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2008年9月27日 (土)

原理原則(なんの根拠もないけど)

 ひさしぶりの社内の飲み会。この会は、関西会という名の飲み会で、関西出身者が関西弁でひたすらしゃべりまくる会ですので、各人が重なる仕事もなく、直接の利害関係もあまりないので、単純に楽しい飲み会でした。いいよねえ、こういうの。

 こういう利害関係があまりないときには、わりあい本音がでやすいのか、いろいろな人から、いろいろ面白い話が聞けましたが、ちょっとあぶなすぎてここには書けません。やっぱりね、本当におもしろい話はリアルにあるんですよね。実感。

 で、ひたすらしゃべりながらちょっと思ったこと。ああだこうだしゃべっていて、あっ、そうか、私がしゃべることにはある原理原則が頭の中にあって、それに照らして、正しいか間違っているかを断罪しているところがあるんだな、と思いました。

■四半期の広告予算が3億以下なら「選択と集中」が吉

 今流行のコミュニケーション・デザイン。マスだけではなく、ネットとか、YouTubeとか、交通とか、いろんなメディアをミックスして、ひとつのコミュニケーションをつくっていく手法。こう書くと、それはクロスメディアであってコミュニケーション・デザインではないよという声が聞こえてきそうですが、そうなると、それはもう禅問答のような気が。だから、コミュニケーション・デザインは、どっちにしてもクロスメディア前提でしょ、って理解することにしています。

 で、本題。

 私の中では、全国規模のマスキャンペーンで四半期3億以下なら、従来の「選択と集中」が吉だと考えているところがあります。3億というのは自分の中の勝手な基準にすぎないけれど、とりあえず、3億以下なら、信頼できるメディアに集中出稿するほうが効果は高くて、少ない予算の中で、流行に乗って、複数のメディアで複雑なコミュニケーション・デザインをしてしまうと、すべてのメディアで閾値超えをしないので、効果は激減。3億以上なら、その予算の5分の1くらいを他のメディアも使って立体的にコミュニケーションを構築すると、うまくいけばそのキャンペーンは化ける。

 でも、クロスメディア前提でひとつのコミュニケーションをつくっていくといっても、その中核には「選択と集中」がないといけない。コミュニケーション・デザイン関連の話になると、そんなふうな原理原則を参照しながら話しているような気がしました。

 なんの根拠もないけど。

■ネットは自分でやってみないとわからない

 経営レベルでも、ネットをどう生かしていくかが広告代理店の課題らしいです。だから、ネット広告のこれからを、本なんかで書かれている知識をもとに語る人は多いです。でも、信じられる語りと、いっさい信じられないか語りが明確に私の中にあります。それは、その人が、ネットで個人的に情報発信しているかどうかです。具体的に言えば、ブログ。いくらネット広告を語っていても、ブログを一度もやっていない人のネット広告語りは、やっぱり信じられないです。というか、説得力がありません。

 あなたは、一生懸命書いたエントリが誰にも読まれない切なさを知ってるの?あなたは、はてなブックマークを知ってるの?del.icio.usを知ってるの?newsinを知ってるの?ニコニコ動画を知ってるの?ニュースサイトさんに取り上げられるうれしさと怖さを知ってるの?いまだに、ブログやってるんですよね、って人に言うと、少し軽蔑の目で見られる、ちょっとやな感覚、知ってるの?やらんとわからんよ。

 人の話をきいたりしながら、その都度、そんな原理原則でその話の重要度を判断しているような気がしました。とりあえず、ネットで商売しようと考えるなら、最低限、自分でブログくらいやろうよ、簡単にできるんだし、なんて。

 なんの根拠もないけど。

■広告と広報をいっしょくたにしてはいけない

 何の根拠もなく、結果もないがゆえに、うれしそうに語られるネット広告関連の夢物語の中に、ああ、これは広報の分野じゃないかな、と思うことがよくあります。主に口コミかな。

 広告がとりあえずメディアの物量戦だとすれば、広報は、メディアの物量戦ではなくて、とりあえずはネタの物量戦だったりします。そういう意味では、広報はブログに似ています。口コミは、ネタが命。この口コミのしくみを分かっている人は、じつは広告代理店にいます。

 ネットには目もくれずに、テレビの情報番組にネタをねじこませることをミッションにしている、泥臭い、昔ながらの広報マン。みのもんたの番組を頂点にした影響力のある番組にどうにかしてそのネタを語ってもらうために、肝臓を痛めながら暗躍する本物の代理店マン。ブランデッド・エンターテイメントとか、バイラルとかWOMかと横文字で言うとスマートだけど、口コミって、そんなスマートなものじゃないから。スマートにやりたければ、ひたすらネタ投下の持続と継続。しかも、そのネタが受けても、ひたすら平常心で持続と継続。浮かれたら負け。

 なんの根拠もないけど。

*      *     *     *

 とまあ、瞬間、瞬間、こんな感じの基準で判断して話しているような。もちろん、熟考すれば、いろいろとグレーゾーンは出てくるのでしょうが、反射神経が求められる飲み会のおしゃべりでは、なんらかの基準が自分の中にあって、それに照らして、YESかNOかを判断している感じ。案外、自分の中には、たくさんの原理原則があるんだな、なんて気付きました。この原理原則が私の可能性や正しさをつくっている気もするけど、逆に、可能性を狭めることにもなるんだろうし、過ちをつくることにもなるんだろうな、と思います。自分の中に原理原則がなければ、人は何も語れなくなるけど、その原理原則がその人を駄目にしていくこともあるのでしょうね。

 それと、まわりにいる仲のよい人は、このブログを読んでくれている人が多いのですが、その人たちが、いつもケータイで読んでいる、と言っていて、ちょっと驚きました。えっ、こんな長文をケータイでかっ、て。今、ウェブマーケティングがケータイに移行しつつあるのは、知識では知っていますが、この私の原理原則で言えば、私はケータイについてはまったくわかっていないということになりますね。ケータイについては何も語れません。ケータイで何かやってみようかな、と思うものの、私のはウィルコムだしなあ。困ったなあ。

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