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2008年3月 9日 (日)

笑かしたいけど、笑われたくない。

 吉本新喜劇の座長として活躍されている芸人の小籔千豊さんが「めちゃイケ」に出演されて、妙に緊張してしまった理由として「笑かしたいけど、笑われたくないとか考えてしもて」と言っていました。あはは、わかるわかる。でもねえ、笑われるって、すごく素敵なことでもあるよなあ、なんて思います。もちろん、あの吉本新喜劇をまとめあげている当の小籔さんは、そんなことも十分承知なんでしょうけどね。

 その昔、私がいた会社で、アメリカンホームダイレクトの広告をつくっていて、当時、大ヒットしていました。私は残念ながらその制作チームの一員ではありませんでしたが、あの広告チームに入りたくてしょうがなかったです。だって、自慢できるし。♪ピンピロリーン、と音が鳴って、親指と小指をたてて親指を耳にあてて高速に振るジェスチャー(海外では電話のサイン)をするCMです。

 あのCMは、けっこう人気があって、好感度調査でもナンバーワンをとったこともあったんじゃなかったっけ。妙にバタ臭いストーリーと違和感ありありの登場人物。でも、あのCMが人気が出た要因は、計算でつくったものではないんですよね。ああいう好感をつくるのは、計算ではなかなか難しいと思います。計算でつくると、どうしても媚みたいなもんがにじみ出てしまいます。だから、あのとき私が思ったのは、あの広告にかかわりたい。つくりたいではなかったんですね。

 お笑いの世界もそうだけど、広告の世界もそんな不確定要素を持っているから楽しいんだと思います。最先端の知識を吸収して、それをアウトプットできたとしても、その人が愛される広告をつくれるかどうかは、また別の問題。このへん才能とかも関係してくるのでしょうけど、笑われるという視点を加えると、才能だけとも言えないような。

 笑われるという感じの笑いって、笑う方が能動的に笑っているという感じになるので、そこがいいとこなんですね。笑わせるという笑いは、受け手は常に笑わせられているという受動的な立場になるので、その受動的な立場が嫌だなと思うとき、その笑いは突然効力を失います。さんまさんのような笑わせる能力がきわめて高い人は、そのへんのプロセスにすごく自覚的ですよね。ほぼ日刊イトイ新聞の「さんまシステム」という連載を読みながら、なるほどなるほどと感心しました。

やっぱりぼくらはね、
期待されたかと思えば、そっぽを向かれる。
そういう人のイヤなところが
もうのすごくよく見える商売なんですよ。
だから、その、ダメになったときの、
人の手のひらの返し方とかを
目の当たりにするんですよ。

さんまシステム 第8回「負けてるときは」

 さんまさんは、こういうとき、ギャンブルの波を考えるそうです。負けが続いているときに追ってもしょうがない、いかに負け波のときにしのげるかが、ギャンブルが上手いかどうかだ、みたいなことですね。さんまさんは、そういうときは「わざとボディを打たせる」と言っています。私は、パチスロをするので、なるほどなあと感心しました。

 さんまさんは、笑われるタイプの芸人さんは大好きですよね。笑われるタイプと言い切ってしまうことには躊躇を感じますが、村上ショージさんとか間寛平さんとか。そして、彼らの笑われる、彼らの計算以外のものを引き出すことが上手いですよね。それは、きっと自分にない笑われるという部分に憧れがあるからだと思うんですね。

 笑われるという部分は、努力や理論では絶対につくれないことだと思います。本当に嫉妬すべきは、笑わせる才能なんかじゃなく、笑われるという部分にあるんだと思います。そして、笑われるという部分での厳しいしのぎ合いもあって、それは努力ではどうすることもできない分、よっぽど残酷なんだろうと思います。お笑いの世界は、きっとそうです。

 そんなお笑いの世界にあり、お笑いについて、笑わせるメカニズムについてとことん考え抜いているさんまさんは、それ故にマッチョではないんですよね。それは、才能や努力や理論ではどうすることもできない領域があることを身を持ってわかっているからだと思うんです。そして、あんな才能がある人が、いまだに若いお笑いの人に嫉妬をしている。

 ちょっと本気で思うんですけどね、80年代の浮かれきったアホみたいな時代で、唯一私たちが学んだことは、価値観の多様性ではなかったのか。このモノサシ、あのモノサシ、いろんなモノサシで人を見る、そんな多様性。相対化、相対化はしんどいけど、自分の価値観なんてものは相対化、相対化、相対化の彼方にあるくらいの挟持はあってもいいんじゃないかな、と思います。いろんな状況に対して、もっと悩もう。私は吐くほど悩もうと思います。

 相対化、相対化、いろんな価値観のしのぎ合いとその厳しさ。それは、今のお笑いを見ていると、よくわかります。中では過酷な生存競争が繰り広げられているのでしょうが、外から眺めていると、なんか元気で、いいですね。もちろん、売れる売れないは運の要素もたぶんにあるでしょうが、その厳しさはとっても健全なような気がします。ライフハック(笑) という感じがとっても素敵。

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