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2009年5月の19件の記事

2009年5月31日 (日)

1967年生まれの僕が、1949年生まれの鹿島茂さんが書いた『吉本隆明1968』を読んでみて思ったこと(1)

 大学教授でフランス文学者の鹿島茂さん(本好き御用達の本棚「カシマカスタム」の発案者でもあられます!)が書き下ろした『吉本隆明1968(平凡社新書459)』を読みました。ですます調のやわらかい口調で書かれていますが、中身はけっこう重めで、423ページと新書にしてはけっこう長めです。

 この本は、たぶん私と同じか、それより下の世代の編集者の鹿島さんへの質問がきっかけで書かれたとのことです。

「吉本隆明さんって、そんなに偉いんですか?」

 もちろん、その質問に対する鹿島さんの答えは「偉いよ、ものすごく偉い」なんですが、その吉本さんの「偉さ」を、自身の吉本体験をひもとくかたちで解き明かしていこうという見立てで書き綴られていきます。鹿島さんはこう書かれています。

吉本隆明を再読するという体験を介して、戦後のターニング・ポイントである一九六八年の「情況」に吉本隆明をもう一度置き直すことで見えてきた「四十年後の吉本隆明体験の総括」です。

 ちょっと補足しておきますと、なぜ「情況」と括弧付きなのかというと、吉本隆明さんは同人雑誌『試行』(発刊してすぐに吉本さんの単独編集になったので、ほぼ吉本さんの個人雑誌と言っていいと思います。今で言えば、きっとブログ。)で、「情況への発言」という連載を続けてこられたから。鹿島さんの世代の吉本さんを読み込んでいる人は、『試行』に掲載される「情況への発言」を食い入るように読んできたとのことです。私はその下の世代なので、リアルタイムではないですが。

 1968年という時代は、70年安保と呼ばれる1968年頃から1970年まで続いた2回目の安保闘争があった時代です。安保闘争は、日米安保条約に反対する労働者・学生・市民の反戦・平和運動で、60年安保と比較して、70年安保は、60年安保、67年の羽田闘争を経て、分裂した新左翼諸派による一時的かつ同時多発的な共闘運動という意味合いが強いようです。また、70年安保は戦後最大の学生運動と呼ばれています。70年以降は、新左翼は各セクトの武力衝突(内ゲバ)が激化し、連合赤軍事件やあさま山荘事件などが起き、やがて学生運動自体が衰退していきます。ちなみに、私が大学に入った87年には、ほとんど表立っては、学生生活の中で学生運動は意識される感じではありませんでした。

 そして、鹿島さんが引用されている吉本隆明さんの著書である『芸術的抵抗と挫折』は1959年、『擬制の終焉』は1962年で、どちらも60年安保前後に書かれたものです。『高村光太郎』は1966年。本書でも触れられていて、私がはじめて読んだ吉本さんの著作(講演集)である『自立の思想的拠点』は1970年。この本を読んでみようと思っている若い人、もしくは私と同じ世代の人は、そのあたりの時代背景を頭に入れてから読み進めていかれるといいかもしれません。

 転向論(知識人の戦後の転向についての考察)に一定の成果を上げた吉本さんは、1969年の時点では、1965年に『言語にとって美とは何か』と1968年に『共同幻想論』を出版されていて(『心的現象論序説』は1971年)、すでに当時の学生さんにとって知的ヒーローとして見られていたのはあるかもしれません。ご本人は、「知的ヒーローなんて、よせやぃ。」とおっしゃるかもしれませんが、まあ当時の学生時代を語る人は、読んでいない『共同幻想論』を小脇にかかえて歩くのがかっこ良かったと言いますし。僕らの世代だと、浅田彰さんの『逃走論』とか『構造と力』みたいな感じですね。

 でも、この本は、そういうたぐいの「吉本は僕らのヒーローだった」みたいな吉本ファン本とは一線も二線も画する部分があって、吉本さんの考え方についてのけっこう切実な思いが語られています。遅れて来た吉本隆明さんの読者である私でさえ、ことあるごとに、こういうことを吉本さんならどう考えるのだろうか、と思うし、ましてや1968年に青春を過ごした鹿島さん世代の方ならなおさらだろうと思うんですね。

 その切実さをもってしても、何を吉本隆明という個人に依存しているんだよ、という揶揄も成り立ちそうですが、どうしようもなく僕らの思考の核として吉本隆明さんが存在してしまうのは、戦後の知識人としては吉本隆明さんだけが持ち得た「独特の問題意識」によるところが大きいのではないか、と思います。

1967年生まれの僕が、1949年生まれの鹿島茂さんが書いた『吉本隆明1968』を読んでみて思ったこと(2)に続きます

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広告を生み出す場

 土曜日の深夜にワードプロセッサに向かって、つらつらこの文章を書いています。まあ、こんな時間になんだかんだ書いたりしたものを気軽に世の中に出せるのは、個人メディアであるブログの良さであるだろうし、そんなブログの良さを思う存分活かせるのは、お気楽なひとりもんの良さでもあるんだろうな、なんてことを、少し涙目で思いながら、キーボードをポチポチやってます。

 ここ最近、なんだかんだ小さな案件をいくつもかかえていて、その中には妙に揉める案件もあり、なんだかなあ、みたいな気分もなきにしもあらず。基本的には、広告という仕事は依頼主に依存する仕事であるので、自分のペースとかスタイルみたいなものは二次的になりがち。つまり、どうしようもなく相手の仕事のやり方に従わないとしょうがない部分があるわけです。

 それって、あなたに個としての実力がないからなんじゃないですか。そんなふうに思われるかもですが、まあ、それは半分正解で、半分間違い。個としての実力がありまくりに見える人たちでも、その人の話を実際に聞いてみると、私と同じような悩みとかがあるようだし、組織力のある大手代理店に勤める人なんかでも、大きければ大きいなりに、悩みはあるみたい。

 じゃあ、もっともっと個の実力なり、組織力なりをつけて、自分のペースとかスタイルで広告をつくれたら幸せなのかというと、それはそうでもないように思います。そうなると、なんとなく、それはもはや広告じゃないような気がするんですね。

 こんな私でも、すごくいい関係が持てている仕事があります。自分で言うのもなんだけど、結果についてもわりといい感じになっていると思うし、広告制作者としても、私の得意なところが発揮できているように思うんですが(証拠を見せろと言われると、このブログの運営方針的にはちょっと限界なので、信じてください、としか言えませんが)、でも、その仕事が自分のペースでねじ伏せているわけではなく、わりと相手のペースに乗っかるかたちで気分よく仕事をしている感じです。

 とある得意先さんは、最初の企画プレゼンで、よしこれでいこう、となったら、あとはまかせると言ってくださるんですね。となると、不思議なもので、こちらは途中段階でもなんでも見せにいきたくなるんですよね。私は、プレゼンは1案が理想だと思っているのですが、1案自信のあるものを見せてくれ、と言ってくれる得意先さんには、究極の2案を持っていって、どちらで勝負するかを延々と論議するみたいなことをあえてやりたくなって、実際にそんなことをやるし、そんな論議をしている時は、これがほんとの会議なんだよなあ、なんて思ったり。

 いちばん辛いのは、広告案の評価とか関係なく、いろんな可能性を示すことを強いられるケース。これは、相手側の組織の問題もあるのだろうな、と思うんですね。この広告案はまったく違う、ならいいんですが、そうではなく、これもいいけど、ここの部分は突っ込まれる可能性があるから、こちらの部分も押さえておこう、という感じ。突っ込むであろう人は、その場にはいなくて、それは社長だったり、専務だったり、部長だったり。広告は、絵や写真、言葉、それらのレイアウトというふうに微分すると、いくつかの要素に分けられるので、その要素ごとに薄いとこまで広げて可能性をさぐっていくと、平気で100案とかつくることになります。

 こういうケースをいかにうまくこなせるかは、広告会社のクリエイティブディレクターの重要なスキルのひとつではあるので、そろそろ20年選手の私はそれなりにそつなくこなしはするけれど、でも、それはちょっと疲れる仕事でもあるんですよね。仕事は疲れるもんだろ、と言われれば、そうですね、としか言えませんが、でも、疲れる仕事より、楽しめる仕事のほうが結果もよくなるし、やっぱり楽しめる仕事のほうがいいと思うんですね。それに、そんなスキルを重ねていって、高度化していく自分はなんだかなあ。

