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2008年6月の25件の記事

2008年6月30日 (月)

いつまでも良心や善意に頼りっきりでいいのだろうか

 NNNドキュメント’08「笑って死ねる病院」(テレビ金沢制作)を見ました。石川県金沢市の城北病院の話。82歳になる肺がん末期のご老人を中心に、地域と医療現場のやりとりが紹介されていました。このご老人は、入院90日を超えて、病院から転院を迫られました。その理由は、このブログでも書いた高齢者の入院90日規定(参照)です。入院に対する保険点数が90日を超えると極端に下がるのですね。

 転院先を探すも、どこも引き受け手がなかったそうです。このご老人の奥さんが、かかりつけ医であった城北病院の先生に相談し、城北病院に転院することになったとのことです。番組によると、今、末期がんの患者は、どこの病院も引き受けたがらないそうです。赤字をつくるからです。

 城北病院は、地域の人たちと協力しながら経営をしている病院だそうです。引き受けた城北病院の主治医がインタビューに答えていました。実際には、そのご老人の医療サービスについては、病院は赤字だそうです。つまり、良心でやっているということです。これまで私は医療はこうあるべきでやってきたけれど、医療制度がこうなってしまった今、これからも同じことができるかどうか自信がない、といった趣旨のことをおっしゃっていました。

 やっぱり、制度の問題なんですよね。身も蓋もない言い方で言えば、お金の問題です。

 例えば、卑近な例で申し訳ないけれど、私のやっている広告の仕事。私たち広告会社は、今、多くの仕事で、媒体コミッションによってその大部分の対価を頂いています。媒体コミッションというのは、テレビとか新聞とかの広告媒体を買うときに発生する手数料のこと。

 大雑把に言えば、仮に手数料が10%として、6億の媒体で投下する広告の場合、6000万の利益が出ると言う訳です。600万なら60万の利益。そういうコミッション制でやっていると、媒体を大量に投下しない会社の仕事は、儲からない仕事になってしまうんですね。企画という軸で言えば、6億の仕事も600万の仕事も等価なはずです。

 実際、多くの広告マンは、そのプライドにかけて、どちらも手を抜かずにやっていますが、いつまでもそのプライドを維持していけるかどうかは私も自信がないです。経営的な問題が出ると思いますし。つまり、コミッション制というのは、緻密で良質な企画を受けるためには、媒体をたくさん使ってくださいよ、という制度なんですね。そして、この制度は、マス広告一辺倒時代の終焉とともに綻びが出てきています。

 人の命にかかわる医療と、そうでない広告を同列に語ることはできませんし、広告会社の淘汰と医療機関の淘汰は、その意味はまったく違うとは思うけれど、構造は同じような気がします。

 良心とか善意とか、そういったものは儚いものです。たったひとつの制度によっていとも容易く崩れ去るものです。上部構造は下部構造に規定されるとマルクスは言いましたが、ほんとその通りだな、と思います。下部構造に規定されない強靭な意識を要求するのは、ただの人間に聖人になれと言っているようなものだと思います。

 私が、この医療制度のことがグロテスクだと思うのは、意識の変革には言及せずに(グロテスクすぎて言及できないでしょう)、制度によって、間接的に人の意識の変革を迫っているところです。医師にはそれ以上診るな、患者にはあきらめろ、そう言わずに、制度によって、そう仕向けようとしている、ということなんですよね。

 たぶん、この制度はあまりにグロテスクすぎるので近い将来、矛盾や問題がたくさん出て破綻すると思うし、しばらくは良心に頼ることと、制度をよく知り、自衛することが大切だと思うけど、その間にも、今の制度の犠牲になる人が出てくるわけで、なんかいたたまれないです。医療難民と言われる人たちに何もできないわけだから、私のこうした言葉は、身勝手なセンチメンタリズムに過ぎないけれど。

 

 追記:

 終末期の問題は、本来医療ではなく、「ケア」として考えるべきもので、政府の考え方としては、もともとは、というか大義は、これからは、なるだけ慣れ親しんだ自宅において介護保険制度によるケアで行うようにしていきたいとの趣旨だとは思います。この医療制度と介護保険制度はセットで考えられていました。

 しかしながら、医療に替わるほど介護は発達していない現状と、現在、終末期ケアは医療機関に頼らざる得ない状況を考えると、やはり、患者にあきらめろと言っているに等しいのではないかと考えます。また、この医療と介護の境界にある患者はたくさんいます。つまり、例外が多すぎると思うのです。

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2008年6月29日 (日)

高円寺にあった大きな病院のこと 2

 ある日、いつもどおり夕方に当直に入ると、会議室で、医師や、看護士さん、医療スタッフ、医療事務のスタッフが集まって長い会議をやっていました。終わったのは、夜の9時頃。会議室から出て来た女性の看護士が目を真っ赤にして出てきました。若い男性スタッフは、憤っているようでした。

 「患者さんに、どう説明するんだよ。だいたい、勝手すぎるんだよ。」

 その出来事からしばらくして、年配の医療事務長さんが、この病院が閉鎖されることを教えてくれました。不動産投資の失敗が原因だったそうです。そして、入院患者さんや来院の方にはまだ言っては駄目だからね、と言われました。実際、近所の人たちが、入院患者さんが、噂を聞きつけて、いちばん口が軽そうな当直のバイトに尋ねてくるケースも多く、いいえ、そんな話は聞いてないですね、と話さなければならないことが辛かったことを覚えています。

 転院できる患者さんは、次から次へと転院していきました。看護士さんや、医療スタッフさんも、次の就職先ができた人から順番に辞めていきました。医療事務も、基本的には決まった人から次の病院に移りなさい、という医療事務長さんの方針があったので、極端な人手不足に陥りました。事務長さんは、九州出身の女性で、非常に強い正義感を持っている人でした。自分のことはほったらかしで、若い人から順番に再就職先を探しまわっておられるようでした。

 そんな中、ある若い女性事務員さんが涙を流しながら、事務長さんに言いました。

 「私、最後までこの病院で働きたいです。最後までついていきたいんです。」

 事務長さんは、「甘ったれたこと言ってるんじゃない、そんなのただの感傷でしょ。それともあなた、この状態をあなたが全部解決できるって言うの?」とその若い事務員さんをしかり飛ばしました。言い方がきつかったので、その人は下を向いたまま黙ってしまいました。不器用な人だったんですよね。自ら悪役を買っておられるようでした。

 あの事務長さん、偉かったなあと思います。若い人から順番に再就職をさせて、残った人たちは年配の人ばかりでした。責任の大きい順番に責任をとっていく、という考え方なんでしょうね。簡単なようで、なかなかできることではないと思います。社会に出て、いろいろ現実を見ると、逆なケースばかり目につきますものね。

 事務長さんと残った人たちは、連日連夜残業でした。外来患者さんにはまだ病院の閉鎖が告知されていなかったし、その後、入院施設のない医院として再出発することが決まっていたので、外来の患者さんは減らなかったんですね。近所の人たちには、病院を建て替えるらしいと伝わっていたようでした。


「高円寺にあった大きな病院のこと 3」に続きます。
※土曜日・日曜日を中心に更新していきます。
高円寺にあった大きな病院のこと 1

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2008年6月28日 (土)

高円寺にあった大きな病院のこと 1

 今はつぶれてありません。その病院がなくなったのは、かれこれ20年前かな。北口にあった大きな病院でした。私は、当時大学生。バイトで当直事務員をしていました。内科と整形外科があって、入院病床も50くらいあったんじゃなかったっけ。5階建てで、地域の基幹病院という感じでした。救急指定ではなかったけど、深夜に救急患者を受け入れることもありました。

 私の仕事は、高円寺に夕方の5時頃に行って、医療事務の人たちとその日の引き継ぎをして、当直のお医者さんや看護士さんと打ち合わせをし、鍵を閉めて、見回りをして、ひたすら電話番という感じで、それほどきつい仕事ではありませんでした。就寝までは、本を読んだりしていればよく、就寝も地下に当直用のベットがあって、ダニに苦しめられたけど、それなりに快適。早朝起きて、鍵を開けて、お医者さんと看護士さん、医療事務員さんを迎えて、お疲れさまでした、という1日の流れでした。

 大学の1年の後半からはじめて、病院がなくなる3年生の頃まで、ずっとお世話になりました。当直に来るお医者さんは、大学病院で勤務する若いお医者さんだったりして、年格好も、お兄さんという感じだったし、医療事務の方たちとも仲良くしていただいて、それなりに楽しかったです。わりとのんびりとしたいい感じの病院で、地域の人とも関係が良かったし、夏の阿波踊りの頃は、お手伝いをしたりして。

 こんなこともありました。私が耳の横にできものができて困っていたら、院長が来る前に手術してあげるよ、と病院の若い先生。院長は手術が下手だからね、と小さな声で。で、その若い先生、麻酔を打たずにやると治りが早いけど、どうする、と。治りが早いのは助かるから、その方向でお願いします、なんて言って、ベッドに横になると、看護士さんたちがみんなクスクス笑っていて、なんでだろうと思っていました。

 メスが入ると、痛いのなんのって。そりゃそうですよね。メスで切ってるわけだし、当然。しかも、耳の横は、その音がリアルに聞こえるわけですよ。ギリギリギリギリって。その切り口から綿棒を入れて、膿をかき出すときの音まで生々しく。目からは涙があふれてきて、それを見ていた看護士さんたちは、大笑い。確かに治りは早かったですけどね。


高円寺にあった大きな病院のこと 2」に続きます。
※土曜日・日曜日を中心に更新していきます。

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2008年6月27日 (金)

いろいろ雑感

 なんか調子がいまいち。書くテーマがみつからない。じゃあ、書かなきゃいいじゃん、なんて心の声もありますが、書くんだ、書くんだジョー、みたいなことを心の丹下さんが言うので、いろいろ雑感を書いていこうと思います。

 

●上原ひろみさん

 ジャズピアニストの上原さん。バークリーを主席で卒業し、全米デビュー。日本よりアメリカのほうが知名度が高いかも。この人、ピアノをほんと楽しそうに弾くんですよね。顔が笑ってるんです。にやけてるんです。うれしそうなんです。最初、この人のアルバムを聴いたとき、まあ、多分にヤマハ所属という先入観があるんでしょうが、ヤマハくさいなあ、と思った。
 ヤマハくさい、って分かる人には変わるかもですが、ヤマハ音楽教室くさいというか、ポプコンくさいというか、世界音楽祭くさいというか、ジュニアオリジナルコンサートくさいというか。シンセサイザーを使ったクロスオーバー的な楽曲もあるんですが、それがどうにも、世界観が幼いというか。複雑で高度な楽曲なんですけどね。
 それが、最近、ちょっと変わってきて、いい感じ。いいジャズピアニストになってきたなあ、なんて思います。トリオも練れてきた感じがあるし、チックコリアとのデュオも素敵だし。まだ29歳とのことで、これからが楽しみ。この人は、世界を代表する、すごいピアニストになるんじゃないかなあ。
 この人、ブログも楽しくて、音楽好きの人でなくても楽しく読めます。きっと、明るい人なんだろうな。上原ひろみオフィシャルブログ、おすすめ。

●グリンピースな人

 なんかやな出来事でしたね。私は、あの言い訳がいやでした。「告発に必要不可欠な証拠物件として持ち出したもので自己の所有物にする意思はない」から窃盗に当たらない、って。なんか、自分が信じる正義のためなら、すべての行為が正当化されるというふうに本気で思ってるところが、いや。そういう考え方をする人は、たくさんいるけどね。プチグリンピースな人。
 ああいうことをやった場合、こう言うならまだ分かるけどね。「告発は社会的意義があると思うので、あえてやった。それに対しての制裁は甘んじて受ける。」とね。私は、クジラは食べていいと思っていますが。

 

●iPhone

 私は、あれは違うと思うんですよね。このブログで何度も書いてきたけど。ああいうモバイルツールって、ケータイライクに片手操作できるってことが重要で、そういう意味では、ウィルコムの進化のしかたは正しいと思う。iPhoneは片手操作は考慮されてないですよね。でも、ウィルコムは通信速度の問題で伸び悩んでいるけど。
 WILLCOME 03というW-ZERO3[es]の後継が出ましたが、どうでしょうね。液晶タッチセンサーというのが疑問。スイッチ・センサー関係は、ちょっと前はタッチセンサーの時代があって、そのあとまた物理式に揺り戻し、今や完全なフィーリングの時代で、物理式でクリック感がしっかりあって、なおかつ薄いという方向で動いてて、何度も液晶タッチセンサーものは挫折してきているはず。それはiPhoneも同じだけど、それが気になる。
 それが証拠に、iPodは、shuttleも含めていまだに物理式でしょ。

 

●松下電器産業が今年10月にパナソニックに

 もしかすると、社名変更が取りやめになるかな、なんて思っていましたが、株主総会で正式決定されましたね。私はCIプランナー出身だけど、ちょっと複雑な気分。松下という名前は愛されていたから。
 ブランド価値を資産として評価しようとしている時代だし、市場がアジアや欧米が中心になってきているから、仕方がないのかもしれませんが、時代はすぐ変わるしなあ。どうなんでしょう。ちょっと判断しにくいですが、大阪人としては、やっぱりさみしいですね。

