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2008年8月 6日 (水)

広告会社の再編で何が変わって何が変わらなかったのか

 広告会社の再編をアサツーDK(旭通信社、第一企画の2社の合併。現ADK)が発足した平成11年(1999年)頃からだとすれば、あれから10年弱経ったことになります。それは、私が広告代理店に在籍してきた歴史にも重なりますので、少々の資料とともに、広告会社の再編によって、何が変わって何が変わらなかったのかを、ごく私的に考察してみたいと思います。

■外資の再参入とともにあった日本の広告会社の再編

 その合併のあと、様々な再編が行われました。I&SがBBDOと合併し、I&SBBDOになり、日産のハウスエージェンシーであった日放は、TBWA/JAPAN(注:/は逆向き)になり、現在はTBWA/HAKUHODO(注:/は逆向き)になっています。また、東急エージェンシーの海外広告部門であった東急エージェンシーインターナショナルは、ソニー子会社になりインタービジョンへ、そして、電通資本が入ってフロンテッジと社名を変えました。そして、大阪の老舗広告代理店である萬年社は、今はもうありません。

 これは、余談ですが、大阪では、その昔、「電通、大広、萬年」と言われていました。要するに、ナンバースリーだったんですね。萬年社は日本の広告代理店では、廣告社に次いで古く、そんな老舗広告代理店の倒産は、関西出身の広告人にとってはかなりのインパクトがありました。時代が変わったことを思い知らされた出来事だったのです。

 広告会社の再編は、欧米の広告会社が日本市場に注目した時期と重なっています。これまで外資系は、日系の広告会社と提携を結び日本で活動することが多かったようです。マッキャンエリクソン博報堂(かなり前に博報堂と提携を解消)、電通ヤング・アンド・ルビカム、レオ・バーネット協同、グレイ大広、サーチ&サーチ・ベイツ・読広。そんな中、オグルビー&メイザーが日本再参入し、レオ・バーネットは電通とDMB&Bと三社でビーコン・コミュニケーションズを設立。TBWAやBBDOといったメガエージェンシーも日本の中堅広告会社を買収するかたちで日本に進出してきました。

 その頃は、グローバルスタンダードの旗印のもと、欧米資本の広告会社が積極的に参入してきた時期でした。バブルが崩壊し、日本の国力が低下していって、参入がしやすくなったのも要因のひとつであったようです。これまでのようにウィンウィンの関係での提携は難しくなり、業界界隈でも、これからは外資の時代だ、なんて言われていました。私も、外資系にいる人間として、ある主の高揚感は確実にあったように思います。

 しかしながら、日本の経済の低迷が長期化し、そんな外資系の思惑通りには進まなかったのが今ではないかと思っています。フィー主体の収益構造を持ち、媒体の扱いを持たない外資は経営が苦しくなり、新規参入してきた外資も撤退が相次ぎました。また、そんな外資の進出に刺激されたのかどうかはわかりませんが、欧米の広告会社グループに対抗するかたちで日系広告会社の経営統合も相次ぎ、この外資系広告代理店ブームが、結果として、媒体提案力での競争という日本市場独特の特徴を強化してしまったように思えます。

■売り上げランキングから見るこの10年

 たまたま「比較日本の会社98 広告会社」という本があって、98年の広告代理店売り上げランキングが掲載されていましたので、07年と比較してみたいと思います。私と同じ世代の広告人なら、ああ、時代変わったよなあ、って思いますよ。なんだか、この表を見ながら、あの頃、ああだったよねえ、なんて昔話を肴にして、ホッピー3杯いけそうですね。

 

1998年

  1. 電通
  2. 博報堂
  3. 東急エージェンシー
  4. 大広
  5. 旭通信社
  6. 読売広告社
  7. 第一企画
  8. I&S
  9. ジェイアール東日本企画
10. マッキャンエリクソン
11. 朝日広告社
12. 創芸
13. オリコム
14. 日本経済社
15. J.W.トンプソン・ジャパン
16. 中央宣興
17. 電通ヤング・アンド・ルビカム
18. 日放
19. 協同広告
20. 日本経済広告社


2007年

  1. 電通
  2. 博報堂
  3. ADK
  4. 大広
  5. 東急エージェンシー
  6. ジェイアール東日本企画
  7. 読売広告社
  8. デルフィス
  9. 朝日広告社
10. 日本経済社
11. 日本経済広告社
12. フロンテッジ
13. オリコム
14. 電通ヤング・アンド・ルビカム
15. JR西日本コミュニケーションズ
16. 電通九州
17. JIC
18. 中央宣興
19. NTT東京電話帳
20. 新通

 

 ちなみに、07年には売り上げ非公開である外資系広告会社は含まれていませんので、純粋な比較にはならないことをお断りしておきます。

 単純に思ったことは、広告会社ブランドの多様性は減ったなあ、ということですね。旭通信社も第一企画もI&Sも今はありませんし。それと、そうそう、この頃は「電通、博報堂、東急」だったんですよね。その前は長い間「電通、博報堂、大広」の時代がありました。大阪は今も「電通、博報堂、大広」ですね。

 あの頃、上位10社くらいなら、名物クリエイティブディレクターがかならず1人はいて、ISならあの人、一企はあの人、マッキャンはあの人、YRはあの人、という感じで、互いに競い合っていた感じだったのですが、今や上位2社の戦いみたいな感じになっていますね。コマフォトを見ても、ブレーンを見ても、電通、電通、電通、博報堂、電通みたいな。ちょっと愚痴っぽくなってきましたので、個人的な感想はこのへんにします。

