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2008年1月19日 (土)

エントリ未満のあれやこれやをつらつらと。お休みだしね。

 ちまたではMacBook Airの話で盛り上がっていますが、私はMacBookを買ったばかりなので、ちっとも自慢できなくてしょぼーんです。
 「MacBook買ったんだよね〜。」
 「おっ、早いねえ。めちゃ薄のやつでしょ。」
 「あれじゃなくて、黒いやつ。」
 「ふーん。」
 そんな感じ。もっと、新しいDockがどうのこうのとか、思いっきり自慢したいのに。がっかりです。でも、まあ、あの薄さはインパクトありますねえ。まるでシャープのMuramasaみたいだね、ってちょっと涙目で言ってみたくなるくらいです。

 なんだかんだで自宅のネット環境が10年くらい進化してしまって、ブログなんかもずいぶん簡単に書けるようになりました。今までは、リンクひとつ貼るにもhtmlタグを書いたりしてました。今までhtmlタグなんて知らなかったのに。
 でもそうなると、すこしやる気が落ちてくるんですよね。不思議なもんだなあと思います。貧弱なテクノロジーで書いてたときは、エントリを上げるのも一苦労だったので、そうなると人間は書きたいというふうになるけど、簡単にいつでもサクサク上げられる環境になると、いつでもいいやというふうになってしまいます。これは一時的なものだろうなとは思いますが。
 なんかに似ているなあと思ったら、私が体験してきた広告制作の環境変化と同じですね。手書きでラフを書いて、原稿用紙にコピーを書いて、写植を打って、写真をプリントして、指定原稿を作って、版下を作成して、色指定して、入稿して、製版屋さんから初校が上がってきて、その過程を経て、やっとこさ全体のイメージが確認できる。でも、広告制作のデジタル化は、そんな過程をかっとばしてしまいました。
 そんなテクノロジーの進化で得てきたことも多いけど、失ったものも多いんだろうな、と感傷的になったりもできますが、そんな感傷なんかおかまいなしに時代は進んでいきます。前向きに考えていかないと。

 最近書いた「ラーメンパラドクス」。あの理論、まわりのマーケターに聞くと、みんな知ってると言ってました。でも、あの正式名称を教えてというと、誰も知らないと。あの理論は思い違いではないみたいですし、わりと教科書的というか有名なエピソードみたいですが、名称は何なんでしょうね。
 お知りの人がいらっしゃいましたら、教えていただければ幸いです。

  最近、80年代の吉本隆明さんの広告についての言葉を読み直しています。「マスイメージ論」あたりですね。あの周辺をリアルタイムに読んでた頃は、私は広告にはそれほど興味はなかったんですが、正直、広告を過大評価しているなあ、と思ったのですが、精読すると驚くほど冷静なんですよね。
 広告という文化の限界みたいなものも、わりと今の自分に近いスタンスだし、広告が広告以外のものになっていく傾向(80年代はそういう空気がありました)についても、すごく批判的なんですね。
 吉本さんの広告についてのスタンスが、今の自分に近いスタンスだったというのは、じつは逆で、吉本さんを読んできたから、私が吉本さんに近いスタンスになっちゃったということでしょうね。
 吉本さんの80年代の広告論は、今も通用するよなあと思いました。そして、今の日本の(吉本さん的に言えば、高度資本主義社会の)状況をうまく言い当てている部分もあり、それは、国家の解体という言葉を逆から見た場合の、市民社会というものの可視化による、市民社会というカテゴリーの解体でもあるのだろうな、と思います。解体された市民社会というものは、いち個人にとってどういう意味を持つのかというのは、次の思想的な課題な気がします。
 それは、私の興味の領域で言えば、言葉は、表現はどう変わるのか、ということかもしれません。でも、変わると叫ぶ低音域では、そないに変わるもんやおまへんで、という音が鳴り続けています。

 恥ずかしながらパチスロ好きです。恥ずかしがる必要はないかもですが、やっぱり恥ずかしいです。そんな微妙な感じにいい読み物が「パチスロ必勝ガイド」です。パチスロ雑誌は大きく3つあって、必勝ガイド、攻略マガジン、必勝本。ガイドは、恥ずかしながら私パチスロ大好きですというスタンスがあって、マガジンは楽しもうよというスタンス、必勝本は稼ごうぜ、稼げるぜ、というスタンス。
 5号機になって、いまパチスロは冬の時代です。雑誌というか、パチスロをめぐる言論の世界も淘汰の時代です。それは、どこも同じでしょうが。そんな中、コンビニを見てもわかりますが、残っていくのはガイドのような気がします。ドラ広さん、アニかつさん、魚拓さん、沖ヒカルさん。私が好きな書き手のみなさんは、みんな、恥ずかしながら、という感覚を持っていらっしゃるような気がします。
 よく行くパチスロ屋さんにドラ広さんが時々いらっしゃいますが、そんなに勝っていないんですよね。そして雑誌を読むと、やっぱりそんなに勝っていない。ああ、やっぱり勝ってなかったのか、と思います。
 必勝本なんかを読むと、プロは猛烈に勝っていたりしますし、記事を読むと「アツい」「アツい」の連呼です。
 広告なんかも同じで、例えばお菓子の広告でも、所詮はお菓子屋さんというスタンスがあったほうがいいと思うんですね。そして、我々も所詮は広告屋です。で、なんでお菓子屋を例にあげたかというと、プレゼンの席で「所詮はお菓子屋というのを忘れたらいけないと思うんです」と発言したクリエーターさんがいて、その言葉がもとでその方は出入り禁止になったというエピソードがあったからです。
 まあ、ほんと不幸としか言いようがないけど、私はそのクリエーターさんを支持します。あなたは、絶対に間違ってはいない。

 というエントリー未満のお話をお届けしました。では、引き続き休日をお楽しみくださいませ。ではでは。

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コメント

ラーメンパラドクス。ああそういう呼称なんだと教えてもらった気がしていました。ぼくは単純に、消費者は嘘をつく、と言ってきました。(^^;)

吉本さんの広告論。ぼくもリアルタイムでした。マスイメージ論の画像論の最後、「すこし胸を躍らせる」の「すこし」が、控えめでリアルで好きです。吉本CM論はいまも通用するとぼくも思います。それは、「胸を躍らせる」社会の進展が、80年代以降、いっこうに進んでないからかなと思ったりもします。

投稿: 喜山 | 2008年1月20日 (日) 09:12

そういえば「消費者は嘘をつく」と言う人もいたような。なんとなく記憶がよみがえってきました。ありがとうございます。

マスイメージ論は今読んでも面白いですよね。広告表現が身体に踏み込んできたことを評価していたり、すごく示唆的なんですよね。なるほどなあ、と思いながら読み直しています。

投稿: mb101bold | 2008年1月20日 (日) 15:11

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