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2008年7月の34件の記事

2008年7月31日 (木)

Puff, the Magic Dragon

 昔、パフっていう名の魔法が使える竜がいたんだ。
 正しく言えば、今もどこかにいるんだけどね。

 そのパフっていう魔法の竜は、
 ジャッキーという名の少年と、とっても仲良しだったんだ。

 パフが住んでる海辺でいつも一緒に遊んでいたんだってさ。
 ときには、パフが自慢の魔法を使って大きな舟をつくって、
 冒険の旅に出たりしてね。

 大海原の真ん中で、海賊船がおそってきたときなんか、
 パフが大きな声で吼えると、海賊たちは、たちまち降参さ。
 ジャッキーも、そんな強くて勇敢なパフが大好きだったんだって。

 パフは魔法の国の竜だから、永遠の命を持っているんだ。
 つまり、パフは年をとらないし死なないってこと。

 いつも楽しく遊んでいたパフとジャッキーだけど、
 ある日、ジャッキーが海辺に遊びにこなくなっちゃったんだって。

 どうしてって?

 ジャッキーが大人になったからさ。
 もう子供のときみたいに遊べなくなったんだろうね。

 パフはかなしかった。
 いくにちもいくにちも、海辺でひとり泣いていたんだって。

 涙もかれて出なくなって、パフは思ったのさ。
 もうこれからは、泣かないでおこうってね。

 ジャッキーと遊べなくなったのはかなしいことだけど、
 ジャッキーが大人になったのはうれしいことだから。
 だからパフは、もうぜったいに泣かないって決めたんだ。

 パフは岩穴のすみかに帰っていった。
 パフの鳴き声を誰もきいたことがないのは、
 そういうわけがあるのさ。

 

 

*     *     *     *

昔から、ピーター・ポール&マリーの「Paff, the Magic Dragon」という歌が好きで、その歌詞の世界にちょっとだけ創作を加えて物語を書いてみました。英訳ではありませんのであしからずです。ちなみに、この歌、かつてはドラッグソングとか言われてたんですよね。
Puffは吐き出すとかタバコをふかすとかの意味があって、Magic DragonがMagic Drug。そんな連想からそうなったんでしょうね。それに、PPMはベトナム戦争に反対していて、ディランの曲のカバーもしていたし、社会派の歌を歌っていたしね。そんな反戦運動とつながっていたヒッピー文化の影響もあるんでしょうね。いろんな国で放送禁止になったりもしました。でも、PPMはそんな説をことあるごとに否定している、というか、ギャグにして、コンサートでお客さんを沸かしています。
PPMは、いま聴いても、ハーモニーがモダンでいいんですよね。パフは、アメリカでは、みんなが歌える国民歌でもあります。どんな歌なのかは、下記英語詞タイトルのリンクをクリックしてくださいな。

追記:英語詞の下に直訳の日本語をつけてみました。ご参考にどうぞ。

Puff the Magic Dragon - Peter Paul & Mary

P.Yarrow & L.lipton

Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee,
Little jackie paper loved that rascal puff,
And brought him strings and sealing wax and other fancy stuff. Oh

魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた
ジャッキーペーパー少年はいたずら好きのパフが大好きだった
ヒモやロウやおもちゃを持って来てはいつもパフのもとにやって来た

Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee,
Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee.

魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた
魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた

Together they would travel on a boat with billowed sail
Jackie kept a lookout perched on puffs gigantic tail,
Noble kings and princes would bow wheneer they came,
Pirate ships would lower their flag when puff roared out his name. oh!

ふたりは帆をなびかせてボートで旅に出た
ジャッキーはパフの大きな尻尾に座って見張り番
高貴な王様や王子様がふたりにごあいさつ
パフが大きな声で名前をつげると海賊船も白旗下げてごあいさつ

Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee,
Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee.

魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた
魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた

A dragon lives forever but not so little boys
Painted wings and giant rings make way for other toys.
One grey night it happened, jackie paper came no more
And puff that mighty dragon, he ceased his fearless roar.

竜の命が永遠だけど少年はそうじゃない
手作り旗や大きなリングはやがてほかのおもちゃに変わってしまう
ある夜突然ジャッキーはこなくなった
勇敢な竜パフはもう大声で吠えることができなくなった

His head was bent in sorrow, green scales fell like rain,
Puff no longer went to play along the cherry lane.
Without his life-long friend, puff could not be brave,
So puff that mighty dragon sadly slipped into his cave. oh!

悲しみにくれるパフの緑のうろこははがれて落ちて
パフは大好きだった桜の小道にも行かなくなった
大好きなともだちがいないからもう勇気も出ない
勇敢なパフはかなしそうに穴のすみかに帰っていった

Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee,
Puff, the magic dragon lived by the sea
And frolicked in the autumn mist in a land called honah lee.

魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた
魔法の竜パフは海のそばに住んでいた
秋の霧が立ちこめるホナリーと呼ばれる島で遊んでいた

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2008年7月30日 (水)

それでも容赦なく時は流れていく

 暑い最中に申し訳ないけど、かじかむ寒さの冬の日、耳たぶを真っ赤にしながら自転車を走らせて家に帰る途中で、商店街の肉屋さんで、握りしめた50円玉で買った、揚げたてのコロッケとか。肉なんかちょびっとしか入ってないけど、やけどするくらい熱々で、ソースなんかなくてもとびきり旨くて、この世にこんな幸せあったんかいな、みたいな感じでね、ああ、あんな味はもう味わえないのかなって、最近思うんですよ。

 仮に、子どもの頃みたいに自転車のって、同じように肉屋でコロッケ買って食っても、あの味にはならないんだろうなと思うんですよね。さみしいけど、きっとならないです。私はグルメじゃないから、世界中のうまいものの1000分の1も食べてないけど、あんなうまい食べものは、この先、きっと食べられないんだろうなと考えると、ああ、年を重ねるって残酷なことでもあるかもな、と思ったりします。

 今でも覚えているけど、デパートの大食堂ではじめて食べたカツカレーも旨かったなあ。世の中にこんなナイスな組み合わせを考える人がいるんだって。カレーもカツも、すでに食べたことがあったけど、そのふたつが組み合わさって、カツカレーになるとこうも違うんだと、子どもながらに考えたりしました。

 お昼時とかに、カレー屋さんでカツカレーをかっこむけど、あのおいしさはもう味わえないんですよね。デパートのカツカレーが上等だったわけでもなく、もうあの感動は二度とやってこない、それだけのこと。

 時を重ねていくことは、いろんなことを知ることでもあって、それは、いろんなことが見えるようになることでもあるけれど、時を重ねた目からには、いやなことだってたくさん映ってしまうんですよね。一見、無邪気なもの、無垢なものに見えるもの中の、救いようのない駄目さやずるさ、計算高さも見えてしまうんですよね。

 でも、その目には、不機嫌な顔をした人の、目の奥にある誠実さややさしさも、はっきりと映るようになって、そのわかりにくい誠実さややさしさを理解できるようになるために、時の流れの中で、人は、いろんなものを捨てていくのだろうな、と思ったり。まあそんなこんなを考えたところで、容赦なく、時は流れていくんですけどね。

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2008年7月29日 (火)

タレント広告はなぜなくならないのか(2)

 外資系広告会社のクリエイターというポジションは、日本の広告業界という内部と、欧米を中心とする世界の広告業界という外部をつなぐ境界のような位置にあります。内部であって外部でもあり、内部のようで内部でもなく、外部であって外部でもない場所からは、もしかすると内部や外部からは見えない風景が見えるのかもしれないという思いから「広告のしくみ」というお題目で、いろいろな論考を書いています。

 ココログのカテゴリーは、クリックすると、カテゴリー内のすべてのエントリが新しい日付順に表示されるので、少々うっとうしいですが、このエントリに興味を持った方は、「広告のしくみ」カテゴリーの他のエントリもどうぞ。あと、今までに書いた広告関連のエントリは「広告の話」カテゴリーにもあります。但し、これも上記と同じで少しうっとうしいかもです。このへん、なんとかならないかなあ。やっぱり、手動で目次をつくる以外に手はないのでしょうかね。

 少々、前説が長くなってしまいましたが、このエントリは「タレント広告はなぜなくならないのか(1)」の続きです。では、本題、始めます。

*     *     *     *

■曲がり角に来た日本のタレント広告

 情報のフラット化により、タレントの相対的価値が下がってきて、以前のような効果を生むことが難しくなってきたタレント広告ですが、その情報のフラット化というのは、情報の中身だけでなく、その器であるメディアにも言えることです。

 ウェブの進展とともに、テレビ、新聞、雑誌などのマスだけではなく、ウェブを含めたクロスメディアプロモーションが当たり前になってきました。そこで、当初問題になったのは、ウェブでのタレント契約のあり方です。ウェブのメディアとしての価値向上とともに、現在はそのへんはゆるくなってきましたが、ウェブはNGということが多かったのです。放映範囲が世界になるからです。

 また、デジタル故の複製という問題もあります。テレビなどコントロールがある程度可能なメディアでは、1クール(3ヶ月)、2クール、年契という放映期間を完全に守ることができますが、ウェブでは難しくなります。これは、楽曲の使用にも言えることです。

 さらには新聞折り込みや店頭チラシ、店頭SP、ウェブバナーがNGというケースも多く、以前なら、それはしょうがないと言えたのですが、ホリスティック(全体的)なコミュニケーションを実現しようと思うと、タレントが大きなネックになってくることが多くなってきているのです。

 一消費者として、ホリスティックなコミュニケーションがなされているかどうかを思い出してみると、多くは自社開発のキャラクターだったりするのではないでしょうか。Suicaのペンギンとか。私も、現在、とある企業で自社開発キャラクターを使って、2年ほど広告を展開していますが、非常に使い勝手がよく、コントロールもできていい感じです。こういう新しいメディア環境においては、タレント広告というのは、その瞬間風速の速さの魅力はあるものの、やはり少し古くなってきているかもしれないな、と感じています。

■欧米にタレント広告はあるのか

 このへん、気になるところですよね。結論としては微妙です。U2起用のiPodのキャンペーンもタレント広告と言えなくもないし(エミネムバージョンは、以前アップルがCMで無断使用したことによる裁判の和解を期に起用。いろいろ話題づくりがうまいですね)、特にアメリカでは超大物アーチスト起用はよくあることです。MCハマーのペプシもありました。比較広告でしたね。コークを飲むとうまく歌えないけど、ペプシを飲むとうまく歌えるというやつ。その前は、マイケルジャクソンが起用されていました(もしかすると日本限定かも)。

 この手の手法は、欧米では「セレブリティの起用」と呼ばれます。もちろん、タレントというのは和製英語ですから、同じ意味なのかもしれませんが、若干ニュアンスが異なります。セレブリティは、その筋の権威も含みます。ペットフードのペディグリーが展開していた「トップブリーダーも推奨」のトップブリーダーもセレブリティなんですね。

 これは、ある欧米での在住経験のあるクリエイターからの伝聞ですが、日本のような、有名な芸能人が一般人を演じるタイプのCMや、とりあえず、何の根拠もなく製品を芸能人が推奨するといったCMはないということです。欧米で普段流れているCMを見た訳ではありませんので、何とも言えないですが、海外出張などで見たテレビでは、あまりタレント広告的なものは見ませんでした。どなたかご存知の方は、コメントをお寄せくださいませ。

 という感じなので断言できませんが、タレント広告は、わりと日本に特徴的な広告文化なのかもしれません。欧米の広告会社のクリエイティブディレクターは、世界各国のクリエイティブディレクターを経験して出世していくのが多いのですが、タイやオーストラリアなど、様々な国では、優秀なクリエイティブディレクターは成功をおさめるのに、なぜか成功できない国が2つあるそうです。それは、日本と韓国。日本と韓国に配属されることは、出世コースから外れたことを意味するそうです。それだけ成功が難しいということなんですね。今まで成功したのは、ワイデン+ケネディのジョン・ジェイさんだけなのではないでしょうか。

■タレント広告はブランドをつくれないの嘘

 タレント広告はブランドをつくれない。これは、よく言われることですね。広告業界では、周期的に出てくる話題です。ブログにおける実名匿名の話題みたいな感じですね。でも、これは半分本当で、半分は嘘だと思うのです。

 確かに、クリエイターとしては、タレントの力を借りずに、自力のアイデアだけで広告をつくる醍醐味はあります。それがうまくいったときの大きな価値も、タレント広告の比ではありません。しかし、タレント広告だって、強いブランドをつくることができます。その証拠。

 森光子さんのタケヤみそ。所ジョージさんの年末ジャンボ。アニメですが、三木のり平さんの桃屋。これは、三木のり平さんがお亡くなりになった後も、息子さんの三木のり一さんに引き継がれ、今も続く名物CMです。

 私の個人的な思いですが、なんとなく、日本のブランド論って、このようなの日本の愛すべきブランドを無視しすぎなように思います。このあたりの話をカットしたブランド論は、私は信じる気になれません。みんなが、ヴィトンのようなブランドを目指しているわけではなく、なにか、日本の場合、カッコいい=ブランドというように誤解されているように思えてなりません。

 話をブランドに戻しますが、要するに、ブランドをつくることができるか否かは、タレント広告か否かではなく、同じことを続けられるかどうか、だと思うのですね。タレント広告がブランドをつくれないとするのは、タレント広告の持ち味である瞬間風速を求める限り、タレントを変え続けなければならないという宿命のためです。

■沢口靖子「タンスにゴン」の衝撃

 私は、このCMで日本のタレント広告の進化が終わったと思っています。それくらい私にとっては衝撃でした。覚えてらっしゃる人も多いかと思いますが、沢口さんが出演するタンスにゴンの最後のCM。沢口さんが、美容室で整髪されながら、友達か誰かに電話で話しているシチュエーション。

タンスにゴンのCM契約終わってん。ふふ。いつまでもアホなことばっかりやってられへんやろ。あたし、今年でもう26やで。誰が26やねん!

 同業のはしくれとして、激しく嫉妬します。面白すぎです。でもね、これが面白いのは、ある意味で、日本のタレントCMという文化が終わっている証拠でもあるんですね。つまり、もはやパロディなんです。タレントだって、一市民として、CMを切られるとショックであり、それを笑ってやりすごし乗り越えていく力強い庶民でもあるんです。

 こんなことは、私が力説するまでもなく当たり前。そんな世の中です。身も蓋もないフラットな世界。かつてタレント広告が最も得意とした、「尊敬と憧憬のマーケティング」は、もはや力を持たないのかもしれません。これまでの優れた広告表現は、すでにパロディとして消費されています。それを広告表現の歴史の連続性という文脈で評価するのは、業界人と業界を目指す若い人だけ。

 今という時代は、それを歓迎するにしても、それを悲観するにしても、そんな時代であることは間違いがないのではないかと私は思っています。

   

タレント広告はなぜなくならないのか(1)

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2008年7月27日 (日)

タレント広告はなぜなくならないのか(1)

 と言われ続けて早や20年。いまだテレビではタレント広告が大盛況です。日本の広告をくさすとき、いつも「タレント広告ばっかりじゃないか」なんて言われます。ブランドやアイデアを標榜する広告人は、いつも「だって、タレント広告にはアイデアないじゃない。それじゃブランドなんかつくれないよね。」と言います。

 まあ、こんなタイトルをつけるくらいだから、私自身もあまりタレント広告のこと、よくは思っていない証拠でもあるんですが(タレント広告は、いろいろめんどくさいしね)、でも、タレント広告はアイデアがなくて、ブランドがつくれないというのは本当なのか。今回は、そのことについて考えてみたいと思います。

*     *     *     *

■タレント広告にはアイデアがない?

