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2008年1月の23件の記事

2008年1月31日 (木)

純ブログと大衆ブログ

 とある本を読みながら、純文学と大衆文学の違いってなんだろうと考えていて、なんとなく「純ブログと大衆ブログ」というへんな言葉を思いついてしまったので、せっかくだしブログに書いてみます。なので、タイトル先行、見切り発車です。

 まずは、純文学とは何か。福田和也さんの『作家の値打ち』(参照)という本の中のこんな言葉。ちなみに、福田さんは純文学/大衆文学ではなく、純文学/エンターテイメントという区分けを使っています。

 エンターテイメントの作品は、読者に快適な刺激を与える。読者を気持ちよくさせ、スリスを与え、感動させる。
 純文学は、本質的に不愉快なものである、読者をいい気持ちにさせるのではなく、むしろ読者に自己否定・自己超克をうながす力を持っている。
 いわばエンターテイメントが健康的なビタミン剤であるとすれば、純文学は致命的な、しかしまたそれなしでは人生の緊張を得ることができない毒薬である、と。

 なるほど、なるほど。なんとなく、ブログにもそれは当てはまりそうな感じ。ブロゴスフィアという言葉の持つニュアンスに似合う感じのブログ群は、そんな自己否定とまでは言わないまでも、自己超克をうながす力を持っているような。あのブログとか、このブログとか。その一方で、読んでて気持ちよくって、ああ、このブログを書いている人って、きっといい人なんだろうなあなんて思わせるブログ群もありますよね。あのブログとか、このブログとか。まあ、人それぞれなんで、自分のRSSを見ながら、これは純ブログ、これは大衆ブログなんて、でも、ちょっと悪趣味な感じもしないではないですが。

 ブログで最も書かれている言語は、なんと日本語だそうですね。「Technoratiの調査では、日本語で書かれたブログが全ブログの37%を占め、英語ブログを追い抜いた」(参照)とのことです。日本語を使う人は、ブログがお好き。なんとなくわかるような、わからないような。万葉集なんかも、ブログっぽい感じがあるような、ないような(どっちやねん)。日記という意味では、徒然草なんかもありますよね。ちなみに、「徒然なるままに ブログ タイトル」でGoogeleで検索すると、約488,000件ヒット(参照)しました。まあ、精度が非常に低い検索ワードなんで、それにどういう意味があるのかはわかりませんが。どなたか、「徒然なるままに」を含むタイトルのブログはいつくあるか調べていただけませんでしょうか、ってそんな暇な方はいないような気もしますし、私も調べる気がありませんが。

 そんな「やまとうたはよろずの心をたねにしてことのはとぞなれりける」と古今和歌集の仮名序に歌われる(万葉集-Wikipediaの受け売りです)言葉の国ですから、日本のブログには、文学のようにいろいろなジャンルがありますね。純ブログ、大衆ブログ、ハードボイルド、ノンフィクション、それに文学批評ならぬブログ批評。それと、忘れてはいけないのは、日本文学独特のジャンルである私小説ならぬ、私ブログ。

 そうだなあ、あのブログなんかは、まさに私ブログだなあ。私は、私ブログにチャレンジする度胸はありませんが、私ブログは、読ませる何かがありますよね。すごいよなあ、ええっ、こんなことも言葉にするのかあ、と感心しながら読んでいます。とまあ、見切り発車で、徒然なるままに言葉を重ねているうちに、朝まで続けられそうな勢いになってきましたので、このへんで。ではでは。

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2008年1月29日 (火)

1980年代後半の広告事情

 吉本隆明さんが『TBS調査情報』いうTBSの機関誌にテレビ時評を書いていた時期があって、そのテキストは河出文庫から『状況としての画像 高度資本主義化の[テレビ]』(参照)という文庫になって出版されています。1987年から1989年にかけての約2年間連載されました。その時期は、ちょうど昭和から平成への移り目に当たり、この吉本さんのテキストにはバブル真っ盛りの華やかさはありませんが、その分、80年代から空白の90年代を経て現在に至った理由を探るためには最適なテキストではないかと思い、このエントリで取り上げてみることにします。

 1988年7月に書かれた「テレビCMはいま」というテキストから引用してみます。

 CMはどの表現分野よりきびしく、経済の好・不況の波形に影響される。不況に動じないとか、不況になればなるほどCMに力を注ぎ予算を傾けるといった器量をもった企業など、日本では数えるほどもない。むしろ逆にちょっと不況になると真っ先に予算を削られ、ちょっと好況になると真っ先に予算がふえる分野なのだ。CMの手法の変化の底に、いつも経済の変動を想定しなくてはならない。

 私は、ちょうどその日本が不況期に転じる境目にこの世界に入りました。社会人になってはじめてもらった私の名刺には、CIプランナーと書いてありました。今、CIプランナーという肩書きで商売をしている人はいないのではないでしょうか。私は、バブルの遺産とも言える職業からドロップアウトし、広告制作の世界に入っていきました。そして、その広告の世界はポスト・バブルの冷え込んだ世界でした。

 なので、この時期の吉本さんの広告についてのテキストをもう一度確認したくなったのかもしれません。吉本さんは、バブルからポスト・バブルへと移行するときの表現の変化をこのように書いています。

 テレビCMのドラマや物語がこわれたということだ。川崎徹のCMがよ象徴していたように、CMを一瞬のうちに成立している映像のドラマや物語にしていた要素は、ここ一、二年のあいだにこわれてしまった。

 いわゆる「物語の解体」がここで指摘されています。これは、経済の低迷だけでなく、社会全体の空気がそう変化してきたということもあるのだと思います。このあたりから、日本の社会が共有する物語が解体されてきました。紅白歌合戦が視聴率を稼げなくなり、萩本欽一さん的なお笑いの世界が成り立たなくなりました。それは、広告も同じで、ある共通の物語を共有しない相手に、物語を前提とした表現を投げかけることは、極論を言えば、英語圏の人に日本語で語りかけるようなものです。そして、広告に、コミュニケーション速度が求められるようになっていきます。

 そんな時代の要請によって、広告表現は高速化していったように思います。私の世代的な感覚で言えば、ポスト・バブルの記念碑的な広告は、ラフォーレ・グランバザール、そして、そのとどめとしてのSmap!のポスターだと考えています。この一連の作品で、これも極論に過ぎるかもしれませんが、コピーライターの時代が終わりを告げます。私は、個人的には、ラフォーレやSmap!のような言語によらない、記号的な広告表現は、言語的な解釈を許さない狭さ故の速度があり、それは一方で、なんとなくファシズム的な怖さを感じてしまうのですが、けれども、確かに時代の最先端の表現であることは間違いはなかったと思います。

 そして、2000年代は、そうした記号的な広告表現を共有する「場」そのものが解体しつつある時代と言えるのかもしれません。私は、共通の「場」が完全に解体することはないと思っていますが、今進行しているCGMやWeb2.0的空間は、その共通の「場」をある下方の閾値まで引き下げるような気がします。そして、この、ある未来の視点から見た「表現の進化」には可逆性はきっとない。ある懐かしさとともにある、黄金期の広告表現の姿が再現されるとすれば、それは、「古典は今読んでもいいよね」という保留付きの姿であるように思います。この変化は、もしかすると、広告を、文学に、漫画に、アニメに、音楽に言い換えても成り立つような気がします。

 吉本隆明さんは、ソニーのウォークマンの「湖畔に佇む猿」のCMを指して、このように書かれています。

 このていねいに情緒的雰囲気につくられた映像を、専門のテレビCMの批評家は、評価するかもしれない。だがわたしはテレビCMとしては、この映像のよさはいわばおしまいのよさだとおもう。いいかえればいちばんテレビCMがもとめるべき方向ではないのだとおもう。ドラマも物語もないし、ましてその解体もない。異化もない。ただ静止して情緒的によく練られた映像が凝集して収縮している図柄があるだけだ。

 思えば、今、広告表現に携わる者としての表現者としての捻れた自負、つまり、それは、映画や文学に携わる者と同じ表現者であるという自負を、時代に徹底的に壊されてきたように思います。それは、ソニーのウォークマンのような美しい作品世界に携わることがかなわなかった不幸であるとともに、この時代の広告を考える契機を与えてもらったという意味では、すごく幸福なことだったとも思います。

 これ以上よい映像を目指したら邪道なのだ。ということはテレビCM映像ではなく、その制作者はそれ以外の映像を目指しているにちがいないということだ。

 そのことは、吉本さんに言われるまでもなく、広告というものと向き合ううちに、いやというほど思い知らされてきたことのような気がします。時代は、もはや、広告を広告以外の何者かでは通用させてはくれません。

 映像としてのテレビと、テレビCMは、瞬間の高次映像と瞬間の現在と高速度を本質とする。それはただの映像とはちがうし、また映画の映像ともちがう。

 であるならば、物語ならずも共通の場までもが解体されつつある現代において、広告の表現はどうあればいいのでしょうか。日々タイムリーに出てくるレスポンスデータを睨みながら、そんなことを考えています。

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2008年1月27日 (日)

違和感のクリエイティブ

 天気で背景が変わるiGoogleのテーマ(参照)もそうですが、あれっ、いつもと違うな、という微妙な違和感を使ったクリエイティブ手法をなんとか広告に使えないだろうかと思うんですが、なかなか難しいです。

 パチスロを打ったことがある人ならわかるかもしれませんが、パチスロはこの違和感のクリエイティブをうまく使ったゲームです。同じように見えるかもしれませんが、パチンコとパチスロでは、ゲーム性をつくるコンセプトが違うのですね。

 パチンコは、プレイヤーのゲームに対する能動性は、パチンコ玉を穴に入れることころで、その後は乱数表まかせ。だから、大当たりをプレイヤーに知らせるためには、徹底して派手でなければいけません。例外は多いでしょうが、基本的には、派手な演出が起こって、それが発展するかどうかで、大当たりの可能性が大きくなって、それを見ながら一喜一憂する、そんなゲーム性です。思いっきり演出が続いて、えっ、これで外れるわけ?まじー、やめてよー、って感じです。

 一方、パチスロは、プレイヤーのゲーム性に対する能動性は、コインを入れて、ストップボタンを押して、特定役を狙いながらリールを止めるところまで含まれます。もちろん、乱数表まかせなのは変わりませんが、パチスロの場合は大当たりの他、小役が複数あり、リールの制御で狙わなければ取りこぼす小役も存在していることから、リールの制御を見極めるという能動性がゲーム性に含まれてきます。例えば、出現確率の低いレア小役が内部で成立すると、リールに微妙な違和感が起こるのです。リール制御のなせる技ですね。で、そのレア小役が左中とテンパイし、当然揃うはずのレア小役が右で揃わなければ、おっ、これは大当たりを引いたかも?というような案配です。

 そういう違和感をベースにしたゲーム性なので、液晶演出はパチンコと違って、いつもと微妙に違うという違和感をベースに設計されます。いつもと同じように見えるけど、空に映る月が三日月ではなく満月になっているとか、いつもは普通の顔の脇役が笑顔になっているとか。パチスロの楽しさの基本は、そんな小さな、わかりにくい違いをプレイヤーが察知して内部で大当たりが成立しているかどうかを推測する楽しさなんですね。

 これを現実に引き寄せて考えると、窓から外を見るとあるはずの東京タワーがないとか、車の走る方向が逆とか、そんな感じです。東京の銀座などでCGで人や車をすべて消した写真集もありましたね。それと、普通の風景の中に女性が立っていて、その女性がなぜかおしりを出している、そんな写真集もありました。