 

●NOVA、船場吉兆、グッドウィル、ミートホープ、丸明

 社会の変化の兆しでしょうか。ちょっと前までは切り込めなかったところに切り込んでるような。それで、切り込んだらとことん追い込む、というような。この企業のトップの人たちは、ぜったい問題が明るみになった時点では大丈夫と思っていたはず。これまでの常識では大丈夫だったから。そういうふうに社会が動いていたから。
 時代は確実に動いているような感じがあります。その先にはどんな社会が待っているんだろう。ちょっと想像がつかないです。

 

 とまあ、雑感を書いてみたけれど、これをひとつひとつ深めていけば、4回分のエントリになるのになあ、ああ、もったいな、と思いますが、深めてもロクなもんにならないな、という気もするので、このままアップ。こういう気軽さもブログらしいしね。ではまた。

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2008年6月25日 (水)

毎日書くことで見えてくることもあるんだろうな、と思いながら書いています。毎日書けてないけですけどね。

 今日は僕で書こうかな。なんとなくそんな気分。梅雨だし、天候がどんよりしているので、ちょっとしんどいですねえ。僕も、明日できることは明日にまわし、今日しなくちゃいけないことはさっさとすませ、ぼけっとしながら毎日過ごしています。

 僕は、なんとなく、ブログはメディアという意識が強くて、日記っぽく身辺雑記を書くのはあまりしないんですが、読むのは身辺雑記っぽいものが多いです。不思議なもんです。僕自身のことで言えば、ブログはお金のかからない同人誌という印象を持っていて、投資額が少なくて、同人誌より流通力があって、これはいいツールだなあ、IT革命万歳、という思いがあります。

 同人誌というか、雑誌というか、そういうものって、いろんな書き手がある大きな編集テーマをもとに集まることでひとつの空間をつくっていると思うのですが、その発展の道筋のひとつとして、その究極が、個人メディアというものだと思うんですね。

 印刷技術が知を大衆化したように、IT技術が知をもう一度大衆化した、というように言われるけれど、読まれる読まれないという流通の問題があるにしても、ブログというものは、そのITうんぬんをとっぱらっても、メディアというものの究極のかたちではないのかな、と思ったりします。

 もちろん、だからといって旧来のメディアが駄目だとかじゃなくて、あいかわらず、マスメディアは優秀な書き手のステージだと思いますし、売ってる雑誌のコラムはやっぱりお金を出しているだけのことはあるな、と読んでて思います。だけど、メディアの形態としては、ブログというのは、やっぱりひとりの書き手がすべてをコントロールできるという意味で、これは、僕らがここまでの歴史の中で手に入れたものの中では、たいへんなものだな、なんて思います。

 僕メディア。

 少し前までは、そういうのは現実的には考えられなかったですよね。しかも、メディアどうしがつながりをもっていて、タイムラグさえほとんどなくって、ほんとすごいもんですよね。そんな僕メディアだからこそ、旧来のメディアにはないやり方があるんじゃないかな、なんて考えています。

 それは、手法で言えば、なるだけ毎日書くことなんじゃないかな、と思うんですんね。はじめる前は、そんなこと考えていませんでしたし、広告のことや、ジャズのことなど、ある程度まとまった考えを発表できるだけでいいや、なんて思ってましたが、それだけじゃ何か、旧来メディアと同じだな、と思うようになりました。

 毎日とはいかないまでも、毎日に近い感じで書いていると、僕の場合で言えば、その時間の中で、仕事のちいさな成功や失敗もあるし、親も入院するし、その後もいろいろあったりするし、生活に起因する、そんな気分の浮き沈みがありますよね。でも、とにかく、なるだけ毎日書く。そうしたテキストの連なりの中で、なにか、今までと違うものが見えてくるのではないかな、と思ったりします。

 過去のエントリを読み直してみると、ああ、このへん考えてないな、とか、この書き方浅いし恥ずかしいな、と思ったりもするけど、良いも悪いも、その連なりが僕という人間なんだし。ブログをやっていると、そんな自分も受け入れる感覚が芽生えてきたような気がします。って、あんた何歳になってそんなこと言ってるの、という感じかもですが。

 そういうブログに積み重なるテキストの連なりが、なにか新しいものを表現するのかもしれないな、と教えてくれたのが、私より先行しているブログの書き手さんたちだったし、その何かは、旧来メディアにはない何かなんだろうと僕は思います。そのもっと先にはTwitterとかがあるんでしょうね。使ったことがないから僕にはわからないけど。

 長文を書くのが好きな僕にとっては、あるまとまった長さのテキストが残せるブログが、メディアとしてはちょうどバランスがよく、性に合っている気がしていますけどね。それにしても、今まで日記なんか書いたことがない僕が、これだけ書いているのも、不思議なもんだなあと思います。でも、それだけブログはメディアとしておもしろいということなんでしょうね。

 今日は蒸し暑かったけど、明日からは少し寒くなるみたいですね。天候が不安定ですが、体を壊さないように。まわりでそういう人多いみたいですよ。無理せず、あせらず、体に気をつけながら、ぼちぼちいきましょう。ではでは。

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2008年6月24日 (火)

人間は「おじん」と「おばん」に分けられる。

 昔、ラジオ大阪で「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」(参照)という番組がありまして、その中での話。人間には大きくいって2つのタイプがあって、そのひとつが「おじん」で、もうひとつが「おばん」。もちろん、この「おじん」と「おばん」は性別とは関係ありません。

 「おじん」は、寡黙でクールな人。一方の「おばん」は、おしゃべり好きで陽気な人。「おじん」の代表格が高倉健さんで、「おばん」の代表格は、芸能界にはたくさんいますが、ビックネームでいえば美空ひばりさんですかね。なんとなくわかります?

 で、番組では、あの人は「おじん」か「おばん」か、という話で延々盛り上がっていました。ちなみに、鶴瓶というのは笑福亭鶴瓶さん。新野というのは、放送作家の新野新さん。新野先生と呼ばれていました。そう言えば、新野さん、少し前、お体を壊されていたという話でしたが、お元気でしょうか。

 例えば、さんまさんは典型的な「おばん」ですね。鶴瓶さんもそう。伊集院光さんも「おばん」。タモリさんはどうかといえば、少し微妙。本質的には「おじん」ではないでしょうか。でも、いつもは「おばん」を装っているような気がします。そういうタイプを、ぬかるみでは「おばんの皮かぶり」と言っていました。ずいぶん前のことなので、もしかすると逆かもしれませんが、おばんの皮をむくとおじん、みたいなことですね。

 逆に、例えば小田和正さんなんかは、普段は「おじん」を装っていますが、本質的には「おばん」だと思います。私がオフコースをオンタイムで聴いていた頃は、完璧な「おじん」イメージでしたが、最近はすっかり「おばん」ですね。ほんと、びっくりするほどよくしゃべります。昔は、「こんばんは。オフコースです。」しか話さなかったのに。こういうタイプを「おじんの皮かぶり」と言います。

 私なんかはどうかと言えば、たぶん「おばん」だと思います。でも、ちょっと、知性的に見られたいみたいなスケベ心もあるので、「おじん」を装っているところはあるかな。とはいいつつ、「おばん」全開でもないので、オフコース時代の小田さんを真性「おじんの皮かぶり」だとすると、私は仮性「おじんの皮かぶり」くらいでしょうか。

 はてな界隈に集う人のことを、「はてな村」の村人なんてよく言いますが、ブログをはじめた頃、なんとなく「ぬかる民」みたいだなと思いました。ぬかるみリスナーのことを「ぬかる民」と呼んでいたんですよね。

 なにせ日曜の深夜0時始まりで、終了が2時半頃(お二人の気分で変わるんです)だったので、聴くのに根性がいったんですよね。私も、ぬかる民でした。このぬかる民にも2つあって、ハガキを書いたり、積極的に関わる人を「どっぷりぬかる民」と言い、私のように聴く専門(今で言うROM専門みたいですよね)のリスナーを「あっさりぬかる民」と言っていました。

 ただただ二人の世間話だけの番組でしたが、だからこそのハプニングがたくさんありました。例えば、リスナーに呼びかけて実現した「新世界ツアー」は、リスナーが全国から集まって機動隊が出るほどの騒ぎになったり、番組中にゲストと本気で喧嘩したり。それに、ティーチーンが定期的に行われて、自衛隊は必要かなんてことを話し合ったりしていました。

 そんな、ディープなラジオ番組ですから、「おじん」や「おばん」の他にも、ぬかる民だけで通じる「ぬかるみ語」というのがたくさん生まれました。うる覚えですが、その一部をご紹介しますね。ちょっとお下品なものもありますけど、まあ、今回はお許しを。

【カンキツ類】 いわゆる勘がきつい人。物事の成り行きや空気を敏感に察知して、先回りして、みんなに善かれと自己犠牲的に行動してしまうため、自分は不幸になりがち。

【ポペコ】 ポペポとも。関西地方の隠語をそのまま言うと放送できないので、こうなりました。まあ、何かわかりますよね。ここから、上岡・鶴瓶のパペポTVのパペポのパペポが生まれました。(公式にはそう言っていませんが)

【びめこ/ぶめこ】 Wikipediaには美人/不美人とありましたが、私の記憶では、下半身にもそれはあるよね、という話だったような。

【おさせ】 これは誰にでもついつい許してしまう断ることが苦手なやさしい女性を愛情を込めて表現していました。

【ざんざざーん】 ものすごい勢いで。例:「ざんざざーんと不幸が押し寄せてくるのよ。」

【ありぃの/しぃの】 順接を表す。あるし、するしに近いかも。新野先生の口癖。これは全国区になりましたね。

【鬼畜やなあ】 ひどいなあの意。例:「ようそんなこと言うわ。鬼畜やなあ。」映画「鬼畜」の岩下志麻さん演じる女性の鬼畜ぶりが由来。

【チンチキチン】 デイヴ・グルーシンの「カタヴェント」(視聴)という曲のこと。番組のオープニングテーマでした。この曲、世界的に有名な曲ですが、ぬかる民にとっては、チンチキチンなんですよね。

 この「ぬかるみの世界」は、後にインターネットラジオ「nukarumi.com」として復活しましたが、残念ながら新野先生の健康上の理由で終わってしまいました。私は、月額500円で聴いていましたが、あの頃とは少し違う感じがしました。ちょっとさみしいですが、やっぱり、ラジオは時代とともに、ということかな。あれからもう20年以上経ったんですよね。元ぬかる民のみなさん、お元気ですか。

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2008年6月22日 (日)

Firefox3.0の文字組

 Firefoxの新しいバージョン(参照)が出たのでさっそくインストールしてみました。ちなみに、私のPC環境は、Mac OS Xで、ブラウザがFirefoxです。なぜFirefoxにしたかというと、Safari、Firefox、Operaを試してみて、文字組がしっくりきたのがFirefoxだったから。要は見た目ですね。早さとか機能性とかは、あまり詳しくないので私には差がわかりませんでした。

 Firefox3.0になって、若干文字組が変更されたようですね。文字が少し大きくなって、字間がつまり気味になったようです。個人的には、Firefoxは、他のブラウザに比べると、字間がゆるく組まれていて、それが好きでした。ここ最近、広告などでは字間がゆるく組まれる文字組が流行していて、そんな業界の流れの影響もあるかもしれません。以前は、ぎちぎちにつめる文字組が流行っていましたが、今は見かけなくなりました。

 下の写真(写真をクリックで拡大できます)は、以前のFirefoxのスクリーンショットです。字間がゆるくて読みやすいと私は感じました。けれども、そのせいかどうかはわかりませんが、独特のクセがありました。“「”とその後の文字の間に半角分くらいのスペースが入るんですよね。私は、まあ、そのへんのゆるさも味かな、なんて思うのですが、気になる人は気になるでしょうね。

Fairefox

 下の写真が、Firefoxの新しいバージョンです。旧バージョンと比較するために、文字のポイントをデフォルトの16ポイントから15ポイントに下げています。開発された方も、そのあたりのゆるさが気になったのか、Firefox3.0では改善されました。“「”の後の半角スペースがなくなっています。完璧です。そのかわり、文字間がかなりつまりました。

Firefox30_2

 数えてみると、私のブログの設定で、旧バージョンのFirefoxが1行全角約37文字に対して、Firefox3.0が1行全角約42文字でした。印象で言うと、私は旧バージョンの見た目の方が好きですが、字間をあける文字組は、手作業でも美しく組むのはかなり難しいので、しょうがないことでもあるのかもしれませんね。まあ、慣れるとどうってことなくなるでしょうが、しばらくは違和感があるでしょうね。

Mozilla Firefox ブラウザ無料ダウンロード
( Firefox3.0は、こちらでダウンロードできます。)

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2008年6月21日 (土)

ポジショントークってなんだ?