 この手の話は、基本的には酒飲み話だとは思うんですよね。あの会社のあの担当は嫌だなあ、とか。でも、酒飲み話は居酒屋でするのがいちばん楽しいので、このブログで考えているのは、その部分じゃなくて、「広告」というプロダクトもしくはコンテンツを生み出す「場」についてのこと。

 もちろん、どんないい場でも、一人のパーソナリティによってぐちゃぐちゃになる場合もありますが、でも、それは、そういうことはあるよね、で済ませられる話。幸せな仕事と、辛い仕事の差は、表面的には、企業の担当者を信じる広告会社の制作者と、広告会社の制作者を信じる企業の担当者という「個」の問題に見えがちだけど、じつは「場」の問題なのではないか、というように思います。

 要するに、幸せな仕事と辛い仕事の差は、「個」を活かす「場」か、「個」を殺す「場」かの差のような気がします。素晴らしいパーソナリティを持った人でも、「個」を殺す「場」では、どうにもならないだろうし、基本的に、私は、「個」というものに「場」を凌駕するだけの力を期待する考え方をとらないので、もし、広告がこれからも「個」の力を活かしたいと指向するならば、まずは「場」の構想こそが語られないといけないのではないかと思います。

 それは、広告を出す側の企業だけでなく、広告を依頼される広告会社にも鋭く問われてくるものです。で、こういう問題意識から、大規模広告会社からクリエイティブエージェンシーやブティックの流れがあったけれど、なんとなく、そういうクリエイティブエージェンシー的なものも、その解答にはどうもならないのではないかな、というのが、ここ10年ほどでなんとなく見えてきたような感覚が私にはあります。言い方は語弊があるかもですが、結局、単に大規模な組織から、過剰な「個」の力によって疎外され、純化された小さな組織をつくったに過ぎなかった気が。

 そのことを、広告が「個」の力を指向せずに、ある種のシステムを指向するようになってきたからだ、という理由付けはできるかもしれませんが、それはある意味で当たってはいるけれども、それは根本部分で言えばどうも違うと思います。というか、広告のシステム指向みたいな傾向は、私にとってはあまり関心領域にないし、ぶっちゃけ言えば、どうでもいいです。

 それよりも、広告が人への対話である限り残りつづける「個」の力を指向する部分にとって、どのような「場」が最適であるのかを考えないといけないな、と思っています。ひとつの着想としては、前段の部分につながってくるのですが、相手、つまり依頼主である得意先の「個」を「場」に折り込むことなんだろうな、ということです。今までの広告とは違う、新しい広告が生み出されるとすれば、それは、これまでの「場」にあるすぐれた「個」によるのではなく、新しい「場」にある、新しい「個」によってだろうな、と。ぼんやりとした予感として、ここに記しておきます。

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2009年5月27日 (水)

歌を歌おう。

 ずいぶん前に書いた広告コピーをふと思い出しました。得意先は覚えていますが、まあ、なんとなく書かないでおきます。コピーとしては、今あらためて見ると、あまりものが売れるとも思わないし、今風でもないし、ブランディングというにはちょっとぼんやりしすぎていて、結局、このコピーは売れずにいて、私の心の中のアーカイブに入ったままになっていました。

 歌を歌おう。踊りを踊ろう。

 どうしてこんなコピーを書いたかというと、歌というのは、動詞では「歌う」で、名詞は「歌」で、踊りも動詞は「踊る」で名詞は「踊り」なんですよね。つまり、同じ。文章を書く。言葉を話す。そんなこととは、やはり「歌うこと」や「踊ること」は何か根本的に違うんでしょうね。もっともっと、人間のプリミティブな部分にかかわる行為というか。なんとなく、それが面白かったから。

 忌野清志郎さんの「デイドリームビリーバー」を歌うshinabonsさんにとって、きっと歌は生きることなんだろうな、と歌う姿をPCのモニターでぼんやり見ながら思いました。いい声ですよね。すごく体温が低い、涼しげな歌声なんですが、聴いていると、歌が好きで好きでたまらないという熱い思いが伝わってきます。

 YouTubeの画面をダブルクリックで、YouTubeのページに飛びます。清志郎さんが唯一しゃべったことがあるミュージシャンだそうです。上のリンクをクリックすると、他の歌もたくさん聴くことができます。どの歌も、とっても素敵でした。おすすめです。

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2009年5月25日 (月)

ウェブはバカと暇人のもの?

 そんなわきゃねえわねえ。というか、タイトルに釣られまくりの私が言うのもなんですが、そうでもないんじゃないですか、なんて思うわけでして、なんで「ウェブはバカと暇人のもの」と思ってしまうのかというと、ウェブという市場を自分の商売における理想郷だと位置づけるからそう思うわけで、思ったよりもうまくいかないと思うと、市場にいる人のことを民度が低い奴らと思うのは、私がいままでいくつも聞いてきた、日本市場から撤退していった外資系広告代理店や外資系企業の捨て台詞と同じわけです。

 日本人は、本当の広告がわからない国民だから。本当の広告がわかる国民とは何かというと、欧米の国民であり、本当の広告とは、その広告代理店がつくっている広告なわけです。そんな勝手な話、あるかいな、と誰だって思いますよね。そもそも、その国民にわかってもらうためにつくられた映像とか画像とかを広告と言うわけであって、つまり、その広告は広告以下だったということです。

 そもそもウェブに限らず、社会というものを、自分に都合良く解釈しちゃ駄目なんです。広告に込められたコンセプトやら戦略やらを深く感受して、ときには深読みして行動してくれる、そんな都合のよい人を、賢い消費者なんて言葉に言い換えては駄目なんですよ。消費者2.0なんて言い方をしちゃ、駄目。

 自分の行動を振り返ってみたらいいと思います。そんなに合理的で理性的な判断をしてますか。私はしていません。そういう意味では、けっこう暇でバカだったりします。そんな、暇でバカな人っていうのが、どんな時代においても市井の人というものだと思うし、そういう人たちに何かを伝えるための技術っていうのが、広告という技術なんだと思うんですよね。そういう人たちというのは、まさに自分のことだし、だからこそ、ありのままの自分を隠して賢くみせることに一生懸命になるタイプの人は、広告をやっちゃ駄目なんだろうと、なんとなく思います。でも、賢くみせたい人はこの業界に多いのも事実なんだけどね。

 ま、そんな暇でバカな人がなんだかんだありながら楽しく有意義に生活しているウェブという社会を「ウェブはバカと暇人のもの」とあえて言わなきゃならんのか。それは、悔しいから。もうね、僕らはこれだけ経験したんだから、Web 2.0とかなんとか言わずに、過剰な期待はせずに、ありのままを見て、それを認めたうえで考えようよ、コミュニケーションとか、場の問題とか、みたいなことを、著者の中川さんはかなり過激な口調で書いておられます。

 ということで、わりと面白い本でしたよ。そこから先をどう考えるかは、人それぞれではあるとは思うんですけどね。

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2009年5月24日 (日)

忌野清志郎という無口な人

 とあるウェブサイトに、忌野清志郎さんについての文章が掲載されています。今日の朝11時に掲載されて、月曜日の11時には消える文章です。私の記憶では、その文章を書いた人は、きっと若い頃からの友人であったであろう人です。青春をともに歩んできた人です。その人は、忌野清志郎さんのことを「無口な人」と形容していました。

 私は忌野清志郎さんの音楽は、これまであまり熱心に聴いてきませんでしたので、私にはあまり語る資格はありません。忌野さんの大ファンである私の先輩は、男泣きしていました。そして、しばらく沈黙していました。しばらくして私の先輩が運営するブログにはこう書かれていました。

国民栄誉賞を清志郎に、なんて噂があるけど、
笑っちゃうな。
NHK紅白歌合戦で、清志郎追悼企画?
これも違うでしょ。笑
清志郎さんが生きてたら、声かけれないくせに。笑

