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2008年11月15日 (土)

糸井重里さんの重さ

 コピーライターの時代がありました。言葉を武器に、ひたすら言葉が紡ぎ出す世界を付加価値にして、コピーライターという職業は時代の寵児になっていきました。いま思えば、それはバブルだったのかもしれません。その付加価値には、きっと広告が含まれていなかったのだと思います。小説家、詩人、作詞家、そして、コピーライター。言葉のプロフェッショナルを指向してはいても、それは広告のプロフェッショナルを指向してはいませんでした。

 けれども、あの時代はそれでよかったのでしょう。それでもものが売れました。あの時代から少したって、つまり、バブルが崩壊する真っ最中に、私はコピーライターになりました。CIプランナーからの転身だったので、時代の寵児としてのコピーライターにはあまり興味はありませんでした。うまいコピーはうまいと思いますが、そこに憧れはなかったような気がします。

 そんな中、これはまいったなと唸らせられたのは、糸井重里さんでした。西武百貨店の「おいしい生活。」というコピー。これからの時代の豊かさは何かということを、端的に言い表しています。うれしい、ではなく、たのしい、でもなく、おいしい。糸井さんは、このコピーについて、当時はそれほど評価されなかった(とは言っても一定の評価は得ていたのですが)のが不満だったと語っています。それは、このコピーに対する糸井さんの内なる自信が語らせたのでしょう。

 西武百貨店、西武流通グループ(セゾングループ)の糸井さんのコピーを追っていくと、バブル期の消費者のインサイトの変化がわかります。それは、マーケティングデータ以上の正確さをもってわかる気がします。それは、同じ百貨店の広告を制作する私に猛烈な嫉妬と興味を与えました。

 そんななか、あっ、これで終わったと思ったコピーがありました。

ほしいものが、ほしいわ。

 ああ、これで終わる、とそのとき思いました。もうこのあとはない。そんなふうに感じました。確か、糸井さんの最後の西武百貨店の広告は、ちびまるこちゃんが登場する新聞広告でした。このボディコピーの最後はこう結ばれていました。

だから、まずひとつだけ、約束させてください。四月の新学期までに、みんなが練習して、商品の包み方が一番上手な百貨店になります。

 これ以降、糸井さんはほとんどセゾングループの広告にかかわらなくなりました。以降のセゾングループの広告は関連が深いI&Sという広告代理店の社内制作になりました。記憶に残っている広告では、「!」だけが白地に大きく描かれ左隅にちいさく「実感するだけ。」というコピーが記されたものでした。これで、完全に息の根が止まりました。その後は、ほんとにもう何もない。少なくとも理論的には。

*     *     *     *

 日経ビジネスオンラインに連載されていた「実用品としての吉本隆明」という糸井重里さんのインタビュー記事を読み直していて、興味深い言葉がありました。一部、引用します。

——それをうかがうと、1982年の西武百貨店「おいしい生活。」のコピーを思い出しますが、現在の糸井さんの意識の中に、広告のコピーライター、糸井重里というものはありますか。

糸井 ありません。

——少し嫌そうなお顔になりましたか?

糸井 いや「ありますか?」と聞かれたから、「ないよ」って言っただけですよ。何もないです。

——ない、というか、嫌悪しているという気分はありますか。

糸井 してない。そういう仕事をしてきたんだけど、その時代が終わっている。終わっているのに、そのことに気付かないままでいるわけにはいかない、というだけです。何か人が喜ぶことを考えるという点で、やっていることはずっと同じなのですが。

 それは、歌い手さんがラジオで歌うか、テレビで歌うかみたいな違いはあるでしょうね、きっと。歌っていること自体は同じように、自分が何を喜ぶか、ということについては同じですから、根っこは変わっていませんが、よその人が作る商品で喜ぶことを考えるのは終わっています。

