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2008年8月16日 (土)

笑い声と母音

 前から気になっていることがあります。笑い声と母音との関係。標準的な日本語をベースに考えると、日本語には「ア」「イ」「ウ」「エ」「オ」という5つの母音があって、その母音をベースにした笑い声にはそれぞれ特徴があるようです。その特徴から、日常よく使う笑い声は何かということで、その人のキャラクターなんかがぼんやりですが見えてくるような気がしています。けれど、ネットを眺めてみるも、そのような明確な論説はないようです。

 じつは、私は前にもそういう内容のエントリを書いています。といってもポエムっぽいのですが。短いエントリなので全文紹介します。

笑い声は、あいうえお。

あはは
いひひ
うふふ
えへへ
おほほ

明るく、あはは。
ひっそり、いひひ。
恥じらって、うふふ。
照れながら、えへへ。
気高く、おほほ。

私は、あははが多いと
自分では思うけど
人から見ると違うかも。

さあ、4月。
笑っていきましょう。

2008年4月1日

 まあ、これで全部言えているって言えば言えているんですが、今回はそれをもっと掘り下げて考えてみようかな、とそんな感じで書いていきます。

 ネットを調べてみると、ひとつだけ似たような題材で研究されている方がいらっしゃいました。阪大医学部の教授(当時なので今はわかりませんが)の角辻豊さんが「笑い声と諸言語の形容詞に含まれている母音との共通性についての研究」(参照※PDFファイルをダウンロードできます)という文章を「笑い学研究」という雑誌に書いていらっしゃいます。これは、日本笑い学会という市民参加型の学会が発行しています。

 この中で、角辻さんは、14種類の言語で48の形容詞をベースに検証し、次のように結論付けています。

 「」は非特異的な母音であり、最も多く使用され、笑い声のプロトタイプとしての「アッハッハッ」と矛盾しなかった。
 「」は「卑近、密接、卑小、鋭利、緊張」の意味が使用されている形容詞から推測されたが、「イッヒッヒッ」の笑いが含む意味と合致しているように感じられた。
 「」は「冷静、沈着、やや鋭利、やや緊張」が同様に推測されたが、「ウッフッフッ」と言う笑い声との連想はやはり合致していた。
 「」は口の形からの「狭い」が自然に理解されたが、「エッヘッヘッ」の笑い声から連想される、功利性や現実主義の感じは、形容詞の研究からは証明できなかったが共通項として「弛緩性」が推測された。
 「」の「憧れ、尊敬、非卑近」は「オッホッホッ」の笑いの持つ意味と良く一致した。

 形容詞との比較で、笑い声の意味は自明にされているので、私の興味の部分からは少しずれるように思いますが、エントリの参考に。で、私の興味はどこかと言うと、日常会話なんかの軽いコミュニケーションで人はよく笑いますが、その笑い方というのは人それぞれだなあ、ということ。で、それは母音で分類されるなあ、ということです。

 例えば、相槌程度の軽い笑いのとき「あはは」という人、「ひひ」という人、「うふふ」という人、「えへへ」という人、「おっほっほっ」という人に分かれるような気がするんですね。「ア」が一番多いですが、「オ」や「ウ」の人もたくさんいて、「イ」はときたま見かける程度ですが、それはその人のふだんの行動から来る雰囲気と一致しているような気がするんですね。

 まとめてみると、こんな感じでしょうか。

●「ア」系な人=自己開放 例)あはは。わはは。
いちばんナチュラルで普通な感じ。たいていの人はこのタイプでしょうね。緊張からの開放を素直に意味していて、笑いによってリラックスした雰囲気になります。いわゆる他者との円滑なコミュニケーション手段としての笑いですね。

●「イ」系な人=自己隠蔽 例)ひひひ。いひひ。
実際の日常会話では無音になることが多いような。ひきつり笑い。あいそ笑い。含み笑い。ああ、この人、心を開いていないな、と思うと同時に、心開かれても、音ありの「ひひひ」や「きひひ」を聞くことになりそうなので、ちょっと距離を置こうかなと思ってしまいます。

●「ウ」系な人=自己抑制 例)ふふ。うふ。うふふ。
恥じらいや控えめな感じがします。この感じの笑いの人は、わりと好き。あっ、あの人が笑ってくれた、と芸人みたいなよろこびを感じます。普段は笑い声は少ない人も多く、心の開放があまり苦手な感じがありますね。類型としては、ナチュラルな私、みたいな。(逆説的だけどね)

●「エ」系な人=自己肯定 例)えへっ。へへへ。
前述の論文では功利的と解釈していましたが、日常のシーンでは、いい意味での自己愛の強さを感じます。こんな私、かわいいでしょ、とか、私って駄目だよね、みたいな感じ。この手の人は、日常では人の話にはあまり反応しないような気も。その人を、話の中心にしてあげると吉かも。

●「オ」系な人=自己誇示 例)おほほ。おほっ。
もともと、こんなことを考えるようになったのは、このタイプの人が実際にいたから。「おほっ」って笑うんですよね。姉御肌の女性でした。ちょっと我が強めな感じなので、敵視されるとちょっと大変。そうならなければ、カラッとしてていいんですけどね。

