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2008年7月26日 (土)

欧米の広告会社はクリエイティブ手法で差別化する

 これは、私が外資系広告代理店で現在働いている理由でもあるし、それはまた、私にとっては、外資系広告代理店で働く息苦しさでもあって、微妙なところなのですが、今回の「広告のしくみ」はそんな欧米の広告代理店のクリエイティブ手法について書いてみたいと思います。

 欧米の広告会社というのは、たいがいは、ある優秀なクリエイターが設立したものだったり、あるいは、成長のトリガーになるのが、その広告会社に所属するクリエイターの作品がヒットしたことだったりするので、そのクリエイターの方法論が会社の方法論になったりします。欧米の広告会社には、例えばDDBウェイだったり、広告作品に会社のカラーがあったりします。

 現在だったら、ワイデン+ケネディの広告は、ある種のワイデンっぽさってありますよね。それに比べて、日本の場合、電通っぽさとか、博報堂っぽさというのは、希薄ですよね。日本の場合は、クリエイターによりけりです。

 欧米の広告会社は、マーケティング理論の発展とともに歩んできた部分があります。王道のマーケティング理論に対して、その発展系として違う理論が主張され、様々に分岐し、今の広告会社の多様性が生まれてきました。まずは、王道の理論から。

■Benefit

 このベネフィット理論が広告の王道ではないでしょうか。とりわけ、トイレタリー製品に適応されてきました。要するに、消費者が製品で利益を受ける部分を広告はメッセージするべきだ、という考え方です。このベネフィットにも大きくは2つあります。

Functional Benefit 機能的ベネフィット。簡単に言えば、油汚れがきれいに落ちる洗剤を例にとると、「この洗剤は、油汚れがきれいに落ちます。」みたいなことです。

Emotional Benefit 心的ベネフィット。同じ例、油汚れがきれいに落ちる洗剤で言えば、「家族がうれしい。」みたいなこと。でも、この家族がうれしいという心的ベネフィットは凡庸すぎるので、まったく駄目で、「いつまでも新品気分。」くらいまでいかないと、ベネフィットとしての差別化はできません。

 とまあ、こういう分類をするのですが、その製品の数ある特徴の中で、どの特徴を広告で表現するベネフィットにするかが勝負のしどころで、それを抽出するために、様々な手法が生まれました。

 代表的には、製品特徴や市場環境、消費者インサイトみたいな項目を整理して、最終的にひとつの短い文章であるBenefit Statementに定着させるやり方や、製品特徴を基点にして、機能的なものから心的なものへと梯子を掛けていくラダリングという手法などがあります。ラダリングの場合は、そこで出てきた様々なベネフィットから、市場環境や調査結果を参照しながら、今はどの部分を言えばいいかを判断していきます。

■USP=Unique Saling Proposition

 これは、Functional Benefitから派生して出てきた広告理論で、簡単に言えば、市場の中で唯一無二の特徴を見つけ出し、それを繰り返し言っていけば、その製品は市場で勝てる、というような理論です。Propositionは命題という意味。このUSPの成功事例で有名なのは、チョコレートのM&M’sの「お口で溶けて、手で溶けない。」というものがあります。制作は、アメリカのベイツ。

 このUSPという理論は、当然、Functional Benefitが多いのですが、Emotional BenefitでもユニークであればUPSになり得ます。ただ、心的なベネフィットでそこまで唯一無二のベネフィットはなかなかないので、どうしてもFunctionalになりがちです。

■SMP=Single Minded Proposition

 この理論は、旧来の王道であるBenefit理論から大きく逸脱しているのが特徴です。イギリスのサーチ&サーチが提唱しました。簡単に言えば、市場の中で何を言えば、その商品やブランドが勝てるのかを考え、ただそれだけを根拠にして、Proposition=命題を考え出す方法論です。

 これは有名な事例があります。英国の労働党政権下での保守党のキャンペーン。労働党政権の中、英国経済は低迷していました。街には失業者が溢れ、国民生活はどん底でした。今までのBenefit理論では、保守党の優れた点をメッセージするのが定石でしたが、サーチ&サーチが提案したのはそうではありませんでした。