 無口な清志郎さんは、そんな私の先輩のようなファンに慕われたロックミュージシャンでした。大阪で行われた春一番コンサートでは、清志郎バンドでベースを弾いていた藤井裕さんは、そのことについて語らず、ひたすらベースを弾きつづけていました。有山じゅんじさんは、ひとこと「キヨシロー、いい歌をありがとう。」とステージを後にしました。

 私のように、今日の朝とあるウェブサイトに掲載された言葉について書いているブログがありました。そのコメント欄に投稿された言葉です。

絶対泣くから今夜は読まない;;
絶対泣くから今夜は聴かないTT
キヨシローはここにいる、私の心に生きている!!
会った事なんかないし、実在してたのかも知らない!!!
でも私の心に、奥深ーーーくにいつでもいるんだもん。
いつもいつもそうだったんだもん。。。
でもね、やっぱり気になってね
今夜は読まないけど、コピーしておいたよぅ。
キヨシローーーっっっ><

 忌野清志郎さんと古くから友人であったであろうその人の文章は、こう結ばれていました。

しかしなぁ、誰かが「いなくなる」なんて思って、
ぼくらは生きてないものなぁ。
ひとりのファンとして、この先も、
キヨシローくんのいいところを発見し続けたいです。
音楽は、生きているまま、ぜんぶ残ってますから。

 そうですよね。音楽は、生きつづけるんですよね。これからもずっと。

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2009年5月23日 (土)

最近、更新が滞りがちですが、私は元気です。

 なんかブログに飽きて来た頃にありがちなタイトルですが、そんなことはまったくもってありませんので、そこのところよろしくです。って、何がよろしくなんだかですが、みなさんお元気ですか。私は元気ですよ。更新が滞りがちなのは、あいかわらず仕事が忙しいのと、その仕事関連のいろいろの考えごとをしているから、なのでした。

 私の場合、これからどうする、みたいなことはわりとすぐに決断してしまうところがあるのですが、これからどうする、じゃなくて、これからこうするんだけど、そのためにどうする、みたいなことは、いつも、けっこうあれこれ考えてしまうんですよね。そのためにどうする、をあれこれ考え込んでしまうところが、私にロックが足りないと思う所以かも。

 でもねえ、最近、思うんですけどね、広告の仕事というか企画の仕事って、じつは、これからどうする、のアイデアみたいなものは、華やかで、若い人はどうしてもその派手な部分に目がいきがちだけど、じつは、これからこうしたい、そのためにどうする、の「実現」の部分のほうがしんどいし大切なんですよね。私なんかは制作の仕事だから、アイデアとは「定着」だと思うくらいです。

 ま、それはともかくとして。

 仕事のほうは、あまり現在進行中のことがらについてはブログでは書かないんですが、ちょっとだけ。今、盆踊りなんかで流れる音頭をつくっています。もちろん作曲は作曲家の方にお願いするので、私は作詞担当。

 なんかね、最近世の中せちがらいじゃないですか。そんなときは、音頭だよね、という単純な企画です。てなわけで、今「東京音頭」やら「河内音頭」やら「東村山音頭」やらを勉強がてら聞く日々なんですが、これなかなかいいですよ。

 で、ライフハック仕立てに。

仕事でイライラしないためのたった1つの方法

iPodに音頭を入れて繰り返し聞く
以上

 いかがでしょうか。私、会社で音頭ばかり聞いていて、非常に効果がありましたよ。「最近、君の仕事にかかわるスタッフ、残業が多すぎるんじゃないか」みたいなことを偉い人に言われてもへっちゃらです。あ、間違えました。へっちゃらじゃないです。コスト管理、大事ですね。管理責任者として、以後、気をつけます。

 ま、ちょっぴり本気で言うと、このあいだ、とある会社にちょっとお邪魔する機会があって、少し愕然としたことがあったんですよね。みんな楽しそうに仕事をしているわけです。わいわい話しながら。それなりにみんないろいろとあるとは思うんですよね。キャリアによっても。立場によっても。で、そのキャリアや立場に固執すると、こういうふうに楽しそうな感じにはいかなくなっちゃうと思うんです。だからといってフラットがいいというものでもないし、垣根を越えて、というお題目にも嘘があると思います。

 けれども、キャリア、立場、フラット、垣根を越える、そんなお題目ではなくて、その価値をわかったうえで、なんかみんながそれなりにうまいこといく方法というものがあるような気がするんですね。それが仲間とともに働くということだし、そこできっと大事なのは、それなりに、ということで、それを突き詰めるとバランス論になってしまうのですが、そうじゃない言い方がきっとあるような気もしています。

 その会社を後にして、私、ちょっと落ち込んだんですよね。なんか、私自身も最近、イライラした暗い顔をしながら仕事してたんじゃなかろうか、って。夜風に吹かれ渋谷駅まで歩きながら、なんか笑ってないなあ、最近、みたいな感じになりました。

 私は、会社の状況とか世間の景気みたいなものに鈍感なところがあって、それなりにキャリアを重ねてきた中で、何度かそういうギスギスした状況もあったんですが、人からは「君だけは楽しそうに仕事しているよなあ」と言われてきたのに、いつのまにか、いろいろと責任とかがついてくる中で、笑顔とかそんなものを落としてしまったのかな、なんて少し反省してしまいました。

 ほんとね、音頭でも聞きながら、ほがらかに笑っていたほうがいいと思うんですよね。そんな笑える状況かよ、っていうのも分かるんですが、じゃあ、笑わないことで状況は打開できるんですか、ということなんですよ。打開できるなら、私はいくらでもしかめっ面するけど、そうじゃないでしょ。さ、笑って、仕事、仕事。って、今日は土曜日でしたね。月曜日に備えて、笑う練習でもしようかな、っと。では、よい休日を。

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2009年5月20日 (水)

新しい人へ

 ブログを見回すと、何やらブログをはじめたばかりの新社会人さんが目につきます。日々、仕事に追われながら忙しく過ごしていると、ただただ1日1日が重なっていくだけで、ついつい季節を忘れがち。出来たてのブログをいくつか読みながら、そう言えば、新社会人さんが会社なりに入って、いろいろ緊張しながら時を過ごして、はじめての連休があり、ちょっとこれからの自分を見つめ直してみようか、という時期なんだな、私にもそんな時があったな、みたいなことを思いました。

 このご時勢だから、納得のいく結果を出せなかった人もいるだろうし、今、どこの会社も経営が苦しいですから、まだ就職活動まっただ中の方もいらっしゃると思います。今ではこんなブログを書いている私ですが、あなたと同じように新人さんだった時期も当然ありましたし、私は、大阪で就職した会社をえいやって辞めて、何も決めずに東京へ出て来た経緯から、2ヶ月ほど、次の会社が決まらなかった時期もありました。

 その時期は、今思い起こしても、けっこうつらかったです。プランナー、コピーライター。そんな肩書きは国家資格でもなんでもないので、働く場所がなければ、自称でしかないんですよね。もし私が事件を起こしたら、自称コピーライター、無職の、とか言われちゃうんだろうな、と思ったりしました。でも、なんとなく今思うのは、その空白の時期はあってよかったな、と思います。

 今、私はもうすぐ社会人20年選手ですが、そんな空白も含めて、今ほとんどやらなくなってしまったCIプランニングの仕事や、駅ビルの販促雑誌の編集や、お店の取材をしてのライターの仕事なんかが役立っているな、と思うんですね。空白の時期があったおかげで、肩書きではなく、肩書きに見合う仕事をしているかにこだわるようになりましたし、販促雑誌編集の仕事では、はじめて読者のリアルな反応を知ることができました。少々回り道でしたが、あの経験がなく、新卒で大きな会社に入って、大きな広告をつくりつづけるキャリアを歩んでいたら、今、私が得意だと思っている分野っていうのはなかったんだろうな、と思います。

 新しい人は、つまり、未熟な人でもあり、まだ何も知らない人でもあります。夢があっても、現実は夢とほど遠いのが現実でしょう。でも、腐らずに、目の前にある課題に一生懸命取り組めば、あとあとその経験が自分の筋肉になって必ず戻ってきます。一生懸命取り組むことで、その経験は、一般的な経験から、その人だけの固有の経験に変わるからです。

