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2009年1月の22件の記事

2009年1月31日 (土)

アンダーグラウンド

 村上春樹さんが「エルサレム賞」という文学賞を受賞する(参照)とのことで、よく読んでいるブログなんかにも村上さんについての言及が多く、ちょっとした村上春樹論ブームみたいな感じになっています。私は、まあ普通に読んでいるという程度なので、村上春樹論など書けるはずもなく、あまりその中には入れないなあという感じなんですが、ちょっと気になることもあるので、メモ程度に書いておこうと思います。

 ざっくりとした言い方をお許しいただければ、村上春樹という人は、日本を代表する世界的作家であり、世界に多くのファンを持っていて、次回作を世界が待っているという作家。たぶん、そういう世界的作家というのは日本では唯一の存在なのではないでしょうか。大江さんもそうかもしれませんが、若者にも読まれるという同時代性みたいな基軸では、たぶん唯一。

 過去にたくさんエッセイも書いておられるけれど、エッセイではなく小説を期待される作家だと思うし、小説という形式に対してのこだわりは、最近見たテレビでのインタビューでも熱く語っておられたし、海外文学の翻訳でも、そのこだわりは発揮されているように感じます。

 そんな文学者が、地下鉄サリン事件の被害者へのインタビューをまとめた「アンダーグラウンド」という重厚なノンフィクションを書き下ろしているというのが、私の中の村上春樹さんについての最も大きな興味のコアになっています。

 この本は、地下鉄サリン事件で被害に遭われた62人の方への1996年1月から12月までの1年にわたってのインタビューを中心に収録し、筆者である村上さんの考察、論考が加えられたもの。完全なノンフィクション手法。この本が出た当時、「なぜ村上春樹が?」というふうに思いました。正直、それは今もあります。

 でも、それが村上春樹さんによって書かれなければならなかったのでしょう。しかも、小説と言う形式ではなく、ノンフィクションという形式で。

 これはかなり大きな命題(オウム真理教という「あちら側」の提示する物語に対して、「こちら側」の私たちが有効な物語を提示できるかという命題=mb101bold注)だ。私は小説家であり、ご存じのように小説家とは「物語」を職業的に語る人種である。だからその命題は、私にとって大きいという以上のものである。まさに頭の上にぶら下げられた鋭利な剣みたいなものだ。そのことについて私はこれからもずっと、真剣に切実に考え続けていかなくてはならないだろう。そして私自身の「宇宙との交信装置」を作っていかなくてはならないだろうと思っている。私自身の内なるジャンクと欠損性を、ひとつひとつ切々と突き詰めていかなくてはならないだろうと思っている(こう書いてみてあらためて驚いているのだが、実のところそれこそが、小説家として、長いあいだ私のやろうとしてきたことなのだ!)

「アンダーグラウンド」村上春樹(講談社文庫版753Pから引用)

 地下鉄サリン事件の当日の朝、私は六本木にあるデザイン事務所に通勤途中でした。山手線の恵比寿で降りて、地下鉄日比谷線の恵比寿駅に向かおうとすると、改札に通じる階段入り口の前には人だかりができていました。近くにいる背広を着た会社員風の男性に「何かあったんですかね。」と聞くと、男性は「なんか地下鉄が止まっているらしいですよ。車内で食中毒があったみたいで。」と答えました。「へえ、そうなんですか。」などと応答して、ああタクシーで行くか、などと歩き始めながら「食中毒で地下鉄が止まるかな?」と思ったのを覚えています。

 で、かなり遅刻してデザイン事務所に着き、仕事を始めて2時間くらいしてから、会社に大阪にいる私の母から電話がありました。

 「大丈夫やったか。」
 「何が?」
 「えっ、テレビ付けてみ。」

 結局、東京のデザイン事務所で働く私たちが、地下鉄サリン事件が起こったことを知るのは、その母の電話でした。私は、なんとなくこの凄惨な事件が、この滑稽なやりとりの記憶と結びついています。阪神大震災では、私は大阪にいて、タンスが倒れた以外は直接の大きな被害はありませんでした。直後、街から自動車が消え、ヘリコプターの音と「救援物資輸送中」と書かれた幕をつけた巨大な輸送車、阪神高速の入り口の電光掲示板に表示された「震災発生通行止」のオレンジの文字の記憶が、私の直接の記憶です。

 その、すぐ近くで起きた出来事にもかかわらず、身に迫った出来事ではなかったという、決定的な「直接性の欠如」が、この2つの出来事への想像力に何かしらの影響を与えているはずで、そうした個人的な背景からも、「アンダーグラウンド」という本が村上春樹という小説家によって書かれたことに、不思議な感覚を持ちました。

 あなたは誰か(何か)に対して自我の一定の部分を差し出し、その代価としての「物語」を受け取ってはいないだろうか?私たちは何らかの制度=システムに対して、人格の一部を預けてしまってはいないだろうか?もしそうだとしたら、その制度はいつかあなたに向かって何らかの「狂気」を要求しないだろうか?あなたの「自律的パワープロセス」は正しい内的合意点に達しているだろうか?あなたが今持っている物語は、本当にあなたの物語なのだろうか?あなたの見ている夢は本当にあなたの夢なのだろうか?それはいつかとんでもない悪夢に転換していくかもしれない誰か別の人間の夢ではないのか?
 私たちがオウム真理教と地下鉄サリン事件に対して不思議な「後味の悪さ」を捨てきれないでいるのは、実はそのような無意識の疑問が、本当には解消されてからでないのだろうか?私にはそう思えてならないのだ。

「アンダーグラウンド」村上春樹(講談社文庫版754Pから引用)

 自律的パワープロセスという言葉は、アメリカの連続小包爆弾犯人、ユナボナーが「ニューヨークタイムス」に掲載させた論文の中の言葉で、社会に適応しない人間が自分の目標を達成しようとするときに、その人間は「病気」とみなされ、社会システムというものは、そうした人間の「自律的パワープロセス」を破壊するという使われ方をしています。

 「アンダーグラウンド」以降、村上春樹さんのつくる「物語」の主題が変わったと言われています。私は、それほど読み込んでいるわけではないから、そのことを語る資格はありませんが、なんとなくそのような感じはします。そして、私はどうなんだろう、とそんなことをぼんやり考えました。時代が変わって、あの出来事が記憶から消えそうになっていたときに、多くの人たちが村上春樹さんに言及する多くの言葉を目にしながら、なんとなくこの異質の著作について書きたくなりました。

 村上春樹さんのエルサレム賞受賞についての言及や、主要小説についての論考を期待してここに来られた方、すみません。読んだ中では、「村上春樹なる存在 - moonshine---the other side」が最も中立的で私にはおもしろく読めました。主要エントリのリンクも列記されていますので、このエントリを起点にしたり、はてなブックマークなどで辿ると、村上春樹さんについての深い言及をたくさん読むことができると思います。

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2009年1月30日 (金)

こんな生活、いつまで続けるつもりやろか。

 なんて思うことがあるんですね。ときどき。謙遜してもしゃあないし、あけすけに言えば、まあ、私の場合は、この商売は向いているほうだと思う。というか、お金を稼ぐという意味では、この商売以外は、今のところ考えられないし。そこそこの結果を出す自信もあるし、なんとなくだけど自分の広告は世の中の悪にはなっていないような気もする。

 でも、この商売をやっている人の多くはそうだろうし、とくに、こいつ仕事ができるよな、なんてタイプは、時間とか、心の安定とか、そんなものを思いっきり犠牲にしてるよなあ、とも思う。仕事ができるって、あんた何言ってんの、みたいなことかもしれないけど、まあ、それを人は器用貧乏ともいうし、そう言う意味では、仕事ができるよな、とでも自分で言わないとやってられん感じでもあるしなあ。だって、責任を負わされる、というか、自ら進んで負ってしまう、というか、そんな状況に追い込まれやすい、ということでもあるし。仕事ができるというか器用貧乏ってことは。

 仕事をしているとよくあることだけど、批評家になりたがる、というか、批評する側に逃げるタイプっていうのもいて、それは、若いヤツでも年をとったヤツでも同じで、そういうヤツは仕事がどっちに転んだとしても、責任を取りはしない。批評家かつ声が大きい。これは、会社組織では最強。でも、そういうの面白いのかな、とも思うけどね。

 責任を持ってやってるヤツが、人を振り回すのはまだわかるんですよ。決死の覚悟だから。共感もするし、空回りだとわかっていても、気が済むまで付き合ってやろうとも思う。そいつが感情をあらわにしたときは、さすがに大人なんだから、人前で自分の不安とか焦りを顔に出して、根拠もなく人を振り回すのはどうよ、とは思うけどね。自分の不安や焦りを顔に出すのは、かっこわるいよね。

 ときどき、なんとなく最近仕事がやりにくいなあ、なんでだろ、なんて思うことがあって、こう見えてもわりと気を使うほうだし、チームとしてはモチベーションは大事だと思うから、というか感情がこじれて仕事が滞ると大変だから、なんとか気分よく仕事をしてもらおうと気を使って、下手にまわったり、すごく感情をためてしまって、深夜、家に帰ってぼんやりすると、なんか情けなくなって、泣きそうになってきて、あほらしな、もうやめようかななんて思うんですね。

 で、じっくり考えてみると、なんかやりにくいなあ、と感じるときは、いつも人事評価の前だったりするわけ。いつもそう。わかりやすいなあ。まあ、人間だからしゃあないかな。でも、これはタイプがあるようで、そういう会社のタームに情緒が連動しないタイプもいるし、連動するタイプもいる。連動しないタイプは、ちょっと不思議ちゃんな感じのヤツが多くて、相棒としては、私の場合はそういう人のほうがやりやすい。

 正月休みが明けてから、ずっと忙しいものなあ。時間がないし、心に余裕もなくて、新規ジョブ獲得おめでとう、乾杯って会社から言われても、なんか心ここにあらず。どうでもええわ、次行こ、次、という感じ。いつでも手をつけられていない課題を3つくらい抱えていて、いくらこの商売が向いているって言っても、限度があるよね。牛丼食ってるときも、仕事のことを考えてしまっている感じが、なんか豊かじゃない。

 そんなこんなで、仕事のこと以外は話すことができないヤツができあがり。飲んでいるときまで仕事の話をするヤツは最低だなと思っていたのに、その最低なヤツに、まさに私がなっているんだよな。って愚痴ってみたものの、なんとなく、本気で思っているわけでもなさそな自分がなんかやだなあ。こんな時代、仕事があるだけまし、とも言えるだろうし、明日もこんな生活を続けていくだろうし、たまにはこんな感じのことを書いてもええやんか、みたいなことかもしれんしなあ。甘えんじゃねえよ、ということなんでしょうな。でも、ときどき甘えたくなるやんか。人間なんだしさ。

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2009年1月29日 (木)

川瀬さんの言葉

 面識もないし、表現技術の分野で言えば、私はそれほど影響も受けていないのですが、とある外資系広告代理店のクリエイティブに川瀬稔さんという大先輩がおられました。ボルボのグラフィック広告「安全ピン」でカンヌグランプリを穫った人というと分かる人はいるんじゃないでしょうか。

