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2008年3月の25件の記事

2008年3月31日 (月)

ライフハックとライフハック(笑)

 ブログを書くようになってからライフハックという言葉を知りました。ネットにはたくさんのライフハックがあふれているんですよね。はてなキーワードによると、ライフハックとは「効率良く仕事をこなし、高い生産性を上げ、人生のクオリティを高めるための工夫。」とのこと。日頃、いろいろと仕事上の悩みはありますから、こうしたテクニックやらTipsを知りたくなるのは人の情というものでしょうね。

 で、そういうライフハックを過剰に求める人を表現する言葉も用意されていて、それがライフハック(笑)というものらしいです。はてなキーワードによると、ライフハック(笑)とは「メディアに踊らされ乗せられた自覚のない気取った男性を嘲笑した言葉。そのような男性が単なる豆知識程度のことをわざわざライフハックと呼ぶことに由来する。」とのこと。

 これは、メディアに踊らされたハイセンスな女性を揶揄するスイーツ(笑)という言葉がもとになっているということですね。まあ、ネットあるいは社会の両義性というか、そういうライフハックとライフハック(笑)が同居してバランスをとっているところが、面白いですね。

 私はビル・エバンスの音楽にこだわっている理由も、それこそ純粋なファン心理や個人的な興味もありますが、仕事や生活、そして人生のライフハックとして、エバンスにこだわっている部分もあるなあと思います。たとえば、チームワークとかリーダーシップとかについて。

 エバンスのピアノトリオの特徴は、ピアノ、ベース、ドラムが対等に近いこと。普通は、ピアノがリーダーで、ソリストで、ベースとドラムがリズムセクションですよね。その今までのバンド形式をエバンスはぶっ壊したんですね。ジャズマンではない私たちの日常に照らせば、ある仕事をするときに、リーダーとそのスタッフという役割をぶっ壊して、みんな自由に、個人個人の責任においてしなやかに仕事をする、みたいなことでしょうか。

 そんなピアノトリオを長年やってきたエバンスですが、あるときインタビュアーに「トリオのメンバーに自由に演奏させているのは、あなた意図なのですか」という質問をされて、こんなふうに答えています。

 うん。でもそれは、トリオのメンバーにミュージシャンとして、アーチストとして、責任の持てる人を選んだ上でのことだよ。僕が与えた自由をきちんと捉えて、全体の結果がよくなるようにやってもらうためにね。もしそれが上手くいかないと、僕が全体を支配しなければならない。そんなことはしたくないし、いま一緒にやっているメンバーにそれができないとしたら、僕の目指したことはできなくなるからね。
「エディゴメスとの日々」成田正より引用(「ビル・エバンス あなたと夜と音楽と」講談社)

 なるほどなあ。いろいろあるんだなあ、エバンスも。でも、これはライフハックじゃないかもですね。あえてライフハック風に書くと「共同作業の正否は、メンバー選びでほぼ決まる」みたいなことかな。でも、そう書くと、なんか違いますね。

 まあ、そうは言っても、仕事とか生活でいろいろあって、悩んだときなんかに、こうした言葉によってずいぶん救われてはきたので、私にとってはライフハックなのかもしれません。悩んだときに、エバンスだって、いろいろたいへんなんだな、とわかることで、悩んでいる自分も肯定できるというか、そんな感じ。今はあえて汚れもやらなきゃなあ、ってね。それが自分のしたくはないことであっても。

 それにしても、このエバンスの言葉って、リアルでしょ。ミュージシャンの言葉としては、あまりかっこ良くはないけどね。どんな理想を実現するにしたって、それを実現する現実をきちんと見ないといけないということですね。いまここにある現実を離れた理想なんて、それこそ屁の突っ張りにもならないんだしね(笑)。

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2008年3月30日 (日)

魂は細部に宿る、か。

 前に写研の書体についてのエントリを書いて、そのエントリを読まれたとある方からメールをいただきました。そのメールのやり取りの中で、その方からある疑問というか質問がありました。山田洋次監督の「母べえ」のプログラムに使われている書体が美しいのだけれど、それが何かがわからないとのことでした。

 写研の石井明朝かなと思って調べてみると、少し違うとのこと。なので、私は、いまどき写植を使うというのは稀でしょうから、モリサワのA1、もしくは字遊工房の「遊明朝体五号かな」、A-1というタイポグラフィーの会社から出ている「ZENオールド明朝」ではないかとお返事をしました。しかしながら、どうもそうではないらしく、その方曰く、「さ」の処理が違うとのこと。そして、メールにはそのスキャン画像が添付されていました。

Kabe_3  これが、そのスキャン画像。確かに「さ」がゴシック体や普通の明朝体のように右上の部分が離れています。通常、A1などの筆記体の持つ流麗な感じを意識した流麗な感じの明朝書体は、右上の部分を筆記体のように続けてデザイン処理している場合が多いのですね。

 「母べえ」のプログラムには制作デザイン会社の名前が記されていたので、その会社に問い合わせるという手もありましたし、その方もそうしようかと書かれておられましたが、探偵さんのような気分にもなってきましたし、面白そうなので、私のほうでも調べてみることにしたのです。

 で、職場のアートディレクターに相談しました。久しぶりに写研の書体帳を引っ張りだしてきて調べてみると、なるほど石井明朝とはまったく違います。マックの中に入っている遊明朝、ZEN明朝で同じ文字を打ってみると、それも違うことは一目でわかりました。文字の設計が違うんですね。文章にすると一目瞭然でした。

 そのアートディレクターが言うには、モリサワのA1ではないかなと。私は、メールのやり取りからA1ではないと思っていましたので、違うらしいよと言ったのですが、そのアートディレクターは、それでも雰囲気はA1だと思うんだけど、と言っており、A1で文章を同じように打ってみたんですね。歯送りや行間も一緒にして。そして、その二つを並べてみたのです。

A1_6

 おおっ、同じだ。その画像を重ねても、フォントのデザイン設計は寸分違わずまったく同じでした。それが上の写真。右がオリジナルA1。左が「母べえ」プログラムのスキャン画像。で、クイズです。この2つの書体で若干違うところがある文字が3つあります。分かりますか。「さ」だけではなく、あと2文字ありますよ。さて、どの文字でしょうか。答え。「さ」と「す」と「た」の3文字でした。ということは、「母べえ」のプログラムを制作した方は、A1で打って、この「さ」と「す」と「た」を加工したわけですよね。筆記体風に続いている部分をカットして整形しているんですね。ちょっと感動しました。

 写植時代は、例えば、「、」や「。」を他の書体にするとか、セリフを切ってしまういった、こういう書体の加工や微調整はよくやったものですが、デジタルになってからはしなくなりました。デジタル時代にきちんとそういう丁寧な仕事をされているんですよね。いい仕事をしているなあと思いました。右と左を、アバウトに見ていただくとわかると思いますが、こういう部分を切って加工するだけで、文章の雰囲気がまったく違ってくるんですよね。

 右のオリジナルA1は、A1独特のこってりした感じがありますが、左の微調整A1は、すっきりとした感じが出ていると思います。すこし教科書体風味になるんですよね。ちょっと余談ですが、細部をじっくり眺めてみると、「ね」は加工しなかったんだなあ、なんてことも気付いて、思わずほころんでしまいました。「ね」は加工が少々めんどくさそうですものね。まあ、「ね」はいいか、見逃しておくか、なんて思ったのでしょうね。

 魂は細部に宿るとか、神は細部に宿るとよく言われますが、ほんとこれはいい例ですね。日頃、忙しさを言い訳にして、こうした細部へのこだわりをあきらめがちな私には、いい反省材料になりました。さあ、がんばらなくちゃね。

関連エントリ:
写研フォントを使わなくなって、もうずいぶんたちます。
写研フォントが好きな人って、まだまだいるんだなあ。うれしい。

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Miles Davis said

Milesebans_3  「いいプレイをする奴なら、肌の色が緑色のヤツだって雇うぜ。」と急進的な黒人ジャズファンに語ったマイルス・デイビスですが、マイルス・グループで音楽的な意見対立があったとき、唯一の白人プレイヤーであったビル・エバンスが口を挟むと、「おい、黙ってな。オレたちは、白人の言うことなんてききたくないね。」と言って若いエバンスをからかったそうです。マイルスという人はお茶目だし、一筋縄ではいかない人だから、そんな憎まれ口も、世間に抗って採用した白人ピアニストに対する彼なりの親愛の表現だったのでしょうね。

 マイルスという人は、本当に興味が尽きないです。こういうことを書くと、マイルスは白人差別主義者だと思い込む人もいるかもしれませんが、人間が生きている現実は、もっともっと複雑で、私はむしろ、率先してそういう憎まれ口を叩く、つまり、リーダーである自分が言ってしまうことで、他のメンバーが持つかもしれないそうした思考を自ら封じるというマイルスの振る舞いに、エバンスは救われたのではないかと思うのですね。そして、もちろん、マイルスはエバンスの言うことを聞かなかったわけでもありませんしね。マイルスという人は、クレバーな人ですから。

Kind  マイルスとエバンスの競演は、「1958 Miles」と「Kind of Blue」(写真)の2枚のアルバムで聴くことができます。そして、その2枚を聴くと、いかに世間に抗ってまでも、エバンスというピアニストがマイルスにとって必要だったかが分かります。

 マイルス・デイビス、キャノンボール・アダレー、ジョン・コルトレーン、ポール・チェンバース、ジミー・コブ、そして、ビル・エバンス。蒼々たるスタープレイヤーの中の、若手ピアニスト。マイルスは、コード中心のバップイディオムから旋律中心のモードイディオムへ、アップテンポからミディアムテンポへ、というテーマがありました。マイルスが考える、その新しいコンセプトは、残念ながら、彼が率いる一流プレイヤーたちには十分には理解されていなかったような気がします。但し、新進ピアニストであるエバンスを除いては。

 エバンス加入前に、ピアニストのレッド・ガーランドがマイルス・グループを脱退しています。クスリのせいだとも言われていますが、当時、萌芽としてあったマイルスの新しいコンセプトへの違和感も原因だったのではないかと思います。

 ジャズファンにはよく知られた話ですが、「Kind of Blue」に収録されている「Blue in Green」という静謐な名曲は、マイルス作曲とクレジットされていますが、エバンス作曲です。これがマイルス作曲とクレジットされているのは、コード進行の着想がマイルスであったことと、このアルバムに収録の曲をマイルスのフルオリジナルとしたいレコード会社の意向(もしかするとマイルス自身の意向)もあったと聞きます。そして、エバンスは、最期まで自身のピアノトリオで、この「Blue in Green」を演奏し続けました。「マイルスがつくった美しい曲です。」と演奏する前に付け加えながら。

Every_2  ホーン付きのバンドではなく、自身のピアノを中心とした活動をしたいと申し出て、マイルス・グループを脱退します。マイルス・グループ脱退後に制作されたエバンスのアルバム「Everybody Digs」のジャケットには、マイルスの言葉が署名入りで記されています。

 I've sure learned a lot from Bill Evans. He plays piano the way it should be played.   Miles Davis
(ビル・エバンスからは多くのことを学んだよ。彼は、ピアノはこう弾かなければいけない、という弾き方をするんだ。マイルス・デイビス)

 ちなみに、このエバンス脱退は、一般的に白人差別に耐えかねてと言われていますが、それは違うと思います。ひとつは、エバンスが語るように、自身の希望。そして、コルトレーンの手紙によると、エバンスの重度のドラッグ癖のため、マイルスがやむを得ず解雇したとのことです。「Kind of Blue」が録音されたのは、エバンス脱退後。そして、当時のマイルス・グループの正式ピアニストはウィントン・ケリーでした。

 つまり、エバンスが呼ばれたのはこのアルバムのため。死後発見されたコルトレーンの手紙の内容が真実であるとすると(プライベートな手紙ですからそのまま信じるわけにはいきませんが)、ますます、いかにマイルスがこのアルバムの制作にエバンスが必要だったかが逆説的にわかります。

 そして、マイルスはご存知のように、エレクトリック・ジャズという新しい世界を切り開き、エバンスは伝統的なアコースティック・ジャズを深化させていきました。マイルスのはく言葉には、いつもそこにユーモアがあり、たくさんのトラップが仕掛けられています。そして、いつも多くの共感と誤解がつきまといます。そして、エバンスがはく言葉は、愚直です。そして、それは、真理であるとともに、それゆえの嘘がつきまとっています。

 たった2年ほどですが、この対照的な2人の芸術家が深く関わった偶然は、彼らの後に生まれ、彼らの人生を俯瞰的に見ることができる私の特権からの視線ではあるけれど、歴史は必然なんじゃないかと思わせてしまうのです。私は、歴史は必然の流れだとは思わないけれど。

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2008年3月29日 (土)

栗田さんのこと悪く言うな!

