« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月の18件の記事

2008年4月23日 (水)

まあ生きていればいろいろあります。

 ちょっとしたことが起きて、その知らせを今夜聞きました。あまり個人的なことを書くのも違うと思いますので、ここには書きませんが、前にも同じことがあって、そのときはちょっと自分に足りない部分があったので、今回は、やれることはやろうという感じです。まあ生きていれば誰にでもあるようなことですけど、しばらくブログの更新が減るかもです。

 仕事はいつもどおりですし、あいかわらず元気にやっておりますので、心配無用でお願いします。いつも読んでいるけっこう更新の頻度が高いブログの更新が突然途絶えると、私自身が心配になるものですから、いちおう書いてみた次第です。それと、気が向いたら書くつもり。なんかネガティブなこと書いとるなあ、と思ったら、そんなわけですので笑って許してやってくださいませ。

 それにしても、今回は、すこしばかりネットに助けられています。いろいろな情報が掲載されていて、すごく参考になりました。ネットがなければ、もっとおろおろしていたかもしれません。私も、ものを書くからには、そんな助けになるようなことを書ければなあ、とあらためて思いました。でもまあ、くだらないことも、書くのも読むのも大好きですけどね。

 この場を借りるというのも何ですが、いつも読んでいただいているみなさま方、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。取り急ぎ、お知らせでした。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年4月22日 (火)

このところ企画書ばっかり書いています。

 人によってはAppleのKeynoteかもしれませんが、私の場合はMicrosftのPowerPointを使って書いています。クリエイティブは企画書をあまり書かない人が多いですが(書いても企画趣旨みたいな簡単なものの人が多いですね)、私はかなりきちっとした企画書を書く方です。別の場所に書いたことがあるんですが、クリエーターのための企画書の書き方のコツを書いておきます。

 1)書体の種類はできれば1種類、文字の大きさは大中小の3段階以内
 2)色は1色もしくは2色しか使わない(画像は除く)
 3)デザインテンプレートは使わない
 4)論理の流れをページごとに変えたりしない
 5)迷ったらシンプルを選ぶ

 つまりは、ごてごて盛り込まないみたいなことでしょうか。クリエーターは多少文章が長くてもいいと思うし、文章で語るスタイルでもいいと思います。そのかわり、その文章は語りかけるような感じで書いた方がいいような気がします。お得意の方も、クリエーター(まあ、企画書を専門に書く人ではない、みたいにとってください)に、データたっぷりのいわゆるプロの企画書は求めていませんから。あと、挿絵的な意味の希薄な写真やイラストは使わない方がいいかもです。図形は円とか長方形とかの基本図形を中心に、必要最小限がいいと思います。でも、吹き出しは使いますね。消費者はこう思っていますよ、みたいなことを書くときは便利です。

 ちなみに、ここに書いている企画書は、しゃべる自信がない人を前提にしています。本当は、いい企画書はプレゼン=しゃべりを前提にして、要素だけを見出しで書いていって、事例がビジュアルでたっぷり掲載されているタイプのものだとは思うんですけどね。言ってみれば、ここで言う企画書は、スタンドアローンでも楽しく読める小冊子みたいな感じでしょうか。広告コンテンツを紹介する前置きとしての企画書は、それでいいような気がしますね。私の場合は、そのコンテンツがそういう表現に至った自身の思考の中身をオープンにするような気持ちで企画書を書いています。

 私はもともとCIプランナーなので、パワポのなかった頃から企画書を書いていました。そのときは、ワープロで文字を打ち出して、コピー機で拡大縮小したり、それをハサミで切って台紙にペーパーセメントで貼ったり、画像なんかもコピーしたものを切って貼ってました。色を使いたいときは、パントン(PANTONEをそう呼んでましたね)を切って、ぺたっと貼っていました。透明のシールになっているものを貼ると、文字が透けて見えるんですね。

 あの頃にくらべると、本当に楽になりました。広告カンプもそうですけどね。パントンの色シールを贅沢に使ったりして、よくデザイナーの先輩に怒られました。矢印なんかのシールもあったんですね。それは、結構高価なものだったので、コピーして使ってました。

 私より前の世代だと、企画書は手書きなんですよね。プランナー時代、あこがれの会社はPAOSだったんですが、そのPAOSが手がけたCIの事例がたくさん載っている「DECOMAS」という名の百科事典みたいな分厚い本があったんですが、その中に手書きの企画書が掲載されていて、それはもう芸術のようでしたね。その影響か、私も急ぎの仕事なんかで、A3の紙に太いペンで手書きの企画書を書いてお得意に持っていったりしますが、けっこう評判いいですよ。デジタル時代に、逆に新鮮なのかもしれません。

 CIプランナーから広告制作に転身して、そしてまたこのごろCIの仕事が増えてきました。不思議なものだなあと思います。あの頃と違うのは、受注金額でしょうか。桁がひとつ少ないですね。ちょっと生っぽいですね。こういう生な話はブログに向かないかも。まあそれはともかく、クリエーターの人に限らず、企画書は書けた方がいいですよ。でも、パワポ2008のマック版は、現在のところ、文章ブロッグを全選択して文字入力すると落ちるクセがあるから気をつけてください。バグでしょうね。早くパッチを配布してほしいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月21日 (月)

略語あれこれ

 「KY式日本語」という本が売れているらしいですね。NHKの「週刊ブックレビュー」で特集していました。ローマ字略語というらしいです。この醍醐味は「空気読めない=KY」といった、普通の日本語のローマ字略語でしょうが、言われてみるとローマ字の羅列言葉は私の日常でもよく使います。特に社名はそうですね。簡単なところでは、こんな感じ。

 NHK=日本放送協会
 BK=日本放送協会大阪放送局(JOBK)
 TBS=東京放送(ブロードキャスティングシステム)
 CX=フジテレビジョン(JOCX)
 TX=テレビ東京(JOTX)

 広告の現場では、CXとTXを逆Lで、みたいな感じで使います。逆Lというのは土日と夜にテレビCMを集中投下するやり方。仕事をしている人がターゲットの場合によく使われます。1週間のCMオンエアを番組表に赤線で引いていくと逆のL字型になります。

 D=電通
 H=博報堂
 JWT=J・ウォルター・トンプソン
 YR=ヤング・アンド・ルビカム
 CA=サイバー・エージェント
 CCI=サイバー・コミュニケーションズ(inc.)

 広告会社には略語が多いです。ADKは正式社名ですね。前はアサツーDK。旭通信社と第一企画の合併によって誕生しました。DKは第一企画。でも第一企画はDKではなく一企(いちき)と呼んでいました。外資系には、DDBとかBBDOとかTBWAとか略語系の社名が多いです。これらは正式社名になっているはず。たいていは、複数の創業者の名前の頭文字です。広告会社に略語がよく使われるのは、飲み屋さんとか喫茶店で話すときに正式名称を言うと差し障りがあるからですね。面白いところではこんなのがあります。隠語っぽいですが。

 南青山=マッキャンエリクソン(本社所在地より)
 松木さん=マッキャンエリクソン(最初の3文字から)
 おおひろさん=大広(東京で知名度がなかった頃そう呼ばれた)
 J企=ジェイアール東日本企画
 ジェイコム=ジェイアール西日本コミュニケーションズ

 J企は自らJekiと呼び始めたようですね。我々はジェイキと呼んでいましたが、本人はどうやらジェキまたはジェーキと呼んでほしいみたいです。そういえば、CAというとサイバー・エージェントを指すみたいですが、私的にはコンピュータ・アソシエイツのイメージが大きいです。コンピュータ・アソシエイツは社名変更して、正式にCAになりました。広告会社以外にも略称で呼ばれる会社は多いです。

