現代思想「吉本隆明 肯定の思想」がすごく面白いです。
冒頭の67ページにわたるロング・インタビュー(聞き手:高橋順一)だけでも読む価値があると思います。私は吉本フォロアですので、たいがいの新刊本は買って読むのですが、基本的には同じことの繰り返しだったりします。それが悪いかと言えば、吉本さんの場合そうではなくて、この人は大切なことは何度でも言うタイプなので、それはそれで面白いのですが、今回のインタビューは違います。
なんか、生々しいんですよね。全学連の同伴者知識人として「一兵卒」として安保闘争に関わっていた頃のこと、丸山眞男、花田清輝、埴谷雄高といった進歩主義的知識人のこと、なぜ吉本さんが「転向論」を書いたのか、そんなこんなが、今だから言いますが的な言葉で語られていきます。
有名な論争に、80年代の吉本・埴谷論争というものがあります。吉本さんが、川久保玲さんのファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」のモデルになって、ファッション雑誌に登場し、それを見た埴谷さんがイチャモンをつけました。吉本、お前は、資本主義に身を売るのか、と。民衆の味方だとか言っていて、高級ブランドの服着て、かっこつけるんじゃない、と。それに対して、ファッション誌を見て消費を楽しむ大衆が存在するのは、左翼が求めていた革命の達成そのものじゃないか、現在は高度資本主義という段階にうんぬんかんぬん、という感じの論争でした。
それは、建前としては、埴谷さんを代表とする進歩主義的インテリゲンチャの歴史認識と、吉本さんの消費主体という新しい資本主義段階(高度資本主義)に日本が入っているという歴史認識についての論争でした。で、この論争について振り返る吉本さんの言葉はこんな感じ。
僕は庶民だから、庶民が何をしてもどこが悪いんだ、ということです。僕なりの理屈で人には通用しないかもしれないのですけど、コム・デ・ギャルソンの川久保玲さんというのはすごくいい人なんですね。(中略)だいたいモデルになると着た着物に関してはくれるって言うのだけど、コム・デ・ギャルソンはくれなかったですよ(笑)。最後までそういうのは貫徹していましたね。大した人だなと思いました。ですから埴谷さんに言われてもあんまり堪えなかったですね。
おお、そういう思いだったんだ。ちょっと感動してしまいました。もちろん、このインタビュー、今だから話せる的なものだけでなく、吉本さんの思考の軌跡をすごくわかりやすく伝える、ある意味、すぐれた吉本隆明入門にもなっていて、吉本隆明さんという名前は知っているけれど、いまいち何をした人かはわからないという感じの人にもおすすめの内容になっています。
ただ、読むときには、日本の進歩思想は、ソ連共産党および、それに随伴する日本共産党(及び社会党)の影響が絶大であったという思想状況をふまえて読むとわかりやすいかと思います。日本共産党の発行する雑誌「前衛」の名が示すように、知識人は大衆の前衛だったわけです。党員であることが前衛の証であり、日本の進歩思想の証だったのです。今は想像しにくいけど、相当なものだったようです。その強烈な批判者として、吉本隆明は論壇に登場しました。
そういう文脈さえ理解できれば、なぜ吉本さんがスターリニズムを嫌悪するのか、なぜ共同幻想という方向で国家を解明してきたのか、なぜ大衆の原像という概念を提示したのかが分かると思います。そんな吉本さんが、現在をどう見ているのか。
病気のこと(産業革命の頃に顕在化した肺結核のように、現在の社会ではそれが精神疾患として顕在化していると吉本さんは指摘:筆者注)と、拡大する産業規模をどこで止めるのか、止められるか、あるいは他に抜け道があるのかということを考えるのが今の課題だと思います。これは他の国がやれるという気は全くしません。(中略)こうした問題に対して、何か新しい、いいやり方を生み出せる格好の位置にあるのは、日本だけであると思います。そこは考えどころだと思います。
医療をひとつとってみても、いま日本はいろんなやり方を指向できる位置にあるような気がします。たぶん、西欧先進国が陥ってしまっている問題、例えば、アメリカにおける医療の現状、と同じ問題を日本に現れていることを、吉本さんは「第二の敗戦」と呼んでいて、ここ数年の「敗戦期」の選択如何によって、いろいろなことが変わってくるのだろうな、という感じがしています。個人的なたわごとだけど、私が最も知っている分野は広告だし、私の広告の考察(参照)とかは、そういう社会論のアナロジーとしての意味あいもあるにはあるんですけどね。
まあ、そんなことはともかくとして、ほんとにおすすめ。今なら本屋さんにも平積みされているから、試しに立ち読みでもしてくださいな。冒頭のロングインタビューは、かなりおもしろいですよ。ではでは。
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コメント
mb101boldさん
ご無沙汰して済みません、喜山です。
ぼくも「今だから言いますが的」話、面白かったです。そういえば、この類の話、吉本さんは繊細に解禁している気がします。
インタビューや対談だからその場で、「これはもう話してもいいだろう」と判断しているのだと思いますが、何か絶妙ですよね。
「吉本隆明の今だから話」。本にできそうです(笑)。
投稿: 喜山 | 2008年8月22日 (金) 08:55
喜山さん、お久しぶりです。今年の夏は暑かったですが、お元気でしょうか。
それも媒体もしくは話していい相手かどうかを繊細に分けているようですね。
ギャルソンの話、「だって川久保さん、いい人だから」っていう理由、大人の世界ではほんとは理由にならないけど、吉本さんにとってはきちんと理由になっているのが少しうれしかったです。
それと、埴谷さんに対する敬意なんかもわかって、後に、あのときはすみませんでしたって謝っていることもどこかでしていたと吉本さんは話されていましたし。
それにこれからのことも率直に語っているし、ほんと、すごいおじいさんすげえや、って思います(笑)。
投稿: mb101bold | 2008年8月22日 (金) 09:49