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2008年2月 2日 (土)

スタンドインさん

 仕事柄、今をときめく女優さんのCM撮影にかかわることがたまにあります。

 私は、戦略と企画を専門とする広告会社のクリエイティブ・ディレクターです。だから、CM制作の流れの中では、コンテづくりまでは大活躍しますが、撮影に入ると、CMディレクター(監督さん)やカメラマンが主役になります。そんな撮影中に私は何をしているかというと、お得意の方といろいろなことをチェックしたり、それをディレクターやプロデューサーに伝えたり、まあ所謂中間管理職的な立場になってしまうんですね。

 テレビドラマなんかで、今をときめく女優さんと日常でも仲良くて、ちゃんづけで呼び合う仲みたいな感じに広告会社のプランナーやCDが描かれることがありますが、それは一部の有名クリエーターの話かもしれません(というかそんな人、ほんとにおるんかいな、と思います)。私と同じような普通のプランナーさんやCDさんは、撮影現場では、わりあいドライにビジネスライクに、お得意さんと撮影スタッフの間を行ったり来たりしながら、ちょこまかちょこまか立ち回っています。

 撮影は通常、長時間になります。早朝入りで、深夜まで続くこともままあります。ディレクターさんなどの撮影スタッフは終始大忙しですが、撮影の合間のセットの仕込みの時間などは、私は何もやることがないので、お得意の方やプロデューサーなんかとコーヒーを飲みながらおしゃべりしていることも多いです。もちろん、さぼっているわけではなく、それも仕事なんですけどね。

 いちおうプロジェクトの総責任者でもあるので、きょろきょろと周りを見守って、見た目より神経を使う仕事ではありますが、でもまあ、息抜きっぽい時間も、撮影現場ではたくさんあるんですね。そんなときは、スタンドインの女の子とミーハーな話をすることもあったりもします。

「私、あの女優さん、あこがれなんです、きれいですねえ、今日お会いできて感激です。」
「そうですか、でも、実際に見ると、やっぱりきれいですよね。」
「この前も、ドラマを見て、すごくかわいかった。私もあんなふうになりたいなあ。」
「やっぱり、ドラマとかが目標なんだ。」
「そりゃ、そうですよ。ドラマ出たいなあ。」

 みたいな感じです。

 スタンドインさんというのは、位置決めなどのカメラテストのために、女優さんのかわりに立つ人のこと。カメラテストの際の女優さんのかわりの人ですね。通常、新米のモデルさんがスタンドインになります。でも、スタンドインと言えどもモデルさんなので、十分きれいな女の子なんですね。街でいたら、すごく目立つだろうな、という感じのきれいな女の子です。私なんかは、なんか別世界の住人のような今をときめく女優さんなんかより、スタンドインさんのほうが親しみがあって、むしろかわいいなと思うくらい。

 そんなこんなのミーハー話をしてると、やがてカメラテストの時間がやってきます。スタンドインさんがセットに立ちます。カメラの位置とかを調整するためにモニターを覗き込むと、スタンドインさんと言えどもプロのモデルさんだから、いい感じに映っているわけですよね。素人とはまったくクオリティが違います。フォトジェニックという言葉がありますよね。モニターを見ながら、やっぱりフォトジェニックのプロフェッショナルは違うなあ、なんてしみじみ思うんですね。

 撮影の本番。なになにさん、入りまーす、という声がかかって、女優さんが楽屋から出てきて、セットに立ちます。で、モニターを覗き込んで、モニターに映った映像を見ると、そのスタンドインさんには申し訳ないけど、まったく違うんですね。いっきに画面に華が咲く、というか、画面に華があるんです。なんか、画面に漂うオーラがまったく違うんですよね。スタンドインさんも、ほんとにきれいなモデルさんなんですよ。でも、画面がまったく違います。

 ほんと、すごいもんだなあ、といつも思うんですよね。タレントさんや女優さんが、テレビに出始めて、時が経つにつれてどんどん垢抜けていきますよね。その垢抜けのなせるわざなのかな、とも思いますが、それだけでは説明がつかないくらいの華の咲き方です。モニターからぶわっとオーラが放射されているのが目に見えるんです。

 ジャンパーを着込み、パイプ椅子に座っているスタンドインの女の子も、モニターをうっとりと見つめながら、きれい、と一言。そんな光景を見ながら、モデルさんというか、そういう容姿を売り物にする職業って、すごく厳しい世界で生きているんだな、と思います。それは、ある意味ですごく残酷な世界なのかもしれません。そのスタンドインさんも、売れてくると、きっと、その女優さんが持っているオーラみたいなものを身につけていくのでしょうけど、今の彼女は、まだそのオーラを持っていないんですよね。

 最後のカットを撮り終わり、お疲れさまでしたー、と声がかかります。スタッフみんなが、女優さんに向けて拍手を送ります。ありがとうございます、と女優さんに挨拶をし、しばらくして、女優さんはクルマに乗って帰っていきます。スタジオでは、セットが取り壊されていきます。そんな祭りのあとのようなスタジオを眺めながら、あのスタンドインの女の子に、がんばれよ、今度は主役で会おうな、なんてことを心の中でつぶやくのですが、そんな言葉を心の中でつぶやいた後、でもそれって、甘ちゃんのセンチメンタリズムに過ぎないんだろうな、なんて思うんですよね。

 よく言われるありきたりな話ですが、一見華やかに見えるモデルさんや女優さんの世界も、中に入ると、生まれ持った容姿と器量で競い合う、厳しく、そして残酷な世界です。そして、その競争を勝ち抜く人は、ほんの一握り。努力だけでなく、運も多分にあるでしょうしね。なんか、生きることって、せつないなあと思います。テレビで流れる数多のCMを見るとき、CMには映っていない、そんなスタンドインさんのことをいつも思ってしまいます。

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コメント

私もスタンドインしたことあります!
そんな風に思ってくれている方がいるんだなーとすごくびっくりしました!!
なんかうれしいくてコメントしちゃいました!!

投稿: イチゴ | 2008年3月 6日 (木) 22:55

イチゴさん、はじまして。

コメントどうもありがとうございます。お互いがんばりましょう。今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2008年3月 7日 (金) 01:23

スタンドインという言葉を知らなくて、今、検索したらこれがちょうど目を引きました。
なるほど、ととても考えさせられました。
他にも裏話など興味深いので、また拝見させて頂きますね。

投稿: キクコ | 2011年5月21日 (土) 15:28

キクコさん、はじめまして。
どうぞよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2011年5月21日 (土) 23:18

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