 JJ=ジョンソン・エンド・ジョンソン
 PG=プロクター アンド ギャンブル(P&G)
 KFC=ケンタッキーフライドチキン
 JT=日本たばこ産業

 挙げていくときりがありませんが、業界でしか呼ばれない略称と、自ら進んで呼んでいる略称の2とおりあるようです。KFCは街の看板にでかく書いていますが、誰もKFCとは呼んでいませんね。ケンタと呼ばれることが多いようです。PGなんかは何も&を略さないでもなあとは思いますが。略語をさらに略すという感じが業界人っぽいですね。広告業界では、たいていの企業名をアルファベットの略語で言います。壁に耳あり、クロードチアリ(古っ!)。口は災いのもとですからね。

 C/B=コールバック(折り返し電話するの意)
 MTG=ミーティング
 PPM=プレ・プロダクション・ミーティング(CMの撮影前にする会議)
 ATL=アバブ・ザ・ライン(テレビ・新聞などのマス媒体)
 BTL=ビロー・ザ・ライン(SP・イベントなど)
 USP=ユニーク・セリング・プロポジション(製品の売り)

 広告業界の日常は略語でいっぱいです。机の上に「C/Bよろしく」なんてメモがあっても、何していいかわかりません。いったい何をよろしくなのか。ATL、BTLなんかはそろそろ死語になりそうな勢いです。俺、BTLやんないから、みたいなことを言う制作がいたら、ぶっ飛ばしていいですからね。すみません、言い過ぎました。

 DDT=パチスロの小役取りこぼし防止打法
 KKK=上に同じ

 パチスロをやらない方はわからないかもですが、チェリーやスイカなどのレア小役はおやじ打ちすると取りこぼしてしまいます。おやじ打ちというのは、狙わずストップボタンを押すことですね。チェリーの払い出しが4枚だとすると80円丸損なので、それを防ぐためにDDTやKKKをしないといけないんです。なぜ同じ意味の略語が2つあるかと言うと、それぞれの出所である雑誌が違うから。DDTはパチスロ必勝ガイド。除草剤のDDTのように根こそぎ取るという意味らしいです。KKKはパチスロマガジン。小役・きっちり・かっちり打法の略とのこと。

 Blog=ウェブログ
 SNS=ソーシャル・ネットワーク・サービス
 SBM=ソーシャル・ブックマーク
 CGM=コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア

 そういえば、少し前はBlogのことをビーログって呼んでいる人が多かったです。Blogはそのままだとブログとは発音できませんものね。ブログがここまで一般化したのは、もしかするとこの略語の勝利かもしれませんね。かつて、風野春樹さんは、このブログという呼び名が嫌いで、「ブ日記」と呼んでいましたが、まあそれだけブログという響きにパワーがあったのかもしれません。

 私は、なんとなく呼ぶ風野さんの気持ちに共感します(参照)。でも、慣れてしまったからかもしれませんが、ブログという単語の響きは、いい感じです。WeblogなのにBlogと略した人の勝利ですね。略の法則としては、WelogとかWogとかになってもよさそうなのに、あえてBlog。ウェログ、ウォグ。いまいちですね。ブログ界隈では、ブログ論が多く読まれるようですが、ウェログ論やウォグ論じゃ、なんだかですものね。ウェログとは。ウォグとは。でも慣れるとそうでもないかも。まあ、ブログでいいんで、慣れる必要はないですけどね。ではでは。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日)

寛平ちゃんのサハラマラソン挑戦と笑顔の力。

 テレビの特番を見ながら。大したもんだなあと思います。寛平ちゃんの好きなところは、あれだけ過酷なマラソンを続けていても、まったく聖人っぽくならないところ。あいかわらずアーメーマーって言ってるし。たまに大阪に帰ると、痛快!明石家電視台というテレビ番組を見ますが、そこに出ている寛平ちゃんは、子供の頃に見ていた寛平ちゃんのままですものね。

 中間地点でレトルト食品を食べながら「うわっ、これはめちゃめちゃ旨いで。」と言っている寛平ちゃんを見せたり、いい感じ。疲れ果てた寛平ちゃんが「なんでこんなことしてるのやろ、俺。」と言うところもいいなあ。ナレーションは、感動を煽るような感じだけど、その演出とか編集とかの狙いと映像のギャップがなんとも素敵。

 キヨシローさんの応援メッセージもよかったなあ。コンサートホールから「寛平ちゃん、夢に向かってアメマー!」とお客さんと一緒に絶叫。カメラの向きを観客に向けて、お客さんと一緒にエールを送るところなんかも素晴らしい。それを見せられた寛平ちゃんの照れながらの一言。「なんでそんなことするの。ありがとう、がんばります。」いいですね。

 そういえば、finalventさんが「ダマイラマと心の平和 – finalventの日記」」の中で、ダマイラマさんのあの平穏さについて書かれていましたが、記者会見で見たあのダマイラマさんの字算な笑顔の気さくなおじさんぶりは、ほんとすごいもんだなあと思います。ああいう印象は、インド仏教僧侶であり指導者でもある佐々井秀嶺さんにも感じました。ウェブを眺めてみると、こんな記事。

佐々井秀嶺師の話TIME MACHINE

 俗物である私などは、ちょっとしたことですぐに難しい顔をしてしまいがちですが、いかんですね。もちろん無理して笑顔になる必要もないとは思いますが。そろそろ春も一段落だし、浮かれることなく、かといって落ち込むことなく、なるだけ普通な感じの心の状態でいろいろとがんばっていきたいもんだなあと思います。なかなか難しいでしょうけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

こういう場合はどうしたらいいのでしょうね。

 少し前のことになりますが、私、髪を長く伸ばしていたことがありまして、どのくらい伸ばしていたかと言うと、肩まで、というか背中に届きそうなくらい。それをゴムバンドで束ねていたわけです。いわゆる丁髷ですね。今はそんなに長くないし、いたって普通の髪型ですけどね。

 広告会社の制作といえば黒い服ですね。とりあえず服に迷ったら黒を着ておけ、というのが制作業界で代々伝えられる教えでもあり、私も例に漏れず、黒いジャケットに黒いシャツ、黒いパンツを着ておったわけです。そんなうさんくさい出で立ちで東京駅の地下街を歩いていると、前方からこちらに向かって歩いている年配の上品そうなご婦人が私のことをチラチラ見ているのです。

 まさか私のことを見ているとは思いませんので、後ろを振り返ると、誰もいない。ということは、やっぱり私のことか、なんて思っていると、そのご婦人がどんどん近づいてきまして、ちょっと躊躇はされているご様子でしたが、私に話しかけてきたんですね。

 「あのぉ、ドン小西さんでいらっしゃいますよね。」

 えっ、ドン小西?私は、いままでいろんな人に似ていると言われてきましたが、ドン小西さんは初めてで、とっさの対応ができなくなってしまいました。そんなとき、人間はどうなるかというと、笑顔になるんですよね。西欧人から揶揄されるジャパニーズスマイルという感じの笑顔。そのとき、ドン小西さんの顔も頭に浮かばなかったので、ドン小西?ドン小西?ドン小西?というふうに、頭の中でこだまするわけですね。

 そんな感じでひきつった笑顔で対応していると、そのご夫人は鞄の中からノートのようなものとボールペンを取り出して、ニコニコしながら「サインをお願いできますか?」なんてことを言う訳ですね。で、私。

 「す、すみません。私、ドン小西ではないんです。」
 「いえいえ、ドン小西さんですよね。いつも見てます。がんばってください。」

 そのご婦人は、いわゆる街で芸能人を見かけると、気軽にサインをねだるようなおばちゃんテイストの人ではなく、ノートとボールペンを鞄にしまいました。きっと、そのおばさんは、ドン小西さんはサインを嫌がる方なのだと察したのだと思います。ご婦人は、子供のようないい笑顔で私の顔を見ていました。