 ってタイトルはまあご愛嬌です。面白かったです。久々、笑いました。

美味しんぼ感想1巻〜100巻 — 島国大和のド畜生

 私も、なんとなく惰性で「美味しんぼ」は買い続けています。単行本も出たら買うし、コンビニで売っているオムニバスみたいな感じの廉価本も必ず買います。で、栗田さん。私は栗田さん、大好きです。特に山岡(呼び捨て)と結婚するまでの栗田さん。栗田さんよ、なぜあんな男に、っていつも思ってました。ああ、山岡(呼び捨て)になりたい。

 栗田さん、もてもてなんですよね。でも、栗田さん、巷の女性にはあまり評判はよろしくないようです。まわりにいる女性に、美味しんぼの栗田さんってどう思う?と聞くと、たいていは、ああ、きっと根性悪いでしょって言います。そんでもって、私が、そんなことないでしょって、必死に反論。女性陣からは、あなたはまったく女性が分かってない、と罵倒されてしまいます。

 栗田さんは、結婚してから、どんどん慈悲深いやさしい表情になっていきます。雄山(呼び捨て)からも一目置かれるような。一気読みのとき、巻を進めていくうちに、なんとなく、栗田さんの持ち味がどんどん失われていくようにさみしい気分になります。私的には、山岡(呼び捨て)が、君が将来結婚する人はどうのこうのと言われて、「もう、この鈍感男!」と山岡(呼び捨て)のすねをヒールの先で蹴っていた頃の栗田さんが好き。

 元記事の作者さんも「こういう何の役にも立たない無駄作業をしないと、仕事で高速モードに入った脳が休まらない。」とおっしゃっていましたが、それなんかわかります。なんか美味しんぼというのは、仕事が忙しくなると読んじゃいます。で、あれこれ考えてしまいますよね。その内容は、ほんとどうでもいいような感じのことなんですけどね。そういえば、こんなエントリも書いてたなあ。

 てなことで、私もこれからお仕事に行ってきます。

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2008年3月26日 (水)

世の中がギスギスしているのは、クルマのデザインのせいかもしれない。

 世の中がなんだかギスギスしていると思いませんか。思わないですか、そうですか。となると終わってしまいますので、しばし世の中がギスギスしていると思ってください。で、どうしてギスギスしているのか、と考えてみました。

 不況のせいか。きっと、それもあります。でも、それを私が分析してみたところで、つまらないエントリが出来上がるだけなので、他の理由を探してみました。街を見回すと、クルマ、クルマ、クルマ。

 モータリゼーションの進化が世の中をギスギスさせている。それもあるかもですが、なんか面白くない。違うなあ、これは没ネタかな、なんてブロガーっぽいことを考えながらクルマを見てみると、気付くことがひとつありました。クルマの目(ヘッドランプ)がみんなつり上がっているんですね。よく見ると、どのクルマもそう。これかっ、って思いました。その後すぐに、何がこれかやねん、とも思いましたけど。

 では、ひとつひとつ見てみましょう。サンプルがあまりうまく集められませんでしたが、まあなんとなくは言わんとすることは伝わるんじゃないかと思います。まずは、いつかはクラウンでおなじみの国産車の王様、トヨタクラウン。私の中のクラウンのイメージは、こんな感じです。

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 それが、今はこんな感じ。ほら、かなり目がつり上がってますよね。精悍な顔つきになっています。

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 トヨタでは、その上の高級車であるセルシオ(よく見るとエンブレムがLなので、レクサスですが)も、昔はこんな感じでしたよね。

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 それが、今はこんなんです。まあ、デザインコンセプトがクラウンと同じ系統なのでこれは予想通りですね。

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 スカイライン。スカイラインは昔からつり目のイメージがありました。箱スカの頃も、日本のクルマの中で一番のつり目でした。SKYLINE JAPANというキャッチフレーズの頃はこんな感じです。※この写真は、「SKYLINE JAPAN」の頃ではなく、「超感覚スカイライン」(8代目 R32スカイライン)だそうです。h-teeさん、ご指摘ありがとうございました。

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 それが今はご覧のとおりです。かなり上がりました。

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 大衆車はどうでしょうか。大衆車と言えばカローラですね。ちょっとサンプルが古いですが、昔はこんな感じです。人が良さそうなやさしい顔をしていますよね。

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 それが、今やこうです。うーん、カローラなのに、という感じ。

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 シビックも。これもサンプルがずいぶん古いですが、私の中ではシビックってこんな顔。子供の頃に見たシビックは、なんだかやんちゃな顔でした。

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 それが、いまやこんなに賢そうな顔になっています。

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 軽自動車も同じです。ミラ。昔はほんとにいい人っぽい顔をしています。嘘なんかつけなさそうですね。いかにもダイハツという感じです。

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 それが、今やこんな感じ。でもまあ、いい人っぽいのは変わらないようですが。

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 スポーツカーだってそうですね。マツダのMX5。サンプルは確か2代目ですね。リトラクタブルヘッドライトから、固定式になったときのもの。

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 それが、目が切れ長に。ちょっと男前になりました。

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 これは、きっと外車の影響もあるんでしょうね。クルマデザインの時代のスタンダードをつくるのはドイツ車でしょうから。メルセデスベンツは、私の中のイメージは、こういう落ち着いた堂々とした顔でした。

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 それが、いまやかなりのつり目ですね。目張りをびしっと入れた感じ。

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 商用車だって負けていません。これは、今回調べてみていちばん驚いたことです。まずは、働き者クルマの代表選手である、タウンエース。この顔、よく見ましたよね。たれ目で、パンダというか、アライグマというか。商いにぴったりの顔つきですね。

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 下の写真が今のタウンエースのデザイン。なんだかなあ。前のほうが愛嬌があってよかったなあ。

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 トリを飾るのは、日野レンジャー。日野といえば文化放送「走れ歌謡曲」ですねって、そんなイメージは私だけか。日本の物流を支える顔はこんな感じでしたよね。質実剛健。これぞ、勤勉なる日本人の顔です。

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 レンジャーまで、つり目になているんですよね。しかも眉毛まで。

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 それにしても、つり目ばっかりです。要するに、つり目の精悍な感じが今の売れ筋のデザインということですね。ということは、つり目を求めたのは、消費者だったりもするので、なんとも言えないところがありますが、案外、世の中の気分を決定するのはクルマのデザインだったりするのは、あるんじゃないかな、と思います。なんせ、あれだけのクルマが街にあるわけですし。建物は流行のデザインが街を覆ってしまうのには時間がかかりますが、クルマは入れ替わりが早いですからね。

 でも、まあ、世の中もこういう感じだし、そろそろやさしい感じのデザインが流行るんじゃないかな、なんて思ったりもします。5年後くらいに、同じネタで書いてみたいです。たれ目の時代になっていて、「世の中がぬるま湯なのは、クルマのデザインのせいかもしれない。」とか書いてたりして。

あれからこんなの書きました(2008年12月6日):口もとで来たか(HONDAライフのフルモデルチェンジ「SMILE! LIFE!」について)

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2008年3月25日 (火)

「ほぼ日手帳」を使いこなす人に、私はなりたい。

 あこがれます。モーレツにあこがれます。ほぼ日手帳を使いこなしている人。色ペンで予定を書いたり、ちょっとしたイラストに感想を添えたり、街で見つけた素敵なデザインを模写したり、フライヤー(ちらしと言わないところがミソ)の写真を切り抜いて貼ったり。ポケットには、ライブや美術展のチケットとかを入れて、なぜか外国の小銭もさりげなく入っていて、バンドエイドなんかも入れておくと実用的でいいかも、なんて思ったり。

 じつは、3年ほど前は、ほぼ日手帳を使っていました。赤いやつ。皮じゃなくて、ナイロンの。今はなき、新宿ロフトで購入。使ってみて思ったのは、手帳としてすごくよく出来ていること。見開きできちんと平らになるし、ペンさしも便利。予定表も書きやすく、見かけによらず、ものすごく機能的。手帳というものを考え抜いて作られているんだな、と感心します。

 でも、私には合いませんでした。まず、そんなに書き込むことがないんです。予定なんかも仕事のことばかり。それに、さあ書きましょう、というような感覚の手帳だと、覚えられる予定は逆に書かなくなってしまうんです。記憶に頼ってしまうんですよね。生活のあれこれなんかも、特に書くことがないし、食事をメモしてもいいかなと思ったけど「本日、王将にて、天津飯と餃子。昨日も食べたけど、やっぱり美味しかった。」なんて書いてもしょうがないなとも思いました。

 白地ばかりの手帳を見ていると、リア充できない自分が情けなくなるんですね。昨日も今日も何もなかったし、明日も何もないだろう。そう思うと、ほんと自分が嫌いになってきます。それに、日常生活って、うれしいことばかりじゃないし、イライラしたり、怒ったり、とんでもなく落ち込んだり、自分が嫌になったり、そんなときも多いじゃないですか。それを素直に言葉にしたくは、やっぱりないんですね。

 ウキウキしたときに書いた浮かれた文章を、イライラしている自分が見て、なんだこれ、アホちゃうか、みたいな気分になったりもしました。それに、思いついたことをメモする習慣があまりなく、思いついたアイデアを脳みそに溜め込んで、時間がある程度たってもまだ覚えているものだけが使えるアイデアだと思って来たので、アイデアメモ的に使うこともできず。

 ほぼ日手帳を使いこなせる人って、すごくうらやましく思います。「ほぼ日手帳CLUB」に登場する有名人を見ていると、ああいうふうになりたいなと切に思います。私は、手帳を使いこなせないくせに、人様の手帳活用術を見るのが大好きです。なるほど、こういうふうに生活をしているんだなあ、なんてその人の暮らしぶりを想像するのが大好きです。

 でも、自分には、手帳に暮らしを表現するのが下手くそなんですね。ほぼ日手帳というプロダクトが持っている「生活をもっと楽しむ」的な世界観は嫌いでもないし、むしろ好きなくらいなんだけど。ああいう世界が嫌いなら、もっともっと切れ味の鋭いことも書けるんでしょうけど、私の場合、ああいう世界をむしろ憧れているところがあるからなあ。「ほぼ日手帳2008 SPRING」というコンテンツの中に、「みんなの使い方」というコンテンツがあって、音楽が流れていい感じなんですよね。ひとつひとつの写真を見ながら、なんか顔がほころぶんですよね。悔しいけど。

 そのコインの裏側には、きっとGoogle Calenderとか、Microsoft Outlookとかを使いこなす、合理性と緻密さを追求するクールな世界もあるんでしょうが、そっちにも行けず。12月とか、3月とかは、本屋さんの手帳コーナーに立ち寄って、いろんな手帳を眺めながら、いつもそんなことを考えてしまいます。今年こそ変わろうなんてことも思うのですが、どうせ変われないとも思う年齢にもなってきたような気がするし。そんな私には、やっぱりスマートフォンのスケジュラーで十分な気がします。

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2008年3月23日 (日)

クライアントか、スポンサーか、お得意先か。

 最近は、パートナーという言い方もあるようですね。広告会社から見た広告主をパートナーと呼ぶということの意図するところは、広告主と広告会社は対等であるべきみたいなことなんでしょうけど、広告主と広告会社は非対称な関係であるのは変えられない事実で、それは個人的には、考え方や理想としてはわかるけどピンとこないです。それよりも、非対称な関係だからこそ、広告主は専門家である広告会社に依頼する意味があると思うんですね。

 我々が専門家たり得ているのか、という論議は大いにありますが、まあ今はそれはそれとしてとりあえず置いておいて、まずは、もっとも一般的だと思うクライアントという言葉から。ウィキペディアにはこうあります。

クライアント(client)とは、広告の用語で、広告代理店が依頼を受けて担当した広告主のことをいい、特に得意先、顧客を指す言葉として用いられる。同義語にアカウント(account)がある。

