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2009年4月 4日 (土)

いいプレゼンって何でしょうね

 これは人によっては違うんでしょうね。それと相手によっても違うし、規模によっても違うから、この手の話には正解はないでしょうから、ごく個人的に。

 私はプレゼンが苦手でした。人前で話すのが苦手というか、極度の緊張しい(関西弁で緊張する人のこと)でした。今はどうかというと、ほとんど緊張しません。華麗なプレゼンではないけれど、まあ、理路整然と話せるし、飽きがこないように、というか、印象的なプレになるように緩急もつけられます。なぜ、できるようになったかというと、慣れでしょうね。あと自信。このあたりの話はかつて書きましたので、今悩んでいる人は、よかったら読んでみてください。

プレゼンの時、声が震えて、心臓がバクバクして、汗が噴き出し、自分で何を話しているのかがわかんなくなって、会議室から逃げ出したくなることはありませんか。

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 私は広告の仕事をしていますので、たいがいのプレゼンは広告案の提示だったりします。このところの傾向としては、広告案をスチレンボードとかに貼らなくなりました。分厚いボードは、プレゼンが立派に見えるけど、過度に立派に見えすぎるというか、そんな感じ。得意先でも、小声で、処分に困るから次からはボード貼りはやめてね、なんて言われたこともありますし。

 パワーポイントにjpegを貼って、スクリーンに映し出す方法もあります。この場合は、企画書も紙で手渡しではなく、スクリーンベース。大規模なプレだけでなく、そういうプレになれている得意先なんかでは、小規模でもやります。

 これは、終始こっちのペースでプレゼンを進められるから都合はいいのですが、そのぶんプレゼンのインタラクティブな熱さみたいなものがなくなります。プレゼンテーターと聴衆みたいな感じになるし、プレゼン、質疑応答、みたいな段取りが、なんとなく冷たい感じになってしまいます。

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 私のパワポのスライドショーの使い方。テレビCMのプレゼンを、紙芝居形式でやるんですね。

 日本のCMコンテは、縦長の用紙に、キーになる重要なコマを大きくして、普通のマンガみたいにコントラストをつけた表現をしますよね。キャッチフレーズは大きめの太字フォントで斜めにして、みたいな感じで。でも、あれは、実際に作るときには、けっこうバイアスがかかってしまいます。テレビではコマに優劣はないですから。単純に等価のフレームが連続するだけ。

 一方、海外の絵コンテは、横長の用紙に、均等の面積のコマを並べる方法が多いです。テレビCMの構造から言うと、本当はこちらの方が理にかなっています。ただ、単調に見えます。海外は長尺が多いからそうなるのでしょうし、日本の場合は15秒が多いから、絵コンテはデフォルメがきついということでしょう。

 絵コンテだと、どちらの方法も一長一短があるのですが、これをパワポのスライドショーでやると、なかなかいい感じになります。1ページにひとつの絵。それをどんどんスライドしていって、その絵と同時に、しゃべりでナレーションと少しの絵の補足を加えていきます。

 わりとオンエアに近い感覚でプレゼンできます。説明も、オンエアに比べてほんの少し長いくらいですみますし。それに、何よりも、聞いている方が面白い。絵コンテは、慣れている人は読み込めるんですが、慣れていない人だと、絵コンテを理解するのは結構難しいものです。演出コンテだと、このコマはこういうふうに撮影するんだ、みたいな理解につながりますが、企画コンテの段階だと、紙芝居のほうがわかりやすいような気がします。

 これは、よく考えると、絵でつくるアニマティクス、写真でつくるフォトマティクスといったビデオコンテの廉価版みたいなものですね。

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 スライドショーではなく、企画書を配って話す場合、ときどきいる困ったちゃん。配ると、どんどん先を読んでいく人。あれは、プレゼンをする方としては、すごくやりにくいです。いくら熱心に話しても、人の話なんか聞いちゃいないんですよね。そういうタイプの人は。