 コマーシャル・フォトという業界誌に今月の優秀作を集めたマンスリーというコーナーがあって、一人の評者が優秀な広告を批評するのですが、川瀬さんが評者だったときにお書きになったあとがきみたいな短い文章が頭の中から離れずにいました。少し辛口なその言葉は、いつも私の心のどこかを刺激しつづけていてました。

 ずいぶん前の文章だから、もう読むことがないだろう、と思っていたのですが、今日、アートディレクターとその話をしていたとき、彼女はその雑誌の切り抜きをきちんとファイルしていて、再び読むことができました。辛口なので人によっては反発もあるかもしれませんが、ご紹介します。私は、「ああそうだな、今もそう。でも、少しずつでもいいから変えていかないとな」と思いました。1997年8月に書かれた言葉です。

日本の広告は、平等教育の犠牲者です

 ついにカンヌの入賞作がゼロの年を迎えました。電通では、小田桐さんがボウズになるという噂がある。
 しかし、悪いのは教育です。すべて学校教育のせいにすれば、間違いはない。
 学校にはやさしい先生がいて、「人間は、平等です。差はありません」「自分が感じるままに表現をすれば、それが伝わるはずです」と教えてくれる。
 ところが、なんか違うんですね。どんな人でも面白い落語を聞けば笑うことができる。しかし、だれでもが落語家になって、人を笑わせることができるわけではない。
 つまり、人はだれでも感受性とかはそんなに差はなくても、表現能力にはかなり差があります。これが真実なのです。
 まったく赤の他人を笑わせたり、感激させたりするということは、さまざまなコツ、ノウハウがあります。それをちゃんと学んだ上で、自分の個性とか感性がそれぞれ出てくるべきものだと思います。
 ニューウェイブともてはやされる海外の若手映画監督でも、ものすごく昔の映画を徹底して研究している。いろいろな表現から多くを学んでいます。
 広告もまた、表現能力を要する仕事です。そのために学習も教育も訓練も要る。
 ところが最近はどうだろう。代理店もプロダクションも若い人を教育するお金も時間も少なくなっているのも事実。若い人は馬車馬のように働かされて、学べなくなってしまった。
 その結果、コツを学べずに自分の思い込みだけの「感じるまま」にやってしまうクリエイター、「おれたちだってCMづくりは分かる」とばかりに口を出す営業、得意先の若い人たち。
 日本の広告は、平等教育の犠牲者です。

(玄光社「コマーシャル・フォト」1997年9月号より引用)

 川瀬さんは教育のせいにして、その犠牲者たる若い人を擁護しているけれど、それは川瀬さんのやさしさなのだろうと思います。その若い人だった当時の私は、この言葉を読んでから、感性とか個性という言葉を簡単に使うことをやめようと思いました。十年早いな、と。あれから十年経っても、まだまだ簡単には使えない私がいます。

 広告業界ではなくても、きっと同じなんだろうと思います。どんな分野だって、奥が深くて、気が遠くなるくらいの豊かさをもっていて、その豊かさは、きっと自らが感性とか個性とかを言い訳にせずに学んでいくことでしか知り得ないものなのだろうと思います。

 私は、あるインスタントコーヒーの広告コピー「理由がわかれば、人は動く。」が好きなのですが、その「理由」は、対象への洞察なしに知り得ないこと。そのCMは、アルピニストの野口さんが子供たちに凍ったバナナを見せながら「いつまでも山に残るんだ。だから、山にものを捨てちゃいけないんだ。」というものでした。山はきれいだ。登山は楽しい。それだけの人には、決してその「理由」は見つけられません。

 少しずつだけどやっていこうと思います。若い人は、たくさん学んでください。いまはネットもあるし、どんどん学んでいけると思います。若い人なのか、古い人なのか、ちょっと中途半端な私は、学びながら、伝えながら、そんな感じでやっていこうと思います。なんか今日は、そんな感じです。ではでは。

追記:
なんとなく、タイトルが内容と違うなと思ったので、
「川瀬さん、状況は今も変わらないです。でも、できることから少しずつやっていきます。 」から「川瀬さんの言葉」に変更しました。

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2009年1月27日 (火)

500系っぽい未来がよかったのに

 どうやら未来は700系っぽく進むみたいです。

 日本で初めて時速300キロでの営業運転を実現した新幹線500系車両が、来春にも東海道区間(東京—新大阪)から姿を消す見通しになった。開発したJR西日本の関係者から「男前」とも称されるスマートな形だが、速さにこだわったスマートさがかえってあだとなった。山陽区間(新大阪—博多)での運転は続く。

「男前」新幹線500系、東海道から引退へ 来春にも – asahi.com(2009年1月26日15時0分)

 子供の頃に想像していた未来は、完全に500系のイメージだったけど、かものはしっぽい700系的な未来でこの先もいきそうですね。確かに狭かったけど。本か雑誌か忘れましたが、500系に乗った子供が、姿が見られないから外に出たいとごねていたという話を聞いたことがあります。勘違いかもですが、500系は、子供を魅了する何かがありますよね。

 私は、東京-新大阪を月に2往復ほどしているのですが、すごく残念。700系のデザインはあまり好きになれないんですよね。まあ、乗ってしまえば同じなんですが。

500

 上の写真は、デザインを担当したドイツのアレクサンダー・ノイマイスター社(参照)の500系紹介ページのキャプチャ(クリックで拡大します)。現在、のぞみとして乗車できるのは、以下の2往復のみだそうです。

のぞみ6号 博多7:00 → 新大阪9:37発 → 東京12:13
(徳山・福山停車)
のぞみ50号 博多18:00 → 新大阪20:37発 → 東京23:13
(徳山・福山停車)
のぞみ9号 東京7:30 → 新大阪10:09発 → 博多12:45
(福山・徳山停車)
のぞみ29号 東京12:30 → 新大阪15:09発 → 博多17:40
(福山停車)

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2009年1月26日 (月)

カップヌードルって偉いよねえ

 久々にカップヌードルの醤油味を食べました。とっても旨かったです。おいしいよねえ。あまり上等な舌をしてないのであれですが、麺もおいしいし、具も、肉とエビ、卵、よれたネギの配分が絶妙だし、スープもうまい。

 他のインスタントラーメンって、似たような味がお店にあるじゃないですか(というか、お店の味に似せているので、順序は逆なんですが)。でも、カップヌードルのスープの味は、お店のラーメンで似たような感じのがないんですよね。スーパーマーケットのプライベートブランドで似たようなのが廉価であるけど、やっぱりちょっと違うんですよね。

 カレー味も好きだけど、ちょっと胃がもたれる感じ。私の場合、調子がいいときしか食べる気がしないです。でも、調子がいいときは、わりと好んで食べます。カレー味もスープが独特。みじん切りの玉葱がこだわってるなあ、と思います。学生時代、お金がなくて、よくカップヌードルのカレーをごはんと一緒に食べました。スープをかけると、ごはんの上に、刻み玉葱が残るんですよね。

Cupnoodle ロゴ、変わってないんですよね。微妙なリニューアルはしているだろうけど。ロゴ自体は、かなり古めかしくなってきていますが、こういうのは変えない方がいいと思うんですね。コカコーラと一緒。というか、このところ、ロゴを簡単に変えすぎです。

 最近で気になっているのはゼロックス。XEROXからXeroxになったでしょ。変える必要があったのかな。前のロゴ、完成度が高かったし。それと、DoCoMoがdocomoになって、ケータイに付いているロゴは目立たない分、おしゃれになったと言えるけれど。今は小文字がブームなんですよね。でも、そんなブーム、すぐ変わるのに。

 私は、元CIプランナー(もうこの商売、ほとんど世の中から消えましたね)なんですけど、ある会社の社名変更の仕事をしたとき、社名は変えるべきじゃないと思います、と若手のくせに発言して、会議室がシーンとしたことがありました。XEROXの影響で、可能性のXとか言って、社名の最後にXをつけて、○○ックスという名前にどの会社も変えたがっていた頃。その片棒を担いでいたわけだから、あまり偉そうなことは言えませんが。でも、変えるにしても、PAOSが頑張っていた頃は、それなりに考えて変えていたような気もします。DECOMASとか読むと、ちょっと感動するし。

 今日は広告とかマーケティングのことは書かないでおこうと思ったけど、どうしても書いてしまいますね。まあ、職業だけに、この分野の知識はあるからなあ。なんか、デイリーポータルZみたいな楽しいエントリをたくさん書きたいなあ、なんてひそかに思っているんですが、あの分野は、やっぱり餅は餅屋なとこがあるし、どうもうまくいかないですね。このところ、仕事が忙しくて、仕事まわりのことしかしてないし、考えていないからなあ。なんか、頭の中がカラカラになってきたかも。音楽も聴いてないし、本も読んでない。駄目だ、こりゃ。

 日曜日は、仕事の企画書を延々と書いていて、結局、完成せずに月曜日に持ち越し。あっちを立てればこっちが立たず。一歩踏み出しゃいいんだろうけど、その一歩を踏み出すためには、明快な理由は必要だものなあ。なかなか、うまくはいかんもんだわ。

 そうそう、カップヌードル。カタカナのロゴ、あるでしょ。あれ、どうして「カップヌール」って、ドが小さいかご存知ですか。当時は、ヌードルという英語がポピュラーではなくて、「ヌード」を連想してしまうから。まあ、なんていやらしいんでしょう、ということになるわけですね。以上、月曜日のちょっとしたおしゃべりに使えるコネタでした。

 でも、それも含めていまだにあのロゴを残しているって、やっぱりカップヌードルって偉いよねえ。

追記:ZEROXをXEROXに修正しました。ご指摘、ありがとうございました。

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2009年1月25日 (日)

発泡酒のジレンマと呪縛

 ビールの味はよくわかりませんが、ビールの味を基準にすれば、発泡酒はあまり美味しいものではないと言えるでしょうね。明らかに味が薄いし。でも、価格が安い。うちの親父なんかは、昔はキリンビール(生じゃないやつ)一筋だったのですが、今では発泡酒ばっかり飲んでいて、それは価格が安いこともあるけれど、味が好き、とも言うんですよね。ワシの歳じゃ、ビールはくどい、みたいなことを言っています。サラッと飲みやすくていい、とも言います。

 たまにヱビスなんかの高級ビールを買って帰るけれど、一口飲んで、もうええは、あとはオマエが飲めや、みたいなことを言います。親父が発泡酒好きなのは、もはや安いからではないようです。

 漫画の「美味しんぼ」なんかでは、そんな状況を堕落っぽく描きますが、確かに、ビールというお酒の本質を追究しつづける人にとっては、いかにも嘆かわしい状況ではあるんでしょうね。とは言え、親父のような人が、発泡酒を味で支持するというのは事実でもあり、そのこと自体に、ある信条を持ってあれこれ言うのは、きっと違うんだろうなと思います。

 これをビール会社の視点で見ると、けっこう悩みが大きい部分でもあるのでしょう。日本の会社は節操がないというか、マーケット至上主義的な傾向が高いから、あらゆるターゲットに同じブランドで様々な商品を提供します。麦芽100%ビール、普通のビール、個性派ビール、発泡酒、そして、第3のビール。

 マーケティング的には、価格が下がれば下がるほど、大量生産・大量消費が必要になり、広告の必要性が高まる傾向にあって、必然的に発泡酒・第3のビールの広告をつくらなきゃならないことになります。で、ビール会社としては、ビールを基準とする限り、それは廉価版のビールという位置づけになるし、その限界の中で、味をどこまで高められるかが勝負になります。

