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2008年3月 6日 (木)

なにわのモーツァルト

 と言えば、我らがキダ・タローさん。ご当人は、なにわのショパンと呼ばれたかったそうです。キダさんと言えば、数々のテレビ番組のテーマ曲やCM音楽を作曲したことで有名です。有名どころでは「プロポース大作戦」や「2時のワイドショー」や「日本海みそ」や「出前一丁」や「かに道楽」や、ときりがありません。一度でいいから一緒に仕事をしてみたいです。一度でいいのか、とご本人につっこまれそうですが。

 かつて「キダ・タローのすべて」(参照)というCDが発売されていたのですが、現在は廃盤になっていて中古価格がなんと25,000円。買っておけばよかった。YouTubeで何かないかなと探すと、ありました。大阪のテレビ番組の企画で、フルオーケストラによるキダ・タローメドレー(参照)です。自ら指揮をされていますね。キダ・メロディを存分にご堪能くださいませ。

 と、キダさんのことを書きましたが、このエントリで書きたかったことは、キダさんのことではなくて、「なにわの」という言葉について。この言葉は、ある意味で鉄板。どんな言葉の前につけても、なんとなく庶民的でかわいらしく、3枚目な感じに聞こえてしまいます。敬称略でいきます。例に挙がった方は笑って許してくださいませ。

 なにわの糸井重里

 これは、きついなあ。例えば、関西の広告業界の業界向けクリエイティブセミナーがあったとして、司会者から「それではどうぞ。なにわの糸井重里、○○さんです。」なんて言われたら、その人、ショックだろうな。そんな感じで紹介されたら、怒って帰るのもあれだし、「どうも、なにわの糸井重里、○○です。」と切り出すしかないんだろうな。そんでもって、終わってやけ酒なんでしょうね。糸井さんには何の責任もないですけど。

 なにわのビルエバンス

 これはいそうです。大阪のライブハウスで活躍してそうです。けっこうシャイな感じのピアニストのような気がします。でも、本人は本当は、そう言われることをすごく気にしていて、ワルツフォーデビーとかは自らは演奏しなさそう。でもお客さんにリクエストされて、結局は弾いてしまう。そんな感じです。

 なにわの小飼弾

 なぜか関西だけでアクセスが集中するブログを運営していて、関西ブロガーの間では有名だけど、なぜか全国の人はまったく知らない。これは、ありえないですけどね。弾さんにはそんなイメージはありませんが、なぜか、駄洒落好きな感じがします。

 なにわのジャコパス

 これは普通にいそうですね。ジャコパスより早く弾けて、エキセントリック。これは東京のミュージシャンのあいだでは有名で、いわゆるミュージシャンズミュージシャンの感じがします。

 なにわの吉本隆明

 天王寺で古本屋さんを経営していそうです。すごく博学だけど、もの静か。基本的にはすごくいい人。近所のおばちゃんたちにも慕われている。1日、一言も話さない日があると思えば、近所のおばちゃんとおしゃべりしまくりの日もある。きんつばにブラックコーヒーが似合いそう。私的には、finalventさんの文章から受けるイメージが、これに近いです。なにわの吉本隆明という感じは、なんとなく大阪出身ではない感じもします。なんでだろ。

 なにわのしょこたん

 これはイメージはできるけど、実際は難しいかも。大阪パフォーマンスドールというアイドルユニットがあったりしましたが、まあ、ああいう感じなので、大阪のテレビ番組に出るうちにしょこたんっぽさがなくなってしまうんでしょうね。やしきたかじんさんあたりが、よっ、なにわのしょこたん、とか言ったとたんに、なにわのしょこたんっぽさが失われる気がします。ただのおしゃべりが上手くてかわいい女の子になってしまいそうです。

 なにわのあゆ

 阪急東通りのキャバクラで人気ナンバーワンな感じ。かつては、なにわの聖子ちゃんとか、活躍していたんでしょうね。私はこのへんはうといですが。

 なにわのエジソン

 これは、実際に巷にたくさんいらっしゃいます。大阪は発明王国ですから。かつて中島らもさんが大阪はアイデアの墓場であると言っていましたが、今日も大阪のどこかの街で、新しいアイデアが生まれ、消えていっているんでしょうね。

 そんななにわという言葉ですが、あえてその感じを逆手にとって、自らなにわを名乗ったバンドがありました。NANIWA EXPS(ナニワ・エキスプレス・参照)です。カシオペアやスクエア、プリズムといった、しゃれた名前のフューションバンドが多い中、当時、異彩を放っていました。関西フュージョンを代表するスーパーバンドです。最近、再結成して、ナニワのエキスを飛ばしまくっています。ナニワ大好きの私としては、うれしい限りです。

 なにわの、という言葉はいい言葉ですよね。なんかひとつ抜けているというか、安心できる感じがありますね。まあええやん、そんな難しい顔せんと、たまには飲もうや、という感じ。飲んで、酔って、酔いがさめたら、またがんばったらええやんか。そんな感じ大事だなあ、と思います。きりきりしてても、いいことないですしね。ではでは。

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コメント

キダタローも偉大です

投稿: キダタロー | 2008年6月10日 (火) 20:01

私もそう思います

投稿: mb101bold | 2008年6月10日 (火) 20:36

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