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2009年6月 2日 (火)

「それじゃ商売にならない」という言い方が好き

 コピーでも、アートでも、デザインでも、レイアウトでも、絵コンテでも、企画でも、マーケティング戦略でも、なんでもそうですが、いろいろたくさん考えるけれど、その中で世の中に出るのはたったひとつだけ。しゃらっとテレビや新聞、雑誌なんかに登場する広告やプロモーションなんかの後ろには、たくさんの没アイディアが隠れています。能天気に歌って踊る、アホみたいなCMも、ほんとはけっこう苦労してつくっているのよねん、みたいなことを言いたいわけじゃなく、要するに、クリエイティブって「チョイス」だったりします、ということが今夜は言いたいのでした。

 なんとなく英語で「チョイス」という言葉を使ってみましたが、つまりは、数多くのアイデアから選択をしているわけで、選択の裏側には「だめ、これはない」みたいなことがあるわけです。いわゆる「没」というやつですね。

 アイデアを没にするためには、理由がいります。まあ、理由なく「没」と言えてしまう人もいるかとは思うのですが、私、そういう強い性格ではないから、「没」にする理由を一生懸命考えたりするわけです。

 好き嫌いを理由にもできるし、ほんとに好き嫌いが理由な場合は、わりと率直に嫌いと言います。問題は、好き嫌いの問題ではなくて、まあその、あるレベルに達していないというか、仕事の目的から逸脱しているというか、凡庸であるというか、そういうケース。これ、理由をどういう言葉で伝えるか、けっこう悩むんですよね。

 「センスがないんだよね。もうちょっとなんとかならないわけ?」

 これは、やな感じですよね。センスって、なんかねえ。センスなんて言葉は、他人が人を評価するときに使う言葉であって、俺はセンスがいいから、なんて言う人はセンスがないわけで、そういう言葉は使いたくないので、却下。

 「つまんない。だめ。やりなおし。」

 気心の知れた人なら、これでいいんですが、いろんなプロジェクトをかかえていると、そうもいかないわけで、それに、この言葉をさらっと言うには、あるキャラクターが必要。で、私はそのキャラクターは演じきれないので、これも却下。ま、このへんの話は、若いクリエイターに対しての話だけではなくて、たとえば、自分のアイデアなりを自分が判断するときの理由でもあるので、そう考えると、私は自分が「つまらないなあ」と思っているアイデアはそもそも出さないし、自分が「おもしろい」と思っているアイデアに「つまらない」と言われたら、なんか落ち込むなあ、と思ってしまうんですね。

 「ブリーフを理解してる?オフストラテジーなんだよ。わかる?」

 外資系っぽいですねえ。こういうのじつは苦手。でもまあ、言い方はともかく、こういうことでもときもあるし、理屈としては間違ってはいないんですが。でも、何かが言い足りていない気もします。オンストラテジーでも、ただ単にオンストラテジーなだけ、「ピンポン。正解です。では次の問題。」じゃ、広告は困るわけで、もっともっと人やビジネスを動かしたりできるホットなアイデアが必要な場合だってあるし。というか、そういうものが必要。

 で、そんなこんなで、私がよく使う言葉が、これ。

 「それじゃ商売にならないのよ。いいアイデアだと思うけどさあ。」

 なんか、こういう言い方だと、少なくとも自分では納得できるかな、なんて。言われた方が納得しているかはわからないけど。コピーライターでも、アートディレクターでも、CMプランナーでも、それなりに自分の表現というものを持っていて、それなりに自負もあると思うんですが、求められているのは、そういう自分の表現でもなく自負でもないし。商売っていう言葉は、クリエイティブにはなじまない言葉かもしれませんが、その先の商売が見えてくるようなものをアイデアと言う気が私はするんですね。だから、この言い方は好き。