一般に用いられる広告主(広告料を支払って広告活動を依頼する法人または個人)はアドバタイザー(advertiser)、民間放送の広告主、番組提供者はスポンサー(sponsor)、得意先となりうる見込み客をプロスペクト(prospect)として区別している。

したがって、雑誌や新聞などの紙媒体における広告主をスポンサーと呼ぶのは適切ではない。

クライアント(広告) - フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 clientという言葉は、ラテン語が由来だそうで、忠告を聞く人という意味がある言葉だそうです。心理療法なんかでも、相談者のことをクライエントと言いますし、この言葉は、専門家である広告会社が相談者である企業に、マーケティングやストラテジーを提供するという関係性を表現しています。我々が広告主のことをクライアントと呼び出したのは、それほど昔ではないような気がします。

 昭和44年(1969年)に発行された『みごとなコピーライター』という西尾忠久さん(参照:著作をブログ化されています。これは素晴らしいことだと思います。)のアメリカ広告業界で活躍するコピーライターのインタビュー集では、広告主のことをアカウントと呼ぶ記述が多くみられます。ナンバー2キャンペーンで有名なレンタカー会社がエイビスに対抗して、ナンバーワンであるハーツの広告を担当したことで有名なジム・ダーフィーさんだけは、明確にクライアントと呼んでいます。

 DDBがワーゲンの広告キャンペーンで一躍有名広告代理店の仲間入りをした頃は、まだ牧歌的な時代(ある意味では戦国時代)でした。その時代が終わり、一応の決着が出た後は、欧米の広告代理店はどんどん肥大化していきます。マーケティング理論や調査手法も緻密化し、そうしたムーブメントの中から、クライアントという言葉が生まれたのでしょう。これは推測ですが、多種乱立時代から、メガエージェンシーの時代に移行するときに一般化した言葉のように思います。

 この言葉、広告会社の間では一般的ですが、広告主は自分たちのことをクライアントとは呼びません。そりゃそうですよね。広告会社の身内では「こないだ、とあるクライアントがさあ」と呼び、広告代理店では「あの代理店、いいかげんなんだよね」と呼ぶ。そんなリアリティを持っている言葉です。身内向けの言葉ですね。

 次に、スポンサーという言葉。これは、私より随分先輩の広告人がよく使う言葉ですね。先のウィキペディアの記述にもありますが、これは、番組提供が由来。日本の広告会社はテレビ局、ラジオ局とのつながりが深く、民放の番組のためのスポンサーを探すことが広告会社の仕事であるという意識が強かったので、その番組スポンサーが一般化して、広告主の総称として使われたのでしょう。

 年配のクリエーターさんは、広告主のことをスポンサーとよく言います。そのニュアンスは、表現者として広告作品を作らせてもらえる、みたいな感じがあります。とある年配のクリエーターさんは、社内の担当営業のこともスポンサーと呼んでいました。つまり自分にとってのスポンサーですね。それはある意味でわかりやすいなあ、と思いました。クリエーターという人種は、良くも悪くもそんな感じです。このスポンサーという言葉は、今ではあまり使う人がいなくなりました。使うのは、もっぱらテレビ、ラジオの業界でしょう。

 最後に、お得意先。これは、もうビジネスが続く限り生き続ける言葉でしょう。お得意、と短く言うことも多いです。でも、これは広告用語ではなく、一般のビジネス用語というか、商売の言葉ですね。私は、この言葉を使うことが多いです。

 クライアントも、スポンサーも、パートナーも、それを発するときに、自分の考え方を問われるような気分になり、ちょっとしんどいんですね。考え過ぎかもしれませんが。私自身は、理想としてはパートナーな感じを目指したいなと思いますが、それを目指す最中に、それが実現してないにもかかわらずパートナーと呼ぶのは、なんか気恥ずかしい感じがします。まあ、分かりやすく言えば、照れるんですね。

 余談ですが、一頃、広告代理店を、広告会社もしくはエージェンシーと言い換えよう、みたいな空気がありました。クライアントといい、広告会社やエージェンシーといい、広告会社側の自意識が見え隠れして、ある意味、なんかかわいらしいというかいじらしいというか。そんな私も広告会社と書いてしまっていますね。

 英語のagencyには代理店という意味がありますが、この広告代理店という言葉が日本で定着した理由には、日本の広告会社の多くが、媒体社の広告販売代理店にルーツを持つということが挙げられるでしょう。日本の広告会社の実務の現状にはぴったりくるというか。

 ホイチョイプロダクションのマンガ「気まぐれコンセプト」を見ててもそんな感じがします。ちなみに、あのマンガに出てくる白クマ広告社制作局のマツイさんは、元サーファーですが、確かにこの業界にはサーファーが多いですね。なぜだろう。ちなみに、私は元サーファーではありません。でも、ジャズ研出身ではあるので、まあ、ある種の典型ではあるんでしょうね。

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2008年3月22日 (土)

いい空気をつくる人。

 ブログのエントリと広告は似ているところがあって、本人がこれは自信があると思って書いたものがあまり評判にならなかったと思えば、何気なく書いたものが思わぬ評価を得ることがあって、そんなコントロールのできなさ加減がなんだかせつないものがありますね。広告の場合は、やはり本職なので、わりあい意識して狙いにいきますが、ブログのほうは、毎日機嫌良く書ければいいやと思っているところに違いがありますが。

 長いこと広告稼業をやっていると、それなりに評判になった広告をつくる機会もあるわけで、まあそんなに有名なクリエーターでもないので、多くの人は知らないけれど、業界の人に見せると、ああ、あの広告をつくった人なんですか、なんてこともあります。でも、そんな世間の評価みたいなものを度外視して自薦でお気に入りの広告を選んだら、私の場合、見事に何の評価も受けずに消えてしまった広告ばかりです。まあ、消えてしまったといえども、沈黙の評価というのを私は信じていますけどね。

 そんな自作の中で、いまも自分で、いいなあ、なんて思うのが、タイトルになっている某空調メーカーのコピーがついた広告です。ブログをはじめた頃は、あまりブログの空気がわからなかったので、自作の紹介などをしていましたが、ブログというものはあまりそういうのに適さないメディアであるような気がしますので、最近は自作の紹介はしなくなってしまいました。それに、こういう個人メディアに載せていいのかわからないところもあって、それよりも今自分が考えていることのほうが重要な気もしますので。まあ、今のところ、そんな感じです。

 なので、広告の会社名も明かしませんし、ビジュアルも載せないのは何ですが、「いい空気をつくる人。」という広告の言葉は、自分がつくった言葉の中ではわりと好きなんですね。小さい広告でしたが、実際に出稿された広告なので、もしかすると覚えている人はいらっしゃるかもしれません。

 マーケティング的には、その空調メーカーが総合家電メーカーに対抗するためには、専門性を打ち出すことが必要、みたいなことではありますが、それよりも、「いい空気をつくる人」というのは確かにいるなあ、というのが実感としてあり、私はあまりそういう人ではないので、そういう人への憧れやら、尊敬やら、嫉妬やら、そんな複合的な感情が入り交じって、個人的には今も妙に記憶に残る言葉ではあるんですね。

 いい空気をつくる人というのは、今の時代、すごく求められているような気がします。空気を読むというのが流行りましたが、空気を読むより、空気をつくるというほうがポジティブな感じがして好きです。でも、空気読め、は流行しましたが、空気つくれ、は流行りませんでしたが。今は、いい空気をつくる人が、さみしそうにうつむいてしまう時代のような気がします。それこそ、空気を読めよ、なんて言われてね。なんか世の中がギスギスしているなあ。

 今日、駅のエスカレータでもたついているご老人がいらして、それを見た若者が、遅えなじじい、みたいなことを、それこそみんなに聞こえる声の大きさで言っていたんですね。友達と2人でした。ということは、彼は、きっとその友達もまわりの人もいらいらしているという空気を感じて、その空気を読み、同意を求めるかのようにそう言ったということなんですね。よくぞ言った、みたいなことを思われたかったのでしょうね。さみしい。

 最近の若いもんは、といったステレオタイプな話になりそうですが、じつは世の中の空気はそうでもなく、いちばん荒れているのはおじさんおばさんのような気がします。街で、チッっていう舌打ちをよく聞くようになったのは気のせいではないと思います。そんなにイライラしても、何も変わらないのになあ、とこっちまでイライラしてくるのは、やはり空気はつくられる証拠でもありますね。

 できれば、いい空気をつくりたい。ほんと、そう思います。なんかいい人っぽいこと書いちゃってますが、いい人っぽいことを書く人は、本当はやな人と相場が決まっていて、そんな感じの私だからこそ、なおさらいい空気をつくる人になりたいな、なんて思うんですね。でも、私には無理かもしれないな、とも思います。ないものねだりですね。いい空気をつくるっていうのは、一種の才能のようなものでもあるから。

 そろそろ桜が咲きますし、「時代なんてパッと変わる。」という秋山晶さんの名コピーがあるように、突然おおらかな世の中に変わるかもしれないので、悲観はしないでおこうと思います。これを書いたきっかけは、駅のあの若者を見てやな気持ちになっただけなんだし、時代なんて本当にすぐ変わるから。でも、同じ秋山さんが「時は流れない。それは積み重なる。」なんて書いているわけだし、その秋山さんの代表作は「ただ一度のものが僕は好きだ。」だったりするので、あてにはなりませんが。まあ、広告なんてものは、書くというより、時代に書かされている、みたいなところがありますからね。

 それにしても、今の時代、むずかしいなあ。

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2008年3月20日 (木)

ファーストフード考

 今日が休日であることを、昨日の夜中に知りました。昨日は妙にスケジュールが立て込んでいて、朝から忙しく、会社での会議やら、スタジオやら、お得意先やら、いろんなところに移動することも多い日でした。忙し、忙し、忙し、とやっていて、雨の中、CM制作会社のプロデューサーさんとタクシーに乗っていると、そのプロデューサーさんが「明日、山梨に墓参りなんですよね」と。えっ、急にどうして、なんて思っていると、どうも話に妙な違和感が。で、愛機W-ZERO3[es]くんのスケジュラーを見ると明日は休日でした、というのがことの顛末。なんかすごく得した気分です。

 ファーストフード考というタイトルを付けてしまいましたが、いつものように見切り発車です。書きながら、考えてみたいと思います。お暇な方は、この先もおつきあいくださいな。私は、味覚についてはあまり自信がありません。吉本隆明さんの本に、鰹節ネギごはんという自慢の一品について書かれていましたが、私はあれをものすごく旨そうに思います。どんなものかというと、鰹節をかいて、ネギを刻んで、炊きたてのごはんの上にのせ、醤油をかけて食うというもの。私もよくやりますが、恥ずかしながら好物です。

 吉本さんは、よく化学調味料(今風に言えばうま味調味料かな)を使うみたいで、それをからかうような批評もよく目にしますが、私の場合はその吉本さんの文章を読んで、妙に安心します。私の親の世代は、よく化学調味料を使いますね。お漬け物に振りかけたり。あれ、あまり大きな声では言えませんが、旨いんですよね。でも、まあ、今やラーメンも無化調の時代。化学調味料って、なくてもなんとなく大丈夫なもののような気もします。

 ファーストフードは、よく利用します。牛丼とか、立ち食いそばとか、ハンバーガーとか、フライドチキンとか。便利なんですよね。それに、そこそこ旨いし。いやいや、格好をつけて言えば、まずくないということでしょうか。私は、食に関してはこだわりがあまりないので、ハンバーガーならマクドナルド、牛丼なら吉野家が好きです。安心できる味なんですね。味の基準になってしまっているというか。マクドナルドはパンとハンバーグのバランスがいいような気がします。吉野家は、肉の脂身具合とあの薄さが好きです。

 あと、やはり関西出身なので餃子の王将ですね。本当は大阪王将が好きですが、東京にはあまりないので、京都王将が多いです。餃子と天津飯。最近は、関西風の塩味あんかけの天津飯が選べるのがうれしいです。この間、王将でかに玉定食を頼んだお客さんがいて、店員に「これ、かにが入ってないんだけど」と文句を言っていましたが、まあねえ、王将ですからねえ。店員さんは「少ないけど入っています」と答えていました。そこにいたお客さんは心の中で大爆笑だったのではないかな、と思います。