 前から気になっていたのですが、ブログまわりで言われるポジショントークという言葉。大まかに感じることで言えば、例えば私だったら、外資系広告代理店のCDというポジションから、最近の広告なってないよね、どれもこれも駄目、あっ、それに君のブログに書いてあった広告論、それ私から言わせるとぜんぜん違うから、素人の意見だから、みたいな今ある特権的な立場を根拠にして上から目線で書くみたいなふうに読み取れるけども、ちょっと違うのかも。どうなんでしょ。

 しかしまあ、あくまで例で書いただけですが、鼻持ちならないやな奴ですね。こんなやつのブログ、私は絶対に読まないですね。いや、もしかすると、嫌なもの見たさに購読するかも。ある意味で、ぜんぶ自分に跳ね返ってくる分、潔いかも。私は、できませんけど。

 このポジショントーク、確か金融用語だっけかな、と調べてみると、やっぱりそうでしたね。「Wikipedia - ポジショントーク」(参照)にはこうありました。

ポジショントークとは、株式・為替・金利先物市場において、買い持ちや売り持ちのポジションを保有している著名な市場関係者が、自分のポジションに有利な方向に相場が動くように、市場心理を揺さぶる発言をマスメディア・媒体などを通して行うことを指す。

 なるほど。で、風説の流布とは違って、影響力のある人が自分の望む未来を予測しているだけだから、あまり問題にはならないけど、インサイダー情報がからむなり、度が過ぎると風説の流布になるし、今の世の中ではあまり好まれるやりかたではないのかもしれません。というか、嫌われがちですよね。

 ブログでは、もっと広義にポジショントークという言葉が使われているみたいですが、この金融用語の意味で、ポジショントークについて論じているエントリには、広告βさんの「ポジション・トーク」(参照)がありました。なるほど、なるほど。確かに広告っていうのはポジショントークそのもの。商品というポジションが希望する未来を語りますから。

 現代の状況を踏まえるなら、ポジションを隠すことではなく、明らかにすることが一番お得なのではないか。

 広告βさんは、実務の実感からそんなふうに書かれています。私も同意です。大雑把に言えば、いま、企業はさまざまな情報に囲まれていて、自ら発信する情報だけで自分のポジションを仮想できません。であるならば、ポジションを明らかにすることが、ポジショントークである広告を有効に働かせる方法であると思います。

 要するに、お前が言うな、とか、何言ってるの、というツッコミを意識するということでしょうか。またツッコミがあるだけましですが、多くは、ああ広告ね、とノイズとして無視されてしまいます。広告は、広告主のポジショントークと明確に意識される時代。だから、一頃のコピーライターブームの熱狂が終わったんですよね。でも、それは逆説的にコピーライターの本当の力が試される時代でもありますね。

 どうしてポジショントークについてあれこれ調べてみたかと言うと、津田大介さんのTwitterでのつぶやき(参照)にブクマがたくさんついていたから。それにしても、つぶやきが話題になるって、すごいですよね。さすがTwitterと思いました。どこがさすがなんだかはわかりませんが。その元の文章はこんなのです。Twitterだとどうしても全文引用になってしまいますが。

俺はネットの一部にある「誰が言ったかが重要じゃない。何を言ったかが重要なんだ」って概念を根本的に信頼していない。それが14年ネット見てきた結論。匿名だってポジショントークは盛んに行われてるし、むしろなぜその人がそういうポジショントークをしてるのか辿ることで論点が見えてくるから。

 ここで言われるポジショントークっていうのは、ブログまわりで属人論法と呼ばれるもののイメージとイコールっぽい。ニアイコールくらいでしょうか。多くのブログでも、属人論法からなされる発言という意味に近いかも。微妙に違うかもしれませんが。でもって、属人論法の定義を調べてみたけど、なかったです。属人論法というのは、冒頭の例みたいな感じとか、受け手の側から観ると、あの人が言っているから正しい、みたいなことらしいです。度が過ぎると危険ですね。

 でもまあ、仕事において私が置かれている状況は、いやになるほど度が過ぎた属人論法ばかりですけどね。それを打ち破るのは、けっこう大変だけど、それを突破しないといい仕事はできない気がします。実務では、それは企画書とかプレゼンの役割ですね。中身で勝負というか、その属人論法を打ち破るために頑張っています、という感じです。これもある意味で、今の私のポジションを根拠にしている属人論法でもありますけどね。

 行き過ぎた属人論法というのは駄目だし、論議が成り立たなくなってしまいますから、現実的に困ったもんだなあ、とは思いますが、一般のコミュニケーションで完全に属人論法を排除するのは、なかなか難しいのでしょうね。

 ブログなんかの場合だと、完全に匿名でやっていても、エントリを積み重ねていくことで「この人」というのがつくられていきますし、コメントなんかでも何度かやり取りをさせていただくうちに、たとえそれが具体的でなくても、なんとなくその人のバックボーンが見えてきますから。それを情報から排除するのは難しいです。まあ、ディベートの流儀というか、コミュニケーションに対する倫理的な態度のひとつとしての話ではないでしょうか。

 また、この倫理的態度を突き詰めて、発言の根拠を求めていくと、結局は、それまでその人がどんな発言をしてきたかというバックボーンを問われてくるような気がしますので、属人論法の完全排除は、結果として、究極の属人論法になってしまうような気もするし、難しいものだなと思います。

 この属人論法という言葉、どうやら飯田泰之さんの「ダメな議論—論理思考で見抜く(ちくま新書)」(参照)から流行ったっぽいですが、もしかするとネットが先かもしれません。それとも、論理学の用語なんでしょうか。このあたりはあまり詳しくないので、私にはわかりません。どうなんでしょうね。

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2008年6月19日 (木)

「わかる」ということ

 今日、街で何気なく手にしたフリーマガジン「R25」にいいことが書いてありました。無料なのになかなかやりますね。ちなみに、関東圏以外の人はご存じないかもしれませんので説明をしておきますと、「R25」というのは25歳くらいのビジネスマンを対象とした無料週刊誌。駅や街に設置されたラックに置かれています。広告業界では、新しい広告媒体の成功事例として有名で、この無料雑誌、媒体費的にはもはや高級紙なんですよね。「L25」というビジネスウーマン向けのマガジンもあります。こちらは、ちょい苦戦してるようです。

 で、そんな、広告系ブログっぽい裏話はどうでもいいとして、いいこと書いてありました、の中身です。一部引用しますね。

そもそも「わかる」とは「分かる」。つまり分類することが、すなわち「わかる」ということなのである。本質を理解しなければわかったことにならないという考え方もあるが、本質というものはどれもこれも似たようなもので、追究するとかえってわからなくなる。この「わからなくなる」という感覚は「分けられなくなる」状態に由来しているので、やはり「わかる」とは「分ける」ことなのである。

「名前がわかればひと安心」-結論はまた来週(2008.06.12) 高橋秀実

 私は、ノンフィクション作家の高橋秀実さんの連載「結論はまた来週」を楽しみにしていて、いつもなるほどなあと思うのですが、今回のは、ことのほかなるほど感が大きかったです。な、な、な、な、なるほどー、という感じです。

 私は医薬品会社の広告を担当していたりするのですが、そこでいつも出る話が、疾患と症状の違い。例えば、咳。咳は症状です。でも、この症状を発生させる疾患はたくさんあって、代表的なものは風邪、喘息など。で、風邪について言えば、風邪は複数の疾患の総称で、急性鼻咽頭炎、急性喉頭炎、咽頭結膜熱、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎等いろいろと分かれます。そういうふうに分類することで、医学は発展してきたんですよね。

 もし疾患と症状という分類がなかったら、治せる咳と治せない咳がある、みたいなことになって、咳そのものが恐怖の対象になっていたりしたかもしれません。

 広告なんかも、分類により、ぐっと整理されたものになります。マス広告、ネット広告、SP、PR、口コミに始まって、企業広告、ブランド広告、商品広告、販促広告、プッシュ、プル、ハードセル、ベネフィット、トーンアンドマナー、プロポジション、コンセプトとまあ、いやになるほど細かく分類していきます。

 確かに分類するとすっきりとはするんですが、ときどき、あまりの細かさにイラッときたりもして、「そもそも広告というものはなあ」なんて言ってみたくなりますが、まあ、この「広告とは」を追求するとかえってわかりにくくなるのは事実のようですね。反省してます。

 とまあ、本日2回目の投稿にもかかわらず、結論はなにもありません。ただただ、なるほどなあ、と思っただけでして、結論はまた来週ということで。本当は、このフレーズを言いたかっただけだったりして。ではでは。

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言葉と沈黙。そしてまた言葉へ。

 文藝春秋に掲載された吉本隆明さんの文章に触発されて「言葉と沈黙」(参照)というエントリを書きました。直接のきっかけではないけれど、正直言えば、あのエントリを書いた動機のひとつに、先の秋葉原の無差別殺傷事件がありました。ケータイ掲示板に投稿された孤独な言葉が報道され、ブログを眺めてみると、事件には憤りを感じるし許せないけれど、あるいは、その言葉にも共感しないけれど、身につまされるという保留のついた「共感」も多くありました。

 私は、犯人の言葉に共感をしませんし、それほど切実な言葉であるとも思いません。これは、私の倫理的な態度にすぎないかもしれません。私はマッチョではきっとないけれど、ルサンチマンを嫌悪します。ルサンチマンは誰にでもありますし、私にもあります。ニーチェにもあったでしょう。けれども、ルサンチマンからは結局は何も生まれなかったな、と少ない人生経験の中で私は思っています。だからこそ、ルサンチマンを大らかに解放することはしないと自分の中でブレーキをかけています。

 犯人の言葉は、ルサンチマンの言葉です。それについては、共感はしないし、それは、すなわち、共感はしないというよりも、共感という軸で考えていくことはしないという個人的な表明でもあるのかもしれません。心情的には「もし2ちゃんねるに書いたら大騒ぎになるので、そこまでの勇気はなくて、人通りの少ない路地裏みたいなところで声をあげて、だれかがやさしい声をかけてくれるのを待っていたんだと思う。わがままですよね」(参照)という眞鍋かをりさんに近いと思います。

 今回の事件は、今の雇用問題を含めた社会の問題でもあると思いますが、それにこの事件のすべてを還元させるのも違うのではないかと思っています。あれから、かなりの借金があったこともわかってきました。finalventさんは「極東ブログ」で「私のこの事件の印象にすぎないが、精神的な病理の影を見たいという心情は多少ある。」(参照)と書かれていました。

 それは多少あるだろうとは思うけれど、finalventさんがその直後のセンテンスで書かれていたように、「もし、それ(精神的な病理=筆者注)がない通り魔殺人というのものがあるとしたら、どこかに相応の精神的な病理のツケは社会に回るのかもしれないともなんとなく思うのだが、その印象はやや妄想に近いのかもしれない。」の「それがない通り魔殺人」というのは、頻度はごくわずかでも、あり得るのではないかと私には思えます。もちろん、どのラインで「精神的な病理」とするかの問題は依然として残るけれど。

 私は、なんとなく、それを言葉の機能、言葉の力、みたいなことで考えたいと思っていたのでした。吉本隆明さんの言う「沈黙が言葉の根幹だ」という言葉は、そんな私に妙に引っかかったのです。それは、事件が起こる前に書かれたもので、文章を読むと、わりとリラックスして若者に向けたメッセージを投げかける(それがなぜ文藝春秋なのかはわかりませんが)ような感じです。しかし、だからこそ、何か妙に引っかかるものがあったのです。

 あの「言葉と沈黙」では、久しぶりにきっちりとしたトラックバックをいただきました。余談ですが、広告トラバまみれの毎日なので、すごくうれしかったです。takupeさんの「言葉 – ももたろん(遅延補正)」(参照)というエントリです。この中で、娘さんの日常になぞらえてこうお書きになっています。

5歳の我が娘の言動は、たぶんに、両親を含む他者の影響を受けている。

まだ彼女には語るべきほどの自我はなく、本当に伝えたいこと以外の雑談においては言動はただのトライアル&エラーで、状況に当てはまると思われる言葉を発してみては相手の反応をうかがっている。

ただ大人の会話に入りたい一心でとりあえずの言葉を発したり相槌を打ったりして、その結果大きな失敗をしたりする。

 確かに、こうして人は言葉というものを獲得していくのでしょう。その反応と結果を自分の中でフィードバックする過程が、自我の確立というものだと言えるかもしれません。そして、またこうした他者とのトライアル&エラーを、ネット空間に延長し、文字を主体に仮想化したシステムが、現代におけるブログをはじめとするコミュニケーションツールなのかもしれません。

 犯人の愚行を止めるためには何をすればいいのか、ということをぼんやりと考えていて、例えば、沈黙は言葉の根幹である、ということをブログで書いたとしても、伝わらないのだろうな、という思いが、先の私のエントリ「言葉と沈黙」(参照)の最後の部分です。引用します。

 そのとき、人は、沈黙する力が、言葉を止める力が試されるのかもしれないけれど、その価値を認めない他者に対しては、こうした言葉もまた、これからも無力であり続けるのでしょう。そういう意味で、私は、言葉は無力であると思うし、少し極論にすぎるかもしれないけれど、言葉は、本質的な他者には届かないものであるとも思います。沈黙を考えることは、言葉の無力さを考えることなのかもしれません。