 「えっと、あの、その、」

 と私がドン小西ではないと再度伝える間もなく、ご婦人は去って行かれました。あれはあれでよかったのかなあ、なんて今も考えます。こういう場合はどうしたらいいんでしょうかね。まあこういうシチュエーションは、これからの人生で何度もないと思いますけど。

 考えられる対応は、おおざっぱに言えば2つありそうです。

 まず考えられるのは、ドン小西さんになりきって、サインをしてあげるという対応。ご婦人のお名前をお聞きして「○○さん江 ドン小西」なんてノートにでたらめサインを書いてあげて、握手などして「応援ありがとうございます」とか言ったりして。でも、こんなことをすると、ドン小西さんにご迷惑でしょうし、ご婦人がそのサインを人に見せて、偽物だとわかった時のことを考えると、すこし躊躇してしまいます。

 もうひとつは、きちんと論理的に「私はドン小西ではない」ということを伝えるという対応。名刺などを出すのもいいかもしれません。でも、そうなると、ご婦人に恥をかかせることになりますし、なんか粋ではないなと思ったりもします。それよりも、その場がさみしい感じにつつまれてしまいます。それもなんだかなあと思います。

 いまだにあのご婦人には悪いことをしたなあ、なんて時々考えるんですね。それと、ドン小西さんにも。でもまあ、あのご婦人も「ドン小西さんって、テレビではあんなふうに明るく陽気な方だけど、本当は少しシャイで、サインとかもあまりしない人なのよ」なんて今も話しているのかもしれないし。それにしても、どうしてドン小西さんなんでしょうか。似てないと思うけどなあ。年も違うし。うーん。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年4月18日 (金)

広告屋さんは、いろんな企業を見られることろがちょっと素敵。

 このブログを読んでいただいている就職活動中のみなさんの中には広告業界志望の方もいらっしゃるかもしれませんね。広告業界は、最近はあまり人気がないようです。マス広告が以前ほど華やかではないし、それに、メディアも多様化し、分散化しているので、多くの学生さんの日常生活の中にも、広告が気持ちの中に占める割合が低くなっているのかもしれません。

 広告会社を志望する動機としては、私もあんな広告をつくってみたい、とか、私のアイデアで流行をつくって世の中を動かしてみたいとか、そんなとこでしょうかね。まあ、その気持ちもわかりますが、外から見るのとやってみるのとはずいぶん違うもので、日常の仕事は、すごく地味な作業の繰り返しだったりもします。どの業界もそうだと思うけど、そんなに華やかな世界でもないしね。

 最近はIT系を志望する人が多いようですね。それは分かる気がします。だって、まだまだ進化を続ける業種だと思いますしね。そんな世の中で、あえて広告業界もいいかななんて思っているあなたに、少しいい話でも。

 広告業界の楽しいところは、いろんな企業の姿を、第三者としては割と当事者的な目線で見られるところでしょうか。保守的な会社もあれば、先進的な会社もありますし、最先端の業種もあれば、もうそろそろ衰退するかな、という業種もあります。こうして広告業界に身を置いてみると、世の中って、いろんな仕事で成り立っているというのが身にしみてわかります。

 何の専門家でもないという感じとか、根が生えてない感じとかはあるけど、いろんな会社のいろんな人に会えるのは、広告業界の魅力のひとつではありますね。私なんかも、これまでにかかわった会社は100を超えるんじゃないかな。それぞれに悩みがあって、それぞれに喜びがあって、ほんといろんな社会への関わり方があるんだなあといまだに驚くことがあります。

 そういう感じで考えると、広告業界に向いている人は、いわゆる個性が強い人ではなく、あれこれ人の気持ちを読みすぎるほど読んで、そんな自分がときどき嫌になるくらいの人の方なんじゃないかなと最近思います。今日も、私はパワーポイントに向かって、この時間まで、うじうじと長編の企画書を書いていました。そんなしんどい作業をするときにね、自分のためとかそんな動機ってあまり効かないもんなんですよ。そんなときけっこう効くのは、この企画書、あの会社のあの担当者がよろぶかな、よろこべばいいな、もうちょっとがんばろ、みたいなこと。いざというとき、自分のため、みたいなことは屁の突っ張りにもならないもんです。

 サービス精神っていうんですかね。正しい意味での公務員に求められる公僕精神。そんなたいそうなものでもないけど、まあそんな感じ。いちばん遠いと思うような感じが、じつは広告業界ではすごく大事だったりするような気がします。私にあるか?あるのかなあ、それともないのかなあ。よく分かりませんが、そんな地味だけどサービス精神がたっぷりある人が、案外うまく働いているのは、今までよく見てきたなあと思います。

 私なんか、広告業界は向いてないんじゃないか、なんて思っているそこのあなた。もしかすると、そんなあなたは、広告業界で伸びる人なのかもしれませんよ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年4月16日 (水)

締め切りはアイデアの母である

 誰かがそんなことを言っていたような気がしますが、ほんとそう思います。締め切りがなかったら、いつまでもなんだかんだ理由をつけてうだうだし続けるでしょうね。人によっては締め切りがなくても、淡々とこなしていく方もいらっしゃるでしょうけど、私は駄目ですね。

 課題をかかえている時期は、その課題がずっと頭のどこかにあって、何をするにも楽しめないのですが、かといってその課題に根をつめて取り組むわけでもなく、本屋で立ち読みしたり、Apple StoreでAir Macを触って、薄っ!なんて言ったり、パチスロ屋で勝ったり負けたり、飲みに行ったり、そんでもってものすごく後悔したりして、明日はちゃんとやろうと思うのですが、まだ3日ある、とか思ってしまうと、またまた怠けてしまいます。

 私の場合、締め切りがなければ、アイデアは出てこないです。いや、正確には、オリエンテーションのときにすでに思いついているか、締め切り間際に出るか、そのどっちか。駄目人間だなあと我ながら思います。その昔、そんな私の性格を知ってか、とあるクリエイティブ・ディレクターがプレゼンの期日を3日ほど前に私に教えて、そんでもって、私が締め切りだと大急ぎで持って行くと、締め切り3日前でもやればできるじゃない、なんて。ひどいですよね。

 そのクリエイティブ・ディレクターは、私のことを徳俵さんと呼んでいました。相撲の土俵の東西南北にある俵の出っ張りのことですね。つまり、追いつめられないと力を出さない。ほんと情けないっす。試験前にマンガの一気読みとかプラモデルとかしてしまう学生みたい。やらないんだったら寝ればいいのに、自分の罪悪感から夜更かしだけはしっかりするんですよね。

 てなわけで、これを投稿したら、真面目に仕事しようと思っています。そろそろやぱいっす。こういうときハンドルネームでブログやっててよかったなと思いますね。仕事の関係者が見たら、なんにもできてないのにブログだけは更新するんだね、なんて嫌みを言われるところです。ではでは。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

「広告批評」休刊が象徴するもの

 前回のエントリ「広告の終わりのはじまり」を書きながら気になっていたのは、この「広告批評休刊」というニュースを、さとなおさんはどう思ったのだろうということでした。ネットを眺めてみると、広告批評休刊について語るブログは多いものの、あのニュースを聞いて、私が心の中でざらっとしたものを感じたのとは、正直言えばコンテクストが違うというか。こんなこと思うの、私だけ?というもやもやした気持ちでいました。

 まあそれは、広告業界では私は大きなニュースであると思っていた広告批評休刊という出来事が、それほど大きなものではないという証拠であるようにも思えるし、職場でもそのことを大きなこととして話すこともなかったし。時代認識としては、悲しいけれど、広告業界にさえ、もはや広告批評にそれほどの意義がなくなっているという意味では、正しいとも言えるし、そう考えればなおさら心の中のざらっとしたものが増幅されるような、そんな感じでした。