 ケンタッキーフライドチキンは、ときどき食べたくなります。美味しんぼによれば、あの柔らかい肉質はNGらしいですが、私はあの感じは好き。いま世界で使われている企業スローガン(広告コピー)は、It's finger lickin' good.というもの。lickというのは「なめる」という意味なので、指をなめたくなるくらい美味しい、みたいな意味ですね。ケンタッキーフライドチキンの指をなめるという映像は、マーケティング界では有名。CMで指をなめるシーンをインサートしたら、売り上げがすごく上がったそうです。

 とはいいつつ、街の商店街がファーストフードチェーンばかりになるのはさみしい感じもします。地元でがんばっている定食屋さんや中華屋さんなんかにもがんばってほしいなあと思います。高円寺の「ニューバーグ」や中野の「タブチ」、新橋の「ポンヌッフ」、銀座の「ジャポネ」、独立系でたくさんの人に愛されているお店はまだまだあります。でもまあ、一方でファーストフードチェーンを利用しつつ、地元のお店を応援するというのは、お客さんという立場っていうのはほんと勝手なもんですね。

 ファーストフードなんかも、最近はずいぶんスタイリッシュになってきて、これはファーストフードの範疇かどうかわかりませんが、スターバックスなんかは、いろいろ自分でカスタマイズできるようです。あの長い注文が私は苦手なので、どうも敬遠してしまいます。なんか気恥ずかしいです。そんなふうに思って検索してみると、「スタバで出来るだけややこしい注文をためす」というページがありました。さすが、デイリーポータルZさん。それと、サンドイッチのサブウェイも苦手。なんかヘルシーな感じで美味しそうだなあと思いますが、注文のやりとりを思うと尻込みしてしまいます。

 子供の頃のファーストフードと言えば、だんぜんたこ焼きですね。子供はお金がないので、8個入りの舟では買えず、そんな子供たちのために、「たこせん」という、エビせんべいを半分に割って、たこ焼きを2つサンドするものがありました。あれ、好きでした。少し前に、大阪の茶屋町で久しぶりに食べましたが、おいしかったです。東京でも流行るのになあ、なんて思いますが、単価が低くなってしまうところが、ちょっと難点ですね。

 大阪は、たこ焼きとかいか焼きとか、粉もんのファーストフードが多いですね。うどんなんてのも、粉もんですし。そうそう、あと美味しいのは、肉屋さんのコロッケ。熱々のやつ。肉なんか、ほんのちょっとしか入ってないやつ。紙の袋に入れてくれるんですよね。よく食べました。口の中がやけどするんですけどね。期せずしてやってきた休日だし、街歩きでもしてみようかな。ではでは。

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2008年3月19日 (水)

空き時間は何してますか。

 私の職種で言えば、スタジオワークだったり、プレゼンなどの移動の時間だったり、そんな感じですが、空き時間も業務時間には変わらないので、厳密に言えば、業務時間に何やってるんだという話ではありますけど、まあ堅いことはなしで。

 これまでは、もっぱら雑誌を読んだり、文庫本だったり、紙メディアで暇をつぶすのが多かったですが、モバイルやらケータイやらが出てきて、状況が一変してしまったような。みんな揃いも揃ってケータイをカチャカチャ。ある人はミクシィだったり、ある人はブログを呼んだり、軽いゲームをしたり。

 最近は、スタジオなんかでもネットが自由に見られるようになっていて、そんでもって、プレゼンへの移動で空き時間ができてしまったので、ブログなどを書いてみようかな、なんて思ってる次第で。でも、何やってるんだろ俺、という気持ちもなきにしもあらずで、ビミョーな感じ。別に書きたいテーマがあるわけでもなく、そこにPCがあるからという感じで書いているんですよね。

 そもそも、こういう感じの言葉っていうのは、今までは読むことができなかったし、書くこともなかったんだろうな、と思うと、なんとなく不思議な感じがします。ブログができて、ネット環境が社会で充実してからですね。と考えると、あくまで表出という面で言えば、環境が内面を規定するというか、新しい環境が生まれることで、新しい内面が生まれるということなんでしょうし、下部構造が上部構造を規定するなんて言い方も、案外、いまなお通用する気もしないでもなく。でも、環境が変わろうと頑固に変わらない内面ってのもある気もします。

 でもまあ、暇つぶしで最強なのはおしゃべりでしょうね。それも、うわさ話のようなたわいもないもの。あっという間に時間が過ぎます。そう考えると、私はユーザとしてはわりと苦手ではありますが、コミュツール系のウェブサービスっていうのは、人間の欲求に根ざしているような気がして、果てしなく出てくるコミュツールっていう分野というのは、ウェブサービスをつくる人たちにとっては、おもしろいのだろうな、なんてたわいもないことを考えたりします。

 そろそろ時間のようです。ではでは。

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2008年3月18日 (火)

もし、ビル・エバンスのあのセッションが月曜日だったら。

 もしかすると、私はビル・エバンスを聴いていなかったかもしれないというお話。蔵書を整理していたら、2001年に出版された「文藝別冊 総特集ビル・エヴァンス」というムック本が出てきました。うれしい。この本の存在を長い間忘れてました。で、つらつら読んでいると、ポール・モチアンのインタビューが。話題はもちろん、かのビレッジ・バンガードのライブについて。あのライブのギャラは1晩で、ひとりあたりたったの10ドルだったそうです。

 「バンガード」ではよく演奏したもんだ。時には人が少なくてめげてしまったこともあるけどね。こんなこともあった。二セット目が終わってもうお客さんがほとんどいなくなってしまった。そこでビルがオーナーのマックス(・ゴードン)に言ったんだ。今日はこれで終わりにしたいんだけど、ってね。そうしたらマックスが、まだ三人いるじゃないか、帰っちゃダメだよ、って慌てていたのがおかしかったね。(聞き手・構成:小川隆夫)

 へえ、そうんなんですね。ポール・モチアンの話し方は、なんとなく落語家っぽいところがあるので、湿りがちのあの頃の話も、ユーモアがあっていいんですよね。スコット・ラファロを失って落ち込むエバンスについて「ぼくとしてはほうっておくしかなかったよ。」と語るポール・モチアン。そのあっけらかんとした明るさの中に、きっと現実というものの本当の姿があるんでしょうね。

 あのライブ録音、ビル・エバンス・トリオのバンガードでの初単独ライブだったそうです。その日が日曜日だったこともあり、オーナーのマックス・ゴードンはしぶしぶ録音を許したそうです。日曜日はお客が少なく、ジャズのライブハウスは暇なんですね。あのCDをよく聴くと、客は聴いてないんですよね。おしゃべりばっかり。へんなタイミングで笑い声が聴こえるし。

 もし、あのライブが月曜日だったら、マックス・ゴードンは録音を許してなかったかもしれない。そう考えると、あのライブ盤はなかったかもしれない。そう思って聴くと、ああ日曜でよかったなあ、としみじみ思います。しかしあれですね、このアルバムは何度聴いてもいいですね。グルーブが瑞々しいんですよね。熱い、でもなく、激しい、でもなく、瑞々しい、という表現がぴったりのような気がします。柔らかくしなやかな筋肉をもった若い人が、気持ちよく走るときの感じ。なんか、もうちょっといい表現はなかったかな、とも思いますが。

 ラファロの死後、抜け殻のようになったエバンスから、モチアンに電話がかかってきます。「チャック・イスラエルって知っているかい。」そして、エバンスは再びモチアンとともに活動を始めます。当時、エバンスは借金まみれになっていたそうです。薬ですね。ジャズマンにはありがちな話です。「こうして、ぼくたちは次の時代に向けて新しい一歩を踏み出したのさ」と話すモチアンって、ほんとにいい感じ。ドラムの音と一緒です。モチアンのドラムって、暖かくて、ふわっとした包容力がありますよね。このおじさん、私は大好きです。

 

注:このエントリの中で、あのセッションとか、あのライブ録音とか言っているのは、「Waltz for Debby」と「Sunday at the Village Vanguard」のことです。リンク先で視聴(Real Player)できます。聴いたことがないひとは、だまされたと思って一度聴いてみてくださいな。ロックな人でも案外すんなり聴けると思いますよ。とくに、ジャズを食わず嫌いな人は、この2枚から聴き始めるといいと思います。


参考:The Village Vanguard Web Site

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2008年3月17日 (月)

They are just what you like.

 NHKの「迷宮美術館」という番組を見ていると、ホイッスラー(参照)という画家のエピソードが紹介されていました。私はあまり美術に詳しくはありませんので、こうした教養番組はすごく楽しめます。こういう時、知らないってお得です。このホイッスラーという人、浮世絵などの日本美術の影響を強く受けた画家だったそうで、当時の美術界から見ると、かなりの異端児であったそうです。

 絵画は、色と形から構成される自律的な芸術であるというのが、ホイッスラーの考え方だそうです。今となっては、それは当たり前ではありますが、彼が生きていた19世紀後半という時代は、印象派が前衛芸術運動であった時代でもあり、そういう考え方が、前衛というか、そんな感じだったんでしょう。また、欧米の信仰的なこともあり、自然をありのままに再現するのが絵画芸術であるという考えがまだまだ一般的だったようです。

Whistler  ホイッスラーは、1877年に「黒と金色のノクターン-落下する花火」という作品を発表します。その作品に対して、自然をありのままに再現することを是とするラファエル前派(参照)など芸術運動の理解者であり、英国美術批評界の権威でもあったラスキンに、「まるで絵具壷の中身をぶちまけたようだ」と酷評されるんですね。それに怒ったホイッスラーは名誉毀損で裁判を起こします。

 その裁判の中で、作品の中にあるこの部分(どの部分だったかは忘れました)はいったいどういう意味なんだというラスキンの問いに対して、ホイッスラーはこう答えました。They are just what you like.(お好きなように考えてください)結局、ホイッスラーは勝訴するのですが、裁判費用なんかで自邸を売却するはめになったそうです。

 迷宮美術館によると、この絵画は売れなかったらしいです。でも、やっぱり芸術家というのは、すごいもんだなあ、と思います。多くの犠牲と引き換えにしてまで、自身の芸術の名誉を守りたかったんですから。

 広告の実務なんかでも、このビジュアルの意味は何なの、と問われることは多いです。そのとき、やはりホイッスラーのように、お好きなように解釈してくださいな、なんてことは言えないわけで、この番組を見ながら、不謹慎にもそんなことを考えました。それよりも、情けないことに、企画意図を説明するために分厚い企画書を書いたりするんですから。

 英国の大手広告代理店のアカウント(営業)に向けた研修で面白いものがあります。クリエイティブがでたらめに作った広告案を、クライアントにプレゼンテーションする研修です。でたらめに作っているわけですから、意味なんてありません。だけど、アカウントはそれをもっともらしいプレゼンをして必然にしないといけません。

 アカウントという職種は、どうしても自分が説明しやすい、つまり、売りやすい広告をつくりたがる傾向があって、それを戒めるための研修らしいですが、まあ、欧米の広告代理店は面白いことを考えるもんだなあと思います。

 私は、講師の代理で若いクリエーター志望の方々に向けて講義をしたことがあります。そのとき、リップサービスとして、広告の面白いところは、広告の目的に忠実に表現をつくると、ほかの絵画などの芸術では絶対に考えつかない新しい表現ができるので、やりがいがありますよ、なんて話したんですね。それは、ピュアアートをやっている人にはできない新しい表現だし、興味深い世界でしょ、なんて。落ちは、だから、広告目的から逃げちゃだめ、みたいな。

 そんなことを話すと、ある真面目そうな生徒さん(企業の宣伝部で働いている方でした)が、それって、クライアントがお金を出しているのに不謹慎じゃないですか、とちょっと怒って言いました。私は、でも斬新でないと広告の目的を果たせないじゃないですか、なんて答えましたが、まあ、そういう考え方もあるなあ、なんて思います。だから、クリエイティブも、なるだけ企画書を書いた方がいいと思うんですね。

 ホイッスラーのThey are just what you like.とは逆の結論ですが、斬新で広告効果の高い表現を納得してもらうために、できることはぜんぶやっとこうという感じです。

 企画書と言えば、今日はずっと企画書をパワーポイントで書いていたんですが、私の個人PCのパワーポイントが2008 for macなので、なんか調子が狂います。まだ、慣れないです。というか、立体とか影とか、アクア的な効果とか使わないし。それに、最新機能を使うと、旧バージョンとは互換性がないんですね。拡張子も.pptから.pptxに変わっていますし。それと、ツールバーの縦表示ができないんですよね。これ不便。ただでも小さな画面を有効に使いたいのに。それとも、ツールバーの縦表示はできるのかしら。

