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2008年10月 1日 (水)

妥協のお話

 妥協は大事という意見は嫌われがちだけど、妥協は大事だと思います。クリエーターのくせに妥協が大事なんて何事だ、と怒られそうだけど、それでも妥協ということを、もう少し真剣に考えるべきだと私は思います。

 たとえば、急ぎの仕事で、予算も限られているとき、どの部分を優先して、どの部分を妥協するのかをあらかじめ決めることはすごく大事。特に、自分と利害を共有できない外部スタッフとともに作業をするとき。

 優先するべきこと。それは納期と予算。これについては動かしようがありません。クオリティ。これもきっと優先されることは動かしようがありません。これらは絶対に動かしてはいけません。

 問題は、ここから先です。そのクオリティを出すために、どこが大事で、どこが妥協できるのか。それをあらかじめ決めておくことは大事だと思うのです。その優先順位を決めるのは、目的です。その目的を達成するために、ここだけははずせないと思う部分はこだわる。けれども、その他の部分が時間やお金の面でどうしてもかないそうもないときは、思い切って妥協する。もしくは、切り捨てる。これをしないと、すべてが中途半端に終わってしまいます。

 よく外部スタッフに、どうでもいいこだわりを、優先すべき事柄と同じように厳しく要求して、そのために、結果として、外部スタッフが、そのどうでもいいこだわりを果たし切るために、どうしても守りきらなければいけない部分が逆に犠牲になって、目的が果たせなくなる。そんなケースを今までよく見てきました。

 それはなぜなのか。簡単です。利害を共有していない外部スタッフにとって、そのどうでもいいこだわりは、その仕事の絶対条件に見えてしまうからです。どうでもいいこだわりが達成できなければ、何を言われるかわからない。そんな思いが先に立つからです。

 いかなる状況でも全方位にパーフェクトを。それは美しいけれど、所詮はきれいごとだとも言えます。人間の力は有限なのです。そして、人に対してする要求は、その人の力を無限だと仮定してはいけないのです。

 外部スタッフも含めて、すべてのスタッフが互いに目的を共有することで解決できるとあなたは言うかもしれません。しかし、それは、理想論であり、独我論ではないでしょうか。私の業界に照らして言えば、広告主、広告代理店、制作会社、フリー、それぞれ存立基盤は違います。存立基盤が違えば、同じ目的を共有するといっても、どうしようもなく、その解釈に違いが出てくるものなのです。

 であるからこそ、発注においては、優先順位を明確にしておくことが重要なのです。これは時間がなくても、お金がなくても、優先されなければならない。けれども、これは、妥協しても、思い切って切り捨ててもよい。もし余裕があればその部分もこだわってね、でも、余裕がなければ、その部分はなくてもいいです、くらいの明確な意思表示が重要だと思います。

 あえて言います。すべてに手を抜かない、ということは、すべてに手を抜く、ということと同じだと思います。このことは、発注側に立ったときも、受注側に立ったときも、同じように思います。すぐれた仕事をする人は、どこか抜けたところがある。そんな経験からも、きっと言えることだろう、と私は思っています。

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