 新しくブロガーになった新社会人のみなさん、こんにちは。いろいろあるけど、お互いめげずにがんばりましょう。コツコツ、少しずつ成長していきましょう。私は、あなたに比べるとずいぶん先輩でしょうけど、そんな私だって、まだまだ成長するつもりでいます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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2009年5月17日 (日)

こういうことだと思うんですけどね

 いい感じのネット広告を「47NEWS」という共同通信や地方新聞各社が運営するニュースサイトで見つけました。小さなテキストバナーです。下の写真の赤枠に囲まれた部分がそれです。

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 何気なく見ていたときに、ちょっと気になって思わずクリックしてしまいました。で、このテキスト広告をクリックすると、下写真のサイトに行きます。

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 谷村美月さんという女優さんのサイト「谷村美月 ここです。」です。中身は、あっさりしているけれど中身はきちんとある、わりと誠実なつくりのサイトでした。私は、谷村さんは今まで知りませんでしたので、私個人をターゲットと考えたとき、この小さなテキスト広告は完璧な仕事をしたことになります。

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 私は、ネット広告のこれからは、こういう小さなテキスト広告の質が高まっていかなければ未来はないだろう、と思っています。このブログでも何度か書いていますが、こういう「ネット広告の路地裏」の質的な向上こそが、ネット広告のこれからの本質的な部分だろうと思います。なぜなら、こういうバナー広告が、ネット広告における「純広」だからです。

 バナー広告の最小単位は、こういうテキストバナーです。ここでは、広告コピーが裸のままで試される部分です。これまでよいとされてきた広告コピーの表現は、今はリアルに感じない。であるならば、どういう表現がリアルで、人を惹きつけるのだろうか。そういう問いが、職業人としての私の課題なのですが、この「谷村美月 ここです。」という広告コピーはひとつの解答であるように思います。

 この小さなテキスト広告は、きわめて現代的な気が私はしています。それを言葉にするのは難しいけれど、感覚的には、この言葉は届くと思います。こういう広告表現は、これからのネットでのひとつの雛形になり得ると思います。(なんとなく、今はそれが理論化できていないから、あまりうまくは伝わらないかもしれませんが。)

 広告の、それも表現を担っている専門職である私が思い描く、これからのネット広告の基本的な姿は、こういう感じだな、と思いました。私にとっては、WOMやコミュニケーション・デザインは、やはり一手法であって、広告の本質としてはこちらのほうだろうな、と思うんですね。こういうテキスト広告は、いちばんシンプルな純広のカタチですし。

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 思想家のマクルーハンという人は「メディアはメッセージである」と言いました。その是非や妥当性については、いろいろとあるでしょうが、その言葉に忠実になって感受するところのネットメディアが許容する広告というのは、きっとこうした小さな広告のような気がします。これからテクノロジーがどんどん進化しても、ネット広告では、現在のテレビCMのような大きな広告は主流にはならない気が、私にはします。

 あくまで広告表現技術としては、なんとなく「谷村美月 ここです。」というコピーが示す方向性にあるだろうと思いますし、こうした予感に立つとき、もうひとつの思想家の言葉が浮かんできます。マルクスの「上部構造は下部構造が規定する」ですね。もしこういう未来が来たとき、専業のコピーライターというのは、存立できなくなるんだろうな、ということ。もちろん、マス広告はなくならないとは思うし、その部分との関連作業として、きちんと仕事として成り立ってはいくだろうけれど、ネット広告だけでは、やはり難しいだろうな、と。

 なんとなく、この部分は、私の感覚が正しければ、広告の表現で飯を喰う者としては、なんか悩ましいことだよなあ、と思います。

追記:このテキスト広告とサイトは、媒体社である47NEWSの企画です。各地方紙で、谷村さんの連載が掲載されるとのことで、そのタイアップの意味合いでしょう。そのあたりの、包括的なコミュニケーション設計も現代的ですね。でも、これを47NEWSとは独立した広告と見たときも、かなり優れていると私は思います。

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2009年5月16日 (土)

広告を残すか、商品を残すか。あるいは、「広告的」という考え方。

 若手だ、若手だ、と思いながらやってきて、いつのまにか「若手って、あんたいつまで。甘えんじゃねえ。」なんて言われるお年頃になってきました。この業界は、純粋に経験年数でキャリアを計りにくいとは思うんですが、なんだかんだで私も20年弱(弱って書くところが、甘えてるんだな、きっと)くらい広告で飯を喰ってきているわけでして、ベテランとは言わないまでも、まあ中堅くらいにはなるのかも。

 私は、わりと若い頃から独り立ちして広告をつくってきたところがあって、ちょっと嫌な若手的な言い方になるけれど、CD(クリエイティブ・ディレクター)について制作スタッフとしてやってきた時でも、実質的には、私がCDをやっているみたいな感じが多かったです。なぜそうなったかというと、私の場合、会社をいっぱい移ってきたから。たいがい、中途採用として新しい会社に入る場合、問題のある制作チームの案件での人材募集が多いわけで、そんなチームに配属されると、「ああ、これは自分でやらないといかんな」と直感的に思うんですね。そういう生意気なやり方は、やはり自分にとっても心理的な負荷はかなりあるし、もともと私は、少なくとも見た目的には「俺は、俺は」のタイプではないから、いろいろ最初はつらいものなんですが、中途で入社、しかも試用期間あり、みたいな条件では、その仕事をよい仕事にしないと自分の食い扶持につながるわけで、こっちも必死なんですね。

 わかりやすく言えば、荒れた制作チームというか、荒れた仕事なわけです。過去作品を見ても、ぐちゃぐちゃだし、ひとつひとつの表現についてこちらが尋ねても、言い訳しか出てこない状態。「これはね、クライアントさんが、ああして、こうなって」とか、そんなことばかり。で、最後に出るのは決まって「このクライアントはね、いい広告つくらせてくれないから」。

 でも、「いい広告」をつくらせてくれるのが「いい商品」とは限らないのが現実で、その商品がいいかどうかは見てみないとわからないし、そういう目線でもって得意先で話を聞くと、たいがいは「いい商品」だったりもするんですよね。で、たいがいは過去作品は、その商品の「いい部分」をまったく語っていなかったことが多かったです。違う文脈で話そうとしているんですね。その文脈は、たいがいその業種の最も優れた広告の文脈をなぞろうとしている。だから、まず表現よりも、文脈をその商品が持っている「いい部分」を語れる文脈に変えてあげる必要があるんです。

 このやり方は、企業から市場へと向かうベクトルで言えば、「パーセプション・チェンジ」ということでしょうし、その「パーセプション・チェンジ」をやるためには、まずはこちら側の語り方のパーセプションを変えないといけないんですね。お笑い芸人が、ハリウッド俳優のやり方で自分を語ってもしょうがないでしょ、ということ。お笑い芸人のすばらしさがきわだつ語り方、つくりましょうよ、ということですね。

 そんな感じでやってきたから、意識しているわけでもなく、そういう「パーセプション・チェンジ」を核とする考え方に親しみを持つようになってきたんだろうなと思います。もちろん、この手法は、ある特定の作風を生むわけで、いち広告表現としては地味目なものもあったりします。具体的に言えば、華のある、おもしろいコンテみたいなことにはなりにくいし、有名スターとストーリーの奇抜さで話題を呼ぶ広告にはなりにくいです。それよりも、どちらかというと、あの商品が気になって気になってしょうがない、みたいな残り方をする広告。

 広告を残すか、商品を残すか。

 そういう視点に立てば、私は「商品を残す」やり方が得意。でも、私は、広告というのは、そういうものでなければならない、とは思いません。楽しくて、おもしろくて、あのスターが出ていて、広告がめいっぱい話題になって、みたいな広告もありだと思うし、それでも、その圧倒的なパワーで商品が売れれば、それでいいとも思います。作り手としても、もっともっと人間のベーシックなところ(つまり、普遍性のあるところ。つまり、それは差別性のない部分でもある)で、人間を描く広告をつくりたいとも思う部分もあります。

