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2009年1月18日 (日)

「広告屋はチンドン屋」考

 80年代の終わりか90年代の始めくらいに「広告代理店はチンドン屋の衰退の道をなぞってはならない」という趣旨の論文を読んだことがあります。業界専門誌か、業界団体の機関誌に掲載された論文だったと思います。書き手は広告代理店のクリエイティブかマーケティングの方。その論文が見つからなかったので、私の私見についての枕程度に思ってください。

 確かその論文の主旨は、「昭和とともに発展したチンドン屋は、そのスタイルを頑に守り続け、変えようとしなかったために、高度成長期以降、次第に消費者に飽きられ衰退していった。我々広告業界も、これまでの広告のスタイルを固持し、こだわり続けると、チンドン屋のように衰退するだろう」というものだったように記憶しています。

 広告代理店各社が「情報商社」を標榜していた時代。ライバルはリクルート。そんな時代。我々は「チンドン屋=広告屋」じゃない。情報を動かし、時代をつくるのだ。そんな、自負心というか、肥大した自意識というか、今振り返ると、かなり気恥ずかしい時代でもありました。

 私は、チンドン屋の衰退に同情はしないしけれど、広告屋がチンドン屋を叩くのは少し筋が違うのではないかなと、その頃思っていました。チンドン屋という形式は、広告屋が手持ちの形式の中の一形式に過ぎません。事実としては、チンドン屋の衰退は、広告屋の発展と同期していたはずで、社会が必要とする大きな意味での広告のシェアを、広告屋が徹底的に奪っていった結果ということだろうし、チンドン屋の形式へのこだわりは、その業種の規模や市場縮小にも連動して起きていることだとも思うのですね。

 要するに「この商売は俺の代で終わりだ」という事業主が多かったと思うのです。終わりが見えている者が自分の大切にしてきたものを守るのは、人の情でしょう。それを古いとか変われなかったと叩くのは、あまりに想像力がなさすぎ。

 そんなふうに頑に形式にこだわったからこそ、チンドン屋は、多くの若い音楽家たちに再評価され、文化として蘇ったわけだし、多くの人を楽しませ、そのほんの少しを情報の伝達に使わせていただくというチンドン屋のコアの精神は、カタチを変えて現代の広告に引き継がれているのだとも思います。

 どこまでいっても、広告という行為は「あざとい」ものだと思います。それは、今最先端の純広手法と言われ続けている、検索連動広告や行動ターゲティング広告のあからさまであっけらかんとした「あざとさ」が証明しています。ときに、自らをも食い尽くしていく「あざとさ」を、より消費者にとって自然で心地よい、少なくとも社会に受け止めてもらえる「あざとさ」にしていくことができるのは、自らが持つ「あざとさ」を自覚する者だけだと私は思っています。

 あれから10年以上経って、時代も変わり、街でたまにチンドン屋さんを見かけるようになりました。人だかりの中、楽しそうに演奏するチンドン屋さんとそれを追いかける子供たちを眺めながら、あの論文とは逆に、我々はチンドン屋さんに戻った方がいいのではないかなと、ふと思うんですね。もちろん、今からチンドン屋をやろうというわけではなく、そのコアの精神に、ですけどね。

 広告屋はチンドン屋ではない、ではなく、広告屋はチンドン屋でもある、というところから始まって、広告屋だからこその内なる挟持を持ってこの仕事を続けていけたら、と思います。戦略を練り、企画書を書くとき、どこかで自身をチンドン屋ではないと規定し、その自意識を肥大化させてはいないか。きっとこういう肥大化した自意識で仕事をしても、策士策に溺れる、というやつで、きっと社会から無視されるという結果を生むだけだから、いいといえばいいのですが、まあ自分のつくる広告はこういう結果を生まないように、それを自戒としながら仕事をしていきたいと思っています。

*     *     *     *

追記:

 もしかすると、その論文は「これまでのようにテレビ、新聞などのマス広告にこだわっていたら、楽隊演奏という形式にこだわったチンドン屋さんのように衰退してしまうよ」というような趣旨だったのかもしれません。クロスメディア論の先駆けみたいな。でもね、街での楽隊演奏自体はカタチを変えて、今もクロスメディアのひとつとして広告屋がやっていますよね。

 どちらにしても、業界が個別の事業を叩く、もしくは、総合が専門を叩く、みたいな気持ち悪さはありますね。だって、チンドン屋さんも広告業界の仲間なんだし、広告業界のすべての機能を一社で持つと自認する総合広告代理店である限り、その中の機能にチンドン屋さんも含む、というのが総合ということじゃない。まあ、10年以上前のことだし、その論文ももはや見つからないし、探すつもりもないのでいいんですが、なんかふと思い出してしまったので。

 あと、チンドン屋については、ウィキペディアの記述がすごく充実していて力作です。どなたが書いたかは知りませんが、すごく詳しくて、これを読むだけでも楽しいです。

チンドン屋:ウィキペディア(Wikipedia)

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コメント

乱入者です。おはようございます。

古い歌ですが、「街のサンドウィッチマン」
は名曲ですね。
♪おいらは街のおどけ者♪
前職時代カラオケで歌わされてたのを
思い出しました。

そのコアの精神に!このことば響きました。

投稿: 乱入者 | 2009年1月19日 (月) 06:45

なんか元論文が見つからず、独り相撲っぽいエントリになってしまいました。
「街のサンドイッチマン」、懐かしいですね。ひさびさに思い出しました。

投稿: mb101bold | 2009年1月19日 (月) 10:28

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