 私の印象では、タレント広告は無意味ではなくて、むしろ有効。そんな気がします。なにせ、てっとり早い。テレビCMを中心とするマスプロモーションでは特に効きます。認知の速度が格段に違います。しかも、実務ではうまくできているな、と思うのは、タレントの契約料とその効果は、かなりの精度で比例しているような気がします。ほんと、よくできています。

 なぜタレント広告に効果があるのかと言えば、それはタレントを起用するという行為が、広告のアイデアになるからです。タレント広告にアイデアがないのではなく、タレント広告は、タレントを起用するという行為自体が、すでに広告に必要なアイデアを代理する点において、非常にてっとり早く、有効である、と言えるのではないでしょうか。

 これは広告の実務を考えればわかることです。例えば、アイデア至上主義のアカウントに限って、いざタレントの撮影になれば、普段なら見向きもしないCRの撮影現場に出向き、最後までうれしそうにいるものですし、何よりも、広告制作のいち過程に過ぎない撮影が、大イベントになってしまうんですよね。ノンタレのロケやスタジオ撮影ではそうはいきません。

■タレント広告とPR

 PR原稿も断然つくりやすくなります。タレント起用はニュースになります。プレスリリースが書きやすく、うまく行けば記者発表会でタレントに出演してもらって、ワイドショーに取り上げてもらえるかもしれません。取り上げてもらえると、認知にかかる費用を節約することができます。初速がだんぜん違ってきます。

 タレント広告のリスクとして知られるのは、タレントの不祥事などの不測の事態ですが、その効果と比較すれば、それほどのリスクとは言えないのではないでしょうか。このくらいの確率だと、まさか自分の会社が当事者にはならないだろう、なんて思うものだし、メリットとリスクの天秤にかけにくいと思います。今回はちょっと気合いが入っているので、ぜひタレントを起用して広告をしよう、という感じが一般的ではないでしょうか。

 タレントを起用しないで、そんなPR効果をつくろうと思うと、なかなか難しいのが現状です。それこそ、タレント起用という単純なインパクトを凌駕する、強く優れたアイデアが必要になります。クリエイティブはアイデアが勝負だろ、とは言うものの、例えば、Smap起用に勝るアイデアなんて、なかなかつくれるものではないのも事実です。

■タレント広告の効果のしくみ

 タレント広告の効果。それは、いきなりみんなが知っているタレントを広告に持ってこれることにあります。みんなが知っている、ということは、広告では重要です。みんなが顔と名前を知っているからこそ、タレントという存在は、自身を紹介するというプロセスを省略できるのです。

 私は、アドバタイジングとインフォメーションは違うと考えていますが、つまり、存在の認知、世界に存在を認めさせるというアドバタイジング的な行為を省略することで、タレント広告ではインフォメーション的な行為だけで、アドバタイジングたり得るのです。これが、タレント広告のいちばんの魔力だと思います。

 そのしくみを使ったうまい広告がかつてありました。NTTドコモの「広末涼子、ポケベルはじめる。」です。当時無名の広末さんを、あたかもみんなが知っている(これから知ることを予定されている)かのような前提で広告をつくったんですね。あれはうまいと思いました。

 タレントとモデルは、広告での演出のあり方が少し違ってきます。タレントは、そのもの自体がアイデアですが、モデルはアイデアの一要素です。私がよくやるのは、まだ知名度のないモデルさんを、タレントのように演出するやり方。あたかも、みんなが知っているという前提で演出することで、タレント広告と同様の効果のベクトルを持った広告をつくることができます。

■でもタレント広告の効果は下がってきている

 しかしながら、昨今ではタレント広告の効果は下がってきているのも事実です。それは、メディアの多様化と、このブログもそうなんですが、個人メディアの発達による、情報のフラット化です。みんなが知っているというタレント広告のおいしい部分はまだまだあるものの、そのみんなが知っているという内実が変化しているような気がします。

 タレントさんもブログを書く時代です。そんななか、タレントさんの相対的なありがたさも低下してきているのも事実でしょう。そんな中、資生堂のTSUBAKIのマルチタレント戦略は、莫大な費用を投下していることも話題になりましたが、これは、ある意味で、今の時代、かつての化粧品タレント広告黄金時代の効果は、こんな物量戦でなければ成立しない証拠でもあるのでしょう。究極のタレント広告と言えそうです。

 また、ユニクロは、タレントと普通の人を等価に見せていくために、定期的にタレントを起用していくという、逆説的なタレント起用をしています。これは、かなり前からある路線ではありますが、先見性があるというか、今の広告のあり方を、最前線で語っているように思います。

 

タレント広告はなぜなくならないのか(2)」に続きます

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2008年7月26日 (土)

言葉づかいがおっさんくさいのか

Arukokokujin

 59歳…
 なんだかなあ。

 

ブログ通信簿 - gooラボ

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欧米の広告会社はクリエイティブ手法で差別化する

 これは、私が外資系広告代理店で現在働いている理由でもあるし、それはまた、私にとっては、外資系広告代理店で働く息苦しさでもあって、微妙なところなのですが、今回の「広告のしくみ」はそんな欧米の広告代理店のクリエイティブ手法について書いてみたいと思います。

 欧米の広告会社というのは、たいがいは、ある優秀なクリエイターが設立したものだったり、あるいは、成長のトリガーになるのが、その広告会社に所属するクリエイターの作品がヒットしたことだったりするので、そのクリエイターの方法論が会社の方法論になったりします。欧米の広告会社には、例えばDDBウェイだったり、広告作品に会社のカラーがあったりします。

 現在だったら、ワイデン+ケネディの広告は、ある種のワイデンっぽさってありますよね。それに比べて、日本の場合、電通っぽさとか、博報堂っぽさというのは、希薄ですよね。日本の場合は、クリエイターによりけりです。

 欧米の広告会社は、マーケティング理論の発展とともに歩んできた部分があります。王道のマーケティング理論に対して、その発展系として違う理論が主張され、様々に分岐し、今の広告会社の多様性が生まれてきました。まずは、王道の理論から。

■Benefit

 このベネフィット理論が広告の王道ではないでしょうか。とりわけ、トイレタリー製品に適応されてきました。要するに、消費者が製品で利益を受ける部分を広告はメッセージするべきだ、という考え方です。このベネフィットにも大きくは2つあります。

Functional Benefit 機能的ベネフィット。簡単に言えば、油汚れがきれいに落ちる洗剤を例にとると、「この洗剤は、油汚れがきれいに落ちます。」みたいなことです。

Emotional Benefit 心的ベネフィット。同じ例、油汚れがきれいに落ちる洗剤で言えば、「家族がうれしい。」みたいなこと。でも、この家族がうれしいという心的ベネフィットは凡庸すぎるので、まったく駄目で、「いつまでも新品気分。」くらいまでいかないと、ベネフィットとしての差別化はできません。

 とまあ、こういう分類をするのですが、その製品の数ある特徴の中で、どの特徴を広告で表現するベネフィットにするかが勝負のしどころで、それを抽出するために、様々な手法が生まれました。

 代表的には、製品特徴や市場環境、消費者インサイトみたいな項目を整理して、最終的にひとつの短い文章であるBenefit Statementに定着させるやり方や、製品特徴を基点にして、機能的なものから心的なものへと梯子を掛けていくラダリングという手法などがあります。ラダリングの場合は、そこで出てきた様々なベネフィットから、市場環境や調査結果を参照しながら、今はどの部分を言えばいいかを判断していきます。

■USP=Unique Saling Proposition

 これは、Functional Benefitから派生して出てきた広告理論で、簡単に言えば、市場の中で唯一無二の特徴を見つけ出し、それを繰り返し言っていけば、その製品は市場で勝てる、というような理論です。Propositionは命題という意味。このUSPの成功事例で有名なのは、チョコレートのM&M’sの「お口で溶けて、手で溶けない。」というものがあります。制作は、アメリカのベイツ。

 このUSPという理論は、当然、Functional Benefitが多いのですが、Emotional BenefitでもユニークであればUPSになり得ます。ただ、心的なベネフィットでそこまで唯一無二のベネフィットはなかなかないので、どうしてもFunctionalになりがちです。

■SMP=Single Minded Proposition

 この理論は、旧来の王道であるBenefit理論から大きく逸脱しているのが特徴です。イギリスのサーチ&サーチが提唱しました。簡単に言えば、市場の中で何を言えば、その商品やブランドが勝てるのかを考え、ただそれだけを根拠にして、Proposition=命題を考え出す方法論です。

 これは有名な事例があります。英国の労働党政権下での保守党のキャンペーン。労働党政権の中、英国経済は低迷していました。街には失業者が溢れ、国民生活はどん底でした。今までのBenefit理論では、保守党の優れた点をメッセージするのが定石でしたが、サーチ&サーチが提案したのはそうではありませんでした。

Labors doesn’t working. 労働者が働いていない。

 このLaborsは、労働者を意味するとともに、労働党も意味します。つまり、労働党は働いていない、と読めるのです。ただ、これをメッセージすればいい、そう提案したのです。非常に面白く、革新的な理論ですが、ここまで来ると、ストラテジーなのか、エクゼキューションなのか分からなくなる部分が少し難点かもしれません。

■Reaction

 これは、ベネフィットとかプロポジションではなく、広告というものは、要するに製品に望ましいイメージをつけることではないか、という考えから生まれた広告理論です。J,W,トンプソンが提唱していました。

 日本市場で大成功したものに、ハーゲンダッツがあります。このリアクションは、たしか「男と女の間にハーゲンダッツ」だったと思います。男と女の恋愛シーンにはいつもハーゲンダッツがある、というイメージを徹底的に浸透させていく方法です。ハリウッド女優に、Luxシャンプー&コンディショナーもそうですね。

■Disruption

 破壊を意味します。つまり、既成概念の破壊です。TBWAが提唱しています。TBWAがappleとともに歩んできたことも影響があるのかもしれません。このDisruptionという概念は、一世風靡しました。ここ最近のカンヌ広告賞の入賞作を見ても、どこかにDisruptionがあります。

 このDisruptionは、じつは日本の広告のお家芸でもありました。「不思議、大好き。」も「モーレツから、ビューティフルへ。」もそうですね。ただ、日本の場合は、この方法論が絶対である、という感じが非常に苦手なのかもしれません。ケースバイケース、場合によりけりな感じがありますね。私も、そういう感じです。

■Behavior

 ビヘイビア。いわゆる、行動、振る舞い。数年前の世界のクリエイティブはほぼこれ。今までとは違う行動様式を提案し、ターゲットの気分をすくいとる方法。バドワイザーの「Whassup!」と様々な人が叫ぶCMは、まさにBehaviorでつくられています。ちょっとDisruptionと似ているところがありますが、これはより人間の具体的な行動様式で表現する方法です。DISELなんかもこの方法論。

 ある時期、みんなビヘイビア、ビヘイビア言ってる時期がありましたが、たぶんBBDOを震源地として、多くのホットショップが同時多発で言っていたような気がします。ただ、このビヘイビア、文化環境がものを言う方法論なので、バドワイザーの「Whassup!」なんかは、どう面白いのか日本人にはわからないところがあるのかもしれません。

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 と言う感じで、簡単に欧米の広告会社の広告理論を見てきましたが、最近はあまり新しい広告理論は出てこなくなりました。そのかわり、出て来たのがメディアを含めた手法というか戦術の話ですね。ウェブの影響と、テレビの衰退が原因です。

 私の私見ですが、わりあい欧米、とりわけ第2次大戦の戦勝国は、独自の理論の優位性を言いがちで、日本やドイツ、イタリアは、広告でも、そういうひとつの理論を信奉することに慎重なような気がします。アメリカでも、ワイデン+ケネディやBBHといった新興の広告会社は、あまり独自の広告理論を言わなくなってきています。

 イタリアでは、広告会社ではないけれど、ベネトンなんかは、過激で独自性のある広告をつくってきましたが、彼らはその広告を方法論化しませんでした。あの一連の広告に対して反発したのが、独自の方法論を持つ欧米の広告会社のトップの方々だったりしますし、そのベネトンの広告を支持したのは、イタリアや日本でした。

 興味のある方は、ベネトンのクリエイティブ・ディレクターであるトスカーニの著書「広告は私たちに微笑みかける死体」を読んでみてください。ちょっと古いですが、今だに考えさせられる刺激的な本です。なんか、アフェリくさい終わり方になっちゃいましたが、このエントリを熱心に読む人は、きっとこの本を持っている知人が周りにいると思いますので、借りてでも読むといいよ。面白いから。ではでは。

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2008年7月25日 (金)

海原雄山に「つけ麺」を語ってほしかった。

 まったくもって納得できないけど嫌いではない、そんな食べ物に「つけ麺」があります。人気があるし、ファンも多いから、大反発くらうかもですが、だって、あれって、麺が冷たくて、つけ汁が熱いんですよ。ぬるくなるじゃないですか。それって、正直どうなん?

 あつもりがあるって?まあ、あつもりは理にかなってる。熱々の麺を、熱々のつけ汁で食べる。料理としては、ありの方向。でも、極太の中華麺のシコシコ感は冷たい麺が断然勝っていますよね。だから、納得できないけど、冷たい麺に熱々のつけ汁のもりそばを頼んでしまいます。

 麺を食べ終わったら、つけ汁をスープで割るじゃないですか。あれも、なんだか。日本そばのもりそばの、そば湯はまあわかる。そばの栄養分をみんないただこうという心意気があるし、そば自体、あっさりした食べ物だから、最後にそば湯は食べ物として完結しているような気がします。でも、つけ麺の最後のスープ割りは、本来最初に出てくるか、麺とともに食べる種類のものだと思うんですよね。最後に飲むにはこってりしてるし。でも、絶対割ってもらうけど。

 つけ麺という食べ物は、生まれ育った関西では当時はなくて、東京に来たとき、なんじゃこりゃな食べ物ナンバーツーでした。ナンバーワンは、もんじゃ焼き。あれも、食べ物として完成してないような気がするんですね。失敗したお好み焼きみたい。

 あれ、海原雄山はどう語るのだろうと思っていましたが、ついに語らずじまいで美味しんぼは休止してしまいました。山岡士郎がどう反論するのかが見たかったし、究極VS至高のつけ麺対決も見たかったなあ。冷やし中華対決はありましたけど、冷やし中華は冷たい麺に冷たいスープだから、料理としては理にかなってるし。

 すき焼きや鉄板焼きが牛肉をいちばんまずく食べる料理法だと言い切った美味しんぼには、つけ麺やもんじゃに切り込んでほしかったなあ。そんでもって、シャブスキー(魯山人風すき焼きを山岡士郎が庶民が気軽に食べられるように改良したもの)みたいな妙な料理法を推奨してほしかった。で、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないの、と突っ込む側に回りたかった。

 つけ麺もそうだし、もんじゃもそう。料理としての完成度に疑問がつくし、理屈として、それは正しいのか、と激しく思うんですよね。今だに。でも、その二つの料理の最大の欠点は、妙においしいことなんだよなあ。クセになるし。

 つけ麺なんかは、並ぶのが苦手な私が、中野の早稲田通り沿いにある「永楽」とか、並んで待ってでも食べたいと思うし、もんじゃはもんじゃで、今の季節、キンキンに冷えたビールで食べるといいんだよなあ。ベビースターとかも、ザクザク入れるし。なんなんだろうなあ。まったくもって納得できてないんだけどなあ。もっといい理屈があれば、素直にうまいっ!って言えるんだけどなあ。

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2008年7月24日 (木)

思いつきのクリエイティブ

 このところ、医療関連の話題を書くことが多いので、当然、看護を専門にする人のことを書くこともあるのですが、なんとなく看護婦っていう名称はなくなったということなので、看護士って書いていたんですが、これも間違いだったということに気付きました。

 正しくは、今まで女性を看護婦、男性を看護士と言っていたそうなのですが、これを男女ともに看護師というふうに統一したとのこと。知らなかった、というようり、ことえりではまだ変換されないようです。でも、ことえりのせいにしちゃいけないですね。いろいろなエントリで、看護士って書いているかもしれません。修正は折を見て。

 医療関係のニュースで、気になること。なんか各自治体で「小児医療無料化」が押し進められているようで、(参照:みんなの意見で社会が滅ぶ - レジデント初期研修用資料)、こういうこと書くと子どもを持つ親御さんからは反発はあるのだろうけど、何を考えているんだろうと思います。

 特に小児科が今疲弊していて問題になっているときに、なんでだろうと思います。何もこの時期に、と思います。最近、から明るい制度の深淵にグロテスクな発想を見ることが多いです。なんだろう、この感じ。私は、コンビニ医療という言葉と、そのリテラシーを市民にしいていく風潮を批判するエントリ(続・リテラシー考)を書きましたが、こんな制度を始められたら、コンビニ医療をやめようと問いかける人のがんばりだって、水の泡じゃないですか。これ一発で、ぜんぶ吹き飛びます。

 ほんとの意味でのマーケティングがないんです。マーケティングは、泥臭い過去を見て、今を見て、未来を見ること。その泥臭ささを引き受けて、見たくないものもぜんぶ見てクリエイティブをしなければ、絶対にうまくいくはずない。それがどんなに心地よくても、思いつきのクリエイティブほど、害を与えるものはないんですよ。これひとつで、何十年と築き上げたブランドが吹き飛ぶことだってあるんです。

 吹き飛んだあと、気付いても時すでに遅しです。医療行政も、少しは市場から消えていった幾多のブランドに学べばいいのに。失敗の事例は世の中に出ないから、学びようないかもしれないけど。

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2008年7月23日 (水)

原因はそんなに単純じゃなくてさ、

 ということなんでしょうね。最近、私が興味を持って考えている医療とか広告業界のことについても、調べれば調べるほど、考えれば考えるほどそう思います。昨日、母親の大阪郊外の病院への転院を済ませて、今、東京へ向かう新幹線の中で書いています。ちょっと企画書づくりが煮詰まって来たので、気分転換。

 仕事とかで時折起こる、現実のトラブルとかも、そうだし、原因はそんなに単純でもなくて、あいつが悪いだとか、俺は悪くない、だとかそんなきれいさっぱり割り切れるケースっていうのはほとんどなくて。じゃあ、みんなよかったかと言うと、そうでもなかったりするし、こういうトラブル処理は責任者というかリーダーが単純明快に解決したほうが、あとぐされがなく、よかったりもするし。

 そうそう。例えば、リーダーシップ論。単純明快に書けば、リーダーシップは大切。強いリーダーシップが強いチームを生む、というけど、それは俺、リーダーかもなという人にとっては、そういうリーダー論はそうだそうだ、異議なし、というふうになるけど、現場にとっては、強いリーダーシップが迷惑だったりもするのは事実。

 ここで、現場の意見としてよく見かけるものは、強いリーダーシップを持ちたがるけど、無能なリーダーは迷惑だよね、というものだけど、本当にそうなのか、と思います。本音は違うんじゃないか、と思うんですよね。現場にとっていちばん迷惑なのは、強いリーダーシップを持ちながら、チームみんなが気持ちよく働けるような空気をつくることができる、有能なリーダーなんじゃないの、って思います。

 リーダーシップは大切。リーダーは私を導くべき。でも、現実はリーダーは無責任で無能。ああ、大人って。そういう、単純明快な論理って、現実というか真実をちょっと裏切っていて、それはどんどん自分をスポイルしていくんじゃないかな、なんて思ったりします。本当に辛いのは、有能なリーダーのもとで気持ちよく働かされていて、その中で、無意味な自分を噛み締めることなんじゃないかな、と経験者は思ったりします。

 そこから抜けて、なんか自分の存在意義みたいなものを見つけていくのは、まあ、自己責任でやっていかないと駄目で。それはどんな時代でもそうだし、ある専門性を身につけるってそういうことだと思います。私は、自己責任というのは自己に向けてこそ成り立つ用語だと思っているので、こちらは反省なしです。読んでくれてるかな。とある悩める若い広告人よ。

 ちょっと話はずれてしまいましたが、医療について思うこと。原因は単純ではないな、と思うことばかりで、こんな制度化で、いろいろいらない苦労をさせられるものの、個々の人たちは一生懸命にやってくださるし、転院先で思ったのは、いままでの病院は総合病院だけど、本人たちが言っているように、長期に状態がこじれる場合は不慣れだったようにい思います。転院先は、堂々としていた。場数の問題もあるのかな。よくわからないけど。

