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2008年7月15日 (火)

じゃあ、それ絶対だと言える?

 今、新幹線の中。まもなく名古屋です。名古屋を出ますと新横浜に着くとのことなので、それまでに書ききればいいなあ、なんて思ってます。休日と有給休暇中は、いろいろと忙しかったので、あまり手広く考える暇がなかったけど、まあ、それなりにぼんやりといろんなこと考えているわけで(もちろん仕事のこともね)、それを書いてみようかな、なんて思っています。

 このところ、お医者さんの先生のブログをよく読んでいます。その中で、へへえ、おもしろいなあと思うエントリがありました。なんとなく有名ブログだから、紹介ということでもないし、発掘感がないけれど、まあおもしろいんだからしょうがないか。って、しょうがないとかそんな問題でもないけど。

 そのエントリでは、今、社会は医師に対して「大丈夫」という言葉を過剰に求めていて、その責任も過剰に追わされて、その状況にあることに意識的な先生、このエントリの言葉を借りると「ものがよく見えてる先生」は、「大丈夫」を安売りできる分野に逃げ込んでいる、ということが書いてありました。

地域の基幹病院から呼吸器内科の先生がいなくなって、今本当に困ってる。

肺気腫の人とか、喘息の人とか、うちにかかったこともないような人が、「専門的なご加療をよろしくお願いします」なんて紹介状持って、うちみたいな施設に運ばれてくる。相手は呼吸器専門の開業医で、自分たちはただの一般内科なのに。

やっぱりずるいと思う。やろうと思えば仕事できるのに。無能のふりして「大丈夫」大安売りして、明らかに格下の医者相手に「専門的なご加療を」とか、思ってもいないこと口にして、自ら設定した範囲を超えた「大丈夫」のツケを回して、自分はまた別の元気な人つかまえて、また「大丈夫」を売り歩いてる。

「大丈夫」の排出権取引をやらせてほしい - レジデント初期研修用資料

 ああ、なるほどなあ。そんな感じだろうな、と思います。でもって、なんとなく、私自身、どうやら先生やケースワーカーさんに「大丈夫」を求める患者家族と思われているふしが、どうにもあるので、なんとも複雑なんですが。いつも、先方が過敏に反応してきたな、と感じたら「いえいえ、そういうことではなくて」という言い訳をこちらがしなくちゃいけなくて、しんどいなあ。ただ質問しているだけなのに、とこちらは思うのですが「大丈夫」を求めていると思うんだろうな。「もう治りませんから」と言われたわけだから、それは理解してますってば。でも、しょうがないんだろうな、そういう空気の中で息を吸っているんだから。

 まあ、そんな愚痴はともかく、この話、最近の仕事でもよく見かける光景ではあるなあ、と思いました。こちらの広告の仕事は、命がかかっていないので気楽と言えば、まだ気楽だけど。

 最近の傾向かもしれませんが、コミュニケーションプランナーという言葉が一人歩きして、自称広告プランナーが増えてきたような気がします。垣根を超える、という概念も流行っていますし、いろんな分野で、自称広告プランナーだらけなんですね。で、たいがいは、そのプランニングというのは、戦略とかではなく、いきなりエクスキューション(表現)だったりするわけで。

 そんな自称広告プランナーばかりが集まって会議しても、もめるだけなんですよね。その時点で、自分の専門性をベースにしなくなるから。垣根を超える、というのは、なんらかの専門性がベースになってないと辛いのではないかな、と個人的には思っています。なんとなく、今の空気では形勢が不利だけど。

 自称広告プランナーたちは、自分のアイデアを私とかのクリエイティブにかたちにさせたがるんですね。彼らは、最終的な定着のスキルは持っていないから。当然、拒みます。なぜ拒むかと言うと、その時点で、こちらはエクスキューションではなく戦略のことを一生懸命考えているから。AISASとか、そういうのは戦略じゃないから。それは、方法論だからね。

 で、今考えていることを説明します。しょうがないから、大急ぎでエクスキューションの例を示しながら。そうすると、こう言います。

 「じゃあ、それ絶対だと言える?100%、成功するって言える?」

 言えるわけないじゃない。神様ではないんだしね。でもね、100%失敗するという案ではないという自信はあるんですよ。それにね、私はね、大きなところだけやって、小さなところはクリエイティブ、よろしくなんて、自称広告プランナーがやりがちな手抜きなこと、絶対に言わないんですよ。今のコミュニケーションって、軸でしょ。それは、君たちが大好きな新しい広告の考え方じゃないですか。それって、最後は、地味で丁寧な作業をどれだけ見られるかが、案外勝負なんですよ。今の広告って、昔みたいに、大きなとこ一発で、あとはどうでもいいみたいな大らかな時代じゃなくなったという時代の必然があるんですよ。

 私自身、CIプランナーから広告制作に入った人間だから、まあ、元自称広告プランナーであるんですが、私は本気だったから、定着まで責任が持てるだけのスキルは学んだし、いつもそれを担保にしています。それに、そんな実制作を扱う広告制作のアンカーが、お得意の政治を読んだり、戦略の前提になるステイトメントの整理まで手を出さざる得ないのは、そんな「大丈夫、あとはクリエイティブが最高のビジュアルとコピーを考えますから」という自称プランナーばかりになっていて、高度な専門性と直感を持ったアカウントやマーケやメディアが不足しているから。

 さとなおさん曰く、コミュニケーションプランナーというのは、戦略からメディア選定、最終定着、結果の責任までひとりの人間の考え方で行うという仕事モデルなんですよね。このコミュニケーションプランナーという言葉を広めたさとなおさんの名誉のために言っておきます。そのひとりの責任あるコミュニケーションプランナーを中心にチームワークがある、という考え方。だから、さとなおさんは、今でこそ主流っぽいけど、ずっと本流ではなかったんです。

 なんか書いているうちに怒ってるみたいな文章になってしまったなあ。他分野で覚悟を持ったコミュニケーションプランナー指向の人は、応援しています。もし一緒に仕事することがあったら、先輩として出来る限りの支援をしたいです。それは、孤立無援の厳しい道のりになるから、追い風だけは送りたいと思います。新しい広告は、私は個人をベースにしたものから生まれると思っています。組織の時代を経て、もう一度、個人の時代が来るような気がします。そのときに、いい酒が飲めるように、お互い、がんばろう。

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