 消費者のインサイトを「本当はビールが飲みたいけれど、お財布のこともあるから、安い発泡酒にしておこう」みたいに認識すると、メッセージは当然、「ビールに近いおいしさです。もしかするとビールと同じかもしれない。」となります。廉価商品ほど味や品質を訴求するのは、広告の常套手段でもありますし。

 で、「まるでビール」とか「ビールよりいい感じ」みたいなコミュニケーションをやるようになるわけですが、本業での本質的な部分に触れるようになると、短期的に消費者に支持されるとしても、それは確実に本業をゆっくりと蝕んでいくような気がします。自らの本質を自らが欺く、みたいな。ブランドを考えないといけないというのは、つまり、そういうことを考えないといけない、ということなのだろうな、と思います。

 POSが出来てから、ちょっとそういう長期的な視点でものを考えにくい売りの現場になってきて、流通を含めて、1日単位で結果が突きつけられる状況で、のんびり長期的視点で、みたいな悠長なことが言ってられなくなってきます。私は中堅広告会社なので、巨大マスプロダクトの経験は、そう多くはないけれど、それでもいくつかのマスプロダクトでは、そんないわゆる「棚落ち」の恐怖と毎日戦っていました。

 コミュニケーションのジレンマがまずあって、その一線を越えてしまったら、次に、そのコミュニケーションが呪縛になります。いくら否定しても、なかなか記憶から消えないのも広告の特徴のひとつなので、その呪縛は、5年ごとか、そのくらいのスパンで蝕んでしまうし、その立て直しはかなりの力技に頼ることになってしまいがち。

 そのあれこれには税制の問題もあるし、中身はすごく複雑なんでしょうが、コミュニケーションに限定すると、こういうことは、ちょっとした想像力で簡単に言えるとは思うんですね。でも、そうした厳しい状況の中で、そのことを明快に指摘するというのは、ブログで語るということとはまた別の話で、それはそれは勇気のいることであって、そういうことをきちんと出来る人が本当のプロだとも言えるわけで、プチそういうことは、私も現場でたまにやることがありますが、なんか大事なところが縮み上がる感覚というか、そんな感じです。怖いよお。ひとつ間違うと、出入り禁止だしねえ。

 最後に、多くの発泡酒の広告は、どこも「発泡酒には発泡酒のよいところがあるし」みたいな感じですね。サントリーの「金麦」の広告はいい感じで、うまくやっているなあ、とは思っています。ちなみに、うちの親父のお気に入りは「マグナムドライ」と「円熟」です。第3のビールは、ちょっと淡白すぎるとのこと。同じ発泡酒でも他の銘柄はまったく駄目で、そんな親父を見ていると、ほんと、人それぞれだなあと思います。

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2009年1月24日 (土)

久しぶりに思い出した戦略十訓。

 戦略十訓。これ、ひと昔前に使われていた広告会社の訓示集。当然、会社の内部で使われていたもので、外向けの言葉ではありません。今は使われていません。この訓示は、当時は広告業界ではすごく有名でしたし、マーケティングの講座なんかでも紹介されることも多かったようです。

   1. もっと使わせろ
   2. 捨てさせろ
   3. 無駄使いさせろ
   4. 季節を忘れさせろ
   5. 贈り物をさせろ
   6. 組み合わせで買わせろ
   7. きっかけを投じろ
   8. 流行遅れにさせろ
   9. 気安く買わせろ
  10. 混乱をつくり出せ

 当時は、広告に携わるものが常に持っていなければいけない戦略性として、肯定的に捉えられていました。もちろん、この戦略十訓は消費者に見透かされるようじゃ駄目だろうけど、ある種の職能の本音としては、身も蓋もないなあとは思いますが、なるほどなあという見事な出来で、まあ、巷にあふれるライフハックなんかもこんな感じだし、あっけらかんとしていて爽やかでさえあります。

 で、この戦略十訓。今、これでマーケティング活動がうまくいくのか、みたいなことを思うんですね。ここ20年で、社会はもっともっと複雑になってしまったような気がします。この戦略十訓が使われなくなったのは、社会的な存在としての企業意識の高まりということもありますが、この戦略十訓自体の有効期限が切れてしまったというのもあるんじゃないかな、とも思います。

 流行遅れにさせたくないのに、たった1ヶ月で流行が変わったり、混乱を起こしたくないのに、混乱が起きたり、せっかくきっかけをつくったのに、別のきっかけがどんどん生まれたり、どちらかというと、いかに混乱を起こさずに、流行をつくらないことに奔走するマーケティングが大切になってきているような。

 例えば、その商品の存在意義の根拠になる価値観があって、その価値観を伝えるときに、今は、その価値観を流行として伝えては駄目で、この先も有効な普遍として伝えることが大事なような気がするし、そのために広告は一気に消費されないようなある種の「のりしろ」も必要になっているような感じもします。

 だからといって、それが目立たなければ駄目で、このへんの案配が昔よりも難しくなっているような気がします。このあたりのコントロールで一日悩む、みたいなことが多くなりました。

 この戦略十訓。今、最もこれに忠実な感じがするのが、リスティングとか行動ターゲティングの分野かも。それと、大きく言うと、ネット広告全般。きっかけを投じろ、という部分では、しくみ自体がこれを体現している部分もあって、アマゾンなんかで出ている「あの人はこんな商品も買っています」なんかは、組み合わせで買わせろ、ですよね。

 低成長になってきたら、この戦略十訓の逆ベクトルが重要になってくるような気もしますが、その状況は、その逆ベクトルの訓示が持つ美しさほどには美しい状況ではないんでしょうね。小さい市場の中での、生き残りをかけたパイの奪い合いというか。こんなあからさまな訓示が有効だった時代は、逆におおらかな時代だったんだなあ、とも思えてきて、いろいろと新しいことを考えて、次の手を打っていかないといけないなあ、と。ではでは。

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2009年1月23日 (金)

この人にはぜったい勝たれへん

 そんなふうに思ったことが何度かあります。そんなに多くないけど。大学時代はジャズをやっていて、やっていくうちに、ああ、この分野、自分にはまったく才能がないな、と気づきました。そういうことに気づくには、けっこう練習を重ねて、それなりに個性的なバンドサウンドができてきて、聴く人が「君らのバンドは独特の音だね。いいよね。」なんてほめてくれるまでかかりましたけど。下手っぴのままでは、才能がないことさえわからないものです。不思議なもので。

 でも、それは、この人にはぜったい勝たれへん、みたいなことではありませんでした。そんな気持ちにさせられたのは、仕事として広告の制作をしはじめてから。いちおう、これでもお金をもらって広告をつくらせてもらっていて、それなりの自信も自負もある、そんな感じの自分の中に、「ああ、この人にはぜったいに勝たれへんな」という気づきは、猛烈な痛みとなって入ってきます。

 まあ、私なんかは、誰もがその名を知るような、いわゆるスター制作者でもないし、そういう意味では、私のまわりはすごい人ばかりではありますが、それでも、その人たちに対しては、ああ、勝てないな、とは思わないんですよね。負け惜しみとかじゃなくて。負ける、みたいな意識で仕事なんかできませんし、やるときは、いつでも「俺がいちばん」な気分でやってます。プロレスなら負けるけど、セメントなら負けねえぜ、とか言ってね。

 でも、そんな自尊心を木っ端みじんにしてくれるような人っていうのは、多くはないけどときどきいて、そんなとき、この人と同じようなことをやっていたら、どれだけ努力を重ねてもぜったい負け続けると思うんです。絶望的に。どうしよう、と思います。たったそれだけで、もうやめようとか思います。

 で、考えるんですよね。あの人とは違う方法を。このやり方で、この感じは、あの人にはできないはずだ、と。考えてみると、いまの自分というのは、そんな、ぜったい勝たれへん、といういくつかの体験による決断みたいなものがつくってきたような気がします。

 そんな痛みをともなう体験は、考えようによっては幸福な体験だったのかもしれません。でなければ、あの人とは違うやり方でやってみようなんてこと思わなかったのかもしれないから。私は、感性とか、センスとかいう言葉が好きではありません。はっきり言えば、けっ、と思うほど嫌いです。感性とか、センスとか、そんな、本来、他人だけが口にすることができる言葉を自身が使い、自身の凡庸な制作物を自身が擁護する、下品な姿を多く見てきたから。

 個性なんてものは、きっと、あいつには負ける、みたいな、いくつかの痛みの総体なのだろうな、と思うんですね。そんでもって、あいつには負ける、みたいな感情は、じつは敬意というものの中身だったりするんじゃないかという気もして、そうだとすると、人間というのは、なんと複雑なものだのだろうと思うんですね。

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2009年1月22日 (木)

ぐだぐだなタモリさん

 
 そりゃあ、ぐだぐだにもなるわなあ。マイルスだものなあ。タモリさんは、早大のダンモ(モダン・ジャズ研究会)出身ですよね。私は中大のダンモ出身だからなんとなく分かりますが、マイルスにインタビューなんて、とてもじゃないけど怖くてできないです。それに、タモリさんトランぺッターだし。

 このマイルスへのインタビュー。ウィキペディア(参照)にも書いてあるし、ご本人も何度か話しているので、気になっていたんですよね。てっきりSwing JournalとかJazz Lifeとかの雑誌だと思ってました。テレビだったんですね。

 マイルスの英語、わかりやすいですね。こんな感じで喋ってくれたら会議でついていけるのに。それに、やさしいなあ。自筆の絵をプレゼントしたりして、それをしげしげと眺め続けるタモリさんに、カメラに映すように促したり。テレビ的には、あの絵は映さないといけないタイミングですものね。

 タモリさんが「日本人で知っているジャズマンは?」という質問をしたときに、「あなただよ。君が一番だ。」と答えるんですが、マイルスらしいなあ。そういう質問にはマイルスは答えない人ですよね。「大人は質問には答えたりしない。それが基本だ。」というやつ。

 なんか、これ見てると、こちらまで緊張してきます。やっぱり、マイルス怖いよね。こんな上司だったら、いやだろうな。「一生、この人にはかなわねえや」って感じで毎日過ごさなきゃならなさそう。ウィキペディアによると、このインタビューのあと「いいインタビューだった」と言って、トランペットにサインをもらったそうですね。いいなあ。うらやましい。ほんとに、うらやましい。

 追記:

 普段は敬称を略さないクセがあって、タモリもタモリさんと書くのに、マイルスはマイルスさんとは書かいてないんですよね。後から、ブログを見直して気付きました。ジャズファンの方にはなんとなく伝わるかもしれませんが、マイルスにはマイルスさんと書くと怒られそうな気がするんですよね。なぜかはうまく説明できないけれど、絶対にマイルスは気分を害しそうな気がするし、しゃべってくれなくなりそうな気が。

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2009年1月20日 (火)

広告は作品か

 面白い論議には乗っておくが吉なので、私も考えてみます。というか、このテーマ、このブログでも何度も何度も書いてきているので、あらためて考える、かな。(興味のある方は、下ほうにある@niftyブログ内検索で「広告 作品」で検索するとある程度追えるかもです。)

広告批評の欺瞞: おまえはその広告を褒めているが、その広告を見て商品を自腹で買ったのか? - analog

広告=作品論の是非 – smashmedia

 まず、ブログ「analog」のhidetoxさんの論点。これに尽きるでしょうね。

広告評論の欺瞞、それを私は次のように告発する:おまえはその広告を褒めているが、その広告を見て商品を自腹で買ったのか?