 治療方針が、前の病院のやり方からガラッと変わったのが、ちょっと驚きだった。それと、患者側から見ても、すごく明快な説明をしてくれて、安心できるところは安心できるし、覚悟しなきゃいけないことは、覚悟しようと思えるような感じ。この先、どうなるかは今は言えないから、まだ結論は出せないけど。

 いまの苦労の原因は、多くは個々の病院というより、その先にある制度だろうというのははっきりしているけれど、その制度は、決定的な財源不足も、あえて厚労省の立場に立てばあるわけだし、その解決と、これからのよき医療のあり方を妥協的にどう制度にしていくのか、というのが政策であり、政治というものだろうなと思います。

 ものごとは、単純明快に割り切って考えると、すぱっと正しいように思えるけど、ものごとはそんなに単純ではなくて、というふうに、医療で言えば、地域とか、現実の生活とか、その制度の例外とか、そんなグラデーションをなるだけ多く取り込んで妥協的にひとつの制度をつくっていくほうがいいのではないかと、最近そんなふうに思います。

 現行の医療制度というのは、単純明快に、いままでの無駄が多すぎる医療受益を減らし、限りある医療資源を有効に使い、持続可能な医療を目指していくという正義に貫かれていて、その正義に対して、正義返しで対抗するというのは、結果的にはその正義を補強する結果につながるのかな、なんて今、考えています。現実のグラデーションを見つめて、そこに根拠を置く、みたいなことが、吉本隆明が言っていた「大衆の原像」の意味なのか。

 まあ、あと数年以内には、この医療制度は改善されるかな、という希望もあります。現実のグラデーションの中から問題が出てきすぎ。あとしばらくの我慢かな。

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ラジオと匿名

 朝日新聞夕刊の「ラジオの時代」という連載が、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」を取り上げていました。昨年5月に大型の編成替えがあって、平日1時からの2時間半の番組としてスタート。たしか、以前は「吉田照美のやる気MANMAN!」の枠でした。そこに大竹まことさんが登場し、吉田照美さんは朝枠に移動。で、今や、このゴールデンラジオ、関東地区の昼枠で聴取率トップだそうです。

 この連載の取材で、大竹まことさんはこんなふうにラジオを話していました。

「ラジオはいやなやつだと思ったら聴かないでしょ。このメディアには何かあるな、と思うよ。まだよくわからないけど、大事なのはマイノリティってことは確か。数字とってない番組のほうが大事かもね」
7月22日(火) 朝日新聞 夕刊 「ラジオの時代」より

 ラジオ、AMラジオは特にそういうメディアだと思うんですよね。私はよくラジオを聴きますが、ラジオって基本的には、今やチープメディア。このチープメディアっていうのは、勝手に私が名付けているだけの言葉なんですが、まあお金がかからないということ。マイクがあって、話し手がいて、それだけで成り立つんです。だから、ラジオほどパーソナリティが勝負のメディアもないような気がします。

 テレビみたいなリッチメディアは、やっぱり企画や演出が勝負だったりしますが、ラジオはその人となりが生に出てしまいます。ラジオは虚飾があまり通用しないし、ラジオの大竹さんは、テレビの毒舌イメージだけでないし、それではラジオでは通用しないとも言えるんですね。

 ラジオと言えば、電話やお手紙。今はメールかもしれませんが。匿名希望のなになにさんとして、たくさんの人たちが生で登場します。ここで言う生っていうのは、生放送の生ではなく、心が生なんですね。そんな生な心を持った人たちがいい感じでいるためには、その場がいい感じである必要があって、その場をつくっているのがひとりのパーソナリティだったりするところが、ラジオの面白いところだと思います。

 ラジオって、長年聴いているとわかりますが、どれだけいい匿名希望さんが集まってくるかが、その番組の質を決めるところがあるように思います。結構、そのパーソナリティを慕うリスナーさんが番組をつくっているところもあるんですね。そこが、テレビとの最大の違いです。

 AMラジオで名物の毒蝮三太夫さんのレポートも、そこに集う人があっての、あのどうしようもない毒舌ですしね。「ばばあ、まだ生きてるのか、図々しいな」ってねえ。そう言われると、おばちゃんが喜んで、そんでもって最後には「ばばあ、長生きするんだよ」なんて締めるんです。毒蝮さんのつくる空気のなせる技です。あれは、もう、AMラジオにおける伝統芸能なんでしょうね。

 爆笑問題がまだあまり人気のない若手コンビだった頃、毒蝮三太夫さんをモチーフにしたコントをやっていて、なんとなく今の時代を先取りしているみたいで、それが今も記憶に焼き付いています。

 田中さんが毒蝮さん役で、ラジオではなく、テレビのワイドショーのコーナーで下町中継を行っていて、スタジオには太田さんとアシスタント。で、田中さん演じる毒蝮さんがいつもの毒舌を放っていると、スタジオが渋い顔になっていって、そこでアシスタントが太田さんに紙を渡します。

 紙を読んだ太田さんは、下町中継の田中さんを止めて、匿名の視聴者から毒舌がひどすぎるという苦情が続々来ていることを伝えます。田中さんは、「何言ってるんだよ」と無視して続けるも、今度はアシスタントが「私も、実は、あまりにひどすぎると思ってました」と。太田サンは視聴者に詫び、田中さんは何も話せなくなってしまう、というもの。重い沈黙の中、コントは終わります。

 なんかいろいろ考えさせられますよね。

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2008年7月22日 (火)

外資系広告代理店の真実

 とまあ大げさなタイトルを付けましたが、外資系の本体、つまり、海の向こうの広告代理店の動向などを自分の知る限りで書いてみたいと思います。なんか最近、こういう自分の小さな知識みたいなことをエントリにまとめるのがマイブーム。って、言葉づかいがちと古いですね。この、ちと、と言うのもマイブーム。って、しつこいですね。すみません。本題、始めます。

 欧米の広告代理店の動向、こっちに入ってくるのはいい話ばっかり。クリエイティブエージェンシーの台頭だとか、あっちはアイデアで戦っているだとか。まあ、それも真実ではあります。ほんと、かつてのDDBなんかも、Saatch & Saatchなんかも、立ち上げて、あっという間にメガエージェンシー。最近では、Wieden+Kennedyだとか、Fallonだとか、BBHだとか。

 アイデア一発で大きなクライアントをつかんで、一世風靡。でも、時代の寵児になって、メガエージェンシーになって、何年かたって、組織の肥大化のつけが回って来て、ちょっと低迷。もうあそこは駄目だよなんて言われながらも、復活して、巨大代理店として安定することもあれば、どこかに吸収されて、その持ち株会社内で存続するか、名前がなくなってしまう代理店もあったり。そんなふうに、欧米の広告業界はめまぐるしく動いています。日本よりずっと自由な感じではあるとは言えますね。

 まあ、そんな広告代理店の表向きの動向は、AdvertigngAgeなんかを見ていればわかることだし、あまりこのブログに期待されていることでもないと思いますので、違うこと。欧米の広告代理店といえば、仕事がスマートで、アイデアで勝負してて、みたいなイメージありませんか。それはそうではあるんですが、これは二極化しているかも。

 私は、ときどき、本社では別の海外の代理店がやっている外資系企業の仕事を請け負うことがあるのですが、ブランドマニュアルがすごく分厚くて、広告のつくり方やデザインの仕方まで厳しく規定されていたりします。最近は、この傾向がますます強まっています。

 これ、どういう意味かといえば、クライアントを規則で縛り付けて、流出を防ぐということなんですよね。それと、新規獲得時のフィーをあげる目的も。マニュアル一式含む、みたいな。それはもう、マニュアルを読み込むと、新しい写真やら、そんな自由は一切認めない、というふうになってて、でも、そういう企業に限って、日本では本国の代理店を使いたがらないし、そのブランド管理もずぶずぶだし、日本市場用のフォトストックも持っていなかったりします。

 要は、マインドでブランドを共有化できないから、マニュアルで縛るんですね。それで安心するんです。代理店にとっては、このマニュアルがある限り、我が社に仕事が落ちるみたいなね。でも、そんなマニュアルひとつがつなぐ関係は長続きするはずもなく、すぐに担当広告代理店を決めるピッチ(競合プレ)が行われます。で、新しく決まった代理店は、そのマニュアル全否定。ブランド大刷新。多くの外資系企業が、日本でなかなかブランドをつくれないのは、そんなことにも起因しています。

 逆に、ブランドが強力な外資系企業は、ひとつの代理店と長く付き合っているところが多いですね。こういうパートナー関係が築ける形になれば、欧米の広告代理店はすごくいい仕事します。

 クリエイティブで生き残るタイプの代理店は、創業者の影響が薄くなる頃がひとつの契機で、そこから、たいがいは創業者の方法論の理論化がはじまり、そのメソッドが複雑化し、間に独自のブランド評価方法やリサーチが入ってきて、その理論の神格化みたいなものが始まって、現実に不都合が出ようと、絶対に我々が正しい、みたいなことになっていきます。そのプロセスは、まるでかつてのマルクス主義みたいです。

 それうちの会社じゃん、っていう外資系広告代理店に勤めている人も多いのではないでしょうか。私は、外資系広告代理店10年超え選手ですが、ここ最近は、そういう縛りがきつくなってきました。昔は、もっと緩かったような気がします。って、まだ10年ちょっとしか経ってないけど。海の向こうの広告代理店も、今、曲がり角に来ているのでしょうね。エージェンシー・オブ・ザ・イヤーが「消費者」という時代ですからね。

 日本の外資系広告代理店のビジネスモデルは、ひと昔前は、ワールドワイドブランドの日本展開によって食いぶちを稼いで、経営を安定的にして、その余力で国内クライアントに外資ならではの尖った広告を提供する、というものでした。私も、そんな尖ったクリエイティブに憧れて、この道に入った口ですが、それはどんどん崩れつつあります。

 アイデアというお題目も、なんだか息苦しく機能し始めているし、なんかね、アイデアがひとつの型を持ち始めているんですよね。世界を目にすれば、日本でマス広告という型が飽きられてきているように、アーカイブ(ドイツの広告専門誌。ここに掲載されることが世界のクリエーターの誇りみたいな雑誌です)に載っているような広告も、世界の消費者にあきられはじめているような気がします。その動きは、きっと世界同時な気がします。最近、海の向こうのクリエーターと話す機会がめっきり減りましたから、ほんとのところは何とも言えませんが。

 ま、曲がり角ってことで、なんとか次の展開を考えないとな、と思う今日この頃です。もう、マス広告とかウェブ広告とか、そういう狭い感じじゃなくて、コミュニケーションという大きなところで考えないといけないんだろうな、という気はしています。

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2008年7月21日 (月)

日曜劇場「Tomorrow -陽はまたのぼる-」にちょっと釣られてみる

 まあ、テレビドラマでもあるし、あれでいいのかもしれないけど、それにしてもなあ、と正直思いました。TBSのドラマ「Tomorrow」。このドラマは、医療問題という、オンタイムで複雑なテーマを選んでいて、そのテーマの複雑さのわりには、わりと単純な人間ドラマに仕立て上げられているというか、細部の仕立てがファンタジーというか、なんかテーマの生っぽさに比べ、内容が嘘っぽいんですよね。

赤字30億円、潰れかけの病院の再建に立ち向かう外科医と看護師のヒューマンドラマ!

 年金未払い問題、後期高齢者医療制度といった様々な問題を抱えている昨今、我々は自分の受ける医療に対し大きな不安を抱えている。しかし、そんな医療の現場も大きな悲鳴をあげている。

 現代において「潰れていく病院」は、医療ミスと並んで医療が抱える問題のひとつ。今、国の医療費削減による過酷な労働条件、少ない報酬、行き過ぎの医療裁判などが原因で、本当は患者が一番必要としている総合病院から医師がどんどん逃げ出している。今は “町から病院がなくなっていく時代” なのだ。とくに、市などの自治体が経営する自治体病院は大きなピンチを迎えている。

 そして今回、そんな医療が抱えている問題をテーマに、一人の外科医が潰れかけた病院の再建に立ち上がるヒューマンドラマを放送する。主人公の外科医役に 竹野内 豊、ヒロインの看護師役は 菅野美穂 が演じる。

TBS 日曜劇場『Tomorrow』

 潰れかけの市民病院があって、そこに凄腕女性外科医が派遣されてきて、その外科医は「命はお金で買うもの」と思っていて、この市民病院を「セレブ専用病院」に変えようとする。そういう彼女の方針に対して、元外科医で市役所職員、後にこの市民病院で外科医として復帰する主人公と、看護師役のヒロインが、真の医療のために反旗を翻す、という感じです。

 ところどころに、コンビニ受診の問題や医療費踏み倒しといった市民側の問題点や、主人公の過去の医療ミスによる患者死亡のもみ消しなどのシリアスな事柄が挿入されていきます。単なる勧善懲悪な感じでもなく、冷酷な女性外科医が、じつは医療人としても非常に優秀で、そういう「命はお金で救う」という考えに至る個人的理由があるような印象なんですね。

 で、私は、どこが嘘っぽいと感じたのか。まあ、細部ではいろいろあります。腎臓移植を行うために患者の息子の腎臓が必要で、息子が拒んでいるときに、看護師と医師が直接医療現場から飛び出して、大立ち回りで息子の説得をするとかは、今の人手不足の医療現場では、まああり得ないよなあ、とか、わざわざ患者の職場に主治医が出向いて、治療の説得を試みるとか、患者が治療をこばんでいるのが経済的問題でも制度の問題でもなく、個人的な親子のわだかまりだったり。医療問題のコアはそれとは関係ないのに。

 でも、それはファンタジーだからいいかな、と。所詮はテレビドラマはエンターテイメントだし、という見方もできるしね。菅野さんも、竹野内さんもいい感じだし、緒川さんもはまり役だし、それなりに面白いドラマだけどね。

 私が、嘘っぽいなあ、といちばん思ったのは、すべてのことを、個人のキャラクターに負わせちゃっている部分です。ここが、すごく嘘っぽくて問題。私は、いまおこっている医療問題は制度の問題だと思っていて、モラルの問題だとは思ってないんです。モラルでなんとかなる問題でもないし、個々の生き方を超えた問題のような気がするけどなあ。根性だけではどないもならんと思うんですよね。一看護師である菅野さんのがんばりだけではどないもならんですよ。

 これからきっと、医療がらみでいろいろな問題がでてくると思います。現実は、もっと不条理なドラマですよ。なんだかやになっちゃうなあというのが実感です。私の場合なんかは、それがゆるく出ているだけだけど、それでも、その状況に対して右往左往です。それに、この制度をよく見てみると、制度設計の帰結として、もっと不条理きわまりない状況は世の中にいくらでも生まれていると思います。

 制度という正義に対して、医療従事者の正義とか、市民の正義みたいなものを合わせ鏡にしてもしょうがないのではないかなと思います。無限ループになるだけです。もちろん、意味ないとは思いませんが。たぶん、この医療問題というのは、地域とか、現場とかの様々な状況を妥協的に取り込んでいかないと駄目なんだろうと思います。その日常のグラデーションを取り込んでないから、すぐ問題続出なんです。ようするに机上の理想で、線が細いんでしょうね。

 しかしまあ、なんでこの制度の動き出したタイミングで、うちの母、とは思います。タイミングが悪かったよな、ごめんな、と思います。さてと、明日の転院の準備しなきゃ。

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2008年7月20日 (日)

広告電通賞と鬼十則

 欧米の広告マンがよくする質問に、「広告電通賞というのは何のためにあるの?」というものがあります。電通という広告を生業とする一企業が制定する広告の賞でありながら、電通だけでなく、博報堂、ADKをはじめとする広告代理店が制作した広告作品が審査対象で、業界では日本で最も権威のある広告賞のひとつとして認識されている。そんな状況を、不思議に思うようです。社内賞みたいな感じなのに、なぜ、というわけですね。

 広告電通賞は、電通の第4代社長である吉田秀雄が、1947年の社長就任の年に制定した広告賞です。吉田は、広告業界で「広告の鬼」と言われる人で、現在の電通のみならず、日本の広告業界の近代化に多大な貢献をしました。彼が作った「鬼十則」はよく知られていますよね。

鬼十則
一、仕事は自ら「創る」べきで与えられるべきではない
二、仕事とは先手先手と、能動的に「働きかけ」ていくことで、受け身でやるものではない
三、「大きな仕事」と取り組め、小さな仕事は己を小さくする
四、「難しい仕事」を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある
五、一度取り組んだら「放すな」目的完遂までは殺されても放すな
六、周囲を「引きずり回せ」引きずるのと、引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきが生ずる
七、常に「計画」をして、長期に亘る計画を持っておれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる
八、自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらもない
九、頭は常に「フル回転」八方に気を配って、一分のスキもあってはならない。サービスとは、そのようなものである
十、「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練的な人間となる

 なんか、もし吉田が今生きていて、ブログをやっていて、こういうことを書いたとしたら、はてブがたくさん付きそうな感じですね。今風に言えば、ライフハックというのでしょうか。「仕事の鬼となるための10の方法」みたいな。読んでいただければわかるかと思いますが、これはいわゆる一般の経済人にも通じる普遍的な言葉です。つまり、これはいわゆる広告人に限定した言葉ではないとも言えます。吉田は、営業畑出身でした。

 これは、欧米の広告代理店の経営人が残した名言と比較するとかなり違いがはっきりします。吉田が電通社長に就任した1948年に、アメリカで広告代理店オグルビー社(現オグルビー&メイザー)を設立したデビッド・オグルビーの有名な言葉を引用してみます。「ある広告人の告白」の著者でもあります。

