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2009年1月 1日 (木)

振り付け考(あるいは南流石論)

 大晦日は紅白歌合戦をフルで見ていました。広告の仕事をやるようになって、私は意識的に紅白を見るようにしています。大晦日の夜だけは民放は見ません。広告を本業にしている人間がそれでいいのか、という感じも正直あるにはあるんですが、それを超えるものが紅白にはあると思っています。それは、舞台演出、カメラワーク、音楽効果などすべてにおいて、現代の保守本流エンターテイメントにおける最高水準のものが見られるということ。

 紅白では、企画一発、アイデア一発という考え方がなくて、すべてにおいて、生放送のホール中継でできる最高を目指すという考えが憎たらしいほど貫かれていて、普段、限られた予算でなんとか工夫してやっている身としては、ほんとすごいもんだよな、と思うんですよね。

 今回は、圧倒的にMr. Childrenの「GIFT」でした。これはNHKホールではなく、スタジオ中継でしたが、このバンドの力量を余すことなく映像で伝えてましたね。ちょっと鳥肌が立ちました。あと圧巻は、天童よしみさんと森進一さん。何より歌がものすごかった。話題の「おふくろさん」については、この場に及んで台詞付きだったら面白いのになあ、なんて不謹慎な考えがよぎりましたが、当たり前ですが、そんなこともなく、正調「おふくろさん」を熱唱。森さんは、毎年すごいです。歌合戦としての本当のトリは間違いなくこの二人でしょうね。

 とここまで書いてきて、どんだけ紅白好きやねん、と自分でも思ってきて、なんか恥ずかしくなってきましたが、めげずに続けます。大トリは、白組の氷川きよしさんの「きよしのズンドコ節」。そして、振り付け、南流石さん。長い長い枕でしたが、ようやく本題に到達。おっと、その前に。

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくです。

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 紅白歌合戦は、現在のダンスシーンの最高峰が集まる舞台でもあります。テロップが必ず出ますので、そこに注目していただければ分かるかと思いますが、緒方拳さん追悼の思いも込められた平原綾香さん「ノクターン」ではご本人のソロパフォーマンスも披露された南流石さん、おやじダンサーズのパパイヤ鈴木さん、Perfumeの振り付け師でもあるMIKIKOさん、TRFのSAMさんなどスーパーダンサーが目白押し。2008年、はじめのエントリーは、その中の南流石さんのダンスと振り付けについて書いてみたいと思います。

 簡単に南流石さんのプロフィール。南さんは幼少よりバレエ、ジャズダンスをやっていたそうで、後に、江戸アケミさん(故人)率いる伝説のバンド「JAGATARA」のダンサー&コーラスとして芸能界デビュー。解散後は、どのジャンルにも属さない独創的な創作ダンスの世界を確立し、数多くのCM、ミュージシャンへの振り付け提供など、様々なフィールドで活躍。有名なところでは「おしりかじり虫」や、大塚愛さんの「CHU-LIP」、いきものがかり「気まぐれロマンティック」、ディズニー「スティッチ」などなど。ご存知の人も多いですよね。ちなみに、流石という名前の名付け親は桑田佳祐さん。

 南流石さんの振り付けの最大の特徴。それは、子供を惹き付けること。もちろん大人もダンスファンも惹き付けますが、南さんの振り付けを一言で言うとすれば、それに尽きると思います。「おしりかじり虫」もそうですが、猛烈に子供が真似して踊ります。私はそれが不思議で不思議で。で、その秘密を解明するために、以前、私も踊ってみたことがあるんですね。するとですね、これが大人にはものすごく難しいんです。

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 この「おしりかじり虫」のレクチャービデオを参照していただければわかると思うんですが、リズムに関して言えば、全体の体の動きが8ビートなのに対して、特徴的な手の動きが倍転である16になっているんところが多々あるんです。ビデオの後半に、両手を下に下げて、左右に振り、クルッとまわして、手をパンパンパンと3回叩くところがありますよね。そこは、リズムの取り方を数字で表すとこんな感じです。

1・2・3・4/5〜6/7/8

 1・2・3・4は、ほぼ拍子通り。5〜6はクルッとまわす左右上下の動作を4行程と捉えると倍転。7は手拍子が3連のリズム。8は次の振りの準備に割り当てられています。つまり、体は、1〜7+8と捉えないといけないので、つまり7拍子感覚が必要で、しかも、5〜6は倍転の16ビート、7で3連のリズム感覚が要求されます。子供たちが楽しそうに踊る一連の動作は、非常に難解なリズムの取り方をしています。

 これはなかなか理屈で考える大人ではできない振り付けです。でも、なぜこの複雑なリズムの取り方を子供はできてしまうのか。きっとこれは、子供が理屈で考えないからなんでしょうね。それともうひとつ重要な要素。体の動きが、身体の動きに対して、じつはきわめて自然なんです。振り子の原理で右から降れば左に。クルッとまわせば自然に上まで手が行って、そこでチャチャチャ。奇抜な動きはあるけれど、奇抜さのために身体に逆らうような動きはない。そこが重要です。