 きっと、takupeさんは、この部分に対して、最後の部分を書かれたと思います。

考えても仕方ないんじゃないかな。

ただ、誰でも視野が狭くなっていたり、近くにあるものに気づかなかったり、遠くに行く元気がないときがあるから、その時もしそばにいたら「そこにあるよ」と声をかければいいんじゃないかと思う。

 その通りでもあると思うし、それが個人のとしての私たちの限界なのかもしれません。しかし、もうすこし先を考えると、こういう「そこにあるよ」という声さえ拒む孤独な言葉の場合、本人がそれでもなお発信を止めなかった場合、その発信された言葉は、次第に思いもかけず本人を規定し、行動を促す場合もあるんじゃないかな、それくらい言葉と言うものは力があるのではないかな、と私は思うのです。

 それは「精神の病理」とは違う領域で、言葉が精神を追いつめてしまうこともあるのではないかな、と思うのです。今回の場合は、公開されているけれども誰も読まない(厳密には少数の人たちがコミュニケーションを図ったけれど、それを本人が拒んだ)ケータイ掲示板が、その役割を果たしてしまった。そんなふうに私には思えるのです。

 takupeさんがコメント欄に書かれていた、「今の、すべてにおいて拙速な雰囲気を危惧しています。」という言葉は、きちんと受け止めました。私は、あのエントリは、コミュニケーションツールの否定を意図したものでもありませんし、吉本隆明さんの論文もそう意図したものでもありません。

 吉本隆明さんは、コミュニケーションツールでの言葉のやりとりでもなお渇望する言葉への飢えを言っていて、その渇望が「蟹工船」に向かわせているというものでした。その文章を読んで、私は、公開されているけれど、誰も読まない、言葉化された思いは、自分を規定していくのではないかと考えました。犯人の甘ったれたルサンチマンの言葉が、次第に自己を規定していって、誰にも反応されずに増幅し、許されざる行為に向かわせた、そんなふうに読み取ったのです。

 その誰も読まない孤独な言葉を止めるもの。沈黙をもたらすもの。それは、今のところ、たぶんありません。もしかすると、サイトの管理者責任としてのチェックがそれを果たすのかもしれませんし、多くの模倣者の摘発が、現実には、そう機能しているのかもしれません。

 私は、それが「精神の病理」であったとしても、個人な事情であっても、こうした無差別殺傷の原因としては、あまりにも希薄すぎるような気がしていて、どちらの結論であったとしても、やるせなさと絶望的な気分は残るなあ、と思います。takupeさんがお書きになっていた「すべてにおいて拙速な雰囲気」ということで言えば、週刊誌を中心にさっそくそういう論説が出て来たようですね。

 評論家の小谷野敦さんが「マスコミよ – 猫を償うに猫をもってせよ」(参照)でこう書かれています。

 『週刊朝日』の見出しはひどいなあ。「若者に気をつけろ」だって。実は私にも取材申し込みがあったのだが、通り魔無差別殺傷事件のようなものは五年、十年に一度くらい、社会的に不遇な者によって起こされているもので、当人の「彼女ができない」といった言に過剰に意味づけするのは間違いである、マスコミはこういう事件に意味づけしすぎる、と電話で言ったが、どうやら採用されなかったようだ。この手の事件に若者も中年もないのである。調子に乗るのもいい加減にしてほしいものだ。

 そういうことなのかもしれないな、とも思います。でもまあ、それでも絶望感は残りますけれど。またまたぼんやりとしたエントリになってしまいました。個人のブログだしいいかとも思いますが。それと、これはまた別の話ですが、「言葉の根幹は沈黙である、のその先は何か」ということは、個人的テーマとしてこれからも勉強しながら考えていきたいと思っています。

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2008年6月17日 (火)

アンビリーバブル。やると思ったよ。

 ゴルフ全米オープンにて(参照)。最終18番。1打差で2位のタイガー・ウッズがバーディーパットを入れたのをモニターで見ていた首位のロッコ・ミーディエートが思わず、

 「アンビリーバブル。やると思ったよ。」

 スポーツニュースで観ましたが、なかなかのミラクルショットでした。ゴルフのことはまったく分からないんですが、ちょっと神がかり的でしたね。途中、左ひざが傷みだしたようで、前日のミラクル続出の快進撃もこれまでかと思いましたけど、最後の最後に、これです。タイガーはやっぱりスターですね。

 それと同時に、カッコいいと思ったのは、ミーディエートの一言。「タイガーならきっとやると思ったよ」と言えるミディエートも抜群。くやし、うれし、たのし、という感じでしょうね。スポーツって素晴らしい。

 明日はプレーオフ。どうなるんでしょうか。どっちも勝ってほしいけど、どっちかが勝つのがスポーツですものね。私も、競合コンペで、勝つか負けるかの勝負をやっていますが、こちらの勝負は、負けても準優勝はないし、なかなか、くやし、うれし、たのし、とはいかないようです。くやし、かなし、やばし、みたいな感じ。嗚呼。


 追記:でプレーオフの結果。→http://www.asahi.com/sports/update/0617/TKY200806170004.html

 タイガーは、左ひざの手術からの復帰戦だそうです。素晴らしいですね。また、この試合はミーディエートのメジャー初制覇と大会史上最年長優勝(45歳6ヶ月)もかかっていたそうです。予選から勝ち上がってきたとのことで、ミーディエートさんにも、拍手を送りたいと思います。

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2008年6月16日 (月)

大阪よ、世界を語れ。

 大阪にいます。お昼に、大阪の読売テレビ制作の社会派バラエティ番組「たかじんのそこまで言って委員会」を観ました。大人気だそうです。たいしたもんだなと思います。やしきたかじんさんは、「たかじんのバー」の時代は好きだったけど、一頃、口に出すことと言えば、芸能人のゴシップばかりで、当分の間、あまり好きではなかったけれど、この番組は、すごいもんです。

 今日は、橋下大阪府知事と横田ご夫妻がゲスト。かなり突っ込んだ論議をしています。この番組、視聴率を持っているので、東京のキー局がかなり欲しがっているらしいですが、たかじんさんは、東京進出時に辛い思いをしたらしく絶対に東京キー局には渡さないそうです。噂ですけどね。

 私は、大阪で育って、東京で暮らしていますので、大阪を捨てたお前が言うなと、ってなもんですが、この番組を見ていると、これからの大阪の生きる道が見えてくるような気がします。それは、中央との距離感です。まあ、リターントゥベーシックな考え方ですが、新聞をはじめとする報道機関は大阪発祥が多く、それは、中央との距離を置くために大阪に本拠を置くということが理由であったとも聞きます。

 これまで、こういうことを言う人は、大阪ナショナリズムっぽい感じがしていました。東京、東京って言うけど、最初はみんな大阪やん。みたいな。松下電器も大阪だし、サントリーも、日清も、サンヨーも、シャープも、みんな大阪。東京や他の地方の人から見たら、何を言ってるの、そんなの昔の話でしょ、てなもんですが、もはやそういうことを言える余裕もなくなりました。

 大阪で暮らす私の先輩がしみじみ言っていました。今や大阪はただの地方都市やから。でも、もうそれは東京を意識する必要もなく、東京と張り合う必要もなくなったことを意味するのではないかな、と思います。だったら、中央から距離のある最大都市としてできることが見えてくるような気がします。それは、距離のある者しかできない語り方で、世界を語ること。

 不動のナンバーワンの巨人を追う、永遠のナンバーツーだったタイガースは今は昔。昔のタイガースを知る者からは考えられない快進撃を続けています。逆説的な例えですが、時代は変わったんだと思います。ナンバーツーであることは、絶妙なポジションだったとは思いますが、もうそれに甘んじるわけにはいかないんです。

 だったら、大阪というポジションでしか見えない世界を語ればいいじゃないか、と。それを実践しているのが、やしきたかじんさんの番組だったような気がしました。なんか、観ていて、すごく勇気をもらいました。単なる大阪という地域の問題ではなくて、自分の問題として。

 そう言えば、かつてこんなエントリも書いていました。
 「トップを走っている者には見えない景色は、走ることをあきらめた者にも、同じように見えない。」
 今読むと、気負いすぎているし、話がいろいろ飛んでいて、ちょっとわかりにくいですけど、なんとなくそんなことが言いたかったのかも、と今思います。ご参考まで。

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2008年6月15日 (日)

では後期高齢者医療制度のもとで我々は何をすればいいでしょうか。

 前回のエントリ「後期高齢者医療制度がどんな制度なのかを知っていますか。」の続きです。あのエントリで、いま新聞やテレビでよく言われる後期高齢者医療制度がどんなものかはだいたいわかっていただいたかと思います。私も書くことで整理されて、いろいろなことが明確になりました。

 まず最初に、タイトルにある、何をすればいいのか、という意味からです。ブログというものは多分に雰囲気で読まれるものでもあると思うので、あらかじめ言っておきますが、ある種の政治運動を意図するものではありません。私は、これだけブログがネットに漂っているにもかかわらず、医療を受ける側の経験についての文章がまだまだ少ないということを残念に思っていますし、検索してたどり着いた数少ない経験談や情報サイトのおかげでずいぶん救われたこともあり、そのお返しに、とこのエントリを書いています。

 私は、こういうエントリに対しては、今現在この問題で困っている人が検索でたどり着くシチュエーションを想定していますので、そういう人が今現在、どういう心構えでいることがいいのかを書きたいと思っています。但し、私は専門家ではなく、政治活動を行っているプロ市民でもなく、ただの市民というか生活者にすぎませんし、私自身、ちょっと切実に試行錯誤しているので、その備忘録であるという前提でお読みいただければ幸いです。

 私自身の考えは、これだけ世代構成が変わり、目の前に国民皆保険の危機がある以上、どこかの層が負担増になってしまうのはしかたがないと思っています。それに事実を見てみると、今のところそれほど大きな差ではないし、お金にからむことなので、今後の社会のバランスで是正もされてくるでしょう。そういう意味では、現在の後期高齢者医療制度の負担配分についてはさしたる関心はありません。

 私がこだわるのは、やはり、後期高齢者医療制度も含めた一連の医療費削減政策に見え隠れする思想です。今、どうしたらいいのかと思っている方は、そんな思想はどうでもいいと思われるかもしれませんが、そこを見落とすと駄目だと思います。

 今、その政策に見え隠れする思想とは、今まで好き勝手に医療費を浪費してきた高齢者とその家族に、なるだけ医療費を使わせないようにする、といった思想です。その思想が前提としていることは、ある意味で事実でもありました。社会的入院(さしたる医学的根拠がなく患者家族側の都合で行われる入院)は、その患者負担の少なさから、頻繁に行われてきました。患者家族に都合がいいだけでなく、医療機関にも安定的な収入が得られるという意味で、都合が良かったからです。

 そして、そういう悪しき状況を是正するために、高齢者入院90日規定の一般病棟への拡大(「高齢者が3ヶ月以上入院できにくくなるって知っていましたか。」をご参照ください)や、今回の後期高齢者医療制度が生まれてきたということです。この政府側の本当の意図、つまり思想は、あらゆる制度に盛り込まれています。90日規定については、患者ではなく医療機関への保険点数の大幅な削減という部分や、適用疾患の拡大、後期高齢者医療制度について言えば、医療費負担の様々な施策よりむしろ、責任主体のわかりにくい広域連合による制度の運営です。

 そうした思想が根幹にあり、後期高齢者医療制度が運営されていくとき、どうしようもなく医療サービスに対して過剰に抑制的になります。高齢者に対する手厚い医療は、現状の制度下では、医療機関側に経営的なメリットがなく、むしろ、経営を困難になるデメリットばかりで、しかも、国ならずも新聞などの報道機関までもが、患者とその家族に、過剰な医療サービスを受けているのではないかとの疑いの目を向けている時代ですから。

 私が問題視しているのは、社会的入院でも、安易な医療サービスの利用でもない、今までは普通に受けられた医療サービスが受けにくくなってしまうという状況です。それは、すでに発生しつつあります。緊急性があるにも関わらず、緊急性がないと判断されてしまったり、長期入院が必要にもかかわらず入院が打ち切られたりする、そんな状況です。

 性善説に過ぎるかもしれませんが、医療従事者は、基本的には患者を救うために最善を尽くすというミッションを持ちながら働いておられると思います。しかし、制度が、そのミッションを否定してきている以上、そうした善意が曇るのは当たり前の話です。私は会社員だから、その感じがよくわかります。どれだけ素晴らしい人でも曇ってきます。

 そういう状況で大切なのは、状況を知ること、早い段階からセカンドプランを考えていくこと、そして、出来る限りの情報を医療機関に提供することです。私は、自分を一般の市民だと考えています。市民の定義は、国や社会の状況に依存せざるを得ない人であると思っています。そして、そうした状況で試行錯誤するしかないのであれば、その中で、最善の選択をすることが我々ができる唯一のことです。

 自分に言い聞かせるように書いているのですが、特にセカンドプランを早い段階で考えることは大切だと思います。入院されているのであれば、90日というのは長いようで、あっと言う間です。次の入院先は、入院当初から確認しておいたほうがいいと思います。ケースワーカーさんとの相談も早期に行うべきだと思います。そのときには、出来る限り最悪の状況を頭に描いて相談することだと思います。

