モダンジャズと落語
少し似てますね。どちらも元のネタがあって、それを演者がどう演じるかを楽しむ芸術というか、そんなところ。私は、大学時代はジャズ研でしたが、ジャズ研の人は落語ファンが多かったようでした。
モダンジャズで言えば「枯葉」とか「星影のステラ」のようなスタンダード曲が、落語では「寿限無」や「時そば」「時うどん」のような“はなし”に当たりますよね。私は、落語はあまり詳しくないですが、モダンジャズに関して言えば、たとえば、マイルス・デイビス、ビル・エバンス、キース・ジャレット、それぞれが演じる「枯葉」は、まったく別の曲のような感じです。同じ曲なのにここまで違うか、というくらい違います。
モダンジャズでもオリジナル曲は当然ありますが、そのオリジナル曲も、ヒットすれば、当然、別のジャズマンが演奏したりして、モダンジャズという分野は、それが当然であるという文化を持っていたりします。
ちょっと話が横道にそれますし、ジャズに詳しい人でないとわからない話かもしれませんが、ビル・エバンスと同時期に、同じような知的なスタイルを持つジャズピアニストがデビューしました。ドン・フリードマンという人です。サークル・ワルツという曲が少し有名ですが、フリードマンはエバンスほど有名にはなりませんでした。
フリードマンは、より知的で繊細で(エバンスは、ああ見えて、けっこう粗野なところもあります)、まったく別の個性なのですが、ことあるごとにエバンスと比較されました。あれ、本人にとっては迷惑だっただろうな、と思うんですよね。エバンス派とか言われてましたし。同時期なのにね。
エバンスのファンが多い日本では、フリードマンも人気で、今もちょくちょく来日されています。少し前置きが長かったですが、ここからが本題。少し前に、アルバムが出たんですね。フリードマンのリーダーアルバム。その中の演目に、「ワルツ・フォー・デビー」とあるわけです。エバンス作曲の名曲です。えっ、なんでこの曲をフリードマンが?そんなふうに思ったわけです。で、ジャケットを見ると、日本人プロデューサー。なんだかなあ、と思いました。
ジャズの世界では、日本企画盤というのがある種の蔑称になっている部分もあって、要は、売らんかなの企画が多いわけです。モダンジャズカルテットじゃない方のMJQとかね。そりゃ、ファンは、エバンス派と言われるフリードマンが、あのエバンスの「ワルツ・フォー・デビー」を演奏するとどうなるんだろう、みたいな下衆な思いはありますけど、それは本人の必然がなければやっちゃいけないのじゃないなか、と思うんですけどね。フリードマンは、日本が好きな人ですから、日本のファンが望むなら、ということろなんでしょうが、なんとなく、そういうケタグリではなくて、もっと本人の本質の部分でフリードマンの良さを広告してあげればいいのに、と思いました。ほんと、なんだかなあ。
まあ、あまり気持ちのいい例ではなかったですが、ジャズファンも、あの曲をこの人が演奏したらどうなるんだろう的な楽しみ方をしている部分があるんですね。モダンジャズは。それはロックとかにはあまりない感覚ですよね。最近はカバーもありますが、ロックは、どちらかというとオリジナル指向の分野ですね。
モダンジャズにおけるオリジナル曲は、落語でいえば新作落語になりますが、こちらはまだまだ別の演者がというわけにはいかないようですが、桂三枝さんなんかの新作落語は、そろそろ古典化していて、別の若手落語家さんが演じても、それはそれでおもしろいかな、なんてことも思います。
モダンジャズを聞くようになってよかったこと。それは、1950年代の珠玉のスタンダード曲をたくさん知ることができたことですね。この一点だけでも、モダンジャズを聴き始めることをおすすめします。きっと、人生が少し豊かになりますから。そういうところも、モダンジャズと落語はきっと似ていますね。
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もし、スタンダード曲を知るという観点で1枚選ぶなら、きっとチェット・ベイカーのこのアルバムになるんでしょうね。なにより聴きやすいし、元曲をあまり崩していないから、ジャズにありがちな、何の曲かわからなかった、みたいなことがありません。マイファニーバレンタインとアナザーユー(There Will Never Be Another You)が素敵。トランペットのソロも、普通の人でも歌えるような美しい旋律です。ジャズは難しい、という人は、このアルバムから入るといいかもです。(追記:左はインポート盤で、右はEMIジャパン盤。内容は同じです。右のリンク先では試聴ができます。)
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コメント
こんばんは。
おっしゃるとおり、ミュージシャンごとのスタンダード曲の解釈の違いって面白いですよね。
ジャズを聴き始めた頃は例に漏れずというか、マイルス・デイヴィスとビル・エヴァンスだったんですが、この二人は互いのオリジナル曲もやってますよね。
[Milestones]とか[Blue in green]とか。
面白いなあと思いながら聴いてました。
既存のものをどう解釈するかということも創造的な行為なんですね。
あと前の記事の話で申し訳ないですが
コーヒー豆のチョコ、僕も貰って食べたことがあります。あれはホント美味いです。
投稿: mitsu7716 | 2009年6月30日 (火) 22:35
こんばんは。
エバンスのMilestonesは面白いですよね。ちょっとラファロが消化不良気味な感じはするけど、16ビート系フュージョンの疾走感があの頃にあったというのが凄いことだな、と思います。
マイルスのBlue in greenは、一応マイルス作曲ということになっていますが、マイルスの演奏の中では明らかに異質で、エバンスっぽくて、これまた面白いですね。でもエバンスは最後まで俺の作曲とは言わなかったみたいですね。
そう言えば、エバンスはハンコックのDolphine Danceという曲に嫉妬していたんでしょうね。いつも前半のさわりしか弾かなかったですものね。あの曲、コード進行が見事で、ピアニストなら弾きたくなるの、わかります。
なんかジャズの話は、尽きないですね。
>コーヒー豆のチョコ、僕も貰って食べたことがあります。あれはホント美味いです。
でしょ、でしょ。私もびっくりしました。あの記事は、お二人の方からコメントを頂きましたが、その方たちもおいしいと思ってくれたらいいのですが。食べ物薦め系のエントリは、いつも薦めて良かったのかな、と思います。他のエントリではそうは思わないのに、不思議です。
投稿: mb101bold | 2009年6月30日 (火) 23:01
遅いジャズデビューでしたが、あのいかにも神経質そうな風貌が好きで手にした初エバンスがportrait in jazz で、当たったジャケ買いでした。チェットのsingsに至っては、空気や水みたいに生きていくのに不可欠なほど愛聴していますよ。私は観ていないのですが、彼の人生を描いているというlet's get lost という映画はご覧になられたことありますか?何気に最期の安らかじゃないジャズメンって多いっすよね...。最近逝ったking of pop も然りか...。
投稿: kaz | 2009年7月 6日 (月) 02:57
チェットもジャコも最期はあまり幸せではない感じでしたよね。チェットは麻薬がらみのトラブルで歯を折られてペットが吹けなくなったりして、最期はホテルで謎の転落死。ジャコは路上でレコード売って、サンタナのライブで飛び入りして断られて、その後、酒場のガードマンに殴り殺されたんですよね。
エバンスの最期はアーチストとしては幸せだったと思いますが、それまでの人生では薬がらみでいろいろありましたし。
あんなに美しい音楽をつくる人がどうしてって思いますが、それも芸術の残酷さなのかな、とも思います。
投稿: mb101bold | 2009年7月 6日 (月) 03:47