もし、ビル・エバンスのあのセッションが月曜日だったら。
もしかすると、私はビル・エバンスを聴いていなかったかもしれないというお話。蔵書を整理していたら、2001年に出版された「文藝別冊 総特集ビル・エヴァンス」というムック本が出てきました。うれしい。この本の存在を長い間忘れてました。で、つらつら読んでいると、ポール・モチアンのインタビューが。話題はもちろん、かのビレッジ・バンガードのライブについて。あのライブのギャラは1晩で、ひとりあたりたったの10ドルだったそうです。
「バンガード」ではよく演奏したもんだ。時には人が少なくてめげてしまったこともあるけどね。こんなこともあった。二セット目が終わってもうお客さんがほとんどいなくなってしまった。そこでビルがオーナーのマックス(・ゴードン)に言ったんだ。今日はこれで終わりにしたいんだけど、ってね。そうしたらマックスが、まだ三人いるじゃないか、帰っちゃダメだよ、って慌てていたのがおかしかったね。(聞き手・構成:小川隆夫)
へえ、そうんなんですね。ポール・モチアンの話し方は、なんとなく落語家っぽいところがあるので、湿りがちのあの頃の話も、ユーモアがあっていいんですよね。スコット・ラファロを失って落ち込むエバンスについて「ぼくとしてはほうっておくしかなかったよ。」と語るポール・モチアン。そのあっけらかんとした明るさの中に、きっと現実というものの本当の姿があるんでしょうね。
あのライブ録音、ビル・エバンス・トリオのバンガードでの初単独ライブだったそうです。その日が日曜日だったこともあり、オーナーのマックス・ゴードンはしぶしぶ録音を許したそうです。日曜日はお客が少なく、ジャズのライブハウスは暇なんですね。あのCDをよく聴くと、客は聴いてないんですよね。おしゃべりばっかり。へんなタイミングで笑い声が聴こえるし。
もし、あのライブが月曜日だったら、マックス・ゴードンは録音を許してなかったかもしれない。そう考えると、あのライブ盤はなかったかもしれない。そう思って聴くと、ああ日曜でよかったなあ、としみじみ思います。しかしあれですね、このアルバムは何度聴いてもいいですね。グルーブが瑞々しいんですよね。熱い、でもなく、激しい、でもなく、瑞々しい、という表現がぴったりのような気がします。柔らかくしなやかな筋肉をもった若い人が、気持ちよく走るときの感じ。なんか、もうちょっといい表現はなかったかな、とも思いますが。
ラファロの死後、抜け殻のようになったエバンスから、モチアンに電話がかかってきます。「チャック・イスラエルって知っているかい。」そして、エバンスは再びモチアンとともに活動を始めます。当時、エバンスは借金まみれになっていたそうです。薬ですね。ジャズマンにはありがちな話です。「こうして、ぼくたちは次の時代に向けて新しい一歩を踏み出したのさ」と話すモチアンって、ほんとにいい感じ。ドラムの音と一緒です。モチアンのドラムって、暖かくて、ふわっとした包容力がありますよね。このおじさん、私は大好きです。
注:このエントリの中で、あのセッションとか、あのライブ録音とか言っているのは、「Waltz for Debby」と「Sunday at the Village Vanguard」のことです。リンク先で視聴(Real Player)できます。聴いたことがないひとは、だまされたと思って一度聴いてみてくださいな。ロックな人でも案外すんなり聴けると思いますよ。とくに、ジャズを食わず嫌いな人は、この2枚から聴き始めるといいと思います。
| 固定リンク
「ビル・エバンス」カテゴリの記事
- DAVIS-EVANS(2010.04.28)
- Bill Evans sings?(2010.04.24)
- Kind of Blue(2010.02.07)
- バランス。あるいは、動きつづけるということ。(2009.11.09)
- Miles Davis said(2008.03.30)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
地下へ降りるとしわくちゃのお婆さんがドルの束を握り締め24ドルと言う、マックス.ゴードンさんは既に亡くなり、かみさんのロレイン.ゴードンさんだった。
勿論貴君のお勧めの2枚が愛聴盤だったが実はほんの先日、真夜中にオーディオを調整する際にあの61年3部作の最初のCD、エクスプロレイションズで始めてぶったまげた。スタジオ録音のせいもあるが録音は桁違いに凄くてここの所良く聴くCDになりました。
投稿: あんぷおやじ | 2008年3月18日 (火) 16:48
そうそう、ビレッジバンガードは、ロレイン・ゴードンさんが引き継がれたんですよね。公式ページを覗いたら、モチアントリオやビルフリーゼルが出演していました。
エクスプロレーションは、私も地味だけど大好きなアルバムです。原曲のメロディがほとんど演奏されないHow deep is the oceanが特に好きで、あの出だしのピアノは今も鳥肌が立ちます。音質は気にしたことがなかったけれど、こんどちゃんと聴いてみたいと思います。また、楽しみが増えました。
投稿: mb101bold | 2008年3月18日 (火) 21:45