 それは、精神的にはけっこうきついけれど、そうしなければ、そうなったときに最善の選択ができません。これからは、どこの病院も長期入院が必要な高齢者の患者を受け入れたくないという状況になると思います。最悪のことを考えてください。最悪のことを考えて策を練ってください。よくなったら利用しなければいい。リスクはそれだけですから。この最悪のことを考えて策を練る、よくなったら利用しなければいいというのは、私の父が、ケースワーカーさんに言われた言葉です。

 なんとなく急ごしらえで情報を整理してみてわかったこと。それは、後期高齢者医療制度については、費用負担についての混乱はあるものの、政府の言う通り、今までと同じ医療が受けられるだろうし、世間で言われるほどの悪い制度ではない気がします。

 しかし、この制度の背後にある思想による状況の変化と、長期入院の90日規制の拡大は心配です。こちらは、様々な症状の例外規定に入らない重症患者の問題が、これから数多く出てくるのではないかと思っています。認知症と一般疾病の複合や、複数の一般疾病の複合など、判断しにくいグレーな状況も出てくると思います。この制度が改善されるまでは、しばらくは患者家族の自衛です。

 そして、これは甘いんじゃないか、と言われるかもしれませんし、反論もあるでしょうが、きっと医療機関も自衛の時だと思います。きっと、現行の制度化で懸命に最善の策を模索していると信じたい。医療とはそうした思想に貫かれた職業であると思いたい。今、医療機関と、患者とその家族は反目すべきではない。互いの状況を理解しながら、一緒になって、最善の策を探していく時。私は、そう思っています。

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2008年6月14日 (土)

後期高齢者医療制度がどんな制度なのか知っていますか。

 いま新幹線の車中にいます。東京から大阪に向かっています。MacBookとemobileの組み合わせにしてから、新幹線の中が快適になりました。ネット環境がオフィスや自宅とほぼ同等。もちろん、静岡あたりのトンネルの多いところではつながりませんが、他はほぼ大丈夫。出張の多い方は、おすすめです。

 大阪に何をしに行くかというと、入院している母の件です。このところ、週末はなるだけ大阪に帰ることにしています。そんなわけで、後期高齢者医療制度(政府は通称を長寿医療制度にしたようですが)は自分の問題でもあります。

 この制度、わかりにくいですね。後期高齢者ってどういうことか知っていますか。なんとなく知ってるという人も多いのではないでしょうか。

後期高齢者=75歳以上の全員および65歳から74歳までの障害者認定1級から3級(等級は7級まであって1級が最高度)

 ちなみに、この制度とは直接関係がないですが、65歳から74歳までを前期高齢者と定義しているようですね。この前期、後期という定義が評判が悪く、政府は長寿医療制度と自ら呼び出しました(参照)。

 で、何が変わったか。後期高齢者になると、今までの健康保険(国保、社保)から脱退し、この制度にもれなく全員加入となります。つまり、健康保険という制度ではなく、この後期高齢者医療制度のもとで医療を受けることになるんですね。

 保険料は、後期高齢者自身が、原則月々の年金から天引きのかたちで支払っていきます。窓口では1割負担です。今、論議されているのは、この支払いの負担についてが多いですね。後期高齢者医療制度は、国ではなく、地方自治体でもなく、地域の「広域連合」と呼ばれる組織が管理・運営をしますので、地域によって今までの負担より重くなったり軽くなったり、いろいろあるようです。

 この制度の政府側の目的は、2025年までに医療給付金を8兆円削減するという目標と大きく関係しています。8兆円削減の内、5兆円が、後期高齢者の医療費の削減で実現しようという目論みです。ちなみに、例のメタボ検診も、この医療費削減の一施策で、これは「生活習慣病の予防策で有病者・予備軍を25%減少」によって2兆円の削減を見込んでいます。

 運営母体を国ではなく「広域連合」にしたのは、今後考えられる問題や財政難や制度破綻の責を広域連合にゆだね、かつ、実施にあたっては、広域連合同士の競争と相互監視(まあ、国や地方自治体による評価とか圧力はあるでしょうから)によって、より効果的に削減を実現しようという政府側の思惑があるようです。

 淡々と情報を整理してきましたが、ここから見えることがあります。政府の視点で言えば、医療費がかなりの財政的な負担になっていて、介護保険や障害者自立支援法の諸問題を考慮すると、その大半が後期高齢者と障害者によるもので、これをどうにかして減らしていかないととんでもないことになるよ、という思いです。

 福田首相は、衆院山口二区補欠選挙の応援演説でこう話しています。政府の意図がわかりやすく表現されています。わかりやすく表現する必要があったのかどうかは分かりませんが、わかりやすいですねえ。しかし、どうしてこんな発言をするんでしょうね。

 お年寄りの医療はお金がかかる。若い人もせっせと支えようと言っているんだから、少しくらい負担してくれてもいいじゃないの、というのが今度の医療制度なんだけどもね。

 また、この発言はいろいろなところで話題になっていますが、厚労省の国民健康保険課課長補佐は、次のように述べました。

 医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくことにした。

 こうした発言から見える本音みたいなものが、一連の医療制度についての施策に貫かれている感じがします。一切の負担増を許さない、と言うつもりもありませんし、福田首相の言うように、後期高齢者の方も、一部を負担するのは、個々のケースでいろいろあるでしょうけど、なんとか総意としては理解をしてくださるのではないかとも思います(でもあの言い方では納得はしないでしょうけど)。財政難は問題であるとも思います。その財政難をどうにかするときに、なぜこうもグロテスクな思想によって行おうとするのか。ご老人や障害のある方に対しての、とてつもない悪意を感じます。

 以前書きましたが、後期高齢者の90日規制(「高齢者が3ヶ月以上入院できにくくなるって知っていましたか。」をご参照ください)もそうです。事実上、長期入院の必要がある高齢者を社会は受け入れないと言っているようなものです。財政難はわかった。でも、それをこんなふうに解決するのは、ちょっとあんまりなんじゃないか。生活者として、そんなふうに思います。

(「では後期高齢者医療制度のもとで我々はどうすればいいのか。」に続きます。)

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2008年6月13日 (金)

言葉と沈黙

 文藝春秋7月号に掲載されている吉本隆明『「蟹工船」と新貧困社会』より。吉本さんは、ネットや携帯を使っていくらコミュニケーションをとっても本物の言葉をつかまえたという実感が持てないのではないか、その苦しさが、若者を中心とした人たちを『蟹工船』に向かわせているのではないか、としたうえで、こう書いています。

 僕は言葉の本質について、こう考えます。言葉はコミュニケーションの手段や機能ではない。それは枝葉の問題であって、根幹は沈黙だよ、と。
 沈黙とは、内心の言葉を主体とし、自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分に言葉を発し、問いかけることが、まず根底にあるんです。
 (中略)
 本質は沈黙にあるということ、そのことを徹底的に考えること。僕が若い人に言えるとしたら、それしかありません。

 感覚的にはわかる。すごくわかる。けれども。

 私は、正直、今の時代と照らし合わせて、どのように考えていっていいのかがわからない。沈黙が言葉の根幹だ、と言葉で追認する矛盾。その追認をブログで書く欺瞞。それは、きっと、沈黙が言葉の根幹である、と雑誌に言葉を寄稿する吉本さんにも跳ね返るはずです。「そのことを徹底的に考え」てきたことが、吉本さんの業績を見ればわかるにしても、その矛盾からは誰も逃れられないはずです。

 だからといって、沈黙しろとも、沈黙するな、とにかく書け、書き続けろ、とも言えない自分がいます。この年になると、何気ない言葉が、時折、深い意味を持つことも、沈黙のとてつもない饒舌さもそれなりに知っているし、言葉というものは、その人の真実を映すことも、必ずしもその人の心の底を映すものではないことも知っている。私自身の吐く言葉も、多分にそうなのかもしれないし、そこには演出もあれば、嘘もあるかもしれない。

 一度、虚空に吐かれた言葉が、逆照射して、自分をがんじがらめに規定していくこともあるでしょうし、許されざる行為を正当化するために機能することもあるでしょう。それは今に始まったことではないと思います。それはあらゆる社会状況下で起こり得ることだと思います。それが孤独な言葉であろうと、コミュニケーションの言葉であろうと、それは言葉が本来的に持っている負の力だから。

 そのとき、人は、沈黙する力が、言葉を止める力が試されるのかもしれないけれど、その価値を認めない他者に対しては、こうした言葉もまた、これからも無力であり続けるのでしょう。そういう意味で、私は、言葉は無力であると思うし、少し極論にすぎるかもしれないけれど、言葉は、本質的な他者には届かないものであるとも思います。沈黙を考えることは、言葉の無力さを考えることなのかもしれません。

 書くか沈黙するかは迷ったし、書くほどの明快な意見もないし、結論もなにもでませんでしたが、この迷いをそのまま書き記しておこうと思いました。言葉の根幹は沈黙である、のその先は何か。それを私は知りたいし、言葉を過剰に書く生活をしているひとりの人間として、考えていきたいと思います。

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2008年6月11日 (水)

「中央フリーウェイ」と郊外の感性

 ユーミンが歌って、ハイファイセットがカバーした曲ですが、1976年発表とのこと。ユーミンこと松任谷由実さんが荒井由美さんだった頃の作品です。もう30年以上前になるんですね。「中央フリーウェイ」(参照)の中にこんな歌詞が出てきます。

中央フリーウェイ
右に見える競馬場
左はビール工場
この道はまるで滑走路
夜空に続く

 私は学生時代に、その真下に住んでいました。東京都府中市本町。JR武蔵野線・南武線の府中本町駅のすぐ近く。4畳半トイレ共同の安アパートでした。右に見える競馬場は、東京競馬場。左のビール工場は、サントリー府中工場ですね。まるで滑走路のように夜空に続く中央自動車道の下で、そんなおしゃれな雰囲気とは無縁の生活を送っていました。近くのイトーヨーカドーの駐車場でバイトしてたなあ。

 そう言えば、ユーミンは確か府中の呉服屋さんの娘さんでしたよね(追記:府中というのは間違いで八王子の荒井呉服店だそうです。をたくな講師さん、ご指摘ありがとうございました)。府中は、大国魂神社から続くケヤキ並木が見事で、緑が多く住みやすい街でした。私は八王子の大学に通っていましたが、大学にいかない日は東京農工大でよく牛を眺めていました。

 ユーミンは、「海を見ていた午後」にある山手のドルフィン(参照)もそうですが、実際の何でもないお店や土地をおしゃれに変えてしまうのがうまいですよね。私は大阪出身なので、大阪だと東名は名神に当たるし、ということは、中央道は中国縦貫に相当するので、「中央フリーウェイ」は「中国フリーウェイ」になるのか、でも、市内から入るとすると、当然、阪神高速を使うから、「阪神フリーウェイ」かも、でもどちらにしても歌にならんなあ、なんて考えていました。暇だったしね。

 関西で、こういう土地が出てくる歌って何かあったかな、なんて考えて思いつくのは、サウストゥサウスの「憧れの北新地」だったり、「梅田から難波まで」だったり、大塚まさじさんの「天王寺思い出通り」だったり、おしゃれとは無縁の歌ばかり。まあ、聴いている曲が偏ってますので、もしかすると関西にもおしゃれなご当地ソングもあるかもしれませんが。

小便臭い
プラットフォームの
下に道がある

昼間息を殺した
あの路地裏には
夕べの男と女の
黒い秘密がある

ロマンを持った男が
泣いてるよ
この街で

 大塚まさじさんの「天王寺思い出通り」の出だしの歌詞です。うーん、なんだろ、このリアリズム。ロマンを持った男は、もう泣くしかないですね。このへんに、東京と大阪の感覚の違いがありそうです。

 天王寺は、東京で言えば上野のような場所で、かつての中心でした。上野が北から東京へやってくる人たちのターミナルだったように、天王寺は南から大阪にやってくる人たちのターミナルでした。今は、その役割を東京駅が担っているように、大阪駅が担っています。

 あまりテーマを決めずに、寝る前のなぐさみ的に文章を綴っているので、いろんなところに話題が行ってしまいますが、書いているうちに、ひとつ気づいたことがありました。

 ユーミンの感性というのは、東京の中心部の感性ではなくて、東京の郊外の感性なんだろうな、ということです。その付かず離れずの微妙なさじ加減が、土地のリアリズムに飲み込まれない、あの独特の感覚を作り出しているのでしょうね。土地、あるいは日常生活のリアリズムに浸食されない自意識は、内向化しますよね。身体から切り離された自意識というか。

 オフコース時代の小田和正さんの書く世界も、そんな身体から切り離された自意識の感覚があるような気がします。小田さんも東京の郊外なんですよね。なんとなく思い出すのですが、20年くらい前の所沢とか新所沢とかの、実体のないおしゃれ感は、なんとなくその感覚に似ているような気がしました。

 単に西武百貨店があり、商店街があるだけだけど、内面としてのおしゃれ感が妙にあって、少し歩くと、もう狭山の茶畑で、しかも、住んでいる人に、その土地のリアルな所属感が欠如しているような。今は、そうでもないかもしれませんが、あの頃は、なんとなく浮世離れした感じがありました。私は、あの頃も、そんな感覚になじめませんでした。私が大阪中心部の街っ子だからなのでしょうか。