 まあ、確かにね。「買わないし、買いたくないけど、評価する」とかね、そういうのは多いですよ、実際。なぜそうなるか、というと、まあ、あれです。身も蓋もない話をすると、広告制作者って多い訳ですよ。作家になりたかった、とか、画家になりたかったとか。だから、その表現が広告という枠組みを離れれば離れるほど評価したがる。新しい広告の可能性とか言って。(私は、とある高級外車の広告を担当していたことがあって、それは自分では買ったことがないです。自分がターゲットじゃないし、そんな余裕もなかったから。でも、こういう話ではないですよね。すみません。余談でした。)

 崩れ系が多い広告制作者。

 これが駄目と言いたいわけではなくて、むしろ、私は若いときそういうことを一度も思ったことがない人は、すごく高い確率で広告制作者には向いてない、とも思っていて(たまにものすごい例外はあるけど)、どこまで言っても、広告表現っていうのは、そういう言葉やビジュアルが持つアート性みたいなものを利用してつくるわけです。それは、ロートレックの時代からそう。元電通関西の堀井さんの言葉ですが、ご紹介します。

広告を芸術に利用するんやない。芸術を広告に利用するんや。

 私は、この言葉は至言だと思っていて、自分が仕事をするときは、出来る限りこの言葉に忠実であろうと思っています。世の中の「これは商品が売れるだろうな」とか「実際に広告で商品が売れたよな」という広告を批評的に見てみてください。涙ぐましい「芸術の利用」がそこにあるから。写真、イラスト、音楽、その他もろもろ。

 もちろん、その広告の戦略みたいなものが間違っているとものは売れない(売りが目的でなければ効果は生まない)し、そこも含めて広告の設計だとは思いますが、その設計だけではやっぱり広告はつくれないです。例えそれが芸術性がゼロに見えようとも、その素人くささはやっぱり芸術が寄与しているわけです。それは、お笑いの世界でいうと「天然」を評価する、ということに近いですね。で、この「天然」の領域。真似してもできるものではないので、私はその領域は敬して遠ざかろうと思っています。

 それと、広告の役割は、長期的に見ると、すべてが「売り」なんだけど、短期的に見ると「売り」だけじゃなく、最終的に安定して「売れ続ける」ための投資ということもあります。それを「ブランド」とか言ったりするけれど、この「ブランド」という言葉がくせ者で、当人の好きなように定義できます。なので、私はなるだけ使わないです。その場合は「知名度を上げる」とか「マインドシェアを高める」とか「ポジショニングを変える」とか具体的な目標設定をします。

 でも、hidetoxさんの苛立も分かります。多くの広告制作者と広告作品を批評する人たちって、ビジネスについて「甘ちゃん」だからね。それと、私は広告制作者だから分かりますが、芸術性が高いけど広告になっていない広告作品を、ありゃ駄目だね、って言うのは勇気がいるんです。ルサンチマン風味が加わるから。制作者以外の人は、わりと素直にそれが言えるのでしょうが、制作者はなかなかそれが言えないんです。で、黙っちゃう。そういう感じかな。

 続いて、ブログ「smashmedia」の河野さん。私もほぼ同意です。

広告=作品論と、その否定論は極右と極左な感じがしていて、大事なのはきっとその間にある。今はまだ広告を絶賛する人の声が大きすぎるので、反対派がもっと増えたほうがいいんだろうな。

 そうですよね。大事なのはその中間。ただ、これはバランス論というのではなくて、私なんかは、広告をやるときは、徹底的に「芸術」を利用しつくしたいと思っているので、そういう意味では、私は、自分の広告をある種の「広告作品」でもあると思いながら広告をつくっています。でも、それは広告「作品」ではないですね。まあ、他人が評価して、それを「作品」と呼ぶぶんには何の問題もありませんが。広告活動も広く言えば「文化」だし、商いを含めてそこに「文化」を担う気概がなくなったら、それこそ世の中終わりだし。

 若い頃は、そのへんの整理があまりついていなかったけれど、今は完全に広告原理主義でやっています。まあ、若い時はしょうがないんですよね。自分のキャリアを高めたいという、広告にはまったく関係ない動機が働くから。で、それをコントロールするのは、上司の仕事なんだろうな。

 あと、補足的に言えば、今の時代、かつて効いた広告表現手法が徹底的に効かなくなってきているのはあると思います。かつて輝いていた広告表現手法は、今出すと「ああ、広告だよねえ。ご苦労さん。」となってしまうような気がします。広告制作者界隈では、けっこうこの社会の変化は残酷。今まで自分が積み上げてきたスキルが無意味になってしまうんだもの。

 そんな時代のリアルな表現って何だろう、というのが私の今のテーマであって、手応えがあるかと思えば、するりとこぼれる毎日ですが、なんかあるとは思っています。たぶん、それでも旧来の表現手法は生き続けていくとは思うんです。でも、私は、旧来の表現手法を守っても、私にとっていいことがある場所には今いないし、ちょうどそれを考えるいいポジションにいるかもな、と思って模索しています。なんか広告が、その行為を含めてリアルに思える企て。それを見つけたいなあ。そんな感じで、中途半端な規模の広告代理店にて仕事をしている次第です。ではでは。

関連エントリ:

なぜ広告を作品だと思ってはいけないのか。(広告のing感の話。少し論点は違うけど。)

広告を芸術に利用するんやない。芸術を広告に利用するんや。(堀井さんの言葉についてのエントリです。)

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2009年1月18日 (日)

「広告屋はチンドン屋」考

 80年代の終わりか90年代の始めくらいに「広告代理店はチンドン屋の衰退の道をなぞってはならない」という趣旨の論文を読んだことがあります。業界専門誌か、業界団体の機関誌に掲載された論文だったと思います。書き手は広告代理店のクリエイティブかマーケティングの方。その論文が見つからなかったので、私の私見についての枕程度に思ってください。

 確かその論文の主旨は、「昭和とともに発展したチンドン屋は、そのスタイルを頑に守り続け、変えようとしなかったために、高度成長期以降、次第に消費者に飽きられ衰退していった。我々広告業界も、これまでの広告のスタイルを固持し、こだわり続けると、チンドン屋のように衰退するだろう」というものだったように記憶しています。

 広告代理店各社が「情報商社」を標榜していた時代。ライバルはリクルート。そんな時代。我々は「チンドン屋=広告屋」じゃない。情報を動かし、時代をつくるのだ。そんな、自負心というか、肥大した自意識というか、今振り返ると、かなり気恥ずかしい時代でもありました。

 私は、チンドン屋の衰退に同情はしないしけれど、広告屋がチンドン屋を叩くのは少し筋が違うのではないかなと、その頃思っていました。チンドン屋という形式は、広告屋が手持ちの形式の中の一形式に過ぎません。事実としては、チンドン屋の衰退は、広告屋の発展と同期していたはずで、社会が必要とする大きな意味での広告のシェアを、広告屋が徹底的に奪っていった結果ということだろうし、チンドン屋の形式へのこだわりは、その業種の規模や市場縮小にも連動して起きていることだとも思うのですね。

 要するに「この商売は俺の代で終わりだ」という事業主が多かったと思うのです。終わりが見えている者が自分の大切にしてきたものを守るのは、人の情でしょう。それを古いとか変われなかったと叩くのは、あまりに想像力がなさすぎ。

 そんなふうに頑に形式にこだわったからこそ、チンドン屋は、多くの若い音楽家たちに再評価され、文化として蘇ったわけだし、多くの人を楽しませ、そのほんの少しを情報の伝達に使わせていただくというチンドン屋のコアの精神は、カタチを変えて現代の広告に引き継がれているのだとも思います。

 どこまでいっても、広告という行為は「あざとい」ものだと思います。それは、今最先端の純広手法と言われ続けている、検索連動広告や行動ターゲティング広告のあからさまであっけらかんとした「あざとさ」が証明しています。ときに、自らをも食い尽くしていく「あざとさ」を、より消費者にとって自然で心地よい、少なくとも社会に受け止めてもらえる「あざとさ」にしていくことができるのは、自らが持つ「あざとさ」を自覚する者だけだと私は思っています。

 あれから10年以上経って、時代も変わり、街でたまにチンドン屋さんを見かけるようになりました。人だかりの中、楽しそうに演奏するチンドン屋さんとそれを追いかける子供たちを眺めながら、あの論文とは逆に、我々はチンドン屋さんに戻った方がいいのではないかなと、ふと思うんですね。もちろん、今からチンドン屋をやろうというわけではなく、そのコアの精神に、ですけどね。

 広告屋はチンドン屋ではない、ではなく、広告屋はチンドン屋でもある、というところから始まって、広告屋だからこその内なる挟持を持ってこの仕事を続けていけたら、と思います。戦略を練り、企画書を書くとき、どこかで自身をチンドン屋ではないと規定し、その自意識を肥大化させてはいないか。きっとこういう肥大化した自意識で仕事をしても、策士策に溺れる、というやつで、きっと社会から無視されるという結果を生むだけだから、いいといえばいいのですが、まあ自分のつくる広告はこういう結果を生まないように、それを自戒としながら仕事をしていきたいと思っています。

*     *     *     *

追記:

 もしかすると、その論文は「これまでのようにテレビ、新聞などのマス広告にこだわっていたら、楽隊演奏という形式にこだわったチンドン屋さんのように衰退してしまうよ」というような趣旨だったのかもしれません。クロスメディア論の先駆けみたいな。でもね、街での楽隊演奏自体はカタチを変えて、今もクロスメディアのひとつとして広告屋がやっていますよね。

 どちらにしても、業界が個別の事業を叩く、もしくは、総合が専門を叩く、みたいな気持ち悪さはありますね。だって、チンドン屋さんも広告業界の仲間なんだし、広告業界のすべての機能を一社で持つと自認する総合広告代理店である限り、その中の機能にチンドン屋さんも含む、というのが総合ということじゃない。まあ、10年以上前のことだし、その論文ももはや見つからないし、探すつもりもないのでいいんですが、なんかふと思い出してしまったので。

 あと、チンドン屋については、ウィキペディアの記述がすごく充実していて力作です。どなたが書いたかは知りませんが、すごく詳しくて、これを読むだけでも楽しいです。

チンドン屋:ウィキペディア(Wikipedia)

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2009年1月17日 (土)

仁鶴さん

 会社を深夜12時に出て、山手線に乗ると渋谷で東急の遅れを待って、新宿についたのが1時ちょっと前。プラットホームには人だかりができていて、しかも中央線が人身事故で遅れているとのこと。なんとなく気分が滅入っていたので、新宿で降りて、そのままタクシーで中野まで。

 テレビを付けると、NHKのPerfumeライブ。最後の方だけしか観られませんでした。で、フジテレビ。「さんまのまんま」のゲストが仁鶴さん。笑福亭仁鶴さん。どんなんかな〜。うれしかるかる。