 でも、ここ最近ぼんやり思うのは、「私よりうまくやる人がいるものを、わざわざ私がやらなくてもいいんじゃないかな」みたいなこと。このブログは、同じ領域や関連領域で働く人のために、ある「気付き」を共有するためにあるものでもあるけれど、ある一面としては、私自身の思考の整理のためのものでもあって、そういう思考の整理の中で出て来たひとつの結論としては、そういうことかな、なんて。ま、必然があれば、「広告を残す」やり方もやることはあるかもですけどね。節操はないから。それと、この話、視聴者に残らない広告を肯定するものではないですからね。念のため。それは、基本条件としての個別の話ね。

 私が得意とする「商品を残す」という方法論は、究極のところ、いまある、テレビCMとかの広告文化みたいなものとはあまり関係のない思考なのかもしれません。商品が広告の上位概念であるという考え方ですから。というか、正しく言えば、商品という概念は、それ自体が広告を含むということかな。

 前にコメント欄で「mb101boldさんは、いろんなことを広告という思考を通して考えるのが好きなんですよ」みたいな言葉をいただきました。そのときは、照れくさい気持ちとともに「俺って、仕事中毒?」みたいなことを思いましたが、この方が言われている「広告」っていうのが、きっと私にとっての「広告」なんだな、とぼんやり理解しはじめています。それは、テレビCMとか新聞広告のような広告コンテンツというよりも、何か「広告的」としか言いようがない思考のことなんだろうな、と。あまりまとまりがないけれど、この「広告的」というものを、もうすこししっかり考えていきたいな、というふうに思っています。

関連:
広告的、ウェブ的
リテラシー考

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2009年5月15日 (金)

人が読まないときに更新してこそロック

 なんてことを思って、ゴールデンウィークにブログを連日更新していたら、ゴールデンウィーク明けに息切れしてしまいました。ま、バタバタしているものありますが。

 テレビにはゴールデンタイムというものがありますよね。夜の7時から10時のこと。今は10時から11時もゴールデンタイムに含まれる感じです。学校や会社から帰ってくる人たちがテレビを見る時間帯で、母数が多く、視聴率も高くなります。

 このブログのゴールデンタイムは、時間帯別統計で見ると平日の正午から午後1時までのようですね。それほど差はないけど、この時間帯は、例外なく平日はいつもナンバーワンのアクセスです。つまり、オフィスにいる人が昼休みに見ているんですね。

 おおまかな感じで言えば、午前10時からアクセスが上がって来て、正午がピークで、そこからゆるやかに下がって来て、次のピークが午後10時から11時。で、深夜はあまりアクセスがないです。ま、このへんはテレビと同じ。

 曜日別で言えば、平日と土日祝日の差が大きいです。圧倒的に平日が高いです。平日で言えば、月曜日が他の平日に比べると、まあ高い。でも、見てみると、ユニークユーザではなくPVが、という感じ。これは、土日のエントリも読む、みたいなことでしょうか。

 私のブログの場合、タイトルにもあるようにビジネス関係の人が主に購読しているでしょうから、バイアスはあるかもしれませんが、私のよく見ているサイトなんかでも、午前11時更新というのが多いから、こういう傾向は、ネットメディアの特性としては、わりと一般的なのかもしれません。

参考:ゴールデンタイム - Wikipedia

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2009年5月11日 (月)

僕にとってのロック

 僕にはロックがよくわからない。もちろんロックという音楽はわかるけど、ロックという精神がよくわからない。もともと、アーチストがYEH!と呼びかけても、YEH!と言わない、あるいは言えない、そんな人間だったりもするし。

 みんなが拳を突き上げて盛り上がっているライブハウスの中で、なぜかひとり涙目になって立ちすくんでいる、そんな人間だったりするし。しかし、ああいうとき、どうして涙目になるんだろ。なんというか、熱狂という状況が苦手なんだな。まあいいや。そんな人間だったりするから、これまであまりロックを必要ともせず生きてきたわけだけれども、最近ちょっと思うこともあるんです。

 僕にはロックが足りないんじゃないか、と。

 たまにはYEH!と言ってもよいのではないか、ということでもあるけれど、なんというか、僕にとってのロックってなんだろ、みたいなことを考えてもよいのかな、と。僕にとっての精神としてのジャズは、大雑把に言えば解釈力だったりします。しかも反射神経が必要とされる解釈力。構造をパッと理解して、瞬時に解釈して、新しい何かに変換する力。精神としてのブルースは、自意識と共感のバランスの取り方。

 ずいぶん恣意的な言い方だけど、僕は、ジャズやブルースを、そんなふうに理解してきた。新しいものをつくるときにジャズを意識し、それを定着させるときにブルースを意識してきた。そんなふうに、音楽としてのジャズやブルースを、精神としてのジャズやブルースとして捉えてきた。例えば、この文章。ロックという切り口から、音楽や文化とは別の、なんかこう指向とは、みたいなものを表現できるかも、というのが、僕にとってのジャズ。で、いつもの私という一人称ではなく、日常使っている僕を使って書こうかな、みたいなことが、僕にとってのブルース。

 こういうふうに考えてみると、ロックというものは、行動力ということかな。なんか、凡庸な感じもするけれど、こう考えると、僕にロックが足りないのは、なんとなく納得できる。とりあえず、いろいろ考えずに、YEH!と呼びかけられたら、YEH!とこたえる、みたいな。おっ、ここで、つながった感が。いろいろ考えるから駄目なんだな、きっと。

 見るまえに跳べ。

 あっ、岡林信康さんの失踪前後と同じ思考の流れ。ロックだ。って、今どき分かる人いるのか。という私も同時代ではないけど。というわけで、ゴールデンウィークもあけて、これからは、ちょっとロックに仕事してみようかな、と。心のフォークギターをエレキに持ち替えて。そんなわけで、ヨロシク。

 

追記:岡林さんと同じ流れだと、しばらくすると民謡とは、と言っている可能性がありますね。あと、マイルスってロックなんだな、と思った。電化マイルス時代は、完全にロック。電化だからじゃなくて、もう解釈とか超えちゃったんだろうな。エバンスは、ロックには行けなかった。そんな感じ。というか、こういう追記を書く時点で、ロックじゃねえ、と言われそうだけど。

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2009年5月10日 (日)

MIKIKOさんのダンス

 NHKの「パフォー!」という投稿ビデオを通していろいろチャレンジするといった趣向の若者向け番組を見ていたら、振り付け師のMIKIKOさんが出演されていました。Perfumeの振り付けをされている方です。女性4人組ダンスユニットとのコラボということで、MIKIKOさんがアドバイスをして最後に実演するという企画。それがすごくおもしろかったです。

 まずはユニットが踊るんですね。見ていると、それはそれで迫力があって見事なものでした。で、そのダンスを見ていたMIKIKOさんがアドバイス。何と言っていたかは覚えていないのですが、趣旨としては音取りが凡庸みたいなことですね。裏拍とかもっと意識して、というようなアドバイスがありました。ちなみに、裏拍とは、例えばひとつのビートを「ダン」というカタカナで表現すると、「ン」がビートの表拍(アップビート)で、「ダ」(体感的に分かりやすく書くと「ン」)が裏拍(ダウンビート)。

 普通、カラオケなんかでも手拍子は、こう取りますよね。

 ●ー●ー●ー●ー

 それを裏で取ると、こうなります。

 ー○ー○ー○ー○

 ま、ブログではちょっとわかりにくいですが、今度、カラオケでやってみてください。わりと気持ちいいから。MIKIKOさんが言っている裏拍を意識というのは、ジャズやレゲエみたいに後乗りをしろ、みたいなことではなく、音楽のビートに身をまかせるのではなく、裏拍も含めて意識したその広いビート空間の中で、ダンスで独自のリズムを自由に構成しろ、ということですね。それを番組では「個性的な音取り」と言っていました。

 ●ー●ー●ー●ー●ー●ー●ー●ー

 という8つのビートがあったとして、

 ー○ー○●○●ー○ーー○●ーー○

 という取り方をしたらおもしろいじゃない、というようなことです。で、コーナーの最後にダンスユニットの新しいダンスが披露されたのですが、素人目にも、こうも斬新になるもんなんだといった感じで、なんかゾクゾクする感じというか、ほんと見事なもんだなと思いました。

 こういうアプローチは、Perfumeのダンスにも多用されていますよね。そういう視点で、Perfumeのダンスを見たら、もっともっとおもしろくなりますよ。何度も見てきたファンの方でも、うわっ、すごい、このかわいさってそういう秘密があったのか、ってなると思います。

 こういうのって、すごくおもしろいですよね。その道のプロの人の話はおもしろいです。私はダンスなんてまったく縁がなかったのですが、去年、CMでダンスものを作ろうと思って、自分なりに勉強をして、なるほどなあ、ダンス奥深いよなあ、となって、ダンスが好きになりました。といっても、見るのが、ですけどね。

 番組は40分で、その中のワンコーナーだったんですが、このあたりをもっと掘って掘って掘りまくってほしかったです。すごくおもしろくなると思うし、まだまだMIKIKOさんのダンスのヒミツがいっぱいあると思うんですけどね。でも、こういうのを掘ると、視聴率的にはどうなんでしょう。そのへんは、番組づくりのプロじゃないからわかりませんが。

 MIKIKOさんは、CMの世界でも活躍されています。市川準さん演出のセキスイハイムとか。そのあたりの思い出について日記に書かれています。すごく素敵な文章なのでご紹介。

背中と教訓 — Choreo-Director MIKIKO Official Website(2008年9月21日分・リンク先トップの日記です)

 私がCMでご一緒したのは、南流石さんでしたが、MIKIKOさんのダンスはまた違った個性がありますね。南さんも、リズムの取り方は自由自在ですが、もっとプリミティブ。生な感じがします。それに対して、MIKIKOさんはちょっと知的かも。ピアニストに例えるのは適切ではないかもしれませんが、南さんがキース・ジャレットだとすると、MIKIKOさんはチック・コリアみたいな感じ。ジャズファンの人だと、なんとなくわかってもらえるのではないでしょうか。

 関連エントリ:振り付け考(あるいは南流石論) ※2008年1月1日のエントリということもあり、前半は紅白歌合戦関連の長い枕話がありますので、お忙しい人は後半部分からお読みくださいませ。

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2009年5月 9日 (土)

人気のあるなしはとりあえず置いといて、書いた本人はわりと気に入っているエントリを再放送。べ、べつに書くこと思いつかないからじゃないんだからねっ。

 というわけで、普段だと書いた本人もめったに読み返さない地味めのエントリを掘り起こしてみました。それにしても、いろいろ書いているなあ。

 ブログツールって、よくできたツールだと思うけど、過去ログは埋もれがちになりますね。手作業で整理しようと思うのですが、なかなかねえ。整理してると、こんなことやるためにブログを始めたんじゃないって思うんですよね。

 ほんと、駄目なヤツですわ。では、再放送、どうぞ。(って結局、デイリーポータルZみたいに再放送という言葉を使いたかっただけかもかも。)

 

誤植の顛末。(2007年7月29日)

ブログのさみしさ。(2007年9月10日)

らも。(2007年9月28日)

なぜ、はてな界隈では「東京在住の大阪人」と「大阪出身の東京人」の微妙な違いについて、きちんとした論議が一度としてなされないのだろうか。(2007年10月 9日)

Googleのこれつくった人は、きっといい人だと思います。(2008年1月24日)

僕の好きな言葉。(2008年2月24日)

 

 

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2009年5月 7日 (木)

かしこ

かしこ【畏・恐・賢】
《形容詞「かしこい」の語幹から》


女性が手紙の終わりに添えるあいさつの語。かしく。男性の用いる「恐惶(きょうこう)謹言」などにあたる語。「あらあら―」

恐れ多いこと。もったいないこと。多く「あなかしこ」の形で用いられる。
「確かに御枕上に参らすべき祝の物に侍る。あな―」〈源•葵〉

すぐれていること。すばらしいこと。
「草にも真名(まな)にも、…書きまぜ給へり。―の御手や、と空を仰ぎてながめ給ふ」〈源•葵〉

思慮•分別などに優れていること。利口なこと。
「我―に思ひたる人、憎くもいとほしくも覚え侍るわざなり」〈紫式部日記〉

大辞泉より

 「かしこ」と言えば、上記のような意味でしょうが、関西では「かしこ」は「賢い人」という意味になります。4に近いですが、関西の場合「かしこ」だけで「賢い人」を表します。大阪のローカル番組を見ていたら、「かしこと普通の人に分かれて世の中の謎に挑戦」みたいなことを、ハイヒール リンゴ・モモコのお二人が言っていて、なんか久しぶりに「かしこ」という言葉を聞いたなあ、と思いました。

 ニュアンスでは、「かしこ」は「走りが早いヤツ」や「歌がうまいヤツ」と同じような感じで、「勉強のできるヤツ」という感じです。ちょっぴり親しみのあるからかいの気持ちがそこには含まれているかもしれません。ハイヒールで言えば、リンゴさんが「かしこ」担当。モモコさんがリンゴさんに向ける感じが、「かしこ」という関西弁のニュアンスをうまく表しているような気がします。番組では筒井康隆さんが「かしこ」代表でした。

 こういうのは関西独特の相対化っていうのは、いいもんだよなあとあらためて思いました。進学校は「かしこ学校」で、歴史研究会は「かしこサークル」。関西言葉は、そういう相対化にあふれていて、いろいろ異文化の衝突みたいなものを経て、なるだけみんなうまいことやろやないの、みたいな知恵が言葉に結晶化されている部分があるんでしょうね。

 ただ、角が丸くなりすぎて、逆にそういう言葉によってどこに本音があるのかがわからないみたいな部分もあります。「考えときまっさ」が「今回はお断りします」を意味したり。まあ、角が立たないから、商売の関係が維持されるというメリットはあるんですが。それは成熟した都市化の現れですが、関西の場合、ちょっと熟れすぎているという感じもなきにしもあらずです。

 都市化が進んで、言葉の一義的な意味から発展して、二次的な体系ができて、その二次的な体系の中で、一時的な意味を了解する人ばかりになると、逆に、外から見ると村的になるみたいなことがあります。空気読め、というのに似ているけれども、二次的な体系というかコードが文化的にきっちり確立されているところが、ちょっと違います。

 東京の言葉は、わりと、都市化してから時間が短く、絶えず異文化の流入があるアクティブさがあるので、そういう二次的な体系が少ないようです。関西の人は、東京に住むと、東京の人はみんな親切、みたいな印象を持つようです。それは、親切がそのまま言葉で表現されるからなんでしょうね。

 私も、東京で暮らし始めたときは、親切だよなあと思いました。それと、子供がみんな「かしこ」に見えました。子供なのに、ずいぶんストレートだよなあ、と。ま、いろいろ東京の言葉のニュアンスがわかってきた今では、そんなことは思わなくなりましたが。

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2009年5月 6日 (水)

うちの親父的メディア論

 ゴールデンウィーク中はずっと大阪に住む親父と一緒。いいかげん野郎同士の会話も飽きてきた頃ですが、まあ長く話せば、それなりに「ほっほっぉ」と感心するようなことも言いよるので、そのあたりの話をば。

■親父的「視聴率低迷TBSへの提言」

 ま、年寄りにありがちなんですが、うちの親父はNHKが好きで、バラエティ番組が嫌い。そんなわけで、TBS(大阪ではMBS)の「総力報道!THE NEWS」を見ておったわけです。すると、親父が一言。

 「あの若い女の子と白髪の男性、二人の世界に入ってしもとるなあ。」

 小林麻耶さんと元共同通信社編集局長の後藤謙次さんのことですね。見てみると、確かにお互いに見つめ合ってずっと喋ってます。小林さんが質問して、後藤さんが答えるという演出ですね。二人ともカメラを見ていないんですよね。

 確かにあれはちょっと、こっちが置いてけぼりな感じはしますね。せっかくの後藤さんの解説も、小林さんのためだけに話しているような気もしないではないです。特に小林さんは人気女子アナですから、なんとなく妬けてくるというか、後藤さんがうらやましいというか、なんというか。そんな感じは確かにしたなあ。

