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2008年5月31日 (土)

すべてはコミュニケーションの問題なんだ、と言い切ってももいいかもしれないなあ。

 語弊はあるけど。コミュニケーションの問題と見えるものでも、本当は別の問題がある、という論議も分かるけど。私がコミュニケーションを領域とする広告屋なんて仕事をしているから言うわけじゃなくてね、ここ最近の個人的な出来事から、ああコミュニケーションが悪かったんだな、なんて思わせられる感じがあって、これ書いています。

 例えば、医師とのコミュニケーション。私の母親の具合が悪くなって、医師と話したわけですよね。かなり状態が悪かったんです。こっちとしては必死だから、今の状況を一生懸命話すわけですよね。で、その今の状況は、とりあえず解決。しばらく経つと、また次の問題が発生して、こちらとしては不安になるわけですよね。あれだけ話したのに、という思いも当然あります。

 で、どうしようもなくなって、大阪にいる私の妹が医師に電話で話したんですね。それこそ、専門家たる医師にまかせなきゃ、という考えも当然あるし、こっちは素人だし、でもそんなこと言ってられないという決死の思いです。不信感もあったと思います。でも、それを話すと、医師は、えっ、それは聞いてなかったなあ、教えてくださ、みたいな感じだったんですね。それに、積極的に聞いてほしいとも言われたそうです。

 妹は、なんかあの先生見直したわ、なんて言っていたけど、母親のケースは、患者本人が症状を説明できない状況でもあるし、まわりのものが言わない限りは先生もわからないわけですよね。積極的に聞いてほしいと医師は言っていたらしいですが、医師にしても、まわりのものが普通のコミュニケーションを行っている現状で、医療行為として、それ以上を家族に聞き出すことはしないし、たぶんできないとも思うんですね。

 要するに、言わなければ、絶対にわからないということ。その後の処方だって、緊密かつ詳細なコミュニケーションがあるのとないのでは、ずいぶん変わるだろうし。医療がどこまで進歩しても、コミュニケーションの大切さは変わらない気がするんですよね。それと、気持ちの問題もあるんですよね。インフォームド・コンセントと言われますが、それよりも前に、私たち患者と、患者家族自身が、医師にどう伝えていくかが問題になるような気がするんです。

 これは、患者側の医療リテラシーとも言えるけど、医療の側も、そういうコミュニケーションをしやすい環境をつくらないといけないと思うし、むしろ、うっとうしいくらいに医師がコミュニケーションを迫るくらいの状況ができてもいいように思います。

 広告の仕事で言えば、いい仕事ができるかどうかなんて、案外、いいオリエンがあったかどうかなんだし、制作側の思いとしては、オリエンがちゃんとしてないと、いい仕事なんてできないですよ。いい広告をつくる自信はあるけど、いい仕事ではなければ意味ないですよね。

 でも、私が言いたいのは、そんないいオリエンを私たちがするように努力するんじゃなくて、もちろん、できる努力はするけれど、私たち患者側がいいオリエンができるように環境を整える必要があるんじゃないか、それも医療の進歩なんじゃないの、と言うこと。

 どうして、医療リテラシーという言い方に抵抗があるかというと、ブログにこんなことうだうだ書く私でさえ、うまく伝えられなかったわけで、親父なんかは、先生と話してくると言うと、こんな状況でもなお先生のことを悪く言うなよ、とか、専門家なんだから先生に従うしかないんやから、素人が出しゃばったこと言うななんてこと話すわけですよ。そんな私たちに医療リテラシーを求められないでしょ。そういうことなんです。こういう問題は、普通の人を基準に置くべきです。

 確かに、こういうことの一方では、医療側の訴訟リスクなんてこともあるでしょうし、それと、コンビニ受診をはじめとする医療の疲弊もあるのは理解しています。そういう問題は、そういう問題として、個別に考えていかないといけないです。でも、同時に、これ以上、コミュニケーションの問題を劣化させる環境や空気をつくっちゃいけない、とも思うんです。ありきたりな言い方になりますが、患者側と医療側の相互理解が大切なんでしょうね。

 もっとなんかこう、ITとか利用できないもんなんでしょうかね。SNSなんかは使えるとは思うんですが、どうなんでしょう。プライバシーの問題があれば、専用端末でもいいし、ネット環境がなければ、emobileのモデムを貸し出せばいいと思うし、ファックスなんかでも、電話のもっと積極的な活用でもいいと思うし。もちろん、会って話すのがいちばんですけどね。

 ほんと実感するけど、会って話すということの情報量と言うのは馬鹿にできないです。これだけコミュニケーションツールやインフラが発達しても、会って話す、ということの優位性は変わらないです。感情の起伏や表情や話すリズムを含めて情報なんです。逆説的な言い方ですが、これだけコミュツールが発達して、コストが下がっても、対面の詐欺師は減らないじゃないですか。それだけ会って話すことの情報量はすごいってことですよね。

 広告なんてものは、所詮は紙切れ一枚であって、優秀な営業マンの代用に過ぎなくて、我々のがんばりどころというのは、その優秀な営業マンにどこまで技術で迫れるか、ということに過ぎないとも思うんですよね。会って話す。それが最強。当然、そんな非力なコミュニケーションだからこそ、誇りを持ってなんとかしようと頑張っているんですけどね。

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