 仁鶴さん。関西ではかつて超がつく人気者でした。私が子供の頃は、少し下火になっていたけど、私の親の世代だと、それこそ一世風靡。さんまさんが「なんば花月であんなに笑いをとった芸人は見たことがないという」のは誇張でもなんでもなく、仁鶴さん曰く、全盛期は秒単位で、劇場、テレビ局、ラジオ局をはしごしていたそう。

 いまでも、仁鶴さんの番組は、NHK大阪の「生活笑百科」がありますが、当時は10本以上レギュラー番組を持っていたのではないでしょうか。CMでも、子連れ狼に扮したボンカレーなど、たくさん出演されていました。私がいまだに覚えているのは、仁鶴さんがモーツァルトの格好をして「♪たったの3分、親子丼。ご飯にかけて、親子丼。仁鶴ちゃん、チャイコフ好き〜!」と歌うレトルト親子丼のCM。

 忙しさの限度が超えて、仁鶴さんは落語の世界に戻っていきました。吉本興行がそれを許したのは、きっと仁鶴さんがその時期の吉本を支えていたから。松竹が多かった笑福亭に、仁鶴さんは吉本所属で、しかも、まだ三枝さんやさんまさんが世に出ていなかった頃の吉本をテレビやラジオの世界に強くしていったのは、他ならぬ仁鶴さんだったのだと思います。

 さんまのまんまで、仁鶴さんがご自身のDVD・CDボックス(参照)を持って「これ、放送局の素材ではなく吉本がちゃんとした機材を使って作ってくれましたんや」と嬉しそうにおっしゃっていました。かつては、大阪の深夜ラジオで「エロ仁鶴」として若者の人気を博し、テレビでは「視聴率を5%上げる男」と呼ばれた仁鶴さん。でも、私がもの心ついた頃には、すでに仁鶴さんは、醒めた感じの話芸に変わっていました。あの醒めた感じは、テレビ、ラジオでの人気者時代の経験があるのでしょうね。

 一度、上方落語は駄目になりかけて、吉本も松竹も落語なんて時代遅れな話芸は、今は流行らないし、やがては静かに衰退していくものだという認識を持っていた時期があったと思います。東京はわりと古典芸能に関しては、それを守っていこうとする気概みたいなものがあるように感じますが、上方は、バイタリティがある反面、今の時代に適応しないものは切り捨てて前に進もうという傾向が強い気がします。

 私は、そんな時代の流れを観客として眺めてきただけですが、その渦中を生きてきた仁鶴さんは、どんな思いだったのでしょうか。いつかそれを聞いてみたいとは思うけれど、醒めた感じできっと流されるんでしょうね。

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2009年1月16日 (金)

今、エアチェックしている人っているのかな?

 若い人はもうこの言葉は知らないかもしれませんね。エアチェク。ウィキペディアによると、こう。

本来はコマーシャルが契約通り放送されているか提供者が視聴検査することをいったが、日本では特に視聴者(聴取者)が気に入った番組やアーチストなどをビデオテープやカセットテープ、近年ではミニディスクやDVDなどに記録する時に「エアチェックする」という表現がよく使われている。

最近では、NHKアーカイブスなどのように放送局にも残っていない映像・音源を復元するために視聴者(聴取者)から寄付された個人所蔵のエアチェックが用いられるケースが増えている。

エアチェック: ウィキペディア(Wikipedia)

 私が中学生の頃は、エアチェックが大好きでした。というか、そのくらいの年代の少年少女はみんなエアチェックしていました。民生用ビデオはまだなかったので(あったかな?)、もっぱらFMをカセットテープに録音。お気に入りのアーチストのニューアルバムなんかは、FMファンとかレコパルとかのFM専門雑誌で放送時間を確認して、ノーマルテープより値段が高いメタルテープを買ってきて、注意深く、息を殺しながら、慎重に録音したものでした。

 というのは、基本的には予約録音なんてものもなかったし、アナログテープの場合はダビングすると音質が劣化するので、アルバムをレコードに近いカタチで1発で録音したいんですね。なので、アナウンサーの曲紹介を避けて楽曲だけ手動で録音するのです。アナログレコードは45分以内なので、そのために46分テープがあるのですが、それはA面、B面あわせての話なので、エアチェック用は90分テープを用意しないといけないんですね。NHK-FMは太っ腹で、新譜を1時間番組で全曲かけてくれたので、それに対応するには90分テープがどうしても必要なのです。巻き戻す時間に手間取ってしまうと、コンプリートエアチェックできないですから。

 ガキなんで、お金をあまり持っていなくて、アルバムなんてそんなに買えなくて、たいがいはエアチェックして、何度も何度も聴き込んで、これは買いだ、というアルバムだけ購入していました。要は、アルバムジャケットがほしいんですよね。レコードは今のCDより大きくて、アルバムジャケットはデザインもすごく頑張っていました。今も、ジャケットはデザイナーの晴れ舞台だと思うけど、アナログ時代は、デザイナーにとっては、それこそ正方形のキャンバスですよね。

Songislove_4 Junktion Fairway_2  私は、オフコースの試行錯誤の3部作と言われる、「SONG IS LOVE」「JUNKTION」「FAIRWAY」のジャケットデザインを担当されていた木暮溢世さんのデザインが好きでした。さりげなさがいい感じ。オフコースのロゴも、この頃が私にはもっともオフコースらしく感じます。やさしいフォルムが、らしいなあ、と。

 いま、ラジオからエアチェックしている人、いるのでしょうか。いないんでしょうね。レンタルCDもあるし、それにデジタルの時代で、アルバムの楽曲を1曲ずつダウンロード購入できる時代ですものね。いま、オフコースのNHK-FMでのスタジオライブがYouTubeでアップされていて、懐かしく聴いています。驚くことに「小さな部屋コンサート」のテープ録音とかもあるんですよね。これ、ほんとファンにとっては涙が出るほどうれしい音源なんですね。

 かつて、ある時期までは、テレビには頑なに出演を拒否していたオフコースですが、NHK-FMではスタジオライブをよくやっていたんですよね。けっこうおしゃべりもしていたし。今では小田さんは陽気なおしゃべりおじさんですが、ラジオで聴く小田さん、無口で不機嫌そうでした。ヤスさんの口べたな感じは、今も昔もあまり変わらないですね。あの頃は、アーチストにとっては、テレビは邪道メディアで、ラジオが正統メディアという感じでした。

 ラジオ聴きながら育った私としては、今の時代は、ちょっとさみしいなあと思います。ラジオが独自性を活かしながら再生するためには、きっと、ラジオだからこそ、というものが必要で、そんなことを夜中に考える私とて、年間にわずかしかラジオの仕事をしていないものなあ。今年こそ、なんとかしなきゃ。

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2009年1月14日 (水)

東京

 ま、生まれも育ちも大阪なんで、東京に憧れなんてこざいません、ということに一応しときます。でも、よく考えてみると東京暮らしが大阪暮らしより長くなってるんだよなあ、なんてことに気付いて、なんかしみじみ考えてしまいます。私、あまり東京のこと知らないんですよね。

 学生時代は府中に住んでいて、就職で大阪に戻って、また東京。それからはずっと中野です。住めば都とは言うけれど、府中はすごく暮らしやすかったです。緑が多いし、税金も安いし、街に出れば、それなりに賑やかだし。新宿にもまあ近いし。学校が八王子だったので、アパート暮らしの人の多くは田んぼの真ん中のワンルームに住んでいたけど、私はさびしいところが苦手なので、けっこう街中に住んでいました。そのかわり、部屋は狭くてちゃちでした。でも、それは今もあまり変わらないよう。基本、住むところにはこだわりはないです。起きて半畳、寝て一畳、という感じ。

 中野は緑は少ないけれど便利。街のたたずまいとしては、隣町の高円寺のほうが好きだけど、かゆいところに手が届くのは中野かも。ブロードウェイの雰囲気は好き。漫画やアニメ好きではないけれど、あの中にいるとなんか落ち着きます。あの建物の上はマンションになっていて、昔は沢田研二さんとか青島幸男さんとかが住んでいて、今で言うところの、六本木ヒルズみたいな感じだったらしいです。今もそこそこの家賃じゃないかな。

 私みたいな出不精なタイプは、仕事がなければ、ずっと中野で満足みたいな感じなんでしょうが、まあ、いろいろな会社の広告をつくるお仕事をしているので、いろんな街に出かけたりもしますし、職場のまわりを中心にいろいろ探索したりもします。好きな場所は、なぜか東京駅周辺。八重洲の地下とか、日本橋とか、有楽町とか。なんか、気張ってなくて、疲れないというか。でも、有楽町は、ちょっと銀座っぽくなってきたみたい。

 有楽町のはずれには、ジャポネというスパゲッティの店があって、そのジャンクっぷりで一部に熱烈なファンを持っているんですが、麺がソフト麺っぽくって、ベーコンやらほうれん草やらをラードで大きなフライパンで豪快に炒めるんですよね。パスタという基準で見ると相当あさってな感じですが、あれはジャポネという食べもんなんだろうな。私は、けっこう好き。

 高円寺にはニューバーグというハンバーグ屋さんがあって、そこのハンバーグも同じ感じ。ハンバーグとしては、まったくもってな感じなんだけど、名前の通りニューバーグという食い物だと思うと、それなりによくて、かれこれ20年くらい通っているんですよね、私。

 六本木には、日産のビルの地下に、名前は忘れましたが、すごいラーメン屋さんがあって、そこの麺は手打ちなんですが、ものすごく大雑把にきってあって、びろびろ。大きさがまちまちの煮豚のぶつ切りがゴロゴロと思いっきり入っていて、お世辞にもおいしいとは言えなかったんですが、あれも妙に通ってしまっていたなあ。

 東京って、そんな妙に味のあるB級な食い物が多いような気がします。大阪でも、たこ焼きやイカ焼きだったり、自由軒のカレーだったり、それなりに宝庫感はありますが、なんかほんものに対して完全にバッタもんとして生きているような愛すべき感じは、東京ならではかも。それを許すというか、愛するというか、そういう感覚も含めて、東京らしいな、と思います。

 東京というか江戸は、大阪とか京都とかの上方に比べると、庶民の食べ物を昇華させて文化にするのがうまいような気がします。握り寿司とか、蕎麦とか。握り寿司って、箱寿司のファーストフード版だし、蕎麦は饂飩の代用ですよね。もともとは。それがいまや、文化としては、大本をしのぐほどのものがあるし、それはたいしたものがあるなあ。

 その現代版がラーメンでしょうね。東京人のラーメンに対するこだわりは、すごいもんだなあ、と思います。大阪はラーメンはあまり盛んではなかったし。神座か金龍か古潭くらいなもんです。今はもっとあるのかな。でも、京都は、ますたにとか、天下一品とか、第一旭っとか、ラーメンが結構すごいので、そのへんは何なんでしょうね。学生がいるかどうか、なのかな。ま、大阪と京都は、文化性はかなり違いますが。

 ま、そんなわけで、本日は、なんとなくゆるい東京話でございました。ではでは。

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2009年1月11日 (日)