 そのへんは、ちょっと演出を変えた方がいいかもなあ。まあ、なんとなく演出の意図はわかるけど、普通にカメラを見ながら、視聴者に向かって話したほうがいいかもなあ。

■親父的「効くテレビCMとは」

 私が広告屋ということもあって、流れてくるテレビCMを批評しよるんですね。最近の親父のお気に入りCMは、ソフトバンク、積水ハイム、関西電力あたりで、まあ、それは当たり前に一般の人の意見と同じだよなあと思いました。あと、北野武さんの大阪ガスは、ちょっと苦手らしいです。

 そんな中、「へえ、親父的にもそんなもんなんだぁ」と思ったのが、キューピーマヨネーズ。福山雅治さん出演のCMです。「どういうところが好きなん?」と尋ねると、

 「なんかな、きれいな風景の中で野菜が降ってきよるんや。それが好き。」

 なんとまあ。つまりは、アートの部分に魅かれているんですね。なんだかうれしくなってしまいました。そうか、親父、わかるか、という感じです。

 大画面のハイビジョンで見ると、確かに映像が美しいんですね。これからは、ポスターのようなCMはいいかもしれないなあ、と思ったり。テレビ側のスペックが上がって、プリミティブな広告のパワー、ふたたび、という感じです。で、親父が私に

 「おまえも、ああいうコマーシャルを作らんと。」

 一言多いのは、親父の仕様です。

■親父的「仕事論」

 晩飯を喰って、少しビールを飲んで、私がパソコンをいじっていたら

 「酒飲んだあと仕事をしたらあかん。表現が甘なる。」

 そのフレーズ、どこで覚えたんや。

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2009年5月 5日 (火)

広告村の外に出てみる

 それこそ20年近く広告村で飯を喰ってきて、社会人になってから広告しかやったことがないし、ゴールデンウィークの長い休みだというのに、広告のことをぼんやり考えたり残してきた仕事の企画書を書いたりしているような奴でもあるし、他にやりたいこともないし、今のところは、他のところでは飯は喰えないだろうなと思うので、まあ、広告村の住人としてはごくごく平穏に暮らせているのだろうなとは思います。

 広告村。そんなものはないのかもしれないし、はてな村と一緒で、それは外部からの視線が定義するものにすぎないだろうけど、ほんの少し前までは、私が書いているような広告の話は、業界の中で流通していただけだったし、その中には、コピーライターの誰それが何したとか、広告村の住民でしか面白いと思わない話もたくさん含まれていて、ま、そういう村的な話の豊かさが、業界の豊穣さを計るメルクマールだったりもするわけで、「広告批評」という雑誌の終焉をひとつのきっかけとして、そういう広告村というものも成り立たなくなってきたという流れは、もう止められないんだろうな、と思います。

 その流れはゆっくりゆっくり川の流れのように、ひとつの方向に進んでいて、広告村のいい時代に生きた世代なんかはきっとこのまま広告村の中でキャリアを幸せに終えることができるのでしょうが、私のようなその下の世代はそうもいかないのだろうなと思います。私がこの広告村にいたいかどうかは自分でも正直よくわからない部分があって、本音ではこの広告村は嫌いでもないし、でも、なにかしら広告村はこのまま拡散してしまうのだろうな、という予感がだけはあるにはあります。

 自分の思いとしては、この広告村の村人として確かな位置を占めたいという思いでやってきたところがあり、それこそキラ星のような先輩たちの歴史がそこには脈々と続いていて、その中の小さなひとつの点くらいにはなりたいと思いながらがんばってきました。結局、若いときにあれほどほしかった広告賞というものの動機はそういうことだったような気がします。あの情熱は、自己顕示欲というよりも、キャリアアップの根拠を増やすという実利的なものというよりも、広告村の中で自分の存在を示したいという思いが核になっていたように思います。

 でも、やっとこさ賞をコンスタントにいただけるようになった今、その広告村自体があまり意味のないように私には思えてきて、なんだかそのへんは、せっかくがんばってここまできたのに因果なものだよなとは思います。もちろん、私が単に感情的に意味がないと思っているだけであれば、「勝手に言ってろよ、このクソ広告ブロガーが」てなもんですが、広告村の有力な住民(ま、有名クリエイターのことです)が喰えなくなってきたりする状況があり、それは、村の村たる所以のひとつである互助会的システムがまず機能しなくなってきていることのひとつの証拠でもあり、広告に限らず社会的なシステムの変容は、まずはこういうところに現れるわけであって、そのあたりは、もはや経済的にも目に見えるカタチの変容であって、村思考そのものが、もはや個人の経済的領域でも時代とは逆のベクトルを持ってきたことを意味しているのだろうな、とぼんやり思ったりするのです。

 なんとなく思うのは、広告をこれからなんとかしていこうと思うのなら、広告村から少し離れたところに出てみることが必要なんじゃないかな、みたいなこと。その見晴らしのよい場所で、もう一度、広告という社会システムを考え直してみることが必要なんじゃないか、と。私は、学問として広告をやっているわけではないので、思考が実践と結びついていて、それは思考が結果と結びついているわけで、結果を出すという目的においては、もう、広告村の素晴らしい日々を懐かしんでいる暇はないんだろうと思うし、なんとなく、ここでつらつら書いていることは、わりあい何かしらの広告の前線的な意味合いもあるような気もしていて、それは、なんとなく、広告村の中では語られていないことなんじゃないか、みたいな自負も少しはあるんですね。

 ゴールデンウィークなんで、主題はこれ、という論の進め方をせずに、なるだけ率直に書いてみました。それは、迷いながら書くことと同義だと思っているし、それがブログというメディアの特性のひとつだとも思うんですが、まあ、それはともかく、同じような質のことを考えている人がいる限り、それが同業であっても、他業種であっても、ひとつの時代の中で生きる者同士でつながっているということだろうし、広告村の外に出てみることは、そんなに悪いことでもないんだろうな、とも思うんですね。というかね、もう広告村の中で広告を考えていても、新しいものは何もないだろうな、ということです。経済的なことも含めてね。

 それは、ほんとは、私と同世代周辺の広告村の親しい人たちにいちばん伝えたいことでもあるんですけど、まあそれは「何を言うとんねん」という反応しかないだろうな、という感じもあるんですよね。でもねえ、もう義理とか人情とか、そういう広告村の利権の奪い合いでは、何も解決しないと思うんですよ。だって、社会に広告村を守る義理はないんだし、もうそのノリは社会性を失ってしまったということでもあるわけだし。変わらなきゃね。お互い、ちょっとしんどいけど。いままでのいい思いはとりあえず置いていって、村の外に出て、もう少し見晴らしのいいところに立ってみようよ。そんなふうに、私は思うんです。

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2009年5月 4日 (月)

Haruichi_2

 昨日、大阪在住のコピーライターの先輩に誘われて、春一番コンサートに行ってきました。私にとっては2年ぶりの春一。今日も明日もやってます。お暇な方は、いかがでしょうか。当日券4000円。11時から19時まで、たっぷりいろんな音楽を、お日様の下で楽しめます。大阪の服部緑地公園野外音楽堂。新大阪駅から、地下鉄御堂筋線(北大阪急行線直通)で約10分。緑地公園駅下車すぐです。けっこう日差しがきついので、帽子は持っていった方がいいですよ。

 5月2日、忌野清志郎さんがお亡くなりになりました。朝日新聞は、清志郎さん密葬に恩師「ゆっくり休め」という記事で、こう伝えています。

 この日午後4時4分、都内の自宅から清志郎さんの遺体を運ぶ車が、密葬会場に向けて出発すると、晴天の上空に虹が2本アーチを架けた。雨上がりの空でもないのに…。気象庁に問い合わせても「極めて珍しい」という現象は、カラフルなメークと衣装で観客を酔わせた「清志郎ルック」の名残のようだった。

 大阪の服部緑地でも同じ頃、晴空に虹が見えました。ステージのアーチストが「こちらからは見えないけれど、今、空に虹がかかっているそうですよ。」と言うと、観客みんなが空を見上げました。うっすらと空に映った虹はゆっくりと消えていきました。