 顔には「俺は人の話なんか聞かないよ。ぜんぶわかっているからさ。」みたいなことが書いてあって、先先読む行為が、自分を偉く見せようみたいな発露だったりするんでしょうが、あれは見ててみっともないなあ、なんて思います。

 こういうとき、どうするか。企画書にからめて、企画書に書いていない裏話的なことを話しはじめるんです。同席している他の方が熱心に聞き入るような話をします。そうすると、場がこちらに集中しますよね。全員の視線がこちらの目元に向きます。そうなると、先々読んでいた人は、その場の流れから一歩遅れるんです。その人はあせります。で、追いつこうとします。

 で、ようやくプレゼンがまとまりのある場になって、通常営業に戻れるという感じです。まあ、先々読む人だけが相手の場合は打つ手なしですけどね。いや、ひとつだけあります。企画書に見積もりをつけないことですね。別紙にして最後に渡すようにすること。そういうタイプは、要するに見積もりを見たいわけですから。

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 いいプレゼン。何でしょうね。相手によっては企画書ではなく、1枚のシートを出して、それについてあれこれディスカッションみたいな方法が、いいプレゼンにつながることもあるし。逆に長くて物語になっているような、エンターテイメント性のある企画書を楽しみにしてくれている人もいるし。

 私としては、相手によって柔軟にプレゼンの手法は変えていったほうがいいんじゃないかな、なんて思っています。CIブームの頃は、司会進行にプロのアナウンサーを起用するみたいなここともありましたし、海外の広告会社なんかでは、プレゼンに本物のライオンを連れてくるみたいな話もありますが、まあそれも相手によって、それが最適だと思った結果だったんでしょう。今は時代が違いますし。

 最後に、とっておきのテクニック。とある人から盗んだテクニック。

 プレゼンが散漫になってきたら、わざと小声で話しはじめるんです。それこそ、聴こえないようなささやき声で。そうすると、人は聴こうとしますから、話し手に集中するようになります。大きくはっきりした話し方だけがプレゼンの話し方ではないんですよね。若いとき、そういうふうに話す上司を見て、なるほどなあ、と思ったやり方で、私もときどき使います。

 けっこう効きますよ。

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コメント

勉強になります。
パワポをつかったプレゼンだけが、プレゼンだと思っていました。

それから、先先読みたがる人の話。
どきりとしました。

なんというか、
企業の人は特にそうだし、
学生でも考えている人は考えているんですよね。

先を読んだり、相手を出し抜こうと考えることの愚かさに気がつくと、なんだか怖くなってしまいます。

大胆なことを発言することの勇気というものは、この怖さを自覚してからでないと意味が無いんですよね・・・・・・たぶん。

学生の立場で色々と企画をしていた者として、深く深く自戒しております。

しかし、しかし、それでは・・・・・・なんてことも考えてしまうのですが、mb101boldさん、それはやはりバランスなのでしょうか。

投稿: LongtailBear | 2009年4月 4日 (土) 23:16

ちょっと話がずれるかもですが、優秀な人はみんな人の話をよく聞くような感じがします。
すごく個性的で尖った表現をしている有名アーチストさんとたまにお仕事をするときがありますが、そのイメージとは逆に、一生懸命にこちらの話を聞いてくれるし、そこから話が広がるんですね。それはもう、感心しますよ。
で、その話の中から、きっちり自分の個性を定着していくんですよね。それはもう見事なもんです。
逆に、人の話を聞かずに自分の考えだけ述べる人は、結局のところ、こちらもその人の考え方に納得できず、カメラマンとかだと、それこそ細部にわたるまで指示をするような仕事になってしまいがち。
なので、それはバランスとも言えるけど、どちらかというとコインの裏表の関係のような気がしています。
自分の考えを表現できる人は、人の考えも興味があるわけだし、そこから刺激を受けたがる。そんな感じでしょうかね。