 そんなこんなのもやっとした気持ちでいると、さとなおさんの個人サイトであるwww.さとなお.comから「広告批評、休刊」というエントリが。なるほど、なるほど。随分率直かつ辛口。それに比べると、私の「広告の終わりのはじまり」はぐっと甘口。長いあいだ読んできた雑誌だし(とは言っても楽しみは橋本治さんの連載だったりする)、80年代のマス広告黄金期は学生で、社会に出てからはバブル崩壊という、割の合わないキャリアを重ねてきた私としては、なんとなく複雑な気持ちもあり、そんなひとつの時代の終わりへのセンチメンタリズムが、甘さになっているのかなとも感じたり。

 とはいいつつ、「明日の広告」の先頭を走るさとなおさんにも、「いいことなのだろうな。」という、すこしとまどい気味の言葉に、そんなセンチメンタリズムみたいなことは感じるけれど。

中の人たちはまだまだ少し前の「マス広告栄光の時代」の殻を引きずっている人が多いし、変わらないといけないとわかっている人たちも、日常の作業に追われてなかなか変われないままに日々を過ごしている。この「広告批評」の休刊は、まさに「顕在化された明日」である。志望者減少も「顕在化された明日」である。スルーせず重く受け止めるべきだと思うし、もう猶予はない。

広告批評、休刊 – www.さとなお.com

 中堅広告会社の中の人である私としては、この「顕在化された明日」をどうカタチにしていくかだと思います。こうして、気になるなと思う人の言葉をリアルタイムで読めるよろこびを噛み締めつつ、私は私で、さとなおさんが描くものとは違う「明日」をつくっていかなければ。そうでなければ、こうして今言葉を書いている意味がないと思うし。

 そんな言葉と同時に、今日は、広告の黄金期にメインストリームで活躍し、いちはやくネットというフィールドでのクリエイティブに活躍の場を移した糸井重里さんの言葉を読む機会を得ました。西武流通グループの企業広告の仕事をされていた時の失敗談。いいコラムなので、まだ読んでいない方はぜひぜひ。

ぼくは、あの時代の西武の広告をやっていたせいで、
「広告」が「経営」の重要な一部分であることを知ったし、
最も責任のある人が「広告」を考えることが、
どれだけ力強い効果をもたらすかも学んだ。

ある没になったコピーの思い出 – ほぼ日刊イトイ新聞

 ウェブ2.0やCGMなどに象徴される新しい時代の中で、広告はどう変わればいいのか。私はこのブログでも、ああだこうだと書いて来たけれど、この「広告が経営の重要な一部分である」ということは、これからも変わらないような気がしています。企業広告に限らず、商品広告でもそれは同じ。意思や想いを伝える手段としての広告は、きっと変わらない。けれども、ひとつ言えることは、その「経営」の想いを伝える「表現」の仕方が変わったということ。

 私は中堅広告会社に所属していますから、広告予算も中規模なものが多いです。そのために、どちらかと言えば、ひとつの広告原稿が届くか届かないかを考え続けてきているところがあり、例えば、掲載機会が新聞広告1発しかない場合、その新聞広告が届かなければ、1,000万円を超えるお金が無駄になる、ということを意識しながらやってきたところがありました。つまり、効かなくなってしまったマス広告を効くようにするにはどうしたらいいんだ、みたいなことが現実的な課題として突きつけられてきたんですね。

 そうした視点で見たとき、私の問題意識から言えば、きっと「文体」の問題があるのではないかな、というふうに思っています。つまり、時代が変わり、今までの広告の「文体」(それは言葉に限らず)が通用しないんじゃないか、という危機感です。広告批評休刊が象徴するものは、そうした広告文体がもはや終わりに近づいた証拠でもあるのではないか、という気がするんですね。効かなくなってしまった広告。それは、簡単に言えば、ああ、これ、コピーライターさんが書いたのね、デザイナーさんがデザインしたのね、というような広告。

 広告批評などに代表される広告雑誌をかつてほど熱心に読まなくなったひとつに、こういう私の気分があることも事実です。もちろん、以前ほど業界に対する名誉みたいなことにガツガツしなくなっているというのもあるけど。最近は、私がつくった広告が運良く掲載された号でさえ、スルーすることが多くなりました。かつてはそんなとこはありえなかったのに。出たらすぐに本屋さんに買いにいっていたのに。そんな自分が不思議でもありました。掲載されている広告も、昨今では、ピンとこないことも正直多く、前回のエントリでいただいたコメントであったような業界の閉鎖性を感じたりもしました。(中の人である私にもその閉鎖性はあるんでしょうね。)

 きっと、それは、広告が文化になり、その文化としての広告が鑑賞され、批評されていくうちに、文化としての広告が文化そのものになったことに原因があるような気がします。それは、文化であっても広告ではないので、もはや広告としての力を持ちようがないのは、論理的には正しいような気がするし。であるならば、もはややることはひとつ。広告を広告に戻してやること。広告が文化であるのは、広告が広告だからだと思うし、今、そんなふうに感じています。

 とまあ、ちょっと真面目に論じてはみたけれど、要するに、ブログやら何やらで、経営者、職業人、学生、消費者、生活者、おっちゃん、おばちゃん、にいちゃん、ねえちゃんの生の言葉が行き交う時代。そんな時代に、あいかわらず、古き良きマスメディア/大衆という構図の中での文化としての広告は、まあそういう感じも生き続けるとは思うし、そのマスな感じも甘美な感じはあるけれど、それを前提とした表現だけでは、ちょっとしんどいという感じ。それが現場としての実感です。リアルに思えないんですね。もちろん、それをメディアを軸に考えると、さとなおさんのおっしゃるメディア・ニュートラルなコミュニケーション・デザインということになるんだろうけど。

 自分まわりの生活を見ても、ひとつの問題意識で書いた前回のエントリがあり、それを書いてもやもやしているときに、まったく違う生活の流れの中でさとなおさんが書き、糸井さんが書き、それを読みながら、こんなことをうだうだ深夜に書いているという、ちっぽけだけど、考えてみると、かなりすごい生活の変化(情報摂取という意味でね)があるわけで、そうした現実の中で、そろそろ広告も広告屋も「変わらなきゃ」っていうのはあるなあ、なんとか新しい時代をつくっていかなきゃなあ、と思う今日この頃です。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年4月13日 (日)

広告の終わりのはじまり

 マドラ出版の「広告批評」が来年の4月で休刊とのこと。30周年を期にしての決断だそうです。広告批評の公式ウェブサイト(参照)にお知らせがひっそりと掲載されています。テキストではなく、くせのある明朝体フォントで丁寧に組まれた文章をGIF画像にしたものであることが、なんとなく今の時代に対してのひとつのスタンスであり、ささやかな抵抗であるような気もします。ちょっと深読みに過ぎるかもしれませんが。

 創刊した一九七九年と言えば、テレビCMを中心に、広告が大きな転換期を迎えた年です。マスメディアの中で巨大化していく広告を、暮らしの視点から、あるいは大衆文化の視点からどうとらえ、どうみんなの話題にしていくか。現代の「広告評判記」をどうつくっていくか。そんな思いで走りつづけた三〇年だったと感じています。
 そしていま、広告はマスメディア一辺倒の時代からウェブとの連携時代へ、ふたたび大きな転換期を迎えています。マスメディア広告と一緒に歩きつづけてきた小誌としては、このへんでひとつの区切りをつけたいと考えました。

 そのGIF画像に書かれていた文章の引用です。つまらない話かもしれませんが、私はこの引用をコピー・アンド・ペーストではなく、キーボードを打って入力しました。大した作業ではないけれど、こうした小さな作業ひとつとっても、情報というものの受容のされ方は違ってくるものだと思います。実感としては、このひと手間が入るだけで、より丁寧によく噛み締めて文章を読むようになりますね。