 私がよく夢で見る光景では、中央線のとある駅を降りると、なぜかそこは沖縄であるとか。あと、テレビにはじつはもうひとつ隠しチャンネルがあって、実は、そこではラジオの深夜番組がテレビで放送されているとか。そんな夢を見て、えっ、知らなかったのは私だけ?それとも、これはもしかすると知っちゃいけないことだったの?なんて思うんですね。

 本を読んでいて、ページをひとつ飛ばして読んでしまって、それでもなんとなく意味が通じる感じで、読み進めて、だいぶん経ってから、あれっ、なにこの違和感、と気づくことがあり、そのなんともいえない微妙な違和感に似ているかもしれません。あるいは、間違った道をどんどん歩いて、あれ、こんなところに喫茶店あったっけ?もしかすると道を間違った?なんて気づく、あの感覚に似ているのかも。

 こうした違和感のクリエイティブは、いつもはこうであるという共通認識がまずあって、そことのズレをつくるクリエイティブですから、ちょっと知的というか、通好みになってしまう嫌いもあります。だから、パチスロなんかでは、当たると光るみたいな単純な台に人気が集まる傾向もなきにしもあらずです。特に規制で出玉性能が抑えられてしまいましたから。

 広告も同じで、人の24時間を複数のメディアが奪い合う状況では、そんな違和感を楽しむ余裕などないのかもしれません。「ダウンタウンのごっつええ感じ」が1997年に終わりましたよね。ダウンタウンはテレビでコントをやらなくなりました。あのへんが時代の変わり目だったのかな、なんて思います。ダウンタウンのコントの面白さは、日常との微妙な違和感の面白さだったような気がしますから。その違和感という名のズレの隙間から、日常の持つ狂気の部分が垣間見える面白さ。それは、まあ、社会の総体としては、いま求められていないということかもしれません。

 海外の広告クリエイティブでは、まだまだ違和感のクリエイティブが健在ですが(この違和感のクリエイティブは、じつは広告では古典的な手法です。でもやっぱり世界的な傾向としても、ちょっと下火になってきている傾向はあるかも)、ここは日本だし、日本で商売しているわけだし。私はどちらかというと「君と世界の戦いでは、世界に支援せよ」という感じですから、こういうクリエイティブは個人的には面白いと思うけど、まあ期を見ながらぼちぼちと。

 ちなみに、私がつくった違和感のクリエイティブ(参照)。今あらためて見ると、コミュニケーションの速度は遅いんですよね。でもね、当時は、これでも結構早かったような気がしてたんですよね。こちらとしては、直球を投げている感じです。アーカイブ(ドイツ発行の広告情報誌)とかに載っている海外のクリエイティブって、もっともっと速度が遅いですから。時代が変わるのって、ちょっと早すぎますよね。

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2008年1月26日 (土)

さとなおさん(佐藤尚之さん)の「明日の広告」を読みました。

 日常は広告代理店で働く「ある広告人」である私がなぜブログなんてものを書いているのか。どうしてなのでしょうね。理由は、このブログにもたくさん書いてきた気がするし、時がたつにつれて違ってきていますが、まあ、大雑把に言えば、楽しいからなんでしょうね。

 「明日の広告」という新書が出版されています。著者は佐藤尚之さん。ハンドルネームは、さとなおさん。会社は違うし、お会いしたことはないけれど(厳密には講演でお見かけはしています)、私の大先輩です。

 広告業界には、優秀なクリエーターさんは数多くいらっしゃいますが、そういう優秀な人たちは優秀だなあとは思いますが、なんとなく今の自分と危機感というか問題意識が違うような気がして、少し前からすこし距離を置いて眺める感じになりました。

 一方、さとなおさん(佐藤尚之さん)。ブロガーというかネットの住民としても先輩だし、広告人としても先輩。そして、問題意識もアプローチも、職業人としての私にヒリヒリと迫ってきます。だから、勝手に大先輩と思わせていただいております。

 楽しいから。たったそれだけの理由で私がブログを書けてしまう、そんな時代の広告とは何だろうか、ということがこの本のテーマです。有名なスラムダンクのキャンペーンがどのようにしてつくられたについても書かれていますし、広告に携わる人でなくても楽しく読める本です。おすすめです。

 「非モテ」という言葉がありますよね。私なんかも、ときどき「非モテ」タグをつけられて、まいったなあと思うことがありますが、そんな「非モテ」です。要するにモテない、ということですね。広告が非モテになってしまった時代に、あいかわらずモテる奴としてクールに振る舞う広告ってどうよ、っていう問題意識が佐藤さんにはあるように思います。まあ、個人の振る舞いであれば、モテないのにクールに振る舞うのは、勝手にどうぞってなもんですが、広告は少なくないお金を投下するビジネスですから、それじゃ困るわけですよね。広告にならない「広告」は、道楽にすぎないですからね。

 もうひとつ、この本には大事な視点が書かれています。こんな感じでネットに文章を書いてしまうと、どうしても、もうテレビCMとか新聞広告とかって古いよね、CMオワタ、新聞広告オワタ、これからはネットだし、ケータイだし、ってウルトラ化した言説がブワーッと広がってしまいますが、ところがどっこい、そんなことはリアルの空気とはまったく乖離したネットの空気です。要はメディアの多様化があるだけで、テレビCMや新聞広告の持つパワーを代替するメディアが出てきているわけではありません。メディアの覇権が終わっただけの話ですね。まあ、それはそれで広告にとっては大問題だったりするんですが。

 この本は、たくさんの人に読まれるといいなと思います。興味がある人は、手に取ってみてください。新書だから高くないし。私は広告が好きだし、この本のあとがきにも書かれていましたが、広告はインフラだと思うんですよね。ココログをはじめとするブログサービスが月1万円の有料サービスになったら、誰もブログなんて書かなくなってしまいますよね。とりあえず、私は、路地裏から広告の風景を変えていきたいと思います。それは、明日からでもできそうだし。

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2008年1月24日 (木)

Googleのこれつくった人は、きっといい人だと思います。

 ブラウザのホームを自宅も会社もiGoogleにしています。ニュースも天気もRSSも、すべてここで確認。コンテンツを追加すればGmailも見られるし、ちょっと具合がよくないけどHotmailもなんとか見られます。@niftyのメールはGmailに転送していますし、W-ZERO3[es]のスケジュラーをGoogleカレンダーと同期させているので、とりあえず必要な情報はすべてiGoogleで確認できてしまうんです。ほんと、便利です。

 このiGoogleはテーマが選べるんですよね。私が使っているテーマは、これ。

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 なにげなく使っていたんですが、なんとなく今日は違和感がありました。あれ、なんかいつもと違うよな、気のせいかな、そんな感じで、テーマを見ると、おっ、雨が降ってます。それに、男性がスキューバダイビングの格好をしています。細かいなあ。昨日は、東京も曇りで、確かテーマも曇ってた記憶があるので、このテーマ、登録した地域の天気にあわせてテーマの中の世界の天気も変わる仕組みになっているんですよね。これ考えた人、いい人なんだろうな。さりげないけど、とってもいいクリエイティブですよね。思わずほっこりしてしまいました。

 てことは、登録した地域を変えればテーマの中の世界の天気も変わるはず。やってみました。まずは札幌です。

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 晴れてますね。雪を期待したんですが、今日は晴れみたいですね。男性はジャージ姿です。

 続いては広島です。どうでしょうか。

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 雪が降ってます。とっても寒そうですね。女性がスノーボードを持っていますね。

 石垣島は晴れてるかな。

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 曇りでした。女性は、おばあさんだったのか。雪の日はスノーボードをやるなんて、元気なおばあさんですね。女の子が持っているのは、風船なのかな。なんとなく新体操みたいな感じもします。

 海外ではどうなんだろう、ということで、南アフリカのヨハネスブルグ。南アフリカは、テレビCMなんかでは、一年を通して晴天が多くて、街がアメリカやヨーロッパの町並みに似ているので、ロケ地として使われる場所でもあります。

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 やっぱり晴れでした。札幌とは違って、こちらは雲一つない晴天です。

 それにしても、なんだかいいですね。テーマを選択する画面には、なんの説明もないんですよね。そういうところがまたいい感じで、こういうのに説明をつけてしまうと、こんなふうに発見するよろこびがなくなってしまいますものね。

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 よく見ると、雷が鳴ってます。雷が鳴っている場所はないかな、といろいろと探してみましたが、該当する場所はありませんでした。

 Googleは広告キャンペーンをやらずに有名になった会社ですが、こういうちいさなひとつひとつが、広告以上に雄弁にGoogleというブランドをもの語りますよね。作成者Googleとクレジットされていますし、この仕事はたぶん広告代理店の仕事ではないところが、広告代理店の人間としては、ちょっぴり残念ではありますが、とっても幸せな気分になれるいいクリエイティブだと思いました。

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2008年1月23日 (水)

もしかすると「クリエーターの前に人間やろ。」と言われたいのかもしれない。

 昨日のエントリー「クリエーターの前に人間やろ。」に関連して、いろいろなことを考えました。

 職業の倫理と人情は、得てして逆立するんですよね。この世の中は、働かなくちゃ生きていけないようになっているから、職業と生活は結びついているわけですよね。リア充という言葉もあるにはありますが、それでも24時間のうちの8時間以上は仕事の時間だろうから、仕事をしている人にとっては、やっぱり仕事は生活の一部なんだろうなとは思います。

 生活であるならば、人情は必要なわけです。だけど、人情、人情と言ってはいられない職業的な条件もあって、いつもは職業的な倫理と人情は、微妙なバランスを保ちながら円滑に、ときにはぎくしゃくしながらもなんとか流れるのですが、そうとも言ってられない事態もあるんですよね。ライフハックという言葉が流行っていますが、ライフハックは、そんな個別の事柄までフォローするわけでもなく、うーん、どうしようかな、と悩むしかないわけです。

 自由意志と言うけれど、状況によっては、そんなものは屁の突っ張りにもならないこともあるわけで、そんなこんなの関係の絶対性に追いつめられて、さて、私はどんな一歩を踏み出すのかな、なんて思いながらおどおどしてしまうんですね。できれば先送りにしたいなあ。どうしようかな、どうしようかな、どうしようかな、もうどうしょうもないな、という先にある本当の自分なんて、あまり見たくない気もしますが、でも、それがどんなものであっても、どうしようもなく自分なわけで、まあしゃあないなあ、と降参するしかないのでしょう。

 特になにがあったというわけではないけれど(ちいさなことではあるけれど)、なんとなくそんな感じの気持ちに今なっています。夏目漱石も「草枕」の冒頭で書いていますよね。

 山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角人の世は住みにくい。

 うまいこと言うなあ。さすがは夏目先生。時間ができたら、こんどじっくり読み直してみようかな。まあともかく、仕事、仕事。さあ、明日もがんばっていきましょう。って、これも問題の先送りなのかもね。ではでは。

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2008年1月22日 (火)

クリエーターの前に人間やろ。

 なんだか説教くさいことが書いてありそうな予感がぷんぷんするタイトルで始まりましたが、別に説教ものではありませんのでご安心ください。説教ものを期待していた人は、すみません。日曜日に見たフジテレビのザ・ノンフィクション「浪花の純情物語(3)ホストの前に人間やろ」を見て、いろいろ考えたりしましたので、そのことを書いてみたいと思います。