「したたか」でいこうぜ。

 僕のブログは、ふだんは主に広告実務のあれこれを書くことが多いです。役立つ知識だったり、僕自身の広告についての考え方だったり。そんな記事は、これから広告業界で働こうと思っている人とか、広告業界で働く若い人が、ためになるなあ、なんて感じで読んでくれていることも多いかと思います。また、同じくらいのキャリアの人とか、もっとベテランの方なんかは、おまえの考え方は違う、なんて読み方もされているかもしれません。どんな読み方にせよ、いつも読んでくれて、ほんとうにありがとうございます。

 これから、広告業界はきっと今より規模がずっとずっと小さな業界になっていくと思います。少なくとも、ここしばらくは縮小傾向が続くはずです。僕が所属する会社だって、いつまであるかわかりません。大手も、当面、会社消滅はないにしても、人員削減は避けられないでしょう。もしかすると、今年の中頃あたりに大型合併があるかもしれません。みんな、生き残りに必死です。

 きっとこれからリストラがはじまります。ここまでの状況になったら、いよいよ弱い人が標的になります。弱い人とはどういう人か。それは、志なかばの若い人のことです。これからもっともっと勉強をして、いろいろな経験を積んで、一人前になろうとしている人のことです。この人たちが直面する災難の特徴は、その予兆がないことです。それは突然やってきます。

 ある程度のキャリアがあれば、それまでの間に、次第に自分に与えられる仕事が少なくなったり、責任が著しく小さい仕事ばかりが与えられたり、本人が自覚するかどうかはともかくとして、その予兆はあるものです。しかし、若い人にはそれがありません。チームに所属し、そのキャリアに応じた仕事をこなす日常を過ごしている限り、さしたる疎外感も持ち得ないでしょうし、チーム全体としてはうまく回っている状態なので、本人にとっては寝耳に水になってしまうのです。それは、僕がCDになって理解できたことです。

 僕は、デザイン会社から、広告制作会社を経て、外資系広告代理店へとキャリアを進めてきました。その間には、バブル崩壊と、外資系広告代理店ブームの沈滞化という2つの時期を経験しています。ちいさな広告制作会社、特に広告制作職は、クビが当たり前の世界です。また、外資系も同様です。制作職は、英語を武器にしている人も少なく、いわゆる外資渡り鳥な人も少ないと思いますし、大手ではない広告業界と外資系がクビ上等な世界だと知るのは、やはりある程度の経験が必要なので、若い人はどうしてよいのかわからない状態になってしまうと思います。

 たくさんの事例を今まで見てきました。悲惨な事例もあったし、そのリストラがきっかけに、長い目で見れば、それが、その人の人生にとっていい契機になって、その後の幸運をつかんだ事例もありました。そしてまた、その人が対象になったのは、若い人の場合、ある程度は偶然の要素が大きいことも多かったように思います。運が悪かったとしか言えない事例も多々ありました。つまり、誰でもよかったけれど、たまたまあなただった、ということです。

 はじめから一人前になれる人はいません。だから、一人前になる途中で、はい終わり、という状況に絶望を見てしまうかもしれません。あなたがあなたなりに一生懸命仕事に取り組んできた人であるならば、多くの人があなたに同情するでしょう。会社が悪い、経営は何を考えてるんだ、あなたより辞めさせたほうがいい人はいるじゃないか。あいつのほうが働いてないのに生き残るのは上司に媚を売っているからだ。

 あなたには、こういう同情や善意に感謝すると同時に、やるべきことがあります。それは、あなたが置かれている状況を正確に把握すること。箇条書きにして確認してみてください。その状況把握に感情を持ち込んではいけません。自分のことは甘く計算しがちです。でも、なるだけ感情を排除すべき。そして、同情や善意を取っ払った上で、あなたが信頼できると思う人に相談をすることです。その人は、あなたに対して批判的なことや厳しいことを言えれば言える人ほど、信頼できる人という基準で考えてください。大切なのは、前を向くとこです。前を向くことに、慰めは必要ありません。

 「したたか」でいてほしいのです。自分の未来に対して「したたか」でいてほしいのです。「こずるく」生き抜く才能がなかったあなただからこそ、「したたか」さが必要なのです。

 本当にやりたいことは何ですか。あなたが今やれることは何ですか。やりたいこととやれることのバランスはどうですか。冷徹に自分を見つめてください。生きていくことも重要です。縮小していく業界で、これからもきちんと楽しく食っていく自信がありますか。そこまで追いつめて考えられたら、可能性はかなり広がっているはずです。

 ここまで読んで、このブログを書いている僕、つまり、今日も明日も安穏と外資系広告代理店で働きつづけるお気楽なCDごときに私の気持ちはわからない、と思う人もいるかと思います。本質的には僕にはわからないのかもしれません。僕は、今まで、すべて自発的に会社を辞めてきましたし、そもそもその時の時代が今とはかなり違いました。今ほど厳しくはありませんでした。無茶な辞め方をしたこともありますし、それでもなんとかやってこれました。でも、今は状況が違います。

 このエントリを書く僕も、このエントリの未来の読み手のひとりです。もし僕がその状況に追い込まれたとき、このエントリを読み直そうと思っています。僕は、これからもこのブログで、縮小していくこの業界の希望を書いていきたいと思います。だからこそ、このエントリは、広告ブログのはしくれとして、今のこのタイミングで書かなければいけないエントリだと思って書きました。今の僕には、業界を根本的に変えていく力も、経営にコミットする力もありません。僕が今書けることは、自衛策しかありませんでした。

 最後に僕が今考えていること。この時代になって、僕は今、自分がやりたいことは広告業界でなくてもできるのかもしれないと考えるようになっています。でも、縮小していくこの広告業界で、まだ僕に価値がある限り、僕はこの業界にいようと思っています。広告が好きだし、この業界で生きていきていくこともできるだろうという自己認識があるから。でも、この業界がこの先、もっともっとつまらなくなるか、それとも僕をこの業界が必要としなくなるとき、いつでも違う場所で生きていくつもりでいます。そのための準備を始めています。

 僕の場合、本当にやりたいことは何かと考えたとき、それは、究極的には広告をつくることではなく、言葉を核にしたクリエイティブなのだろうと思うようになりました。僕は、その一点を大切ににしながら、これからはもっともっと「したたか」でありたいと思っています。

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2009年1月 9日 (金)

コンビニは好調らしい

 ユニクロも好調。なんで、前に「もの足りないけど、こと足りる。」というエントリで書いたこともあながち間違ってないかも、なんて思ったけど、コンビニはtaspo(タスポ=自動販売機成人式別カード)の影響らしい。つまり、喫煙者はtaspoを持たずに、そのかわりコンビニでタバコを買っている、と。まあ、そうでしょうね。

 前に「taspo(タスポ)雑感」にも書きましたが、あれ、喫煙者なら、意地でも持たないでおこうと思いますからね。ユニクロは、HEAT TECHが大ヒットした影響。あまり時代の流れとは関係ないかも。

 でもまあ、そういうラックが続くのは、いい風が吹いている証拠でもあるし。

 なんか、ここ数日、アウトプットのほうがきつくて、なかなか落ち着いてブログも書けないのがちょっと残念。ま、こういう日もあるやね。ほんと、この不況の折、ありがたいことです。

 朝は、東京は初雪が見られるかも。たまには真っ白な東京もいいかもしれません。雪にうんざりの北国の人から見ると、気楽でいいよね、なんて思われるかもですが。明日、雪が降ったら、写真でもアップしようかな、なんて、確かにお気楽かもですね。

 追記:たぶん、はてブで再発掘していただいた影響だと思うんですが、ずいぶん前に書いた「人間のタイプをOSで言うと…」という暇ネタエントリにアクセスがあって、ちょっとうれしかったです。あの頃、私のPCはMacOS9でした。

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2009年1月 7日 (水)

なんとなく思ったこと

 年明け早々、なんかプレゼンラッシュ。のんびりと過ごしたお正月気分が吹き飛んでしまいました。でもまあ、このご時世、ありがたいことです。で、なんとなく思いついたことなどつらつら書いてみます。

パスタの替え玉

 パスタって、食べ終わったらソースとか具とかが余ると思いませんか。特にミートソースとか。それをスプーンですくって食べたりしていますが、なんとなく貧乏くさい。ちょっと高めのイタリア料理店なんかだとパンが出ますから、ソースをパンにつけて食べたりしますよね。でもね、あれをすると、パスタを食べに来たのに、最後の満足感はパンになるわけです。

 そこで提案。博多ラーメンに「替え玉」ってあるじゃないですか。それをパスタでやったらどうでしょう。200円とかで。オリーブオイルとか置いてあると、ソースや具が少なくなっても大丈夫そうだし、そのほうが麺の旨さを純粋に味わえる気がするし。カジュアルなパスタ専門店だと流行りそうな気がしますが。駄目ですかね。

自然は無料

 まあ自然の定義にもよりますが。例えば、うっそうとした森がある公園でも、入場料とかがあったりすると、なんとなくそれは自然という感じがしなくなることありませんか。逆に、町中のちいさな木立でも、それがそれこそ自然にあれば、自然という感じが私はします。

 そんな都会人の自然感は、ときに「自然をなめるな」と批判されたりしますが、そこはとりあえず置いておいて、自然とは無料のこと、と定義するといろんなことが見えてくるような。

 ブログをはじめとするウェブコンテンツがいま活況なのは、無料だからなんじゃないかと思うんですね。つまり、自然にそこにある、と。いまいち有料コンテンツが流行らないのは、いっきに自然ではなくなるから。1回1銭程度の課金でも、概念が変わってくるような気がします。ウェブ2.0的なあれこれは、それが自然だと思うから、という感情がベースになっているのかもなあ、なんて思ったり。ちょっと無理あるかな。

エスカレータは東西どちらが合理的なのか

 東京なんかでは歩く人は右、止まる人は左。大阪なんかでは歩く人は左、止まる人は右。いつも戸惑います。これ、人間工学とか生理学とかで、どちらが合理的か決着がつくのかな。文化といえば文化なんだろうけど、これがどちらかに統一されないのは、不思議だなあといつも思います。まあ、どうでもいいことではありますね。

 しかしまあ、こうして書いてみると、日中、ろくなこと考えてないな。そんなわけで、そろそろ仕事に戻りまーす。ではでは。

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2009年1月 5日 (月)

ETV特集「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」見たよ。親父と一緒に。

 昨日まで大阪でした。で、NHK教育で放送されたETV特集「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」は、親父と一緒に見ることになってしまいました。

 「そう言えば、吉本隆明って知ってる?」
 「知らん。」
 「吉本さんっていうのは、戦後最大の思想家と言われる……」
 「知らんもんは知らん。」
 「娘さんは、吉本ばななっていう……」
 「ああ、それは知ってる。で、偉い人なんか?」
 「まあ、偉いっちゃあ、偉いけど……」

 てな感じのことを喋くりながら見ていたわけなんですが、想像以上にお元気そうでしたね。やっぱり、書き言葉や音声だけでなく、実際に話しているところを映像で見ると違いますね。戦中、吉本さんは、自分の遺言として詩を勉強してきて、敗戦によって、そのバックボーンをすべて失ったとき、詩などの言語芸術と世界認識をつなげることができたらとの思いで、世界認識の方法としての古典経済学を勉強しはじめた、というくだりなんかは、青年吉本さんの心情がすごくわかりやすく、ああ、そういうことか、とあらためて思いました。