 広告批評が標榜していた批評とは、まさにそういうことであったのだと思います。マスメディアによって一方的に送信される広告という情報を、暮らしの視点、大衆文化の視点で、もう一度読み直す、つまり批評するということを、広告批評はやってきたのでしょう。その批評によってもう一度見いだされた広告は、マーケティングの一手法としての広告を超えて、生き生きとしたカウンターカルチャーとして花開きました。そして、そのことは、広告制作者に少なくない自負心を与えてくれました。我々は文化の担い手なのだという自負心です。

 私は、広告批評のこの潔い引き際を見事だと思っています。発行人である天野祐吉さんが「部数の減少や赤字による休刊ではありません。」と毎日新聞に語っておられるように、熟考された上での決断であると思います。マスというモノサシでは、今、広告を批評するという行為が成り立たなくなってしまったのでしょう。それは、さみしいことではあるけれど。

 けれども、まさしく、この決断が、広告批評は、自身に対しても批評的であったことの証になっていると思います。まだ1年あるし、月並みな言葉になってしまいますが、本当に、30年間お疲れさまでした。そのときどきで共感したりしなかったりはありましたが、編集方針が明快な広告批評が、数ある広告雑誌の中ではいちばん好きでした。

 さて、これからの30年を私たち広告人はどうしていくかです。広告批評が語るように、今は第二の転換期です。こうした時代に生きる、一人の広告制作者として、この先をどう設計していくのかは、自分の人生設計を含めて、すごく悩みます。なんとなくの実感では、もっと周辺分野を幅広く学ばないといけないな、という感じがあります。なんとなく自分の中の暗黙知的なことを、形式知にして既知化したい欲求というか、そんな感じです。浮き世稼業の広告制作者がそんなことを考えるのも、時代ですよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

I SHALL BE RELEASED lyric by Bob Dylan

 

I shall be released

自由になれるさ

 

They say ev'rything can be replaced
Yet ev'ry distance is not near
So I remember ev'ry face
Of ev'ry man who put me here
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

すべては変えられるって言うけど
すべてがこんなに遠いのはなぜだろうね
だから僕はすべての顔を覚えておきたいのさ
いままで出会ったすべての人の顔をね
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

 

They say ev'ry man needs protection
They say ev'ry man must fall
Yet I swear I see my reflection
Some place so high above this wall
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

すべての人は落ちていってしまうから
守ってあげなくちゃいけないって言うけど
この先もっともっと高いところまで
行けるって僕は思いたいんだ
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

 

Standing next to me in this lonely crowd
Is a man who swears he's not to blame
All day long I hear him shout so loud
Crying out that he was framed
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

僕のとなりにいる見知らぬ男が
俺は悪くないって叫んでいる
僕は一日中その男の叫び声を聴いていたんだ
俺ははめられただけなんだっていう悲痛な男の叫びを
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

 

翻訳:mb101bold(ちょっと意訳気味ですが)
元エントリをご参照ください:ボブディランの「I shall be released」を翻訳してみました。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

ボブディランの「I shall be released」を翻訳してみました。

 前に、大塚まさじさんの「男らしいってわかるかい」という歌のことを書きました。この曲をご存知のない方は、下記リンク先のエントリを読んでみてください。私の大好きな曲のひとつです。

 孤立無援の思想」ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
 男らしいってわかるかい」ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

 大塚まさじさんのこの曲は、ボブディランの「I shall be released」のカバーなのですが、これがほとんど大塚さんの創作と言っていいくらいの歌詞なんですね。私は、これまでディランはあまり聴いてこなかったので、この「I shall be released」という曲は、大塚さんの「男らしいってわかるかい」によって知りました。

 音楽評論家やファンのあいだでは、この大塚まさじさんの「超訳」は、逆説的にディランの原文のもっとも忠実な訳であるとも言われていたりもします。ディランの「I shall be released」という曲は、それこそディランが何度も何度も歌い(で、歌うたびにメロディが変わっていく)、多くのアーチストにカバーされている名曲なので、ご存知の方も多いかとは思いますが、まあ英語なので、日本語を使う我々の場合、なんとなく知っているという感じの人も多いかと思います。そういう私もその一人です。まずは、ボブディランさんが書いた詞。

I shall be released
 

They say ev'rything can be replaced
Yet ev'ry distance is not near
So I remember ev'ry face
Of ev'ry man who put me here
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

They say ev'ry man needs protection
They say ev'ry man must fall
Yet I swear I see my reflection
Some place so high above this wall
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

Standing next to me in this lonely crowd
Is a man who swears he's not to blame
All day long I hear him shout so loud
Crying out that he was framed
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

 やっぱり、いい詞ですよね。この詞の直訳は、ウェブにはたくさんありますので、Googleで「I shall be released」で検索などして確かめてみてください。でも、それほど難しい英語でもないので、ある程度はわかるかもしれません。でも、やはりディランなので、いわゆる詩的な感じで、この詞の意味するところというのはけっこう難解かもしれません。それと、直訳をして意味を汲み取ってみると、大塚まさじさんの「超訳」がいかに素晴らしい訳かがあらためて理解できますね。

 出だしの「They say ev'rything can be replaced Yet ev'ry distance is not near So I remember ev'ry face Of ev'ry man who put me here」を「変わっていくなんてきっとないぜ 君の世界とはほど遠い でも俺をこんなに変えたくれた 昔の友がいるんだ」(参照)とすることろなんて、うーん、すごいなあ、と感心してしまいます。この歌を英語で歌い、その意味を自分で咀嚼した者にしか出てこない歌詞です。大塚さんは若い頃、大阪のミナミで「ディラン」という喫茶店のマスターをされていたんですよね。

 このボブディランさんが書いた「I shall be released」は、直訳ではちょっとわかりにくい部分がありますね。詩ですからね。それと、大塚さんの「男らしいってわかるかい」はオリジナルを知るとより理解できるとも思いますし、私自身も、「I shall be released」の、ああこういう感じなんだっていう日本語訳については、なんとなく前から気にはなっていたんですよね。

 なので、私は大塚さんとは違うアプローチで訳してみました。方針としては、原文に忠実に、けれどもその詩が持っている意味を第一義に考えて、少し意訳はする、みたいな感じです。すこし現代風な言い回しにはなってしまったかなと思いますが、こんなディランさんが1967年(私が生まれた年だ!)にこの詩を書いたときの気分は、こんなことだったのではと思いますがどうでしょうか。ちなみに、「I shall be released」は「自由になれるさ」と訳しました。

自由になれるさ
 

すべては変えられるって言うけど
すべてがこんなに遠いのはなぜだろうね
だから僕はすべての顔を覚えておきたいのさ
いままで出会ったすべての人の顔をね
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

すべての人は落ちていってしまうから
守ってあげなくちゃいけないって言うけど
この先もっともっと高いところまで
行けるって僕は思いたいんだ
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

僕のとなりにいる見知らぬ男が
俺は悪くないって叫んでいる
僕は一日中その男の叫び声を聴いていたんだ
俺ははめられただけなんだっていう悲痛な男の叫びを
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ

 英語/日本語対照バージョン

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月 7日 (月)

10年前の自分がこのブログを読んだら、どう思うだろうか。

 10年前と言えば、1997年。松田聖子さん、神田正輝さんが離婚し、消費税が5%になり、山一證券が破綻し、京都議定書が採択された年です。私は、30歳で、とある広告制作会社で百貨店の新聞広告コピーを書いていました。ブログが日本で定着するのは2002年頃とのことだから、世の中にはまだブログはありません。

 Googleができて、糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」が創刊されたのもこの年(参照)で、そこから思い起こすと、その頃、私はあまりウェブには親しんでいなかったのではないでしょうか。職場で見るくらいですね。個人のメールアドレスもまだ持っていなかったし、会社から支給されるメールアドレスも、それからすぐに移籍した会社からだったような気がします。ケータイも持っていませんでした。