感覚的な主張は具体的な数字で置き換えなければならない。常識的な決まり文句より事実のほうが重要であり、中身のない文句は魅力的な言葉と差し替えなければならない。

製品を宣伝のヒーローにしよう。

デビッド・オグルビー[広告人]名著『ある広告人の告白』を遺した偉大な広告人 – ダイアモンドオンラインより

 オグルビーはコピーライター出身。畑の違いからくる差はありますが、同時期に生きた広告人の言葉として、日本では経済人としての普遍的な心構えであり、アメリカでは広告技術の方法論であることから、二つの広告業界の環境の違いを明確に物語っていると言えるでしょう。

 私は、オグルビーをはじめとする独自性の強い欧米の広告理論に魅かれる部分はありますが、この違いは、広告業界が何を目指していたかの違いであるように思います。欧米は、それぞれの広告代理店の差別化で、日本の場合は、広告の差別化、つまり、社会における広告の地位向上であったのです。

 吉田が尽力したものに、広告取引の近代化があります。また、それとともに特筆すべき実績は、誕生したばかりの民放の発展に主導的役割を果たしたこと。テレビの視聴率調査装置を完成させたのも吉田秀雄だということです。

 広告電通賞は、そんな広告の地位向上のために自らがつくった広告賞だったようです。優れた広告は、賞に値する文化なのだ、と経済界に認識してもらうための仕掛けだった、とも言えるかもしれません。とまあ、こんな感じで欧米の広告マンに説明してみるものの、「でも、それならなぜ、彼は賞に電通という名前を関したのだ?」と質問します。

 それは、まあ、文化に寄与するといっても、ビジネスでもあるし、みたいな本音の部分の表現でもあるだろうし、もうひとつ重要なファクターとしては、きっと広告制作が誰のものだったかという文化的背景があったのではないかな(参照:「広告代理店って、何の代理をしているのだろう。(2)」)、と思います。それに、敗戦からの復興という部分も。このへんの部分が複雑だから、「ニッポンノコウコクギョウカイワカリマセン」と言われてしまうところなんでしょうね。

 このエントリを書くにあたって、新しいことに気付きました。アメリカの広告業界も、ずっと15%のコミッションでやってきて、それを固定フィーにしたのはオグルビーなんですよね。1960年とのこと。明朗会計、予算削減になるということで、大変好意を持って迎えられたそうです。この固定フィー制で、オグルビー社は大躍進します。

 この固定というところが肝。つまりは、理屈としてはコストセーブなんですね。それは今も昔も、やっぱり変わらないようです。簡単な話、コストが下がるフィー制導入はよろこばれるけれど、コストが上がるフィー制導入は嫌がられる。まあ、当たり前の話ではありますけど。いろいろこのあたりの話は、難しいですね。

 なんか、日本でなぜフィー制が挫折するかの原因らしきもののひとつがわかってきたような気もしますが、ちょっと今は怖くて言えません。今言えることは、根深い文化的背景を考えずに、そのままグローバルスタンダードだと言って、欧米の商習慣をそのまま導入するのはこの先も厳しいのだろうな、ということですね。それに、欧米の商習慣もこの数年で変化しそうな気もします。その変化を起こすきっかけになるのは、きっとGoogleとかのウェブ広告関係なのでしょう。なんとなく。

 追記:もしあなたが欧米の広告マンに「広告電通賞って何?」と聞かれたら、「カンヌ広告賞に、サーチ&サーチ ディレクターズショーケースというのがあるよね。それと同じだよ。」と答えると納得してもらえます。

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安もんの舌

 我ながら安もんの舌を持ってるなあ、とじみじみ思います。今日も、今日も「餃子の王将」で220円の餃子を食べて、旨いなあ、旨いなあ、と思っている自分が、なんだかなあと思いました。たまに付き合いとかで1000円以上もする餃子を食べることがあるけど、王将のほうがうまいような気がするものなあ。この味覚、どうなんでしょうね。

 私の中では、餃子は王将というふうに刷り込まれていて、なんか理性とかそういうものを拒絶する感じがありますね。そういう食べ物は、他にもあります。なんとなく、そんな定番の食べ物をリストアップしてみようかな、なんて思いました。なんでかな。今日はそんな気分。

●醤油はキッコーマン。スーパーマーケットで料亭で使うような高級醤油を買ったことがありますけど、なんか、あれっ、という感じなんですよね。ヤマサとかも、うまいまずいとは関係ないけど、あっ、違うと思ってしまいます。

●マヨネーズは、キューピー。味の素もいいけど、なんかキューピーがしっくりきます。キューピーを基準として、すっぱい、甘いという感じ。

●お茶漬けは、永谷園。 これはもう、他の追随を許さない、という感じです。鮭とか梅とかもあるけど、ベーシックなお茶漬けが好き。すべて海苔は入っているけど、海苔茶漬と書いてあるあつ。お茶ではなく、お湯をかけて。大人のお茶漬けとか、他社の高級バージョンもなんか違うなあ、と思ってしまいます。

●カップ麺は、カップヌードル。 いろいろ浮気をしてみるものの、やっぱりここに戻って来てしまいます。カップスターは、近い味だけど、なんか貧弱な感じがします。私は、食べたその日から味のとりこにはなりませんでした。まあ、ひとそれぞれでしょうが。

●缶コーヒーは、モーニングショット。 コーヒー感と甘さのバランスがいいです。日常では、缶コーヒーは砂糖補給という役割。考え疲れたとき、いいんですよね。コーヒーそのものを味わいたいときは、やっぱりレギュラー。レギュラーはこだわりはないです。うまいまずいくらいはわかるけど。

●パスタは、マ・マー。 違いがわかりにくそうな感じもしますが、なんか安心できるんです。マ・マーの場合、パスタというより、スパゲッティと呼ぶのが自然かな。でもまあ、パスタは他のものでも違和感があまりないな。本場ものでもあまり違いがわからないです。(投稿時、マミーと書いてしまいましたが、マ・マーでした。修正しました。中黒がポイントです。)

●鍋焼きうどんは、キンレイ。 冷凍のやつ、めちゃうまですよね。冷凍じゃないものは、いまいちかも。名古屋の人はすがきやになるのかな。

 思いつくもの、案外少なかったですが、こういう日常食べるものって、一回気に入るとなかなか変えられなくなりますね。コカコーラの原液が門外不出と言われるのも、こういうことなんでしょうね。

 逆に、あんまりこだわらないのは、ソースとか、ケチャップとか。どこでもいいやという感じで、そのもの自体にあまり愛着を持っていないような。目玉焼きに醤油派ですし、カレーにも醤油な人間ですから。外食のラーメンなんかは、強いこだわりはないです。でも、中野の「平凡」が新装開店して、前と味が変わっていたのはちょっとショックでした。

 明日はまた大阪なんですが、朝早く新幹線に乗るので、崎陽軒のシウマイ弁当はおあずけかな。新大阪駅で水了軒の「汽車弁当」でも買って帰って、おやじと食べます。火曜日の母の転院がちょっと不安。ではでは。

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2008年7月19日 (土)

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)

 新聞に始まり、ラジオ、テレビといったメディアに積極的にかかわってきた日本の広告代理店は、その論理的帰結として、一業種一社制は採用しづらく、むしろ、特定業種に強いという構造を持ち、媒体コミッションを主たる収入源としてきました。いわゆる手数料ビジネスというビジネスモデルです。

 一業種一社制を取らないことで起こる問題は、これまでは、思たる制作の舞台が企業宣伝部、制作会社、そして、フリークリエイターであったことで、あまり顕在化することはありませんでした。またここで重要なのは、それぞれの制作者は、企業と直接やりとりをしていました。つまり、戦略、企画、制作のプロセスが、広告代理店内部で重複しにくかったことを意味します。

 これが、おおよそ1980年代までの現状だったのではないかと考えます。また、日本経済の成長がその問題を隠していたのかもしれません。今までの展開については、()と()をご参照ください。

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広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)

■ 広告代理店クリエイティブの時代

 1990年代の終わり頃、私は、とある広告制作会社のコピーライターとして、とある百貨店の新聞広告を担当していました。営業担当は大手代理店。大手代理店の営業担当と、制作会社の制作(CD/AD/C)というチーム編成です。業界で営直(営業直)と呼ばれる形態です。

 当時、その百貨店では、媒体ごとに担当代理店を振り分けていました。朝日、読売、毎日、産経は代理店A、日経新聞が代理店B。私は、その代理店Bのチームに所属していました。宣伝部の担当の方とも仲良くしていただいて、深夜、商品撮影の合間の時間におしゃべりをしていたとき、その宣伝部の方が言った言葉が、今も印象に残っています。

 「これからは、代理店の時代だからね。広告は、代理店のものになるから、本気で広告をやりたかったら、あなたも代理店に行ったほうがいいよ。」

 例外は数多くあるものの、世の中の形勢としては、その人の言ったとおりになりました。世の中は、広告代理店が媒体、戦略、企画、表現のすべてを担うようになりました。フルサービスというやつです。私は、とある外資系広告代理店に所属するようになりました。そんな時代の変化の中で、外資系を中心に「ブランド」が叫ばれるようになり、ここではじめて媒体依存で一業種一社をとれない日本の広告代理店の問題が顕在化していきます。

■ 日本の広告代理店が代理してきたもの

 こうして見てくると、一業種一社、メディアの分離、コミッション制からフィー制への移行という、グローバルスタンダードを旗印にしたお題目が、それほど単純なものではないことに気付きます。

 日本の広告代理店が代理してきたもの。それは、良質な広告媒体づくりを含めた、いわば広告環境の提供だったのではないでしょうか。それは、味方を変えれば、日本に特有の優れたシステムであったような気がします。私は、外資系広告代理店なので、どちらかと言えばグローバルスタンダードの側に位置するのですが。

 外資系広告代理店が、日本市場で苦戦しているのも、こうした根深い理由がある気がします。また、私の職業である制作について言えば、現在、代理店の時代から、欧米のクリエイティブエージェンシー、あるいはブティックの潮流に呼応するように、クリエイティブエージェンシー時代が来たかに見えました。

 しかし、欧米と決定的に違うのは、大手代理店から独立したクリエイティブエージェンシーの主たる仕入れ先が、古巣の大手代理店であることです。これは、欧米ではそうではありません。むしろ、大手代理店からの受注は独立の失敗を意味します。けれどもそれは、日本の後進性というよりも、むしろ、日本の広告代理店が代理する広告の意味の違いに起因しているように思います。もちろん、その村感というか、閉鎖性は困ったもんだとは思うけれど。

 欧米型のブランドプランニングとメディアバイイングの分離だとか、一業種一社だとか、そういう欧米のスタイルが、これまで先進的だと言われてきました。しかし、その欧米の広告業界のスタイルが、一気にオールドスタイルに見えてくる場所がひとつあります。

 それは、Googleを広告代理店、あるいは広告会社と見る場所です。それは、今、私たちが立っている場所のような気がします。その場所から見えるのは、媒体開発こそが広告代理の広告そのものであるという考え方です。それは、日本の広告代理店が先取りしてやってきたことなのではないか。そんなふうに私には思えるのです。

■Googleのビジネスモデルと日本の広告代理店

 Googleの広告事業を見ていると、あっ、そうかと気付かされることがあります。それは、構造を取り出してみると、電通をはじめとする日本の広告代理店がやってきたことと同じなのではないか、ということです。大きな代理店だけの話ではなく、アニメコンテンツをつくってきた、音楽コンテンツをつくってきた、そんな大小様々な広告代理店の行動の構造と同じではないか、ということです。

 もちろん、媒体と広告システムまで自社で開発してきて、独占的に使い、卸してたりしているGoogleと、媒体社と共同で、もしくはその業務の一部を代行する形で開発してきた日本の広告代理店では、違いがあります。けれども、Googleという企業が考える広告業の方法論と、日本の広告代理店がやってきた方法論は似ているような気がするのです。

■欧米は先進的?日本は後進的?

 欧米=先進的、日本=後進的。こういう単純なものの見方は、そろそろやめたほうがいいのかもしれません。その見方では、先進的になれない理由を、理想はそうだけど現実はそうじゃないし、とする二枚舌的な解決にしかならない気がします。そうではなく、先進、後進という先入観を排してものごとを見ていかなければ、なにか大切なものを見落としてしまう気がします。これは自分の反省として、そう思います。新しいビジネスモデルは、そこからは見えてこない気がします。

 日本でも、博報堂DYグループをはじめとして、メディアとブランドマネジメントを分離する動きが出て来ています。しかしながら、きっと、それはメディアエッジのような、媒体がすでにインフラとしてあることを前提とし、そのメディアプランニングフィー(調査、シミュレーション、戦略構築)で稼ぐという形態で進化することはないような気がします。もちろん、それはそれとして進化するでしょうが、きっと、その目指すものの本筋は、媒体、つまり環境の開発なのでしょう。そうなれば、それが自社媒体でなければ、マージンか、コミッション以外にないような気がします。

 この先、欧米の広告業界を含めて、広告業界はどうなっていくのか。ここ5年くらいは、いろいろと混乱と葛藤があるだろうと思います。また、私自身、その環境の中で生きる職業人として、どういう行動を取るのだろうか。それを、私は、マス広告の終焉とウェブの台頭、グローバルスタンダードという軸だけでなく、いろいろな角度から考えていきたいと思います。
 

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)

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広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)

 前回のエントリ(参照)では、日本の広告代理店の歴史を参照し、そのルーツから、日本の広告業が媒体と不可分であるという仮説を立てました。例えば、アニメ番組の開発は、広告会社にとっては、子どもが使う玩具やゲーム、文房具などのメーカーに、ターゲットが絞られた良質な広告媒体を提供するという意味があります。

 また、その広告代理店の媒体との関わりは、新聞、テレビ、ラジオだけではなく、新しい広告媒体の開発にも及びます。オリコムは、交通広告に強い広告代理店として知られていますが、1922年(大正11年)に日本で初めて新聞折込広告を事業化した会社なのですね。社名も、折込広告社からオリコミになり、1993年(平成5年)に現在のオリコムに変わります。

 新聞折込広告は、じつはターゲットセグメントにきわめて優れた広告媒体です。しかも、新聞に折り込まれるということで、ある程度の広告の品質保証がなされるので、高級外車などの高額商品の広告にも使われています。(ちなみに、この折込広告の優れたシステムを支えるのが、全国に張り巡らされた新聞販売店による新聞宅配システムです。新聞の危機は、すなわち、新聞折込広告という広告媒体の危機でもあります。これについては別エントリであらためて書きます。)

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広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)

■ 媒体コミッションの本音

 企業の宣伝部や広告代理店で長年働いてきた方はご存知だと思いますが、これまで、広告代理店のコミッションは17.65%とされてきました。えっ、高いな、と思われる方も多いかと思います。業界再編と生き残りのための価格競争で、現在は、このフルコミッションで成り立っているのは稀だと思います。かなり下がってきています。

 よく知られることですが、これまでの広告代理店の商売の日常では、クリエイティブ制作費やマーケティングもサービスとして、このコミッションからまかなわれることも多く、かなり大らかな慣習で業務が行われていました。以前、「お金の話をします。」というエントリに書きましたが、このグロスでサービスという慣習だけが残り、コミッションが下がったことで、今、広告制作業界が疲弊しつつあります。

 このコミッションは、どういうことを意味してきたのでしょうか。少なくとも、当の広告代理店にとって、どのような本音を持って、正当化されてきたのでしょうか。仮説ですが、それは、媒体の開発費に広告代理店自身がかかわり投資してきた、ということなのではないか。そんなふうに思えます。企画費、制作費よりも、この媒体コミッションこそが、広告代理店のサービスの本質であるとの自負心がなければ、やはりこのコミッション17.65%は説明がつかないような気がします。

■ なぜ日本では一業種一社制が成り立ちにくいのか

 アニメ番組を例にとります。とある玩具メーカーの広告のために、テレビ局とともに広告代理店が良質のアニメ番組をプロデュースします。すると、そこには、本業とは直接関係ないアニメ番組制作のノウハウが蓄積されます。そのノウハウによって、その広告代理店は、別のアニメ番組を制作することができます。また、別のテレビ局からの引き合いがあるかもしれません。そうしてできた複数の良質な広告媒体を、ひとつの玩具メーカーだけに提供しつづけることは可能でしょうか。

 答えは、限りなくいいえでしょう。つまり、媒体開発を広告代理店の本質的な機能として定義する限り、一業種一社制は限りなく不可能に近いのです。欧米では、一業種一社制が原則的に守られています。それは、欧米の広告代理店が媒体との距離を置き、企画、戦略に重きを置いているからです。

 日本の場合、広告代理店の生業を媒体開発をしてきたという自負を根拠とする媒体コミッションとする限り、一業種一社というよりも、一業種に絞って、そこで多くの企業を請け負うほうがビジネスモデルとして理にかなっています。

 これは、制作という視点では、かなり矛盾をはらんできます。多くの広告代理店では、同じ社屋の中で、制作チームのフロアを別にしたり、個別に厳しい秘密保持契約をするなりの対応をしています。けれども、歴史的に見れば、あまり問題が発生しなかったのも事実です。

■広告は誰がつくってきたのか

 なぜ問題があまり発生しなかったのか。それは、広告制作の主な舞台が、かつては広告代理店ではなかったからです。かつて、広告制作の舞台は、まず企業にありました。企業の宣伝部ですね。高島屋、三越、松下電器、サントリー、資生堂、花王。数えきれないほどの名門宣伝部が存在し、そこには制作部がきちんとあり、デザイナーはポスターカラーを練り、コピーライターがエンピツで原稿用紙にコピーを書いていました。

 そして、しばらくして、ライトパブリシティ、日本デザインセンターなどの広告制作会社の時代がきます。かつてのマディソンスクエアの名門広告代理店を取材し、日本に欧米の最新広告理論を伝えてきた西尾忠久さん(参照)の経歴が、それを物語っています。西尾さんは、三洋電機宣伝部、日本デザインセンターを経て1964年アド・エンジニアーズ・オブ・トーキョーを設立。まさに、宣伝部から、制作会社の流れです。

