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2007年12月26日 (水)

小田さんとプロフェット5

 ちょっとシビアなビジネスの話をした後、自宅へ戻りテレビをつけると小田和正さんが山口百恵さんの「秋桜」を歌っていました。老けたなという思いと、変わらないなという思いが交差しながら、なんだか複雑な気分になってしまいました。私は、小田和正というアーティストをずっと追いかけてきたわけではありません。正直言えば、オフコースが4人になった時点で、私は小田さんの音楽を追いかけることをやめてしまいました。

 さだまさしさんと小田さんがオフコースの話をしています。お互い軟弱って言われてたね、なんて。オフコースは上手かったな、俺たちはしゃべるしかないもんな、というさださんの謙遜。

 アコースティックギターを抱える小田さん。オフコース解散後、小田さんはソロアーティストとして素晴らしい才能を発揮しました。今、さださんと「Wow Wow」という曲を演奏しています。私にとって、もはやこの曲はCMの曲だけど、こうしてあらためて聴くといい曲ですね。なんとなく、コード進行が「NEXTのテーマ」に似ていますね。

 私にとっての小田和正さんは、白髪交じりの物静かな表情で、プロフェット5を弾く小田さん。オフコースの小田和正さんです。アコースティックギターも、アコースティックピアノも、テレキャスターも、自分のために弾く楽器です。けれども、アナログシンセサイザーの名器、プロフェット5は、小田さんにとって、きっと、オフコースというグループのために弾く楽器。

 「ドラム、大間ジロー。ベース、清水仁。ギター、松尾一彦。鈴木康博。小田和正。オフコースでした。どうもありがとう。」あんなにおしゃべりが下手だった小田さんが、今や、当代きってのおしゃべりおじさん。時の流れは、人を変えてしまうのか、それとも、あの頃からそうだったのか。きっと、正解は後者でしょうね。

 そんな小田さんは今も歌います。

 「あなたに会えて、本当に良かった。うれしくて、うれしくて、言葉にできない。」

 オフコースというグループは、いま思えば変わったグループだったと思います。アルバムのタイトルに「Three and Two」という自分たちにしか関係がない名前をつけるくらいですから。小田とヤスのオフコースから、5人のオフコースへ。それを、「We are」という前に、まず「Three and Two」と宣言することから始めるのですから。そんなもん、知らんがな、です。でも、そんなところがオフコースらしいな、小田さんらしいな、と思います。

 小田さんとプロフェット5。

 あの頃の小田さんにとって、プロフェット5は、個人が個人主義を超えていくための触媒みたいなものだったのでしょうね。世界でいちばんのオフコースファンは、きっと私でもなく、あなたでもなく、小田和正さんだったような気がします。今、その幸せな、そして、悩み多き青の時代を経て、ひとりのソロアーティストとして、音楽仲間とともに歌う小田さん。クリスマスの約束2007。いいテレビ番組ですね。本当にいいテレビ番組だと思います。

 小田さんがもう弾くことがなくなったプロフェット5。私は、あの、ある意味ですごくチープな音だけど、なぜか妙な味のあるアナログシンセサイザーの音が大好きです。

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オフコース」カテゴリの記事

コメント

いつも楽しく、とくにオフコースカテゴリーを読ませてもらっています。わたしも小田さんといえば、エレピ、アナログシンセ、ストリングスKBを駆使しつつ歌いまくるスーパーミュージシャンという印象が強いです。一度しか見たことがないWe areライブでの小田さんは、立ったり座ったりKBを操る姿は千手観音のようでした。今また、ビデオでみたい気もしますが、見たくない気もします。

投稿: matta | 2007年12月29日 (土) 18:04

私は生オフコースはoverツアーの時に見ただけですが、あの頃の小田さんはキーボードに囲まれてましたよね。今みたいにセンターではなく、左端が小田さん、右端がヤスさんでした。オフコースというバンドは演奏力も優れてましたよね。
見たいけど、見たくないという気分、すごくわかります。私もオフコースのことを書くときはそんな複雑な気分で書いています。これからもよろしくお願いします。よいお年を。