 というより、かなり脱線してしまいましたが、まあいいや。ホイッスラーについて知りたい方は、ネットを検索すると、かなりのことまで知ることができるみたいですね。今の時代、やる気になれば、どんどん知ることができるんですね。少し前まで、広告で何か調べるのに、図書館に行ってたことを思うと、すごい進化です。今や、会社のホワイトボードに日比谷図書館直行なんて気軽に書けなくなりました。ではでは。

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2008年3月16日 (日)

どんなことでも10年間やり続けることができたなら、誰でも一丁前になれるんだよ。

 そんなことを吉本隆明さんは折に触れて言い続けています。私は、その言葉に結構勇気づけられました。吉本さんのいいところは、10年とか50%とか、ズバッとした割り切りをするところですね。10年に科学的な根拠があるのかというと、そうでもないとも思いますが、これが12年とか8年とかだと、メッセージの切れ味的には、やっぱり駄目なんでしょうね。

 この10年間毎日というのも、だらだら10年間続けても一丁前にはなれないとも思うし、10年間プロレスを見続けても、評論家にはなれるかもしれないけれど、プロレスラーにはなれないように、スクワットとか腕立てとか受け身とか、そういう地味な努力を毎日続けるということなんでしょうね。

 吉本さんは、25時間目という言葉もよく言われます。私はこの言葉が好きで、このブログでもよく出てきますが、私の仕事に関して言えば、日常の広告の仕事の時間と生活の時間のほかに、25時間目に広告のことやコミュニケーションのことを考えられるかどうか、ということなんだろうと思います。

 寝ても覚めてもと言いますが、仕事の時間、生活の時間の他に、自分が勝手に設定した25時間目に考えるあれこれを綴るブログという個人メディアを持てたことは、本当にありがたいことだなと思います。

 10年前と言えば、1998年です。Googleという会社ができた年です。Windows 98が発売された年です。AppleからiMacが発売された年でもあります。10年ひと昔というけれど、なるほど、こうして見ると何か象徴的ではありますね。日本で言えば、「ほぼ日刊イトイ新聞」が創刊された年でもあります。

 私は、ほぼ創刊のときからの読者ですが、ほんとすごいもんだなあ、と思います。ほぼ日とは言いながら、毎日なんですよね。なかなかできるものではないと思います。糸井さんは、9年目の挨拶(参照)に、吉本さんの言葉に触れておられますね。あと82日ほどで10年目だそうです。ちょっと先回りですが、もうすぐ10周年、おめでとうございます。

 ほぼ日刊イトイ新聞というネットメディアを、私はすごく意識しています。なぜかというと、ほぼ日は、収益モデルが広告モデルではないからなんですね。これって、もしかすると、今、ある程度の規模のネットメディアでは唯一なのではないかなと思います。あまり詳しくないんですが、いま私の知識で広告に依存しないネットメディアとしては、ほぼ日だけではないかなと思います。もはや、ほぼ日は、糸井さんの個人メディアではないと思うし。

 Googleが10年かけてウェブにおける広告モデルの基礎をつくりつつあるように、ほぼ日は、10年かけて広告モデル以外の収益モデルでウェブメディアが成り立つことを示しつつあるような気がします。糸井さんは、クリエイティブの場所を、自分の領域に取り戻すために、ほぼ日を作ったと言っていました。それまでは、糸井さんにとって、クリエイティブの場所は、広告という場所でした。その糸井さんの10年は、チクチクと、今の私に突き刺さります。


追記(3月17日):「まなめはうす」さん取り上げていただきました。「まなめはうす」さんも運営が10年を超えているそうです。ほんと、すごいなあと思います。3年とかじゃなく、10年ですもの。なかなかできるものではないですよね。

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2008年3月15日 (土)

バーチャルスタジオって、知ってました?

 やりかた次第では広告表現の幅が広かるかもしれないな、と思いましたので、ご紹介します。まあ、今やお金をかければたいていの表現は可能ではありますので、予算の中でどう思え描くクリエイティブを実現していくかっていう観点からのご紹介ですので、あしからずですが。

 紹介したいのはバーチャルスタジオというもので、テレビの番組制作なんかではおなじみの技術です。NHKのサイエンスZEROとかでもそうですね。私、これをはじめて利用しまして、なるほどなあ、よく考えられているな、と思いました。

Cg_2  仕組みは、こんな感じです。

 基本的にはブルーバック(写真はわけあってグリーンバック)のスタジオ撮影なわけです。CGの場合、よく使いますよね。ブルーの部分が抜けるので、人物や物のマスクを切って合成したいときに使います。撮影は、すべてこのスタジオを使います。写真では人物とテーブルが本物で、それ以外のセットはありません。

 カメラは定点が1つと、クレーンが1つ。そこそこの大きさがあるスタジオでしたので、クレーンはかなり上からのアングルが撮影できます。まあ、ここまでは普通のオールCGのスタジオものとかわりはありません。普通のやり方は、こうした人物や物をブルーバックで撮影して、映像編集スタジオでCGと合成するやり方ですね。

 でも、この普通のやり方の場合、けっこうカメラアングルが制限されてくるんですね。なぜかというと、カメラがぐぐーっと動くと、CGもぐぐーっと同じように動かないといけなくなるんですね。人物のカメラアングルとCGのカメラアングルが少しでもずれると、違和感が映像に出てしまいます。照明との複雑なからみもありますし。そのためには時間とお金をかけるか、もしくは、アングルを少なくするかしかありません。

 私の場合、低予算の場合は、あえて演出コンセプトをシンプルイズベストにしていきます。引き算ですね。人によりますが、私は、予算がないのに豪華を目指して、それが予算の関係でかなわなくなる、みたいな映像は好きではないんですね。なんとなくその挫折感が貧乏くさくて。だから、あえて引き算で考えます。そうすることで、シンプルな映像に意図が感じられるというわけです。

Cg  で、このバーチャルスタジオ、何が違うかというと、カメラからはこんなふうに見えるんですね。これがミソです。あらかじめCGで作り込まれたスタジオとリアルタイムで同期しているんですね。カメラが動くと、リアルタイムでCGも動きます。スタジオを俯瞰する映像でも、完全にアングルが人物や物と同期しています。

 もうひとつこのバーチャルスタジオの面白いところがあって、たとえばプレゼンテーションっぽい映像の場合、写真のようにセンターにバーチャルなスクリーンが宙に浮いた形で出現しますよね。このスクリーンの中身も、カメラアングルと同期するんですね。効率的にこのバーチャルスタジオを使用するためには、スクリーンの中のCGなんかを先に制作しておくといいと思います。販促物での使用の場合、なかなかコンテンツを先に制作するのは難しいのが現状ではありますが。

 スタジオはあらかじめ作り込まれたパターンから選ぶことができます。もちろん、完全にオリジナルでつくることもできます。今回はパターンから選んで、それをアレンジしています。説明ビデオなんかの場合は、対象物を拡大して回転させたり、それを司会者が指差して説明したりする演出があったほうが、わかりやすいものが作れる場合があります。いまの時代のCGの使い方としては、豪華を目指すより、わかりやすさのために使う、という場合が多くなっているのではないでしょうか。パワーポイントなどのプレゼンよりビデオが勝るとすると、まさにそのわかりやすさですしね。

 このバーチャルスタジオ、いわゆる実写もののアニメーション、たとえばクレーンアニメや人形アニメなんかに応用できるかもな、と思っています。これまで、予算や時間を考えると、どうしても実写アニメの世界は小さくなりがちでした。つまり、作り込む世界の面積以上の世界は作れないんですね。

 しかし、ある程度詳細に映る世界を実際につくりこんで、その背景をCGにすれば、例えば、ジャングルとかそういう世界であっても、カメラが俯瞰でそのジャングル全体を見渡すようなスケールの大きな映像も可能になるかもしれません。ずいぶん昔に、そんな実写アニメのCMをつくったことがありましたが、その時は、カメラアングルを限定しました。このバーチャルスタジオを応用すると、もしかすると、実写アニメが持つ温もり感を保持したまま、広大な世界を描けるかもなあ、と思っています。

 それと追記ですが、人物の影などは、編集でかなり緻密に追い込んでいかなければなりません。というか、この手のオールCGものは、そのあとの編集の丁寧な作業がクオリティを決定してしまいます。今のCGは、別に現実と見まがうような世界をつくるためにといよりも、CGはCGとして、よりスムーズにコミュニケーションできるかどうかのために使うのが一般的であるような気がします。見る人はそのへんの仕組みはよく知っていますから。だからこそ、CGだなあっていう違和感だけは避けたいですよね。

 今回、使用したのはイマジカさんのシステム(参照)です。ページを見ると、06年からサービスを提供されているようですね。一度、お試しになってはいかがでしょうか。

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2008年3月14日 (金)

広末涼子さん離婚。ブログでの発表。

 広末さんは、「広末涼子、ポケベルはじめる。」というNTTのCMが鮮烈でしたね。あの当時、広末涼子、誰よ、それという感じでした。まだデビューもされてなかったと記憶してます。ああ、この手があったなあと思いました。「名前」というものの持つメッセージ性の凄みを感じました。

 タレント広告がなぜ受けるのか。その仕組みのエッセンスが、あのCMにはあったような気がしました。ポケベルのCMは、無名の女の子を使っていたけれど、有名タレントを起用してのCMよりも、タレント広告の本質みたいなものがつまっているCMだと思います。

 それにしても、ブログで離婚の発表かあ。時代は変わりましたね。


参考:ドコモ通信vo.33 「ポケットベルサービス終了」

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2008年3月12日 (水)

残るもの。残らないもの。そして、著作権。

 私がつくっている広告なんかもそうですが、けっこうはかないものです。タレントさんや写真、イラスト、原盤がからむ音楽をつかっている場合は、使用期限が契約によって定められていますので、期間を過ぎると使用できません。なので、オンエアや掲載が終わり、使用期間が過ぎると、その広告は世の中の人の目に触れることはありません。作品としての展示は除くと定められることはありますが、広告主のウェブサイトから消えることも多く、広告主や広告会社、媒体社の倉庫、そして、クリエーターのハードディスクやポートフォリオの中で眠りにつくことになります。

 私は、ラジオが好きですが、多くのラジオ番組もそうです。今もときどき、昔、ラジオ大阪で日曜深夜に放送していた「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」を聴きたいと思うのですが、それもなかなか難しいようです。

 法的な問題はありますが、ウェブというテクノロジーが一般化して、YouTubeができて、そこに、かつてのテレビ番組がアップされていたりします。たとえば、関西テレビが深夜に放送していた「夢の乱入者」という音楽番組。関西ローカルだったので、全国の人は知らない人も多いと思いますが、今思うと、奇跡のような番組でした。

 ギタリストの渡辺香津美さん、ベーシストの清水興さん、ドラマーの東原力哉さんなどがハウスバンドを務め、ゲストとセッションするという構成の番組でした。音楽好きの人なら、このハウスバンドのスペシャル感はおわかりいただけると思います。日本を代表するギタリストと関西が誇る最強リズムセクション。いま、YouTubeで見られることが、涙が出るほどうれしいです。

 海外のもので言えば、ビルエバンスなどのジャズ映像。これは、すごいと思います。こういう映像を見るためには、今までならどれほどの努力が必要だったのか想像することさえ難しいほどです。エバンスについて、いろいろと調べていますので、この有り難さは身にしみます。

 本やCDは、絶版や廃盤があります。市場原理だからしょうがないとも言えますが、時代は変わります。その本やCDの価値が再発見されるかもしれない時代になったとき、その本やCDは世の中になくなっている。そんな理不尽な状況は、あまり好ましい状況ではないと思います。

 私自身、自分が制作にかかわったキャラクターなど権利関係で、著作権まわりのことにかかわることがあります。そうした体験からの実感ですが、この著作権まわりのことにかかわると、上記のような希望(また、逆からの希望もあるでしょう)だけでは語れない問題がたくさん出てきます。著作人格権と著作権、工業所有権と著作権の違いや、企業と著作者の決定的な認識の開き。そして、この問題についての、私も含めた知識の浅さ。