 つまり、欧米の広告代理店の興隆に注目し、日本に伝えたのは、広告代理店マンではなく、宣伝部から名門制作会社に移り、自らが制作会社を設立したクリエイターだったのです。やがて、フリーランスの時代を迎えます。そこからは、コピーライターブームもあって、多くのスタークリエイターを生み出しました。

 大手代理店のある先輩クリエイターが、こんな話をしていました。例えば、自動車の広告がある。メインの新聞広告やテレビCMはフリーの先生がつくる。代理店の制作である私は、そんな中、どうしても急ぎで作らないといけない仕事や、おつきあい媒体の小さな仕事で、腕を競ったものだ、と。ほんの30年ほど前の話です。
 

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)へ続きます。
広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)

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2008年7月18日 (金)

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)

 上部構造は下部構造が決定するといいます。私は、広告制作を行う広告制作者ですが、その私が持たされている気分は、きっと私というひとりの制作者固有のものだけではなく、たぶんに、広告業界や社会、経済の状況なんかも影響しているのだろうと思います。

 広告はこうあるべき、とか、広告を制作者の手に、とか、そういう思いを表明するのはたやすいです。例えば、私は、現在、媒体コミッション制からフィー制への移行がすすめばいいな、と考えています。これは、一介の社員の立場ではどうすることもできないものの、多くの企業や広告人が、フィー制というシステムを目指しては挫折し、いまだ広く普及されないのにはきちんとした理由があるかもしれません。

 よく言われる代表的な理由として、日本の広告業界は保守的で進化してないからね、といわれるものがあります。しかし、それは本当なのでしょうか。欧米が進歩的で、日本が後進的。いまだにそうした考え方にあるのは、すこしおかしいのではないでしょうか。フィー制を阻んでいる理由は、もしかすると別の角度では評価できることなのかもしれない。それを見極めるために、時間を見て、さまざまな切り口で根本の部分からじっくりと考えてみようかな、と思いました。

 こうした意図で書くエントリを「広告のしくみ」というカテゴリーに保存しておこうと思います。今回は「広告代理店って、何を代理しているのだろう。」と題して、日本の広告代理店というシステムについて考えてみました。もしかすると情報の整理の域を出ないかもしれませんが、時間を見て、こつこつと重ねていきます。よろしくお願いします。

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広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)

■広告代理店の「代理」が意味すること

 最近は広告会社という言い方が一般的になってきましたが、まだまだ広告代理店という言い方は健在です。この言葉は、通常は、媒体の扱いがある広告関連会社のことを広告代理店といい、制作機能をほとんど持たない広告関連会社も、広告代理店と呼ばれることがあります。広告の制作のみを行う広告関連会社は広告制作会社もしくは広告プロダクションと区別して呼ばれます。

 もともとこの言葉は、英語のAdvertising Agencyの日本語訳でもあり、実際に、日本でも東急エージェンシー、京王エージェンシー、読売エージェンシーなどの社名に見ることができます。しかし、欧米では、Agencyという言葉は社名に使われることはほとんどありません。マッキャンエリクソン、BBDO、TBWA、サーチ&サーチ、ヤング&ルビカム、J.W.トンプソン、レオバーネット、オグルビー&メイザー、ワイデン+ケネディ、ファロンなど、創業者の名前が冠されることが一般的です。

 Agencyという言葉は、「代理業、代理店」を意味します。モデル業務をモデルに成り代わるのがモデル・エージェンシーであり、保険業務を保険会社に成り代わるのが保険エージェンシーです。そういう意味では、広告代理店=Advertising Agencyという名称は、文字通り広告業務を代理する会社であると考えられます。しかし、日本において、代理店と制作会社が明確に区別して意識されるのは、その広告というものが、新聞広告、テレビCM、ウェブ広告のコンテンツそのものとして意識されていないことが読み取れると思います。つまり、日本における、この広告代理店という名称が意味する広告とは、媒体のことなんですね。

■日本の広告代理店の成り立ち

 1888年(明治21年)創業で、現存する日本最古の広告代理店である廣告社は、毎日新聞(旧東京横浜毎日新聞)の広告取次業として創業します。電通は、もともとは通信事業を行う電報通信社と広告取次ぎ事業を行う日本広告が始まり。国策によって、通信事業を同盟通信社(現時事通信・共同通信)に譲渡し、広告取次専業となります。博報堂は、教育雑誌の広告取次店博報堂を始まりに、新聞雑誌広告取次業博報堂、内外通信社、内外通信社広告部博報堂へと名称が変わり、現在の博報堂になります。

 つまり、多くの広告代理店は、広告取次、もしくは通信社の広告取次部門として、そのルーツを持ちます。なぜ広告取次を通信社が扱っているかは、はっきりしたことはわかりませんが、ニュースを配信することと同様に、広告というニュースを配信するという、通信社業務の延長として考えられたからなのではないかと思います。その視点で考えると、その取次という業務には、ニュースを取材するという機能と同じように、広告を制作するという機能が含まれていることになります。

 また、媒体社の広告業務部門を担う事業をルーツに持つ広告代理店も多くあります。朝日新聞社のグループ企業である朝日広告社。東急グループであり、東急電鉄の交通広告媒体に強みを持つ、東急エージェンシー。西鉄グループの西鉄エージェンシー。比較的新しい会社では、JR東日本グループのジェイアール東日本企画、JR東海グループのジェイアール東海エージェンシー、JR西日本グループのジェイアール西日本コミュニケーションズ。

 ここで重要なのは、新しくできて、成功を収めている会社は、媒体社系列が多いということです。ネット系広告代理店にも同じことが言えます。成功を収めているネット系広告代理店は、何よりもまず自らが媒体社でもあることが多く、もしくは何かしらの大きな媒体と深い関係があるか、どちらかだと思います。

■媒体と不可分の日本の広告業

 日本の広告業は、その成り立ちから、媒体社との連携において発展してきました。それは、そのシステムは、広告媒体の開発という、本来は媒体社の領域の業務を「代理」してきたという側面があるのかもしれません。

 戦後、様々な広告代理店が淘汰されるなか、現在の地位を決定したのは、ラジオ、テレビへの対応だったということです。それは、ラジオCM、テレビCMという広告コンテンツを制作する体制ということではなく、ラジオ、テレビの番組開発から広告媒体開発まで、ラジオ局、テレビ局とともに広告代理店がかかわるということを意味しています。

 これは、業種が変われば、きわめて当たり前の話ではありますが、ADK、読売広告社は、アニメ制作が成長のトリガーでした。つまり、高付加価値の広告媒体をつくるために、番組制作からかかわる、という部分にこそ、日本の広告代理店の本質的な業務があったのだということもできるかもしれません。
 

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)へ続きます。

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(3)

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2008年7月17日 (木)

詩人の言葉

 どうにも眠れない。明日、早いのに。言葉について考える。どれだけ論じきれたか、を目指す言葉は、つまりは結果。その論の運用において、どれだけ成功したか、あるいは、しそうか、で決まる。

 それは、つまりは、仮定された0地点から、その上を目指す言葉。優劣を競う言葉。ここに書いてきた言葉の多くは、こういう言葉だと思う。それは、仮定された0地点からしか発することができない言葉でもある。

 けれども、0地点は、仮定にすぎない。0地点などない。仮定するだけだ。仮定できなければ、書けなくなる。詩人の言葉は、違う。0地点を仮定しない、今を切り取る。幸福を切り取る。不幸を切り取る。今を定着させる。

 私がジャズに魅かれるのは、今を、瞬間を、世界に定着させる運動だから。幸福を切り取る。不幸を切り取る。それは、今という瞬間を定着させる意味において、幸福、不幸が、等価になる地平を目指している。

 そういう詩人の地平から、論じるという行為を見ると、それは、今の世界そのものを定着させる行為になるのではないか。論じるという本来的な意味は、つまり、詩人の言葉と同じなのではないか。そんなことを考えた。

 瞬間は過ぎ去り、過去になる。しかし、その瞬間を、切り取り、定着させようとする。言葉で、音で、色で、形で。なぜなんだろうか。理由はなんですか。毎日書く、ということは、その理由をさがすことかもしれない。

 それは、日々細胞が生まれ変わり、過去と、現在の構成要素が違うにも関わらず同一性を保つ、生命のように、日々違う思いの、どうしようもない同一性が、私なのだろう。その同一性は、きっと変えようがない。

 世界でたったひとつの、といった流行歌があったけれど、そのたったひとつの私、というものは、じつはそんな同一性なのだろう。それを誇るとか、嫌悪するとか、そんな解釈を拒む、どうしようもない同一性。

 外が明るくなってきた。明日の朝、仕事で人に会う。そのときの私は、夜更かしで眠い私だろう。それを隠そうと繕う私だろう。想像できるのは、その程度。その先は、わからない。そろそろ寝ます。おやすみなさい。

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いかんですね。

 どうにもこうにも、あまりに多くの案件を請け負いすぎたのがよくないようで。ひとつひとつのチームのスタッフがそれぞれ違っていて、そのスタッフとかかわる時間も当然短くなります。お得意さんもそれぞれ違うし、同じお得意さんの中でも、小規模な案件だと、責任者が違ったりもします。責任者が違うと、いろいろと政治のようなものもあって、最高責任者のことを内心おもしろくなく思っている人なんかは、露骨に最高責任者の考えを否定するとこを言ったりします。

 こちらとしては、最高責任者の考えは、これまでのディスカッションで一緒につくってきたものだったりするので、非常に困るわけです。でも、お得意さんの領域に踏み込んで、それ違うでしょ、なんて言えるわけもなく、せめてもの意思表示が不機嫌顔だったりするわけです。

 こういう感情のわびさびも、同じスタッフと長くやっていれば、あっ、不機嫌だ、なんてあうんの呼吸で察してくれるのですが、いろいろな人とやっていると、そうもいかず、それがまたストレスになったりもします。また、それぞれの案件でスタッフをわけていると、どうしても私がコミットできる時間が少なくなって、そのぶん、みんなが思い思いの方向に動き出して収集がつかなくなることになり、どうしても強権発動の必要性に迫られることも多くなるんですね。それもまた不機嫌のもと。

 でも、ここ最近の広告業界全体の不振で、受け持つ案件を減らすわけにもいかず、どれひとつとして失敗は許されないので、ますます状況は悪くなるばかり。反射神経で仕事をせざるを得なく、反射神経が必要な仕事の場合、結局、経験とかスキルがものをいってくるので、若手をじっくり育てる余裕もなくなり、できなければ心理的なプレッシャーさえかけることなくほっておくしかなくなります。

 ほっておいた若手は、簡単な誰にもできる仕事をじっくりするようになって、そのじっくり感というのは、学級会的なじっくりさでもあって、それなりに心地よくもあり、よっぽどの危機感を自ら持つような感じの人でなければ、そのぬるま湯環境で満足してしまうんです。一方で、どんどん自分の領域を増やしていくたくましい若手もいるにはいて、そういう人と差がつくばかり。

 こちらも、未熟な若手に、以前のように手取り足取りができないから、わかっているけど、ほっておくしかないんですね。そういうとき、嫌な言葉だけど、そのあとどうなっても自己責任だしなあ、なんてとんでもない言い訳してしまうんです。このままじゃ、君、会社から放り出されたら食っていけないよ、なんて。これは、ほんと反省。

 こういうネガティブ・スパイラル、どこにでもあるんでしょうね。今、どこも調子が悪いから。でも、こういう会社の中で育てられるという感覚、私にはいまいちわかってないのかもしれません。今まで、けっこう会社を変わってきたから。なんか、人に教えられるというより、次のステージに行きたいから、自分で勝手にがんばってきた、という感じだから。

 クリエイティブに限った話かもしれませんが、大手は新卒が多いからそうでもないだろうけど、ADK以下くらいの広告会社は、みんなそういう感覚だと思うんですよね。どこかで、仕事なんてものは教わるもんじゃない、みたいな。それに大手の恵まれたやつなんかに負けてたまるか、みたいな。プロレスは負けるけど、セメントだったら絶対負けない、みたいな。

 ほんと、会社からミッションをたくさん押し付けられる中間管理職という立場からは、いろいろなことが見えてくるなあ。このままじゃ、ちとやばいかもなあ。大手の広告屋さんでさえ、こういう話が出てくるものなあ。みんな必死。必死、必死、必死でもがきながら、人生余裕が大切、なんて広告つくってるんだものなあ。なんか、ブログタイトルどおりの愚痴っぽい文章になっちゃったなあ。ちょっと、仲間とホッピーでも飲みにいくかなあ。ホッピーっていいよね。あの中身(焼酎だけ)おかわりってのがいい。せこくて、ナイス。

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2008年7月16日 (水)

知らないことばっかりです。

●髪を三つ編みにする、おさげという髪型がありますよね。おさげは涼しくていい、という話を聞きました。おさげって涼しいのか。よく考えてみれば、おさげは涼しそうだけど。

●デジタルパーマ14700円から、という電飾を見ました。デジタルパーマって何?と思って調べてみました。形状記憶パーマということらしい。ホットパーマと同じようなものらしいけど、熱の制御が細かくできるらしく、じつは登録商標で、デジタルフリーという機械を使うパーマのことだそうですが、実際は、ほかの機械を使っているものでもデジタルパーマと言うらしい。

●水キムチという食べ物は、5年くらい前にはじめて食べました。酢もつは5ヶ月くらい前。オクラをスーパーで買って来て自分で刻んで食べたのも一昨日はじめて。どれもなかなかいけますね。

●自動車を運転しないので、東京の地理がいまだによくわかりません。もともと方向音痴だし。四谷と赤坂が近かったり、新橋って海に近いんだよな、としみじみしたり。

●吉田戦車さんが「伝染るんです」で、ラーメンをフーフーと冷ますのをヘーへーにすると冷めないよ、と書いていました。確かに。どん兵衛のおあげでいなり寿司をつくると不味いと書いていました。確かに。

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2008年7月15日 (火)

じゃあ、それ絶対だと言える?

 今、新幹線の中。まもなく名古屋です。名古屋を出ますと新横浜に着くとのことなので、それまでに書ききればいいなあ、なんて思ってます。休日と有給休暇中は、いろいろと忙しかったので、あまり手広く考える暇がなかったけど、まあ、それなりにぼんやりといろんなこと考えているわけで(もちろん仕事のこともね)、それを書いてみようかな、なんて思っています。

 このところ、お医者さんの先生のブログをよく読んでいます。その中で、へへえ、おもしろいなあと思うエントリがありました。なんとなく有名ブログだから、紹介ということでもないし、発掘感がないけれど、まあおもしろいんだからしょうがないか。って、しょうがないとかそんな問題でもないけど。

 そのエントリでは、今、社会は医師に対して「大丈夫」という言葉を過剰に求めていて、その責任も過剰に追わされて、その状況にあることに意識的な先生、このエントリの言葉を借りると「ものがよく見えてる先生」は、「大丈夫」を安売りできる分野に逃げ込んでいる、ということが書いてありました。

地域の基幹病院から呼吸器内科の先生がいなくなって、今本当に困ってる。

肺気腫の人とか、喘息の人とか、うちにかかったこともないような人が、「専門的なご加療をよろしくお願いします」なんて紹介状持って、うちみたいな施設に運ばれてくる。相手は呼吸器専門の開業医で、自分たちはただの一般内科なのに。

やっぱりずるいと思う。やろうと思えば仕事できるのに。無能のふりして「大丈夫」大安売りして、明らかに格下の医者相手に「専門的なご加療を」とか、思ってもいないこと口にして、自ら設定した範囲を超えた「大丈夫」のツケを回して、自分はまた別の元気な人つかまえて、また「大丈夫」を売り歩いてる。

「大丈夫」の排出権取引をやらせてほしい - レジデント初期研修用資料

 ああ、なるほどなあ。そんな感じだろうな、と思います。でもって、なんとなく、私自身、どうやら先生やケースワーカーさんに「大丈夫」を求める患者家族と思われているふしが、どうにもあるので、なんとも複雑なんですが。いつも、先方が過敏に反応してきたな、と感じたら「いえいえ、そういうことではなくて」という言い訳をこちらがしなくちゃいけなくて、しんどいなあ。ただ質問しているだけなのに、とこちらは思うのですが「大丈夫」を求めていると思うんだろうな。「もう治りませんから」と言われたわけだから、それは理解してますってば。でも、しょうがないんだろうな、そういう空気の中で息を吸っているんだから。

 まあ、そんな愚痴はともかく、この話、最近の仕事でもよく見かける光景ではあるなあ、と思いました。こちらの広告の仕事は、命がかかっていないので気楽と言えば、まだ気楽だけど。

 最近の傾向かもしれませんが、コミュニケーションプランナーという言葉が一人歩きして、自称広告プランナーが増えてきたような気がします。垣根を超える、という概念も流行っていますし、いろんな分野で、自称広告プランナーだらけなんですね。で、たいがいは、そのプランニングというのは、戦略とかではなく、いきなりエクスキューション(表現)だったりするわけで。

 そんな自称広告プランナーばかりが集まって会議しても、もめるだけなんですよね。その時点で、自分の専門性をベースにしなくなるから。垣根を超える、というのは、なんらかの専門性がベースになってないと辛いのではないかな、と個人的には思っています。なんとなく、今の空気では形勢が不利だけど。

 自称広告プランナーたちは、自分のアイデアを私とかのクリエイティブにかたちにさせたがるんですね。彼らは、最終的な定着のスキルは持っていないから。当然、拒みます。なぜ拒むかと言うと、その時点で、こちらはエクスキューションではなく戦略のことを一生懸命考えているから。AISASとか、そういうのは戦略じゃないから。それは、方法論だからね。