 大阪のホストクラブ「シオン」のオーナーである敬一さんの話です。31歳だそうです。敬一さんは、繁華街でゴミ拾う活動をしたり、ホストたちを家族的に受け入れたりして、「シオン」を大阪でナンバーワンのホストクラブに育て上げました。彼自身が一所懸命な人ですし、人情家でもあるので、彼についてくるホストたちも一生懸命やるわけですね。すると、ホストクラブの雰囲気も楽しくなるわけで、お客さまも通ってくれる。そんな、好循環があったのでしょう。

 大阪でナンバーワンになった彼は、夢であった東京進出を実行に移します。その東京進出プロジェクトの責任者に、「シオン」のナンバーワン売れっ子ホストを抜擢するのです。そのナンバーワンホストさんは、とにかくやり手。で、家族的だった「シオン」に混乱が起きます。テレビのカメラは、その東京進出の一部始終を追っていくのですね。

 そのホストさんは、とにかく実力もあるし稼げるし、プロフェッショナルなわけです。そして、彼には自信があるし、野望もある。どんどんまわりを置いて走っていくわけです。当然、まわりのホストたちは彼についていけなくなる。不協和音が起こる。ついには、万年ヘルプでありながら人望がある、ずっとすっと敬一さんの右腕だった古参ホストさんが辞めると言い出したり。敬一さんは、共に頑張ってきた古参ホストの彼を引き止めずに、夢の実現のために、ナンバーワンホストさんを選ぶんですね。しかし、同時にそのナンバーワンホストさんとの距離は次第に大きくなっていきます。

「もう少し、できないやつの目線にあわせなあかんのと違うか。」
「ここは仲良しグループやないんや。みんな、稼ぐためにやってるんやろ。」
「いや、それはちがう。みんな仲間やないか。」
「あほか、なに甘いこと言うてんねん。」

 そんな生々しい会話が幾度も繰り広げられます。みんな若くて血気盛んだから、殴り合いになったり。そして、次々とホストが辞めていき、これまで求心力があった敬一さんが次第にその力を失っていくんですね。結果、東京は大繁盛。大阪は閑古鳥。

 しかし、ドキュメンタリーはここでは終わらずに、このあと物語は浪花節的な展開があって、最終的には、みんないいやつ、素晴らしいよね、というような、すごく泣けるよくできたドキュメンタリー番組ができあがるんですが、この番組を見ながら、いろんなことを考えてしまいました。

 日常は、こんなにうまくいかないだろうな、ということも思いました。東京繁盛、大阪閑古鳥という結果でエンディングを迎える残酷なケースもあるし、その逆もある。それは、今流行のライフハックではどうにもできない関係の絶対性といったものも作用するだろうし、現実の中では、その状況の中で右往左往する自分もいたりします。

 きれい事と本音。理想と現実。信じることと疑うこと。すべてを、理屈だけでドライに切り捨てていければ、どれだけ楽でしょうか。ナンバーワンホストさんは、自分を信じて、自分のポリシーを貫いて、他のことはドライに切り捨てました。最終的に、彼はそのやり方に挫折するんですが、私は彼を笑うことができません。自分の中にもその心情があるからです。敬一さんも、古参ホストさんも、彼と同じように、自分のポリシーを貫き、傷ついていきます。

 能力主義だけですべてを切っていくわけにもいかないし、だからといって、みんな仲良く、だけでは生きてはいけない。残酷だけど、できるやつもいればできないやつもいる。それが現実だから。で、あのドキュメンタリーには描かれていなかったけれど、ホストを夢見て、頑張って、頑張って、それでも夢が叶わず去っていった若者もいるはずです。

 最後のシーン。東京から大阪に戻ってきた、かつてのナンバーワンホストさん。大阪組ホストたちの不信感が覆う中、彼は言います。

「オーナー、俺に気合いを入れてください。」

 敬一さんは、彼の頬を思いっきり引っ叩きます。続いて、敬一さんのもとに戻ってきた万年ヘルプの彼も「俺にもお願いします。」と名乗り出ます。店内に強烈な音が鳴り響きます。

 いかにもやなあ、まるで漫画やないか、と笑うこともできます。アホらしいわ、とやり過ごすこともできます。でも、私は、このシーンを見て、目をそらすことができませんでした。どうすればいいんだろうな。私は、こんな感じに引っ叩けるかなあ。もしくは、気合いを入れてくださいって言えるかなあ。クリエーター稼業もホスト稼業と、ある意味では同じやしなあ。実力の世界やもんなあ。そんなことを考えながら、ずっとそのシーンを見つめていました。

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2008年1月19日 (土)

エントリ未満のあれやこれやをつらつらと。お休みだしね。

 ちまたではMacBook Airの話で盛り上がっていますが、私はMacBookを買ったばかりなので、ちっとも自慢できなくてしょぼーんです。
 「MacBook買ったんだよね〜。」
 「おっ、早いねえ。めちゃ薄のやつでしょ。」
 「あれじゃなくて、黒いやつ。」
 「ふーん。」
 そんな感じ。もっと、新しいDockがどうのこうのとか、思いっきり自慢したいのに。がっかりです。でも、まあ、あの薄さはインパクトありますねえ。まるでシャープのMuramasaみたいだね、ってちょっと涙目で言ってみたくなるくらいです。

 なんだかんだで自宅のネット環境が10年くらい進化してしまって、ブログなんかもずいぶん簡単に書けるようになりました。今までは、リンクひとつ貼るにもhtmlタグを書いたりしてました。今までhtmlタグなんて知らなかったのに。
 でもそうなると、すこしやる気が落ちてくるんですよね。不思議なもんだなあと思います。貧弱なテクノロジーで書いてたときは、エントリを上げるのも一苦労だったので、そうなると人間は書きたいというふうになるけど、簡単にいつでもサクサク上げられる環境になると、いつでもいいやというふうになってしまいます。これは一時的なものだろうなとは思いますが。
 なんかに似ているなあと思ったら、私が体験してきた広告制作の環境変化と同じですね。手書きでラフを書いて、原稿用紙にコピーを書いて、写植を打って、写真をプリントして、指定原稿を作って、版下を作成して、色指定して、入稿して、製版屋さんから初校が上がってきて、その過程を経て、やっとこさ全体のイメージが確認できる。でも、広告制作のデジタル化は、そんな過程をかっとばしてしまいました。
 そんなテクノロジーの進化で得てきたことも多いけど、失ったものも多いんだろうな、と感傷的になったりもできますが、そんな感傷なんかおかまいなしに時代は進んでいきます。前向きに考えていかないと。

 最近書いた「ラーメンパラドクス」。あの理論、まわりのマーケターに聞くと、みんな知ってると言ってました。でも、あの正式名称を教えてというと、誰も知らないと。あの理論は思い違いではないみたいですし、わりと教科書的というか有名なエピソードみたいですが、名称は何なんでしょうね。
 お知りの人がいらっしゃいましたら、教えていただければ幸いです。

  最近、80年代の吉本隆明さんの広告についての言葉を読み直しています。「マスイメージ論」あたりですね。あの周辺をリアルタイムに読んでた頃は、私は広告にはそれほど興味はなかったんですが、正直、広告を過大評価しているなあ、と思ったのですが、精読すると驚くほど冷静なんですよね。
 広告という文化の限界みたいなものも、わりと今の自分に近いスタンスだし、広告が広告以外のものになっていく傾向(80年代はそういう空気がありました)についても、すごく批判的なんですね。
 吉本さんの広告についてのスタンスが、今の自分に近いスタンスだったというのは、じつは逆で、吉本さんを読んできたから、私が吉本さんに近いスタンスになっちゃったということでしょうね。
 吉本さんの80年代の広告論は、今も通用するよなあと思いました。そして、今の日本の(吉本さん的に言えば、高度資本主義社会の)状況をうまく言い当てている部分もあり、それは、国家の解体という言葉を逆から見た場合の、市民社会というものの可視化による、市民社会というカテゴリーの解体でもあるのだろうな、と思います。解体された市民社会というものは、いち個人にとってどういう意味を持つのかというのは、次の思想的な課題な気がします。
 それは、私の興味の領域で言えば、言葉は、表現はどう変わるのか、ということかもしれません。でも、変わると叫ぶ低音域では、そないに変わるもんやおまへんで、という音が鳴り続けています。

 恥ずかしながらパチスロ好きです。恥ずかしがる必要はないかもですが、やっぱり恥ずかしいです。そんな微妙な感じにいい読み物が「パチスロ必勝ガイド」です。パチスロ雑誌は大きく3つあって、必勝ガイド、攻略マガジン、必勝本。ガイドは、恥ずかしながら私パチスロ大好きですというスタンスがあって、マガジンは楽しもうよというスタンス、必勝本は稼ごうぜ、稼げるぜ、というスタンス。
 5号機になって、いまパチスロは冬の時代です。雑誌というか、パチスロをめぐる言論の世界も淘汰の時代です。それは、どこも同じでしょうが。そんな中、コンビニを見てもわかりますが、残っていくのはガイドのような気がします。ドラ広さん、アニかつさん、魚拓さん、沖ヒカルさん。私が好きな書き手のみなさんは、みんな、恥ずかしながら、という感覚を持っていらっしゃるような気がします。
 よく行くパチスロ屋さんにドラ広さんが時々いらっしゃいますが、そんなに勝っていないんですよね。そして雑誌を読むと、やっぱりそんなに勝っていない。ああ、やっぱり勝ってなかったのか、と思います。
 必勝本なんかを読むと、プロは猛烈に勝っていたりしますし、記事を読むと「アツい」「アツい」の連呼です。
 広告なんかも同じで、例えばお菓子の広告でも、所詮はお菓子屋さんというスタンスがあったほうがいいと思うんですね。そして、我々も所詮は広告屋です。で、なんでお菓子屋を例にあげたかというと、プレゼンの席で「所詮はお菓子屋というのを忘れたらいけないと思うんです」と発言したクリエーターさんがいて、その言葉がもとでその方は出入り禁止になったというエピソードがあったからです。
 まあ、ほんと不幸としか言いようがないけど、私はそのクリエーターさんを支持します。あなたは、絶対に間違ってはいない。

 というエントリー未満のお話をお届けしました。では、引き続き休日をお楽しみくださいませ。ではでは。

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2008年1月18日 (金)

自主規制のお話。

 ネットをぼんやり見ていたら、こんなニュースが目にとまりました。

「ブラジャーが透けるほど汗をかいた最後っていつだろう?」――日本コカ・コーラの飲料「からだ巡茶」のテレビCMのなかで女優・広末涼子さんが述べるセリフが、一部の消費者から「不快」との指摘を受けて、急きょ変更されていた。同社によれば、CMの評判はおおむね良かったらしいのだが、「多くの方に受け入れられるように改良した」と説明している。
J-CASTニュース:広末の「ブラジャーが…」CM 消費者から「不快」指摘で変更

 なんか、「ブラジャーが透けるほど汗をかいた最後っていつだろう?」というコピーのCMが消費者からの苦情で変更になったみたいですね。まあ、よくあることなので、そんなに感想はないのですが、そういえば、広告をつくるとき、自分の中に「これはやらない」みたいな自主規制はどんなふうなのかな、ということを考えました。