 記憶をたどっていくと、その頃の私は、今よりも、もっとギラギラしていたような気がします。英国の広告代理店であるSaatch & Saatchの広告理論を知るようになったのもその頃。西欧の広告理論にかぶれていた時期でした。いろんな本や雑誌を読んだりして。それと、ちょっと告白めくけど、あの頃は、すごく広告賞がほしかったです。まだ若かったし(って今も若いつもりだけど)、広告制作においては今に比べるとイニシアティブはとれていなかったので、どうしても自身の存在証明は広告賞になりがちなんですね。

 あの頃は、まだひとつも広告賞をとっていなくて、それが強烈なコンプレックスになっていました。幸い、私の場合は、ある時期から、ひとつの広告を成り立たせる構造のほうにも興味が出てきましたので、そのコンプレックスが表現を汚していくことはなかったような気がしますが、そのコンプレックスにつぶされて表現が汚れていく人は、この業界には多いです。特にコピーライターは。

 それに、広告賞のことばかり考えると、自身の置かれている状況に対して恨み節を奏でるようになっていきます。広告の賞は、どうしてもそうです。多くの人に見られてなんぼの広告ですから。大きな広告の方が有利になってしまいます。ちょっと生っぽいモードになっていますが、なんとなく10年前の自分に向けて書いている気分なので。あえて10年前の自分に向けて言えば、広告賞は結果です。それに、君が心の底からほしがっている広告賞をとったからって、君が考えているほど幸せにはなれません。上には上があるしね。それに、広告賞は大事だけど、それがすべてではない。

 10年前の自分がこのブログを見たら、なんと言うのでしょうか。共感するのでしょうか。それとも、反感を持つのでしょうか。有名じゃない普通の広告人から見たいろいろ、というスタンスに、若い私は、今の私の中のルサンチマンの匂いを嗅ぎ取ってしまうのかもしれません。中途半端なポジショントークなんかいらないよ、なんて言いながら、有名広告人のポジショントークを反芻しているのかも。それとも逆に、いいよな、広告代理店で、CDで、広告賞もとってて、なんてルサンチマンなことを思うのかも。それとも、案外、コメントやトラバを送って、小難しい論議をしているのかも。

 まあね、この10年前の自分が、今の自分が書くブログを読むという設問自体、人生というものの偶然の蓄積を無視したありえない論議なのかもしれないけれど。「ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)」というタイトルをこのブログにつけた理由のひとつに、10年前の自分に向けた言葉を、10年前の自分が思うほど成功もしなければ、大きな失敗もせずに、なんとか広告の仕事を楽しくやっている10年先輩の私が書きたいということがありました。ほんとは、ジャズが好きだし、「酒とバラと広告の日々」みたいなタイトルをつけてもよかったんですが。「The days of Wine,  Roses and Advertising」とか英語でかっこ良くタイポを打って。

 こんなWeb2.0の時代だし、なんの工夫もなしに商用に転用できてしまうこと以外は、なるだけ、こんな自分でもそれなりに蓄積した知識やノウハウがあるわけだし、そんなあれこれをすべて投げ出して、みんなと共有したいと思うし、私自身も、そんなブログからいろいろ得てきたわけだから、ギブアンドテイクな感じで、つらつら書いています。

 これだけはやっぱり言えるけど、ブログができて、いい時代になったと思います。テキストを通してだけど、距離も時間も関係なしに、つながることができるんですからね。10年前の私のような、悶々と毎日を過ごしている、見知らぬ広告人のみなさん。こんな自分が書いたたわごとだけど、パクれるところがあったら、どんどんパクって自分のものにしてくださいな。それと、読んでいただいているすべての人に。今後とも、よろしくお願いします。

 

PS:ちょっと仕事が忙しくなりそうなので、1週間ほど更新できない感じになります。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年4月 6日 (日)

なんやその辛気くさい顔は!俺や!俺や!玄関開けてくれ!

1

 NHKの「ケータイ大喜利」を見ていて、久しぶりに腹を抱えて笑いました。「なんやその辛気くさい顔は!酒や!酒や!酒買うてこい!」というセリフに飽きちゃった。岡千秋さん、何と叫んだ?で、その解答。
 なんやその辛気くさい顔は!俺や!俺や!玄関開けてくれ!
 残念ながら最優秀作品賞は逃しましたが、私的にはこれがいちばん。あんたやから玄関開けへんのや、という嫁さんの顔が目に浮かびます。うちの父親は、けっこう飲む人なので、子供の頃はそういう光景をよく見ました。

 

2

 最近知ったこと。Typoというのは、誤植のことなんですね。タイポというとタイポグラフィーの略としか認識していませんでした。タイポどうする?ゴシックの太いヤツでバーンでいいんじゃない?みたいな使い方しかしませんでした。ネットでよく見かけるTypoというのは、Typographical errorの略だそうです。
 Typoですね。ご指摘ありがとうございます修正しておきました。
 そんな感じのやりとりをコメント欄でよく見かけます。なんか愛嬌があって、安心できる響きがあります。それが、誤植ですね、というふうになると、我々広告制作者はドキッとしてしまいます。誤植は、もう想像するだけで怖いです。0ひとつないだけで担当者の首が飛んでしまいますものね。
 百貨店の新聞広告をやっているときに、大規模な誤植をやらかしてしまいました。その誤植事件のことは、いまだ夢に出てきます。ほんと、もうこの仕事辞めよう、というか、なにかの秘密組織が登場して、はい、君、もうこの仕事やっちゃダメだから、と両手をつかまれてどこかに連れて行かれるんじゃないかと思いました。お暇な方は「誤植の顛末。」というエントリーを読んでみてくださいな。

 

3

 吉本興行と言えば、今や就職先としても人気がある一流企業ですし、吉本に入りたい芸人志望の人もたくさんいるかと思います。でも、私がガキの頃はそんな感じでもなかったです。よくいたずらをすると、母親に「そんなことしたら、吉本入れるからな」と言われました。「吉本入るのいややー」とか言ってました。けっこうこの手の話、関西人から語られますが、誇張ではなく、ほんとの話です。関西人とお笑いの関係は、そんな感じです。
 吉本興行が偉いなあと思うのは、箱を維持しているところ。松竹芸能もそうです。箱というのは劇場のこと。吉本だと花月、松竹だと角座。角座はちいさくなって、B1角座という名前に変わりましたけど。箱は収益的にはつらいものがあるでしょうけど、これがなければ芸能は長い目で見るとしんどいでしょうね。ジャズとかポピュラー音楽も同じで、箱がないと文化は育たないような気がします。
 大阪では、桂三枝さんを中心に、市民の力で新しい寄席をつくったそうです。繁盛亭という名前です。大阪天満宮の近くにあります。その名の通り繁盛しているそうです。うれしいことですね。できれば繁盛亭で桂枝雀さんが見たかったです。それはもう叶わないですが。

 

4

 最近は軽めのことばかり書いているような気がします。春だからでしょうか。仕事では、去年の末から始まったキャンペーンがきちんと目標を達成したカタチで終わり、石川県限定で流したテレビCMもきちんと効果を出したとのことで、ちょっと一段落感があって、そのあたりも影響しているのかもしれません。
 最近は企業全体のことを考える仕事が増えてきました。社長さんや経営陣の方とお話しする機会もあり、やはりいろいろと考えておられるのだなあと感心します。広告会社は、若いクリエーターも含めて、とかく教えてやるという感じになってしまいがちですが、それは間違いだと思います。過剰に恐れる必要もないとは思いますが。

 

