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2007年12月 2日 (日)

私のような感じの職業の人がブログを持つことの良さについてのお話です。

 私のような、というのは従来メディアで広告の仕事をしてる人とか、広告制作に従事している人とか、マーケティングやコンサルタントをしている人とか、出版関係とか、です。私に限らず、そういう人がブログを持っていることは多いと思うけれど、そういう人の多くはmixiに行っているんじゃないかな、と。業界の交流とか、似ている業界の交流という意味では、mixiに代表されるSNSのほうが有利なような気もしないではないです。ある程度は場が閉じられるので、話される話題も限定されるし、ある意味では密度が濃いとも言えますし。

 では、SNSではなくて、ブログの良さってなんだろうと考えると、やっぱり閉じられていないウェブという場所でブログという「個人メディア」を持てるっていうところかな、と思います。それは、デメリットもあるし、別にブログの啓蒙もするつもりも義理もないから、これはあくまで個人のつぶやきですが、私にとっては、「個人メディア」というのが最大の魅力で、私の場合は書きたいことが広告に限らないし、非常にブログは都合がいいんですよね。雑多なことが、書き手の同一性を根拠にいろいろ書けるので。そうでなくても、例えば広告の話題だけに限ったとしても(というかそうした方が効率はいいんですけどね)、ブログにはブログだけが持つメリットなんかもあったりします。

 普段、従来のメディアを使う側にいてたり、従来のシステムの中で雑誌とかをつくる側にいてると、メディアを認知させるプロセスなんかは実感できないですよね。例えば、新聞なら朝日、読売、日経をとりあえず選んでおこうとか、新しい雑誌を売っていくなら、マスで広告して、一気に瞬間風速をつくってとか。というか、そういう商売をしている本人がメディアを持って、そのメディアを運営していく経験なんか、今までなかったわけです。それが、期せずしてブログなんかを始めると、ああ、なるほど、個人メディアとはよく言ったもんだなあ、とすごく思うわけですね。

 よほどの人でなければ、ブログなんて、立ち上げたからといって誰も見てはくれません。まず、どんな人でもそこから始められるんですよね。今日も見たのは私だけ、なんて日々が続くわけです。正直、へこみます。で、書いていくうちでまぐれでエントリがヒットすることがあって、ウェブにはそういう名もなきエントリを見つけてくれるすごい読み手さんがいることがわかるし、そういうことが繰り返される中で、個人メディアであるブログが、ほんの少しずつ認知されるようになってくるんです。この微細な認知プロセスを数ヶ月かけて実感する機会なんて、私たちには今までなかったんじゃないかなと思うのです。

 そこから学ぶことは、言葉にはうまくできないけど確かにあって、やるのとやらないのとでは、ずいぶん違ってくるのではないかなと思います。当然、こういうことは日々の張り合いにもなるし、それに私のような職業にとっては、プリミティブな認知プロセスを、理論ではなく身を持って経験することは、私にとっては、「なるほどねえ、そういうことだったんだなあ」という日々を経験することでもありました。いま半年ですが、いまだに、「ああ、こういうことだったんだなあ」と思うことがあります。

 ウェブっていうのは、とかく私たちにとって、単なる無償で情報を得るだけの場になりがちです。だけど、自ら情報を発信するなれば、ちょっとだけウェブの違った風景が見えてくるような気がします。そうなると、今言われているマスメディアの終焉論なんかも、少し冷静に見られるかもしれません。私なんかは、「ああ、そうだなあ、されどマスメディアなんだな」とも思えてきています。それに、建設的な対処は、冷静な認識がなければできないとも思いますしね。

 それとね、これは個人的な考えかもしれませんが、ブログはさみしい感じがいいんじゃないかと。ブログはコミュニケーションツールとしての側面ではすこし他のツールより劣っている感じもあって、本質的にはパブリッシングツールであるような気がします。かつてのニフティフォーラムや2ちゃんねる、mixiをはじめとするSNSや、Twitterなどの新しいコミュニケーションツールとくらべると、ずいぶんコミュニケーションが苦手。コメントやトラックバックなんかも、あくまで付加機能という感じだし、基本は孤独に発表していくのが本質機能。だから、こういうさみしい感じがすきな人でないと続かないかも、ですが。

 最近、ブログ界隈で「ブログ終焉論」なんかが流行ってましたが、そんな感じのことが言われる今だからこそ、ブログを始める絶好の機会なんじゃないかと思うのですが、どうでしょう。とりあえず、私は、私と同じような職業の人たちの、日々の孤独なつぶやきなんかをもっと読みたいなあ、と思うんですが。ああ、同じようなことを考えている人がいて、だけど、私とちょっと違うなあ、その違いは面白いなあなんて思いたいんですが、どうでしょう。きっと、あなたの仕事に、間接的にかもしれないけど良いところがあると思うし。ね、ブログ、はじめませんか。


追記:そういえば、かつてこんなエントリも書きました。よかったら合わせてどうぞ。
→「ブログのさみしさ。

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コメント

個人的にはSNSは苦手だなぁと感じている理由を説明してもらった気がしました。
ブログのオープン性とさびしさを、ぼくは気に入っているんだなぁと。さびしさを起点に、つながる感じといいますか。

投稿: 喜山 | 2007年12月 2日 (日) 13:53

SNSは私も苦手です。そこであったかいコミュニケーションをされている方のページをいいなあと眺めているんですが、なんとなくそこに入っていけないというか。
オープンでさびしい感じは繁華街にひとりでいるさびしさにも似てるような。

投稿: mb101bold | 2007年12月 2日 (日) 22:17

ブログで学んだことはいろいろあります。

広告やコミュニケーションに携わる人間が、絨毯爆撃やナパーム弾に酔いしれる愚かしさを、ブログを続ける中で感じるようになりました。

あるネット・マーケティングのフォーラムで、世界を代表するポータルサイトの担当者と世界一の広告会社のクリエイターの対談がありました。

話の盛り上りと、会場の温度差にハラハラしながら見ていたのですが、終わってロビーにでる人波の中からこんな会話が聞こえてきました。「あんなに自信満々に語っているけれど、大丈夫?・・・」。

もはやマスメディアはケアされる時代になっていると実感しました。

ブログはさみしいメディア・・・それはとても卓見ですね。

表現というものは、いつも「さみしさ」からエクスプレスされると思います。

投稿: チャーリー | 2007年12月 3日 (月) 17:45

チャーリーさま、こんばんわ。

そうですね。表現は「さみしさ」から出てくるのかもしれません。書くときは、ひとり。そんな感じがブログの良さかな、と思います。ブログは、やはりしゃべるというより、書くという行為なんでしょうね。

投稿: mb101bold | 2007年12月 3日 (月) 22:31

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