 この「からだ巡り茶」のCM、私はわりと好きでしたけどね。広末さんがきれいだなあ、なんて見ていました。ディレクターさんがうまいなあと思いますし、別にいいのになあと思います。こういう表現は私の中では「これはやらない」ではありませんね。このCMシリーズは、少しエッチなんですよね。そのことは伊集院光さんもラジオで触れていました。まあ、それは、ああいうエッチをさりげなく暗示している広告について、「あれ、そういう意味でしょって聞くと、えっそんなことありませんよ、そう聞こえましたか、おかかしいなあ、あなた考え過ぎじゃないですか、と返されるような広告のつくりはずるいよね、もっとエッチをやるなら、堂々とやったらいいのに」みたいなことでしたけど。

 私が広告制作において自主規制しているのは、エッチ分野で言えば、いわゆる劣情系ですね。これはぜったいにやらないでおこうと決めています。自分のつくったコロナビールの広告で、ビジュアルがラブホテルのベッド。そこにコロナビールとライム色のコンドームがさりげなく置いてあって、「お願い、つけて。」というコピー。それはまったく問題なし、という感じです。その広告は、掲載するのに媒体とは一悶着ありましたが、私としては、そういうメッセージは社会的に何の問題もないでしょ、という感じです。

 でも、これが例えば、コンドームつけないでやるのがいい、みたいなことを暗示させたりした広告なら、それが薄い暗示でも、私の中ではNGです。例えば、生がいい、みたいなコピーは私の中では、それが伊集院光さんがからかう感じの薄い暗示でも広告がやっちゃいけないことだと考えています。

 広告はお利口さんである必要はまったくないと思うのですが、やっぱり、所詮は広告、社会のお邪魔虫という視点は忘れないようにしなきゃな、と思うんですね。だから、広告では劣情は描かないし、モチーフにしないと、わりと厳しく考えています。前に、消費者金融の広告についてのエントリを書きましたが、そのことに似ているかもしれません。たかがチワワを買うために借金をする、なんて気持ちを肯定的に描くことには、やはり抵抗があります。純粋に表現アイデアは優れているとは思いますが、その前に社会性があるとは思うんです。所詮は広告だから。

 これは人によって違うんでしょうね。ある人は、エッチな表現を自主規制している人もあるでしょうし。私はわりとそのへんはおおらかで、メンソールが強烈なガムの広告で「こんな快感は久しぶりです。若かったあの日を思い出しました。○○○○64歳」なんて広告を出して、消費者から苦情のお手紙をいただいたこともありましたし。

 このへんの考え方は、ベネトンの広告が認められるかどうかがひとつの指標でしょうね。私は、ベネトンの広告は好きです。あれは、世界中で掲載拒否とかされているセンセーショナルな広告ですが、あの中に劣情はまったく含まれていないですよね。

 逆にきわめてお利口に戦略的につくられた広告でも、なんかいやな気分になる広告もあって、例えばその商品を持っていない人がまったく駄目な人間に描かれていたり、よくあるでしょ、そういうの。ああいうのは劣情の一種だと思うんですよね。実務では、そういう表現を求められることがあるし、やっちゃいそうになるんですが、徹底的に抵抗して、なんとかそれは禁じ手にしようと踏みとどまっています。で、出てきたアイデアがエッチ系。相手にする方は、なんじゃそりゃ、あの表現は拒んでたのに、これはいいんかい、みたいな。でも、それは、それなりに理由はあるんです。

 で、例のお茶の広告。変更になったコピーが「こんなに汗をかいた最後っていつだろう?」になったそうです。コピーライターがんばったなあ。いい感じじゃないですか。まあ、本人にとってもクライアントにとっても残念だったでしょうけど。「ブラジャーが透けるほど汗をかいた最後っていつだろう?」というコピーは、とってもいいですものね。なんか、高校生の頃の健全なエロティシズムがあって、好きですけどね。ちょっと男目線かもですが、女性だってきっと、わかるわかる、ってなると思うんですけどねえ、どうなんでしょ。

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2008年1月15日 (火)

梅田望夫と福澤諭吉

 福澤諭吉は、『学問のすゝめ』の中で「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり。」と書いています。教科書で学びました。ここから先は、社会学者の小熊英二さんの『日本という国』の受け売りだから、読んだ方は展開がおわかりでしょうが、このつづきは「……されども今広く此人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、其有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。」なんですね。

 つまり、「人間は平等。学問は大切。」ではなくて、「人間は平等ということになっているけど、現実はそうじゃない。だから、勉強をしなさいね。」という趣旨の本なんですよね。福澤さんは、人間平等を説いたとよく誤解されていますが、福沢さんは希代のリアリストだったんですね。この『学問ののすゝめ』が書かれたのは明治初期。小熊さんによれば、それは交通・通信技術の大発達の時代でした。

 なんとなく、ウェブをとりまく今の状況と似ていなくもない、と私は思います。

 梅田望夫さんは『ウェブ時代をゆく』の中で、福澤さんの言葉を取り上げています。例えば、こんな感じです。

 福沢諭吉は『文明論之概略』緒言の中で、幕末から明治への変化について「恰も一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」と表現した。福澤は、その六十六年の生涯の「最初の半分」(三十三年)を封建制度の江戸時代に、「あと半分(三十三年)を明治維新の時代に、まさに「一身にして二生を」生きた。

 梅田さんは、この福澤さんの人生と自身の人生を重ね合わせます。明治維新、それは、梅田さんにとっては「ウェブ時代」ということです。そして、この本の中で、自身の「ウェブ時代」以前から「ウェブ時代」へと至るまでの人生が語られていきます。この本の魅力は、この赤裸々な自分語りの部分ででょう。私は最初反発し、二回目に少し共感し、そして、今、この文章を「ブログ」に書いている。しかも、それは自発的にではなく、ブログを通したコミュニケーションに即されて。そして、この拙い文章はウェブを通して公開される。これが、今、私がいるウェブ時代というものだと思います。

 多かれ少なかれ、ブログというめんどくさいものを書かざる得ない、もしくは、読まざるを得ない人は、この本の引力圏内にあるということだと思います。それは、私事であるけれど、新しいパソコンを購入し、通信速度も速くなって(これまでは今どき64K)みると非常によくわかります。YouTubeはあるし、ネットには娯楽が溢れています。ブログを読むという行為も娯楽ですが、それはやはり文章を追っていくという行為そのものはある程度知的な娯楽なんだろうな、と思います。言葉はそのもの自体が対象となりにくいメタレベルにある表現手段でしょうから。そういう環境の中で、あえて24時間しかない時間をブログを書く/読むに費やしているということは、ある程度、自発的にそれを選択しているということでしょうし。

 ウェブによる、そういった知的な交流みたいなものが切り開く時代環境をポジティブに生きる処世を書いたものが、もしかすると『ウェブ時代をゆく』というものかもしれません。『ウェブ進化論』から対談2作を挟んで『ウェブ時代をゆく』に至までの変化でわかりやすいところは、著者のmixiなどのSNSへの評価と利用の仕方だろうなと思います。些細な変化ですが、これは重要な変化のような気がしていて、はじめは不特定多数というものを重視していましたが、最新の著作では、その不特定多数をある種の知的層に限定しているような気がします。だから、その層が集うツールとしてSNSが出てきたのだろうと思うんですね。『ウェブ進化論』におけるmixi=Web1.0という定義の仕方(『ウェブ進化論』では、ビジネスモデルの文脈ですけどね)とは明らかに異なります。

 梅田本の魅力のひとつとして、不特定多数というものの無限の信頼がありました。梅田さんと対談する多くの人はそこに怯んだり恐れたりする感じがあり、その不特定多数というものに怯まない梅田さん=新しい人という印象を与え、それが梅田オプティミズムの新しさでもあったように思います。

 しかし、今回の本では、読者が相当限定されている(もしくは、著者が届けたい層がしぼられている)ためか、不特定多数とは、著者曰く「経済のゲーム」終焉後の「知と情報のゲーム」の参加者のとこであるように感じました。そこが、いい意味でも悪い意味でもリアルなんですね。まるで『学問のすゝめ』を書いた福澤諭吉のように。

 ちょっと意地悪な視点で、このリアリズムを裏から見ると、ザルの目が粗すぎるなあ、なんて思ったりも。つまり、対象を取りこぼしすぎ。私が引っかかったのはその部分だったのかもしれません。(前回のエントリ喜山さんが躓いたと仰られたのは、きっとそこなのではないでしょうか)ただ、私なんかが引っかかるコインの表では、その著書を自分へのエールとして受け止める人たちがいるということなのだと思います。そして、著者自身も、かつての著者自身に向けてこの本を書いているのだなあ、と思います。

 そして、こうした自己実現のための知性がある一方で、ザルの目を細かくして、自己認識=世界認識を深めていこうとする知性もあると思うし、世界認識として『ウェブ進化論』を読んだ私たちは、そういう私たちの『ウェブ時代をゆく』を自らつくっていかなければならないんでしょう。

 最後に、あとがきより引用します。

 福澤諭吉の『西洋事情』と『学問のすゝめ』が対になった「その時代に生まれる新しい生き方の可能性」をテーマとした本を、いま時をおかずしに書かなければと思ったのだ。

 その通りでしょうね。この本は、まさに現代の『学問のすゝめ』です。「五百枚入る名刺ホルダー」の入れ替え戦を日々やりつつ、この新しい時代をサバイバルするための学問とは何かを書いた本なのだろうと思います。それは、甘ちゃんの私から見れば身も蓋もないリアリズムだなあ、とは思うのですが、そのくらいのリアリズムを正視できなければ「けものみち」は歩けないのかもなあ、なんてぼんやりと考えています。

関連エントリー:「ウェブ時代をゆく」をもう一度読んでみました。

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2008年1月14日 (月)

MacBookを買いました。ついでにEMOBILEのモデムも。7.2Mのやつです。

 ついに。思えば、このエントリから5ヶ月。長かった。

Macbook 結局、Macにしました。MacBookの黒です。OS9からいきなりLeopardだから、なんか未来に来た気分。メモリは標準の1G。でも、ネットとオフィスソフトくらいなら十分ですね。

 これまでの環境が、PowerBookG4でOS9+ウィルコム AIR EDGE 64Kだったのでネット環境は相当進化しました。私の場合、家であまりネットはやりませんでしたし、モバイル好きで、しかも、スタジオや撮影なんかで外にいることも多いので、早い段階からウィルコムのモデムを使っていたこともあり、ずっと家でもモデムでした。だから、ずっとずっと64K。しかもネット25という1ヶ月25時間のサービスだったのでけっこう超過料金を払ったり。それでも、まあいいか、なんて思ってやりすごしていましたが、こうして買ってみて使ってみると、まあ、快適なこと。YouTubeだって余裕です。

D02hw_2 MacBookについてはレビューも多いし、ほとんどの人はWindowsでしょうし、Macを使う人はわりと情報を持っているでしょうから、私が書くことはあまりないでしょうけど、EMOBILEについては一言書いておこうと思います。ご購入の参考にしてください。私のモデムは、新サービスの7.2M対応です。今のところ、USB接続タイプしかありませんが、MacのLeopardにも対応しているのがMacユーザとしてはうれしいです。それに、MacBookの場合はPCカードやSDカードの挿入口がないので、事実上USBタイプしか選べませんし。

 現在のところ、東京都区内と周辺主要都市、大阪圏が7.2M対応エリアらしいですが、そのエリアの問題をクリアした人なら、なかなか買いではないかなと思います。もちろん最大の7.2Mがいつも出るというわけにもいきませんが、使った感じで言えば、そこそこ早いですね。YouTubeは余裕ですし、Macのソフトウェア・アップデートで100Mほどのファイルをダウンロードしましたが、15分ほどでした。ちなみに私は都内中野区です。