5

 4月26日から東京芸大美術館で「バウハウス・デッサウ展」が開催されます。バウハウス(BAUHAUS)というのは、ドイツヴァイマールに1919年に誕生した造形芸術学校で、現代デザインの基礎を築きました。その後、デッサウなどに移転しますが、ナチスの台頭で閉校を余儀なくされます。
 合理性からデザインを考える。不要な装飾を削ぎ落としていく。いま、当たり前のように見られるデザインは、もとをたどればバウハウスに行き着きます。美しく見せる、偉くみせる、賢く見せる、ではなく、機能を追求し、作りやすく、使いやすく、長持ちするために何ができるかを考える。その結果、美しい。そんな考え方です。
 それを広告に当てはめると、伝わりやすく、心に深く届くように、徹底的に機能性で考えるものが、結果として美しく、楽しく、おもしろい。おもしろい広告ではなく、広告がおもしろい。そんな感じの広告をつくりたいものです。

 

6

 かつて『「広告がおもしろい」ことと「おもしろい広告」は、きっと違うんだろうね。』というエントリを書きました。これに補足すると、昔、ダイエーの中内さんが、とある事情で大量に在庫が出来てしまったコーラを売るために、「お願いです。買ってください!」という文字がでかでかと書かれた新聞広告を出したことがあって、中内さんが直接指示して作ったものだったそうで、デザインもやぼったかったけど、すごく広告としておもしろかった。そういうふうに、企業が新聞を使って伝える広告という行為自体が持つおもしろさです。
 そうか買ってほしいんだな。と思いました。ちょっとドキドキしました。そこには中内さんの顔写真があって、そこには詳しくは忘れてしまったけれど、「プライベートブランド大王」みたいなことが書いてあって、ボディコピーを読むと、中内さんのPBに対する哲学が、やさしい言葉で書かれていました。これが広告だと思うんですね。
 中島らもさんが、大阪のたこ焼き屋さんが手書きした「こんだけうまくて300円。どやっ。」という張り紙を見て、広告屋はこの「どやっ。」というたこ焼き屋のおっさんの熱い想いに勝てるのか、みたいなことを言っていましたが、ほんとそう思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 5日 (土)

女子と男子。処女性と童貞性。そんな話。

 フジテレビの「バニラ気分」という番組で、ボクシングの内藤さんが生まれ変わったら女子になりたいと言っていました。テレビ的な落ちとしては、オカマさんになりたい、爆笑という感じでしたけど、なんとなくその気分はわかる気がします。内藤さん、チャンピオンになって、テレビに出だして、ふつうボクシングのチャンピオンがテレビに出だすと、ある典型的なやぶれかぶれな感じになっていき、やっぱりボクサーだしなあという感じに落ち着いていきますけど、あの人があんなネアカな感じでも、内藤さんらしい自然な感じでキープしていられる秘密に、そんな内藤さんの感性があるんだろうな、と思いました。

 まあ土曜日なので、このまま脱線気味に言葉を綴っていこうかなと思いますが、広告、とりわけコピーに関して言えば、男子はもうだめだな、女子の時代だなあ、と思う時期がありました。時代の空気はすぐに変わるから、今はそうでもない気がしますけど。その感覚で言えば、世間ではジョージアで「明日があるさ」という広告がやっていた頃。私は「社長、もういっぱいいっぱいです。」とか「がんばれ、日本のバックアップ。」とか書いてました。その頃、女子を対象にした感じはどうなのかと言えば、「元気出していきましょ。エーザイ」とか、「私、誰の人生もうらやましくないわ。」だったり、私のものだと「私の自由。」だったり(誰も覚えてないか)そんな感じ。

 男子は、いままで絶頂期で、不況とかなんやかんやで、これからは落ちる一方という感じで、歴史的な段階はあるにせよ、女子は過渡期だし、これからもまだまだいけるという感じ。そういう意味では、男子はひたすら「ふんばる」「耐える」で、女子は「まだまだこれから」という空気。男子領域の表現の金脈は、ちょっと暗めなところにあって、女子領域の表現の金脈は、すごく明るいところに広がっていて、豊穣な感じがしていました。私だけかもしれませんが、女子の広告制作者がうらやましいと思っていました。

 もちろんこれは、生物学的な性差っていうのとあまり関係がない話でもあって、女子の広告制作者でも、女性的な感性をあまり持っていない人もいますし、その逆もあります。広告会社というのは、比較的女子が働きやすい場所だと思いますし、消費ということで言えば、女子的な感覚がメインストリームのような気がします。そういう意味では、男子と言えども女子的な感覚はもってないとつらいかもしれないですね。これからの時代は、男子的だけで乗り切ってはいけないような気がします。

 でもまあ、そうなってきたのは、ある意味では時間の経過によってなされてきたことではあります。大手広告代理店なんかでも、かつては女子は働きにくかったそうです。女性のCDは数人しかいませんでしたし、かつては女性だけで構成された広告代理店も生まれて、女性分野の商品の広告で活躍したこともありました。代表的な広告は、オカモトの「男も妊娠すればいいのに。」とか。まあ、その表現の是非はともかく、女子性のリアルはあったような気がします。その代理店は発展的に解消しましたが、それがひとつの時代の転機だったような気がします。社会的使命を終えた、というやつですね。

 あれから、すこし時間が経って、女子、男子をめぐる表現の金脈まわりの話は、どんな空気かといえば、私の感覚で言えば、あまり女子、男子が関係なくなってきたなあという感じです。それは、ウェブの大衆化となにやら関係があるような気もしていますが、どうなんでしょう。今の時代の空気は、女子、男子というよりも、あいまいになってきた生活という領域をどうするのか、みたいなことかも。いっしょくたになっていくのか、生活がすべてを飲み込むのか、その逆か。なにやら抽象的な話ですが、まあ土曜日なので、メモ的に。

 それと、女子的なるものもバリエーションが出て来たような気もします。女子的ということで言えば、aikoさんの持っている女子的、YUKIさんが持っている女子的、宇多田ヒカルさんが持っている女子的、矢井田瞳さんが持っている女子的は微妙だけど、明確に違いますよね。かつては、松田聖子さん、中森明菜さん、小泉今日子さん、プリプリ、みたいな感じで、男子的な目線からわかりやすい女子的感性でした。

 一方の男子性ということで言えば、幸か不幸か、これは人間というものと同義みたいな感じで語られてきた感じがします。ちょっと言うのはあれですが、女子の場合は、少女と女を分つものとしての「処女性」みたいなことが語られてきましたが、男子の場合は、少年と男を分つものとしての「童貞性」みたいなことは、ある種のタブーになってきたことにもよるんじゃないかな、と思います。

 男子の場合は、少年と言い、少男と書かないですよね。私は、「童貞性」という軸で見ていけば、男子的のバリエーションも豊穣に見えてくるのではないかと思っています。この「処女」「童貞」というのは、実際の経験があるかというのは、そんなに関係ないかもしれませんが。心性を表すものとしての「処女性」「童貞性」。

 なんか妙な話に展開してしまいましたが、こんなうだ話もたまにはいいかなあと。土曜の昼にテレビを見ながら、頭の中にいろいろ浮かぶ感じを言葉にすると、こんな感じです。でもまあ、その半分も表現していないでしょうが。ぜんぶ表現したら、この世の中で生きていけないんじゃないかというようなことも考えるのが人間なんだし。その逆にぜんぶ表現しても、凡庸さが際立つだけだという考えもありますが。そんなわけで、投げっぱなしジャーマンで。ではでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 4日 (金)

いきつけのバーに連れて行ってもらうと、なぜか涙目になるんです。

 職場の先輩とか同僚とかと飲んで、そのあと、ちょっと寄ってく?なんて言うから、いいっすよなんて答えて、どこ行くんだろなんて思いながらついて行くと、その人の行きつけのバー。常連さんやら、マスターやらが、やあいらっしゃいなんて笑顔で迎えてくれます。

