川瀬さんの言葉
面識もないし、表現技術の分野で言えば、私はそれほど影響も受けていないのですが、とある外資系広告代理店のクリエイティブに川瀬稔さんという大先輩がおられました。ボルボのグラフィック広告「安全ピン」でカンヌグランプリを穫った人というと分かる人はいるんじゃないでしょうか。
コマーシャル・フォトという業界誌に今月の優秀作を集めたマンスリーというコーナーがあって、一人の評者が優秀な広告を批評するのですが、川瀬さんが評者だったときにお書きになったあとがきみたいな短い文章が頭の中から離れずにいました。少し辛口なその言葉は、いつも私の心のどこかを刺激しつづけていてました。
ずいぶん前の文章だから、もう読むことがないだろう、と思っていたのですが、今日、アートディレクターとその話をしていたとき、彼女はその雑誌の切り抜きをきちんとファイルしていて、再び読むことができました。辛口なので人によっては反発もあるかもしれませんが、ご紹介します。私は、「ああそうだな、今もそう。でも、少しずつでもいいから変えていかないとな」と思いました。1997年8月に書かれた言葉です。
日本の広告は、平等教育の犠牲者です
ついにカンヌの入賞作がゼロの年を迎えました。電通では、小田桐さんがボウズになるという噂がある。
しかし、悪いのは教育です。すべて学校教育のせいにすれば、間違いはない。
学校にはやさしい先生がいて、「人間は、平等です。差はありません」「自分が感じるままに表現をすれば、それが伝わるはずです」と教えてくれる。
ところが、なんか違うんですね。どんな人でも面白い落語を聞けば笑うことができる。しかし、だれでもが落語家になって、人を笑わせることができるわけではない。
つまり、人はだれでも感受性とかはそんなに差はなくても、表現能力にはかなり差があります。これが真実なのです。
まったく赤の他人を笑わせたり、感激させたりするということは、さまざまなコツ、ノウハウがあります。それをちゃんと学んだ上で、自分の個性とか感性がそれぞれ出てくるべきものだと思います。
ニューウェイブともてはやされる海外の若手映画監督でも、ものすごく昔の映画を徹底して研究している。いろいろな表現から多くを学んでいます。
広告もまた、表現能力を要する仕事です。そのために学習も教育も訓練も要る。
ところが最近はどうだろう。代理店もプロダクションも若い人を教育するお金も時間も少なくなっているのも事実。若い人は馬車馬のように働かされて、学べなくなってしまった。
その結果、コツを学べずに自分の思い込みだけの「感じるまま」にやってしまうクリエイター、「おれたちだってCMづくりは分かる」とばかりに口を出す営業、得意先の若い人たち。
日本の広告は、平等教育の犠牲者です。(玄光社「コマーシャル・フォト」1997年9月号より引用)
川瀬さんは教育のせいにして、その犠牲者たる若い人を擁護しているけれど、それは川瀬さんのやさしさなのだろうと思います。その若い人だった当時の私は、この言葉を読んでから、感性とか個性という言葉を簡単に使うことをやめようと思いました。十年早いな、と。あれから十年経っても、まだまだ簡単には使えない私がいます。
広告業界ではなくても、きっと同じなんだろうと思います。どんな分野だって、奥が深くて、気が遠くなるくらいの豊かさをもっていて、その豊かさは、きっと自らが感性とか個性とかを言い訳にせずに学んでいくことでしか知り得ないものなのだろうと思います。
私は、あるインスタントコーヒーの広告コピー「理由がわかれば、人は動く。」が好きなのですが、その「理由」は、対象への洞察なしに知り得ないこと。そのCMは、アルピニストの野口さんが子供たちに凍ったバナナを見せながら「いつまでも山に残るんだ。だから、山にものを捨てちゃいけないんだ。」というものでした。山はきれいだ。登山は楽しい。それだけの人には、決してその「理由」は見つけられません。
少しずつだけどやっていこうと思います。若い人は、たくさん学んでください。いまはネットもあるし、どんどん学んでいけると思います。若い人なのか、古い人なのか、ちょっと中途半端な私は、学びながら、伝えながら、そんな感じでやっていこうと思います。なんか今日は、そんな感じです。ではでは。
追記:
