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2008年7月11日 (金)

広告は喧嘩である。

 と元気よく言い切ってみました。言い切るって、気持ちいいもんですね。でもまあ、言い切ってみると妙に弱気になってきて、広告は喧嘩でもある、だなんて書き直そうかなと思ってきました。まあそれはともかく、広告は喧嘩であるというのは、半分は当たっているかもです。

 例えば、広告が立ち上がって、その広告がわりとエッジが立った広告だった場合、必ず何かの反応があったりします。あの表現はおかしいのではないか、という意見がお客様相談室に入って来たりします。今日も、そんなことがありました。

 で、その意見を見てみると、なんとなくおかしい。利害関係者が、広告表現をつぶしに来ているような気がします。わざと誤読しているような気がします。それに、私は地方の代議士だとか言っているのに、でも名前は名乗らなかったり。じつは、そういうことはよくあります。ライバル会社の関係者だと思います。大人の世界としては、まあそれはほぼ正解でしょう。

 こういうとき、お客様対応がうまくできていれば、何の問題もなかったりしますが、偶然が重なって、運悪くこじれてしまうこともあります。そうなると、もう挽回するチャンスがないんですね。なにせ、お客様の声ですから。お得意の社内で問題になり、広告にチェックが入ります。このワードは削除。このワードは変更。

 どうするか。

 まずはそれを受け入れる。しょうがないです。受け入れたくなくても、受け入れなければしょうがないですし。だからこそ、その変更を肯定的に受け入れてみる。この肯定的、というのが大事です。で、受け入れた上で、その変更がなければ考えつかないアイデアを考えます。削除や変更という条件ができたことでしか生まれないアイデアです。そのアイデアを定着して、前よりもいい広告をつくります。

 それしかないんですね。それをしないと、ケチがついたという事実だけが残って、調子良く走り出した広告が失速してしまいます。むしろ、そのお客様の声、もしくは、ライバル会社の策略を、追い風に変えてしまうんです。結果的に、あのことがあってよかったな、と言うために。

 広告は喧嘩だと思います。すべての広告は、市場で勝ち残るための握りこぶしです。であるならば、いかに良い喧嘩ができるかが問われます。それは、人間関係でも同じことだと思いますけど、喧嘩をするとき、その質の善し悪しが残酷なまでに出てしまうんですね。

 いい喧嘩をするためには、瞬発力が必要になります。すばやく対応することが何より大切です。時間が経てば経つほど、取り得る方法は少なくなっていきますから。逆説的ですが、多様な方法を残しておくために、瞬発力が必要なんです。時間切れ、こうするしかない、みたいな負け方だけは絶対に避けるべきです。悔いが残るから。

 まあそんなふうに、広告は喧嘩である、なんて書いてきましたが、それが成り立つには、ある前提がいりそうですね。喧嘩をしているフィールドに、武士道みたいな、相手に塩を送るみたいな、ルールというか美学というか、そんな共通認識としてある場合は成り立ちますが、こちらが素手で戦っているときに、バズーカーを持ってこられると、もはや、どうしようもありません。でも、最近はそんなことも多いですね。万事休す、降参、みたいな。

 市場もそうですし、競合コンペなんかでも、そういうの多いですね。ああ、そうこられると、もうどうしようもないな、みたいな。それでも勝たなきゃ食えないので、どうにかしようとは思いますが、たいていは、善戦だったね、という感じで終わります。一頃のジャンボ鶴田さんみたいです。いまだに、バズーカーに素手で勝つ方法は見つかりません。誰か教えてくれないですかねえ。

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広告の話」カテゴリの記事

コメント

う〜〜む、強いな、喧嘩が出来るなんて
羨ましい。
私が、広告業界に居た時は、ひたすら「ごめんなさい」ばかりでした。
マーケティング用のシステムやデータベースを作ると言う、ちょっと変っ
た職種でした。
で、ご存知の様に、コンピュータシステムって、バグやエラーは付き物で、
安定して動作するまで長い時間が掛かる物です。
でも、広告の世界では、「長い時間」なんて物は存在せず、何時も何時
も、そんなこんなのトラブルばかり抱えていました。
また、通常の制作物の様に、金曜日の午後の打合せの結果が月曜日には反映
されているつもりで、スケジュールが組まれたりね。

もう、謝ってばかりの広告屋人生でした。

投稿: をたくな講師 | 2008年7月11日 (金) 23:14

いえいえ、私も、広告屋としては喧嘩できないですよ。無理難題言われたり、道理の通らないことをクリエイティブで解決させられたり。今日もなんだかがっかりなことがありました。(まあ、愚痴だからここで書くのはやめときますが。とほほ。)
システムの仕事系は、広告とからむときつそうですね。タイム感覚が違うし、広告みたいに簡単に直せなさそうですし。そもそもお客さんがITに疎そうですものね。
なんか、具体的な仕事内容は私には想像できないけど、そこでありそうなやりとりは想像できます。想像するだけで胃に穴があきそうです。

投稿: mb101bold | 2008年7月12日 (土) 01:56

>具体的な仕事内容は私には想像できないけど

ダイレクトマーケティング専門の広告代理店で、いまで言うCRMの
為のシステムデザインを主に担当していました。

顧客や見込み客の管理用データベースとか、懸賞の抽選プログラム
とか、通販の受注から発送まで管理するシステムとかです。

システムデザインって言うと、SEさんやプログラマーさんが仕事を
する以前に、クライアントにシステムの提案をしたり、企画書とも
設計書とも付かないようなそんなのを書いたり、システム屋さんを
教育したりね。

投稿: をたくな講師 | 2008年7月12日 (土) 12:36

なるほどです。
CRMと名がつく前だとしたら、試行錯誤の連続だったのでしょうね。お得意の方も、システムの特性とかの理解もなしに無制限に要望を言ってきそうだし、システム屋さんも未知の分野だったでしょうから、きつそうですね。でも、すごくやりがいもありそうです。
IT関係の新しい技術をされている人は、そんな未知の分野に挑戦というところがうらやましく思ったりします。

投稿: mb101bold | 2008年7月13日 (日) 00:35

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