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2009年3月22日 (日)

「好感度」考

 広告の効果を計るひとつの指標として、好感度というものがあります。好感度はどうやって計るかというと、テレビCMに関して言えば、CM総合研究所という民間の会社がテレビ視聴者1500人に対して独自に調査していて、その結果が月2回発表されます。また書店では、月刊で「CM INDEX」という雑誌が販売されています。

 好感度は、そのCMがどのくらい好かれているか、つまり受け入れられているかを見る指標で、その中の項目には、単純な「好き・嫌い」から、「商品を買いたくなったか」というものまで複数あって、その合計点で決められます。昔、三菱自動車でエリマキトカゲがでるCMがありましたが、あのCMは好感度調査でナンバーワンを獲得し、エリマキトカゲブームを巻き起こしましたが、自動車はさっぱり売れませんでした。

 あの時、わりとお堅い頭の持ち主たちから、それ見たことか、という意見がたくさん出ました。なんだ、好感度が高くても、ものが売れなきゃ意味ないよね。商品を語らず、エンターテイメントに走るからそんなことになるんだ。そんな感じ。なんか、その空気は、とっても嫌らしかった。だからといってCMに好感度は必要ない、ということにはならんでしょうに。

 一般的な傾向として、好感度ランキングではタレントCMが上位に来ます。理屈は簡単。タレントが、すでに好感度を持っているから。このタレントの好感度の持ち票は、事実としてかなりのものがあります。なかなかノンタレで、この持ち票を凌駕するのは難しかったりします。企画会議で、すぐにタレント起用の話になりがちなのは、わりときちんとした理由があるんですよね。

 ある出来事がありました。私は外資系ですから、タレントCMは広告の堕落だなんて言うクリエイターがわんさといます。私は、じつはタレント広告否定派。だって、タレントが持つ好感度票を使うのは、制作者としては安易だもの。それに、そのお手軽な好感度票は長持ちしないし。でも、事の成り行きからそのCMはタレント起用と相成りました。

 みんなが知っている女優さん。CMの撮影になって、基本的に我々関係者は、サインなんてもたったりしないのが慣例です。当たり前ですよね。仕事なんだから。でも、タレントCMは広告の堕落だ、なんて偉そうなことを言っていたクリエイターさん、タレントのマネージャーさんに黙ってサインをもらっていたんですね。我々には黙って。もう、ほんと、駄目な人ですよね。

 でも、人間なんてそんなもんです。それがタレントの力です。その人が実証してくれたわけなんですよね。

 好感度は大切です。こんな基本的な指標を否定してもしょうがないと思います。好感度は、私は、広告制作者としては、死ぬほどほしい。CMをつくるとき、業種別トップをいつも狙います。まあ、総合トップを狙う、と言わないところが弱気なとこなんですが。

 でも、その好感度の質は問いたいとは思うんですね。私が、あまりタレントCMが好きではないところは、結局はその好感度が借り物だからなんですね。借り物の好感度は、長続きしないんです。それと、ありものの好感度を借りずに好感度をつくるのは、かなり難しいことではありますが、そこが広告制作者の腕の見せ所でもありますし。

 好感度は、効率の指標でもあります。結局、3度見ないと印象に残らないものを、2度で印象に残すことだから、それは広告費の節約にもつながります。で、その好感度は、しくみでは作れなくて、どこまでいってもクリエイティブというか表現がつくるものです。こんな時代だからこそ、クリエイティブは大切。

 このポジショントークな落ちはどうよ、とは思いますが、まあ、とりあえずはそんな感じに、広告制作者である私は考えている次第です。それがクリエイティブのテクノロジーなんじゃないかな、みたいな。ではでは。

関連エントリ:
タレント広告はなぜなくならないのか(1)
タレント広告はなぜなくならないのか(2)

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広告の話」カテゴリの記事

コメント

興味深く拝見しました。本論と関係ないですが一点、

>それがクリエイティブのテクノロジーなんじゃないかな、みたいな。

細かい指摘で恐縮ですが、これは「テクニック」の意味でしょうか?

技術(technology)と技能(technique)の違い | ZEROFACES
http://zerobase.jp/people/ishibashi/technologytechnique.html

あるいは、実際に「テクノロジー」の話であれば、非常に興味があります。今後の記事に期待します。

※開発に携わった「コマーシャライザー」というサイトが、まさに「クリエイティブのテクノロジー化」を意図したものでした。(ローテクですが) http://cmizer.com/

投稿: 石橋秀仁 | 2009年3月23日 (月) 00:42

テクノロジーの意味です。

もちろん、予めご紹介のエントリを読んでいるわけでもなく、引用されている文章も、このエントリを書いた時点では読んでいないので、その定義に沿う意味で、というわけではありません。

テクノロジーは、techne (τέχνη) =craft(まあこれがテクニックという言葉の語源と考えられるでしょう)に、 logia (λογία) =sayingがついたものだそうで、語られることによって共有化された/できる技術という意味合いを持っていると理解できそうですね。ただ、語義が明快な言葉ではなさそうで、従って、それ以上の意味の定義は、すべて恣意的であろうかと思います。つまり、さじ加減ひとつ。

ちなみに、この語源は今調べたものですが、このテクノロジーという言葉が持つ語感は、当たり前の言語感覚として、上記の意味合で理解していて、その常識的な語感のもとでテクニックとテクノロジーを使い分けています。もし、テクノロジーの誤用であるとのご指摘なら、それはきっとテクノロジーの定義の狭さが原因なのではないかと思います。

クリエイティブにも、「広義」のテクノロジーはあります。その成果は、大きな産業として成立している広告産業そのものなのでしょう。で、そのテクノロジーはちと古くなってきていて、時代に合わなくなってきている。そんな感じです。

あと私の感じたこと。「私は愛と恋は、こう定義しています。あなたが書かれている愛という言葉は、もしかすると私の定義する恋という意味でしょうか?あるいは、実際に、私が定義する愛という意味での話でしたら、非常に興味があります。今後の展開に期待します。」みたいな感じに受け取りました。

私が「恋の意味です」と書けば、私が無知ということになり、「私が愛です」と書けば、その定義するところの愛の意味に絡めとられる。こういう恣意的な二項対立的問いかけは、どっちに転んでも、私にメリットがないですよね。原則的には、こういう問いかけは無効なんです。ちなみに、広告の話で言えば、こういう問いかけのあるコミュニケーションは、消費者は嫌悪という態度を表明しがちです。

つまり、このエントリの主題に沿えば「好感度」はあまりよくないんですね。同じことを伝えるのでも、書き方ひとつで簡単に誰にでも、この二項対立的な問いは避けることはできます。つまり、それを広告コミュニケーションの領域に当てはめると、大雑把にはそれが「クリエイティブのテクノロジー」。で、もっと素敵に書く技術が、個別の「クリエイターのテクニック」。この分野は、傍目で見るより複雑で専門性は高いとは思います。まあ、それはどの分野も同じでしょうが。

ここで大事なこと。コミュニケーションは、こうしたコメントのやりとりを見ても、一過性なんです。それは、そのとき、その人、という偶然性に左右される、つまりは人間という不確定な要素がどこまでいっても関係する領域であるということ。そこではもはや技能ではなく判断とかの領域です。経営で言えば、経営テクノロジー、経営テクニックと言っても、最終的には個々の経営者の経営判断がものを言う世界、という感じでしょうか。

加えて、好感ひとつとっても、シチュエーションによって方法は異なるし、なんかクリエイティブのテクノロジーによるコミュニケーションの自動化的なお話を熱くされることがたまにあるのですが(参考http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-437e.html)、ちょっとコミュニケーションの個別性を軽視しすぎているんじゃないか、無邪気すぎるんじゃないかな、なんて思っています。

もちろん、もっとメタ視点で、結局コミュニケーションの多様性も、俯瞰で見ればある形式をなぞっているに過ぎないみたいな論議なら別なのですが。でも、そういう哲学的な話題は苦手ではあるんですが。

あと、「コマーシャライザー」というサイトを批判しているわけではないですよ。誤解なきようにね。それこそ我々が持っている「テクニック」=撮影、編集技術の敷居を下げてみんなが使えるようにしているわけで、みんなが楽しめるいいサイトだと思っています。それに、ここまで自動化しても、それぞれのCMコンテンツは、その人の判断によって生まれる、素敵な個性がありますしね。

それと、なんかちょっと長くなってしまい大人げなかったかもしれないし、スルーすることもできたし、そうすべきだったのかもしれませんが、定義が定まっていないテクノロジーという言葉の恣意的な定義によって、このブログの主題である論点をまったく逆のベクトルに誘導されることは(あるいは印象づけることは)、些細なことでも、やはり本質にかかわることでもあるので、あえて長々と書かせていただきました。それ以外の他意はありません。当方も「身を削って」書いております。今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年3月23日 (月) 06:03

返答を拝見し、うかつだったことを反省しました。「恣意的」に「誘導」するような「感じ」「受け取り」になったことは、「一過性」のコミュニケーションにおいて、私のほうに非がある点、否めません。

