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2008年7月14日 (月)

知識人としての吉本隆明

 糸井重里さん主宰の「ほぼ日刊イトイ新聞」が、「吉本隆明プロジェクト」という名前の企画をはじめています。吉本さんの講演音源をアーカイブ化する作業をしていて、CD・DVDブックとして発売されました。吉本さんは、NHK教育テレビとか、批評家や哲学者、思想家が出演しそうな真面目なテレビ番組にはほとんど出演してこられなかったので、生の声は貴重です。

 一度だけ「電波少年」には出演されました。吉本さんが湘南で溺れかけた事件の後です。松本明子さんが吉本さんのご自宅に直撃して、たしか「吉本さんの海水浴恐怖症を克服させたい」とかいった企画で、洗面器に顔をつけさせられていました。吉本さんのテレビ出演の基準は、等身大の自分より高くみせるものは原則断る、というものらしいです。

 「ほぼ日刊イトイ新聞」の「YOSHIMOTO TAKAAKI」のページに、弓立社社長の宮下和夫さんのインタビュー(参照)が掲載されておりました。なんかしみじみいいインタビュー記事でした。最後に、「敗北の構造」という講演集のあとがきが掲載されていました。昔読んで心に残って、久しく読んでいなかった言葉で、懐かしく読みました。孫引きですが、引用します。

かつて、戦争中から戦後にかけて、わたしは一人のなんでもない読者として傾倒していた幾人かの文学者がいた。かれらが、この状況で、この事件で、どう考えているかを切実に知りたいとおもったとき、かれらは、じぶんの見解を公表してくれず、沈黙していた。もちろん、それぞれの事情はあったろうが、無名の一読者としてのわたしは、いつも少しづつ失望を禁じえず、混迷にさらされた。もしも、わたしは表現者として振舞う時があったら、わたしは、わたしの知らない読者のために、じぶんの考えをはっきり述べながら行こうと、そのとき、ひそかに思いきめた。たとえ、状況は困難であり、発言することは、おっくうでもあり、孤立を誘い、誤るかもしれなくとも、わたしの知らないわたしの読者や、わたしなどに関心をもつこともない生活者のために、わたしの考えを素直に云いながら行こうと決心した。それは戦争がわたしに教えた教訓のひとつだった。わたしは、まだ、この教訓を失っていない。

吉本隆明「敗北の構造」あとがき

 元軍国少年だった吉本少年は、敗戦直後、相当な衝撃を受けたそうです。今まで信じていたものが信じられなくなったとき、今まで精神的な支柱にしていた知識人たちの言葉を求めたそうです。しかし、多くの知識人は沈黙し、ある知識人は戦前の言動をなかったことにして、明るい言葉でしゃべり始めました。また、当時非合法だった日本共産党の人たちは、戦時中、戦後と変わらなかったのは我々だけだと言い始めました。そのときの違和感が、後の転向論につながっていきます。

 この転向論については、吉本さんの絶対善的な立ち位置を批判するものや、その動機を、学生時代に軍隊に入隊しなかったことの負い目に見るものなど、いろいろ説得力のある批評があります。私としては、そういうものも受け入れつつも、一表現者として吉本さんを見た場合、今なお、積極的すぎるぐらいに何にでも言及する吉本さんは、初志貫徹の人、持続の人だと感じます。

 スターリニズムを語り、転向を語り、言葉を語り、共同幻想を語り、心的現象を語り、笑いを語り、広告を語り、宗教を語り、政治を語り、家族を語り、老いを語り、「吉本はボケた」と揶揄されながら、そんなことはおかまいなしに今なお語り続けている吉本さんは、すごいもんだよなあと本当に思います。特に、老いについて。あんな老人論は、読んだことがありません。

 語れば語るほど、吉本シンパの典型的言説になってしまいそうで、なんか気恥ずかしさもあるのですが、恥ずかしがってる暇があったら、自分ができることから、まずアクションを起こそう、その後でどんな評価は受け入れればいいじゃない、というのが、吉本さんなのでしょう。

 破壊すべきは、内なるスターリニズムというか、それはスターリニズムという言葉が死語になりつつある今でも変わらないのかなあ、と思います。でもまあ、政治の話に限らず、スターリニズム(それとイコールの別の言葉でもいいけれど)打破を叫ぶ人が、外からはスターリニズムそのものに見えるというパラドックスにも注意しなければならないでしょうが。本日は、大阪。夜、東京に戻ります。

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