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2007年12月25日 (火)

コピーとデザイン。

 コピー。コピー機のコピーと意味は一緒。copy=対象を正しく再現するということ。デザイン。de=否定、再構成。sign=記号。つまり、design=記号の再構成。今ここにあるものを否定し、再構成する営み。人間の心の複雑を切り取って、できればそのまま再現したいコピーライターと、そんな混沌を再構成して、整理して、新しい世界を作り出したいデザイナー。なるほど、広告には、人間の欲望のすべてがいい案配で入ってますねえ。

 緻密に正確に生々しく感情や現象を表現したいという欲望と、そんな混沌とした感情や現象を整理して再構成したいという欲望。矛盾する二つの欲望は、ちょうどコインの裏表のように人間に存在しているように思います。コピーする。デザインする。それは言葉とビジュアルという表現の手段を超えた、表現の方法のような気がします。言葉によるデザインもあれば、ビジュアルによるコピーもある。ただ、言葉は指示性が高く、ビジュアルはそのもの自体が対象になりうるので、言葉はコピーが得意で、ビジュアルはデザインが得意ということはあるけれど。

 現実の混沌を具体的な事実性から抽象化する言葉は、デザインという行為なのでしょうし、現実の混沌を心の具象として描くビジュアルは、コピーという行為なのでしょう。しかしながら、コピーという行為は、現実の再構成というデザインという行為を含むし、デザインもまたしかりです。コインの裏表である。ということは、面には必ず裏があるということを意味しているからです。

 例えば、なぜこんなことを私は書きたいのかを考えてみるとよくわかります。きっとそれは、自分の頭にある混沌とした思考をできるだけ正確に書き写したい、つまり世界に伝えたいということであるけれど、それは、その混沌とした思考を言葉によって整理、再構成し、現時点での、私にとっての新しい世界を、言葉によって出現させたいということかもしれません。

 マーケティングの一手法としての広告が、なぜコピーとデザインを基礎とするのか。それは、きっとものを届けたい企業の欲望の混沌と、ものを手に入れたい消費者の欲望の混沌を、できるだけ正確に生々しく再現したうえで、新しい欲望のカタチとして再構成するという、コピー/デザインが必要だからのような気がします。ちょっとこじつけっぽいけれど、広告とは、企業と消費者の欲望が統合された、新しい人間の欲望と言えるのかもしれません。その新しい欲望の誕生する瞬間は、市場と呼ばれるものが誕生する瞬間なのかもしれません。

 そうした視点でもういちど、自分のつくった広告を含めた、世の中の広告を眺めてみると、そこに企業の欲望と消費者の欲望が統合された、新しい欲望のカタチであることが、よく見えてくるような気がします。それとともに、まだ言葉にはできないけれど、よくできすぎた広告があまり効果を生まずに、隙がある広告が、作り手の意思を超えて受け入れられる、奇妙な出来事の理由がわかるような気がしてきます。新しい欲望のカタチである広告、それがまさに人間であるとするならば、ちょっと隙があるくらいのほうが受け入れやすい、みたいなことなんでしょうね、きっと。

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コメント

デザイナーのプライス(対価)は決め難く我ホームページをデザインした相棒に負けてよ!と何時もそうなる。ベンチャービジネス時代に広告宣伝のイメージ作戦で大成功して、辞したが日本で有数のロボット会社になった。身を持って広告宣伝デザインの威力を感じた。
隙があると表現されているがそれは”間”でその間合いが大切ですね。昨日も女性JAZZトロンボーン奏者と話したが、どれだけ音を減らせるかねー、一音の重み、一つの表現の重み、とゆう事ですね。

投稿: あんぷおやじ | 2007年12月25日 (火) 05:09

そういえば、優れたジャズマンはみんな独特の間を持っていますね。トロンボーン奏者さんの言葉でもそうですが、確かに、音を減らすことは難しいです。マイルスなんかはすごく音が少ない。広告でも同じで、短いコピー、シンプルなビジュアルは難しいです。これ以上でもなく、これ以下でもない、ということろまで突き詰めた上でのシンプルさですから。

それと話は変わりますが、オスカー・ピーターソンさんがお亡くなりになりましたね。氏も間合いが極上なピアニストだったような気がします。ご冥福をお祈りします。

投稿: mb101bold | 2007年12月25日 (火) 09:34

音楽に例えると確かにわかりやすいですね。完璧なタイミング、音量、音程でできたはずの打ち込みの音楽って、どうしてもたどりつけない部分がありますよね。

おまけなのですが、良かったら聴いてみてください。「美女と野獣」のテーマをアレンジしてみた音源です。シンプルさを自分なりに突き詰めたつもりです

http://twilighto.up.seesaa.net/image/file0501.mp3

投稿: hirosss | 2007年12月26日 (水) 00:23

どもです。打ち込みは一定のビートを刻む音楽では大丈夫だと思いますが、ジャズのようなグルーブ感はちょっと難しいでしょうね。

そのグルーブのゆらぎを計算できるでしょうけど、そんなめんどうなことより、やっぱり人間がやるほうが早いでしょうし、人間がつくれる一過性はつくれないしね。

mp3聴きました。美しくて、静謐で、良かったですよ。シンプルを突き詰めると、和音なんかで言うと、もし1音だけ出すとしたら、ここはルートを残すか、テンションノートを残すか、みたいな決断がいるんですよね。もしかすると、シンプルが凛としてるのはその決断ゆえかもしれません。

投稿: mb101bold | 2007年12月26日 (水) 14:30

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