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2009年2月19日 (木)

村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ報道は、新聞がネットユーザーから見直される絶好のチャンスだった。

 確かに、速報は新聞が速かったけれど、そのスピーチの全貌を日本に伝えるのは遅かった。その全貌を日本語で伝えたのは、新聞ではなく個人のブログだった。多くのブログで、コメントが書き込まれ、時間が経つにつれ、その翻訳は生き生きとした言葉に変わっていった。それを、一ネットユーザーとして眺めながら、なんとなく久しぶりにネットというのはいいものだと思った。

 新聞はチャンスだったと思う。今の日本の新聞は、どこもネットでサイトを持っている。なのに、どの新聞も速報とスピーチの部分引用だった。少なくともネットでは注目されていたし、新聞から全文および全訳が出ることを期待しているようだった。いくつかのブログでその日本語訳を読みながら、いいスピーチだったと思ったし、いろいろ考えさせられる内容だった。

 新聞あるいは通信社は記者を送っているはずで、その内容をライブで知る特権的な立場にあったはず。これだけの内容をライブで聴いて、きっとこれは全文を伝えるべきだと、その記者は思ったはず。そうであるならば、そのプライドにかけて、日本語訳をブログより速くサイトに掲載するべきだったと思う。もし、そうなれば、多くのネットユーザーは新聞を見直したはずだ。

 今、Googleで「村上春樹 スピーチ 全訳」という文字で検索すると、47newsという全国の地方紙ネットワークのサイトがトップでヒットする。その記事には、(仮訳=47NEWS編集部)とあるけれど、掲載時間が示されていない。仮訳という言葉に、すぐに出せなかった悔しさがにじみ出ている。でも、この悔しさをにじませた仮訳は、まだ新聞が新聞であることのプライドを示しているように思う。

 新聞が力を失ってきたと言われて久しい。私は、新聞広告という仕事が好きだったし、新聞広告を出す企業も、新聞広告という舞台は、企業メッセージを発信する舞台としては、最上の舞台だった。それは、新聞が、報道のプロフェッショナルだからだったと思う。そのプロフェッショナルのプライドや感性を失った新聞は、ただの紙にすぎない。

 村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ報道は、失われた信頼を取り戻す絶好のチャンスだった。新聞終わったねと、オールドメディアだよね、と口にする個人メディア運営者から、やっぱりプロだね、と思ってもらえる絶好のチャンスだった。スピーチ全訳、新聞に出たね。速いよな。やっぱりプロは違うよね。そんなふうに見直してもらえる絶好のチャンスだった。

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メディア」カテゴリの記事

コメント

リンクされていたスピーチ読みました。
すげーカッコいい文章ですね。さすが村上春樹。
たしかにこれは、紙の上の言葉メディアの人が、きちんと対応しなければならないメッセージだと感じました。

投稿: denkihanabi | 2009年2月19日 (木) 05:38

お久しぶりです。
「しあわせのかたち」は私もほぼ1年ぐらい前から覗いているサイトで、エルサレム賞の発表があった頃から、このブロガーの方はその件で書いてくれるんだろうなぁ、思っていました。
個人で運営しているブログって、こういう場合に自由な分、その即効性を発揮できて、いいもんだなぁと、そのブロガーの心意気みたいなものにも感動しました。
その意味で新聞はまさにそのシステムとの兼ね合いもあるのか、少し残念ですね。


投稿: ira | 2009年2月19日 (木) 12:55

そう、"引用"というあたりに、今の新聞の傲りと底の浅さがあると感じました。
「重要なところを選びました」というカンチガイ。

本当に残念だと、新聞の関係者が思っていればよいのですが。

投稿: takupe | 2009年2月19日 (木) 13:10

なんどもすみません。
あわててコメント入れたので、リンクした記事見てませんでした。
昨日と変わってませんか?
まいど、まいど、こんなんですみません。

投稿: ira | 2009年2月19日 (木) 14:57

エルサレム賞のスピーチの抜粋は知っていましたが、個人ウェブで訳された方が、村上春樹氏のテイストがとても伝わっている感じがしました。同じことであっても、表現が変われば印象も変わることはすなわち、事実は一つであっても表現法によっていくつもの考え方があることを知るのもウェブのいいところですね。

投稿: しばはな | 2009年2月19日 (木) 20:39

>denkihanabiさん

すごく村上春樹らしかったと思いました。The systemとか。このスピーチは、文学の話題でもあるけど、それを超える広がりがあると思うんですよね。報道のプライドにかけて、きちんと報道すべきでした。個人メディアに負けてる場合じゃないですよね。

>iraさん

「しあわせのかたち」さんだけでなく、はてな匿名ダイアリーや、様々なところで翻訳されていましたね。どれも素晴らしかったです。リンクは前回のエントリですね。途中ではてな匿名ダイアリーが全文翻訳になったので、リンクを変えました。「しあわせのかたち」さんは私の観測範囲では、反応が最も速かったと思います。検索するといろいろな訳が見られます。

>takupeさん

著作権関係とかいろいろあったとは思いますが、公のスピーチだし、それは超えられたと思うんですよね、今回の場合。他のやり方はあるわけだし。引用の仕方や社説も政治的でしたよね。自説の補強に使っているというか。

>しばはなさん

翻訳においても、今回は個人メディアであるブログの圧勝でしたね。翻訳は難しいですよね。私は、英語コピーのアダプテーション(日本向けのアレンジ)で経験していますが、ほんとたいへん。そういえば、村上さんも海外文学の翻訳に力を入れてますよね。

投稿: mb101bold | 2009年2月19日 (木) 23:40

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