——いつ終わったと思われますか。

糸井 「ほぼ日」を始める前にいったん終わっていますね。

——何か具体的なきっかけはあったのですか。

糸井 バブル崩壊でしょう。バブル崩壊で、結局のところ、つまらないことで話がまとまるわけです。つまり、どんな広告を作るよりも安いものが売れたりするわけです。そのときに広告って意味がない。さらに言うと、安くするって、そこにすごい工夫があるわけではなく、誰でもできることです。広告が“安い”に負ける時代を迎え、あ、これはもうあかんな、というのがあって、一から鍛え直していきましょうというのが、次の仕事だった。これは長い物語になるんですけどね。

「ほぼ日」は、吉本隆明の思想の実践だった

 糸井さんの広告は、ずっとオンタイムで追いかけて来たので、このあたりの感情の起伏は痛いほどわかります。糸井さん自身がおっしゃっていたことですが「糸井は終わった」と業界ではよく言われていました。でも、そう言いながら、私たちは業界の中で「誰でもできること」に負け続けながら、その場をしのいでいました。ほんとうに終わったのは「広告」だったのではないかな、と今になっては思います。

 少し古い広告ですが、NTT DoCoMoの「DoCoMo2.0」は、立ち上がりのグラフィック広告には興味は喚起されたものの、その後にはじまったテレビCMにはまったく興味が持てませんでした。いち消費者としても、業界人のはしくれとしても。今の広告で言えばdocomoの「Answer」も、立ち上がりの成海さんが出演する企業広告には興味はありましたが、企業側にとっては、きっと本丸である「アンサーハウス」というドラマCMシリーズには、あまり興味は持てません。

 個人によって差があるのかもしれませんが、いま支持されているのは、このような広告ではないのではないか、という感覚が私にはあります。SoftbankのCMがいま支持されているのは、きっと、その古典的な広告らしさなのではないかと思います。資生堂のTSUBAKIもそう。物量戦がものを言うという、中堅広告会社にとっては腹立たしい状況も含めて、いま、一度終わった広告は、また広告に戻ろうとしている。そんな気がします。

*     *     *     *

 広告が広告以外のなにものかになろうとしたとき、広告は、一度、消費社会に対する役割を終えたような気がします。そして、糸井さんはクリエイティブの場を自分のメディアである「ほぼ日刊イトイ新聞」に移しました。糸井さん本人が言うように、「やっていることはずっと同じ」なのでしょう。けれども、その場は、広告ではないというのが、糸井さんの結論です。

 広告という場の中で右往左往する私は、横目で「ほぼ日刊イトイ新聞」を見ながら、一度終わった広告を、もういちどはじめるためにあれこれ考えていて、あるときは広告は普遍だと意気込んでみたり、もう駄目だと嘆きながら、悪戦苦闘しています。それは、そんなにカッコいいものでもなく、自分の専門領域はこれしかないし、職業だからという部分もありますが。

 これからも、あきらめずにあれこれ広告の可能性を追求していこうと思いますし、当面は、いま動いているプロジェクトの成果を最大化することに注力していこうと思います。こうした継続の中にしか未来はないし、ブログという個人メディアがあるからこそ、こうした内省を書き記すことができるというのは、時代の変化でもあるなあという感慨もありますが、とりあえず、前を向いていこうと思います。いろいろ、不安もあるけれど、とりあえず前向きに。

 わりと誤解される言い方かもしれません。でも、伝わる人には伝わると思いますが、やっぱりクリエイティブという一点で考えたとき、話は別で、広告じゃないフィールドになってくるんだろうな、という思いもありますね。糸井さんの90年代からの軌跡というのは、私にとってはけっこう重いです。

 

■追記1:

 私の中にある種の結論があるわけではないので、タイトルを「広告が広告以外のなにものかになろうとしたとき、広告は終わったのかもしれません。 」から「糸井重里さんの重さ」に変えました。糸井さんはいちファンというか、そんな感じであると同時に、ほんと、ことあるごとに重いんですよね。職業人にとっての私にとっても、一個人としても。