 なんとなく、そんなことを考えましたが、まあこのへんのテーマは、じっくり考えることにするとして、今日のところはこんな感じで。雨が降ったり、暑かったり、いろいろ不安定ですが、みなさまお風邪などひかないように。ではでは。

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2008年6月10日 (火)

続・翼をください

 と言っても、「翼をください」の続編が発売されたというわけではなく、私の書いた「翼をください」というエントリの続編だから「続・翼をください」です。前のエントリの中で、私はこんなこと書いちゃってます。

 「翼をください」に話を戻します。この曲の2番の歌詞、今はこう歌われています。

    子供のとき 夢見たこと
    今も同じ 夢に見ている

 でも作詞の山上路夫さんが書いた歌詞は、この歌詞ではありませんでした。オリジナルはこうです。

    今 富とか名誉ならば
    いらないけど 翼がほしい

 はてなブックマークのコメント(参照)で、kanimasterさんより『「子供のとき…」は最初からありました。改変ではなく、カットされたバージョンだと思います。』とのご指摘を受け、そうだっけなと思い、ちょっと調べてみました。すると、私の間違いでした。ごめんなさい。オリジナルは、こうですね。ちなみに2番の歌詞です。

 今 富とか名誉ならば
 いらないけど 翼がほしい

 子供のとき 夢見たこと
 今も同じ 夢に見ている

 考えてみると、1番が「今 私の願いごとが / かなうならば 翼が欲しい / この背中に 鳥のように / 白い翼 付けてください」なので、2番だけ短いのは不自然ですね。で、2番の「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」があまり歌われなくなった理由としては、本当のところはわからなかったのですが、OKWaveというコミュニティーの書き込みにこんな記述がありました。

 あくまでも、こういう話を聞いたことがある、という程度のことなのですが…。
 この曲は数年前に、なんだかのスポーツ大会(オリンピックだったかワールドカップだったか……その手のイベントにはまったく興味がないのでわからないのですが)のテーマ曲になりましたよね。その際に、「名誉ならばいらないけど」という歌詞では、頂点(すなわちそのスポーツをする者としての名誉)を目指す大会のイメージにふさわしくないということで、その部分をカットして編曲した、という話を聞いたことがあります。ソースがなんだったかは忘れましたし、信憑性も薄い話ですが、一応ご参考までに。
「翼をください」の歌詞について – OKWave

 ちなみに、なぜ私が「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」がオリジナルバージョンだと思ってしまったのか。それは、赤い鳥がライブでこんなふうに歌っているからですね。NHKの特集番組のビデオです。YouTubeを検索すると同じものがありました。後半に赤い鳥のライブ映像があります。

■「翼をください」赤い鳥

 これを観ると「翼をください」のイメージがまったく違ってくるでしょ。山本潤子さん、若いですね。当時はまだ新居潤子さんでした。今歌われている「子供のとき 夢見たこと / 今も同じ 夢に見ている」を思いっきり省略してますね。現在の歌われ方とまったく逆です。それと、映像を見るとコンサートなので、あまり演奏時間を気にする必要もなく、最後の方では「ワンモアタイム!」と大川茂さんが言っているし、それを考えると、この頃の「赤い鳥」は、この「子供のとき〜」という歌詞があまり好きではなかったのかもしれません。

 続いて今の歌われ方。つまり、「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」が省略されているバージョンです。山本潤子さんと、元オフコースの鈴木康博さん、元ふきのとうの細坪基佳さんのフォークソングユニット「Song for Memories」のバージョン。

■「翼をください」Song for Memories(山本潤子・鈴木康博・細坪基佳)

 これもエンディングのギターソロも長いし、時間制限のための省略ではなさそうです。もうひとつ、アルフィーの坂崎幸之助さんと共演しているバージョンと、鈴木康博さん、元かぐや姫の伊勢正三さんが共演しているバージョン。

■「翼をください」山本潤子・坂崎幸之助
■「翼をください」山本潤子・鈴木康博・伊勢正三

 これも同じですね。こうなると、もう「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」という歌詞はなかったことにしてるっぽいですね。なんでだろう。「赤い鳥」の頃は、「子供のとき 夢見たこと / 今も同じ 夢に見ている」をなかったことにしていたのに。確かに「富とか名誉」って、かつての学生運動っぽい言葉使いで時代遅れな感覚はあるけど、なかったことにしなくてもいいのにね。

 「赤い鳥」というグループは、解散後、「ハイファイセット」と「紙ふうせん」に分裂しました。ということで、この「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」という歌詞は、「ハイファイセット」陣営があまり気に入ってなくて、「紙ふうせん」陣営は気に入っていたという仮説を立ててみました。「紙ふうせん」のものはありませんでしたが、「紙ふうせん」の平山泰代さんと後藤悦治朗さんが中心となったユニット「TSU-BA-SA」のバージョンがありました。

■「翼をください」TSU-BA-SA(平山泰代・後藤悦治朗ほか)

 仮説はハズレでした。やっぱり「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」が省略されています。で、気になるのはオリジナルバージョンです。「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」と「子供のとき 夢見たこと / 今も同じ 夢に見ている」の2つの歌詞をきっちり歌っているのが聴きたいところです。探すと、あるもんですね。とってもレアな映像です。バブルを駆け抜けた、おしゃれコーラスグループ「ハイファイセット」のバージョンです。しかも、アコースティックギターとベースという編成です。

■「翼をください」ハイファイセット(山本潤子・山本俊彦・大川茂)

 アレンジもいいですね。これ、好きかも。私、「翼をください」は正直、あまりいいとは思ってきませんでしたが、これはシンコペーションを入れたリズムもいいし、コーラスアレンジもいいですね。こういう感じだと「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」という歌詞も生きますね。これが、正真正銘のオリジナルバージョンです。今思うと、ハイファイセットって、いいコーラスグループでしたね。あの都会っぽい演出はなじめなかったけど、「卒業写真」とか、ユーミンのものよりいいと思うし。

 あと、最後まで読んでいただいた方のために、おまけです。オリジナルバージョンの「翼をください」です。歌手は初音ミクさん。

■「翼をください」初音ミク

 声質がこの曲に合ってるし、コーラスも素敵だし、これもなかなかいいですね。

 追記(6月11日):このエントリのはてなブックマーク(参照)を見ていると、citron_908さんより「一説にはこの部分(「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい」)は後から付け加えられたものらしい」という新たな情報が。ということは、今多くの人に歌われている歌詞がオリジナル?ますます謎は深まるばかりです。情報元のリンクを書き記しておきます。
One of the stars - 雑記(2005年5月25日)

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2008年6月 8日 (日)

2年目です。これからもよろしくです。

 このブログも2年目に入りました。もともとこのブログは、ジャズピアニストのビル・エバンスについて以前から書きたいことがあって、その発表の場所にしようと思ってはじめたものでした。もともと「永遠の三角形」という題名で評論めいたものは書きためていて、構想はあったもののあまり満足できるものではなかったので、とりあえずは試論というかノートという形で公開してしまおうという感じでした。

 でもどうせ書くなら本業である広告のこととか、興味のあることも書きたいので、ブログタイトルは「ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)」としました。このタイトルの由来は、デイビット・オグルビーの著書(参照)から来ています。

 サブタイトルというか、蛇足的な(あるいは愚痴かもね)というのは、まああれですね。オグルビーみたいに高尚なことばかり書かないだろうし、愚痴っぽいことも書くかな、なんて気持ちが込められていますが、この機会なので書いておくと、それまで、会社勤めにありがちな不遇なこととかもあって、そんな状況に愚痴ばっかり言っている時期がありまして、そんな自分に少し嫌気がさしてきたのもあったし、ブログを書くのを期に、もう愚痴は言わない、ということを逆説的に込めました。ちょっと分かりにくいけど。

 愚痴っていても何も始まらないし、多少足場が悪くても、とりあえず今できることをやっていこう、というような決意です。ブログをはじめる前の数年は、今思うと、結構辛い時期で、それに耐えていたというのもあるけど、そんな状況にあった当時の私は、結構駄目な奴だったような気がします。でも、今も、飲めば愚痴は言うし、駄目な奴でもありますけどね。

 数日前ですが、コメント欄とトラックバックを承認制にしました。その理由については、こちらのエントリ(参照)をお読みいただきたいのですが、基本的にはよほどのことがなければ承認という形を採っています。また、コメント欄はメールやブログURLを入力しない投稿も可能です。できるだけ速やかに承認するように心がけますので、お気軽にご利用ください。

 ブログのコメント欄については、私はコミュニケーション機能としても、ブログのエントリを補完するものとしても、優れた機能であると思っています。最近は医療のことについて書くことも多いのですが、そのエントリに投稿してくださったコメントにある言葉は、私のエントリよりも、今、読まれるべき言葉であると思います。それに、こうした言葉は、マスコミが取りこぼす言葉だとも思います。コメントをいただいた方、本当にありがとうございます。

 少し前に、自分の経験の備忘録として書いた高齢者の一般病棟入院3ヶ月制限についてのエントリにもコメントが寄せられました。そのコメントから、私が想像した以上に多くの問題を生み出していることを知りました。一度読まれた方も、その後にコメントを頂いておりますので、ぜひもう一度お読みください。下記のリンクよりアクセスできます。あまりマスコミが報道しないことですが、根が深い問題だと思っています。

高齢者が3ヶ月以上入院できにくくなっているって知っていましたか。

 また、この地味なエントリを取り上げてくださったニュースサイト「駄文にゅうす」のFrom Eさん、この場を借りてお礼を申し上げます。ブロガーとニュースサイトさんの関係は、私個人の考え方では、あまりこんなことを書かないあっさりとした関係の方がいいとは思っているのですが、今回の件では、この制度にきっと起因しているであろう様々なケースを多くの知ってもらうことができました。私のブログの今の力では実現できないことだったと思います。ありがとうございました。

 これからも、テーマにこだわらず、広告のこと、ジャズのこと、世の中のこと、医療のことなどなど思いつくままに、個人メディアならではのゆるさを維持しながら、コツコツと更新を重ねていきたいと思います。2年目の「ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)」をどうぞよろしくお願いします。

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2008年6月 7日 (土)

私はブレーンストーミングが嫌いです。

 ブレーンストーミング、やってますか。脳に嵐を起こしてますか。このブレストってやつ、私、嫌いです。ブレストって何?という方は、こちらのリンクを見てください。わかりやすく解説されています。

ブレーンストーミング - @IT情報マネジメント用語事典

 BBDOの副社長だったAlexander F. Osbornさん(BBDOのOの人なのかな)が発案したそうです。なるほど、だから広告業界ではよくやるんですね。仕事が始まると、その担当スタッフのひとりが、必ず「ブレストやろうぜ」と言い出すんですね。明るい笑顔で。うんざりするんです。まあ、これは個人的嗜好だから、しぶしぶ付き合いますけどね。

 ブレストの鉄則は、大きく言えば2つあって、大胆で突飛な意見を言う、というのと、批判や反論は言っちゃいけない、というもの。これが性に合わないわけです。それと、ブレストの目的は、企画の前の固い頭を柔らか頭にする準備運動というか思考実験に近いものだけど、それを認識していることも少ないし、正しいブレストは、司会進行役が絶対にいるんですが、まあ、日常のブレストは、それが省略される場合も多い。これが、またくせものなんですね。

 そうなると、どうなるか。限定的に発言をフラットにすることで、逆説的に、限定的な権力ゲームになってしまったり、前提をまったく考慮しない、または自分に都合良く誤読することで、意味のない戯れ言大会になってしまったり、そんな感じです。

 現実では、ブレストでなされる意見は、大胆に見えて、じつはきわめて常識的で凡庸なことも多いです。でも、批判や反論は閉じられているので、なるほどねえ、なんて言わないといけない雰囲気なんですよね。メンバーの全能感が次第に増幅され、そんなカラ明るい空気の中で、こっちは、どんどん不機嫌になっていくんです。

 で、ブレストが終わって、それぞれの企画作業へ。えっこらさと企画を進めていると、メンバーの一人がやってきて、「俺の意見、反映されてる?」なんてことをニコニコしながら聞いてくるわけです。ほんとはその意見が使えないからだけど、「ちょっと予算の問題でね」とか嘘付いて、そんでもって、その人はさみしそうな顔して帰っていくんですね。もうね、ブレスト、やめませんか。誰も幸せにならないじゃない。

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2008年6月 6日 (金)

らも教

 昭和42年生まれ。男。関西出身。中学までは優等生。進学校に入るも落ちこぼれる。このくらい条件を絞り込めば、たいがいは高校時代に中島らもを読んでいるはず。そう言えば俺もそうだな、と思ったあなた、ね、当たってるでしょ。

 今思えば、朝日新聞の「中島らもの明るい悩み相談室」は抜群でしたね。朝日新聞であんな連載をやっていたらもさんは偉いと思います。私なんかは、妙な言い方だけど、らもさんのエッセイを読んで、努力をすることを覚えたんですよね。最悪やなあ、と思う状況から抜け出すための努力。今どきのネットにあふれるライフハックじゃなくて、もっともっと地に這いつくばった感じの。

