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2008年1月22日 (火)

クリエーターの前に人間やろ。

 なんだか説教くさいことが書いてありそうな予感がぷんぷんするタイトルで始まりましたが、別に説教ものではありませんのでご安心ください。説教ものを期待していた人は、すみません。日曜日に見たフジテレビのザ・ノンフィクション「浪花の純情物語(3)ホストの前に人間やろ」を見て、いろいろ考えたりしましたので、そのことを書いてみたいと思います。

 大阪のホストクラブ「シオン」のオーナーである敬一さんの話です。31歳だそうです。敬一さんは、繁華街でゴミ拾う活動をしたり、ホストたちを家族的に受け入れたりして、「シオン」を大阪でナンバーワンのホストクラブに育て上げました。彼自身が一所懸命な人ですし、人情家でもあるので、彼についてくるホストたちも一生懸命やるわけですね。すると、ホストクラブの雰囲気も楽しくなるわけで、お客さまも通ってくれる。そんな、好循環があったのでしょう。

 大阪でナンバーワンになった彼は、夢であった東京進出を実行に移します。その東京進出プロジェクトの責任者に、「シオン」のナンバーワン売れっ子ホストを抜擢するのです。そのナンバーワンホストさんは、とにかくやり手。で、家族的だった「シオン」に混乱が起きます。テレビのカメラは、その東京進出の一部始終を追っていくのですね。

 そのホストさんは、とにかく実力もあるし稼げるし、プロフェッショナルなわけです。そして、彼には自信があるし、野望もある。どんどんまわりを置いて走っていくわけです。当然、まわりのホストたちは彼についていけなくなる。不協和音が起こる。ついには、万年ヘルプでありながら人望がある、ずっとすっと敬一さんの右腕だった古参ホストさんが辞めると言い出したり。敬一さんは、共に頑張ってきた古参ホストの彼を引き止めずに、夢の実現のために、ナンバーワンホストさんを選ぶんですね。しかし、同時にそのナンバーワンホストさんとの距離は次第に大きくなっていきます。

「もう少し、できないやつの目線にあわせなあかんのと違うか。」
「ここは仲良しグループやないんや。みんな、稼ぐためにやってるんやろ。」
「いや、それはちがう。みんな仲間やないか。」
「あほか、なに甘いこと言うてんねん。」

 そんな生々しい会話が幾度も繰り広げられます。みんな若くて血気盛んだから、殴り合いになったり。そして、次々とホストが辞めていき、これまで求心力があった敬一さんが次第にその力を失っていくんですね。結果、東京は大繁盛。大阪は閑古鳥。

 しかし、ドキュメンタリーはここでは終わらずに、このあと物語は浪花節的な展開があって、最終的には、みんないいやつ、素晴らしいよね、というような、すごく泣けるよくできたドキュメンタリー番組ができあがるんですが、この番組を見ながら、いろんなことを考えてしまいました。

 日常は、こんなにうまくいかないだろうな、ということも思いました。東京繁盛、大阪閑古鳥という結果でエンディングを迎える残酷なケースもあるし、その逆もある。それは、今流行のライフハックではどうにもできない関係の絶対性といったものも作用するだろうし、現実の中では、その状況の中で右往左往する自分もいたりします。

 きれい事と本音。理想と現実。信じることと疑うこと。すべてを、理屈だけでドライに切り捨てていければ、どれだけ楽でしょうか。ナンバーワンホストさんは、自分を信じて、自分のポリシーを貫いて、他のことはドライに切り捨てました。最終的に、彼はそのやり方に挫折するんですが、私は彼を笑うことができません。自分の中にもその心情があるからです。敬一さんも、古参ホストさんも、彼と同じように、自分のポリシーを貫き、傷ついていきます。

 能力主義だけですべてを切っていくわけにもいかないし、だからといって、みんな仲良く、だけでは生きてはいけない。残酷だけど、できるやつもいればできないやつもいる。それが現実だから。で、あのドキュメンタリーには描かれていなかったけれど、ホストを夢見て、頑張って、頑張って、それでも夢が叶わず去っていった若者もいるはずです。