 そのお兄ちゃんどなた?なんて感じの常連さん。こいつ、職場の同僚ですとか、後輩ですとか軽く紹介されて、満面の笑顔ではじめまして、なんて言って、ハーパーの水割りなんかをとりあえずたのみます。その人は、元気してたあ?久しぶりじゃない、なんて常連さんとおしゃべりを楽しんでいる。でもって、私は、これぞジャパニーズスマイルといった顔で、ニコニコニコ。でもって、ちょっと涙目。時間がたって、その常連さんとも仲良くおしゃべりできていても、なんか心が涙目。

 なんか苦手なんですよね。楽しいことは楽しいんだけど、ああこの人はこんなにあったかい世界を別に持っているんだなあ、なんて考えると、ジーンとなって、まるで小説みたいな状況が現実にあることにとまどいながら、ひとり、おどおどおどおど。単なる人見知りなんだろうけどさ、でも、ああいう感じって、なんだろな。このビミョーな感覚、共有できる人、いるのかしら。あなたは、どうですか。

 これを読んだ知人が、ああ、あいつは苦手なんだな、これからはあの店行くのやめとこ、なんて思われると困っちゃうんですけど。別にいやな訳じゃなくてね。むしろ、何度でも行きたいくらい。私には、いきつけのお店はないんですよね。お昼に行くと、ひさしぶりって言ってくれるそば屋さんはあるけどね。

 いきつけのお店って、ありますか。ある人は、ちょっとうらやましいです。あれっ、ミキちゃん来てないの、えっ、あっそう、そうなんだぁ、別れたんだあ、そうかあ、でもさあ、まだミキちゃん若いし、気立てもいいからさあ、じゃあ、オレ、今度いい男紹介しようかな、って、ちょっとぉ、それはないって、オレはないっしょ、みたいなおしゃべりをしてみたいです。モーレツにあこがれます。いきつけの店ができると、いつもの風景がすこし変って見えるんだろうな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

貪欲という言葉をポジに変えたしょこたんさんは、ほんと偉いと思います。

 それまで貪欲という言葉って、あまり好ましい使われ方はしてこなかったですよね。貪欲に追求していきたい、みたいな使われ方はするものの、そこには何かしら「あえてここは」というニュアンスがつきまとっていました。強欲を緩めたような感じ。欲張りに近いかな。ちなみに辞書では、こんな感じ。

どん‐よく【貪欲】
〘名•形動〙《古くは「とんよく」とも》非常に欲が深いこと。むさぼって飽くことを知らないこと。また、そのさま。「―に知識を吸収する」「―な男」  (大辞泉)

 そんな貪欲という言葉を、しょこたんこと中川翔子さんは、素敵でポジな言葉に変えてしまいました。詳しくは「貪欲デイズ」という本に書いてあるそうで、読んでいないのでなんとも言えませんが、ネットを見る限りでは、なにやら二十歳になってあせって、いろいろ思うときに貪欲という単語に気付いて、これからはもっと貪欲に生きなきゃと思ったそうです。それから、しょこたんさんにとって貪欲という言葉が、生きる上でのキーワードになったとのこと。

 CDの全国FM局宣伝キャラバンを「貪欲キャンペーン」と銘打ったり、1stコンサートを「貪欲☆まつり」と名付けたり、「日本全国貪欲化計画」とかもあったり、なかなかキャッチー。こういうふうに言われると、とても楽しい気分になってきます。

 クラーク博士の有名な言葉に「Boys be ambitious(少年よ大志を抱け)」というのがありますが、ambitiousは、本来、野心的とか功名心に燃えるというニュアンスがあるらしく、大志というのは、ちょっと意訳とのこと。理想をもって、とか、社会のために功名心をなくして、といった意味が付加されています。このambitiousという言葉が持つネイティブなイメージは、しょこたんさんの言う貪欲というのに近いんじゃないでしょうか。

 功名心とかをいい感じで肯定する感じがいいですよね。CDを出してみたい、コンサートをやってみたい、楳図かずおさんと仕事をしてみたい。そのために、なりふりかまわず「貪欲」に行動する。行動する前にあきらめるのが、なんとなく時代だったけれど、少し「貪欲」という言葉で、時代の風向きがポジ向きに変わるような気がします。しかも、しょこたんさんにはダメだったときの身の振り方を考慮できるしなやかさと賢さがあるような気がします。

 こういう言葉の力をひさしぶりに感じました。これって、かつて広告が持っていた言葉の力なんですよね。「おいしい生活。」とか「モーレツからビューティフルへ。」とか。もしかすると、このしょこたんさんの「貪欲」という言葉によって、少し社会が変わるかもしれない。そんな予感がしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 2日 (水)

いま、スマートフォンを買おうとしている人にウィルコムのW-ZERO3[es]をすすめる理由がなくなりつつあります。

 このブログを書き始めた頃は、せっせとW-ZERO3[es]関連のエントリを書いていたのですが、ちょっと困った状況になってきましたね。コストではまだウィルコムに若干のメリットがあるものの、Softbankでも同等以上の機能を持つ端末が出てきましたし、E-MOBILEでついに通話できるPDAが登場したことで、もうほとんどあえてウィルコムを選ぶ理由がなくなってきました。

 私もモバイルモデムはすでにE-MOBILEに変えましたし(でもまだモデムの契約は解除せず、親用の通話端末にするつもり)、ときどきウィルコムから送られてくる広告DMには値下げした料金とエリアをアピールしているものの、私が東京で暮らし、他に使うとしても大阪くらいしかない事情を考えると、ピンときません。料金にしても、これまでずっとそれ以上の料金を払い続けてきましたので(ネット25で超過料金を含めると1万円近く)、いまさらの値下げは、私の場合は心理的なメリットにはなりにくいです。それにスピードが違い過ぎ。

 私個人は仕事でのからみは一切ありませんので、純粋なウィルコムファンとして、悔しくもあり、しかしながら、やはり一消費者としては、ファンだからとメリットがなくても使い続けるという選択肢はないので、これはどうしようもありません。

 W-ZERO3[es]に関しては、非常に手になじんできていますし、通話に関しては受信が多いので価格の安さも気に入っていますので、実家の親専用の端末ができることで、東京大阪の通話が無料になるので、しばらくは変えることはないと思います。しかし、ウィルコムのブランドのコアは、AIR-EDGEのモバイルデータ通信であるはずなんですよね。そのイメージがあったから、W-ZERO3[es]が日本のスマートフォンの先駆者たり得たのだとも思うし。

 去年は申し込んだにも関わらず行けなかったけれど、ウィルコムフォーラムにあれだけ人が集まるのも、そんな先進イメージがあったからだと思います。最高20Mbpsの次世代PHSが現実になってくると話は別でしょうが、今のままではかなりしんどいような気がします。法人需要や、医療機関向けは健闘しているようで、可能性も大きいような気もしますが、そのスケールがどんなものかわからないので何とも言えません。

 こういう状況をひっくり返す力は、残念ながら広告にはないと思うんですね。この状況を広告でひっくり返せるとしたら、その広告は何かしらの嘘や熱狂に頼るしかなく、それはファシズム的な何かなんだろうと思いますし。「人口カバー率99%」という広告コピーを見るたびに、そのメッセージに嘘がないだけに、なんかせつないです。ウィルコムは、がんばってほしいです。どうがんばるのかは、単なるユーザである私には見当もつかないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

笑い声は、あいうえお。

あはは
いひひ
うふふ
えへへ
おほほ

明るく、あはは。
ひっそり、いひひ。
恥じらって、うふふ。
照れながら、えへへ。
気高く、おほほ。

私は、あははが多いと
自分では思うけど
人から見ると違うかも。

さあ、4月。
笑っていきましょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »