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2009年2月 9日 (月)

ブログなんてものは

 ウェブパブリッシングツールを使って、そこに文章や写真を掲載して、ウェブ上に公開するということに過ぎなくて、それは、形式的には雑誌とか書籍とかと何ら変わりがありません。あるとすれば、その流通経路がウェブであることと、パブリッシングに対するコストが雑誌や書籍とは比べ物にならないくらい安いということ。もちろん、ウェブサイトとブログの最大の違いである、記事ごとのパーマネントリンクやコメント、トラックバックという付加機能はあるけれど、それはやはりブログというものの付加価値であるのだろうと思います。パーマネントリンクについては、記事とURLの同一性の問題、つまり、主にそれを閲覧する人、引用する人のための付加機能だし、コメント、トラックバックについては、無効化することもできます。

 ウェブという流通経路に乗せられるということも、従来の文章の流通経路と比べると、コストがかなり低くおさえられることを意味しています。つまり、ブログの最大の特徴は、個人ベースで出版と同じようなことができてしまうということだろうと思います。それは、従来のウェブサイトも同じですが、私のようなhtmlタグとかをあまり知らない人まで、ブログによって自分の文章などを簡単に流通に載せられるようになったという意味では、私は、個人的には、この出版と同じような機能が大多数の人に開かれたということが、ブログの最大の特徴だと言い切ってもいいのではないかと思っています。

 それは「個人メディア」ということなのだろうけど、この「個人メディア」というのは、「個人」でない「メディア」と形式的には何ら変わりはありません。あるとすれば、本屋に並ばないことくらいです。で、この「個人メディア」というものには、その敷居の低さ故の特徴があって、それは書き手が編集責任者もしくは出版人を兼ねるということだろうと思います。つまりは、自分の文章やコメントを含め、掲載するものすべてについての管理を自分でしなければならないということです。個人でできる気軽さはあるけれど、それはメディアなんだから、当然管理は必要。

 このメディアという言葉は、ブログに書かれる内容に関係はありません。身辺雑記でも、広告論でもなんでも、メディアであることには変わりがありません。気軽な内容だから、私のブログはメディアではない、ということはありえません。ブログをはじめる、ということは、自分のメディアを持つということだと私は思うのです。

 これからブログをはじめようと思っている人は、このあたりをきちんと考えた方がいいんじゃないかな、と思います。それほど恐れる必要もないかもしれませんし、ブログをはじめたから、全世界がそのブログに注目、なんてことはないわけだから、まあ当たり前の線に落ち着くのだろうけど、だからといって、万が一のことをまったく考えずにブログをはじめるのはもうそろそろやめにしたほうがいいと思います。ウェブテクノロジーの知識に疎い私がブログを熱心に運営する、大衆化したウェブの時代なのだから、それなりの個人メディアを運営するという気持ちは持っていたほうがいいと思うのです。

 むしろ、はじめから言及上等な論壇系の人よりも、気軽な身辺雑記という感じの人の方が、心の奥ではしっかり自分が管理するんだという気構えを強く持っていたほうがいいと思います。それは、突発的なトラブルを防いでずっといい感じにブログを運営していくことにもつながるし、そのへんは臆病になりすぎるくらいでちょうどいいんだと思います。

 ウェブでは、フラットでオープンなコミュニケーションが実現できる。それが、もしウェブだから、ブログだから、という循環論法的な根拠を担保にしているのならば、すなわち、無根拠にそれを信じているだけに過ぎず、その幻想は必ず現実が裏切っていきます。逆に言えば、フラットでオープンなコミュニケーションを実現するためには、それを実現するための覚悟や挟持、責任みたいなものがいると思います。私が書くと重くなるけど、フラットでオープンなコミュニケーションを楽しむ軽やかな人たちも、その覚悟のようなものは胸に秘めているはずだし、いろんな経験を経ているはずです。

 ブログブームみたいなものも下火になってきたことだし、ブログだから、という幻想はそろそろ終わりにしてもいいのではないかな、と思います。もし、あなたがブログをはじめていなくて、いろんなブログを見ているうちに私もブログをやってみようかな、みたいなことを思う時があれば、そう言えば、広告人の人がなんか言ってたな、と思い出していただければ幸いです。ブログなんてものは、それほど自由なものでも何でもなくて、個人が運営できる、ひとつの小さな「メディア」に過ぎないんだから。

*     *     *     *

 TristarさんのブログCONCORDEの『「闇の中の光」ってことは、基本は「闇」なんだから。』というエントリに触発されて書いてみたものの、元エントリとはまったく違う話になってしまいました。きっと、私の場合、「明るい(ポジティブな)ことだけで構成されたブログ論」というとき、こっち方面に関心が行ってしまうんでしょうね。

 でも、こうしたズレみたいなものが、ブログ間のコミュニケーションの特徴なのかもしれませんね。きっと、個人メディアたるブログは孤独がベースだからなのでしょう。ブログは、本質的にはコミュニティ指向ではないような気がします。(きちんとした言及ではないけれど、トラバ送りました。)