 また、契約を制定するにあたっては、善意だけでは考えてはいけないので、あらゆる状況を想定しなければなりません。そうなると、そのレアケースのために、どんどん制限事項が増えていき、契約書をながめると、とてもじゃないけど希望だけでものを言っている自分を肯定できなくなるのも、なかしいけれど現実ではあるのです。

 YouTubeの中で、エバンスが不機嫌な顔をしてピアノを弾き、ウェザーリポートがバードランドを演奏するライブ映像では、ジャコが本当に楽しそうに、気持ち良さそうに、汚れを知らない少年のように、フレットレスベースを弾いている。こうした映像は、多分、DVDになって再販はされないでしょう。原版が音質的に市販クオリティを満たしていないと思うし、エバンスやジャコと言えども、購入する人の絶対数が少ないので、きっとペイできないと思います。

 これらの映像は違法です。しかしながら、著作権は今のところ親告罪です。これらの映像の権利者が親告(本人が訴え出るという意味です)しないという善意によって、いま見ることができるということです。私自身、この問題をどう考えていったらいいのかよくわからないし、あえて、このブログには意見は書きませんが、これからも、いろいろな人の考えを参考にしながら、この問題を考えなければいけないなと思います。

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2008年3月11日 (火)

「ラジオ深夜便」誕生秘話

 というほどでもないかもですが、ラジオ深夜便についてWikipediaで調べてみると、ほぉ、そうなんだ、と思うことが書いてありましたのでご紹介。あっ、ラジオ深夜便というのはNHKラジオ第一とNHK-FMで毎日放送されている深夜番組。ちなみに、こういう同番組を2つの放送局から同時に放送するのをサイマル放送と言うそうです。サイマル出版会という出版社がありましたが、同時通訳 (simultaneous interpreting)が社名の由来になっていると、英語の先生が言っていたような。Simul-というのは、「〜と同時に」を表す接頭語で、ラテン語が語源だそうです。

 ラジオ深夜便は、ときどき聴きますが、ゆったりとしてていいんですよね。民放AMの深夜放送も大好きだけど、こういうのも好き。そうそう、誕生の秘話でしたね。

番組開始の背景

かつてのNHKのラジオ放送は、災害時や、オリンピック中継などを除き、午前5時放送開始、午前0時放送終了だった。ところが、1988年9月に昭和天皇が重体になって以降、天皇の容態を深夜も含め随時速報した。この際、総合テレビ、ラジオ第1、FM放送を24時間放送にし、定時放送終了後から翌日の開始時間までフィラーとしてクラシック音楽と関連ニュースを放送した。この「静かな音楽を終夜流す」という放送形態が好評を得て、昭和天皇崩御の1989年1月7日後も、常時24時間放送できないかという投書が数多く寄せられた。

1989年11月の3連休に、「67時間ラジオいきいきラリー」と題した特別放送を実施し、普段メンテナンスに当てる深夜時間帯に音楽や落語などを放送し、リスナーの反響を得た。民間放送の「オールナイトニッポン」などの若者向けの深夜ラジオ番組に不満足だった中高年層から、「大人が聴ける静かな番組」として支持され、「ラジオ深夜便」の誕生につながった。深夜便のスタートは、深夜時間帯の地震や津波、突発的なニュースが発生した時に迅速な対応をする目的もある。従来は、放送設備の電源投入や、宿直・仮眠中の職員の支度など、放送開始までに10〜15分を要していた。

ラジオ深夜便 - フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 案外、若い番組なんですね。平成生まれ。喜山さんもお書きになっておられましたが(参照)、ノイズから逃れてほっとしたい気分はありますよね。この番組が人気なのは、なんとなくわかる気がします。こういう時代だからこそ、こんな番組が求められるのでしょう。

 よくよく考えてみれば、昔はNHKは12時になると終了していましたし、若い番組だということは当たり前ではありますが、あの雰囲気は長寿番組の風情がありますね。落語がフルバージョンで聴けたり、昔のジャズが流れて来たり。私が聴いたときは、財津和夫特集でした。深夜のタクシーの中で聴き始めて、家に着いてもずっと聴いていました。この番組、タクシーの運転手さんにも人気があるそうです。

 AMとFMのどちらでも同じ放送が聴けますが、私は、FMではなく、なぜかAMで聴いてしまいます。AMならではのこもった音がいいんですよね。そういえば、AMステレオは普及しませんでしたね。またまたWikipedia(参照)の情報ですが、NHKが対応しなかったのが原因らしいです。でもまあ、世の中にああいう進化とは無縁のあったかい音がひとつくらいあってもいいんじゃないかな、とAM好きの私は思います。

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2008年3月10日 (月)

1万人のボレロ

 季節感のないエントリで恐縮ですが、久しぶりにラベルのボレロを家で聴いていた時に、ちょっと思い出したネタがあったもので、忘れないうちに書いておこうかと思った次第です。

 年末の恒例企画に「1万人の第九」ってありますよね。毎日放送主催、サントリー協賛、佐渡裕さんが指揮、1万人がベートヴェンの第九の合唱付き(歓喜の歌)を歌うというものです。去年で25回目だそうです。立派なものだなあと思います。で、ネタは、この「1万人の第九」みたいに1万人がボレロを演奏するというもの。

 このネタは、じつは文化祭用のネタ。私は大学時代にジャズ研に所属しておりまして、そんなこともあって思いついたネタです。大学の音楽サークルのすべてが参加してボレロを演奏したらおもしろいだろうな、なんて思ったわけです。大学には、邦楽やらマンドリンやらハワイアンやらロックやらジャズやらクラシックやら、いろんな楽器を演奏する人がたくさんあるわけですよね。リコーダーなんかを演奏してる人もいるかもしれないし、テルミンの演奏家もひとりくらいはいるかもしれない。

 あのボレロって曲、最初はごくごく小さな音量で始まりますよね。だから、最初は琴とかウクレレとかで始まって、リコーダーやクラリネットなんかが入って来て、クラシックギターが20人編成で加わって、まあ編曲はしますから、途中でジャズ風のアドリブなんかがあり、正調のフルオーケストラが参加し、ビッグバンド、ドラム30連奏、髪を逆立てたロックギタリストが、ディストーションがかかった音を轟かせ、なんだかんだわけわかんないマイナー楽器もぜんぶ参加し、大団円。そんな感じです。

 おもろいやんそれ、ということになり、いろいろ調べた結果、まず演奏家を一同に集める場所があるのかということになりました。じゃあ、会場を複数にして、音声を中継すればいいのでは、ということに。でも、中継ってできるのか。できるとして、メイン会場には振るオーケストラの他に、エレキギターやエレキベースなんかも入れるとして、それが50人もいればブレーカーが落ちるかもね、なんてことでボツ企画になりました。

 でも、これってもしかすると、あれから20年経った今の技術だと簡単にできるかもしれませんね。いや、今も難しいのか。そのへんは、ちょっとわかりませんが、1000人でもそれなりに面白そうなので、どなたかやる人いらっしゃいませんか。いまから準備すれば、秋の文化祭とかにも間に合うかもですよ。

 最後に広告系ブログらしくまとめます。企画は実現性が大事。それと、二番煎じはよろしくないかと。わかってるか、20年前の俺。(こういうときは俺が合いますね)それと、広告を目指す学生さんへ一言。広告会社は怖いところではありませんからね。就職活動、がんばってください。ではでは。

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2008年3月 9日 (日)

笑かしたいけど、笑われたくない。

 吉本新喜劇の座長として活躍されている芸人の小籔千豊さんが「めちゃイケ」に出演されて、妙に緊張してしまった理由として「笑かしたいけど、笑われたくないとか考えてしもて」と言っていました。あはは、わかるわかる。でもねえ、笑われるって、すごく素敵なことでもあるよなあ、なんて思います。もちろん、あの吉本新喜劇をまとめあげている当の小籔さんは、そんなことも十分承知なんでしょうけどね。

 その昔、私がいた会社で、アメリカンホームダイレクトの広告をつくっていて、当時、大ヒットしていました。私は残念ながらその制作チームの一員ではありませんでしたが、あの広告チームに入りたくてしょうがなかったです。だって、自慢できるし。♪ピンピロリーン、と音が鳴って、親指と小指をたてて親指を耳にあてて高速に振るジェスチャー(海外では電話のサイン)をするCMです。

 あのCMは、けっこう人気があって、好感度調査でもナンバーワンをとったこともあったんじゃなかったっけ。妙にバタ臭いストーリーと違和感ありありの登場人物。でも、あのCMが人気が出た要因は、計算でつくったものではないんですよね。ああいう好感をつくるのは、計算ではなかなか難しいと思います。計算でつくると、どうしても媚みたいなもんがにじみ出てしまいます。だから、あのとき私が思ったのは、あの広告にかかわりたい。つくりたいではなかったんですね。

 お笑いの世界もそうだけど、広告の世界もそんな不確定要素を持っているから楽しいんだと思います。最先端の知識を吸収して、それをアウトプットできたとしても、その人が愛される広告をつくれるかどうかは、また別の問題。このへん才能とかも関係してくるのでしょうけど、笑われるという視点を加えると、才能だけとも言えないような。

 笑われるという感じの笑いって、笑う方が能動的に笑っているという感じになるので、そこがいいとこなんですね。笑わせるという笑いは、受け手は常に笑わせられているという受動的な立場になるので、その受動的な立場が嫌だなと思うとき、その笑いは突然効力を失います。さんまさんのような笑わせる能力がきわめて高い人は、そのへんのプロセスにすごく自覚的ですよね。ほぼ日刊イトイ新聞の「さんまシステム」という連載を読みながら、なるほどなるほどと感心しました。

やっぱりぼくらはね、
期待されたかと思えば、そっぽを向かれる。
そういう人のイヤなところが
もうのすごくよく見える商売なんですよ。
だから、その、ダメになったときの、
人の手のひらの返し方とかを
目の当たりにするんですよ。

さんまシステム 第8回「負けてるときは」

 さんまさんは、こういうとき、ギャンブルの波を考えるそうです。負けが続いているときに追ってもしょうがない、いかに負け波のときにしのげるかが、ギャンブルが上手いかどうかだ、みたいなことですね。さんまさんは、そういうときは「わざとボディを打たせる」と言っています。私は、パチスロをするので、なるほどなあと感心しました。

 さんまさんは、笑われるタイプの芸人さんは大好きですよね。笑われるタイプと言い切ってしまうことには躊躇を感じますが、村上ショージさんとか間寛平さんとか。そして、彼らの笑われる、彼らの計算以外のものを引き出すことが上手いですよね。それは、きっと自分にない笑われるという部分に憧れがあるからだと思うんですね。

 笑われるという部分は、努力や理論では絶対につくれないことだと思います。本当に嫉妬すべきは、笑わせる才能なんかじゃなく、笑われるという部分にあるんだと思います。そして、笑われるという部分での厳しいしのぎ合いもあって、それは努力ではどうすることもできない分、よっぽど残酷なんだろうと思います。お笑いの世界は、きっとそうです。

 そんなお笑いの世界にあり、お笑いについて、笑わせるメカニズムについてとことん考え抜いているさんまさんは、それ故にマッチョではないんですよね。それは、才能や努力や理論ではどうすることもできない領域があることを身を持ってわかっているからだと思うんです。そして、あんな才能がある人が、いまだに若いお笑いの人に嫉妬をしている。

 ちょっと本気で思うんですけどね、80年代の浮かれきったアホみたいな時代で、唯一私たちが学んだことは、価値観の多様性ではなかったのか。このモノサシ、あのモノサシ、いろんなモノサシで人を見る、そんな多様性。相対化、相対化はしんどいけど、自分の価値観なんてものは相対化、相対化、相対化の彼方にあるくらいの挟持はあってもいいんじゃないかな、と思います。いろんな状況に対して、もっと悩もう。私は吐くほど悩もうと思います。

 相対化、相対化、いろんな価値観のしのぎ合いとその厳しさ。それは、今のお笑いを見ていると、よくわかります。中では過酷な生存競争が繰り広げられているのでしょうが、外から眺めていると、なんか元気で、いいですね。もちろん、売れる売れないは運の要素もたぶんにあるでしょうが、その厳しさはとっても健全なような気がします。ライフハック(笑) という感じがとっても素敵。

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2008年3月 8日 (土)