 今後ユーザ数が増えて混んでくるとどうなるかはわかりませんが、長年ウィルコムのモデムを使い続けている経験で言えば、混雑に伴う速度低下よりインフラ整備の速度の方が速いように思うので、まあそれほど気にする必要はないかもしれません。これは、経営が順調にいけば、という保留がつきますけど。ここんとこ、CMも熱心にやっているし、店頭でも相当がんばっているようで、使ってみた感じで言えば実用面で何の問題もない感じなので、私自身はいい印象を持っています。

 一方で、先駆者だったウィルコムがちょっとしんどいことになってきていますね。速度と価格ではEMOBILEに歩があり、勝っているのはエリアだけという状態です。速度も価格も相当な差を付けられているので、どうしたもんなんでしょうね。やはり、PHS回線の限界なのか、それとも巻き返しがあるのか。私は個人的にモバイルに関心があるので興味津々です。ちなみに余ったウィルコム回線は機種変更で通話端末にして、親にあげようかなと思っています。ウィルコム間通話無料なんで、何かと便利かなと。

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2008年1月13日 (日)

ラーメンパラドクスとセカンドライフ。

 ラーメンパラドクス。広告やマーケティングの世界では有名な話だと思っていたのですが、googleで検索しても出てきませんでした。なぜだろう。もしかすると、名称を覚え間違いしてるかもしれません。

 とある食品メーカーが、減塩でカロリーが低くてヘルシーなインスタントラーメンについての市場調査をやったんですね。そしたら、「いいですね、ぜひ買いたいですね」と言う人が大多数、という結果が出たそうな。で、担当者は自信を持って市場に出した。でも、そのヘルシーなインスタントラーメンは、さっぱり売れず。あんなに市場調査で絶賛されたのに、なぜだろう。そんなお話です。

 なぜ売れなかったのか。

 消費者はヘルシーには感心がありますし、ヘルシーが好きか嫌いかと言えば、誰もが「ヘルシーいいっすねえ」と答えます。時代はヘルシーですものね。人前だし、格好悪いから、ヘルシーいいですねと答えとくか、みたいな人もいるでしょうね。つまり、この手の誰からもいいことだと思われる質問には、見栄というか、社会的な強制力が働いてしまうのです。なので、調査では、ヘルシーラーメンが求められているという結果が出ます。でも売れない。当然ですよね。

 建前と本音は違うんです。「ヘルシーなラーメンいいですね」というのは建前なんですね。

 ヘルシーは必要だけど、インスタントラーメンにヘルシーなんて、多くの消費者は求めていないということなんですよね。ヘルシーは他の食品で調達する、と。インスタントラーメンは社会的なものではなく、個人的な食べ物。インスタントラーメンという食べ物の本質は、人の目なんか気にせず、濃い味の汁をずずっと飲み干し、ああ快感、な食べ物なんですね。

 そのラーメンパラドクスをわきまえて、あえて身も蓋もなく、世間体も省みず、本音で勝負して大ヒットしたのが、メガマック。ハンバーガーにもヘルシーは求めていないですよね。ヘルシーを求めてわざわざハンバーガーなんて食べないですよね。だから、心の本音の部分をデフォルメしたユーモアとして、メガマックは売れたのだと思います。

 逆に、そのラーメンパラドクスに陥って、いまいち流行らなかったのが、セカンドライフだったんじゃないかな、と思ったりします。バーチャル空間で繰り広げられる次世代のコミュニケーション。圧倒的な3D映像。これぞ、新しい世界。みんな色めき立ちました。メディアも絶賛。人々は口々にセカンドライフすごいよねと言いました。うちの職場でもそうでした。

 でも、それは建前。本音では、ウェブのコミュニケーションにそんなリアルに近いコミュニケーションなんか誰も求めていないんですよね。めんどくさいんです。ウェブのコミュニケーションに求めるものは、まったく違うものなんでしょうね。例えば、リアルにない手軽さとか、素早さとか、敷居の低さとか。例えば、2ちゃんねるとかmixiとかTwitterみたいな。

 多くの人がウェブのコミュニケーションに求めるものは、多くの人が3Dゲームに求めるものとは明らかに違うのに、同じバーチャルだから同じだと思ってしまったんでしょうね。それに、セカンドライフはビジュアルが豪華なので、企画書映えするし。企業にとってはわかりやすかったんでしょう。

 ウェブの進化とか次世代コミュニケーションとか、美辞麗句がちりばめられたプレゼンにだまされて、大枚叩いて、巨大パビリオンつくって閑古鳥。この光景、昔どこかで見たことがあるなあと思ったら、インパクですね。インターネット博覧会。そういえば、あれも悲しいイベントでしたね。

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2008年1月12日 (土)

持っているブランドで、人間のタイプがわかるかも。

 私の場合。

○腕時計‥‥‥CASIO WaveCepter・無印良品「公園の時計」
○パソコン‥‥Apple PowerBookG4
○マウス‥‥‥ELECOM
○DVD‥‥‥‥PHILIPS
○携帯電話‥‥SHARP W-ZERO3[es](ウィルコム)
○テレビ‥‥‥SHARP AQUOS
○オーディオ‥ONKYO(ミニコンポ)
○PCスピーカ‥BOSE Companion2
○ラジオ‥‥‥SONY(見えるラジオ機能付き)
○ヘッドホン‥SONY(ノイズキャンセリング)
○新聞サイト‥asahi.com
○検索サイト‥Google
○プロバイダ‥@nifty
○SBM‥‥‥はてなブックマーク
○ワープロ等‥Microsoft Office
○IME‥‥‥JUSTSYSTEM ATOK
○ブラウザ‥‥IE(家)・Opera(携帯)・Sleipnir(会社)
○煙草‥‥‥‥MILD SEVEN 10
○服‥‥‥‥‥UNIQLO、無印良品
○炊飯器‥‥‥SANYO
○置時計‥‥‥maruman
○洗剤‥‥‥‥花王「アタック」
○歯磨き‥‥‥ライオン「ZACT」・「PCクリニカ」
○歯ブラシ‥‥SEIYU(プライベートブランド)
○缶コーヒー‥アサヒ「モーニングショット」
○牛丼‥‥‥‥吉野屋
○エアコン‥‥DAIKIN
○ベース‥‥‥STEINBERGER
○カップ麺‥‥日清「カップヌードル」
○醤油‥‥‥‥キッコーマン「特選丸大豆しょうゆ」
○雑誌‥‥‥‥SPA!・週刊文春・パチスロ必勝ガイド
○新聞‥‥‥‥朝日・読売・日経(駅で購入など)

 こうして眺めてみると、基本的に無駄なお金を使いたくないというか、いわゆる高級ブランドみたいなもの、つまりブランドによる精神的な価値にあまり大きなお金を払っていないですね。腕時計なんかで言うと、ブライトリングは形もブランド世界も大好きだけど、一消費者としては、私は最終的にはそこへは行かないような気がします。CASIOなんですよね。Grand Seikoとかもいいなと思うけど、結局は買わなかったです。

 だからといって安いものが好きかというとそうでもなさげ。機能・価格・ブランドのバランスを考えている感じがします。だから、腕時計はQ&Qとかではない。なので、そのバランスが合っていれば、逆に馬鹿高いものも買ったりします。典型はベース。STEINBERGERは、オールグラスファイバー削り出しのヘッドレスベースで、相当高額です。でも私はビンテージベースはあまり興味がない。そこにはお金は払わないですね。

 あと生活必需品に関しては、すごく保守的。ほとんどがナンバーワンブランド。カップヌードルやアタック、キッコーマン、マイルドセブン、吉野屋などなど。あと、最近はあまり利用していないけれど、喫茶店はルノワールがものすごく好きです。代官山より中野が落ち着くし、イタ飯よりも居酒屋で焼トンとホッピー。つまりは、そんな感じの人間です。

 クルマは持っていないけれど、私はたぶん買う段階になったらプリウスを買ってしまう人でしょうね。今まで外車を2ブランドほど仕事で担当しましたが、クルマほどブランドスイッチが難しい商品はないんじゃないかと思いました。例えば、ベンツを買うタイプの人は、どんなにいい広告をつくったとしても他のクルマは買わないような気がします。クルマのマーケティングは、そのブランドに親和性を持っている人に向けてのもののような気がするんですよね。背中を押してあげるようなコミュニケーション戦略。

 高級車の分野で言えば、ベンツを買う人は、BMW、アウディ、ジャガーはなかなか買わないし、日本には、やはり日本車、クラウン、セルシオな人が根強くいます。レクサスブランドが日本で苦戦しているのは、そういうクラウン、セルシオな人が戸惑うような外車的なブランド戦略を採ったからだと思います。レクサスが日本でデビューしたとき、そんなクラウン、セルシオな人たちが、えっ、なんか違うって感じだったんじゃないかな、と思います。だからといって、ベンツな人の心はなかなか揺り動かせない。そんなジレンマがあるんでしょうね。

 某高級外車を担当していたとき、私の広告コピーで一番クルマを売ったコピーは「たった一度の人生ではないですか。」というものでした。1000万くらいするクルマでしたが、たくさん売れました。完全に、対象がその外車が好きで好きでたまらない人に向けたコピーですね。そのクルマの世界観は、その人にはもう説明する必要がないという前提でつくった言葉。

 そのクルマは、私が担当する前は、すごくいい広告をつくっていたんですね。私も大好きな広告です。そのクルマの世界観がエモーショナルに描かれていて、私もそのクルマを大好きになってしまうような素敵な広告。でも、あまりクルマは売れなかった。なぜか、それは私が大好きになってしまうような広告だからです。私は、そのクルマを買う人ではないのです。私はきっとプリウスを買う人で、その広告は、きっとそういう結局は他のクルマを買ってしまう人たちが、自分には関係ない憧れの世界として大好きにるような広告だったんでしょうね。

 自分には関係ないけど、世の中にはこういう世界もあっていいよね、みたいな感じ。こうして書くと、なんか夢がない売って売って売りまくるハードセルな広告クリエーターみたいな感じになってしまいますが、個人的には、私はこういう広告もあっていいよね、とも思いますけどね。ものは売らないけど、社会的にそのブランドの世界を知らせるという意味では大切だと思います。それくらいの余裕がないと世知辛いですものね。

 それにしても、広告って難しいなあ、と思います。というより、コミュニケーションって難しいって言ってもいいかもしれませんね。なんか脱線してしまいましたが、なんとなく、持ってるブランドを解析すると、ある程度、その人がどんな人なのかがわかりそうな気がしたので、一例として、私の愛用ブランドを並べてみた次第です。まあ、あくまである程度なんでしょうけどね。

 それぞれのブランドにタグをつけて、タグのレベルを設定して、日用品の選択ブランドを入力するとその人がどんな人かがわかるソフトがつくれたら、面白いなあなんて思います。タグの方向性とレベルの設定は難しいと思いますが。誰かつくらないかなあ。

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2008年1月11日 (金)