 ここで注目は、ジェイアール東日本企画、JR西日本コミュニケーションズのJR系広告会社と、トヨタ系のデルフィスの躍進です。また、98年当時23位だった東急エージェンシー・インターナショナルが母体のフロンテッッジが12位に。これは、東急インターがインタービジョンに変わるときの低迷を知っている者としては、大躍進と言えるのでしょうね。

 特徴的なのは、「系」が強いということなのでしょうね。JRなどの媒体系は、媒体提案力、広告主企業系は仕事の安定的供給というところでしょうか。07年には、I&SBBDOなどの外資は含まれていませんが、現実は大躍進というわけではありません。かつて話していた、「電通、博報堂、BBDO」という冗談は、どうやら冗談で終わりそうです。それに、クリエイティブで目立ったところが大躍進というニュースも皆無ですしね。それに、中堅は当たり前のように苦しいですが、上位も苦しいのが現状ですね。

■なんかつらくなってきました

 とここまで書いてきて、なんかお気軽個人メディアであるブログだから言っちゃいますが、どんどんつまらなくなってきました。というか、書くのがつらくなってきました。じゃあ書くなよってな話でもありますけどね。

 ここまでは基礎資料と、当時の業界内の印象だけですので、もう少し資料にあたって、もう少し深く考えると何かが見えてくるかもしれませんが。それに、ネット系も視野に入れないといけないんだろうなと思いますが、ネット系もそれほど好調ではないし、いまのところ群雄割拠で、規模も小さいですし。

 つらくなるのは、私が広告人だからだろうな、と思います。経済評論家とか、株のアナリストなら、もう少し客観的で冴えた考察ができそうですが、やっぱり広告人だから、なんか複雑。まあ、儲けりゃいいてもんでもないけれど、儲けないと明日はないからなあ。

 結論、過渡期。なんてことにはさすがにいかないので、とりあえず今日はここまでにしておきます。そのうち、何か希望みたいなものが思いつくかもしれません。思いつくといいなあ。きっと思いつくよね。さ、仕事仕事。続きは、少し先になるかもしれません。すびばせんねえ。(これ、最近よく聴いている桂枝雀さんの決めセリフ。エントリと関係ないですが、枝雀さん、いいですよ。一度聴いてみてくださいませ。おすすめです。ではでは。)

関連:広告代理店って何を代理しているのだろう(1)(2)(3)

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コメント

初めまして。こんにちわ。

いやいや、実に懐かし~っすねぇ。色々思い出してしまいました。

デパート系、電車系、新聞系、不動産系、ってな分け方もしていましたよね。公表されていた売上高も実はかなりの部分がグループ内で回している仕事ばっかりだったりして。

昔と今の一番の違いは、営業が広告スペースを売り歩く人、ってことでは存続できなくなっている、ってことのようにも思います。
これは良くも悪くも外資の影響ですよね。

ではでは。

投稿: yoichi | 2008年8月 6日 (水) 09:32

yoichiさん、はじめまして、というか、いつもお世話になっています。

懐かしいですよね。書いてて、世代的には、考察以前に懐かしいだろうなぁ、と思って書いていました。

売り上げ比較も、時代が変わって、単純な比較ができなくなりました。利益率とかも重要だし、連結のところは、グループ内の回し仕事もあるだろうなあ。

確かにメディアブローカー的な仕事は減ったような気がしますね。安易に仕事をしてたら、コミッション値引きを要求されてしまいますしね。確かに知恵は使うようにはなってきましたね。それは、まあ、希望ですね。

今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2008年8月 6日 (水) 10:54


こんにちは。検索でここにたどり着きました。
「mb101boldさん」よりずっと年上、
1980年に広告業界に入ったものです。

新卒でいまはなき(他社と合併)中堅代理店に入り、
制作会社を経て、11年前に自分の小さな会社を持ちました。

制作会社勤務の時は、萬年社さんと名古屋の企業を担当して、
萬年の倒産で支払ってもらえなかったことがあるなー(汗)
いまでは良い(!)思い出です。

私はずっと“ドメスティック”で、外資(エージェンシー、ないし
クライアント)への興味がありますが、きっと
“隣の芝生”で、それはそれで独特なご苦労があるようですね。
(過去記事も、楽しく読ませていただきました。)

今回の長文記事、かなりめげながら書いていらっしゃるようですが、
力作です!資料も考察も。
仕事の企画書よりすごいのではないですか!?

どんどん変わる広告環境…。
また、拝見させていただきます。

投稿: 川島孝之(表参道の小さな広告屋から) | 2008年8月10日 (日) 23:36

川島さん、はじめまして。

80年と言えば、広告業界がいちばん熱気があった頃ですね。その頃は、私はまだ中学1年でした。

広告の環境もすごく変わりました。外資も含めた中堅広告代理店の存在意義が厳しく問われているような感じで、この2〜3年が勝負の分かれ目かな、と思っています。

>仕事の企画書よりすごいのではないですか!?

うっ。仕事の企画書もがんばらなくちゃ。今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2008年8月11日 (月) 08:31

どうもはじめまして!
私は26歳の広告代理店に勤めるものです。

1998年と2007年の売上高の記事大変興味深く読ませていただきました。

ちなみにこちらの情報ソースは何処からなんでしょうか?

またぜひお教えいただけたらと思っています。

投稿: yt | 2008年8月27日 (水) 05:51

ytさん、はじめまして。

一般の本屋さんで売っている就職本(業界研究本)に出ます。これの元ソースは、たぶん広告経済研究所だと思います。

投稿: mb101bold | 2008年8月27日 (水) 10:32

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