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2009年6月17日 (水)

テレビCMのつくりかたがわからなかった頃

 私は元CIプランナーのドロップアウト組で、広告の仕事をするために大阪から東京に再び出て来た頃は、広告の仕事歴が少なかった。その頃は、今よりは少しばかり景気は良かったけれど、新卒でもなく、かといって業績もない若者を採用してくれる広告会社はほとんどなかった。たくさんの会社を巡って、小さな広告制作会社に潜り込んだ。

 そこから少しずつキャリアを重ねていって、5年ほど経って、ようやくとある外資系広告会社に入ることができた。それまで、平面広告を中心に広告を制作してきたから、テレビCMやラジオCMのつくりかたがわからなかった。どういう手順を踏んで、アイデアを映像や音声にしていくのか。今から思えば、すごく簡単な過程が、その当時は、とてつもなく困難な過程に思えた。

 撮影現場やスタジオでの立ち振る舞いがわからない。緊張して、ガチガチになっていた。そんなとき、緊張しなくていいよ、と声をかけてくれたのは、CM制作会社のあるプロデューサーだった。ラジオCMの収録。さあ、あっちの椅子に座って、ヘッドフォンをかけて、やってみましょう。この赤いボタンを押したら、あちらのブースのナレーターさんと話せますよ。こっちのボタンはキューボタン。さあ、さあ、さあ。

 広告代理店の若いクリエーターを育てるのは、じつは外部のCM制作会社のプロデューサーだと思う。CM制作会社のプロデューサーは、いろいろな人を見ながら現場で仕事をしている。気難しい監督、芸術肌のカメラマン、職人気質の大道具、ミキサー、オペレーター、プロマネ。そんな現場と広告代理店のクリエーターをつないでくれるのは、CMプロデューサーだ。

 たとえば、広告代理店のクリエーターの紹介の仕方ひとつで現場が変わる。いいスタッフがいくらいても、そこにチームワークがなければ、いいCMはつくれない。いい現場、いいCMには、いいプロデューサーがいる。それは確実に言えることだと思う。

 私がCMのつくりかたがわからなかった頃に出会ったそのプロデューサーとは、それから10年以上ずっとCMをつくり続けることになった。昨日完パケしたあるCMも、そのプロデューサーとの仕事だ。そのプロデューサーは編集作業にかかわれなくなったけれど、そのプロデューサーと一緒にCMをつくっていると私たちのチームの誰もが思っていたはず。

 私たちが編集室でそのCMを完成させて間もなくしてから、あなたは息を引きとったと聞いた。本当は、まだまだあなたとおしゃべりしたいことがたくさんあったし、教えてほしいこともたくさんあった。私のこれからにとって大切なことを、あなたに話せずじまいになってしまった。あなたに聞いてほしかったのに。きっとあなたはよろこんでくれるはずなのに。なんとなく遠慮してしまった。落ち着いてからゆっくり話せばいいと思ってしまった。それがすごく悔しい。

 まだ現実感がまるでなくて、頭の中がこんがらがっている。嘘だと言ってくれ、みたいな感情さえない。きっと、まだ私はその事実を受け入れられないのだろうと思う。だから、書こうかどうかを迷ったけれど、でも、やっぱり書くことにした。きっと、天国で、CMプロデューサーについて書いてたブログ記事、よかったよ、と言ってくれるはず。そんな気がした。だから書くことにした。


 あなたの最後の仕事をご一緒できたこと。私は、そして私たちは、誇りに思います。今まで、ありがとうございました。ゆっくり休んでください。

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