松下電器産業という社名は本当になくなってしまうんだろうか。

 松下電器産業がパナソニックに社名変更し、白物家電などに使われているNationalというブランドもPanasonicに統一するそうです。松下電工もパナソニック電工になるとのこと。本日(1月10日)に発表があったようですね。まだ今のところ方針の発表なので、株主総会などを待たなければなりませんが、市場がグローバル化している現状では、しょうがないことではあるのかもしれません。ずいぶん前から製品をPanasonicブランドで統一するということは言われていましたが、社名までとは、思い切りましたよね。

■参照:「松下電器、社名も「パナソニック」にブランド名と統一」asahi.com

 ブランド名が社名に昇格という流れは、オーディオメーカーのトリオが、海外向けブランドのケンウッドに社名変更したことが有名です。春日無線電機商会、春日無線工業、トリオ商事、ケンウッドという流れです。一時期、東京の秋葉原や大阪の日本橋などのオーディオ専門ショップで、TRIOというブランドとKENWOODというブランドが混在していたりしていて、どちらかといえばKENWOODの方が高級イメージがありましたので、ケンウッドの場合は、わりと消費者の意識に合わせた社名変更だったように思います。

 一方で、松下電器の今回の例では、国内に限ってはそうでもないように見えます。今もなお白物家電の領域ではNationalというブランドは消費者にとって愛着があるでしょうし、ナショナル劇場「水戸黄門」も健在です。「♪明るいナショナル、明るいナショナル」のコマソンを覚えている方も多いと思います。国内で言えば、Panasonicは後発ブランドで、その昔、オーディオはTechnicsブランドでした。そのTechnicsも、オーディオ製品の衰退とともに姿を消しました。(最近は、プロDJ用の機器で復活していますが。)あの頃は、シャープはOPTONICA、サンヨーはOTTO、東芝はAurex、日立はLo-Dと、オーディオは別ブランドで勝負していた時代だったんですよね。

 Panasonicというブランドが初めて日本市場に出てきたときは、少し唐突感がありました。なんとなくTechnicsブランドと無理矢理スイッチする形に、一消費者としては見えたりもしました。Technicsは高級ブランドでしたので、少し残念な感じがあったのも事実です。でも、Panasonicは、海外では親しまれたブランドだそうです。というのは、海外ではNationalというブランドが商標の関係で使えなかったために早い時期からPanasonicというブランドが導入されていたんですね。

 そういう意味でも、これは、記者会見であった通り、グローバル市場を意識した戦略であるのでしょう。社名の変更まで踏み切ったのも、その視点があったのだと思います。今や、ネットを通して、新技術の情報などが社名で流通する時代ですから、社名とブランド名の統一は必要なことであるとの判断だったのでしょうね。やはり、これも時代なんでしょう。「ウェブ時代」の社名戦略なんでしょうね。

 でも、しばらくは、日本の消費者にとっては、Panasonicの冷蔵庫や洗濯機は違和感があるでしょうね。それと松下人にとっては、創業者である松下幸之助の名が社名からなくなるのは抵抗があるのかもしれません。それとも、もしかすると開放感かもしれませんが。私は、もともとCIプランナー(今や懐かしい言葉ですね)をやっておりまして、そんな社名変更を商売にする職業だった反動もあって、安易に社名を変更するのは好きではありませんし、社名はその会社のルーツであるという考え方が好きだけど、今回はなんとなく考え込んでしまいました。

 というのは、少し前なら、私は社名はよほどのことがない限り変えるべきではないという立場の広告屋さんでした。1980年代のCIブームの時は、ブランド戦略だとか言って社名を簡単に変える風潮があり、私も少しだけ片棒を担いでいたのですが、その頃、よく言われた話が「文系の大学生が、竹中工務店に内定したけど断った。その理由を聞くと、だって工務店でしょ、と一言」というもので、だから社名を変更しなきゃ、というものだったんですよね。私はその話が嫌いで、そんな意識の学生なんてほっときゃいいのにと思いました。工務店。原点が社名に現れてていいじゃないですか。高層ビルを建てても工務店。むしろクールだと思います。あの頃、ZEROXの可能性のXというコンセプトが流行して、社名を横文字にしてみんな最後にXを付けたんですよね。変な時代でした。

 はっきり言って、あの頃は、理由なんかなかったんです。格好いい名前にすべきですよね、と薦める広告会社が、電通、博報堂、旭通信社、大広ですよ。それが物語ってるではないですか。(もちろん、良心的なプランナーの方もいらっしゃいましたが、時代はそんな感じだったという話です)だから、社名まで変える必要はあったのかなと、正直、最初は思いました。

 けれども、もうそんな時代ではないのかもしれないな、というのも少し思うんですよね。画期的なテクノロジーのプレスリリースをMatsushita electoronicsで出して、製品が誕生して、お披露目の時にPanasonicと製品に記されている。そのとき、やはりMastushitaとPanasonicがつながると思うのは、情報を発信する側の思い上がりかもしれないな、とも思うんですね。よく得意先の前でも話すのですが、お茶の間は我々のことや我々の製品のことをまったく知らないと思った方がいい。だから、広告はそれ前提でつくらないといけないって。それは、みんなが知っていると思っていると、ついつい広告が勝手な自分語りをしてしまうからなんですが、今や社名もそう言えるのかもしれません。

 自分のポリシーを守ることも大事だけど、消費者の見方に忠実になって柔軟に変わっていくことも必要なのかもな、と今回のニュースを見て思いました。アップルコンピュータが、iPodやiPhoneが誕生し、コンピュータを取って、アップルになり、アップルマッキントッシュがマックになりました。アップルは、PowerBookという、ThinkPad、Dynabook(これは東芝発案ではありませんが)と双璧をなす素晴らしくクリエイティブなネーミングをあっさり廃止し、MacBook Proにしたんですよね。iBookもなくなっているし。その柔軟さが、グローバル市場を相手にするということなのかも、と思いました。なんか、迷いまくっているくにゃくにゃなエントリになってしまいました。ではでは。

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2008年1月 9日 (水)

ブログで書いたことを得意気に話してしまうことって、ありませんか。

 ブログを書くようになってから、そういうことがしょっちゅうです。特に話に詰まったときなんかはよくあります。

 「そう言えばさあ、紅白見た?鶴瓶さん、良かったよねえ。中居くん、鶴瓶さんの背中をつついてしゃべるタイミングを教えてたらしいよ。プロだよねえ。そうそう、昔、スマップが今ほど大スターじゃなかった頃にさあ、大阪でさあ中居くん温泉っていう番組があってね、そこで桂ざこばさんと一緒に出演しててさあ、ざこばさんってあれじゃない、すぐに怒ったり泣いたりするじゃない。で中居くんと本気の喧嘩とかするわけ。ざこばさんが、俺はおまえを許さへんからな、とか言って。そういう上方の芸人さんとのからみの中で、きっとさあ、中居くん鍛えられたんだと思うんだよね。」

 という感じで。ちなみに、このおしゃべりの元は「鶴瓶さん、きらきらアフロで紅白の話をしてはりますね。」というエントリなんですけどね。間が持つわけですよね。

 でも、なんとなく本末転倒な感じが心の中でして、心の中に妙なしこりが残るんですけどね。ああ、なんかリアルとブログが逆転してるなあって。本当は、リアルで考えたいろいろを書くのがブログなのに、ブログで書いたことをリアルで話すって、いったい何なんだろうなんて思うわけです。

 私がブログを書いていることを知らない人なんかは、わりと安心して話せるんですが、ときどき相手が私のブログを読んでいることを忘れて、得意気に話してしまうこともあります。飲んでいるときなんか特に。こちらとしては、話しはじめから中盤の持って行きかた、そして、このワードで落とす、みたいな締めの言葉までちゃんと計算できるわけですよね。だって、一度台本を書いてるわけだから。もう、それこそ、オンステージ!な感じです。いい感じに酔ってるし。で、夢中になって話していると。

「あのさあ、その話、読んだ‥‥」

 せっかく気持のいい酔いが一気に醒めてしまいますよねえ。顔は真っ赤です。だけど、舌の根も乾かないうちに、この話をなんとかエントリにできないかなあ、なんて考え始めるわけですよね。ブロガーって、ほんとに‥‥

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僕が見た1981年の公立中学校の風景

 橋本治さんの新書『日本の行く道』がすごく面白い。『「わからない」という方法』『上司は思いつきでものを言う』『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』と続く橋本さんの新書シリーズの決定版とも言えるものだと思います。まだ途中ですので、書評みたいなことは書けませんが、その本に関連して、私が中学校の頃のことを書き記しておこうと思いました。タイトルが僕になっているのは、私は、子供の頃から普段は僕と言うのでそのほうがいいかなと。僕が見た風景を私が書くという感じです。

 私は大阪の公立中学校に通っていました。1981年と言えば、私が中学2年生ですね。なぜ中学2年のことを書くかと言えば、それは、いわゆる「校内暴力」が始まった年だからです。今思えば、小学校時代には「校内暴力」はまだ中学校になかったはずです。現に、中学校に入ったときは、先生が生徒を教育的に殴るというのは普通に行われていました。アントニオ猪木のびんたみたいなやつです。

 個性の差がある私という人間から見た風景を残しておこうと思うので、いちおう私がどんな中学生だったかを書いておきます。普通の優等生です。勉強はある程度できました。ただ、学内で一番とかではなかった。大阪と言えども大都市なので、生徒は多く、中には秀才だなあと思う生徒はいて、その人たちとはわかりにくいけど明確な差はありました。運動はできるものとできないものがはっきりしている感じでした。走りは早いが、逆上がりができない。野球では打撃は上手いけど、フライが捕れない。そんな生徒です。

 中学1年生の頃、中学校はまだ規律があったような気がします。前述の通り、先生が生徒を殴るのは当たり前だったし、いわゆる「不良」と呼ばれる生徒も当然いました。やんちゃな生徒ですね。当時は、長い学ランが流行っていて、学ランの内側には虎や龍の刺繍があるのが格好いいとされていました。それとボンタンズボンですね。タックが何本も入っているやつ。幻の5タックとか言っていましたね。新大阪の繊維シティで売っていて、それを買いに行ったりするのが格好いい。そんな感じです。

 私は、通学路が同じだったこともあり、そういう5タックなやんちゃな生徒のひとりと仲良しでした。私自身は、フォーク少年でしたし、その部分では気の合うところもあった。当時、私は学級委員長をやっていて、そのやんちゃな友達が喧嘩をするとよく仲裁をしたりもしていました。仲裁に行くのは本人はすごく勇気のいることでしたが(私は腕力に自信がありません)、子供心に仲裁に行く私はなんとなく誇らしかったし、仲裁に行くと、そのやんちゃな友達が言うことを聞いてくれるのもうれしかったような記憶があります。

 そういう、中学校の風景が変わるのが、中学2年の頃からでした。学校の雰囲気が変わってきたんですね。なんとなく殺伐としてきたのです。決定的だったのが、隣の中学校で日本で初めての「校内暴力」として新聞に報道されたことです。伝染するように教室で授業をする女性の先生がターゲットになりました。私は止めにいきましたが、その時は、私の制止など無力でした。明らかに、殴る生徒の目には何かしらの怒りがあったような気がします。そして、私にはどうしようもない敗北感と、その後の出来事を傍観するしかない自分への嫌悪感が残りました。

 それをきっかけに、暴力は校内全体に広がりました。扉は壊され、硝子が割られ、止めに入った男性の先生は、髪をつかまれ、直径5センチほどの髪の毛がちぎられました。髪をつかまれちぎれるほどですから、尋常な力ではなかったと思います。結局、数時間の暴動の末、警察が出動し、その騒ぎは収まりました。記憶では、それからしばらくは新聞報道はされませんでした。その後、1ヶ月してから報道されたところから見ると、学校側と新聞側の協議みたいなものがあったのでしょうね。

