広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
上部構造は下部構造が決定するといいます。私は、広告制作を行う広告制作者ですが、その私が持たされている気分は、きっと私というひとりの制作者固有のものだけではなく、たぶんに、広告業界や社会、経済の状況なんかも影響しているのだろうと思います。
広告はこうあるべき、とか、広告を制作者の手に、とか、そういう思いを表明するのはたやすいです。例えば、私は、現在、媒体コミッション制からフィー制への移行がすすめばいいな、と考えています。これは、一介の社員の立場ではどうすることもできないものの、多くの企業や広告人が、フィー制というシステムを目指しては挫折し、いまだ広く普及されないのにはきちんとした理由があるかもしれません。
よく言われる代表的な理由として、日本の広告業界は保守的で進化してないからね、といわれるものがあります。しかし、それは本当なのでしょうか。欧米が進歩的で、日本が後進的。いまだにそうした考え方にあるのは、すこしおかしいのではないでしょうか。フィー制を阻んでいる理由は、もしかすると別の角度では評価できることなのかもしれない。それを見極めるために、時間を見て、さまざまな切り口で根本の部分からじっくりと考えてみようかな、と思いました。
こうした意図で書くエントリを「広告のしくみ」というカテゴリーに保存しておこうと思います。今回は「広告代理店って、何を代理しているのだろう。」と題して、日本の広告代理店というシステムについて考えてみました。もしかすると情報の整理の域を出ないかもしれませんが、時間を見て、こつこつと重ねていきます。よろしくお願いします。
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広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1)
■広告代理店の「代理」が意味すること
最近は広告会社という言い方が一般的になってきましたが、まだまだ広告代理店という言い方は健在です。この言葉は、通常は、媒体の扱いがある広告関連会社のことを広告代理店といい、制作機能をほとんど持たない広告関連会社も、広告代理店と呼ばれることがあります。広告の制作のみを行う広告関連会社は広告制作会社もしくは広告プロダクションと区別して呼ばれます。
もともとこの言葉は、英語のAdvertising Agencyの日本語訳でもあり、実際に、日本でも東急エージェンシー、京王エージェンシー、読売エージェンシーなどの社名に見ることができます。しかし、欧米では、Agencyという言葉は社名に使われることはほとんどありません。マッキャンエリクソン、BBDO、TBWA、サーチ&サーチ、ヤング&ルビカム、J.W.トンプソン、レオバーネット、オグルビー&メイザー、ワイデン+ケネディ、ファロンなど、創業者の名前が冠されることが一般的です。
Agencyという言葉は、「代理業、代理店」を意味します。モデル業務をモデルに成り代わるのがモデル・エージェンシーであり、保険業務を保険会社に成り代わるのが保険エージェンシーです。そういう意味では、広告代理店=Advertising Agencyという名称は、文字通り広告業務を代理する会社であると考えられます。しかし、日本において、代理店と制作会社が明確に区別して意識されるのは、その広告というものが、新聞広告、テレビCM、ウェブ広告のコンテンツそのものとして意識されていないことが読み取れると思います。つまり、日本における、この広告代理店という名称が意味する広告とは、媒体のことなんですね。
■日本の広告代理店の成り立ち
1888年(明治21年)創業で、現存する日本最古の広告代理店である廣告社は、毎日新聞(旧東京横浜毎日新聞)の広告取次業として創業します。電通は、もともとは通信事業を行う電報通信社と広告取次ぎ事業を行う日本広告が始まり。国策によって、通信事業を同盟通信社(現時事通信・共同通信)に譲渡し、広告取次専業となります。博報堂は、教育雑誌の広告取次店博報堂を始まりに、新聞雑誌広告取次業博報堂、内外通信社、内外通信社広告部博報堂へと名称が変わり、現在の博報堂になります。
つまり、多くの広告代理店は、広告取次、もしくは通信社の広告取次部門として、そのルーツを持ちます。なぜ広告取次を通信社が扱っているかは、はっきりしたことはわかりませんが、ニュースを配信することと同様に、広告というニュースを配信するという、通信社業務の延長として考えられたからなのではないかと思います。その視点で考えると、その取次という業務には、ニュースを取材するという機能と同じように、広告を制作するという機能が含まれていることになります。
また、媒体社の広告業務部門を担う事業をルーツに持つ広告代理店も多くあります。朝日新聞社のグループ企業である朝日広告社。東急グループであり、東急電鉄の交通広告媒体に強みを持つ、東急エージェンシー。西鉄グループの西鉄エージェンシー。比較的新しい会社では、JR東日本グループのジェイアール東日本企画、JR東海グループのジェイアール東海エージェンシー、JR西日本グループのジェイアール西日本コミュニケーションズ。
