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2009年2月21日 (土)

心の領域

 NHK教育の「サイエンスゼロ」のロボット特集再放送を見ていると、ヒューマノイド研究をしている石黒浩阪大教授が、平田オリザさん演出のロボット演劇を紹介しながら興味深いことをおっしゃっていました。

 「もし、その状況に応じて精密につくりこまれたロボットを人間が見て、その人間がロボットに心があると確信できるならば、人間が互いの心でコミュニケーションを行っていると私たちは思っているけれど、じつはコミュニケーションを成立させているものは、少なくとも今まで当たり前とされているような心ではないのかもしれない」

 ここでスタジオが一瞬凍りついて、その後番組は司会者の「でもアンドロイドは決して心で動いているわけではなくて、それを間違えてしまうと社会が混乱するとは思うんですね。テクノロジーの発展で心の再定義が急がれるのかもしれません」みたいな締めがあって、その話を、石黒さんが何か言いたそうな顔をしながら終わるんですが、石黒さん、典型的な関西人なんで、それを見ていて、けっこう面白かったです。「そういうことちゃうねん。つまりやね、心と言うのは」という話の続きが聞きたいなと思いました。

 石黒さんは、人間の脳は人間にいちばんのパフォーマンスを発揮するようにできていると考えていて、ゆえに外見を非常に重視する考え方をしていて、ヒューマノイド研究の理由としてこう話されています。

「認識とはなにか。体がないものには認識はありえない。だからロボットをやらなあかん。それでロボットなんですよ。じゃあロボットは何が面白いのか。認識の問題で面白いのは何か。モノを掴んで何かするよりも、認識するとは何か、認識するシステムは何かということを考えたい。」

等身大“コピーロボット”で存在感の本質を追求する〜大阪大学 石黒 浩 教授 ロボット業界キーマンインタビュー Reported by 森山和道 — RobotWatch

 この分野は私はあまり詳しくないのですが、ロボットに限らず、コンピュータにしても、人間の心とか脳とかをメタファーにしてできている部分はあるんだろうな、と思います。例えば、WindowsとかMacとかUNIXとかのオペレーティングシステムは、まるで人間の脳のようだし、それぞれの利点と欠点を見ていると、まるで人間やないか、みたいなことを思う部分もあって、かつて私も「人間のタイプをOSで言うと‥‥」というエントリを書いたりもしました。

 Googleを見ていると、まるでそれはこれまでの人間関係におけるGoogleが信じる価値観をシステム化しているように思えます。リンクの考え方を見ていても、「自分勝手に誰彼かまわずリンクを貼る人を信用しない(スパム)」とか「リンクを金で買うやつは駄目(有料リンク)」みたいな。その上で、みんなからリンクを多く貼られているやつは本物なんやで、みたいな。ページランクって、こういうことなんでしょうね。(ちなみに、ここのトップページであるhttp://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/は「PageRankの情報を利用できません」になっているようです。なんなんでしょうね。まあ、別にいいけど。)

 人間をメタファーにしたシステムが、逆に人間を規定するように見えてくる、みたいなことはよくあります。でもそれは、ある部分の無意識でやっていたようなことが分かりやすくなるみたいなことかも。意識化されるというか。ただ、ここで落とし穴があるかもな、みたいなことは思います。人間の脳のシステムは、いろんなバッファがあるような気がするんですね。例えば、Google的にはこいつスパムっぽいなあ、とか、お金でリンクを買っているよな、と思うような人でも、すぐには排除しない、ゆるい感じがありますが、それをメタファーとしたシステムっていうのは、そういうのを絶対に許容しないし、その脆弱性を突いてきたものに対しては、疑いもなく許容してしまう、みたいな感じ。

「特定のタスクを切り出してしまえば、たいていインフラに埋め込めるんですよ。洗濯機みたいに。しかし、我々の日常生活は、9割はコミュニケーションでしょう。情報収集やコミュニケーションが仕事の大半です。特定のタスクは1割しかない。特定タスクは自動化できるから、どんどん自動化されていくでしょうが、もっとも大きなマーケットはコミュニケーションにあるわけです。そこにテクノロジーを入れたい。タスクは機械にやらせて、もっと頭を使うところに技術を入れる。知識社会の本当のゴールはそこにあると思っているんです。人間は、人間にしか使えない頭の使い方をするべきです」