仰げば尊し

 ダウンタウンの浜田さんが「理想に燃えて悪いんかい」と叫んでいます。土曜日の昼のテレビはドラマや映画の宣伝番組が多く、ついついぼんやり見てしまいます。この浜田さんが主役のドラマは「夢の見つけ方教えたる!」という教師もののドラマです。浜田さんの役どころは、スタジャンにサンダルという出で立ちの熱血小学校教師。脇を固めるのは、感情を見せずに淡々と教師の業務を行う女性教師に広末涼子さん、マニュアル主義の若手教師役に森山未來さん、などなど。今日の夜に全二話の第二話がフジテレビ系で放映されるそうです。

 そういえば、なんだか最近、こういう熱血ものが多いようです。日テレでやっていた「斉藤さん」というドラマも、駄目なものは駄目、悪いことを悪いと言って何が悪い、と言う主婦が主人公でした。こういう熱血な感じのものが出てくる背景には、世の中のぼんやりした息苦しさがあるのでしょうね。

 感情を殺して醒めた目で世の中を過ごしたり、マニュアルを信じてそれに行動を当てはめてリスクを減らしていくといったことは、今の時代、多かれ少なかれ誰にでもある心のあり方で、そんな時代だからこそ、浜田さんが「理想に燃えて悪いんかい」と叫ぶ姿に共感と憧れを抱くのかもしれません。

 ある意味で、この熱血の系譜は、テレビドラマの王道でもあるので、こうした傾向と時代の空気をつなぎ合わせるのも違うのかもしれませんが、「女王の教室」というドラマが放映された2005年から3年経って、世の中はまた違って来たのかもしれません。

 天海祐希さんが主演の「女王の教室」というドラマは、最初、そのあまりの過激さからスポンサーが提供テロップの表示を見合わせるなど、いろいろと話題になりました。この主人公の教師は、クールで感情を見せないにもかかわらず、熱血であり、かつPCで全生徒のデータベースを作るなど、マニュアル主義的な傾向もあるという不思議なキャラクターでした。彼女が生徒たちに言っていた台詞は「いいかげん目覚めなさい」というものでしたよね。

 あのドラマは珍しく全話を通して見てしまったほど夢中になったドラマでした。考えさせられることも多かったドラマです。あのドラマの最終話では、生徒たちが「仰げば尊し」を自主的に歌うんですよね。この歌は、「我が師の恩」と続きます。そんな教師を偉い人だとする内容から(それだけでなく立身出世を肯定する内容とかもありますが)公立学校では久しく歌われなくなった歌でもありました。

仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

 私は、「仰げば尊し」と言えば、遠藤ミチロウさんのカバーが印象に残っています。もはやあの歌は、社会のカウンター的な価値観になってしまったということなんですよね。あのドラマが問うていたことは、プロの教師とは何か、みたいなことで、最後に天見さん演じる教師が再教育センターに再び入れられてしまうことからも、プロの教師という価値観も、もはや社会のカウンター的な価値観でしかなくなってしまったことを暗示していました。

 なんとなく、本当のことは、もうユーモアやファンタジーでしか語れなくなったのかもなあ、なんて思ったりもします。あの過激な遠藤ミチロウさんのパフォーマンスで表現される、本当のやさしさだったり、人を思う気持ちだったり。だから、多くの教師ドラマに出てくる熱血教師は、スタジャンとか着るわけですよね。でも、地味な服来てても、見栄えは大人しくても、心は熱血ってのもたくさんいるとは思うんですけどね。まあ、でもそんな感じだとドラマとしてはわかりにくいんでしょうね。


追記:「夢の見つけ方教えたる!」というドラマ、いいドラマでしたね。浜田さんもよかった。森山未來さんもなかなか。再放送とかもきっとあると思いますので、見逃した方はぜひぜひ。

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2008年3月 7日 (金)

ひとくぎり。

 始めるからにはちゃんとやろうと、1日1エントリと思いながらも、速攻で挫折し、それでもなんとか続けてきました当ブログですが、ひとつの区切りだと思っていた10万PVをようやく超えました。読んでいただいている方にはまったく関係ない話ですが。

 ビルエバンス論やら広告論やら、賢そうなエントリもたくさん書いてきましたが、10万PV時のエントリは「なにわのモーツァルト」でした。偶然とは言え、まあ、そんな感じなんでしょうね。

 広告系っぽいブログ名ですが、広告だけに限らず、思いつくことを節操なくつらつら書いていきたいと思っております。今後ともよろしくお願いします。

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2008年3月 6日 (木)

なにわのモーツァルト

 と言えば、我らがキダ・タローさん。ご当人は、なにわのショパンと呼ばれたかったそうです。キダさんと言えば、数々のテレビ番組のテーマ曲やCM音楽を作曲したことで有名です。有名どころでは「プロポース大作戦」や「2時のワイドショー」や「日本海みそ」や「出前一丁」や「かに道楽」や、ときりがありません。一度でいいから一緒に仕事をしてみたいです。一度でいいのか、とご本人につっこまれそうですが。

 かつて「キダ・タローのすべて」(参照)というCDが発売されていたのですが、現在は廃盤になっていて中古価格がなんと25,000円。買っておけばよかった。YouTubeで何かないかなと探すと、ありました。大阪のテレビ番組の企画で、フルオーケストラによるキダ・タローメドレー(参照)です。自ら指揮をされていますね。キダ・メロディを存分にご堪能くださいませ。

 と、キダさんのことを書きましたが、このエントリで書きたかったことは、キダさんのことではなくて、「なにわの」という言葉について。この言葉は、ある意味で鉄板。どんな言葉の前につけても、なんとなく庶民的でかわいらしく、3枚目な感じに聞こえてしまいます。敬称略でいきます。例に挙がった方は笑って許してくださいませ。

 なにわの糸井重里

 これは、きついなあ。例えば、関西の広告業界の業界向けクリエイティブセミナーがあったとして、司会者から「それではどうぞ。なにわの糸井重里、○○さんです。」なんて言われたら、その人、ショックだろうな。そんな感じで紹介されたら、怒って帰るのもあれだし、「どうも、なにわの糸井重里、○○です。」と切り出すしかないんだろうな。そんでもって、終わってやけ酒なんでしょうね。糸井さんには何の責任もないですけど。

 なにわのビルエバンス

 これはいそうです。大阪のライブハウスで活躍してそうです。けっこうシャイな感じのピアニストのような気がします。でも、本人は本当は、そう言われることをすごく気にしていて、ワルツフォーデビーとかは自らは演奏しなさそう。でもお客さんにリクエストされて、結局は弾いてしまう。そんな感じです。

 なにわの小飼弾

 なぜか関西だけでアクセスが集中するブログを運営していて、関西ブロガーの間では有名だけど、なぜか全国の人はまったく知らない。これは、ありえないですけどね。弾さんにはそんなイメージはありませんが、なぜか、駄洒落好きな感じがします。

 なにわのジャコパス

 これは普通にいそうですね。ジャコパスより早く弾けて、エキセントリック。これは東京のミュージシャンのあいだでは有名で、いわゆるミュージシャンズミュージシャンの感じがします。

 なにわの吉本隆明

 天王寺で古本屋さんを経営していそうです。すごく博学だけど、もの静か。基本的にはすごくいい人。近所のおばちゃんたちにも慕われている。1日、一言も話さない日があると思えば、近所のおばちゃんとおしゃべりしまくりの日もある。きんつばにブラックコーヒーが似合いそう。私的には、finalventさんの文章から受けるイメージが、これに近いです。なにわの吉本隆明という感じは、なんとなく大阪出身ではない感じもします。なんでだろ。

 なにわのしょこたん

 これはイメージはできるけど、実際は難しいかも。大阪パフォーマンスドールというアイドルユニットがあったりしましたが、まあ、ああいう感じなので、大阪のテレビ番組に出るうちにしょこたんっぽさがなくなってしまうんでしょうね。やしきたかじんさんあたりが、よっ、なにわのしょこたん、とか言ったとたんに、なにわのしょこたんっぽさが失われる気がします。ただのおしゃべりが上手くてかわいい女の子になってしまいそうです。

 なにわのあゆ

 阪急東通りのキャバクラで人気ナンバーワンな感じ。かつては、なにわの聖子ちゃんとか、活躍していたんでしょうね。私はこのへんはうといですが。

 なにわのエジソン

 これは、実際に巷にたくさんいらっしゃいます。大阪は発明王国ですから。かつて中島らもさんが大阪はアイデアの墓場であると言っていましたが、今日も大阪のどこかの街で、新しいアイデアが生まれ、消えていっているんでしょうね。

 そんななにわという言葉ですが、あえてその感じを逆手にとって、自らなにわを名乗ったバンドがありました。NANIWA EXPS(ナニワ・エキスプレス・参照)です。カシオペアやスクエア、プリズムといった、しゃれた名前のフューションバンドが多い中、当時、異彩を放っていました。関西フュージョンを代表するスーパーバンドです。最近、再結成して、ナニワのエキスを飛ばしまくっています。ナニワ大好きの私としては、うれしい限りです。

 なにわの、という言葉はいい言葉ですよね。なんかひとつ抜けているというか、安心できる感じがありますね。まあええやん、そんな難しい顔せんと、たまには飲もうや、という感じ。飲んで、酔って、酔いがさめたら、またがんばったらええやんか。そんな感じ大事だなあ、と思います。きりきりしてても、いいことないですしね。ではでは。

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2008年3月 4日 (火)

ちいさなことで、へこんだり。生活者って、そんな感じ。

 喜山さんのマーケティングブログ「生の声マーケティング」のエントリ「消費者は生活者になかなかなれなくて」を読みながら、消費者って何だろう、生活者って何だろう、とぼんやり考えました。喜山さんは、消費者と生活者を隔てる基準をこう置いています。

 こういうとき、ぼくは生活者を、必需的に使わなければならない消費より、可処分できる消費の方が大きい存在を生活者と見做しています。

 (消費者) = (選択的消費支出) / (全消費支出) < 50%
 (生活者) = (選択的消費支出) / (全消費支出) ≧ 50%

 そしてこの定義に照らしてみると、バブル崩壊以降、消費者は生活者になりきれないでいるのではないかと思ってきました。去年、調べてみたことがあるのですが、生活者度とでもいうようなこの値、2001年で43%、2006年で46%でした。実際、80年代の後半に生活者になるかにみえた消費者は、その手前で足踏みして消費者に停滞してきたように見えます。

 つまり、全消費から自分の好みで消費する支出が半分を超えるあたりから、人は経済活動においても生活者になるということです。ちなみに、選択的消費支出(選択的支出)とは、総務省統計局の定義では、一般外食、設備修繕・維持(台所、浴槽等の修理や庭の手入れ等)、家具・家事用品、被服及び履物、交通・通信(交通については統計上は一般支出に含み、選択支出からは除く)、補修学習(学習塾の月謝等)、教養・娯楽の合計とのこと。

 この喜山さんの基準は、私にはわかりやすく、生活者という漠然とした概念がおぼろげなら見えてきたような。かつて、吉本隆明さんが、社会における男女平等のひとつの指標として、大学の法学部の学生数が半々になったときで、それを達成したとき、ある意味で社会が男女平等に関して過渡期を脱したと見なしていい、みたいなことを言っていたのを思い出しました。

 消費者調査が生活者調査に名前が変わろうと、やっていることは、あいかわらず似たようなことで、むしろ、その調査が生活者のライフスタイルまで踏み込む分、より個人の領域に土足で踏み込む感が強いような気がして、なんとなく生活者を監視し管理しコントロールしたいという本音を隠すために、生活者という言葉を使ってみる、みたいな感じを生活者という言葉に感じていました。正直言えば、いままで生活者という言葉が使われる文脈に素直に入り込めずにいました。

 消費者という言葉も、私はそれほど意味を込めて使ってきませんでした。消費者という言葉の裏側には、生産者という言葉があって、生産者という立場をなくして消費者という言葉は本体成り立たないはずで、その意味において、本来、消費者という言葉は、生産者の生産した商品を売るためのコミュニケーションを作る側から見て、その対象が、生産者と対としての消費者であるということに過ぎないように思うんですね。

Adage_2  その生活者が消費をする局面で言えば、インターネットの出現により、確かに消費者はものを言う消費者になりました。それは、Agency of the yearのTHE CUSTOMERが示す通り、消費者の発言が、生活者の消費に影響を与えるようになったということでしょう。でも、それは生活者の消費者的側面での出来事のような気がします。