 吉本さんの著作や講演を読むと、ああ、この人は、思想家としては、無防備すぎるくらい率直で、普通、思想家とか哲学者って、もうすこし自分をガードするもんなのになあ、なんていつも思うのですが、そのへんが吉本さんの魅力なんでしょうね。

 今回は、たまたま親父と一緒に見ていて、それが非常に面白かったです。人見記念ホールでの講演は「言語芸術論」というもので、吉本3部作で言えば「言語にとって美とは何か」あたりの問題を掘り下げた内容だったのですが、テレビに「指示表出」と出たとき、

 「指示表出?こんなもん、この人が勝手に言うてるだけやろ。」

 と言ったり、

 「この人は、何を言うてるんや。さっきから、言うてることがまったくわからん。」
 「客もわかったような顔して聞いてるけど、ほんまはわかってないんちゃうか。」
 「森鴎外はワシも読んだけど、どう読もうとこの人に言われることあれへんがな。」

 と吉本さん、言われ放題でした。まあ、吉本さんがいちばんわかってらっしゃると思うけれど、世の中、そんなもんです。あまりに横からごちゃごちゃ言うから、最後のほうは、「ちょっと聞こえへんから、黙っててえな。」と言ってしまいました。

 いちばん面白かった、親父の発言は、これ。

 「誰か、早よ止めたらな。ほったらかしてたら、この人、倒れてしまうがな。」

 あの虚空を見つめながら夢中で話す仕草は、よく話では聞いていましたが、ほんとそうなんですね。うちの親父的には、吉本さんが糖尿病で死にかけているというところに親近感を持ったらしく、番組が終わった後に「ワシもがんばらんとなあ」と妙な感想を言っておりました。ま、何ごとも、人それぞれですからね。

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2009年1月 3日 (土)

紅白のPerfumeは、「傀儡音楽」さんの言う通りになったなあ。

 大晦日のPerfume紅白出演の件。ネットでは「口パク」関連で盛り上がりましたね。もっとも、はてな界隈中心に、という感じでしたが。

Perfumeは口パクのままでいいのか – TAKUYAONLINE
Perfumeとヴォコーダー - 論理哲学論評
Perfume は口パクでいいんじゃね? - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake
「ジェニーはご機嫌ななめ」が盛り上がるのは“生歌だから”なの? - 想像力はベッドルームと路上から
Perfume 「生歌」コレクション - はてなでテレビの土踏まず

 そいう意味では、なんだかんだ言っても、やっぱり紅白ってすごいもんだなと思いました。Perfumeのテレビ出演は今にはじまったことでもないし、昨年11月には武道館ライブもあったし、盛り上がるところはそれこそたくさんあったのに、この時期っていうところにすごく感慨がありました。

 それと、これらのエントリは、どれも読み応えがあって面白いです。やっぱりPerfumeって、人が熱く語りたくなる何かがありますよね。現代性っていうか、そんな感じの魅力があるような気がします。最後のYouTubeまとめの「生歌」コレクションは力作。いまの発声法ではない頃のあ〜ちゃんの歌声が聴ける「歌姫あ〜ちゃん」とか、最後の画像とか、いいですねえ。愛を感じます。

 でも、この展開を予想していた方もいて、ブログ「傀儡音楽」を運営されているkairaiongakuさんが2008年12月16日の段階でこんなエントリを書かれています。

俺が嫌なのは、紅白歌合戦で踊っているPerfumeを観た一般の人たちが「なんだこのパフュームって人たち、口パクじゃないか」「歌ってない、詐欺だ」とか言い出すことなんです。あーやだ。想像するだけでヤだ。
Perfumeの紅白出演は俺にとってのストレス – 傀儡音楽

 ま、微妙に予想ははずれたと言えなくはないけど、でも、はてな界隈と言えども「口パク」関連で盛り上がったので、ある意味では大正解。私は、その展開は想像もしなかったので、Perfume好きとしても、ブロガーとしても、広告屋としても修行が足りないなと思いました。kairaiongakuさんは「CD至上主義のつもりでいた俺だけど、今のPerfumeの歌番組出演時のパフォーマンスってば本当に最高の最高だよ。PVよりもずっと良い。」ともおっしゃっていて、私はその意見に激しく同意です。

 そんなPerfume好きの私としては、紅白はちょっと不満でした。Perfume出演時の舞台はわりと普通だったし、せっかくNHKなんだからエコCMのキャラとか出せばいいのにと思いました。それと、一番残念だったのは、曲がショートカットされていたこと。まあねえ、Perfumeは初出演だし若いからしょうがないとは思うけど、よりによって、ダンスの一番かわいいところをカットするのはいかがなものかと思いました。(というか、いかがなものか、という表現、はじめて使うかも。朝日新聞の投書欄みたい。)

 それは、ここらへん。

Perfume

Perfume2

 ポリリズムは、ここがいいのにぃ、と個人的には思ってます。あ〜ちゃんが真ん中で、かしゆか、のっちの順番で両手をちょんちょんと2回ずつ開いて、ダンスで互いにコンタクトをとるところ。そのときの表情がとっても楽しそうなんですよね。

 とりあえず以上です

End

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2009年1月 2日 (金)

新聞の元旦企業広告に見る2009年の気分

 こんな時代になっても、元旦の新聞広告はそれなりにお金がかかるし、企業も力が入るもの。てなわけで、2009年の企業広告のキャッチコピーをご紹介しながら新しい年の気分なんかをあれこれ考えてみましょうかね。暇だし、自分のかかわった広告はこの中にないから気楽だしね。ソースは朝日新聞(大阪版)本紙です。

ことしモ〜 メグミルクをよろしくお願いします。
(MEGMILK)

不便は便利。 「紙の本」は、ネット社会の中で人間の感覚が求める“最先端のスロー・メディア”です。
(新潮社)

活字の力。
(文藝春秋)

確かな「言葉の力」のために
(三省堂)

岩波新書創刊70年 いちばん古く、いつでも新しく。
(岩波書店)

英語力・日本語力グレードアップ宣言。
(大修館書店)

本が、読みたい。 ときどき無性に読みたくなるのは、なぜだろう。しばらく読まないと不安になるのは、なぜだろう。
(講談社)

百年後だって、人間はきっと変わらない。
(新潮文庫)

本のちから 人類の知的財産を次世代に
(光文社古典新訳文庫)

人は、本と向き合いながら自分と向き合っている。
(集英社)

本を読んであげるは抱きしめてあげるに似ている。 本は愛を伝える。小学館の学習雑誌と児童書
(小学館)

走り出せば、その先にきっとうれしい未来がある。
(TOYOTA)

日本人はなぜ、家を「うち」と呼ぶのだろう。
(積水ハウス)

「ありがとう」とミツバチは言った。「こちらこそ」と花も言った。
(キヤノン)

ハイブリッドカーを、安くつくれ。
(HONDA)

花であり、月であり。
(花王)

がん征圧をめざし今年も努力します。
(日本対がん協会)

99年分の日立の技術が、2009年の地球にできること。
(日立)

エコアイディアの家にくらそう。
(パナホーム)

おとそが過ぎたんじゃないんです。家が、何だかあたたかいんです。
(大和ハウス)

ハート温暖化。
(髙島屋)

人も地球も輝かせる製品で、新しいくらしを世界へ送ります。
(パナソニック)

 出版が10、住宅が3、自動車が2、干支である牛をモチーフにしているのが、メグミルクの小さな突き出しだけでした。少し前なら、元旦の広告は干支を使ったビジュアルのオンパレードだったんですが、そんな浮かれた気分でもないんですかね。

 去年がどうだかは忘れましたが、やたら出版の広告が多いです。もしかすると、これは企業広告の意味もあるけれど、実際の購買も目的にしているのかもしれません。年末年始は本が売れるし。というか、そういう実利があるから、経営側も元旦の出稿に踏み切れたのかも。私の感想としては、新潮社が面白かったですね。「不便は便利。」「百年後だって、人間はきっと変わらない。」企業としては、ネットをすごく意識しているというか、本屋としてはそれでいいんじゃないか、と思いました。

 髙島屋の「ハート温暖化。」というのは、すこし首を傾げる広告コピーでした。「温暖化」というネガティブワードをポジに反転させるような、皮肉めいた感じもなく、わりと素直に言っている様子。髙島屋は、以前からわりとこういう、何を言いたいんだろう的なあいまいな感じの広告が多かったけれど。でも、こういうなんかわけのわからない部分がある企業は、現実では強いのも事実で、かつての西武のように一本筋が通っている企業は、時代の変化に合わせる柔軟性にはやや欠ける部分もあり、こういう企業のダイナミズムみたいなものは、決して経営学では説明できないんでしょうね。

 自動車は、どちらもハイブリッドがテーマ。というか、今、それしかテーマがないから、そのテーマを語れない他社は元旦出稿を見送ったのでしょう。もしかすると、別冊にはあったかもですが。でも、各社ともに、新聞をもし使うとすると、3日以降の「初売り」でしょうね。でも、今年は「初売り」はふるわないかも。

 新聞の元旦広告で今年の気分がわかるという時代は、もう終わったのかもしれませんね。こういうの、昔は「広告批評」の役割でしたし、その時代は、こういう記事が掲載されるのは2月売りでした。時代のスピードは、どんどん早くなって、情報が消費されるスピードも速くなってきて、これなんかもね、今日は小学校時代からの知人と飲みに行くから3日分の記事として書いているのですが、こうして書くと投稿しちゃえ、と思ってしまうんですよね。このへんのスピード感が、やっぱり既存メディアとは明らかに違うんです。

 ブログを書いている身として痛感しますが、既存のメディアは、スピードということで言えば、絶対にブログのような個人メディアに負けるわけで、出版の広告が多かったのも、なにかそのあたりを暗示しているような気もしないわけではなく、そのあたり、いろいろ考えなきゃならないことも多いなと思う年の初めではありますね。

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もの足りないけど、こと足りる。

 テレビ番組のインタビューで、いきものがかりの男性のどちらかの人がふともらした言葉なんですけど、なんとなく気になる言葉だったのでメモ。とある郊外のショッピングセンターで「よくここに来ていたんですよ。ここ以外、行くとこないですしね。ものたりないけど、こと足りる、って場所なんですけどね(笑)」みたいな感じだったと思います。

 いま帰省中なんですが、その場所は大阪市の東のはずれで、子供の頃は市場や商店がぽつぽつとある下町でした。それは「もの足りないし、こと足りない。」という感じでした。それでも日々の生活では、市場や商店で「こと足らして」いたし、日々の生活では「もの足りない」という感情は案外生まれにくいので、それなりにのんびり暮らしてました。

 また、「もの足らない」ことや、市場や商店では「こと足りない」ものは、繁華街にあるデパートで手に入れたりしていました。それは休日のちょっとしたお出かけだったし、そういう意味では、「もの」や「こと」はきちんと棲み分けができていました。

 それから少し経って、近くの工場が移転して、その跡地に大規模なマンションがたくさんできて、近くに大型ショッピングセンターができました。いわゆる大規模小売店鋪ですね。コンセプトとしては「もの足りて、こと足りる。」を目指していたようで、その中には、スーパーマーケット、和洋中の飲食店、イートイン、ブティック、本屋、靴屋、宝飾店、くすり屋さん、電器店などが揃っていました。ちょっとした総合デパートです。