 

■追記2:

 1982年の西武百貨店「おいしい生活。」についての糸井さんの話。「クリエイティブは時代の空を飛ぶ」安部敏行著(誠文堂新光社・1989)からの引用です。

 「僕のコピーの中で、後にも先にも、本当の意味でいちばんすごいコピーは、“おいしい生活”だと思いますけどね。ただ、当時は、まだ理解が少なかったですね。あれが、コピーライターズクラブ賞をもらえなかったのが、僕は本当に泣きたいくらい哀しかったですね。賞がほしいわけじゃないんだけれども、みんなで、セーノで、“ワァーッ”というくらいほめられかったんですよ。
 昨年のナマケモノ(「いてもいいし、いてほしいとおもう。」筆者注)で、毎日デザイン賞の最高賞をもらうくらいのことは、いつでも書けるんですよ。
 そういうアベレージ・ヒッティングで賞がもらえるのは、仕事としては最高のことですけどね。あれは自分のバイブレーションが最高に高まった時に、何か啓示みたいなことがあって書けたというくらい、すごいと自分では思っていますから」

 「そのころ、ハッキリわかったんじゃないかな。モニターは自分だってことがね。逆に言うとモニターになるだけの広さと深さみたいなものをいつも抱えていないと広告屋はやってはいけない」

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コメント

 mb101boldさんのブログで糸井重里さんの「ほぼ日」をしり、それからほぼ日にはまっています。教えていただいてありがとうございます。私は仕事は医療関係なので広告のことは分かりませんが、この頃、「ものを作り出すこと」や「人生としての物語」に興味が非常にあります。なので、時代の流れについての考察やmb101boldさんのブログはそんな考えもあるんだと非常に刺激になります。
吉本隆明さん関連も読んでみようと思います。

投稿: しばはな | 2008年11月16日 (日) 10:48

しばはなさん、こんにちは。
自分の分野だけでなく、いろいろな分野の人たちの考えがわかるようになったのが、この時代の良さかもしれませんね。私もいろんな人たちの考えを吸収していきたいと思っています。
吉本さんは、ほぼ日で肉声が聴けますよ。いい時代になったものですよね。

投稿: mb101bold | 2008年11月16日 (日) 13:18

はじめまして。
ふと辿り付いて興味深く読ませていただきました。

さて、僕は1972生まれなので、糸井さんの仕事は、後から年鑑で追っかけたクチ。時代の寵児と言われた時代のことは全く知りません。

ものすごく乱暴に言ってしまうと、糸井さんの時代は、面白いことをやれば、それがセールスに結びついた幸せな時代であったと思うのです。

今の状況が、糸井氏が言うような、広告が誰にでもできることに負ける時代になったとは決して思いません。

企業の抱える課題はより難しくなり、環境はより複雑になって、その中で使われていく言葉は確かに表現としては詰まらないものになったかもしれません。

また、以前はキャッチフレーズが担っていた機能が、プロモーション手法とかタレントとかデザインとかに移行しているのかもしれません。

もし仮に価格だけがキーとなっている状況であったとしても、それは商品自体が主役としてコミュニケ―ションができているということで、広告にとっても生活者にとっても、むしろ幸せなことではないでしょうか?
(まあ、価格勝負だけなんてことは実際には無いわけなんですが)

ちょっと脱線しました。
ええと企業がどんなコミュニケーション手法を取るにせよ、そこには内向けにも生活者向けにも必ず何らかの言葉が介在します(多かれ少なかれ)。
もし仮に生活者向けのキャッチフレーズが存在しないようなキャンペーンであったにせよ、コピーライターの言葉というのは、例えばコミュニケーションのコンセプトなり、もしくはプレゼン資料なりに息づいているはず。

つまり、コピーライターの職能自体がバブル期を境に大きく変容したのでは?(これは推測)
つまり、面白い短文を捻り出す能力から、コミニュケーションのプロとしての能力が求められるようになっているのだと思います。