投稿: mb101bold | 2009年4月 5日 (日) 01:57

人の話を聞くとはどのようなことか、もっと悩んでみようと思います。丁寧なご回答ありがとうございます。

投稿: LongtailBear | 2009年4月 5日 (日) 21:46

ごぶさたしております。
今回の記事に大変共感を持って読ませて頂きました。
そもそもプレゼンってお客さんであったり、お相手にその企画の内容や趣旨を伝えて、理解してもらう事がテーマだったりしますんで「いいプレゼン」って思うとそのプレゼンの場に出席して頂いた方々と理解し合えた時って言うのがボクは「いいプレゼン」なんだろうなって思っております。
でも、かと言って「いいプレゼン」をしたら必ずそのお仕事をGetできるとは限らない場合もあるので(企画が良くでも、見積もり書で跳ねられたり)う~~ん。。難しいもんです。ボクもプレゼンの資料作りではいろいろろ試行錯誤もしましたし、確かにパワポを使う事だけがプレゼンの方法とは限らないもんだと思います。

昔、まだ電通のプランナーだった頃の佐藤雅彦さんが「ポリンキー」のCMのプレゼンをしている場を何かのテレビ番組で観た事を覚えています。
その時は佐藤さん、あのCMに出てくるキャラクターとかを紙で作って、ほんとに紙芝居にしてクライアントの前でプレゼンしていたんですね。「ポリンキ~、ポリンキ~♪」ってご自分で歌っておりました。

当時、TV-CMのプレゼンっていうとでっかいボードに絵コンテを貼り付けて、ナレーションやら、キャプションを入れたりっていうのが主流でしたので、その佐藤さんのプレゼンを観た時「こんなプレゼンも有りなんだ」って目からウロコだったことを覚えております。

投稿: さとし | 2009年4月 6日 (月) 03:02

>「ポリンキ~、ポリンキ~♪」ってご自分で歌っておりました。

佐藤雅彦さんらしいですね。その感覚がCMにも出ていますよね。そういうプレを受けた得意先は、これでいけると思うのではないでしょうか。
特に歌い込みは、その歌が感性に訴えるかそうでないかしかないので、プレゼントしては自分で歌っちゃうのがいちばんのような気がします。

>理解し合えた

し合えた、というのが大事ですよね。理解させた、だけじゃ駄目。そこが難しいんですけど。それができれば、方法は何だってかまわないんでしょうね。

投稿: mb101bold | 2009年4月 6日 (月) 09:45

広告会社で営業をして28年目を向かえます。
誤解を恐れずに言うと「プレゼン依頼があり
テーマのプレゼン日が決まった瞬間から、当日までに、殆どの場合勝負は決まる」という
事です。これが良い事か悪しき事かの議論は
別として…。
クライアントはプレゼンに「ここと本当に付合ってよいのか?ここが本当にパートナーで
良いのか?」を篩いにかけています。その決意表明なのでプレゼンの場だと思うんです。しかしプレゼンに勝っても、いざ実行となると「ぜんぜん違う別方向になってしまいます」。これが良い事か悪しき事かの議論は別でね…。
クライアントは、あるテーマを頼んでくるの
プレゼンの場だけではなく「頼むに足る人間か」を常に見ています。

投稿: freeway | 2009年4月11日 (土) 23:44

クライアントが「頼むに足る人間か」を見てくれているからといって、それに甘えてばかりもいられないな、という思いが私にはありますね。
おっしゃることは確かに正論なんですが、プレゼン下手でどうしたらいいんだろうと悩む若い人には、なんの慰めにならないのが痛いほど私にはわかるんですね。それはわかってる。だけどね、というやつです。
なにせ、若い時は絶望的にプレゼンが下手でしたから。緊張すると、もうほんと何を言っているのか自分でもわからなくなっちゃってました。今思い出しても冷や汗が出ます。
そんなこともあって、いいプレゼンって何だろうとあれこれ考えるようになりました。それと、プレゼンって競合プレだけではなく、日々のプレゼンもあるわけですし。うまくなると、企画もよりよく先方に伝わるわけで、いいことはいっぱいあると私は思いますけどね。

投稿: mb101bold | 2009年4月12日 (日) 00:34

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