 そこからは、中学校はいわゆるちいさな「校内暴力」がひんぱんに起こる環境になりました。その環境が続くのは、その後1年くらいだったような気がします。そして、「校内暴力」は沈静化していき、中学校は内向化していったように思います。「校内暴力」から、時代は「いじめ」へと向い、今、中学校では「学級崩壊」が進んでいるといいます。

 あれから、そのやんちゃな友達がどういう人生を歩んでいるのか、私にはわかりません。彼が私のその後の人生をよく知らないように。でも、それが大人になるということなのかな、とも思います。とある地元の飲み屋でやんちゃな仲間だった女性友達と出くわしたことがありました。ありきたりの昔話をしながら、その彼女は、私よりずっとずっと大人びた印象がしました。その頃に私がもしブログをやっていたとしたら、彼女に同じ風景をブログに書いて欲しいなんて言ったかもしれません。きっと、その風景は少し違った風景に見えているはずだから。

 よく「いじめ」は昔からあったと言います。しかし、それはなかば正解ではあるけれど、半分は間違いです。私が中学生の頃は、「いじめ」はなかったとはいいませんが、「いじめ」より明らかに「校内暴力」だったし、その暴力性は「学校」という制度に向けられていました。こうして考えると、人間どうしがおこすさまざまな出来事を、人間という普遍性から読み解いていくことがいかに無力かがわかります。こういう出来事のひとつひとつが、社会というシステムと複雑に絡み合って形成されていくのですから。上部構造は下部構造に規定される。その言葉は、今なお重く響いてきます。橋本治さんは、その出来事が起こる背景を執拗に追求する方法で『日本の行く道』を書かれています。

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2008年1月 7日 (月)

「日本ではでは党」に入党しました。

 もし国会で、メールにおける「ではでは。」を禁じる法案が可決されたら、私はメールが書けません。と、威勢よく言い切りたいところだったんですが「よろしくお願いします。」がありました。あと、文頭の「お世話になります。」も。まあ、どちらにせよすごく困ります。英国人の仕事仲間に聞いた話ですが、日本語の「ではでは。」とか「よろしくお願いします。」とかは正確には翻訳できないそうです。

 「ではでは。」は、ブログのエントリでは、ものすごーく便利ですよね。風邪をひいてしまって調子がものすごーく悪い今日のような日も、思いつくままに書いて、「ではでは。」で結べばとりあえずなんとかなります。というより、広告のボディコピーなんかも、出だしと結びがいちばん難しいと言いますものね。

Dehasymbol で、この「日本ではでは党」は実在するのか。実在します。(こちらをクリック)はてブから、はてなキーワード経由で知りました。おもしろいですねえ。こういうの大好きです。結党の辞もいけてます。

日本ではでは党結党の辞

 我々は電子メールの結びとして「ではでは」(と、それに類するもの)を用いるものの集団である。我々は「ではでは」を一般の電子メール利用者に普及させることにより、日本国における電子メール文化ひいてはサイバースペースにおける日本語文化のさらなる発展を願い、ここに集うものである。

 この結党の辞の文末に「ではでは。」を付けないところに、なんのこだわりかは分かりませんが、なんかしらのこだわりを感じてしまいます。本気で政権奪取を目論んでいるな、みたいな。そんなこんなで、今日から私も「日本ではでは党」の党員でございます。今後ともよろしくお願いします。ではでは。

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2008年1月 6日 (日)

ドーナツの穴だけ残す方法。

 NHKラジオを聴いていたら、懐かしの演芸を聴くみたいな番組をやっていて、春日三球・照代さんの漫才の録音が流れてきました。照代さんがお亡くなりになってから、もう20年も経つんですね。春日三球・照代さんと言えば、「地下鉄の電車はどこから入れたの?それ考えると夜も眠れなくなっちゃう。」で有名です。でも他にも名フレーズがいっぱいあります。その中のひとつで私のお気に入りなのが「ドーナツ、穴だけ残そうと思うんだけど、いつも穴が残るかなってところで全部なくなっちゃうの。」というフレーズ。

 シュールですよね。穴だけ残そうと端から食べていって、いよいよ穴だけ残るってところで、穴という存在を成立させているドーナツ自体がなくなってしまう。これを三球さんが言うと、そのことが残念でたまらない感じがすごく出ていて、よいんですね。考えてみれば当たり前と言えば当たり前ですが。

 私は、地下鉄のネタよりこのドーナツネタの方が好きです。地下鉄のネタは、調べると地下鉄はここから入れるという正解があるんですが、ドーナツのネタには正解はありません。あえて言うなら、ドーナツの穴はドーナツが存在している時だけ成立する概念だから、ドーナツがなくなったらドーナツの穴という概念は成立しない、といったことろでしょうか。

 いわゆる漸近線的思考ですよね。限りなくAに近づくけれど、決してAにはならないという。究極も至高も終わりがない。到達した時点で、それは究極でも至高でもない、と海原雄山も言ってました。座禅を組むとき、両手を組んで左右の親指の先を合わせますよね。あれ、正式なやり方は、左右の親指の先を「付かず離れず」ということらしいです。付くでもなく、離れるでもなく、そのギリギリのところ。物理的にはあり得ませんし、その状態というのは付いているか離れているかのどちらかでしょう。でも、人間はそういう思考が好きなような気がします。漸近線の彼方に何があるのかを知りたくなってしまうんですよね。

 芸術とは何かとか、文学とは何かとか、広告とは何かとか、ブログとは何か。こういう論議はわりかし抑圧的になりがちで好きではないですが、あえて言うなら、きっとその芸術とか文学とか広告とかの前に「究極的に言って」というのが略されているのでしょうね。「本質的に言って」でもいいのかもしれません。基本的にはこういう話に結論はありませんが、だからこそ、生きている限り避けては通れない話なのかもしれません。

 ドーナツの穴だけ残す方法。考えてみましたが、私には無理でした。なんか高等な哲学的概念を持ち出すと、うまくいくのでしょうか。それとともに、もうひとつ疑問が出てきました。ドーナツの穴という存在は、ドーナツの内部、つまりドーナツ自身、ドーナツの一部なのか。それとも、ドーナツという存在の外部にあるまったく別のものなのか。別のものだとすると、ドーナツの穴とドーナツの関係性は何だろうか。うーん、そんなこと考えたら夜も眠れなくなっちゃう。(という安易な落ちで逃げてしまいました。すみません。)

追記:眠れなくなるといけませんので、地下鉄はどこから入れるかの正解。テレビのバラエティ番組やクイズ番組でも紹介される、よく知られた話ではありますが。

「車両の搬入については、地上に置かれた車両基地へ送る、地下の車庫の直上に搬入用の穴を設けてクレーンで下ろす、といった方法がある。車両メーカーからの車両基地への輸送方法は、乗り入れ先の地上を走る鉄道線経由で送り込む、他の鉄道路線との物理的な接続がない場合には、一般道路をトレーラによる陸送で送り込む方式が採られている。」

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ー地下鉄より

追記2:「ドーナツの穴だけ残す」という話題はけっこうネットで書かれているネタみたいです。春日三球・照代さんは、時代を先取りしていたんですね。2ちゃんねるでも話題になっていたみたいで、ここにその回答の系統図が出ています。

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2008年1月 5日 (土)

「ウェブ時代をゆく」をもう一度読んでみました。

 新大阪から東京までの新幹線の車中、たまたま鞄に入っていた梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆくーいかに働き、いかに学ぶか」をもう一度読んでみました。2時間半なので新書を読むにはちょうどいい時間です。

 前に読んだときは、自分にはあまり関係ない話しかもしれないな、と正直思ったのですが、今回は考えさせられることが多かったような気がします。はじめて読んだときは「けものみち」のくだりで、うーん、これに乗せられて若者が安易に会社を辞めたりするときついだろうな、と40になる私は心配になりましたが、そんな私も今の会社が都合5社目(1社は会社自身が合併解消で新しくなった)だったりするんですよね。そういう意味では人のことは言えないわけで。

 精読すると、梅田さんの著書は、能力の問題やそこから発生する自然発生的な階層の問題など、けっこう残酷な現実の有様なんかもさらっと肯定していたり、私などは愚痴ったり酒のんでまあがんばろうやってごまかしたりするようなことも、ごまかさずに向き合っているというか、その人間の暗部にたいする感受性が薄いというか、あるいは濃すぎて一周しているというのか、なんというか。

 まあ、いい意味でも悪い意味でもドライなわけですよね。文系なんだけど、たぶん私が持っている文系的なものとは違う文系的なものというか。たぶん私が思っている不特定多数という概念と梅田さんのそれは違うような気が。そういう意味では、梅田さん的ポジティブさは筋がね入りなんでしょうね。

 それと私は実名匿名の文脈でも、この本は考えさせられることが多かったです。いろいろ考えがまとまらないので今日はこのへんで。考えがまたまとまりだしたら、まら改めて書こうと思います。ではでは。

関連エントリー:梅田望夫と福澤諭吉

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2008年1月 4日 (金)

鶴瓶さん、きらきらアフロで紅白の話をしてはりますね。

 たまにはブロガーらしく、速報性が高いネタなど。紅白についてのエントリ「紅白歌合戦を観ながら、いろいろ考えました。」を元旦に書きましたが、それに関連して。テレビ大阪で「きらきらアフロ」の特番をハワイから生放送でやってまして、その中で鶴瓶さんが紅白について熱く語っておられました。

 やっぱり相当なプレッシャーだったみたいですねえ。鶴瓶さん、お疲れさまでした。鶴瓶さん曰く「テレビ大阪とは映像と紙芝居ほど違う(ここ、笑うとこですからね)」日本で唯一の公共放送局たる日本放送協会での司会というプレッシャーと、芸人方面からのポロリ待望論のプレッシャーとか。へえ、と思ったのは、紅白って、面接があるんですね。鶴瓶さんも、中居さんも、北島三郎さんも、出演者は全員きちんと面接をするそうです。やはりそのへんはNHKっぽいですなあ。

 中居さんは、鶴瓶さんの喋るタイミングとかを、鶴瓶さんの腰に手を当てて教えていたそうです。鶴瓶さん、すごく感謝しておられました。鶴瓶さんは、あの司会は全部アドリブだったそうです。台本を避けて喋っていたそうです。紅白の司会を受けようと思ったのは、母親に紅白を観せたかったから、と感極まってらっしゃいましたが、あの台詞も台本とはまったく違うとのこと。今年の紅白の視聴率が良かったとしたら、きっとあの一言でしょうから、そういう意味では、鶴瓶さんって、今のテレビを知り尽くしているなあ、とあらためて思います。

 そんな鶴瓶さんの持ち味を殺さないカタチでフォローする中居さんは、ほんとたいしたもんですねえ。私は、桂ざこばさんと一緒に出ていた「中居くん温泉」という大阪ローカルのバラエティ番組の時代から中居さんを見続けていますが、ああいう自由奔放な大阪の芸人さんを操縦するすべは、そういうまだ今みたいにスマップが大スターではなかった頃の大阪ローカル番組出演の経験から学んだのかもしれません。