岡康道、多田琢、黒須美彦といったあたりに比べると、糸井さんはどうもその辺りが出来なかったのか、あるいは面倒くさがったのか…というような印象。

表現者としては大好きなだけに、ちょっと今のポジションは残念でもあります。
「乳房で読め。拳骨で読め。」なんて見たときに震えましたけどね。

以上、乱文乱筆お許しください。

投稿: altern8 | 2008年11月16日 (日) 22:11

今回はじめてここにたどり着き、興味深く拝見しました。いまは胸の中がいっぱいで、なんと感想を書いたらよいか・・・。
またお邪魔しますね。

投稿: mariko | 2008年11月16日 (日) 23:03

altern8さん、はじめまして。

>表現者としては大好きなだけに、ちょっと今のポジションは残念でもあります。

まあ、広告業界という視点で見ればそうですが、私はちょっと憧憬を感じています。糸井さんはことあるごとに「僕がやりたいことはコンテンツづくり」とおっしゃっていて、それをつきつめると自分の媒体で自分がつくる、というところに行き着くような気がします。つまり、それが「ほぼ日」。

>岡康道、多田琢、黒須美彦といったあたりに比べると、糸井さんはどうもその辺りが出来なかったのか、あるいは面倒くさがったのか…というような印象。

ああ、このへんのことは、広告制作のイニシアティブがフリーから代理店へ移っていく経緯を考えないといけないかもです。

これは尾ひれがついているでしょうが「おいしい生活。」の企画書は100枚あったそうです。枚数が多いからいいというわけではないですが、当時は、経営者とフリーがマンツーマンで広告を制作できる環境でした。しかも、糸井さんはその当時では希代の戦略思考ができるクリエイターでした。

けれども、広告ビジネスがどんどん複雑化していくんですね。つまり、組織の時代になったということです。そのあたりは、こちらをご覧ください。

http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_adb6.html

>「乳房で読め。拳骨で読め。」なんて見たときに震えましたけどね。

いいですよね。私は「いてもいいし、いてほしいとおもう。」が好きですね。言葉の力がなくなったわけではないと思うんですね。企画書に息づいているだけでなく、表に出る表現としても。

糸井さんは、糸井さんの人生として、自分のクリエイティブのフィールドを自らの人生の決断で広告から別の分野に移した。それだけのことです。

時代が変われば、表現も変わります。どんな分野だってそう。いま広告で飯を食っている私はどうするの?どんな広告をつくるの?そんな問いかけが、自分の中にあって、そんなことをうだうだと考えるんですね。

今後ともよろしくです。

投稿: mb101bold | 2008年11月16日 (日) 23:18

marikoさん、はじめまして。
ええ。またいつでもお気軽にどうぞ。

投稿: mb101bold | 2008年11月16日 (日) 23:27

僕も先日件のインタビューを読んだとき

——それをうかがうと、1982年の西武百貨店「おいし
い生活。」のコピーを思い出しますが、現在の糸井
さんの意識の中に、広告のコピーライター、糸井重
里というものはありますか。

糸井 ありません。

の部分がとても印象的でした。

すでに読まれたかもですが、
「ポスト消費社会のゆくえ」(文春新書)で
辻井喬さんが広告を含めて西武セゾンの総括してましたね。

投稿: o | 2008年11月17日 (月) 01:40

そうですよね。「ありません。」に相当に強い意志を感じます。

糸井さんは、そのあたりのことについては自ら率直に語っていますし、ある意味で、うんざりだよなあ、な気分もあったかもしれませんが。

「ポスト消費社会のゆくえ」は未読でした。ご紹介、あがとうございます。今度読んでみます。

投稿: mb101bold | 2008年11月17日 (月) 02:26

こんにちは。いつも楽しく読ませていただいています。

僕も、広告には興味があって、色々と自分なりに勉強していました。
(就職先は別の業界になってしまいましたが…)

