって。なんかね、女性の、というか人間の強さと弱さのぎりぎりのところで、倒れそうになりながらも、すくっと立っている感じというのでしょうか、そんな感じの声なんですね。

 この曲について言えば「あなたの傘から 飛び出した シグナル 背中に感じた 追いかけてくれる やさしさもない」という歌詞が、ちょっと嫉妬するくらいの言語感覚です。この歌詞は、言葉通りにとれば、男女がひとつの傘を差して歩いている。交差点にさしかかって、信号が黄色になる。女性は急いで渡ろうとする。でも、男性は青になるまで待とうと思っている。女性は、赤に変わる信号を背中に感じながら、走っている。男性は、そんな彼女を見ながら、彼女を追いかけることなく、ただ見ている。とまあ、そんなことですね。

 でも、この情景は彼女の心的風景でもありますよね。あっ、私、彼の傘からちょっと飛び出しちゃったな。なんとなく、そんなシグナルを背中に感じた。なのに、あなたはもう追いかけてくれるやさしさもないのね。というような。松本隆さんの作詞です。私は、松本隆さんの作詞は、聖子さんのものがいちばん好きです。きっと、松本さんにとっては、松田聖子作品は、彼のメインワークであったのだろうと思います。

 松本隆さんは『続・赤いスイトピー』という詞を書いて、松田聖子作品から離れます。あの曲を聴いて、ああ、ここまで結論づけていいのかな、と思いました。『赤いスイトピー』という曲は、初恋の歌、つまり、失恋を運命づけられた恋の歌です。翼のついたブーツでなければ、彼についていけない女の子の歌です。歌詞の中には明示されていないけれど、その恋が失われることを無意識で感じながらも、その恋を信じたいという不安定さがそこにあります。

 それは、大人の目線で描かれた、思春期の女の子なんですね。大人の目で見ると、この恋は終わるということが分かる。でも、それを描かないという手法だと思います。松本隆さんは、松田聖子作品とのかかわりを止めるときに、逆の言い方をすると、松田聖子というアーチストが松本隆という作詞家の世界から飛び出すときに、その先の世界に踏み込んだのだと思います。リアルタイムで聴いた感想で言うと、そこまでぶっちゃけてええのかな、という感じでしたが、『続・赤いスイトピー』は松本隆さんと松田聖子さんの別れの歌でもあるのでしょうね。

 番組でも触れていましたが、松田聖子作品の中で最も売れたのは、彼女が作詞した(※コメントでご指摘を受けました。松本隆さん作詞です。なので、以降の論は事実誤認の上での論考ですので、ご了承ください。失礼しました。2011.02.08)『抱いて』なんですね。松本隆という大人が描いた良質の女性の心性(たぶん、戦後思想が描いた理想の女性像でもあったのだとと思います。このことは、また改めて書きます)を懸命に演じたあとで、彼女が自分の言葉で女性を表現した曲ですね。その曲が、彼女の過去のヒット曲以上に、女性たちの心を捉えるのは、何か象徴的なものを感じます。

 番組を見ていて、松田聖子さんがなんとなく矢沢永吉さんと重なりました。なぜだろう。まだその理由がうまく言えないですが。それにしても、松田聖子さん、いつまでもきれいですね。

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2007年8月 1日 (水)

スタイラスを買いました。

Photo W-ZERO3[es]のスタイラスをなくしてしまったので、得意先でのプレゼンの帰りに有楽町のヨドバシカメラで購入。純正品、420円。高っ。あんなプラスティックの棒1本で、牛丼食べられるんですよ。あんなプラスティックの棒1本で、王将の餃子2人前食べられるんですよ。あんなプラスティックの棒1本で、缶コーヒー3本飲んでもお釣りが来るんですよ。あんなプラスティックの棒1本で、SPA!が余裕で買えるんですよ。あんなプラスティックの棒、100本買ったら4200円ですよ。1000本買ったら、本体より高いんですよ。びっくりですね。まとめ。本日は、8月1日にもかかわらず書くこと思いつきませんでした。なにが、かかわらずなんだか。もう寝ます。

 19:20追記:コメント欄の通利 酢我利さんご指摘どおり420円×100=42000円ですね。でも、なんか散漫な文章のシズルがあるのでこのままにしておきます。それにしても、こういう純正の付属品は高いですね。前に持っていた松下製のウィルコム端末(参照)も、説明書を読むとバッテリーが本体価格の100倍くらいしてましたし。

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