 あのもっさりした話し方もよかったなあ。あの人はラジオはやらなかったのではないかな。テレビに出ているのはよく見かけたけど、らもさんのラジオは聴いたことがないから。あの話す速度では、表情の見えないラジオはもたないですよね。

 らもさんの本は、今も本棚にたくさんあって、今でも、それこそ暇があればちょくちゅくつまみ読み。そんでもって、ネットの中にらもさんの言葉がないかな、なんてググっていたら、こんなの見つけました。 

中島らもインタヴュー「憂鬱とお笑いの星の下に」

 ユリイカ2004年5月号に掲載されたものの転載みたいです。らもさんがお亡くなりになったのが2004年の7月26日。2ヶ月前のものですね。なんとなく感傷的になるけど、いつものらもさん節炸裂で、けっこう楽しく読めました。

 そのインタビューの最後のほうに、インタビュアが「らもさんが宗教に入らないのは、僕はうれしい。」なんてことを言うんですね。らもさんの答え。「LSDくれる宗教やったら入ってもいいけど。」らもさんらしいなあ。駄目ですからね、LSD。いちおう言っときます。で、インタビュア。

—— 宗教始めるというのは,どないですか

中島 いや,考えたんですよ。“らも教”というのを。ダライ・ラモ(笑)。ただ,教える教義がなんにも思いつかない。

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2008年6月 5日 (木)

翼をください

 という歌は知ってますよね。学校でよく歌われる曲です。

今 私の願い事が
かなうならば 翼がほしい

 これを歌ったグループは知っていますか。「赤い鳥」というグループです。関西出身のモダンフォークグループ。1969年の第3回ヤマハ・ライトミュージックコンテストで優勝してデビューしました。このライトミュージックコンテストは、かつてはプロの登竜門だったんですね。その後は、ポピュラーミュージックコンテスト、通称ポプコンになり、今はもうありません。

 この第3回は当たり年で、第1位が、赤い鳥。第2位が、ジ・オフコース(オフコース)。第6位がザ・フォーシンガーズ(チューリップ)。この大会に出た財津和夫さんは、オフコースを見て、負けた、と思い、小田和正さんは、赤い鳥を見て、負けた、と思ったそうです。

 「翼をください」という歌は、学校で合唱曲として歌われるようになって、今でも残るスタンダードになりましたが、じつはB面の曲でした。今で言うカップリング曲。A面は「竹田の子守唄」。この曲は、今ではテレビでも歌われるようになりましたが、しばらく放送禁止曲でした。被差別部落に伝わる子守唄を元にしているという理由です。詳しくは、藤井正さんが書かれたInternet Magazine Beat21-「竹田の子守唄」というメッセージソングをご参照ください。この一枚のアナログシングルレコードに収録された2つの曲は、対照的な道を歩みました。

守もいやがる 盆からさきにゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
かたびらはなし 帯はなし

この子よう泣く もりをばいじる
守も一日 やせるやら

はよも行きたや この在所こえて
向うに見えるは 親の家

 「竹田の子守唄」は、その叙情的な日本語と、美しいメロディ、繊細なハーモニーアレンジが魅力で、多くの人に歌われました。フォークの練習曲としても親しまれました。オフコースも中野サンプラザでのコンサートのライブ盤で歌っています。YouTubeで検索すると、赤い鳥から分かれたハイファイセットが歌っているバージョンがありました。山本潤子さんの声は美しいですね。小田和正さんが嫉妬した声です。

 いまでは、どことなく学校とかで先生に歌わされる曲というイメージがあるB面の「翼をください」ですが、赤い鳥は、ライブではエレクトリックなバンドサウンドで演奏しています。後に加入した村上“ポンタ”秀一さんがドラムを叩いていて、もうやりたい放題な感じです。赤い鳥は、解散直前は、かなり前衛的なバンドサウンドに変わっていて、解散というより、分解とか解体という言葉が似合う感じだったそうです。私は世代が違うので、リアルタイムではありませんが。

 この「赤い鳥」は、早くして売れました。一方のオフコースは、鳴かず飛ばず。小田和正さんは、やはり女性ボーカルが必要なんじゃないか、ということで、イルカさんと一緒にやる計画を立てました。それに反対したのが、鈴木康博さん。今までやってきたオフコースの音楽性を捨ててまで売れる必要はないじゃないか、ということでした。このあたりの話は、せつないです。私にとって、オフコースは、小田さんのバンドではなく、やはり小田ヤスのグループです。

 「翼をください」に話を戻します。この曲の2番の歌詞、今はこう歌われています。

子供のとき 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている

 でも作詞の山上路夫さんが書いた歌詞は、この歌詞ではありませんでした。オリジナルはこうです。

今 富とか名誉ならば
いらないけど 翼がほしい

 うーん。これはどうなんでしょうね。今、この曲は多くの人に愛されていますが、「今富とか名誉ならばいらないけど翼がほしい」を「子供のときに夢見たこと今も同じ夢に見ている」に変えたら、曲の趣旨がまったく違ってきます。翼の意味がまったく違いますよね。富とか名誉とかいらないけど、というのは、私の好みから言うとあまり好きな詩ではありませんが、でも、この曲の趣旨は、すべてをなげうっても翼がほしいという曲なんですよね。

 翼は、空を自由に飛べる翼でもありますが、富とか名誉とかでは手に入らない大切な何かのメタファでもあるのに、新しい歌詞では、すでに翼は、空を飛びたいという永遠の叶わぬ夢に成り下がっています。これはちょっと残念な改変ですね。どういう経緯だったのでしょうか。

 「竹田の子守り唄」は、蘇って、また完全なかたちで歌われるようになりました。この「翼をください」も完全な歌詞で歌われるようになってほしいな、と思います。やっぱり、もとの歌詞のほうがいいと思うし、なんとなくこういうのはそろそろ元にもどしてあげるほうが、この歌もよろこぶんじゃないかな、なんて思います。

追記(2008年6月10日):オリジナルの歌詞は2つの歌詞を合わせた「今 富とか名誉ならば / いらないけど 翼がほしい / 子供のとき 夢見たこと / 今も同じ 夢に見ている」だそうです。で、そのあたりについて続編を書きました。よかったら読んでみてください。→続・翼をください

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2008年6月 4日 (水)

極東ブログ「もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。」について私が思ったこと。

 finalventさんの「極東ブログ」のコメント欄が承認制になりました(参照)。また、はてなダイアリーの「finalventの日記」は、これまでの、一日単位で複数のエントリが表示され、その下にコメント欄が並ぶ形式(日記モード)から、エントリごとにコメントが表示される形式(ブログモード)に変わりました。「極東ブログ」では、ほとんどコメントの返事は書かれないのですが、「finalventの日記」では、返事を書かれています。

 はてなダイアリー「finalventの日記」(日記モード)の、テーマが違うエントリが複数ある下に、それぞれのエントリについて思ったことについてばらばらにコメントが集まり、それぞれのテーマでコミュニケーションが行われる様が、なんだか寺子屋みたいで、私はすごく好きでした。

 学者さんなどの場合、関心領域が限られるので、どうしてもコメント欄でのコミュニケーションは、大学のゼミみたいになりますが、finalventさんの場合、その関心領域の幅広さもあって、経済の専門家から、料理ブログを書かれているお母様、常連のブロガーさん、そして、私のような新参者までいっしょくたなので、それがとっても心地よく、あんな場所は他には得難いなと思っていました。もちろん、finalventさんのお人柄あってのその雰囲気ですけどね。現在はブログモードですが、エントリで、もしかすると以前の日記モードに戻すかもしれないと書いておられました。

 ブログでも話題になっていますので、もうたくさんのブログで言及されていますが、「極東ブログ」のコメント欄を承認制にする、そして、みなさんもそうしたほうがよい、との記事に対して私が思ったことを書こうと思います。そのきっかけは、きっといろいろあったのでしょうが、先の女子高生の自殺(参照)が大きな動機になっています。

 彼女に、今私が書いているこのエントリの趣旨、つまり、「ブログを持つならコメント欄は承認制にしなさい」ということを伝えることができていたなら、あるいは私がもっと早く決心していたなら、と悔やまれました。もちろんそれでその命が救われていたはずだと思い上がるわけではありませんが。
極東ブログ「もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。」

 私も含めて、ブロガーの主流の価値観は、オープンであることはいいことなんだ、というものだと思います。誤解を恐れずに言えば、建前としては、どのような言説であっても法に触れない限り等価であり、一度、ネットというオープンな空間に投げられた言葉は、どのようなことを言われてもしょうがない、それを引き受けなければネットで表現などすべきでない、というものです。

 多くのブログには、コメントとトラックバックを管理する機能が盛り込まれていますが、その機能をつかって、コメントとトラックバックを制限する行為が、なんとなく後ろ向きな感じに捉えられている傾向があります。そういう機能があるわけだし、それをどう管理しようと、ブログ管理人の自由であるとは思いますが、その制限行為は、どことなくオープンであれ、という価値の反動と捉えられる感じが空気としてあります。

 たとえば、こうしたことを書くだけでも、なんとなく、それは統計を取って言っているのかという反論が私には想定できますし、そういう反論があるだろうと私が思い、少し緊張しながら書いていること自体が、ネットの中のそうした過剰な空気を反映していることなのだろうと思います。これは完全に独我論であることはわかっていますが、事実として、私はブログをはじめる知人への忠告としては、オープンであることを制限するような言説は注意して書く方がいいよ、と言っています。

 先の「極東ブログ」のエントリーは、要約すると、ひとりのブロガーが、自身のコメント欄を承認制にします、ということですが、あえてそう書かれたことの意味は、私は、そうした空気をつくってきたブロガーとしての責任からではなのでしょう。私は、ページビューで言えば、finalventさんの影響力にくらべると屑のようなものだとは思いますが、それでも、このブログの中で何度も何度もオープンであることはいいよ、と言ってきました。そうした言説がつくる空気によって、心ないコメントに傷つくことを防ぐことができたかもしれない機能がブログにあるにもかかわらず、それを使うことさえ思い浮かばない状況をつくっているのならば、それは、やはり問題です。

 でも、私はそうしたコミュニティの最もナイーブなものが無残に壊されることはありうるなというのと、数百のページビューがいつか数千、数万のページビューになることはそう不思議ではないと思っています。まさか無名の私のブログが、そうなると思っていなかったのだし。
極東ブログ「もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。」

 私は、もっともっと多くの人がブログを書くようになってほしいと思っています。SNSの閉じられた空間ではなく、もっと広大なネットでも、そうした「ナイーブ」な感性も生きていける空間になってほしいと思っています。ブログはいいものだから。それは、何も女子高生だけでなく、年配の方もそうですし、いろいろな感性や経験が、このネットの中で書かれることが、本当にオープンであることだと私は思っています。

 私のこのブログに関して言えば、最近、私の置かれている状況もあって、医療のことをよく書いています。その中で、つい最近、精神医療について書くとき、コメント、トラックバックをどうしようか、と考えました。それは、経験から言って、この手のエントリは、無神経なコメントやトラックバックが来ることが多いからです。コメントに関しては、あなたも病院にいったほうがいいとご親切に忠告する、といったもの、トラバに関しては、投薬なしでは治るはずもない精神疾患が教材を読めば治ると謳った、高額教材の広告。私は、そういうコメントやトラバは手動で消したりしていますが、ある記事を書こうとしたとき、その記事(参照)に関しては、コメント、トラバをオフにしました。

 私の経験から言えば、こうした記事は、Googleで検索され読まれることが多く、その状況を考えると、わらをもつかみたい、こういうときどうすればいいのだろう、という時だと思います。私も、母の急病のときに、そうしたネットの言葉に助けられました。だからこそ、今体験していることを残したいと思っています。圧倒的に情報が少ないですし、こうしたことこそ、ブログに書かれるべきことだと私は考えています。

 そんなとき、私の、その手のエントリに心ないコメントやトラバが付くことは、やはり許容できなかった。わらにもすがる思いで、他の人の体験を自身の参考にしようとたどり着いて、その方に、その心ないコメントやトラバが目に入るのだけは、どうしても許せなかった。それも含めてインターネットであるという常識もあったけれど、それでも許容できませんでした。だから、オフにしました。

 ちょっと本論から脱線しているかもしれませんが、私はおっさんですから、「死ね」みたいなことを言われてもどうでもええわ、と言えるだけの面の皮の厚さを持っていますが、私の場合はそこが分岐点でした。それぞれ分岐点はいろいろあるだろうし、あっていいと思います。「極東ブログ」のエントリを読んで気づかされましたが、初心者は、コメント、トラックバックは承認制にしたほうがいいのだろうと思います。それは、読まれたいと思う気持ちと矛盾するものではないと思います。

 今まで、コメント、トラバを承認制に移行するのは、PVの拡大にともなう話であるのが通例でした。要するに、残念ながら、承認制はプロ仕様のイメージがありました。その常識を変えるために、コメント、トラバのコミュニケーションをもう一度よみがえらせるために、PVを持っているブログが宣言することは、必要なことだったのだと思います。今回の「極東ブログ」の宣言の志を、私は支持したいと思います。私は、管理を楽にするためにそう書かれたとは思わないし、finalventさんが辛いからそうしたとも思いません。私は、そう読みました。