なんとなく、タイトルが内容と違うなと思ったので、「川瀬さん、状況は今も変わらないです。でも、できることから少しずつやっていきます。 」から「川瀬さんの言葉」に変更しました。
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コメント
乱入者です。おはようございます。
とても深いですね。川瀬さんのコメント。
これからもこのブログから、
いろいろ伝えてください。
学ばせてください。
投稿: 乱入者 | 2009年1月29日 (木) 06:54
こんにちは。ほぼ毎日読ませていただいてます。
異業種ですが、今回のエントリ、川瀬さんの優しさも伝わってくるし、ほぼ同意な内容でした。でも一方で最近思うのは、感性とかはある程度口にしておかないと、無くしてしまうような気がしています。分野のあまりの広さに学ぶことの限界を感じたとき、行き詰まってしまうような...。
そんな私もここ数年中堅ぐらいの立場になりましたが、下に付く人はどうも個性の強い人、勉強するだけの人、両極端な感じです。若い子は、まずは当然学習も必要なのですが、同時に感性も個性もある程度主張して欲しいと感じています。私は学ぶ部分ぐらいしかサポートしてあげられませんので...。
投稿: jell-jell | 2009年1月29日 (木) 08:02
> 乱入者さん
川瀬さんの言葉、いいですよね。ちょっと厳しい言葉だけど。
> jell-jellさん
「分野のあまりの広さ」というのは、確かにウェブで可視化されたというか、すごく見えやすくなって、逆に迷いを生む部分はあるかもですね。時代の変化も速くなっているし。
こんな時代だからこそ、現場のちいさな気付きを大事にしてほしいな、というのはあります。そこを起点にしながら異業種からも学ぶというか。そうでなければ、いつまでも就活的な段階から抜けられないような気がします。
でも、私もここのところ痛感しますが、教えることは難しいです。結局伸びる人は教えなくても伸びるし、伸びない人は教えても伸びない。なんか、そういう意味で、個性というか感性というのはあるなあ、と。ちょっと言い訳じみてきますけど。
投稿: mb101bold | 2009年1月29日 (木) 08:25
こんにちは。
川瀬さんの言葉、しっくりというか、これだ!
とくるものがありました。
というのも、僕は本当にアウトプットが苦手でして。
だから勉強しないといけないんですが、それがなかなか難しい。
会社がこうだから〜という理由でなあなあになっていることも多いです。
それじゃ駄目だと思ってるんですけど。
会社が教育するお金や時間がないなら、自分でなんとかするしかないんですよね。
感性を磨きながら、学習。
ちょっと憂鬱になりそうですけど、
そんな感じでとりあえずやってみます。
投稿: coro | 2009年1月29日 (木) 09:59
> 会社が教育するお金や時間がないなら、自分でなんとかするしかないんですよね。
ほんと、今はどこの会社にも余裕がないですものね。これはいいことでもないし、変えていかないといけないけれど、現実は現実。そこから目を逸らさないでしっかり生きていかなきゃな、と私も思っています。
投稿: mb101bold | 2009年1月29日 (木) 12:57
いつも楽しく読ませてもらっています。地方在住の広告制作者です。
文章でもデザインでも新人になんらかのツボを伝えることは難しいですよね。たしかに、僕が若手だった20年以上前は、制作会社には、忙しいながらもこころにゆとりがありました。いまは、即席で即戦力になってもらわなければ、経営的にダメなんでしょう。でも、そんな時代だからこそ、志の高い奴だけが目立つように思います。地方でもそんな若手がちらほら出てくるようになりましたよ。
投稿: KIKU | 2009年1月30日 (金) 11:23
KIKUさん、お久しぶりです。
>いまは、即席で即戦力になってもらわなければ、経営的にダメなんでしょう。
そうですね。即戦力になれなかったら本人も居づらくなるし。それでも居ようとすると、狡くなるし。逆に、志があるとデビューも速い。今は、良くも悪くも伸びる子と伸びない子の両極になるようですね。よくない状況だとは思うんですが。
投稿: mb101bold | 2009年1月30日 (金) 12:05