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2008年8月30日 (土)

日本の広告コピーが元気だった頃

 日本の広告コピーは、わりと独自の発展を遂げて来たような気がしています。日本には「コピー十日会」というちいさなコピーライターの集まりを母体とする、「東京コピーライターズクラブ(TCC)」というものがあります。そのTCCの前には、すでに、「大阪コピーライターズクラブ(OCC)」が大阪で発足していて、コピーライターという職能が独立して何かを考えていく機運が日本にはありました。

 一方で、欧米ではそのようなコピーライターの組織はほとんどなく、広告をつくる職能のひとつとしてのコピーライターという位置づけであるようです。広告をつくる最小単位として、アートディレクター+コピーライターというものがあり、その言葉方面の担当がコピーライターということですね。やがて、広告制作のシステムが組織化され、その双方の職能は、広告会社の組織論として、クリエイティブ・ディレクターを目指す初期的な職能として位置づけられました。実際、私の職場(外資系広告代理店)でもそうですし、欧米の広告代理店の制作現場もコピーは言葉だけ、アートは絵だけを考えるという感覚はあまりありません。

 TCCやOCCという組織がなぜ生まれたかというと、それは、コピーライターという職業の地位が低かったから、その地位向上のためだった、と聞きます。昔の笑い話で、こんな話があります。元ネタは、中島らもさんだったと思います。

 とあるアートディレクターが魚のフォルムを白い紙に書いて、コピーライターに「この魚のフォルムの中にぎっしりと文字が埋まるボディーコピーを書け」と言いました。コピーライターは字数を割り出し、長文のボディコピーを一生懸命書いてアートディレクターに渡しました。その原稿をざっと見て、アートディレクターが一言。

 「やり直し。鱗の感じが出ていない。」

 もちろん、いろいろと面白く脚色はされているでしょうが、まあ、真偽はともかく、当時のコピーライターの地位は、そんな感じだったそうです。そういうこともあって、これはちょっとまずいなということでコピーライターの組織が生まれたんですね。あれから、高度成長やらバブルやら何やらで、コピーライターブームなんかがやってきて、コピーが、広告の発展とは別の独自の文化を生み出していきました。

 その文化を今、ざっと俯瞰的に見てみると、なんとなく現代詩と少し似ているような気がします。それは、言葉の自立を目指した芸術運動のように見えます。吉本隆明さんが80年代注目した広告の言葉は、まさにそんな言葉の自立を目指した芸術運動の前衛だったのだと思います。そして、そんな多くの言葉は、ビジュアルとの相乗効果を拒む自立する言葉でした。それは、詩人の言葉ときわめて近いものであったのだろうと思います。

 今、ちょっと興味があって、80年代アイドルのデビュー時のキャッチフレーズを調べています。その時期は、ちょうどコピーライターブームと重なることもあり、そんなビジュアルの呪縛から解き放たれ自立するコピーがたくさんありました。もちろん、ビジュアルはアイドルの姿であるという制約があるので、そのような自立したコピーが多く生まれやすいという背景がありますが。

 その中で、そんな自立を目指すコピーの典型例をひとつ。大江千里さんがデビューするときにつくられたコピーです。作は、当時コピーライターだった林真理子さん。決して秀作でもないし、むしろあまりよくない例とも言えるかもしれませんが、当時、日本のコピーライターたちが目指していた方向性がよくわかるかと思います。

私の玉子様、スーパースターがコトン 大江千里

 少しかわいく、ボーイッシュだった大江千里さんの声とビジュアル。ファン層が女子大生やOLであること。そして、大学生シンガーソングライターとして、すでに人気があり、なりもの入りでデビューをするという状況。そんな与件から、このコピーが生まれました。ちなみに、玉子様、というのは誤植ではなく、わざと王に﹅を打っていて、コトンに落としているんですね。

 原稿用紙の中だけで完結する世界。言葉が広告を構成する一部であることをやめ、言葉が広告になろうとする足掻きみたいなものが、このコピーに見えます。なんとなく、うーん、と考えてしまうんですね。これが80年代のひとつの広告の姿であったことは言えるのかもしれません。こうした流れの延長線上に今の広告の状況があり、このコピーが広告としての力がある言葉とするか、そうでないとするのか。あのコピーが元気だった時代が、本当の元気と見るのか、カラ元気だったと見るのか。今、どちらにも行ける場所に私たちはいるのかもしれない、と思います。

*     *     *     *

 ちょっと調べたので、当時のアイドルたちのキャチフレーズを書いておきます。若干、年代が古いのや新しいものも含まれていますが、まあご愛嬌ってことで。良くも悪くも言葉の時代だったな、と思います。中森明菜さんのキャッチフレーズが光ってますね。言葉だけで見ると、大沢逸美さんのものも好きです。今では、こういうキャッチフレーズは見かけなくなりましたね。

ちょっとエッチなミルキーっ娘(美新人娘) 中森明菜
一億円のシンデレラ 榊原郁恵
ドレミファソラシド、シシドルミ 宍戸留美
そよ風を運ぶエンジェル 桜田淳子
日本のサイモン&ガーファンクル 狩人
ジェームスディーンみたいな女の子 大沢逸美
一億人のクラスメイト いとうまい子
デビュー前からスーパースター 一世風靡セピア
純だね、陽子 南野陽子
ひろ子という字何度ノートに書いたっけ 薬師丸ひろ子
よかった、君がいて 森口博子
とどくかな、笑顔 松本典子
胸騒ぎ、ザワ、ザワ、ザワ 少女隊
REAL1000% 菊池桃子
フェニックスから来た少女 浅香唯
国民のおもちゃ、新発売 山瀬まみ
あなたの心の隣にいるソニーの白雪姫 天地真理
香港から来た真珠 アグネスチャン
ちょっと変な女の子 網浜直子
平成5年は私にとって演歌元年です 長山洋子
ハートはまっすぐ 荻野目洋子
15歳、ためらい、小さな決心 中山忍
抱きしめたいミスソニー 松田聖子
おキャンなレディ 酒井法子
国民的美少女 後藤久美子
つまさきでまぶしい15歳 西田ひかる
一億人の妹 大場久美子
一秒ごとのきらめき…知美 西村知美
微笑少女 小泉今日子
日本のカーペンターズ オフコース
まだ誰のものでもありません 井森美幸
まごころ弾き語り 太田裕美
宇宙一のメロンパイ 小池栄子

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