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2007年12月16日 (日)

かつて、ビル・エバンスがアメリカの片隅で日本の芸術のことを書いたように。

 ビル・エバンスは、自身がピアニストとして参加したマイルス・デイビスのリーダーアルバム『カインド・オブ・ブルー』(1959年)のライナーノーツに文章を書いています。このアルバムは、ハードバップ全盛時代に、モード手法といった新しい音楽理論のジャズへの適用など、新しいチャレンジに満ちた、現代ジャズを考えるとき、決して外すことができない、とても重要な記念碑的な名盤。すごくクールで美しい音楽に満ちています。ぜひ、聴いてみてください。ジャズを知らない人でも、聴きやすいと思います。エバンスの書いた文章の出だしの部分を引用します。

Improvisation In Jazz by Bill Evans
 
There is a Japanese visual art in which the artist is forced to be spontaneous. He must paint on a thin stretched parchment with a spacial brush and black water in such a way that an unnatural or interrupted stroke will destroy the line or break through the parchment. Erasures or changes are impossible. These artists must practice a particular discipline, that of allowing the idea to express itself in communication with their hands in such a direct way that deliberation cannot interfere.

 
(私訳)ここにひとつの日本絵画がある。その絵画において、描き手は、無意識であること、自然であることを強いられる。ごく薄くのばされた紙に、特別な筆と黒い水を使って描いていくその絵画では、筆運びが少しでも不自然だったり失敗したりすれば、たちどころに線は乱れ、紙は破れてしまう。そこでは、もはや消去や修正は不可能なのだ。描き手は、特別な鍛錬を積まねばならない。自らの手と交感しながら、頭の中に生まれた着想を瞬時に紙の上に定着するために必要な特別な鍛錬を。

 この日本絵画とのアナロジーから、若き白人ジャズマンであるビル・エバンスは、ジャズにおけるインプロビゼーション(即興)の概念を語っていきます。西洋音楽の素養を持つエバンスはきっと、西洋音楽の建築的な構築性のアンチテーゼとしてのジャズのインプロビゼーションを、西洋絵画の建築的な構築性のアンチテーゼとしての日本絵画に、その構造的な同一性を見いだしたのでしょう。エバンスの音楽に魅せられる日本人としては、この文章は誇らしくもあり、日本人がジャズを語る(あるいは演奏する)意味みたいなものを与えてくれます。一気に、エバンスに親近感が沸くというか。なんか、単純にうれしいですよね。

 エバンスが、当時のキャリアと照らしあわせてみて、少しばかり背伸びした文章を書いた背景には、当時のジャズという音楽を取り巻く空気があったとのことです。それは、ジャズは黒人だけの文化であり、芸術であるという空気です。(詳しくはこちらのエントリーをご参照くださいませ。)要するに、白人であるエバンスは、ジャズを音楽性や芸術性のコンテクストに引き戻したかった、みたいなことです。

 マイルスにとって、エバンスという白人ピアニストを起用するのは勇気のいることでした。それにエバンスは、若いときは無口で少し暗めで繊細な「硝子の少年」だったそうです。録音の時も、少し毒舌気味のマイルスは、そういうエバンスの緊張をほぐすために、よくからかっていたそうです。そんなエバンス青年の少し背伸びした、そして当時の空気を考えると少し勇気のいったに違いないこの文章を自らのリーダーアルバムに掲載するマイルスもなかなかなもんだなあ、と思います。マイルスが、この文章を読んで「エバンスらしいよなあ」と頬を緩ませている姿が目に浮かびます。

 少し話は脱線しますが、エバンスは、通説によれば、急進的な黒人運動家たちのバッシングにあって、マイルスバンドを脱退します。エバンスとマイルスは、その後、演奏家としては交わることはありませんでした。エバンスは、アコースティックジャズを貫き(中期にはローズを使った妙なアルバムもありますが)、マイルスはエレクトリックジャズの先駆者になりました。お互いに才能と個性のあるジャズマンですから、啓して遠ざかるという感じなんだろうなと思います。

 でも、ああいう陽性な性格のマイルスですから、いろいろやんちゃなエピソードもあったようで、例えば、『モントルージャズフェスティバルのビル・エバンス』で共演したドラマーのジャック・ディジョネットは、このライブの直後にマイルスに引き抜かれます。マイルスらしいなあ、と思います。マイルスは子供っぽい無垢さがある人ですからね。エバンスはああいう性格ですから「まあ、マイルス兄さんが引き抜かはったんやからしゃあないわなあ」みたいな感じだったんではないかと想像します。でも、エバンスファンとしては、あと3枚くらいはゴメス、ディジョネットのエバンストリオを聴きたかったなあ、と思うんですがね。歴史にたらればはないですけど。

 それにしても、訳してみて思ったのは(本当は全文を訳してみようと思ったんですが、力尽きました。いい文章なので、それは追々やっていきます。)、彼が残した書き言葉には、やはり孤独なひとりの人間としてのビル・エバンスが見えますね。特に、それが書かれた状況や背景に思いを馳ながら読むと。インタビューにはない書き言葉の特徴ですね。

 思考(=書き言葉として現れるもの)というものは、本質的に孤独なものなんだろうと思います。そんなことはこの英語の原文には少しも書かれていなかったのであれですが(笑)、なんとなくそんなことを読みとってしまいました。私にとって、ブログを書くことは、ログを重ねるという時間の連続性の中で、孤独な思考を書き綴って、自分自身の成長の糧にするというか、そんな感じです。48年前のビル・エバンス青年の孤独な思考に、48年後の日本の片隅でブログに書き言葉を綴る私は、ほんの少しだけ勇気づけられた気がします。

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コメント

始めまして。清水でJAZZ喫茶を趣味で運営してます”あんぷおやじ”と言います。ビル.エバンスは何十年も聴き続けこの先も聴き続ける事になりますが、エバンス情報を探していましたら貴殿のブログに到着しました。大変参考になります。また時々おじゃまします。

投稿: あんぷおやじ | 2007年12月17日 (月) 01:12

あんぷおやじ様、はじめまして。
ジャズ喫茶は、東京でもどんどんなくなっています。いい音でエバンスを聴きたいなあと思います。いつの日かあんぷおやじさんの運営されているジャズ喫茶にお邪魔したいなあと思っています。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2007年12月17日 (月) 02:04

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