『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート(9)
『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノートをしばらく書いていませんでした。いろいろ混乱することも多く、思い描くビジョンに迫れないでいます。簡単に言えば、ハードバップ全盛の頃は、たとえそれがピアノトリオであっても、ピアニストというリーダーを頂点とする二等辺三角形にすぎなくて、完全に三点が等価な三角形ではなかった。しかし、ビルエバンスというピアニストは、完全な三角形を目指し、自身のピアノトリオ芸術を完成させようとした。それは、しばしば、インタープレイと呼ばれるものである。で、ビル・エバンスが完全な三角形を、ジャズにおいて初めて完成させたと言いたいところなのだが、根源的に考えた場合に、そもそも完全な三角形は本当に可能なのだろうか、という問題意識とともに、ビルエバンスの生涯の芸術の詳細な記述により、ビル・エバンスの芸術の本質とともに、第三項排除という理論に見られるような、二項関係による暴力の発生メカニズムを超える、緊張感のある三項関係の新たなる評価をしてみたい、みたいなことなのですが、書いている本人もわかったようなわからないような感じで、ここ20年間もやもやしっぱなしです。
図にするとこんな感じですかね。バド・パウエル・トリオの場合は図1のような感じになります。天才ピアニストであるバド・パウエルについていくことができる凄腕リズムセクションという感じです。これは聴いていただくとすぐに分かると思います。YouTubeから引用しますので、聴いてみてください。
→Bud Powell - Shaw Nuff
しかし、すごい時代になりましたね。著作権上の問題はあるかと思いますが、こういう感じで文章は今まで絶対に書けなかったですから。こうして引用することがいいことがどうかはグレーですが、私はこうしたことでまたバドを知らない人がCDを買ってくれるきっかけになると信じて、引用しています。
一方、ビル・エバンス・トリオの場合は図2のようなイメージです。もっとも、これはビル・エバンスがこの図のようなことを目指したということで、それが完全な形で実現できたかどうかは神のみぞ知るという立場が、この『永遠の三角形』の立場ですが。この図のベースをエディ・ゴメスに、ドラムをジャック・ディジョネットにしたのは、私は、この三点が等価な三角形が奇跡的に成立したのが、このトリオのたった1枚だけの音源『モントルージャズフェスティバルのビルエバンス』だけだと考えているからです。残念ながら、このトリオでの映像はYouTubeにはありません。しかし、エディ・ゴメスの演奏する映像はありますので、引用します。なんとなくイメージはつかめるかと思います。
→BILL EVANS TRIO LIVE IN OSLO 1966 - VERY EARLY
この「Very Early」はエバンス作。エバンスの曲は、わりとメロディが難しい曲が多いのですが、この曲と有名な「Waltz for Debby」だけは別格で、非常に難解なコード進行でありながら、メロディが親しみやすく美しいですね。「All The Things You Are」と同じ5度下降進行で、こちらは3拍子になっています。ちなみに4度上昇進行は「Autumn Leaves=枯葉」が有名で、様々な曲に使われています。(とここまで書いて、これでよかったでしたっけ?)で、もう一曲。非常に美しいスタンダード曲です。エバンスのステラは珍しいですね。エバンスだと、マイルスのリーダーアルバムが有名ですね。
→Bill Evans Trio - Oslo '66 - Stella By Starlight
しかし、美しいですね。出だしのヴォイシングなどは、どう言ったらいいんでしょうか。ゴメスのベースも、いいですね。この頃のエバンスは、まだ穏やかなピアノソロを弾いていて、あのラファロ、モチアンの時期を彷彿させます。
このエディ・ゴメスとの時代は、じつは、エバンスとゴメスのデュオと、ドラマーという二項関係的な傾向が強く、ゴメス時代の晩期のアルバム「モントルーⅢ」では、ついにデュオの演奏になってしまいます。その中で、今ではキース・ジャレットのStandarsで有名なジャック・ディジョネットとのトリオだけは、少し違うのです。少しでも気を緩めるとすぐに崩壊してしまいそうな緊張感の中、奇跡的に完全な三角形の「永遠」が垣間見えたような気が私にはするのです。鑑賞音楽としては、多少饒舌で、緊張感がありすぎるきらいがありますが。
この『永遠の三角形』を読んでいただいている方には、もう耳にタコみたいな話かもしれませんが、有名なラファロ、モチアンとのトリオは、ゴメス時代とは逆に、モチアンをリーダーシップ(まとめ役)にした二項関係のような気がします。モチアンがドラム、チャック・イスラエルがベースの「Blue in Green」。すごくレアな映像です。ラファロではないですが、モチアンがまとめるトリオであることが少し分かるかもしれません。
→Bill Evans Trio ( Rare ) 1962 'Blue in green'
ドラムを中心に聴いてみると、また違った角度でエバンストリオを楽しめるかもしれません。で、今のモチアンです。彼は、自己のバンドではピアノレスなんですよね。自分の頭の中では、いつもビルのピアノが響いているから、と言っていたのを覚えています。
→Paul Motian Eletric Bebop Band, Brasil 2002
なんとなく、ビル・エバンス・トリオの匂いがしますよね。本質的な意味でのエバンスの継承者は、ポール・モチアンではないだろうか、という気もするんですね。
最後に、エバンスの最後のトリオ。エバンスは、このマーク・ジョンソンがベース、ジョー・ラバーバラがドラムのトリオのことを、ラファロ、モチアンのトリオを超える最高のトリオであると言っていました。確かに、非常に素晴らしく感動的な演奏には違いありません。エバンスは、この時期、「The Days of Wine and Roses=酒とバラの日々」を好んで演奏していました。たぶん、自分の死期を悟っていたのでしょう。肝臓がほとんど限界だったそうです。最期の演奏では、指が腫れあがり、ほとんどピアノが弾ける状態ではなかったそうです。
エバンスの言葉を信じるならば、彼が追い続けた「永遠の三角形」は、この映像にあるはずです。しかし、私には、若い2人と、若い演奏家を見守るジャズの巨人であるビル・エバンスの二項関係にどうしても思えるのです。第三項排除の理論を借りて言えば、エバンスを敬愛する若き演奏家が、尊敬、敬愛といった美しい人間の感情によって、エバンスを排除したというか。少し意地悪な表現ではありますが、別にネガティブな意味ではなく、そうして特別な者として愛するという行為は、それは一面ではいい意味の排除であるはずです。そういう風な排除という行為こそが、尊敬という行為の構造なのではないでしょうか。
→Bill Evans Trio - The Days of Wine and Roses
幸せそうなエバンスの表情と走るピアノのメロディ。疾走感があるんです。猛スピードで自分の死へ向かって走るエバンスを、若い二人が必死になって追いかけているかのようです。もうこの頃のエバンスは、若い頃のように、まるでピアノと同化するかのような前傾姿勢はとっていません。悟りというものがあるとすれば、悟りの後の明るさとはこのようなものではないか、と思います。そして、エバンスは、これが「永遠の三角形」であると思っている。しかし、それはもしかすると「永遠の誤解」かもしれない。私は、そこに芸術の底知れない残酷さと美しさがあると思っています。
■『永遠の三角形 Bill Evans Trioの音楽』ノート
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