等身大“コピーロボット”で存在感の本質を追求する〜大阪大学 石黒 浩 教授 ロボット業界キーマンインタビュー Reported by 森山和道 — RobotWatch

 ま、ここらへんに、我々文系脳の人は怖さとか反発とかを覚えるんでしょうけどね。コミュニケーションに入ってくるのかよって。それに対しては、石黒さんはこう答えているようです。

 もちろん、人間が価値を見出しているのは、表面的に人の動きを真似た9割の部分ではなく、人まねではない残り1割の部分である。そこが大事なのだ。しかし「工学の立場からすれば、まずはロボットがちゃんと動くことが大事で、その意味では9割は真似でいいんだとなる」。石黒氏はこう語る。「ロボットを作る立場からすれば、まずは9割をちゃんと作るべきです。ところが、その9割を作らずして、残り1割だけ見ている研究が多い。工学は、能力を出さないと価値がないと思うんですよ。9割を作らずして1割だけやると、問題の本質を見失う可能性がある」。

等身大“コピーロボット”で存在感の本質を追求する〜大阪大学 石黒 浩 教授 ロボット業界キーマンインタビュー Reported by 森山和道 — RobotWatch

 そういう意味では、いままでコミュニケーション=心みたいなおおざっぱな話はテクノロジーの発展で、どんどん無効化されていくような気がします。特定タスクが1割で、9割がコミュニケーション。その10割を薄く覆っている1割くらいのものが心と呼ばれるものなのでしょうね。その心って、例えば、「わけわかんなくなってきたし、じゃまくさくなって来たので、今日はこのへんで」みたいなものかもなあ。

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コメント

こんばんは。

ものすごいオチというかまとめ終わりに脱帽です(笑)!

ロボットの心や所作に血液型的要素はどう取り込まれていくのでしょうね。
機械は心を持ちますが、そこが占いなどとの統合につながるのかも。

投稿: takupe | 2009年2月21日 (土) 23:01

血液型的要素とか機械は心を持つとかは、いろいろ論議のあるところでしょうね。

ちなみに私は否定的で、機械については人の感情が操作に与える影響だったり、人の心の反射だと思っています。複雑で繊細な機械ほど反射は強いでしょうね。まあそれは日常の言葉として心と呼んでもさしつかえないのでしょうが。血液型については文化的な物語ではないかなと思います。

それはともかく、最終的には、心のあいまいな部分や気まぐれな部分の取り込みが重要になってくるようですね。

「石黒氏の研究によれば、アンドロイドに人間の動きを完全にコピーさせていると、最初は鏡を見ているような感覚になるのだが、その動きのなかに時折ランダムな動きを交えると、急に対話している感覚に変わるという。極論すれば、適当に相手に合わせていて、時折ランダムなことをいえば対話が成立するかもしれないということだ。」

このへん面白いなあ、と思います。それと、石黒さんで共感できる部分。

「とにかく、ごちゃごちゃ言っていても始まらないわけですよ。人間の存在感とは何かを調べるためには、これが必要なんです」

わかるわかる、という感じです。

投稿: mb101bold | 2009年2月22日 (日) 00:16

脳の話は面白いですね。例えばイメージトレーニングなどは脳が現実と想像を区別できない生理を応用してるのでしょうし、そういう「バッファ」が備わってないと、人間は簡単に壊れてしまう気がします。このエントリを読んで、昔見た記事を思い出しました。個人的に、人間ってみんなが思ってるような存在じゃないんだぞというような話題は好みです。

「スウェーデンの研究者、「人体入れ替わり」の錯覚実験に成功」
http://sun.ap.teacup.com/voidphrenia/565.html
(元のITmedia Newsが配信終了してましたので適当に検索したうちの1つです。)

投稿: o | 2009年2月25日 (水) 21:55

なるほどねえ。人の形だと錯覚できるけど、箱では駄目というのが面白いですね。脳の「バッファ」という意味では、忘却は大事な気がします。忘却って、なんとなく脳の大事な機能のような感じがするんですよね。そのへんあまり詳しいことはわかりませんが、忘却がなければ脳はきっとすぐに破綻するような気が。

投稿: mb101bold | 2009年2月26日 (木) 00:55

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