 私は、これまであまりコメント、トラバでのいやな思いはしてきませんでしたし、承認制でないことに不都合はあまりありませんでしたが、だからこそ、今までの流れを変えるためにも、私のようなブログが承認制に移行することは意味があるのかな、と柄にもなく思いました。本来、私は人に言われてそれにあわせるのはあまり好きではないですが、今回は特別です。長い人生、たまにはいいかなと思いました。承認制にしてみます。また、エントリの内容によって、オフにすることもあるかもしれません。いただいたコメントは、表示が遅れるかもしれません。なるだけ早く表示するように心がけます。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。

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2008年6月 2日 (月)

高齢者が3ヶ月以上入院できにくくなっているって知っていましたか。

 たぶん、高齢者の入院患者を持つ人なら常識かもしれませんが、私自身が得た知識を整理する意味でも、同じ状況にある人の参考のためにも、書いてみたいと思います。(ちなみに、このエントリは2008年6月2日時点のものです。)

 高齢者が3ヶ月以上入院できにくくなっている理由は、3ヶ月を過ぎると病院に支払われる入院医療報酬が減る制度にあります。3ヶ月を境にして、入院の保険点数が極端に下がる制度になっているのです。これは、高齢者の長期入院をさせている医療機関へのペナルティを意図しています。で、転院を薦められるというわけです。もちろん例外(後ほど触れます)は定められていますが、ほとんどの一般病棟の高齢入院患者は3ヶ月を過ぎると病院側の医療報酬が減ります。病院側の経営が成り立たなくなります。

 建前としては、病院側の経営の問題を理由として退院もしくは転院させることはできませんが、病院の存続という社会性を持った課題がありますから、退院もしくは転院を薦めるということが実際は多いようです。そしてまた、病院側も、転院による問題を防ぐために、他の病院と提携していて、3ヶ月を超える長期入院が必要な患者のために、現状で出来る限りの体制をつくっているようです。

 また、患者側も通算で3ヶ月を超える入院がある場合、患者側の医療負担が若干増えます。これを補足しておくと、患者側の自費負担が増えるだけで、病院側の収入増にはなりません。これをまとめると、現行の制度は、3ヶ月以上の入院では、病院が儲からない仕組みをつくると同時に、患者の負担を増やすことで一般病棟での高齢者の長期入院を抑制していく、という制度なんですね。

 療養型医療の場合、こうした制度はこれまでずっと行われていたそうで、それを一般病棟・急性期病院に適応したとのことですが、この一般病棟・急性期病院というのは、高齢者の場合、高度医療を行う病棟・病院を指すことが多いのが見逃せない点です。そのため、3ヶ月規定における例外が以下のように示されています。

・別に定める重症の障害者、神経難病等の患者
・入院基本料の重症者等療養環境特別加算を算定している患者
・悪性腫瘍に対する重篤な副作用のある治療を受けている患者
・観血的動脈庄測定を受けている患者
・複雑なリハビリテーションを受けている患者
・ドレーン法若しくは胸腔又は腹腔の洗浄を受けている患者
・頻回の喀痰吸引を受けている患者
・人工呼吸器を使用している患者
・人工透析を受けている患者
・全身麻酔等を用いる手術を受けた患者

 しかし、高齢者の場合、こういうこと以外にも長期入院が必要なことがあるのは容易に想像できます。現実に上記以外の高度医療はたくさんあります。そうしたケースに当てはまる高齢者の患者を持つ家族は、3ヶ月後のことを考えて、早期に転院先を考えておく必要がありますし、3ヶ月後に、環境の変化によって患者がとまどうことや、医師や医療スタッフとの信頼関係を一度ゼロにして新たにはじめなければいけないことを、あらかじめ覚悟しておく必要があります。

 まだ、この件に関しては、知識があやふやなので、安易に自分の意見を書いていくことは、今のところ控えようとは思っていますが、どうもこの制度は、今後、例外規定以外の例外を多く生み出して、様々な問題を起こしてしまうような気がします。長い目で見れば、こんな、医療機関にも患者にも自衛を迫るような制度がうまくいくはずはないとは思いますがが、今のところ、現行の制度を知った上で行動せざるを得ません。参考になさってください。

 ○2008年6月10日追記:今年の10月より「後期高齢者(長寿)医療制度に伴い診療報酬が改定され、十月から一部の重度障害者が特例対象から外され減額される。」とのことです。これは、事実上、高齢の重度障害者を引き受ける医療機関をなくすことに他ならず、医療費抑制のためとはいえ、本当に発想がグロテスクだと思います。自体はますます悪い方向へ進んでいるようです。

 中日新聞:混乱する後期高齢者医療制度 長期入院の報酬減額拡大(2008年5月9日の記事)

 ○2008年7月14日追記:後期高齢者医療制度(75歳以上の方が健保を離脱して新たにこの医療制度のもとで医療を受けるしくみ)とのからみで分かりにくかったので、追記します。ここで言う一般病棟への入院90日規定は70歳以上の方が対象で、90日を一日でも超えると、保険点数が包括払い方式になり、どれだけ高度な医療を使っても請求できなくなります。本来は、その受け皿が介護保険なのですが、医療を必要している方(介護認定が高い人は、比例して医療が必要になりがち)は、介護保険では不十分で、介護で十分という方は、介護認定が低く設定されてしまい十分な介護を受けられないというジレンマが生じます。(今、私が直面している問題は、この問題です。このことは、またあらためて書きます。)

 参考:医療制度改革の残したもの——「重症高齢者」への地域福祉実践は可能か●天田城介 (2004年10月に書かれたものです)

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2008年6月 1日 (日)

崎陽軒のシウマイ弁当(追記)

 新幹線に乗ることが多いです。主に東海道新幹線。東京と新大阪を行ったり来たりしています。のぞみで約2時間半。あっという間ですが、それでも、せっかくできたなんにもない時間ですから、しっかりと計画的に過ごさねばなりません。そこで重要なのがお弁当選びですね。このお弁当選びには2つの派閥があるようです。駅弁派と百貨店地下弁派。東京では大丸の地下食品街。なかなか高級で美味しいお弁当が揃っています。けれども、私はだんぜん駅弁派。昔は、いろいろなお弁当を試していましたが、最近は買う弁当は決まってきました。

 崎陽軒のシウマイ弁当。シとウの間にュがないのが崎陽軒流。横浜名物ですね。税込み740円。小ぶりな一口サイズのシウマイが5つに筍の醤油煮と数種のお惣菜。ごはんもおいしいんですよね。弁当箱が紙で出来ていて、ごはんの水分を適度に吸ってくれるので、べたべたしなくていい感じなんです。あのごはんは、他の弁当の追随を許さない感じ。炊き方もベストだし。ウェブサイトには独自の炊き方と書いてありました。

 主役のシウマイは、ほんと上品な味。大阪出身の私などは、いかにも横浜だなあ、おしゃれだなあ、と思ってしまいます。あのシウマイは冷めても美味しい工夫がされているそうです。ホタテの貝柱の旨味が秘密だそうです。豚の旨味とホタテの旨味の相乗効果ですね。ホタテについては、食品表示の順番の件で話題になってしまいましたが、あれはちょっと可哀想でしたね。小さいけれど中身がぎっしり入っていて、案外ボリューム感があります。

 私は、崎陽軒のシウマイ弁当を、新横浜を発車して熱海を通過する頃に食べ始めます。それがちょうどいい案配なんですね。新横浜から乗り込んでくる人が荷物を棚に置いたり、携帯プレイヤーを出したりするのが一段落する頃。食べ終わる頃に、富士山が見える感じ。何度も何度も新幹線に乗って来たのに、いまだに窓から富士山が見えると、おっ、富士山と思ってしまいます。

 そんなお気に入りのシウマイ弁当ですから、一度大阪の両親に食べさせてやろうと思い、15個入りを買って帰ったことがありました。でも、ちょっと不評でしたね。大阪の人は、シウマイではなく焼売。それも、551蓬萊の大ぶりのやつ。豚の旨味と玉葱の旨味があわさった、こってり風味の焼売を食べ慣れているので、物足りなかったようでした。ちょっと悔しかったです。これはおやつやな、とか言いよったので、反論しようと思いましたが、大人気ないのでやめました。まあ、味覚は人それぞれですからね。

 ■崎陽軒公式ウェブサイト(なかなか読み応えがありますよ)

(2008年5月10日の採録です)

 

追記(6月1日):東京から新大阪に向かう新幹線の中でおいしくいただきました。

Img208

↑こんなパッケージです。100周年記念のマーク付き。側面には青い船のイラスト。こういう小さな遊び心はいいですね。

Img207

↑紙の蓋を開けたところ。木の蓋がついています。弁当箱も木製。これが、ご飯の水分を適度に吸って、いい感じ。木の香りがほのかにつきますしね。箸袋にはお手拭きと爪楊枝入り。

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↑ご飯は一口サイズに区切ってあって、梅干しとごま。シウマイ、かまぼこ、鶏のあらあげ、卵焼き、塩昆布、お新香、筍の醤油煮、マグロの醤油煮、あんず煮。お醤油、からし付き。

 人気があるのでよく売り切れます。なので、東京駅で買うときは、在来線の売店で買う方がいいと思いますよ。売店は何カ所かあります。しかし、ごはんがおいしいですね。ちょっと硬めですけどね。シウマイもいいけど、筍とまぐろの煮物は、ごはんにあうように味付けされていて感心します。単独で食べるとちょっと辛いかもですが、ごはんにはあいます。ビールにもいいんじゃないでしょうか。このお弁当があれば、つまみはいらないかもしれませんね。

 東京駅(横浜駅)に用事がある方、買って帰っておうちで食べるのもいいかもですね。私は、このエントリに書いたように、大阪の家族には不評だったので買って帰りませんでしたけどね。

 ちょっと余談になりますが、以前書いたココログのエントリを、追記付けて日付を変えて投稿したら、以前のエントリが残った上で、新たにエントリが起こされるんですね。まあ、この手のエントリはGoogleなどで検索されて、ちょくちょく読まれるタイプのものだからいいかなと思ったんですが、気持ち悪いですね。なので(追記)とタイトルを変えました。では、よい日曜日をお過ごしくださいませ。

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ね。

 コピーライターが書く文章で特徴的なこと。語尾の「ね。」ですね。なぜ「ね。」を付けたがるかというと、共感をつくりたいからですね。つまり、逆のいい方をすると反感をつくりたくないからつけるということですね。しつこいですね。

 という私も例に漏れず、このブログでも「ね。」を多用してしまいがちなんですが、まあ、この書き方はわりあい自分の思考の流れに近いというか、そんな感じです。あまり多用すると、共感の押し売り感が出てしまいます。お前のことだよ、と言われそうであれなんですが、そういう共感のコントロールをコピーライターが過剰に意識し出すと、だいたいはコピーが薄っぺらくなってきます。

 ある程度キャリアを積んで、技術的に共感のコントロールができてくると、この壁にぶち当たります。なぜ壁になるかと言えば、共感のコントロールというのは、いわゆる文体の技術であって、コピーを構成する要素は、メッセージの内容と、それを伝えるためのストーリーだったり、文体なんかより大切なものがたくさんありますので、文体の技術に特化することで、他の構成要素を軽視してしまうからです。

 つまり、少々、メッセージ内容が陳腐で、ストーリーが稚拙でも、文体の技術=共感のコントロールだけで、なんとなくコピーになってくるのです。でも、それは勘違いだけど。

 共感のコントロールは、すなわち、コピーライターのスキルでもあるので、得意先からコピーにケチがつくと、コピーライターのスキルにケチがつけられるように思ってしまうので、なんとなく存在否定をされた気になって、あの得意先はわかってない、みたいなネガティブスパイラルに入っていきます。

 でも、本当の問題点は、メッセージ内容だったり、それを伝えるためのストーリーだったりします。それに気づいたとき、またもうひとつの成長があるのではないかな、なんて、自分のキャリアを振り返りながら思います。

 まあ、こうした広告独特の共感コントロールは、文体だけでなく、視点にもあって、それが、ああ、いかにも広告だなあという、独特の広告臭の実体ではないかと思っています。今、それが見破られている時代な気がしていて、それが、広告屋としての私のテーマだったりします。

 ちょっと前までは、いかにも広告だなあ、という文体なり視点なりがリアルでした。そのリアルは、なんとなく新しい時代を開いてくれそうだ、とか、こんな生活っていいかも、とか、そんな感じでした。でも、今、そんなリアルは、誰もリアルだとは思わないのがリアルな社会の姿ではないかな、と思います。

 じゃあ、何がリアルなのか。それを今、いろいろな仕事で模索中です。ひとつは、プレスリリース的な世界だったり、逆に、これまで愛されてきた、子供もご老人も、みんなが楽しめる世界だったり、仕事によってまちまち。とにかく言えるのは、あの、広告がいい時代のやり方は、もうできなくなってきてるのかもなあ。ね、あなたもそう思いませんか。

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