 ともあれ、私的には、今年は紅白歌合戦を観てよかったなあと思います。本物のプロフェッショナル司会者である中居さん、そして、本物のプロフェッショナル芸人である鶴瓶さん。本当に素晴らしいエンターテイメントを観せていただいたと思います。2008年はなんかNHK話しばかりですが、私は民放で商売している広告屋なので、あんまりNHKばかりだとあれなんですけどね。さて、今日から仕事始めですね。私は7日からですが、今年も楽しく仕事できるといいなあと思っております。ではでは。

 
追記:脳科学者の茂木さんのブログ「クオリア日記」の『中居クンの判断』というエントリに、紅白の舞台裏が書かれていました。以下、中居さんのエピソード部分を引用します(改行等はアレンジしました。文はママ)。
 

現場で制作にかかわる人の証言はずしりと胸に響く。
「すごいと思ったのは、中村中さんのときなんですよ。あのとき、2分半押していて、とにかく巻け、巻けと指示を出しても、中居さんは顔を横に振って、言うことを聞かない。

 続きは茂木さんのブログをお読みいただきたいんですが、なるほどー、中居さん、プロですねえ。いい話ですよね。ああいう放送の舞台裏にはそんな駆け引きがあったんですね。やっぱりプロだなあと思います。茂木さんは今年審査員をされていましたので、その他にもたっぷり舞台裏を書かれています。大晦日に紅白を観た方は、興味深いエントリだと思いますので、あわせてどうぞ。やっぱり、当事者の書くものは臨場感が違いますね。

追記2:面接の件ですが司会者と出演者の面接とのことです。コメントにてご指摘をいただきました。ありがとうございます。以下引用です。「4日の「面接」ですが、これは司会者対出演者、なのです。どんなベテランも1人10分ぐらい近況を交えて談話して、それを司会者は歌手紹介のヒントにするようです。これが2日間、リハが2日間、当日、と司会者は本番まで連日5日NHKに拘束されます。」

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2008年1月 3日 (木)

京橋はええとこだっせ♪

 その続きを歌えるあなたは立派な関西人。大阪京橋のレジャービル「グランシャトー」のコマソンです。グランシャトーはゲームセンター、パチンコ、中華料理、サウナ、カラオケなどが集まった何でもありのエンターテイメントビルのこと。東京の人なら、上野の「聚楽」みたいな感じですね。ちなみに、このコマソンのフルバージョンの歌詞は、こんな感じです。

  京橋はええとこだっせ
  グランシャトーがおまっせ
  サウナでさっぱりいい男
  恋の華も咲きまっせ
  グランシャトーはレジャービル
  グランシャトーにいらっしゃい

 東京の京橋は、フィルムセンターや美術館があったり、ビジネス街であるとともに銀座の入り口でもあるので、すごく落ち着いた大人の街です。大阪京橋も同じように大人の街ではあるんですが、大阪の京橋は、同じ京橋でも雰囲気がまったく違います。場所は、都島区というマイナーな区に位置していて、京阪線とJR環状線、片町線、地下鉄鶴見緑地線などが交わるターミナルです。といっても、キタと呼ばれる梅田や、ミナミと呼ばれる難波などと較べると、グッとスケールは小さく、もっともっと庶民的です。

 キタやミナミに対抗して、京橋のことをヒガシと呼んでもらおうと地元を中心にがんばっていたようですが、あまり定着しませんでした。国鉄からJRに名前が変わったとき、首都圏のJRをE電と呼んでもらおうとがんばっていたけれど、結局定着しなかったことと似ていますね。

Photo そんな庶民の街、大阪京橋は、私にとって家から近かったこともあって、子供の頃から慣れ親しんだ街でもあります。この街は京阪とJRが十字に交わるその高架下を中心に商店街が広がっています。昔ながらの老舗店も多く残っていて、いい感じです。このブログでも登場してきた、いちおしの立ち喰いうどん「京橋浪花」や、立ち飲み屋さんなど、3,000円もあればお腹も心も満足できる、お財布にやさしい街でもあります。パチンコで450Kの大勝ちをしたのも、友達とはじめてお酒というものを飲んだのも、この街でした。

Photo_2 出張なんかで地方に行くときの楽しみは、安い居酒屋さんに寄ってそれぞれの地方独特のメニューを味わうことだったりするんですが、大阪にもそんな独特なメニューがたくさんあります。写真を撮る勇気がなかったので、看板だけですみませんが、「どて焼」というのもそのひとつ。おでんなんかにあるすじ肉の串を甘い味噌ダレでやわらかく煮込んだものです。味はこってり、大阪の定番ですね。なぜ「どて焼」というかというと、鍋の縁に土手のように味噌を塗って置いて、それを溶かしながら味を調節するからですね。「どて鍋」と同じです。なぜ「焼」なのかは、味噌が鍋の熱で焼けるからか、焼鳥みたいな串ものだからかは分かりません。私もはじめて食べたときは、焼いてないのになぜ「どて焼」なんだろうと疑問に思いました。

 ここ15年ほど、毎年、お正月の2日に、友人とこの京橋に繰り出して飲んだりしています。コムズガーデンというショッピングスペースができたり(大阪時代、CIプランナーだった頃、ここのデザイン計画の仕事に関わったりしました)、駅前にホテル京阪というホテルが建ち、ファッションビルの京阪モールがきれいになり、ずいぶんこの街もソフィストケートされてきたような気がします。でも、不思議と京阪高架下周辺は昔のまんまです。

 どこの街もみな同じような顔つきになってきていますが、こういう昔からある立ち喰いうどん屋さんや立ち飲み屋さんが、あの日と同じように庶民の胃袋を満たしている姿を見ると、ああ、今年も京橋は元気にやっているなあ、とほっとします。

 大阪京橋へは、JR大阪駅から大阪環状線で5分ほど。大阪城にも近いから、大阪城公園駅で降りて、大阪城などを観光して、その後、京橋まで歩いてみるのもいいかもしれません。まあ、観光名所ではありませんので、過度な期待はせずに、どて焼や串カツで一杯みたいな感じで。あ、そうそう、串カツのソースは二度漬け禁止ですからご注意を。店のおばちゃんにひどく怒られます。でも、キャベツは無料ですので、串に刺して遠慮なしにどうぞ。大阪にお越しの折りには、京橋まで。ぜひぜひ。

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2008年1月 2日 (水)

連日のNHKネタで申し訳ありませんが、「着信御礼!ケータイ大喜利」って面白いですよね。

 NHKもほんと変わったなあ、と思うんですよ。「初詣リポートでやる気ない阿藤快さん。何と言った?」というお題があって、その答がもう絶妙なセンスです。おばあさんに対して、「今さら何願うのよ!」と、阿藤さん本人が言ったり、少し前なら、こういう毒気は、NHK的にはアウトだったでしょうね。しかし、NHKも懐が広くなったものです。詳しくは、「着信御礼!ケータイ大喜利」公式ウェブサイトをご覧くださいませ。いろいろなコンテンツがあって、そこそこ楽しめるみたいですよ。

 この番組を観ていたら、スポンサーの意向が働く民放より、むしろ自由なんじゃないかと思うくらいです。BBCみたいになってきたのかな。見方を変えると、資本主義が高度化した今、資本主義の力学が働く民放より、そこから一歩外れた公共放送であるNHKのほうが、ある部分では自由で柔軟である、ということも言えるのかもしれませんね。食品偽装とか、そういうことが話題になっている、こういうご時勢だし。

 タレントさんなんかでも、例えば、ほぼ私と同じ世代のダウンタウンさんだと、少しNHKに対して構えるところがあるような気がします。けれども、その少し下の今田耕司さんや板尾逸路さん、その下の千原ジュニアさんなんかは、NHKに対する特別な感情はなさそうな気がします。もちろんテレ東の「やりすぎコージー」のようにはいかないでしょうが、だからといって気負いもない感じがします。このあたり、世代なんでしょうか。

 当然、番組は、タレントさんがぜんぶ作ってるわけではなくて、とりわけプロデューサーさん、ディレクターさんの役割は非常に大きいと思います。もしかすると、そうした自由な雰囲気は、そういう局内局外のスタッフさんのNHKという組織に対する絶対な信頼と、ご当人の見えざる戦いもあるのかもしれません。ともあれ、すごいもんだなあ。分野は違うけど、こちらも負けてられないなあ、なんか、いろいろがんばらなきゃなあ、と思いました。ではでは。

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2008年1月 1日 (火)

紅白歌合戦を観ながら、いろいろ考えました。

 大晦日のNHK紅白歌合戦。鶴瓶さんと中居さんが司会でしたね。鶴瓶さんは、本来、ああいう国民的で立派な大番組は苦手な人でしょうから、そのキャスティングは意外でした。大阪で青年期を過ごし、「鶴瓶の子供」として育った私としては、少々感慨深いものがあります。鶴瓶さんも、今回の出演は、いろいろと考えてのことでしょう。そのことについても番組内で触れられていましたね。

 紅白歌合戦を観ると、今の日本という国が公式に認める価値観の上限が分かるような気がします。お笑いの上限はムーディー勝山さんなんだな、というように。かつてのニューミュージックは、そうした国が公式に認める価値観の引力に対しては頑なでしたよね。今だに、多くのベテランミュージシャンは出演を辞退していますし。その点では、浜崎あゆみさんやaikoさん、大塚愛さんをはじめとする若いミュージシャンの行動はしなやかです。紅白歌合戦的世界観と自分の世界を、うまく折り合わせる柔軟性がありますよね。

 国が認める価値観の上限まで引き上げて、その中で、現在テレビができる最大限のエンターテイメントで魅せるのが紅白歌合戦の魅力ですよね。大河ドラマもそうですが、現在のテレビエンターテイメントの最高水準があると思います。民放であれば恥ずかしさを感じるような王道を、現在の最高水準の技術によって魅せていきます。民放なら、そこはセンスで逃げるでしょうね。(そういう意味では、「朝まで生ツルベ」という鶴瓶さん出演の年末特番は、今の民放の最も良質な部分を示していたと思います。)

 鶴瓶さんは、民放が演出する、紅白歌合戦と同種の恥ずかしさは、徹底的に壊してきた人です。例えばフジの27時間テレビ。しかし、今回の紅白は、鶴瓶さんは壊さなかった。ある種の敬意を持って、本物に対して接していたように思います。これは、なんとなく紅白歌合戦自体が、その恥ずかしさに対して自覚的でありつつ、その恥ずかしさを受け入れつつ王道であろうとしているからなんじゃないか、と思いました。

 新幹線の車窓に見えた富士山。広告看板と工場を前面に、遙かにそびえる富士の姿。その美しさは、富士山自身が、この混沌とした現代と自身の姿の違和感、その恥ずかしさを受け入れつつ、なおも現実に迎合せずに気高くあることから来る美しさなのではないかと思いました。理想化された想像上の富士山ではなく、現実の富士山のアンバランスな美しさこそが、富士山の美しさの本質であり、なんとなく嫌悪しつつ惹きつけられる富士山の魅力ではないかな、と思いました。それは、紅白歌合戦の感動と、どことなく似ているような気がします。

 ここには、やはりある種のこの国の成熟があるんでしょうか。そこから先の論議は苦手なので、少しずつ考えていこうかな、と思っています。やっぱり、いろいろと勉強しないといけないなあ、なんて新年らしいことを思いますねえ。せっかく面白そうな考えが生まれても、勉強してないと先へは進めないですね。今年は、いろいろ勉強しようと思います。あけましておめでとうございます。本年も、当ブログをよろしくお願いします。

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