投稿: mb101bold | 2007年12月29日 (土) 21:06

5人になってからのオフコースで小田さんの代表楽器と言えばプロフェット5、フェンダーローズスーツケースピアノ、ヤマハCP-80、ホーナークラビネットD6でしたよね。特にプロフェット5はオフコースがさよなら以降、爆発的な人気グループになりコンサートチケットは売れLPレコードは売れ事務所が潤ってきて、小田さんのプロフェット5の台数も増えていったなんて当時雑誌に載ってた記事を思い出しました。確かにプロフェット5をライブで使い始めた頃はフェンダーローズの上に1台、クラビネットD6の上にはローランドのRS-09がのってましたが、overツアーではプロフェット5が3台。確か当時プロフェット5は200万円はしてたんじゃないかな。同時発音5音ポリフォニックシンセサイザーで小田さんもプロフェット5を弾く時は5音しか出せないのでコード弾きをする時は大変だったみたいです。プロフェット5、CP-80は80年代前半のオフコースサウンドに欠かせない楽器だったんでしょうね。

投稿: hiro | 2013年9月15日 (日) 01:50

はじめまして。
中学生のときに、オフコースの洗礼を受けた者です。
洋楽好きの姉の紹介から聴き始め、すっかり彼らのファンになった頃は解散説でもちきり。
結局5人のオフコースのステージをこの目で見ることは叶いませんでした。

自分の思い入れを込めたNO1はWe Areですが、昔も今も、所謂3部作が一番好きかも知れません。
リアルタイムで聴きまくったoverもI  LOVE YOU も音が澄んでいて素晴らしいですけれど。

4人のオフコースは・・あの打ち込み系がどうにも苦手で、実質小田和正バンドだったせいもあり、結局離れてしまいました。
ただ、大学時代、「オフコースを生でみる」目的で一度だけコンサートに行きました。
どのツアーだったのかもわからないほどコンサート自体の印象は薄いのですが、その時に初めて見た、「生で動いて歌う小田和正」が、それまでの自分の中の「小田さん」とあまりに違っていたことに驚いた記憶があります。ステージの彼は溌剌としていて、とてもチャーミングで・・
世のイメージって、何なんだろう?と思ったものです。

そこからしばらく経ち、
普段ほとんど見ない、偶然つけたテレビで放送されていた2006年くらい?のクリ約の一部に、再び、今度はソロ・小田和正にぐうの音も出ず、息をするのも忘れて聴き入りました。
そこからは軽く細くファンを続けています。

そして今回のツアー小田日和を見てから、成人後で一番小田さんとオフコースにハマっています。
偉大なマンネリズムの果ての小田さん相手に、何故に今?と自分に戸惑いますが・・・

現在の情熱をもってしてネット徘徊中にこちらに辿り着きました。
歌詞の解釈などが自分にしっくりきて、なんだか嬉しくなりましたので、長々と投稿させていただいております。

昔のライブ音源はもう再生できなくて残念でしたが、他にも散見されますので、それらを感謝しながら聴き、オフコースの素晴らしさを再確認しています。特にヤスと小田さんのふたり時代に身震いしてしまいます。
そして更にハマる・・・ループですね。

小田曲は聖歌(カトリックの)ね、と自分に付き合って聴かされていた母が昔言っていました。
生まれ来る子どもたちのために  はまさに聖歌、或は讃美歌のようです。
勇気を与え給えと祈りるその相手とは。
小田和正の中にある、mb101boldさまのおしゃる近代的自我は、他力本願・ご利益と距離がある自我で、その形成には彼の中の、ある精神的な柱が大いに影響しているように思います。


新しいオフコース、小田和正の記事をお待ちしています。
おじゃまいたしました。

投稿: mako | 2014年8月27日 (水) 15:48

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