 で、今考えていることを説明します。しょうがないから、大急ぎでエクスキューションの例を示しながら。そうすると、こう言います。

 「じゃあ、それ絶対だと言える?100%、成功するって言える?」

 言えるわけないじゃない。神様ではないんだしね。でもね、100%失敗するという案ではないという自信はあるんですよ。それにね、私はね、大きなところだけやって、小さなところはクリエイティブ、よろしくなんて、自称広告プランナーがやりがちな手抜きなこと、絶対に言わないんですよ。今のコミュニケーションって、軸でしょ。それは、君たちが大好きな新しい広告の考え方じゃないですか。それって、最後は、地味で丁寧な作業をどれだけ見られるかが、案外勝負なんですよ。今の広告って、昔みたいに、大きなとこ一発で、あとはどうでもいいみたいな大らかな時代じゃなくなったという時代の必然があるんですよ。

 私自身、CIプランナーから広告制作に入った人間だから、まあ、元自称広告プランナーであるんですが、私は本気だったから、定着まで責任が持てるだけのスキルは学んだし、いつもそれを担保にしています。それに、そんな実制作を扱う広告制作のアンカーが、お得意の政治を読んだり、戦略の前提になるステイトメントの整理まで手を出さざる得ないのは、そんな「大丈夫、あとはクリエイティブが最高のビジュアルとコピーを考えますから」という自称プランナーばかりになっていて、高度な専門性と直感を持ったアカウントやマーケやメディアが不足しているから。

 さとなおさん曰く、コミュニケーションプランナーというのは、戦略からメディア選定、最終定着、結果の責任までひとりの人間の考え方で行うという仕事モデルなんですよね。このコミュニケーションプランナーという言葉を広めたさとなおさんの名誉のために言っておきます。そのひとりの責任あるコミュニケーションプランナーを中心にチームワークがある、という考え方。だから、さとなおさんは、今でこそ主流っぽいけど、ずっと本流ではなかったんです。

 なんか書いているうちに怒ってるみたいな文章になってしまったなあ。他分野で覚悟を持ったコミュニケーションプランナー指向の人は、応援しています。もし一緒に仕事することがあったら、先輩として出来る限りの支援をしたいです。それは、孤立無援の厳しい道のりになるから、追い風だけは送りたいと思います。新しい広告は、私は個人をベースにしたものから生まれると思っています。組織の時代を経て、もう一度、個人の時代が来るような気がします。そのときに、いい酒が飲めるように、お互い、がんばろう。

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ここに「現代」があるような気がしました。

 土曜日から、母の転院先を見つけるためにケースワーカーさんに会ったりしていました。土曜は、大阪郊外の転院を予定している病院所属のケースワーカーさん。いまは病床不足らしく、空きがあるときに入らないとなかなか入れないという事情があります。ケースワーカーさんには、現在の入院先の主治医と看護士長さんの所見が渡されています。

 病床を見学させてもらって、説明を受けました。その病床は、ある慢性疾患のための施設で、その慢性疾患のための施設としては、充実したものではありました。日中は、広場で多くの患者さんと一緒に楽しくすごすデイケアに近い感じです。しかし、母はその病状の可能性がきわめて高いものの、現在母が陥っているのは、その慢性症状ではなく、複合症状である、ある持病が原因だと思われる一時的な衰弱と摂食障害。たぶん薬の影響もあるのでしょうが、わかりやすく言えば、寝たきり、ものを食べない、しゃべらないというもの。

 現在、今日はジュースを飲んだ、ゼリーを食べてくれた、ということに一喜一憂するのが現状なわけで、正直言えば、この施設は、たとえ今の母の深刻な状況が、その慢性疾患によるものだとしても、今の母に耐えられないと思う、とケースワーカーさんに言いました。ケースワーカーさんが持っている情報は、母がある慢性疾患の可能性がきわめて高いという情報が主で、だからこそ、その専門病棟の紹介だったわけです。困惑されていました。寝たきりで食べられないのなら、ここでは受け入れられないという可能性もある、ということでした。

 そして、今日、現在入院している病院のケースワーカーさんと話しました。どうでしたか、と聞かれ、その話をしました。そのケースワーカーさんは、大丈夫です、早く転院しないと改善しませんし、の繰り返しでした。こちらの心配も話すのですが、そのことには明確には答えてもらえず、なんとなく平行線な感じ。こうなるのはわかっていることですが、なんだかこちらが無理難題を言っている感じになるんですね。

 それに、東京からわざわざ大阪に出向いている息子という立場ですから、どうにも過剰に警戒されているようなんですよね。それがすごくやりにくいです。こちらが言えば言うほど、先方の腰が引けてくるのが手に取るようにわかり、なるだけ情報は多い方がいいだろうと話せば話すほど、心を閉ざされるというか。こちらの意識しすぎかもしれませんけど。

 それに、両病院間での意思の疎通にも不備もあったようで、入院のときに、急性期病棟なので90日を超える場合、転院先を探さないといけません、と言われ、そのために、転院先を押さえておくという話が、転院先を予定している病院では、来週の水曜か木曜を転院日に予定していたようでした。こちらとしたら、えっ、そんな急な、という感じです。

 10年ほど前、母は今入院している病院に4ヶ月間入院していました。そのときには、90日という話は出てきませんでしたので、これは保険制度による90日ルール(参照)による影響が少なからずあるのでしょう。でも、誰もそれをはっきりと言いません。それに、情報のグラデーションを見ようとせず、いわゆる最終的なレッテルで話をしようとします。そうすれば、話が単純になって早いんですが、病気なんてものは、そのグラデーションの中にいろいろな悩みがあるものだと思うし、実際にそのグラデーションが今の悩みのすべただし。

 結論としては、母のことを最優先に、母のために精一杯頑張って、こちらの印象が悪くならないことに気をつけながら、いろいろと最低限のこちらの悩みは伝えきって、その転院先でお世話になろうと思います。初期段階では、このままでは少し混乱しそうですが、それをなるだけ減らして、いい転院ができるようにしたいし、そこから、転院先の先生やケースワーカーさんと新しい道を探したいと思います。でも、なんだか、これが現代という時代なんだな、と思いました。

 現場でお世話してくださる看護士さんは、今日はゼリーを食べてくれました、あのジュース好きみたいだから1週間分ほど買って来て預けてくれませんか、とか、そういう方針に関係なく一生懸命看護していただいています。今、コンビニ医療とか、そういうこと言われてますよね。コンビニ医療については、このブログでも書いたので(参照)、詳しくは書きませんが、そんな空気の中で、こうした要望ひとつでも、なんだか胸が苦しくなるんですよね。知らず知らずに医療に対して過剰な要求をしているんじゃないかって。正直、精神的にちょっとしんどいです。

 どちらにしても、転院して、新しい場所にリセットして、次の90日を始めようと思っています。たぶん、そうするしかなさそうです。その次は、医療ではなく介護保険を使うことになりそうですが、ここにも落とし穴があるんですよね。今、母は要介護5ですが、半年更新ですから、介護を必要とする段階では、たぶん下がることになりそうです。介護認定が高いときは介護保険ではなく医療で、医療でなく介護で十分という時には、介護認定は低くなる。そういうジレンマが、現実的な運用上あるんですよね。確かに、医療費抑制という意味ではうまくできているなあ、と感心しますが。

 実際に、母が入院することで、本当にいろいろなことが見えてきますね。母はまだ後期高齢者になるには数年ありますが、これに後期高齢者制度がからむともっとしんどい状況が生まれそうな気がします。そういう患者さんと患者さんのご家族が、現状を知りながら、最良の手を打てることを願っています。この問題について考えるのに参考になるブログをご紹介します。医師に向けて書かれていますので、少し難しいですが、参考になさってください。

後期高齢者医療制度の破綻と後期高齢者特定入院料という時限爆弾リハ医の独白

※同じ状況にいる人の参考にと書いていますが、日々の実感を通して書いていますので、検索などでたどり着かれた方は、少々の誤解や思い込み、個人的事情もあることをご承知おきください。それと、告発風味だし(過去ログ読んでいただければわかるかと思いますが、告発の意図はありません)、日記っぽいので、このエントリはコメント欄とトラックバックを閉じておきます。私は元気ですよ、ご心配なく。ではでは。

追記(2008年7月16日):連休明け早々に転院になりました。翌日、すぐに電話連絡があり、父が面談。病院って、こういうときの対応は早いなあ。まあ、気持ちを切り替えていかなしゃあないですね。

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2008年7月14日 (月)

知識人としての吉本隆明

 糸井重里さん主宰の「ほぼ日刊イトイ新聞」が、「吉本隆明プロジェクト」という名前の企画をはじめています。吉本さんの講演音源をアーカイブ化する作業をしていて、CD・DVDブックとして発売されました。吉本さんは、NHK教育テレビとか、批評家や哲学者、思想家が出演しそうな真面目なテレビ番組にはほとんど出演してこられなかったので、生の声は貴重です。

 一度だけ「電波少年」には出演されました。吉本さんが湘南で溺れかけた事件の後です。松本明子さんが吉本さんのご自宅に直撃して、たしか「吉本さんの海水浴恐怖症を克服させたい」とかいった企画で、洗面器に顔をつけさせられていました。吉本さんのテレビ出演の基準は、等身大の自分より高くみせるものは原則断る、というものらしいです。

 「ほぼ日刊イトイ新聞」の「YOSHIMOTO TAKAAKI」のページに、弓立社社長の宮下和夫さんのインタビュー(参照)が掲載されておりました。なんかしみじみいいインタビュー記事でした。最後に、「敗北の構造」という講演集のあとがきが掲載されていました。昔読んで心に残って、久しく読んでいなかった言葉で、懐かしく読みました。孫引きですが、引用します。

かつて、戦争中から戦後にかけて、わたしは一人のなんでもない読者として傾倒していた幾人かの文学者がいた。かれらが、この状況で、この事件で、どう考えているかを切実に知りたいとおもったとき、かれらは、じぶんの見解を公表してくれず、沈黙していた。もちろん、それぞれの事情はあったろうが、無名の一読者としてのわたしは、いつも少しづつ失望を禁じえず、混迷にさらされた。もしも、わたしは表現者として振舞う時があったら、わたしは、わたしの知らない読者のために、じぶんの考えをはっきり述べながら行こうと、そのとき、ひそかに思いきめた。たとえ、状況は困難であり、発言することは、おっくうでもあり、孤立を誘い、誤るかもしれなくとも、わたしの知らないわたしの読者や、わたしなどに関心をもつこともない生活者のために、わたしの考えを素直に云いながら行こうと決心した。それは戦争がわたしに教えた教訓のひとつだった。わたしは、まだ、この教訓を失っていない。

吉本隆明「敗北の構造」あとがき

 元軍国少年だった吉本少年は、敗戦直後、相当な衝撃を受けたそうです。今まで信じていたものが信じられなくなったとき、今まで精神的な支柱にしていた知識人たちの言葉を求めたそうです。しかし、多くの知識人は沈黙し、ある知識人は戦前の言動をなかったことにして、明るい言葉でしゃべり始めました。また、当時非合法だった日本共産党の人たちは、戦時中、戦後と変わらなかったのは我々だけだと言い始めました。そのときの違和感が、後の転向論につながっていきます。

 この転向論については、吉本さんの絶対善的な立ち位置を批判するものや、その動機を、学生時代に軍隊に入隊しなかったことの負い目に見るものなど、いろいろ説得力のある批評があります。私としては、そういうものも受け入れつつも、一表現者として吉本さんを見た場合、今なお、積極的すぎるぐらいに何にでも言及する吉本さんは、初志貫徹の人、持続の人だと感じます。

 スターリニズムを語り、転向を語り、言葉を語り、共同幻想を語り、心的現象を語り、笑いを語り、広告を語り、宗教を語り、政治を語り、家族を語り、老いを語り、「吉本はボケた」と揶揄されながら、そんなことはおかまいなしに今なお語り続けている吉本さんは、すごいもんだよなあと本当に思います。特に、老いについて。あんな老人論は、読んだことがありません。

 語れば語るほど、吉本シンパの典型的言説になってしまいそうで、なんか気恥ずかしさもあるのですが、恥ずかしがってる暇があったら、自分ができることから、まずアクションを起こそう、その後でどんな評価は受け入れればいいじゃない、というのが、吉本さんなのでしょう。

 破壊すべきは、内なるスターリニズムというか、それはスターリニズムという言葉が死語になりつつある今でも変わらないのかなあ、と思います。でもまあ、政治の話に限らず、スターリニズム(それとイコールの別の言葉でもいいけれど)打破を叫ぶ人が、外からはスターリニズムそのものに見えるというパラドックスにも注意しなければならないでしょうが。本日は、大阪。夜、東京に戻ります。

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2008年7月13日 (日)

悪い奴は誰もいないという考え方

 こういう考え方は甘い考え方なのかな、とときどき思うけど、こういう考え方は悪いもんでもないとも、ときどき思う。こういう考え方は、油断をしているときに、手ひどいしっぺ返しをときどき受けて、やっぱり違うな、さずがにさ、それは駄目でしょ、限界でしょ、と思うときもあり、その度に、後先考えずに、ちゃぶ台ひっくり返したろうかな、とも思ったりする。

 でも、できない。できないから、違うやり方を考える。へたれかなとも思うし、まあ、事実、へたれなんだろうな、と。それに、あんまり自覚はないけど、大めに見てくれた人々のおかげで今の私がいるというのも、あるのかなとも思うし。

 そんなとき、ひとつあるのは、ちゃぶ台をひっくり返さずに、それは駄目だと思う、私はこう思う、けれども、今の状況は理解した、今の状況で生まれた成果はこれからも活かしていきたいと思う。その道理の是非はともかく成果はそれなりに評価もしたい。でも、私の考えを聞いて、君らも違うと思うなら、今後はこうしていかないですか、みたいなことかもしれない。

 いや俺はこう思うと言い返されるかもしれない。そのときはそのときで、まあそれについても考える。で、その考え方が甘ければ甘いと言うし、それなりに、徹底的に問いつめていく。その際に、当然、私たちがいる場の論理において、当然の帰結としてよって立つべき倫理に照らして問いつめる。こちらが間違っていることがあるならば、当然考えるし、自己批判もする。

 そのときの解決は、どれだけ当該の案件を考えて来たか、説得力があるかという競争原理にゆだねたいと思う。その競争原理は、はっきりと決着がつくだけに、逆に冷徹だとも言えるけど。でも、その残酷さのほうが、それ以外のことの成り行きの気持ち悪さと、そのあとの場の腐り方を考えればましかなとも思う。

 これは余談だけど、こういう、場が腐る傾向が見えて来くると、そのきっかけをつくった人は、経験上、かならず逃げる。それはもうおもしろいくらい。どうして、何度も何度もそういうこと繰り返すのかな、と思うけど、まあ習性なんでしょう。で、なんとなく責任はこちらが担わされる。この体験はきついよ。もう駄目だ、すべてがつまらない、と思うもの。2年くらいは尾を引くし、理不尽だけど残った奴の人生の短い期間を棒に振る。でも、長い目で見れば、かならずそれはプラスにはなるから、世の中って捨てたもんじゃないよ、というのが、今の私の結論だけどね。

 話を戻します。場の成り行きとか、政治とか、空気とか、そういうものはなるだけ排除したい。そういうものに支配されたとき、私はその場から降りようと思う。ぜんぶ投げ出したい。できるかどうかわからないけど、原理原則としては、そう。できなければ、市場がもとに戻るまで、しばらくじり貧に甘んじるしかない。自ら空気を読んで、道理を捨てて、新しい市場で新たなポジション取りをしようとは思わない。新しい市場が、アクシデントからの堕落ではない正当な倫理を持っていると思えるならば、いくらでも柔軟に変わるけどね。

 たぶん、悪い奴は誰もいない、という考え方が通らなくなる状況を革命というのだろう。悪いのはお前だ、という状況。それが必要なときもあるけど、たいがいはそんな過酷な状況を誰も求めていないような気がする。革命、革命と言う甘ちょろさと、本気で革命をした人たちの行き着く先を知っている私の世代としては、だからこそ、怒りをもとに行動を起こすことの気持ちよさこそ警戒したい。

 ま、てなことを書いたのは、日常でとあるいらつくことがあって、それについてどうしようかな、なんて、柄にもなくちと悩んでて、昔と違うのは、ちょっとちゃぶ台返しをできる立場にもそれなりにあって、そういうちゃぶ台返しの誘惑があったけど、それはよくないかもと思ったから。

 それと、今の状況は、逆に、それ、もしかするとお前が悪いんじゃない、と言われる状況でもなくて、言ってみれば絶対善に立てる優越的立場にあるわけで、これもまたくせものだなあ、と。まあ、無邪気だったということなんでしょうね。つまり、何も考えずにやってしまいました、みたいな。道理の通らないことをやった人と、その責任者は本当に腹立たしく思うけど、まあ、そいつらもそれなりに善かれと思ってやったんだろうな、と。

 で、若き日の糸井さんの名言に、一生懸命だからと言って許してばかりはいられない、というものがあるけど、その許さない、というやり方をどうする、という課題があってね、自分にとっての許さないのやり方って何かな、みたいなことですね。こういう場合、許す、とか、見過ごす、はあり得ないし、そういう態度は、場が腐っていく原因をつくるんですよね。で、その責任を取るのは経験上、やってられんはと思うけど、たいがい私だったりするし、その影響は1年以上あるし、まあ、自衛でもありますね。

 何があったかは、とってもつまんないことだから具体的に書かないし、他人にとってはどうでもいいことかもしれないけど、まあ私にとっては、とっても大切な道理を踏みにじられた感があってね。そういうの、ありますよね、誰にでも。読んだ方も、いろんなやりきれないシチュエーションに置き換えて、なるほど、とか、それ違うよ、まったく違うよ、とか、それぞれの立場に照らして思ってもらえるのではないでしょうか。でもまあ、誰かが悪い、というふうな水戸黄門的世界なら楽ですけど、世の中って、そういう単純な世界でもないし、難しいですね。ではでは。

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2008年7月11日 (金)

広告は喧嘩である。

 と元気よく言い切ってみました。言い切るって、気持ちいいもんですね。でもまあ、言い切ってみると妙に弱気になってきて、広告は喧嘩でもある、だなんて書き直そうかなと思ってきました。まあそれはともかく、広告は喧嘩であるというのは、半分は当たっているかもです。

