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2008年7月 2日 (水)

水木サン

 SPA!で連載されている「エッジな人々」というインタビュー記事。実写映画「ゲゲゲの鬼太郎」の第2弾が公開されることもあって、今週は、漫画家の水木しげるさんでした。水木さんは、自分のことを「水木サン」って呼ぶんですね。飄々とした語り口が気持ちよかったです。例えば、こんな感じ。

私は漫画のストーリーを考えたことがないの。スーッと出てくる。自転車を漕いでいるような感じですよ、絵を描いていると自然に流れていく。だから、ストーリー作りに関しては、水木サンは天才のようだね(笑)。

 水木さんは、戦時中、軍隊に入隊して戦地でマラリアを発症し、その療養中に、水木さんは爆撃によって左腕を失ってしまいます。戦後は、紙芝居や貸本漫画を描きながら細々と生計を立てていたそうです。漫画雑誌「ガロ」で漫画家として正式にデビューするのは40歳を過ぎてから。あの「ゲゲゲの鬼太郎」も水木さんが40歳を過ぎてからの作品なんですよね。

 40までの水木さんは、絶えず崖っぷちに立たされて、挫折ばっかりの人生でした。そんな苦労話も水木さんは、こんな感じで飄々と話しています。

貧乏は、ちょっとくらいなら構わないけど、長く続くと顔に出る。すると、笑いがなくなるんです。そうなっては困るから、必死で描いたね。火の玉のように驀進したものですよ。

 御年86。私の倍以上。企画やらなにやらが一向にはかどらなくて、どんどん私の顔から笑いがなくなってきている今日この頃ですが、めげてる場合じゃないですね。40年早いよ、って水木さんに怒られそう。さて、もうひとがんばり。

Wikipedia – 水木しげる

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コメント

高校の頃貸本屋が全盛で、漫画家志望の兄貴と二人で”さいとうたかお”の門下生になり劇画を夢中になって読み描きしていた時代がありました。
まだ子供で本物が見えず水木しげる先生の作品は暗く重々しく圧し掛かって来た思い出があります。
今の洗練された作風と違いもっとドロくさいモノでした。

投稿: あんぷおやじ | 2008年7月 3日 (木) 04:00

あんぷおやじさん、こんばんわ。というか、おはようございますでしょうか。

SPA!のインタビューでも「時代が変わればそのつど鬼太郎も変わるから」と仰られていますので、作風が変わってきたのかもしれませんね。

私は、鬼太郎はアニメのやつも、なんとなく怖かったです。ちょっと公害とか社会問題がベースにあって、重かったような。そこも魅力なんでしょうけど、見ていて息苦しかった記憶があります。

投稿: mb101bold | 2008年7月 3日 (木) 04:26

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