 これがまあ、いきものがかりの人がおっしゃっていた「もの足りなくて、こと足りる。」ということなんでしょうね。

 そのショッピングセンターをここ10年ほど見てきましたが、飲食、ブティックがすぐに閉店し頻繁に入れ替わったりしていて、傍目から見ると、どうもうまくいっていないようです。電器店は撤退してしまいました。くすり屋さんは、近くに2つほど競合店が出来て、価格競争を繰り広げているようです。繁盛しているのはスーパーマーケットとイートイン。また、スーパーマーケットで酒類を扱いだしたので、周囲の個人経営の酒店は軒並みなくなってしまいました。

 これは、「まあ、こんなところでおしゃれな服は買うわけないやん。キタとかミナミ、行くでしょ。30分で行けるんやし。」と言えてしまう大阪市内という立地も考慮に入れないといけないでしょうが、そのショッピングセンターの動向を見ていると、どうも「もの足りなくて、こと足りる。」というコンセプトは(企画書上では「もの足りて、こと足りる。」になっていると思いますが)、駄目なようですね。

 同じようなことがずいぶん前から繁華街のデパートにも起こっていて、今までの企画書上の「もの足りて、こと足りる。(=もの足りなくて、こと足りる。)」ではやっていけないようですね。年末に京都に立ち寄ったのですが、すでに河原町阪急には食品はありませんでした。東京でも大阪でも、繁華街のデパートは高級ブランドショップ化しています。また、去年は、道頓堀名物「くいだおれ」の閉店もありました。いつしか、「もの足りて、こと足りる。」だった店が、時代の流れの中で「もの足りなくて、こと足りる。」になってしまって、店主はその時代に自覚的だったようですね。あのおばちゃんの引き際は見事でした。

 そういうふうに考えていくと、「もの足りて、こと足りない。」か「もの足りなくて、こと足りない。」の二つしか道がなくなっていくのでしょう。前者の代表が有名ブランド店で、後者は、一見「こと足りる」ように見えるけど、いろいろ商品展開に限界があって、消費する満足感は与えてくれないコンビニ。それは、ある意味で、ユニクロや無印商品も同じでしょうね。決して高付加価値な高級品は揃えないわけだし、生活衣料、雑貨に限っているわけだし。

 そして、その「もの足りて、こと足りない。」と「もの足りなくて、こと足りない。」ものが補いあって、ようやくなんとか「こと足りる」みたいな感じ。まあ、ややこしい思考でしたが、要するにひとつで「こと足りる」なんて机上の理想だから目指してはいけないということなんでしょうね。マルチパーパスは失敗する、というマーケティングの定石と似ているかも。

 これは、よくよく考えると、姿や経営母体は違いますが、構造的にはかなり前の日本の風景と同じだったりして、長い時間をかけて、またそこに戻っていくのかとも思うけれども、それはそれでつまらない考え方ではあるよなあとも思ったりして、なんとなく複雑。

 でもまあ、なんとなくそれは健全な姿のような気もしていて、私はどちらかと言えば、企画書上の「もの足りて、こと足りる。」という空虚なコンセプトの結果である「もの足りなくて、こと足りる。」によって破壊されてきた、「もの足りなくて、こと足らない。」という普通の日常の姿が、ほんの少しずつでも生き返ってくればいいのになあ、と思います。それは、この不況の中の数少ない希望なのかもしれません。

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2009年1月 1日 (木)

振り付け考(あるいは南流石論)

 大晦日は紅白歌合戦をフルで見ていました。広告の仕事をやるようになって、私は意識的に紅白を見るようにしています。大晦日の夜だけは民放は見ません。広告を本業にしている人間がそれでいいのか、という感じも正直あるにはあるんですが、それを超えるものが紅白にはあると思っています。それは、舞台演出、カメラワーク、音楽効果などすべてにおいて、現代の保守本流エンターテイメントにおける最高水準のものが見られるということ。

 紅白では、企画一発、アイデア一発という考え方がなくて、すべてにおいて、生放送のホール中継でできる最高を目指すという考えが憎たらしいほど貫かれていて、普段、限られた予算でなんとか工夫してやっている身としては、ほんとすごいもんだよな、と思うんですよね。

 今回は、圧倒的にMr. Childrenの「GIFT」でした。これはNHKホールではなく、スタジオ中継でしたが、このバンドの力量を余すことなく映像で伝えてましたね。ちょっと鳥肌が立ちました。あと圧巻は、天童よしみさんと森進一さん。何より歌がものすごかった。話題の「おふくろさん」については、この場に及んで台詞付きだったら面白いのになあ、なんて不謹慎な考えがよぎりましたが、当たり前ですが、そんなこともなく、正調「おふくろさん」を熱唱。森さんは、毎年すごいです。歌合戦としての本当のトリは間違いなくこの二人でしょうね。

 とここまで書いてきて、どんだけ紅白好きやねん、と自分でも思ってきて、なんか恥ずかしくなってきましたが、めげずに続けます。大トリは、白組の氷川きよしさんの「きよしのズンドコ節」。そして、振り付け、南流石さん。長い長い枕でしたが、ようやく本題に到達。おっと、その前に。

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくです。

*     *     *     *

 紅白歌合戦は、現在のダンスシーンの最高峰が集まる舞台でもあります。テロップが必ず出ますので、そこに注目していただければ分かるかと思いますが、緒方拳さん追悼の思いも込められた平原綾香さん「ノクターン」ではご本人のソロパフォーマンスも披露された南流石さん、おやじダンサーズのパパイヤ鈴木さん、Perfumeの振り付け師でもあるMIKIKOさん、TRFのSAMさんなどスーパーダンサーが目白押し。2008年、はじめのエントリーは、その中の南流石さんのダンスと振り付けについて書いてみたいと思います。

 簡単に南流石さんのプロフィール。南さんは幼少よりバレエ、ジャズダンスをやっていたそうで、後に、江戸アケミさん(故人)率いる伝説のバンド「JAGATARA」のダンサー&コーラスとして芸能界デビュー。解散後は、どのジャンルにも属さない独創的な創作ダンスの世界を確立し、数多くのCM、ミュージシャンへの振り付け提供など、様々なフィールドで活躍。有名なところでは「おしりかじり虫」や、大塚愛さんの「CHU-LIP」、いきものがかり「気まぐれロマンティック」、ディズニー「スティッチ」などなど。ご存知の人も多いですよね。ちなみに、流石という名前の名付け親は桑田佳祐さん。

 南流石さんの振り付けの最大の特徴。それは、子供を惹き付けること。もちろん大人もダンスファンも惹き付けますが、南さんの振り付けを一言で言うとすれば、それに尽きると思います。「おしりかじり虫」もそうですが、猛烈に子供が真似して踊ります。私はそれが不思議で不思議で。で、その秘密を解明するために、以前、私も踊ってみたことがあるんですね。するとですね、これが大人にはものすごく難しいんです。

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 この「おしりかじり虫」のレクチャービデオを参照していただければわかると思うんですが、リズムに関して言えば、全体の体の動きが8ビートなのに対して、特徴的な手の動きが倍転である16になっているんところが多々あるんです。ビデオの後半に、両手を下に下げて、左右に振り、クルッとまわして、手をパンパンパンと3回叩くところがありますよね。そこは、リズムの取り方を数字で表すとこんな感じです。

1・2・3・4/5〜6/7/8

 1・2・3・4は、ほぼ拍子通り。5〜6はクルッとまわす左右上下の動作を4行程と捉えると倍転。7は手拍子が3連のリズム。8は次の振りの準備に割り当てられています。つまり、体は、1〜7+8と捉えないといけないので、つまり7拍子感覚が必要で、しかも、5〜6は倍転の16ビート、7で3連のリズム感覚が要求されます。子供たちが楽しそうに踊る一連の動作は、非常に難解なリズムの取り方をしています。

 これはなかなか理屈で考える大人ではできない振り付けです。でも、なぜこの複雑なリズムの取り方を子供はできてしまうのか。きっとこれは、子供が理屈で考えないからなんでしょうね。それともうひとつ重要な要素。体の動きが、身体の動きに対して、じつはきわめて自然なんです。振り子の原理で右から降れば左に。クルッとまわせば自然に上まで手が行って、そこでチャチャチャ。奇抜な動きはあるけれど、奇抜さのために身体に逆らうような動きはない。そこが重要です。

 つまり、それは、子供たちにとって、自分がもともと持っているけれど、今までしたことがない未知の身体の動きを修練で発見する体験でもあります。あっ、私の体ってこういうふうに動くんだ、という発見。それが子供たちにとって面白くないわけがないんです。だから、子供たちは夢中になって真似るし、その動きを身につけようとする。子供たちが、南さんの振り付けみたいに自分の体を動かしてみたくなる。そこが、一見、子供受けする奇抜なダンスをつくっているように見える南さんの本当のすごさだと思います。

 南さんは、このことを「からだあそび」と名付けています。自分のからだを使って、新しいからだの動きを発見するあそび。なるほど、うまいネーミングです。しかも、そこに「所詮は子供」という発想はない。子供だからこれくらいがいいんじゃないか、というところが微塵もないんです。子供をなめていない。まるで、「君にこれができる?」と子供に挑戦しているような振り付け。

 昨年、南さんと一緒にCMを作らせてもらって、私が南さんから学んだことは、じつはそこ。振り付けを考えてもらって、はじめて振り付けラフを見たとき、正直、少し難しすぎるんじゃないかと思った。倍転あり、しかも、やってみると非常に体が痛くなる。じつは、相当悩んで、そのままで行くことにしました。自分でやってみて、その中に、無理矢理な体の動きがないことに気付いたからです。答えは、子供たちが出してくれました。なるほどなあ、と思いました。ああ、私は、どこかで子供をなめていたな、と。子供が真似する動きって、このくらいのもんでしょ、と。

*     *     *     *

 南さんのダンスは、ヒップホップでもなく、ジャズダンスでもなく、バレエでもなく、日本舞踊でもなく、盆踊りでもない、「からだ」の動きそのものなんですよね。どのジャンルの文化にも依存していない、無垢な身体表現。それは、いわゆる「アバンギャルド」と呼ばれるものだと思います。そんなアバンギャルドなダンスが、今、紅白歌合戦という大衆ど真ん中の舞台で、ポップカルチャーに何の興味もないお茶の間を楽しませ続けている。そんな、見ようによっては不可思議な状況は、すごく素敵なことだと思います。大衆が支持するものは、啓蒙ではない。そのことを実証しているような気がします。

わたしは忘れはしない
JAGATARAのすべてを

わたしは忘れはしない
JAGATARAの全てのうたを

わたしはJAGATARAの南流石だ

流石組(流石な日々 2008年12月13日より引用)

 南さんがいたJAGATARAは、何のジャンルにも属さない何でもありのスーパーバンドでした。ロックでありながらロックではなく、ブルースでありながらブルースでもなく、ラテン、ファンク、レゲエ、ありとあらゆる音楽を取り込み、拒んで来たJAGATARAは、最終的には音楽そのものだったのだと思います。そして、その意志を引き継ぐ南さんのダンスあるいは振り付けは、その意味において、まさにJAGATARAそのものなのだろうと私は思っています。

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