 例えば、広告が立ち上がって、その広告がわりとエッジが立った広告だった場合、必ず何かの反応があったりします。あの表現はおかしいのではないか、という意見がお客様相談室に入って来たりします。今日も、そんなことがありました。

 で、その意見を見てみると、なんとなくおかしい。利害関係者が、広告表現をつぶしに来ているような気がします。わざと誤読しているような気がします。それに、私は地方の代議士だとか言っているのに、でも名前は名乗らなかったり。じつは、そういうことはよくあります。ライバル会社の関係者だと思います。大人の世界としては、まあそれはほぼ正解でしょう。

 こういうとき、お客様対応がうまくできていれば、何の問題もなかったりしますが、偶然が重なって、運悪くこじれてしまうこともあります。そうなると、もう挽回するチャンスがないんですね。なにせ、お客様の声ですから。お得意の社内で問題になり、広告にチェックが入ります。このワードは削除。このワードは変更。

 どうするか。

 まずはそれを受け入れる。しょうがないです。受け入れたくなくても、受け入れなければしょうがないですし。だからこそ、その変更を肯定的に受け入れてみる。この肯定的、というのが大事です。で、受け入れた上で、その変更がなければ考えつかないアイデアを考えます。削除や変更という条件ができたことでしか生まれないアイデアです。そのアイデアを定着して、前よりもいい広告をつくります。

 それしかないんですね。それをしないと、ケチがついたという事実だけが残って、調子良く走り出した広告が失速してしまいます。むしろ、そのお客様の声、もしくは、ライバル会社の策略を、追い風に変えてしまうんです。結果的に、あのことがあってよかったな、と言うために。

 広告は喧嘩だと思います。すべての広告は、市場で勝ち残るための握りこぶしです。であるならば、いかに良い喧嘩ができるかが問われます。それは、人間関係でも同じことだと思いますけど、喧嘩をするとき、その質の善し悪しが残酷なまでに出てしまうんですね。

 いい喧嘩をするためには、瞬発力が必要になります。すばやく対応することが何より大切です。時間が経てば経つほど、取り得る方法は少なくなっていきますから。逆説的ですが、多様な方法を残しておくために、瞬発力が必要なんです。時間切れ、こうするしかない、みたいな負け方だけは絶対に避けるべきです。悔いが残るから。

 まあそんなふうに、広告は喧嘩である、なんて書いてきましたが、それが成り立つには、ある前提がいりそうですね。喧嘩をしているフィールドに、武士道みたいな、相手に塩を送るみたいな、ルールというか美学というか、そんな共通認識としてある場合は成り立ちますが、こちらが素手で戦っているときに、バズーカーを持ってこられると、もはや、どうしようもありません。でも、最近はそんなことも多いですね。万事休す、降参、みたいな。

 市場もそうですし、競合コンペなんかでも、そういうの多いですね。ああ、そうこられると、もうどうしようもないな、みたいな。それでも勝たなきゃ食えないので、どうにかしようとは思いますが、たいていは、善戦だったね、という感じで終わります。一頃のジャンボ鶴田さんみたいです。いまだに、バズーカーに素手で勝つ方法は見つかりません。誰か教えてくれないですかねえ。

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2008年7月10日 (木)

意味系、音系

 ギャグとか、流行語とか、そんなみんなに口にされることを指向する言葉は、やっぱり音系が強いと思います。意味系の言葉って、流行してもすぐ終わるけど、音系は息が長いです。

 たとえば、窓辺のマーガレット桂三枝さんのギャグ。「窓辺のマーガレット」という枕詞、知らない人も多いでしょうね。三枝さんが「ヤングOH!OH!」というテレビ番組で司会をしているとき、いつも言っていました。本人としては、けっこう押していたんじゃないでしょうか。

 「いらっしゃ〜い。窓辺のマーガレット、桂三枝です。」

 でも、今も残ってるのは、だんぜん「いらっしゃ〜い」のほうですね。KinKi Kidsの剛くんも、たった今、テレビでやってましたし。一方の「窓辺のマーガレット」は、当時はけっこう流行っていたんですが、すぐに古くなってしまいました。やっぱり、意味系の言葉って、口がよろこばないからなんでしょうね。

 古くは、笑福亭仁鶴さんの「どんなんかなぁ〜」。最近では、世界のナベアツさんの「オモロー!」というのが音系のいい例ですね。あれ、いいですね。なんか、口がすごく言いたがる音です。よくできているなあと思います。なんか、音が鮮烈。パッと前が開けてくる感じがします。

 言葉というのは、きっと音と意味でできていて、人間の身体が敏感に反応するのは、きっと言葉の音成分のほうなのでしょう。意味成分は、いちど頭に入って、おもしろさを頭で理解しないといけないので、身体反応が起こるまでのタイムラグがあるような気がします。ダイレクトではないぶん、知的なおかしみというのはあるのですが。

 意味系芸人の代表選手である松本人志さんは、桂三枝さんのものまねをするとき、あまり「いらっしゃ〜い」みたいな部分でものまねはしないんですよね。ピンクのスーツに蝶ネクタイ、七三分け、真っ赤なほっぺで「窓辺のマーガレット、あなたの三枝ちゃんです。」とやるんです。

 あの松本さんのものまねは、三枝さんという存在の、意味論的な現実とのズレ、みたいなものを表現しているような気がします。松本さんのものまねは、そういうのが多いですね。松本さんがやる島田紳介さんのものまね、見たことありますか。最近はやらなくなっちゃいましたが、あれ、最高です。

 「感動やなぁ。自分、それ、めっちゃ感動やん。」

 と、しゃくれながらやるんですね。ここでの自分というのは、関西特有の言い方で、あなたの意。音はあまり似てないんですが、なんか、めちゃくちゃ紳介さんなんですよね。ちょっと毒が入っていますが、これも意味論的。紳介さんの意味論的な存在って、ああいう感じって思います。

 松本さんは、徹底的に意味系な人ですね。「人志松本のすべらない話」という番組は、音系鉄板ギャグへの、意味系からの挑戦状だと思います。松本さんの中には、本当のおもしろさというものは、音じゃないんだ、やっぱり意味なんだ、という強い思いがあるのでしょう。松本さんって、持ちギャグないですしね。

 でも、松本さんは、音系というか、身体から来るおもしろさと強さをきちんと理解している気がします。松本さんはコントでしきりにダンスのステップをモチーフにしますよね。松本さんには、そんな、どうしようもなく抗しがたい、身体から来るおもしろさを、意味でいつか超えてやろう、みたいな情熱を感じます。

 文学で有名な話に、太宰治が、志賀直哉に、私はあなたが嫌いだと言ったというのがありますね。じつは努力の人である太宰治にとって、志賀直哉という天性の文章家は気に食わなかったのではないのかな、と思います。太宰の言葉は、意味系で、志賀は音系。そんな感じでもう一度読み直してみると、志賀を貶したくなった太宰の気持ちが理解できたような気がしました。

 太宰治という人は、じつは意味に重きを置いた小説家だった気がします。その意味を完璧に表現するための文体だったのでしょう。一方の志賀直哉は、天性の文章家だから、文体は自分。言葉の自律運動から意味が自然に出てしまう、そんな人なのでしょう。太宰治は「女生徒」(参照)という小説を若い女性の一人称で書いています。こういう小説を太宰が書いた気持ち、なんかわかるような気がします。

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2008年7月 9日 (水)

おしゃべりこそが、人生だ。

 本日は、朝から出先で作業して、そんでもって、いろいろ終わって、会社に戻ろうと思ったけど、会社に戻ったら、いろいろあるから考え事はできないなあ、なんてことで、自宅でずっと作業をしておりました。で、いま一段落ついたとこ。

 いままでだったら、職場は仕事をするとこで、自宅だとさぼりがちになってたけど、今は、その感覚、まったく逆になってきてます。職場だとPCがあったり、資料があったり、コピー機があったり、なにかと便利だったけど、いまや自宅のPCのほうが性能もいいし、職場にあるような資料は、たいがいネットやハードディスクにあるので、自宅快適、さくさく、さくさく。

 しかも、けっこう集中できるのが、自分でもびっくり。土曜は、どうしても大阪に帰らないといけないので、金曜にプレを集中させた結果、けっこうしんどいんですけど、自宅で仕事したから、なんとか見えるところまできた感じ。

 場所としての会社って、意味なくなってきたかもなあ。場所としての会社に意味があるとすれば、ミーティングかな。人と会って、目を見て話すのだけは、やっぱりバーチャルでは難しいかも。でも、いちおうは、テレビ電話的な環境も、つくろうと思えば、簡単につくれるか。うーん、だったら、あとは何が残るんだろう。

 体温、息づかい、いやいやそうじゃないな。恋じゃあるまいし。てことは、やっぱり、同じ場所に一緒にいることのメリットって、無駄話かも。自宅で作業してると、無駄話のかわりに、ブログとかいじっちゃうけど、やっぱりおしゃべりとか、よいものなあ。というか、企画作業で、こころの缶詰状態にあるときって、おしゃべりこそが人生だ、なんて思うもの。

 あっ、これ、いいな。タイトル、これにしよっ。ほんじゃ、おやすみなさい。また明日。

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2008年7月 8日 (火)

Mangaの謎

 Wikipediaの英語版にある「Manga」(参照)の項目を見ていたら、なにやら違和感のある画像が。注釈には、「The kanji for "manga" from Seasonal Passersby (Shiki no Yukikai), 1798, by Santō Kyōden and Kitao Shigemasa.」とあります。

 Santō Kyōdenというのは江戸時代の戯作者、山東京伝(参照)。Kitao Shigemasaというのは、浮世絵師の北尾重政です。ちなみに、山東京伝のお師匠さんが北尾重寅。Shiki no Yukikaiというのが、よく分かりませんでしたが、似たような書名では「四季交加」というものがありました。Mangaを表す漢字ですよ、というわけですね。で、下の画像がそれ。

275pxmanga_in_jpsvg

 画に強烈な違和感がありますね。この画像の元というのがあって、そのリンクを辿っていくと、Manga_in_Jp.jpegが。注釈に「Source: Kern, Adam L. 2006 Manga from the Floating World: Comicbook Culture and the Kibyoshi of Edo Japan. Cambridge, MA: Harvard University Asia Center. Figure 3.3, page 141. Image from Preface to Seasonal Passersby (Shiki no Yukikai, 1798)」とあります。上の画像は、江戸時代のコミックカルチャーについて書かれた書物からスキャンしたものらしい。

Manga_in_jp

275pxmanga_in_jpsvg_4 どうやら英語版Wikipedia「Manga」の項目にあった、この「漫画」の画像は、このスキャン画像をトレースしたもののようです。なかなかきれいにトレースするもんですね。とまあ、そんなことに感心する前に、この「画」は、正しいのでしょうか。もしかすると旧字体なんでしょうかね。違う気もしますが、このへんあまり詳しくありませんので、私にはわかりませんでした。それとも、やっぱり、なにかの間違いなのでしょうか。なんでしょうね。

 でも、ちょっとカッコいいな、と思ってしまうのはどういうことだろう。サイバーパンクが世界的に流行した頃、世界の若者たちがChiba City(近未来では日本の首都はチバシティだったらしい)と書かれたTシャツを着ているという話を聞いたときの感覚とちょっと似てますね。って似てないか。まあ、タイポグラフィーとしてのカッコ良さはあるような気もします。ではでは。

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2008年7月 7日 (月)

自由 Freedom Liberty

 どちらも日本語では自由であるけど、FreedomとLibertyはもともと違う概念。福澤諭吉がLibertyを訳す際に仏教用語の「自由」を当てたのが、この日本語の「自由」の由来だそうで、はじめ福澤は「御免」と訳したけれども、それではLibertyが持つ上意のニュアンスが強すぎたと感じて「自由」としたそうです。

 仏教用語の「自由」は、「自(おのずから)に由る」の意で、自らを拠り所にしてことを行うということで、なんらかの影響も受けない心を言っているらしい。当然そこには煩悩からも影響を受けないということも含むのでしょうね。仏教ですから。

 大乗仏教の基本教典であり、600余巻にも及ぶ「大般若波羅蜜多経」を、たった300余字で表現したと言われる「般若心経」は、「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時」から始まります。現代語に訳すと「自在にものごとを見ることができる菩薩が般若波羅蜜多を深く行じた時」という意味になります。般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)というのは、サンスクリット語の呪文の音を漢字にしたものです。確か、パーニャパラミッタだったと思います。

 日常よく使う「自由自在」というのは、「自(おのずから)に由る」ものが「自(おのずから)に在る」様子を表現する言葉です。「自由」も「自在」も本来はその人の意識の状態を言っていて、今私たちが考える自由自在の意味は、そういう状態の人が「自由自在」にふるまう様子から来た、二次的な意味なのでしょうね。(ということは、現代訳も、「自に在る状態に見える菩薩が般若波羅蜜多を深く行じた時」にすべきかもしれません。)

 Freedomは天賦の自由で、Libertyは獲得する自由。自由の女神は、Statue of Libertyで、自由の鐘は、Liberty Bell。ついでに、自由民主党はLiberal Democratic Party。で、調べてみると、日本にかつてあった自由党はLiberal Partyで、多くの国の自由党もLiberty Partyですが、オーストリア自由党はFreiheitliche Partei Österreichs、つまりFreedom Party。この政党は極右政党だそうですが、極左政党でもFreedom Partyはあるので、必ずしも右派的なニュアンスはこの言葉にはなさそうです。

 一般的に、Freedomが消極的自由、Libertyが積極的自由だと説明されていますが、Libertyという概念の中にも、段階論として、消極的自由と積極的自由があり、必ずしも、その解釈はあたらないと思います。それに、逆転した考え方ですが、英語には、FreedomとLibertyに共通する概念にあたる、日本語で言う「自由」という言葉がないですが、そうした共通の「自由」という概念の強弱で言えば、Freedomの方がより自由の強度が強いと言えるかもしれません。

 日清のカップヌードルのキャンペーンは、Freedomでしたし、日本語で言う「自由」の本来の意味である解脱した心のあり方の意味に近いのは、このFreedomなのかもしれません。ありのままの心というか、そんな感じ。よく歌詞で、俺たちには自由がある、なんていうのもFreedomでしょうね。

 法律なんかでは比較的Libertyが多く使われますが、例えば、表現の自由というのは、英語ではFreedom of speechまたはFreedom of expression。日本国憲法の英訳を見てみると、表現の自由も、信教の自由も、思想及び良心の自由も、憲法に規定されている自由はすべてFreedomでした。天賦の自由ということですね。生まれながらに、というやつです。

 しかしながら、前文の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し」の「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢」は“the blessings of liberty throughout this land”でした。つまり、これは、様々な犠牲によって勝ち取った自由であるということなんですね。

 このFreedomとLibertyとの違いについて、明快な答えを書かれているものがありました。引用します。

英語を生業としている者です。

簡単に語源を解説しますと、"freedom"が、"old English"の"freo"に由来し、「自由な状態」を言います。一方、"liberty"は、別の方の指摘どおり、ラテン語の"liber"に由来します。

英語の発達の歴史から考えると、本来語を身近な一般語として使い、ラテン語をそれに関する語句に当てたといういきさつがあります。例えば、「手」は 本来語は"hand"です。一方ラテン語は、"manu"です。「手」という本来の意味に関するものは、"handful"「一握りの」やhandy"「手で扱い易い」と言うように使われたのです。一方"manu"は、manual"「手引書」や"manuscript"「原稿」のように、手で扱う事柄、物に使うというように区別し始めました。ということは本来語の"freedom"を一般語としての「精神的自由」に当て、"liberty"を自由に付随する意味で「社会的自由」と定義したと推測できます。ですから、法律の条文には、"liberty"の方がよく使われているようです。

しかし、どちらも置換可能な場合がありますので、慣用表現以外はほぼ同じと考えて差し支えないと思います。

フリーダム と リバティ とは、どう違うのですか? - Yahoo!知恵袋
の解答より

 で、これを読んで気になったこと。「自由な」を意味するラテン語のLiberについて。確か本屋さんのリブロ(LIBRO)はスペイン語の本にあたるLibroから来ていて(フランス語ではLivre)、その語源がラテン語のLiberでした。で、ラテン語でも本を意味しますが、もともとは木の内皮のことだそうで、この本を意味し、木の内皮の意もあるラテン語のLiberと、「自由な」という意味があるLiberは同じなんでしょうか。というより、どちらが先なんでしょうか。

 ここからは想像です。きっと木の内皮を表すLiberが先に出来て、ここに文字を記したことで本という意味が付加され、様々な有用な知識や、生活に必要な知恵、楽しい物語、そんなこんなが「自由に」持ち出せて、どこでも読めるようになって、そこに「自由な」という意味で用いられるようになったのではないでしょうか。そういうことを考えていくと、Libetyというのが、獲得する自由として用いられているのはなんとなくわかる気がするのですが。

 ちなみに、英語のBookも、ドイツ語のBuchも、古代ゲルマン語のブナの木を指す言葉から来ているそうです。日本語の本は、「物事の基本」という意味の「本」が転じて書物を表すようになったとのこと。なるほどなあ。お経とかのイメージです。日本と西欧では、本に対する深層のイメージが違うんですね。そういえば、私の中に、本に「木の皮」感ってないものなあ。

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2008年7月 6日 (日)

taspo(タスポ)雑感

 私は喫煙者なんですが、taspo(タスポ)はまだ持っていません。これからも持たないかも。だって、スーパーやコンビニでカートン買いすればいいしね。今まで予備のタバコを持ってなかったのは、いたるところに自動販売機があるっていう安心感からだったわけで、買えなければ昔のように余分に買っておくだけのこと。お米や塩と同じことです。自動販売機でしかタバコを買えないというなら話は別ですが。

 未成年の喫煙を防止することが目的だそうですが、街で高校生とか明らかに未成年な感じの若者が自動販売機でタバコを買っている光景が目に余るという実感は私にはないので、なんとなく別の目的があるんじゃないの?なんて穿った見方をしてしまいます。