個人的な感覚ですが、昔(糸井さんが前線にいらしゃった時代)は、言葉が先頭に立って商品をひっぱるという気概みたいのがあったような気がします。
言葉と商品だけ、の広告が多かったし、評価を得ていたと思います。

今の広告は、商品を囲むように色んな手段や表現が一斉に提示されているような気がします。

どちらが良い、とは言い切れないと思いますが、変わったのは明らかですね。
今回、糸井さんの発言をmb101boldさんのブログで拝見して、結構ショックだったので思わずコメントしました。


長文すいません。

投稿: hanage | 2008年11月17日 (月) 15:07

hanageさん、こんにちは。

>今回、糸井さんの発言をmb101boldさんのブログで拝見して、結構ショックだったので

このへんの感じ方がずいぶん私とは違うんだなあ、と思いました。私は、糸井さんの決断とそのあとの経緯を少し、すごいもんだなあと見ているところがあります。

確かに、いまの広告はしくみがちょっとばかり複雑になりすぎているような気もしないではありませんが。

これは世代の問題なのかもしれません。

今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2008年11月17日 (月) 15:30

ショックだった、という言い方に語弊があったかもしれないですが、広告を大学に入ってから知り始めた自分にとって、糸井さんの現在と過去がぶっつり切断されていたのです。

僕が糸井さんを知ったとき、すでにマルチな活躍をされていたので、そのような決意があって今現在の活動があるのがわかり、衝撃だったんですね。
広告の世界で活躍されている姿をちょっとでも見たかっただけに、あの文面を読んだとき、ショックという言葉が浮かびました。

投稿: hanage | 2008年11月17日 (月) 19:24

いえいえ、ショックという言葉はそのまま伝わっていますよ。そうか、きっと世代によってそうなんだな、と思いました。

糸井さんは、コピーライター時代からマルチでしたが、今のほうが地に足がついた感じです。

糸井重里全仕事という本がマドラ出版から出ていましたが、いまは絶版。あれは楽しい本です。なかなか見つけるのが難しいかもしれませんが、古本屋さんで見つけたら読んでみてはどうでしょうか。素晴らしいですよ。

投稿: mb101bold | 2008年11月18日 (火) 00:18

mb101boldさん、こんにちわわ(^^)

あのね、
>「そのころ、ハッキリわかったんじゃないかな。モニターは自分だってことがね。逆に言うとモニターになるだけの広さと深さみたいなものをいつも抱えていないと広告屋はやってはいけない」

↑これ、ぼーるどさんの姿勢でもあるんですよね。なんとなく、わかります。安くすることは誰でもできるけど、簡単なことじゃないって、ぼーるどさんはちゃんとご存知なのにねぇ。

投稿: ggg123 | 2008年11月29日 (土) 16:22

>安くすることは誰でもできるけど、簡単なことじゃないって、ぼーるどさんはちゃんとご存知なのにねぇ。

はてブ?
まあ、いいんじゃないでしょうか。コスト削減なんかはほんと大変だし、自分も身を切られるような気持ちでコスト削減をやってますし、その糸井さんの「誰でもできる」にカチンと来る気持ちもわからんでもないので。

投稿: mb101bold | 2008年11月29日 (土) 16:51

mb101boldさん、ども。
いっこだけ。「DoCoMo2.0」が始まったとき、いちばん最初にnetで「それって“ドコモもに移転ゼロ”やんけ」とつぶやいたのは、わたくしです。川口君、岡さん、ゴメン!(そして本当にそうなってしまった…^^;)

投稿: tom-kuri | 2009年7月31日 (金) 18:44

tom-kuriさん、どもです。
でもまあ、TUGBOATの広告業界での活躍から見れば、そんなことも誤差の範囲内、という感じでしょうね。

投稿: mb101bold | 2009年7月31日 (金) 19:19

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