わざわざ丁寧に返答いただき、失敗に気付くことができました。恐縮です。

投稿: 石橋秀仁 | 2009年3月23日 (月) 15:02

こちらこそコメント、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年3月23日 (月) 15:48

タレント広告は、タレントの魅力を「借りる」だけだから好感度が短命である。

このご意見には基本的には賛成なのですが、長期的なスパンでタレントを起用し続けることで(もちろんタレントそのものだけではなく、コミュニケーション自体が優れていることが前提ですが)そのタレントの魅力がそのまま商品の魅力の一部として定着することもあると思います。

商品とタレントの関係性においてその人を起用する「必然性」みたいなものがきちんと無ければならないと思いますが、長期的にブランドに貢献するタレント広告というのも、稀に見かける気がするのですが、いかがでしょうか?


投稿: mondo | 2009年3月23日 (月) 21:47

ご指摘の長期スパンでのタレント起用については同意です。
タケヤ味噌の森光子さんや、所さんの宝くじとか、ベタなところでは三木ゴルフとか、たくさんの事例はあります。
FMVのキムタクなんかもそうですね。多くのタレント起用は、それこそ、その人の人柄と商品の魅力を結びつけるという感じでスタートします。
それが長く続いて、タレントさんと一緒にブランドが成長していく幸福なケースも稀どころかたくさんあるのですが、数年経つと記憶から消えるような多くのCMは、マンネリ解消のたけに新しいタレント起用をカンフル剤にしたり、そんな感じが現実のようです。特に一時的に売り上げが下がると、タレントや広告会社もろとも、なかったことにするみたいなことが多いですね。まあ、ビジネスだからしょうがないかな、とは思うんですが、なんかもったいななあと思います。
それと時代的には、そんなブランドとタレントの幸福な関係は結びにくくなってきているのかな、という気もしています。
ちょっと論点が違うかもしれませんが、「タレント広告はなぜなくならないのか」というエントリを書いたことがあり、もしよろしければそちらもご覧ください。

投稿: mb101bold | 2009年3月23日 (月) 23:14

こんにちは。コメント含めてとても興味深く拝見してます。

一消費者としてタレントと広告の関係を鑑みると、それほど両者の結びつきは消費行動には反映されていないんじゃないかな?というのが本音です。(でも、無意識下ではあるのかな。と、そこは否定できませんが。)
タレントの名前と商品名をダジャレ的に結びつけてたりする印象が強くて。認知はするけど、購買まではいかないというか。

ストーリ仕立てのCMは見入っちゃいますね。
タレントの名前も知らないけど。TVは録画しててCMはほとんど飛ばしますけど、物語形式だとちょっと見てしまいますね。

私的な購買行動では深夜のアニメを見て、原作をまとめ買いしたというのがありました。コンテンツ自体が広告ですね。
これって、非効率でお金のかかる広告なんでしょうね~。

投稿: hiro | 2009年3月24日 (火) 04:14

>タレントの名前と商品名をダジャレ的に結びつけ

きっと、話題性喚起のためのタレント広告はこれがほしいんだと思うんですね。流通対策的意味合いもあると思います。ダジャレ的に結びつくことで、流通を刺激し(今、消費者にノイズありますよ的な)、店舗のいい棚を確保。結果、購買に結びつける、というような。

購買を最も阻害するもの=棚落ちという考え方ですね。1日単位で勝負がつくPOSがありますから。

>私的な購買行動では深夜のアニメを見て

これ、コンテンツビジネスの今の主流の広告手法になっている気がします。深夜だと、従来の広告の手法よりも効率的にも結果として割安。テレビの深夜アニメもそうですが、深夜ラジオなんかも、声優さんの番組、多いですよね。

テレビの深夜アニメ番組の制作主の多くは広告会社だし、アニメ番組は出版社です。もちろん、放送コンテンツの独自性という観点で見ると良くも悪くも、という部分はありますが、いまは不況だから、放送局と広告会社を含めた広告出稿側の利害が一致しているんですよね。

投稿: mb101bold | 2009年3月24日 (火) 08:35

ご丁寧な回答ありがとうございます。

「タレント広告はなぜなくならないのか」エントリもあわせて読ませて頂きます。

投稿: mondo | 2009年3月24日 (火) 15:16

あと、補足です。
日本の場合、タレントさんは、欧米で言うところのストーリーものの役者という意味合いもあるように思います。
日本はハリウッドみたいなものがないし、小劇団もオーソドックスな演技という面で見ると層が薄いので、高度な演技が要求されるものは、演技力を考えると、どうしても名前の通った俳優さんになってしまいますね。

投稿: mb101bold | 2009年3月24日 (火) 23:05

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