 申し込みに顔写真と身分証明書のコピーが必要なんですよね。それに住所も。過剰に個人情報のことを言うつもりはないけれど、タバコみたいな今社会から冷たい目で見られる嗜好品をたしなむかどうかの情報を渡したくはない、というのが人情ではないでしょうか。

 喫煙者だって、未成年の喫煙問題に心を痛めていますし、我関せずというわけではないと思うんですよね。だから、未成年の喫煙防止という目的については、きっと同意なんです。きっと、その目的を果たすためには、自動販売機を禁止して、対面販売に際しては免許証や身分証明書など年齢が確認できるものの提示を義務付けるというのが筋なんでしょうね。もともとは二十歳を過ぎなければ買えないものなのだし、あまりに容易に買えてしまう状況がおかしかったわけだし。要するに、規定に対しての運用の不備の問題でしょう。

 taspo(タスポ)は、きちんとマーケティングしていないんじゃないかな。関連団体の利益とか、そんなことが優先されてしまったのではないでしょうか。ちゃんとマーケティングをしていれば、導入を躊躇するはずなんですよね。街のタバコ屋さんが廃業してしまうことも、気の効いた商売人が販売機にカードをひもでぶら下げておくことも、親が子どもにカードを渡して買いに行かせることも、予見可能な範囲のことだと思います。

 会社の同僚がおもしろいことを言っていました。taspo(タスポ)が始まって、街で若いやつらに囲まれて「おっさん、タスポ貸せや」って言われたらどうしよう、って。まだそんな事件は起きていませんが、そういうこともとりあえず考えてみるのがマーケティングというものなんじゃないかな、と思います。

 マーケティングが表現される最たるものが広告ですが、あれもどうかなと思います。駅に貼っているポスターには、「これからはtaspo(タスポ)がなければ、自動販売機でタバコが買えなくなります。」とあるんですが、「自動販売機で」という文字がすごく小さいんです。こういうの駄目。誇張だし、脅しだし。

 テレビCMも「お申し込み、年会費は無料です。」って。そもそも何の特典もないカードに年会費もないでしょうに。逆効果。本当は会費もとっていきたいという運営側の本音が見えてしまうんです。言葉に書かれたものだけがメッセージではないですから。その言葉をチョイスした意思というものが問われるのが、広告であり、コミュニケーションです。

 で、こういうエントリもたくさん出てきて、テレビや新聞でも報道されるようになって、世論もこういう感じになってきたところで、自動販売機でタバコが24時間買えるようになるとかならないとか。もう、ここまで来たら本末転倒です。

 タバコの自動販売機が5時から23時までになってから、深夜、よく「この辺でタバコ売ってる場所ありませんか」と人に聞かれるんですよね。「あそこのコンビニで売ってますよ」と道を教えて「ありがとう、助かります。」というふうに、喫煙者は、不満も言わずに、時代に合わせて助け合ってきたんですよね。絶対に深夜に自動販売機でタバコは買うもんか、と思います。その前に、taspo(タスポ)がないから買えないんですけどね。

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2008年7月 5日 (土)

吉本隆明と紙おむつ

 吉本隆明さんと糸井重里さんの対談本「悪人正機」を読み直しているのですが、またまた驚きがありました。糸井さんは、「ほんとのことを言う人の時間」というタイトルでまえがきを書いています。まさに糸井さんの言う通り、吉本さんは「ほんとのことを言う人」だなあ、と思います。

 吉本さんは、この本の中で、この社会の管理機構が容易にあ破れないものであれば、その管理機構というものをどのようにましなものにしていくかを語っています。その答えが、管理機構においては「管理されている者の利益を第一にする」というもの。なるほど、答えとしては相当なもんだなとは思いますが、これだけでは普通の思想家でも言えることかもしれません。

 けれども、吉本さんが普通の人と違うところは、その答えに至ったきっかけとして語られるもののすごさ。それは、かつての新左翼運動の同伴者としての体験でもなく、吉本さんが生涯こだわり続けるスターリニズムの歴史的検証でもありません。引用します。

 ぼくも手術で寝たきりのときにつけていたのですが、老人用の紙おむつで、子どものともだちが探して買ってきてくれたものに「これは、ほんとうに寝たきりの老人患者のためを考えて作られたもの商品だな」と思ったものがありました。
 他のものを試したけれど、かならず漏れるし、どこがで、寝ている患者側が面倒な動きをしないといけない紙おむつばかりだったのです。
 だけど、そのひと種類の紙おむつだけは、起きなくていいし、それで尿がもれることはないんです。それはほんとうによくできているんですよ。要するに、こういうことだと思いました。

「悪人正機」話し手 吉本隆明・聞き手 糸井重里(新潮文庫) - 文庫のための最終章「病院からもどってきて」P234〜P235(2004年)

 ね、いいでしょ。この発言ひとつで、この人は信じられる。というか、私は信じる。吉本さんは、思想家としてロックなんです。パンクなんです。こんなこと言う人、他にいません。遠藤ミチロウさんが心酔するのも納得できます。ま、こういうことを言うから、かつて浅田彰さんたちに「吉本さんは、JALパックでもいいから海外に行ったほうがいい」と嫌みを言われてしまうんですけどね。

 でも、思想って、どんなに高尚なものでも、根は、生活の実感から出てくるものだと思うしね。生活の実感から乖離した思想って、どれだけ美しくても、緻密でも、根本の部分が間違っていると思うし。その思想は、人を不幸にするし。紙おむつから社会のあり方を語る吉本さん、私は好きです。

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2008年7月 3日 (木)

原稿用紙から遠く離れて

 そう言えば、長い間、原稿用紙というものを使ってないですね。これも、まあ当然と言えば当然ですけど、原稿用紙ではなく、ワープロソフトで書いています。マイクロソフトのWordです。昔は、エルゴソフトのEG-WORDや、クラリスワークスも使っていたことがありましたが、時代の波には抗しがたく、と言うより、ワープロソフトにそれほどのこだわりもなく、流されるままにWordを使っているという感じです。

 この仕事を始めた頃は、2Bで0.9mmのシャープペンシルと会社指定の原稿用紙。広告会社の原稿用紙は、単純に升目が切ってあるだけのシンプルなもので、一字分が市販の原稿用紙より大きめのものが多いです。たいがいが200字詰めですね。

 その升目いっぱいに大きく文字を書きます。書体で言うと、ゴナとか新ゴシックみたいな感じです。そうすると、字の汚い人でもなんとか見られる字になりますし、丁寧に書くようになるので、写植屋さんが間違いにくいんです。キャッチコピーは、平太の水性インクのペンを使うことが多かったですね。見た目に勢いが出るんですよね。

 昔は、ワープロで言葉を書くと、言葉が荒れると言われました。ワープロ病みたいな用語もあって、要するに変換、変換、変換で漢字が多くなるんですね。出来上がってプリントアウトしたボディコピーをひと目見て、なんとなく黒の色が濃いと、駄目、漢字多い、やり直し、なんてことがよくありました。

 このところは、日本語ソフトも格段に進化して、そういうワープロ病もなくなってきました。私としては、書体に組まれたときのイメージがリアルタイムでわかるワープロソフトは、ありがたいことだなあ、と思っています。推敲がしやすいんですよね。昔は、写植に出して、あっ、違う、でもお金かかるし、このままにしとくか、みたいなこともありましたから。

 柄谷行人さんが、昔、おもしろいことを書いていました。ワードプロセッサが出始めた頃ですね。その頃、柄谷さんは、ワードプロセッサの編集機能や保存機能をしきりに褒めていました。ワードプロセッサという技術によって、新しい日本語の世界が生まれる、といったことをことあるごとに書かれていました。

 原稿用紙に手書き、というのは不条理だと思わざるをえない。あえていえば、日本の近代文学は「原稿用紙」とともにあったのである。「原稿用紙」は、私に身動きできないような窒息感を与えるだけだ。どこかの文士のように原稿用紙に関する好みなどまったくない。一つ一つのマス目を埋めていくことの作業はどこか根本的におかしい、と思う人はいないだろうか。
批評とポストモダン」柄谷行人

 そう言えば、柄谷さんの友人でもあった中上健次さんは、縦に罫が引かれているだけの集計用紙に、万年筆で小さな文字をちまちまと書いていました(参照)。もともと「原稿用紙」というのは、出版というシステムのために生まれたものなのかもしれません。文字数を割り出す、とか、版下に起こすための指示を書き込むとか。そのテクノロジーは、書き手ではなく、出版する人の方を向いていたんでしょうね。

 一方のワープロソフトで言われることは、縦書き横書きの問題がありますね。ブログなんかは、組まれるときはほぼ横書き。最近は縦書きブログもあるようですが(参照)、スクロールの操作性がいまいちで、見た目はともかく読み手としては、まだちょっと不便な気がします。Wordなんかだと、縦書きで書くのは簡単で、ボタンひとつですぐに縦書きモードになります。今、試しに縦書きモードで書いているのですが、文体の違いは出ているのでしょうか。読み直してみても、私の読む限りでは出ていないような気がしますが、みなさんはどう感じられるでしょうか。

 ワープロソフトは、ただ単に書くだけなら、実はフリーソフトで代替できるんですよね。テキストエディタでも、ソフトによっては、ある程度の文字装飾はできてしまいますし。マイクロソフトのWordは、その気になれば、かなり書籍に近いレイアウトまでできてしまいますが、私はしたことがないですね。その必要性があるものは、PowerPointで作ってしまいます。PowerPointはよくできたソフトだと思いますが、あえて言えば、1字1字の文字詰めができないところが不満かな。とくに大きな文字で表示するタイトルなどは「、」の後を詰めたくなることが多いです。

 影とか透明とか立体とか、そういうのはもういいから、日本語のカーニング機能を実装してくれたらなあ、と思ったりします。できれば自動カーニングではなく手動の。でも、そういう要望は多いでしょうから、きっと、これは技術的に難しいのでしょうね。

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2008年7月 2日 (水)

水木サン

 SPA!で連載されている「エッジな人々」というインタビュー記事。実写映画「ゲゲゲの鬼太郎」の第2弾が公開されることもあって、今週は、漫画家の水木しげるさんでした。水木さんは、自分のことを「水木サン」って呼ぶんですね。飄々とした語り口が気持ちよかったです。例えば、こんな感じ。

私は漫画のストーリーを考えたことがないの。スーッと出てくる。自転車を漕いでいるような感じですよ、絵を描いていると自然に流れていく。だから、ストーリー作りに関しては、水木サンは天才のようだね(笑)。

 水木さんは、戦時中、軍隊に入隊して戦地でマラリアを発症し、その療養中に、水木さんは爆撃によって左腕を失ってしまいます。戦後は、紙芝居や貸本漫画を描きながら細々と生計を立てていたそうです。漫画雑誌「ガロ」で漫画家として正式にデビューするのは40歳を過ぎてから。あの「ゲゲゲの鬼太郎」も水木さんが40歳を過ぎてからの作品なんですよね。

 40までの水木さんは、絶えず崖っぷちに立たされて、挫折ばっかりの人生でした。そんな苦労話も水木さんは、こんな感じで飄々と話しています。

貧乏は、ちょっとくらいなら構わないけど、長く続くと顔に出る。すると、笑いがなくなるんです。そうなっては困るから、必死で描いたね。火の玉のように驀進したものですよ。

 御年86。私の倍以上。企画やらなにやらが一向にはかどらなくて、どんどん私の顔から笑いがなくなってきている今日この頃ですが、めげてる場合じゃないですね。40年早いよ、って水木さんに怒られそう。さて、もうひとがんばり。

Wikipedia – 水木しげる

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2008年7月 1日 (火)

みなさんこんばんは、オフコースです。

 そっと小声で、小田ヤス時代のオフコースファンの方にお知らせします。1978年の某FM局スタジオライブ音源。アルバム「JUNKTION」の頃ですね。YouTubeにアップされた方のご友人所有の音源だそうで、そのご友人、エアチェックしたテープを大切に保管されていたんでしょうね。

 私は、オフコースは、「Song is Love」に始まり「JUNKTION」「FAIRWAY」へと続く、小田ヤス曰く「試行錯誤の三部作」の頃がいちばん好き。フォークともロックともニューミュージック(この言葉、死語ですね)とも違うサウンドで、オフコースの音としかいいようのない感じがいいと思います。いい意味で華がないんですよね。

 この頃のオフコースは、私はオンタイムではなかったので、レコードでは何度も聴いてきましたが、ライブは初めて聴きました。DVDで出た「Off Course 1969-1989 Digital Dictionary」にも収録されていなかったし、ほんと、大げさな表現ではなく、私にとっては、聴きたくて聴きたくてたまらなかった音でした。

 今でこそ、たくさん音楽を聴いてきて、それなりに耳も肥えて、ジャズとは何か、とか、なんだかんだ難しいことを言っていますが、中学生から高校生の頃の私にとって、音楽ってオフコースとイコールだったんですよね。小田和正さんと鈴木康博さんのハーモニー、いいですねえ。「秋の気配」や「めぐる季節」、それに鈴木さん唯一のシングルA面曲「ロンド」もあります。

「のがすなチャンスを」作詞/作曲 鈴木康博
OFF COURSE (studio live 1of8 / sound only)
セカンドアルバム「この道を行けば」に収録されている曲です。ヤスさんならではのロックっぽい曲。でも、オフコースファンはこういうのをロックだと言うから困る、と当時流行っていたヘビメタファンによく言われました。これは、5人のオフコースの最後の武道館ライブでも演奏されました。

「めぐる季節」作詞/作曲 小田和正 
「眠れぬ夜」作詞/作曲 小田和正

OFF COURSE (studio live 2of8 / sound only)
小田さんは、こういう男の嫉妬を歌わせたら世界一ですね。「めぐる季節」はアルバム「Song is Love」に収録。「眠れぬ夜」はオフコース初のスマッシュヒット。これはアルバム「ワインの匂い」に収録。西城秀樹さんがカバーしました。この曲、最初はバラードだったそうです。プロデューサーの武藤さんがロックチューンに変更させたそうです。小田さんは、最初はそれが不服だったそうです。でも、この頃のオフコースにとっては知ってもらうということが重要だったんですね。

「雨よ激しく」作詞/作曲 鈴木康博 
「ロンド」作詞/作曲 鈴木康博

OFF COURSE (studio live 3of8 / sound only)
「雨よ激しく」はアルバム「ワインの匂い」収録。鈴木さんが「FoWord」でセルフカバーしています。「ロンド」は、このライブでも話していますが、ドラマの主題歌。いい曲ですよね。でも、鈴木さん曰く「これからのオフコースのイメージに合わないということで、忘れ去られた曲」だそうです。この曲はシングルのみに収録されていて、ベスト盤「Selection」にも収録されませんでした。いい曲なのに。

「僕の贈りもの」作詞/作曲 小田和正 
「Graduation Day」(Four Freshmenが歌った有名な曲。作詞/作曲はわかりません。)

OFF COURSE (studio live 4of8 / sound only)
この「僕の贈りもの」は、実質的なデビュー曲ですね。小田さんもセルフカバーしています。アルバム「LIVE」ではリコーダーアンサンブルで演奏されていました。かわいらしい曲ですね。「Graduation Day」もそうですが、この頃のオフコースは、ライブでは自分たちの曲以外の曲も演奏していました。それにたくさんのコマーシャルソングも歌っていました。

「ランナウェイ」作詞/作曲 鈴木康博
「こころは気紛れ」作詞/作曲 小田和正

OFF COURSE (studio live 5of8 / sound only)
冒頭に松尾一彦さんの長嶋茂雄さんのものまねがあります。あと、松尾さんの加山雄三さんのものまねと、ヤスさんの沢田研二さんのものまねが、ライブの定番だったそうです。「ランナウェイ」はアルバム「Song is Love」収録。これも、最後までライブで演奏された曲です。「こころは気紛れ」も同じく「Song is Love」収録。シングルは、新録音で発表されました。シングルのほうが少し激しい。私はアルバムバージョンが好き。

「秋の気配」作詞/作曲 小田和正
「青春」作詞/作曲 鈴木康博

OFF COURSE (studio live 6of8 / sound only)
この「秋の気配」はアルバム「JUNKTION」収録。この頃ではいちばん有名な曲なのではないでしょうか。この音源でも小田さんが話していますが、歌詞にある「港が見下ろせる小高い公園」は、横浜の港の見える丘公園ですね。それにしても、ライブでもアルバムと同じようなアレンジで演奏していたんですね。「青春」は「Song is Love」収録。でも、初出は「秋ゆく街で」というライブアルバム。

「老人のつぶやき」作詞/作曲 小田和正

OFF COURSE (studio live 7of8 / sound only)
NHKの「みんなの歌」のために小田さんが書いた美しい曲。でも、没になったそうです。「私の好きだったあの人も今ではもう死んでしまったかしら」という歌詞が原因だそうです。この曲は、アルバム「ワインの匂い」のエンディング曲ですね。

「HERO」作詞/作曲 小田和正・鈴木康博

OFF COURSE (studio live 8of8 / sound only)
アルバム「JUNKTION」のエンディング曲。小田ヤス共作。共作は、あとシングル「愛の中へ」のB面「Christmas Day」だけ。ほんと、いい意味でも悪い意味でもナイーブなんだから、って思います。組曲っぽい長い曲です。

 

オフコース

小田和正(key)
鈴木康博(g)
松尾一彦(g)
清水仁(b)
大間ジロー(d)

(1978年2月放送)

 やっぱりオフコースはいい。オフコース万歳。ちなみに、このフレーズ、分かる人はかなりのオフコースファンですね。往年のオフコースファンのみなさん、いろいろあれなんで、アップされた方とそのご友人に感謝しつつ、それぞれの著作権者のみなさまの寛大なご配慮を期待しつつ(みなさまどうかよろしくお願いします)ひっそり聴きましょうね。ではでは。

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