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2009年1月24日 (土)

久しぶりに思い出した戦略十訓。

 戦略十訓。これ、ひと昔前に使われていた広告会社の訓示集。当然、会社の内部で使われていたもので、外向けの言葉ではありません。今は使われていません。この訓示は、当時は広告業界ではすごく有名でしたし、マーケティングの講座なんかでも紹介されることも多かったようです。

   1. もっと使わせろ
   2. 捨てさせろ
   3. 無駄使いさせろ
   4. 季節を忘れさせろ
   5. 贈り物をさせろ
   6. 組み合わせで買わせろ
   7. きっかけを投じろ
   8. 流行遅れにさせろ
   9. 気安く買わせろ
  10. 混乱をつくり出せ

 当時は、広告に携わるものが常に持っていなければいけない戦略性として、肯定的に捉えられていました。もちろん、この戦略十訓は消費者に見透かされるようじゃ駄目だろうけど、ある種の職能の本音としては、身も蓋もないなあとは思いますが、なるほどなあという見事な出来で、まあ、巷にあふれるライフハックなんかもこんな感じだし、あっけらかんとしていて爽やかでさえあります。

 で、この戦略十訓。今、これでマーケティング活動がうまくいくのか、みたいなことを思うんですね。ここ20年で、社会はもっともっと複雑になってしまったような気がします。この戦略十訓が使われなくなったのは、社会的な存在としての企業意識の高まりということもありますが、この戦略十訓自体の有効期限が切れてしまったというのもあるんじゃないかな、とも思います。

 流行遅れにさせたくないのに、たった1ヶ月で流行が変わったり、混乱を起こしたくないのに、混乱が起きたり、せっかくきっかけをつくったのに、別のきっかけがどんどん生まれたり、どちらかというと、いかに混乱を起こさずに、流行をつくらないことに奔走するマーケティングが大切になってきているような。

 例えば、その商品の存在意義の根拠になる価値観があって、その価値観を伝えるときに、今は、その価値観を流行として伝えては駄目で、この先も有効な普遍として伝えることが大事なような気がするし、そのために広告は一気に消費されないようなある種の「のりしろ」も必要になっているような感じもします。

 だからといって、それが目立たなければ駄目で、このへんの案配が昔よりも難しくなっているような気がします。このあたりのコントロールで一日悩む、みたいなことが多くなりました。

 この戦略十訓。今、最もこれに忠実な感じがするのが、リスティングとか行動ターゲティングの分野かも。それと、大きく言うと、ネット広告全般。きっかけを投じろ、という部分では、しくみ自体がこれを体現している部分もあって、アマゾンなんかで出ている「あの人はこんな商品も買っています」なんかは、組み合わせで買わせろ、ですよね。

 低成長になってきたら、この戦略十訓の逆ベクトルが重要になってくるような気もしますが、その状況は、その逆ベクトルの訓示が持つ美しさほどには美しい状況ではないんでしょうね。小さい市場の中での、生き残りをかけたパイの奪い合いというか。こんなあからさまな訓示が有効だった時代は、逆におおらかな時代だったんだなあ、とも思えてきて、いろいろと新しいことを考えて、次の手を打っていかないといけないなあ、と。ではでは。

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コメント

確かに、インターネット広告は戦略十訓そのものですね。
技術的な目新しさはあるけれど、やってること自体は4マスの広告展開とさほど変わりはないという気がします。
タイアップ企画までパッケージ化して、結局枠売りの域を出ていないんじゃないかと思います。
しかも、生き急いでる感じがしてこのままで大丈夫なのかなと心配すらします。

投稿: タカシナカムラ | 2009年1月25日 (日) 00:28

タカシナカムラさん、こんばんは。

今のところ、ウェブ広告テクノロジーの進化は、戦略十訓的なアプローチの技術化なのでしょうがないことかもしれません。

>生き急いでる感じ

そうだとすると、今のマス広告の衰退みたいな過程をそれこそドッグイヤー的に再現するということになりますよね。理屈で言えば。そのときは、わりとシステム全体がクラッシュするようなインパクトがありそうで、私の危機感というのは、このところ、むしろそこにあります。

そのインパクトに比べると、景気に左右されている部分もあるマス広告の衰退は小さなことかもしれません。

投稿: mb101bold | 2009年1月25日 (日) 01:22

初めまして。テクノロジーの進化により人々のコミュニーケーションのあり方自体が変質してきており、従来の4マス+インターネット広告といった「広く告げる」一方通行の既成概念の広告は、経済全体の配線の組み換えによって新しいマーケティング・プラットフォームに生まれ変わるのではないかと思っています。湯川鶴章氏が書いた「次世代マーケティングプラットフォーム」に書いてあるテクノロジーが作り出す21世紀の三河屋さんが、新しいマーケティングコンセプトだとすると、コンピューターがマーケティング施策のかなりの部分を代替実行するようになるのではと思っています。この点については、私のブログでも書いてみましたので、色々ご意見をいただければと思います。
http://d.hatena.ne.jp/murakyut/20090117
逆に人間が行うべき仕事は、自動マーケティングプラットフォームの設計と、設計するための仮説作りが広告・マーケティング担当者の力量としてクローズアップされるように思うのですが、クリエティブに求められるものはどのようなものになるのでしょうか・・・

投稿: ITフロンティアの狩人 | 2009年1月25日 (日) 18:46

「だとすると、どうなるか」という問いなんですが、その「だとすると」にいまいち実感が持てないし、そうは思えない部分も多分にあり、答えにくいです。
それと、ご質問が本エントリのテーマともかなり離れていますし、私の興味範囲から少し外れていますので(というか広すぎるので)、私自身勉強不足です。申し訳ありません。
これに懲りずに今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年1月25日 (日) 22:34

「だとするとどうなるのか」にいまいち実感が持てないというのがクリエイティブのお立場の実感なのですね。ご関心の話題からずれてしまい申し訳ありませんでした。
クリエイティブの視点をじっくり読ませていただき勉強させていただきます。そのために一応、ブックマーク代わりにトラックバック送らせていただきます。

投稿: ITフロンティアの狩人 | 2009年1月27日 (火) 07:46

> クリエイティブのお立場の実感

というのは少し違います。「だとすると」に実感が持てない、つまり、「だとすると」が「だとすることはない」と思っていて、「どうなるか」という質問に答える前提が消滅している、ということです。それと、そのことは私の「クリエイティブというお立場」から来ることではありません。

「21世紀の三河屋さん」が成り立つためには、少なくとも愛される「三河屋さん」である必要がありますよね。それはリアルでも同じだと思います。すぐれた「三河屋さん」はご家族の身になって考えられる人のことでしょ。自分の商売の都合ではなくて。

> ブックマーク代わりにトラックバック

というトラックバックの使い方に代表されるふるまいは、私は、論議を深めたり、読んで考えたということをお知らせするトラックバックのコミュニケーションを今以上に弱体化・無効化させると思うし、湯川さんが言う「21世紀の三河屋さん」を最も阻害するものだと個人的には思っています。(また、トラックバックに関しては少し厳し目のローカルルールを設けさせていただいています。気を悪くなさらないでください。)

論を展開される上で少し考えてほしいのですが、当該エントリの批判や共感ではない一個人の持論を熟読して答えをここに記すことに私側はメリットがありませんよね。広告でも何でもそうですが、双方のメリットの合致。つまりwin winを目指すのが基本です。

一応、これをコメントの答えとさせていただきます。

投稿: mb101bold | 2009年1月27日 (火) 13:41

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