 最後のシーン。東京から大阪に戻ってきた、かつてのナンバーワンホストさん。大阪組ホストたちの不信感が覆う中、彼は言います。

「オーナー、俺に気合いを入れてください。」

 敬一さんは、彼の頬を思いっきり引っ叩きます。続いて、敬一さんのもとに戻ってきた万年ヘルプの彼も「俺にもお願いします。」と名乗り出ます。店内に強烈な音が鳴り響きます。

 いかにもやなあ、まるで漫画やないか、と笑うこともできます。アホらしいわ、とやり過ごすこともできます。でも、私は、このシーンを見て、目をそらすことができませんでした。どうすればいいんだろうな。私は、こんな感じに引っ叩けるかなあ。もしくは、気合いを入れてくださいって言えるかなあ。クリエーター稼業もホスト稼業と、ある意味では同じやしなあ。実力の世界やもんなあ。そんなことを考えながら、ずっとそのシーンを見つめていました。

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コメント

ちょっと筋の違うコメントになってしまうかもしれませんが、「気合いを入れて」というような「関係の絶対性」が見えてくる場面では、人は善にも悪にもなれる。mb101boldさんの文脈に添えば、「クリエーターの前に人間やろ」と言われるような場面にはなかなか出くわさない。出くわせない。むしろ、善なのか悪なのか、よく分からない場面が多い。煮えきれないなかを、相対性にまみれながら生きていかなきゃならない。それはそれでしんどいなぁと。
だからどこかで、「気合いを入れて」というような場面が露出するのを渇望する気持ちにもなるなぁと。そんなことを思いました。とりとめないですが。

投稿: 喜山 | 2008年1月22日 (火) 14:46

ドキュメンタリーの中のホストさんたちも、さんざん煮え切らない相対性の渦中でボロボロになっていきます。さんざん傷ついて、いろいろ考えた上で、大阪で再出発をする。そんなエンディングでした。
そのとき、ナンバーワンホストさんが「気合を入れてください」と言ったということがすごく気になったんですね。再出発をする。そのときには、きっと頭ではなく身体的な何かが必要だと彼は思ったんだろうな。そんなふうに私には思えました。
善なのか悪なのか、という言葉から連想しましたが、その問いの無効化は、身体性にからむ何かが必要なのかなと思いました。南無阿弥陀仏とか。「最後の親鸞」みたいですけど。
確かに、相対化にまみれて生きるのは、ときどきしんどいですね。でも、その泥にまみれてもがくことが生きるってことかな、なんてことも思います。ちょっとキザですけね(笑)

投稿: mb101bold | 2008年1月22日 (火) 17:05

僕もこの番組を見て、深く感銘を受けました。
僕はあのナンバーワンさんも、オーナーさんも、どちらも正しかったような気がします。そこには、ただ考え方の違いがあっただけで。でも組織はやはり二つの考え方を内包したまま前には進めないわけで、オーナーの統率があって紫苑は再び前を向くことが出来た。
日々の仕事の中でも勉強になることがたくさん散りばめられていた気がします。

投稿: カワムラ | 2008年1月27日 (日) 18:46

カワムラさん、こんばんわ。
どちらも正しくて、だからぶつかって、傷ついて、そこから学んで、再び始めるという感じでしたね。私も感銘を受けました。私は会社員ですが、チームを率いているので、すごく考えさせられました。
そういえば、カワムラさん、あらためて、はじめましてです。いつも「あわせて読みたい」でお見かけして読ませていただいてます。今後とも、よろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2008年1月27日 (日) 22:22

>mb101boldさん
こちらこそご挨拶遅れてすみません・・。
私もいつも拝読させて頂いております。
今後とも宜しくお願い致します!
そういえば紫苑の井上さん、ブログ書かれていますよ。
http://ameblo.jp/keiichi-blog/
先日のテレビでのキャラとは全然違いますがw

投稿: カワムラ | 2008年1月28日 (月) 14:23

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