 それに、ピュアアートにおいても、商売になる、という感覚っていうのは、大切な感覚のような気がします。実際に売れる売れないの問題ではなくて、あくまで感覚の話ですが。

 気分としては「そんなんやったら商売になれへんやん。ええアイデアやとは思うけど。」という関西弁なんですが、それはいらぬ誤解を招きそうなので、関西イントネーションのニセもの東京弁で言います。それにしても、他の人はどういう言い方をしているんだろう。なんか気になります。でも、そういうことを書いている人はあまりいないんですよね。興味あるのになあ。なんでだろ。

 追記:

 よくよく考えたら、「それじゃ商売にならないよ。いいアイデアだと思うけどさあ。」っていうのは「それ、つくる本人以外はしあわせにならないよなあ。いいアイデアだと思うけど。」みたいなことかもしれない、と思いました。で、きっと「つくる本人のしあわせ」を「みんなのしあわせ」と高確率で合致させていくことができるようになっていく状態が、クリエイターとして「売れていく」という状態なんだろうと思います。

 それは、いろんなアーチストが売れていく過程を追ってきて思ったことです。もちろん、かつてのオフコースみたいに、それにものすごい時間がかかる人もいるのですが。

 もうひとつ大切なのは、でも「つくる本人のしあわせ」ということが、ものづくりでは大切だし基本だよなあ、ということ。それがないと、しんどいかも。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いいですねー、その言い方。
言われて納得できます!

コミュニケーションの仕方というのが、
仕事においてすっごく重要だなぁって日々感じます。


言い方ひとつで相手をちょっとやる気にさせたり、時たま怒らせたり。。
(よく上司にメールに愛が足りないと怒られています・・)


自分の思いはちゃんと伝えつつ、相手が気持ちよくなるコミュニケーションがいいですよね。

投稿: chiho | 2009年6月 3日 (水) 11:59

メールって案外難しいですよね。
パソコン通信からインターネットに移行してメールが一般化しはじめた頃、メールがらみで小さなトラブルがたくさん起こりました。
やっぱり声色とか表情が見えないメールはちょっときつく感じるみたいですね。
http://manyu.cocolog-nifty.com/marketing/6/index.html
こちらが参考になりますよ。

投稿: mb101bold | 2009年6月 3日 (水) 13:39

こんばんは。
ときどきこちらのブログ、勉強になるなあ…と覗かせていただいてたのですが、
はじめてコメントします。

私は営業職なので、制作サイドに「それじゃ商売になりません」て言うことこそ、営業の仕事かなと思ってます。
表現としてどう素晴らしいのかとか、アイデアがあるかはクリエイティブ主導で、
一方のビジネス側面のチェックは私たち営業がやって、
そのふたつの視点を摺り合わせていけば、役割分担としていいんじゃないかな、って。当たり前と言えば当たり前の話なのですけど。
私自身はいつもどこかで、宣伝部より先に透けて見える、クライアントの営業さんたちの気持ちがどう動くかを考えていることが多いです。

なので制作側から、本当は営業がケアすべき商売がらみの指摘をされると、
正直ちょっと落ち込みます。笑
でもそういうところまで考えてくれる方って、もうそれだけで大信頼!頭が下がります。

でも最初から商売っ気とクリエイティブのバランスがいいものって、
弱いものが出てきそうなイメージもあります。そのあたりのさじ加減が難しいのかもですね。

投稿: yuki | 2009年6月 4日 (木) 01:50

yukiさん、はじめまして。
そういうアカウント領域の、お得意にお買い上げいただいてなんぼっていう「商売っ気」も大切ですね。
でも、もうすこし「商売」っていう言葉のイメージに引っ張られずにイメージを広げていくと、「商売になる」っていうのは、お得意ではなく、見てくれる人(テレビや新聞を見るお茶の間の人たち)の気持ちが動いて、その表現を起点にいろんなモノやコトが動いていくっていう感じが見えてくるかと思います。
それは、きっと宣伝部の方やその先の営業さんも、これないける!と思ってくれるようなものだと思うんですね。きっとそれは「商売」という言葉で両立できるはず。なかなか難しいですけど、そんなふうに思っています。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: mb101bold | 2009年6月 4日 (木) 02:55

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