 つまり、それは、子供たちにとって、自分がもともと持っているけれど、今までしたことがない未知の身体の動きを修練で発見する体験でもあります。あっ、私の体ってこういうふうに動くんだ、という発見。それが子供たちにとって面白くないわけがないんです。だから、子供たちは夢中になって真似るし、その動きを身につけようとする。子供たちが、南さんの振り付けみたいに自分の体を動かしてみたくなる。そこが、一見、子供受けする奇抜なダンスをつくっているように見える南さんの本当のすごさだと思います。

 南さんは、このことを「からだあそび」と名付けています。自分のからだを使って、新しいからだの動きを発見するあそび。なるほど、うまいネーミングです。しかも、そこに「所詮は子供」という発想はない。子供だからこれくらいがいいんじゃないか、というところが微塵もないんです。子供をなめていない。まるで、「君にこれができる?」と子供に挑戦しているような振り付け。

 昨年、南さんと一緒にCMを作らせてもらって、私が南さんから学んだことは、じつはそこ。振り付けを考えてもらって、はじめて振り付けラフを見たとき、正直、少し難しすぎるんじゃないかと思った。倍転あり、しかも、やってみると非常に体が痛くなる。じつは、相当悩んで、そのままで行くことにしました。自分でやってみて、その中に、無理矢理な体の動きがないことに気付いたからです。答えは、子供たちが出してくれました。なるほどなあ、と思いました。ああ、私は、どこかで子供をなめていたな、と。子供が真似する動きって、このくらいのもんでしょ、と。

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 南さんのダンスは、ヒップホップでもなく、ジャズダンスでもなく、バレエでもなく、日本舞踊でもなく、盆踊りでもない、「からだ」の動きそのものなんですよね。どのジャンルの文化にも依存していない、無垢な身体表現。それは、いわゆる「アバンギャルド」と呼ばれるものだと思います。そんなアバンギャルドなダンスが、今、紅白歌合戦という大衆ど真ん中の舞台で、ポップカルチャーに何の興味もないお茶の間を楽しませ続けている。そんな、見ようによっては不可思議な状況は、すごく素敵なことだと思います。大衆が支持するものは、啓蒙ではない。そのことを実証しているような気がします。

わたしは忘れはしない
JAGATARAのすべてを

わたしは忘れはしない
JAGATARAの全てのうたを

わたしはJAGATARAの南流石だ

流石組(流石な日々 2008年12月13日より引用)

 南さんがいたJAGATARAは、何のジャンルにも属さない何でもありのスーパーバンドでした。ロックでありながらロックではなく、ブルースでありながらブルースでもなく、ラテン、ファンク、レゲエ、ありとあらゆる音楽を取り込み、拒んで来たJAGATARAは、最終的には音楽そのものだったのだと思います。そして、その意志を引き継ぐ南さんのダンスあるいは振り付けは、その意味において、まさにJAGATARAそのものなのだろうと私は思っています。

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コメント

mb101boldさん、あけましておめでとうございます。

私も紅白を最初から最後まで観ていました。
感想はmb101boldさんと全く一緒です。
毎年、準備期間からリハーサルまではわりと現場に近いところ(音声)にいますが、一部余計なところがあった(中継とか)とはいえ、やはり生(生演奏)の力は凄い、と思いました。
他局の音楽系年末特別番組とは比較になりません。
何より音が良かったでしょう?
今回正直言ってカメラはそんなに良くなかったと思っていますが、音声と舞台、そしてミスチル部分のアイディアと演出はとても良かった。

南さんの振り付けにも、感動していました。
大人数を踊らせたときの凄さ、そしてmb101boldさんが仰ているとおりのリズム感覚。
私はあれをメロディー感覚だと思っています。

まず自分のなかに自然に発生する歌(メロディー)あり。それを解釈してみると複雑なリズム、変拍子や小節取りになっている。
パットメセニーグループの音楽とも似た、インプロビゼーションが誰でも口ずさめるメロディーになっているという感覚。

保守本流と仰いましたが、いまそれができるところが少ないのは残念です。
舞台と音声パートにはテレビ番組として素直に圧倒されましたが、それは質に裏打ちされていること、そしてこれからは質こそが他との差異であり価値そのものであると皆が気づいて欲しい、そうなっていくはずだ、と思っています。

今年もよろしくお願いします。

投稿: takupe | 2009年1月 1日 (木) 13:06

takupeさん、あけましておめでとうございます。

>毎年、準備期間からリハーサルまではわりと現場に近いところ(音声)にいますが、

そうなんですねえ。今年は別スタジオで同時生伴奏のニューブリードが中継されていましたね。あれも、へえ、そうなんだと思いました。以前は、確か舞台下のオーケストラボックスでしたよね。すごいもんですね。

>何より音が良かったでしょう?

そうそう。ひとつひとつの楽曲によってうまいバランスだったし、特に歌が独唱になるとこなんて、抜群ですよね。圧倒されました。

>パットメセニーグループの音楽とも似た、インプロビゼーションが誰でも口ずさめるメロディーになっているという感覚。

言われてみれば、南さんの感覚は、確かにパットメセニーグループ的ですね。特にライルメイズの独特のリズム感覚に近いような。パットメセニーグループって、ポリリズムとか変拍子満載だけど、決してプログレにはならないんですよね。むしろ、民族音楽に近い感じになる。そのへん、ああ、南さんもそうそう、と思いました。

なんとか小さなところからでも、質を高めていく一年にしたいです。今年もよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年1月 1日 (木) 14:16

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