※「むしろ~思います。」の6段落目を追加しました。

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コメント

mb101boldさん、おはようございます。(^^)
個人メディアのお話、私も最近ちょっとどうして自分が日記を(ブログとはいいづらい)書き始めたのかなと思い返してます。出版にはターゲットととかコンセプトとかそういうのがあると思うけど、日記にはそういうのは意識されづらいのだと思います。初めはそういうなにかがあっても、次第に自己愛日記みたいになってゆくような。まあもともとこういうのってどうよなんで、みんな。一方コミュニティ指向は「こういうのってどうよ」はある一定以上の深度が得られにくいのだろうと思います。もし、個人メディアが目指すものが、この「深度」であるのならば、コメント欄を死んだものとして、トラバだけで議論すればいいと思うのです。コメント欄はコミュニティ志向ですから。その「深度の追求」ということと関連して、「速度」があるのだろうと思うけど、私は速度ってなんなのか、よくわかりません。ついったでログがどんどん流れていくというようなことなのかもしれないけれど、ここで最近話題にされていた「言葉の速度」はそういうこととは少し違ったアングルでコミュニケーションの速度を解き明かすといった感じを受けました。でももしかしたら案外そういう広告的なことなのかもしれないと思うのです。つまり、「よく響く言葉」というか、同じことを言っている文章でも、Aさんより、Bさんの文章のほうがピンとくるとかそういうことってあると思うんですよね。

投稿: ggg123 | 2009年2月 9日 (月) 10:22

ggg123さん、こんにちは。

まあ、ブログはそれが自己愛日記であってもメモであっても備忘録であっても、本人が楽しければいいんじゃないかとは思うんですよね。論議の深度についてもそうで、私としては、その人の気持いいバランスで、それぞれ好きにやりゃいいんじゃないかな、なんて思うんですよね。
ブログなんて、単なるメディアの名称なんだし、ブログ、こうあるべし、なんて言うのは、あまり好きじゃなくて、なんか多様性と普通の社会が持っている節度とか礼節みたいなものをそぐような気がするんです。ブログ主もコメンテーターも、それぞれの原理にもとづく権利の主張というか、そんな感じになりがち。
だから、個人メディアが目指すものが「深度」とも私は思わないし、その逆も真だとは思いません。別に「深度」を目指す人はそうすればいいし、コミュに特化する人はそうすればいい。最近よく見かける「ブログ論壇」という言葉もピンとこないです。(もちろん、その多様性の中での個別の論議としては面白いし、結果としてブログ論壇的にコミュニケーションが成立しているのは楽しいし、うれしいのだけれど。まあ、だけどブログのコメント欄はコミュニティ志向ではあるけれど、それもやはりブログのパブリッシング機能の付加的な機能であるので限界はおのずとあるでしょうね。その限界の中で、なるだけ意義のある場にしていこう、みたいな。それを目指すなら、ツール的にはたけくまさんのとこみたいに掲示板でしょうね。そうなると、今度は管理がたいへんになりますが。で、そこにおいてもメディアである限り、管理を放棄するのはよくないと私は思っています。)
ちなみに、このエントリを読んだ人が混乱するといけないので追記しておきますが、このエントリでは個人メディアという言葉は、いわゆるターゲットとかコンセプトとかが明確な商業メディアの意味合いではなくて、あなたの意図するしないにかかわらず「メディア」ですよ、みたいな意味で使ってます。なので、私は、ブログが「個人メディア」としての発展をしなければいけない、ということを言いたいのではなくて、まあ、みなさんそれぞれ楽しんでるわけだし、でも、ブログだってメディアだから、いろいろ管理は考えなくちゃ、気をつけようね、みたいなことです。それは私も含めてですけどね。

で、ちょっと長くなりましたが、
>同じことを言っている文章でも、Aさんより、Bさんの文章のほうがピンとくる
うん。こういうのも「速度」とは関係するのかも。落語家なんかでもそうで、話がすっと入ってくる人とかいますよね。すっと入るということは「速度」が速いということで、この「速度」っていうのは、論理でつくる類のものではないような気がしています。なんか、このへんの感覚の説明は難しいです。

投稿: mb101bold | 2009年2月 9日 (月) 14:30

こんにちは。またお邪魔してます。

ブログがメディアになっていくというお話、別のブログでコピーライターの方も似た事をおっしゃっていて、これからの流れになってくるのかなぁと感じました。(特に広告宣伝業に携わっている人を中心に)
会社から独立した方などはすべからくブログを持ってたりしますし、それが日記の域から自分で発信するメディアになりつつあるのを認識しているように思います。
ブログ炎上なんかもニュースになってしまうような危ない世の中ですがそういう人たちがブログでどんどん面白い事をしてくれるのを期待してブログサーフィンしています。

投稿: chama | 2009年2月10日 (火) 14:35

chamaさん、こんにちは。
ま、もともとブログは形式的には「メディア」ですからね。メディア性を強烈に意識する人はこれからもどんどん登場してくるでしょうね。
で、このエントリは、日記的なことを気楽に書きたい人も、ブログが「メディア」であることを自覚をどんなときでも少しだけ持ちながら、ちょっとだけ気をつけながら、書いていったほうがいいよねえ、リスクもあるしね、というお話でした。ちょっと「メディア」という言葉が強烈だから伝わりにくかったのかもですね。
ブログの多様性みたいなものが縮小していかないためにも、ブログを書く人はブログを管理する人だという意識を持ったほうがいいんじゃないかな、ウェブ屋さんが広告で言うほどブログって自由なものじゃないよ、みたいなことなんですけどね。

投稿: mb101bold | 2009年2月10日 (火) 17:49

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