 ConsumerからCustomerへという文脈が、日本では、消費者から生活者へという文脈で流通してしまったことが、この妙なねじれを生んでいるかもしれません。本当は、消費領域では、消費者から顧客へということですよね。

 べたっとした言葉に訳すと、Consumer=消費者といった相手を単なる対象と見る時代から、Customer=顧客、つまり、人格のある一人のお客様と見る時代に変わりましたよ、ということなんじゃないかなと思います。それは、お客様の声が可視化されるようになったからかもしれません。つまり、消費者は、いつ何時でも顧客と呼ばなければいけないほど、強くなったということなのだろうと思います。

 よく考えてみると、私は生活者ではなく消費者です、という人は世の中にはいないですよね。みんな生活者です。生活という時間の中で消費があるだけです。日経オンラインに出ていた「SNSの広告にはもううんざり?」という記事が話題になっていたけれど、それは、「生活者」の美名のもとに、消費者に仕立て上げられる不快さなのではないかな、と思います。

 今の消費者から生活者へ、という文脈は、生活者を、その一部である消費者とイコールで結んでしまう危険があるのではないか、と思いました。なんとなく、パノプティコンの理念とそれが生み出した結果との乖離に似ているような気がします。消費者という言葉を、その人間のすべてだと思ってしまった失敗をまた繰り返してしまうんじゃないかな、と思います。それはますます息苦しい空気をつくってしまうような気がするんですね。

生活者になりきれない消費者が“不況”を感じるなら、それを不況と呼びます。だから生活者になりきれない消費者が不況を脱したとき、はじめて不況ではなくなったと言えます。そのとき、消費者は晴れて生活者になるのかもしれませんね。

 生活者が、晴れて生活者であることを、必需的な消費に圧迫されることなく楽しめるときこそ、広告のコミュニケーション力が試されるときかもしれません。生活者の生活に寄り添いながら、うんざりされず、見透かされもしない、そんな広告。でも、それは、かつての文化の華だったあの頃の広告の表現ではない何かであるんでしょうけど。

 私にとっての生活者。

 それは、Agency of the yearに選ばれた、オールキャップで表記されるTHE CUSTOMERのように強い存在ではなく、あいかわらず、ほんのちいさなことでへこんだり、くよくよしたり、後悔したり、そんな弱い存在です。いま、生活者は消費という局面で、生活者にはなれないでいますが、その生活者は、経済的に生活者になれたとしても、独我論的になってしまうけれど、自分に基準を置けば、そんなに強い存在ではないような気がします。

 ブログというツールを手にしても、生活者としての私は、あいかわらずへこんだり、後悔したり、そんな毎日ですし、そういう私のような生活者に対して、きちんとコミュニケーションできるかどうかが、広告には問われている気がするんですね。これは、ちょっと時代と逆行しているかもしれないですが。

 なんか、途中から喜山さんの投げかけから遠く離れて、まとまらなくなりました。まあ、いつものことだし、そのまとまらなさかげんも私かな、と思っておりますが。

 それにしても、いま私たち生活者をとりまくこの「不況感」から脱することはできるんでしょうか。なんとなく、息苦しいこの感じは、このままずっと続くような気もしないでもないです。明日、急にこの「不況感」がなくなるわけでもないから、しばらくはがまんでしょうね。

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2008年3月 2日 (日)

お金の話をします。

 日本の広告代理店の収益構造は、まだまだコミッション(手数料)主体です。一頃、コミッションではなくフィーに移行すべきだという論議が活発でしたが、一部を除いて、ほぼ挫折してしまったと言ってもいいのではないでしょうか。

 欧米では、ずいぶん前からフィー主体に移行していて、それをもって日本の広告業界の後進性を指摘する人も多くいるようです。しかし、多くはタイムフィーだったりするのが現状ですし(しかし一部では純粋なフィーでやっているところもあります)、タイムフィーという概念は、戦略構築やデータ分析には適応できそうな気がしますが、クリエイティブ(広告制作業務)とは少しなじまない部分もあって、結果的には、暗黙のタイムフィーの上限が双方で決められていることが多いようです。それに、タイムフィーを厳格に適応すると、揉める仕事ほどコストがかかるようになってしまい、これはこれで矛盾を抱えることになってしまいます。

 けれども、媒体コミッション依存からの脱却ができているだけでも先進的とも言えますけどね。(余談ですが、フィー制とコミッション制の厳密な論議をしようと思えば、日本と欧米の広告代理店のルーツの違いを考察しないといけないといけないような気もします。日本の場合、なぜ広告代理店と言うか。それは、媒体社の広告販売の代理業をルーツにしているからです。)

 私は、理想を言えば、この仕事をするにあたってこれだけ頂きますという、フィー制を支持します。タイムフィー制ではなく、フィー制支持。時間がかかろうが、すぐにできようが、同じ値段。揉めたら揉めたで、何時間でも納得するまで会議もしますし、緻密な戦略が必要なら、時間をかけて戦略を構築しますし、すぐに結論が出せるなら、それはそれでよし。すべてはアウトプットというか結果なんだし。もちろん実費はコミッション一切なし。そんな感じで仕事をしたいなあと思っていますが、現実は厳しいです。

 2005年に広告βさんが「フィーは死語になるのか」というエントリを書いていらっしゃいます。すごくわかりやすく、その頃の空気を十分に伝えています。あれから3年経った今もあまり状況は変わっていないようです。しかも、あの頃より、セントラル・メディア・バイイングもずいぶん進みましたし、一頃の上位広告代理店の生き残り競争で、メディアコミッションも限界まで下がって、一度下がったコミッションはなかなか上げにくいのが人情ですので、ますます消耗戦を強いられる感じです。

 大局的な論議は苦手だから、こんな現状で厳しいなあと思っていることなど。これまではコミッション前提だったから、制作費は結構低く抑えられていました。簡単に言えば、制作で赤が出ても、メディアコミッションから出せばいい、みたいな感覚です。ひと昔前は、そんな感じだったと思います。しかし、コミッションが下がり、にもかかわらず、制作費は前の水準のままだと、どういうことが起こるか。簡単に言えば、制作費が足りなくなるんですね。

 また、セントラル・メディア・バイイングの影響で、媒体は別の広告代理店で、クリエイティブだけ担当という仕事も多く、そういう仕事は、本当にお金の面で苦労をすることが多いのです。ほんと、消耗します。最近は、仕事の前に、見積もりをコストセンター(購買部)で吟味されることも多く、その際の基準は、メディア・コミッションありきで、制作費はサービスという感覚でやっていた頃の基準なので、仕事が始まること、すなわち、お金の苦労が始まること、なんてことも。

 今までいいかげんにやっていたツケなのかもしれませんが、このままだとクリエイティブ業界が疲労して、つぶれてしまうんじゃないかと思うことがよくあります。広告代理店としても、ビジネスとしてできませんと断るわけもいかず、その矛盾がアンカーであるクリエイティブに負わされるんですね。私は広告代理店の社員ですから、自分で完結できれば、それは負おうと思うんですが、制作会社さんやフリーランサーの方にも影響することですから、自分だけの問題ではありませんし。

 こういう先立つものが不安な現状は、仕事に誠実であればあるほど苦しくなる矛盾を抱え込むことになるんですね。これがいちばん辛いです。これまでは、ある意味で、企業の宣伝部がお金の責任を持っていましたから、お互いのあうんや人情でいろいろと融通がきいたのですが(お金がないなら別の解決方法を一緒に考えましょという意味です)、今は、お金の責任は宣伝部が持っていないことも多いので、いい意味でも悪い意味でもドライです。

 そうなると、フィー制を歓迎する立場にありがちなクリエイティブまで、媒体扱いが多いコミッションの仕事を肯定するようになってくる。そんな空気が、2008年の空気ではないかなと思います。俺さあ、鶴の恩返しじゃないけど、もうこれ以上、抜く羽がないよ。そんな声をよくききます。私なんかも、次の仕事ではきっと、といいながら無理をお願いしてばかりの毎日です。フィーという言葉は、本当に死語になるかもですね。

 うーん、なんか暗いなあ。私の広告の師匠がおもしろいよと言っていた、上田正樹さんの本を読んでも(参照)、音楽を制作するお金で苦労をした、結構リアルで切実な話がありましたし、あのオフコースだって、Song is Loveというアルバムからプロデューサーが音楽制作に理解がある武藤さんに変わったとき、スタジオ使い放題、トライアングルもカスタネットも入れ放題なんだよ、とうれしそうに話していたし、分野が変わっても、表現とお金の問題はあるんでしょうけどね。それをうまいことやるのも才能なんでしょうし。書いていて暗くなったので、投稿しないでおこうかなと思いましたが、まあ、これもひとつの時代の記録でもあるので。

 では、みなさま、よい日曜日をおすごしください。私は仕事ですけどね。とほほ。

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2008年3月 1日 (土)

ブログとブ日記

 私がもっぱらウェブを読む人だった頃、ウェブで書く人たちのたくさんの言葉の中で、心に残る言葉がありました。ウェブで書く人になった今も、ときどき読み返します。風野春樹さんの読冊日記2003年5月29日の「ブログ」と名付けられた日記の中の言葉です。

 そしてまた、ウェブログに限らず最近のウェブの世界は光が明るくなりすぎて、沈黙、夜の闇といった、儚いコミュニケーションを受け入れる土壌が急速に失われているような気がする。真夜中ひとりで黙っていないと、銀河通信は届かない。

 谷山浩子さんの「銀河通信」という曲の歌詞の中に「それはどこか宇宙の果ての知らない星からの長距離電話」という言葉があって、そんな不特定多数の見知らぬ誰かに向けられた、小さな言葉のことを、風野さんは銀河通信と呼んでいます。

 細い、細い糸で結ばれたような儚いコミュニケーション。そもそもウェブ日記にとってもっとも重要だったのは、そうしたコミュニケーションだったように思うのである。

 あれから5年ほどの時間が経って、そんな銀河通信はどうなったのでしょうか。今もそれはあるような気がするし、なくなってしまったような気もします。アメリカから来たパーソナル・パブリッシングツールであり、多くの知がより合わさって、集合知という「素晴らしいもの」に変えていくためのツールであるブログを、その頃の風野さんは好きにはなれなかったようです。そして、彼は、その風潮に抗うように「ブ日記」と呼ぶのですね。この「ブ日記」という言葉は、当時すこし話題になりました。

 大きな声で同意を求めたり、賢しらな顔で意見を述べたり、興味深いニュースにリンクを張ったりしなくていい。別に「世界中で別々の場所で別の日常を生きている人たちの真摯な思考が、少しずつ寄り合わさって、力強い言葉になってい」かなくたっていい。むしろ力強さやジャーナリズムなどとは正反対のところにある、耳を澄まさないと聞き取れないような小さな声で語られる言葉。私にとってウェブとはまずそういう言葉が語られる場所であり、またそうした言葉をこそいとおしいと、私は感じるのですね。そして、そんな小さな囁きにも耳を傾ける人がどこかにいるということ、それこそがウェブの大きな可能性のひとつだったんじゃないか。

 2008年3月1日の深夜に書く私の言葉は、どちらなんだろう。書いている私にはわからないし、それは読む人が決めることかな、とも思うけど、銀河通信のような気分はほんの少しあるような気はします。伝わらなくてもいいとは思わないけど、たったひとりの人にでも伝われば、それでいいとも思っている感じがあります。もちろん、多くの人に読まれたら読まれたで、その日はとても機嫌がよくなりますけどね。

 2日に1回以上のペースでブログに言葉を書き綴る私は、不思議なもので、ブログに言葉を書かない日が続いてしまうと、なんとなくそんな自分に対して後ろめたい感覚になるようになってしまいましたが、そうして頻繁に言葉を綴るからこそ、あらためて気付くこともあります。人が本当に言いたいことは、沈黙という言葉の中にあるのではないか。こうして言葉にするとありきたりな感じになってしまいますが、そんなことを最近、ぼんやりと考えています。

 引用した風野春樹さんの言葉は、今も読めます。あの頃読んでいた頃よりも、フォントもレイアウトも格段にきれいになっています。日記のHTMLが変わっていないわけだから、見る側の環境の進化なのでしょうけど、なんだか不思議な感覚になりました。

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