Labors doesn’t working. 労働者が働いていない。

 このLaborsは、労働者を意味するとともに、労働党も意味します。つまり、労働党は働いていない、と読めるのです。ただ、これをメッセージすればいい、そう提案したのです。非常に面白く、革新的な理論ですが、ここまで来ると、ストラテジーなのか、エクゼキューションなのか分からなくなる部分が少し難点かもしれません。

■Reaction

 これは、ベネフィットとかプロポジションではなく、広告というものは、要するに製品に望ましいイメージをつけることではないか、という考えから生まれた広告理論です。J,W,トンプソンが提唱していました。

 日本市場で大成功したものに、ハーゲンダッツがあります。このリアクションは、たしか「男と女の間にハーゲンダッツ」だったと思います。男と女の恋愛シーンにはいつもハーゲンダッツがある、というイメージを徹底的に浸透させていく方法です。ハリウッド女優に、Luxシャンプー&コンディショナーもそうですね。

■Disruption

 破壊を意味します。つまり、既成概念の破壊です。TBWAが提唱しています。TBWAがappleとともに歩んできたことも影響があるのかもしれません。このDisruptionという概念は、一世風靡しました。ここ最近のカンヌ広告賞の入賞作を見ても、どこかにDisruptionがあります。

 このDisruptionは、じつは日本の広告のお家芸でもありました。「不思議、大好き。」も「モーレツから、ビューティフルへ。」もそうですね。ただ、日本の場合は、この方法論が絶対である、という感じが非常に苦手なのかもしれません。ケースバイケース、場合によりけりな感じがありますね。私も、そういう感じです。

■Behavior

 ビヘイビア。いわゆる、行動、振る舞い。数年前の世界のクリエイティブはほぼこれ。今までとは違う行動様式を提案し、ターゲットの気分をすくいとる方法。バドワイザーの「Whassup!」と様々な人が叫ぶCMは、まさにBehaviorでつくられています。ちょっとDisruptionと似ているところがありますが、これはより人間の具体的な行動様式で表現する方法です。DISELなんかもこの方法論。

 ある時期、みんなビヘイビア、ビヘイビア言ってる時期がありましたが、たぶんBBDOを震源地として、多くのホットショップが同時多発で言っていたような気がします。ただ、このビヘイビア、文化環境がものを言う方法論なので、バドワイザーの「Whassup!」なんかは、どう面白いのか日本人にはわからないところがあるのかもしれません。

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 と言う感じで、簡単に欧米の広告会社の広告理論を見てきましたが、最近はあまり新しい広告理論は出てこなくなりました。そのかわり、出て来たのがメディアを含めた手法というか戦術の話ですね。ウェブの影響と、テレビの衰退が原因です。

 私の私見ですが、わりあい欧米、とりわけ第2次大戦の戦勝国は、独自の理論の優位性を言いがちで、日本やドイツ、イタリアは、広告でも、そういうひとつの理論を信奉することに慎重なような気がします。アメリカでも、ワイデン+ケネディやBBHといった新興の広告会社は、あまり独自の広告理論を言わなくなってきています。

 イタリアでは、広告会社ではないけれど、ベネトンなんかは、過激で独自性のある広告をつくってきましたが、彼らはその広告を方法論化しませんでした。あの一連の広告に対して反発したのが、独自の方法論を持つ欧米の広告会社のトップの方々だったりしますし、そのベネトンの広告を支持したのは、イタリアや日本でした。

 興味のある方は、ベネトンのクリエイティブ・ディレクターであるトスカーニの著書「広告は私たちに微笑みかける死体」を読んでみてください。ちょっと古いですが、今だに考えさせられる刺激的な本です。なんか、アフェリくさい終わり方になっちゃいましたが、このエントリを熱心に読む人は、きっとこの本を持っている知人が周りにいると思いますので、借りてでも読むといいよ。面白いから。ではでは。

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