ここで重要なのは、新しくできて、成功を収めている会社は、媒体社系列が多いということです。ネット系広告代理店にも同じことが言えます。成功を収めているネット系広告代理店は、何よりもまず自らが媒体社でもあることが多く、もしくは何かしらの大きな媒体と深い関係があるか、どちらかだと思います。
■媒体と不可分の日本の広告業
日本の広告業は、その成り立ちから、媒体社との連携において発展してきました。それは、そのシステムは、広告媒体の開発という、本来は媒体社の領域の業務を「代理」してきたという側面があるのかもしれません。
戦後、様々な広告代理店が淘汰されるなか、現在の地位を決定したのは、ラジオ、テレビへの対応だったということです。それは、ラジオCM、テレビCMという広告コンテンツを制作する体制ということではなく、ラジオ、テレビの番組開発から広告媒体開発まで、ラジオ局、テレビ局とともに広告代理店がかかわるということを意味しています。
これは、業種が変われば、きわめて当たり前の話ではありますが、ADK、読売広告社は、アニメ制作が成長のトリガーでした。つまり、高付加価値の広告媒体をつくるために、番組制作からかかわる、という部分にこそ、日本の広告代理店の本質的な業務があったのだということもできるかもしれません。
「広告代理店って、何を代理しているのだろう。(2)」へ続きます。
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コメント
はじめまして。
いくつか自分のほうが年上のようですが、広告関係の制作会社勤務だった10年ほど前、mb101boldさんと似たようなことを考えていました。
D社の下請けの制作なのでクライアントはビッグネームですが、メジャーな部分はD社内で手がけ、派生するその他もろもろのツールの制作が主でした。担当はコピーです。
奇しくも自分も大阪出身で、メディアの仕事は東京だということでやってきたわけですが、東京と大阪はどちらも都会なので、いわゆる "上京物語" とは少し違うように感じます。何となく分かってもらえるのではないかと思いますが、東京に来た頃は一種のパラレールワールドみたいで楽しかった。
しかしまあ代理店の下請けというのはご存じのとおりの環境でして、愚痴を言っても始まりません^ ^ 自分が甘かっただけです。
現在は少し広告から離れ、新たな代理店Googleに対しては自分がクライアントの関係となる仕事をしていますが、そんな折り、mb101boldさんのブログを発見して不思議な懐かしさを覚えています。また時おり読ませていただきますので、モチベーションを持ち続けてください^ ^
とりとめのないコメント、失礼しました。ではまた。。
投稿: kiona | 2008年7月18日 (金) 18:15
kionaさん、はじめまして。
それにしても、ここ10年くらいで、広告をとりまく環境がすっかり様変わりしてしまいましたね。業界も、社会も。なんか、そういう変化の意味を、もう一度、その基礎の部分から確認しながら考えてみようかと思い、書き始めました。
いろいろな変化が、いろいろな勝者や敗者を生みましたが、その勝者でさえ、なんか幸せな顔をしていないなあと思います。それは、業界構造の問題だけではなく、景気もあるのでしょうけれども。
今は他分野でご活躍とのことですが、お互い、いろいろ少しずつでも良くしていきたいですね。今後ともよろしくお願いします。
投稿: mb101bold | 2008年7月18日 (金) 20:04
私は、十数年前までDとアメリカの合弁の広告会社に勤務して
いました。
Dの子会社ですから、メディアコミッションはDが取ります、
「我が社が、喰って行く為にはアメリカ流のフィー制度を導入し
頑張るんだ」と
色々模索していました、アメリカ側の親会社に出かけフィー額の
根拠となる社員の労働時間の積算法を教えて貰ったり、そのため
のシステムを社内で立ち上げたり。
クライアントにフィー制度の理解をお願いし、請求金額の根拠を
説明したり。
社内、クライアント、Dを説得し理解を得るまで大変でした。
フィーの根拠となる労働時間の管理が社内から反発を食らい、
クライアントからは「高い、金額の根拠が判らん」と文句を言われ、
ロクな事ありませんでした。
結局、広告会社はメディアを持ってないとダメ、コミッションで
稼げないとダメ、って結論を持つようになってしまいました。
だって、コミッションの方が取るの楽なんだもん。
投稿: をたくな講師 | 2008年7月18日 (金) 21:16
フィー制、フィー制と言っていたのも今は昔、みんなメディア、メディアと言っています。これだけ経済状況が悪いとhそうがないですね。
労働時間という軸を導入すると、フィー制は難しくなりますね。もめればもめるほど高くなったり、けっこう矛盾が出てきます。クリエイティブとかける時間の関連もありますし。
これは前にいた外資系広告会社で感じたことですが、日本ではフィー制が予算削減に使われることがあり、パートナーという言葉を悪用しているんじゃないかな、と思うケースも多々ありました。
でも、コミッションも一頃の価格競争で下がるところまで下がり、いま本当に辛い時期に来ていますね。ここ数年が正念場のような気がします。
投稿: mb101bold | 2008年7月18日 (金) 23:39