 とまあ、自分を世界の基準にしているので、異論反論オブジェクションでしょうけど。しかし「笑い」というのは、哲学的なテーマとしても、生理学的、生物学的なテーマとしても、けっこう難解みたいですね。笑いは、情動なのか認識なのかという論争もあるようですし、言語学的にも、「言語は単なる記号」であり、普遍的に見れば母音と意味との関連はないという論が一般的みたいですし。

 それと、ちょっと余談ですが、こういう分類をしていてひとつ気付いたこと。さんまさん、「くわーっ!」と笑いますよね。「く」は、「ウ」系です。「くくく」という押し殺すような笑い方に代表されているように、抑制系ですよね。恥じらい、控えめというのも、自分の抑制がベースになっているような気がします。そして「わーっ」は「ア」系。瞬間、グッとためて一気に開放。だからこそ、あんな強い笑いの開放が生まれるのかも、なんて思いました。なるほど、さんまさんの笑い声よく出来ているなあ、と。

 まあ、このエントリの考察は、日本語限定での文化的考察ですから、解釈論ということで済みますが、普遍的な母音の意味論に踏み込むと、樹海に入ってしまうんでしょうね。オカルトに近いものになってきますし。

 音楽で言えば、調性格論争みたいなものでしょうか。CメジャーとDメジャーは同じ曲でも性格が違うよね、というもの。私はジャズをやっていたので、確かにBフラットよりFの曲の方が明るい気もするし、その次はCで、いちばん明るいのはDのような気がしました。でも、調性というのはないという意見が一般的。それに対する反論としては、十二平均律以外の調律であれば調性格が出るのは当たり前じゃないか、とか。

 このあたりの話題は、ネットでいろいろ探っていけば、一日暇がつぶせそうなくらい様々な検証がありますね。MIDIで聴き比べとか。お暇な方は、いかがでしょうか。私は、今から牛丼でも食べにいきます。今日は生卵もつけようかな。ではでは。

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コメント

 毎日暑いですね。我が家では姑の初盆がやっと終わりました。 ウチは田舎なので、昔ながらの文化を伝えているというか・・・もう一回お葬式を行うような祭壇を自宅に設えて行います。続きの和室に、広縁から盆供のお客様を迎えて、お坊様のお経や外に出て、108の松明を迎え火として焚いたり・・・。 で、親戚を招待しての宴席が始まる中、和室では主人と嫁の私が、盆供のお客様を迎え入れての挨拶やらナンヤカンヤ・・・。
 正直、そういうのって苦手な分野ですが、そういう「家の行事」を重ねていって、やっと主人側の相関図がボチボチ解ってきたような・・・気がします。 (あんまりツッコミたくないけどね)
 いろいろ簡素化される中、良くも悪くも(?)「文化」だなあ・・・と思いました。
 ココの迎え火は、7/31~8/31まで焚くんですよ。(16日からは送り火かな?)
あと半月、ガンバレ・私!

投稿: Aうなぎ | 2008年8月16日 (土) 22:03

 Aうなぎさん、こんばんわ。
 お母様の初盆でしたよね。私の故郷は大阪市内なので、お盆と言ってもあっさりしたもので、なんだか大変そうだなあと思いながら読みました。迎え火がまだまだ続くとのことですが、まずはお疲れさまでした。お母様もきっとお喜びだと思います。
 今年は、母の入院もあり、先週帰ったばかりなので、私は帰りませんでした。毎年、お坊様が来るのですが、今年は父がひとり対応してくれました。
 母も少しよくなってきたようで、最近はちょっとだけ落ち着いてきております。毎日暑いですが、お体にお気をつけくださいませ。送り火が終わる頃には、きっと涼しくなっているでしょう。あと少しですね。

投稿: mb101bold | 2008年8月16日 (土) 23:05

 あ、い、う、え、お 母音の・これは日本人というより人類の・なのでしょうし、「笑い」というのは笑おうとおもって意識的に出来るものでもないだろうから母音のみが出て来るのかもしれませんが・・明石家さんまの「笑い」・あれ、どこか、何かで「あの人は息を吸って笑う」と言われていたように思います。普通の人は笑うとき息を吐き出す・のではないでしょうか。それがまた「健康によい」ということも言われていますね。私はあの人の「お笑い」の作り方に疑問を持っていますので、そんなことが大変気になっています。

投稿: J.I | 2008年8月17日 (日) 01:47

言語学的には主流なのは、母音の感情表出は文化的特性ということらしいですよ。つまり、文化環境によって違う、みたいなことですね。その分野は詳しくはないんですが。
感覚的には普遍的な何かがあるように思いますが。でも、かつて吉本隆明さんが、原始の人が、はじめて海をみて、うっ、と叫んだことにより、海と言う言葉が生まれたと書いたら、言語学者を中心にトンデモと言われてましたし、そのへんは音韻学とかなんとかあるのでしょうが、ちょっと私は不勉強です。
特に笑いについては、それが本能的なものなのか、学習によるものなのかによって解釈が違ってくるのでしょうね。笑うと交感神経に変化が起きるというふうに言いますが、それが涙がでるのと同じプロセスなのか、とか、新生児微笑をどう解釈するか、などなど、ほんと難しいです。
これを期に、笑いについて勉強してみようかな、なんて思っています。ちなみに、私は最近は枝雀さんにはまってます。

投稿: mb101bold | 2008年8月17日 (日) 02:11

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