 

 *    *    *    *

 

 この日、友人である有山じゅんじさんと藤井裕さんがデュオで歌った曲です。

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2009年5月 3日 (日)

トレインチャンネルが少し変わりましたね

 JR東日本の山手線、京浜東北線、中央線などの車内で放映されているデジタルサイネージ放送に、「トレインチャンネル」というものがあります。東京でJRを使って通勤・通学している人は見たことがあるのではないでしょうか。デジタルサイネージと言えば、スーパーや薬局なんかで小さな液晶モニターで情報やテレビCMを流したり、大小含めて様々な取り組みがありますが、この「トレインチャンネル」は、代表的な成功例のひとつではないでしょうか。

 現在は、車内の扉上に左右2つの液晶画面があって、一方は放送コンテンツが映し出され、もう一方は、行き先情報や運休情報が流されています。新型車両が導入される前は、今より小さな画面ひとつだけで、放送コンテンツと情報が交互に流される仕組みでした。この「トレインチャンネル」の人気が出たのは、2画面になってからだそうです(参照)。以前、1画面の頃に、この媒体で流す映像広告を作ったことがありますが、その当時は、今ほどの人気はなかったような感じでした。それが今や、数ヶ月先までほぼ満稿。あそこで継続的に広告を出稿したい企業も多いようです。とりわけ、B to B企業やビジネス関連企業に人気があります。新幹線車内広告と傾向はよく似ています。

 この2画面体制後に人気が出たという現象は、広告というものの本質をよく表しているような気がします。つまり、広告は本質的にサブコンテンツであるということ。電車の乗客目線で言えば、車内の液晶画面のメインコンテンツは、基本的に、電車に乗っている人に、電車に関する情報をよりよく提供することであって、広告を流すことではないということです。広告を流すために液晶があるというのは、あくまで媒体側の理屈であって、その理屈を押し出しても、乗客にとってはノイズが増えるだけで、そのノイズは、無視という行為によって無化されてしまいます。

 そのことは「トレインチャンネル」の放送コンテンツにも言えることであって、その放送コンテンツが広告だらけだったとしたら、やはり、乗客は広告そのものを無視するようになってしまいます。あの「トレインチャンネル」には、人気マンガ「ダーリンは外国人」やニュースをはじめ、さまざまなコンテンツがあり、そのコンテンツと広告の配分が絶妙だったような気がします。

 広告は、もちろんテレビCMに字幕をつけたものもありますが、中には広告自体がミニ番組になっているものもありました。昨年のサッポロビールイメージキャラクターである江頭ひなたさんが料理のつくり方を案内する料理番組は、私のまわりでは人気がありましたし、私は「ダーリンは外国人」を毎週楽しみにしていました。その中で流れる広告は、テレビCMよりも記憶に残るような気がして、「いやはや、この媒体すごいもんだよなあ」なんて思ったりもしました。

 今月あたりから「ダーリンは外国人」が流れなくなりました。きっと、どこかの週で最終回だったんでしょうね。サッポロビールのコンテンツも、料理のつくり方を教える番組から、都内の居酒屋さんや料理屋さんの一押しメニューを紹介する番組に変わってしまいました。まあ、番組コンテンツをグルメ紹介にして、提携居酒屋さん、料理屋さん支援をしようというのはわからなくもないし、私のような業界関係者はちょっと斜めに見るところがあるから何とも言えませんが、なんとなく気づいたときには、以前ほどあの液晶画面を見なくなってしまっていたんですよね。

 そうなると、もう現金なもので、あの中で流れている広告にもあまり注目しなくなっていて、元コンテンツに興味がなくなると、なんとなく広告が多いなあ、ちょっとうっとうしいなあと思えてきたり、ほんと、人間の心理は勝手なもんだなあとあらためて思いました。これは、どんなメディアでも改編期に起こりがちな心理ですから、またキラーコンテンツを生み出して、やっぱりトレインチャンネルってすごいよなあ、となるかもしれませんけどね。

 テレビでも新聞でも雑誌でもウェブサイトでも同じですが、コンテンツと広告のバランス関係というのは、難しいものだなあと。じつは、このへんの話、私は広告の基本だったりすると思うんですが、今はちょっとそれがないがしろにされている感じもなきにしもあらずで、そのバランスを崩す一方の勢力が、広告を出す側の広告会社や広告主だったりもして、コンテンツの広告収益はどこかで均衡するはずなんですが、今はあくなき上昇信仰がありますし、でも、どれだけ優良なコンテンツでも、それが際限なく広告収入を生み出しつづけるわけないですから、そのへんのセーブの仕方がこれからは問われてくるような気もします。

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2009年5月 2日 (土)

小さな変容を丹念に記述していきたい

 なんとなく思うのだけれど、どこに自分を置くのかで見えるものが違ってくるように思います。例えば、ネットでブログなんかをやっていると、否が応でもメディアの多様化による「広告」の変容が見えてくるし、そうでない人には、その変容はあまり見えないものだろうなと思います。少なくとも、見え方は少し違うはず。

 けれども、ネットにどっぷりとつかりすぎると、その変容ばかりが鮮明に見えすぎて、あいかわらず変わらない世界というものが確実にあることを見逃してしまい、明日には世界がまるっきり変わってしまうかのような錯覚に陥りがち。なにごともそうだと思うけど、ものごとの変容というものは、現象としては、それほどはっきりとしたものではなく、後から見て「あっ、あのときそうだったな」と思うような小さな出来事の積み重ねの総体として、ゆっくり進んでいくものです。

 急に起こるような変容は、じつは、革命と呼ばれるものであって、革命とは人為的な強制力が起こすものだから、そんなものは一個人が案じてもしょうがないし、それを語るのは、きっと考察ではなくプロパガンダなのでしょう。少なくとも、私は、そうしたプロパガンダを語るつもりもなく、乗るつもりもないし、いま進みつつある変容は、そんな騒がしいプロパガンダと、変わらない日常との間にあるのだろうから、その中で起こる小さな小さな気づきを丹念に記述していって、その場所から確実に見える少し先の未来を、ある種の予感として書いていくしかないのだろうな、とも思います。

 ただ、ブログをやっているからその変容がわかるなんて傲慢な話をしたいわけではなくて、少なくとも私の実感で言えば、私は、広告の効果を追求する中での、表現を含めたこれまでの方法論による効果の減少を肌で感じてきていて、平べったい言葉で言えば、「こういうの、ほんとに世の中で受け入れられているのかな」といった小さな違和感がまずあり、それが、ブログを書くことや、ネットの息づかいを感じること、ネットで知り合った人たちの言葉を聞くことで、その理由が少しずつカタチになってきたという感じで、つまり、ブログをやっているということは、その補完に過ぎないのかもしれません。

 私の場合で言えば、今までの広告業界のメインストリームのトップランナーではないということがあるのだろうと思います。業界のトップランナーという場所に私がいれば、その賞賛の中で、変容は見ようとしないだろうし、見ないほうが自分の利益にもなるだろうから、じりじりとした滅びの中に身をまかせていただろうと思います。逆に、この先につながるような成功体験もそれなりにあり、人からもたまに賞賛されることもあるという場所にもいて、少なくとも自分の利益のために革命を叫ぶような心性に陥らずに済んでいるのかもしれません。自分で望んだことではないのかもしれないけれど、変容を考察していくには、いいバランスにあるのでしょうね。まあ、トップランナーでいて、かつ、変容にも気づいている、みたいなことが、いちばんカッコいいのかもしれませんが、人間、なかなかそんなふうにはいかないもんですし。

 これから広告がどうなっていくのかはわからないけれど、これからも広告をやっていくには、自分のキャリアも含めて、案外いい場所にいるのかもしれないな、と最近は思うようになってきています。どちら側の熱狂にも身を置けない中途半端さやもの足りなさはあるけれど、それはそれで、その先にあるものを見続けるためには、まあしゃあないかな、と。そんなスタンスでこれからも、なんだかんだ書いていこうと思っています。明日からしばらく大阪です。

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